【完結】無個性ヒーロー   作:南畑うり

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死穢八斎會・突入前編

 

朝五時、寮からナイトアイ事務所には相澤先生が車を出してくれるという。緑谷が心操をA組寮へ招待し、全員がテーブルに座って朝食をとることになった。

トーストにジャムを塗っている麗日がオレを見る。

 

「策束くんはなにも食わんの?」

「部屋で食べてきたから」

「声が変よカルマちゃん、風邪?」

「あー、ゴーグルの調子悪いのかも」

「大丈夫なのかよー。これから本番だぜ」

「……問題ない」

「俺は緊張している……。みんなすげぇな……」

 

オレもだよ心操……。

また、吐きそうだ。震える喉を抑えながら、どうにか思考を落ち着かせていく。

一晩の徹夜程度なら余裕だと思っていたが、鏡に映ったオレは自分でも引くくらい青い顔をしていた。加えて昨日の会話の地続きであるため、オレの不安をみんなに見せるわけにもいかず、ゴーグルで顔を隠している。

 

「策束くん……」

 

緑谷の心配そうな表情──ああ、そんな顔しないでくれ。

 

「大丈夫、《予知》を信じよう」

 

言いながら、緑谷とオレの表情が似通っていてすこし笑ってしまった。

 

 

その後、ナイトアイ事務所へ出向すると、再度集合したヒーローたちとともに本日の作戦を聞かされる。

 

昨日、ナイトアイは死穢八斎會の構成員の一人を《予知》して地下へのルートを調べたという。

その構成員が玩具コーナーで幼女向けの商品を手に取っていたこと。そして知識があまりにも曖昧であったことを理由に《予知》に踏み切ったらしい。

エリちゃんが地下にいることはオレへの《予知》で発覚していたことだが、まさか常時地下で監禁されているとは──。

 

その地下空間は届け出がなされていない違法建築らしく、非常に入り組んでいるという。詳しい説明はこれから向かう警察署で、まとめて行うらしい。

 

エリちゃん救出に燃える緑谷と通形先輩を見る。

 

エリちゃんは、この二人をどう思ったのだろうか。

青空を見る余裕は、エリちゃんにはあったのだろうか。

 

そこから警察署まで移動すると、警察官の方々も暴動鎮圧用装備に身を包んで準備万端だ。

各隊のリーダーと思われるスーツ姿の警察官がナイトアイから書類を受け取りつつ、トップと思われる厳つい顔の警察官が全体に向け発言をする。

 

「ヒーローナイトアイが構成員の一人を《予知》で見た結果、八斎會邸宅の地下には届け出のない入り組んだ地下施設があることが発覚。

「その中の一室に今回の目標である女児がかくまわれていることが確定した。

「構成員の男は地下への入口から女児の部屋まで一切寄り道せず、そのため地下全体を把握することは叶わなかった。

「が──男の歩く道はそのまま目的への最短距離であり、八斎會の広い敷地を捜索するにあたって、最も有益な情報となる。

「しかし目指すにしても個性を駆使されれば捜索は難航する。そこでわかる範囲だが八斎會の登録個性をリストアップしておいた。頭に入れといてくれ。

「隠ぺいの時間を与えぬためにも、全構成員の確認・補足など、可能な限り迅速におこないたい」

 

オレにも回ってきた構成員の登録個性。写真付きなので寝ぼけた頭にも入れやすい。いや、スキャンして保存しておこう。見返す余裕あるかなぁ?

 

救出作戦とは言っていても、家宅捜索の名目は『違法薬物製造』と『薬物販売』の二点。

実際問題『個性を消す薬』は新薬だ。成分などにも依るが、脱法ハーブと似てヒーローの目の前で取引しても取り締まれない可能性はゼロではなかった。おそらくは新薬の中の成分に取り締まれるものがあったか、あるいはトリガー一本に絞ったかだろう。

配られた書類を読み込んでいると、緑谷がグラントリノの不在に気づく。そういえばナイトアイ事務所にもいなかったな。

 

オレじゃああるまいし、遅刻だ寝坊だではないだろう。周囲を窺っているとさきほど書類を読み上げた警察官がグラントリノの不在を告げた。どうやら塚内警部ともどもヴィラン連合を追うようだ。

凶悪犯罪は死穢八斎會だけではないとはいえ、知り合いのヒーローがいないことに心細さを感じている。……情けない、いま本当に心細いのはエリちゃんだろう。

警察としては集まったヒーローの数に安心しているようで、グラントリノ不在に対して不安感はないらしい。

 

切島が「八斎會とヴィラン連合、一気に捕まったりしてな!」と楽観的な発言をする。

そうだ、もう【成功が決定しているエリちゃんの救出作戦】なのだ。なにも不安に思う必要はない。占いとは違う、違うんだ。

 

「ふぅー」

「おい」

「っ!?」

 

思わず肩で呼吸をしてしまった。呼吸を細めていたからなおさらである。

同じように緊張している緑谷が言葉を詰まらせながら、声をかけてきたイレイザーヘッドに向き直る。

 

「俺はナイトアイ事務所と動く。意味はわかるな」

 

え、なに、意味わかんない。

だが緑谷に向けて言ったということは、二人は連れ添って移動するのだろう。イレイザーヘッドもエリちゃん救出に前のめりになっているのか、それとも緑谷の監視をするためか。

 

「心操、お前は俺につけ。策束はリューキュウに任せてある」

「はい!」

「……はい」

 

ここまできてもオレの《予知》は結局聞かされることはなかった。

《予知》の狂いを嫌ったのか、それとも情報漏洩、悲惨な死、ああ、くそ。震えてくれるな左手左足。義肢のほうが立派だぞ。

 

すこし離れたところでヒーローたちに指示出しをするリューキュウを見る。

声もかけたかったが、ナイトアイとの話し合いが済んだのか、警察の指示役が出動命令を出した。

 

「ヒーロー! 多少手荒になってもしかたない。すこしでも怪しい素振りや反抗の意思が見えたら、すぐ対応を頼むよ。相手は仮にも、今日まで生き延びた極道者。くれぐれも気を緩めずに、各員の仕事を全うしてほしい」

 

──そのとき、百名近い警察官たちがヒーローに向けて敬礼した光景を、オレはきっと一生忘れることはないんだろう、そう思ってしまった。

 

「突入開始時刻はマルハチサンマルとする! 総員、出動!!」

 

次々の警察車両へ乗り込む作戦関係者を眺めていると、リューキュウに呼ばれて、麗日、梅雨ちゃん、波動先輩、それ以外にもヒーローが多く乗る警察バスへと通された。

隣に座るは、リューキュウその人だった。

 

「さて策束くん。緊張しているかな」

「してない人いるんですかね」

「どうだろうね」

 

リューキュウの瞳が、振動で揺られるオレを見ている。ああ、顔を隠していて良かった。

 

「緊張をほぐしてやりたいが、《予知》の内容は言えない。ナイトアイはなにかを恐れていてね、私たちも全貌は聞かされていないんだ」

「未来が見える人も、未来が怖いんですか」

「かもね」

「……《予知》のこと……。どれくらい当てにしてますか?」

 

さあ、と肩をすくめる彼女から目を逸らし、窓から外を見る。

 

「地上に配置されたヴィランの一人を私が押さえる。そしてキミが治崎に発砲をする。そうすればエリという少女は助かる。……もしそうならなくても、私たちがエリちゃんを助けるから、安心しなさい」

 

見透かされているな、これは。弱音なんて吐くもんじゃない。

できるだけ声のトーンを上げて、リューキュウへ話題を振った。

 

「拳銃撃つって、銃刀法違反ですよねぇ」

「あははは、そうだな。一応そこらへんは上手くやるらしいよ。私ですら初めて聞いたよ、逮捕しないような工夫なんて」

「一応聞かせてもらえませんかね?」

「……キミの持つ銃は、警察が支給された拳銃ではなかったという。八斎會の構成員のものを拾うだろう」

「正当防衛が成立すると良いんですけど」

「正当防衛にさせるのさ、良かったな」

「それは《予知》じゃあなくて情報操作ですよね」

 

不満を隠さずに言うと、彼女はもう一度声を上げて笑った。「故意犯だな」と笑うリューキュウ。……彼女も、怖かったり、不安だったりするのだろうか。

 

「どうした、ねじれ」

 

顔を上げると、前のシートからこちらを観察する波動先輩。警官に囲まれてシートベルトを外すなよ。

 

「なんかずるーい。私もそのヘルメットくんと話したいの! ねー! ヘルメットくんー!」

「終わってからにしなさい」

「えー!」

 

いたよ緊張していない人。

美女二人の漫才のような会話に加わること数十分。

警察車両の大群は予定通り、死穢八斎會本部、事務所兼邸宅へと到着した。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 

「令状読み上げたらダーっと行くんで! 速やかによろしくお願いします!」

 

そう、名も知らぬ警察官が邸宅のインターホンに指を掛けた瞬間、人が何人も空を飛んだ。

 

いきなりすぎて呼吸が止まった。

 

オレがすこしも反応できぬ間に、イレイザーヘッド、ファットガム、そして緑谷が地面へ落下する前に吹き飛んだ人たちを優しく掴んで地面へと寝かせていく。

吹き飛ばされたのは玄関前に居た警察官数人。そして吹き飛ばした人物は、脳無と比べても明らかな巨体を持つ男。こいつは、たしか、えーっと。

 

「なんなんですかぁ? 朝から大人数で」

 

ヒーローたちがすぐさま臨戦態勢に入るが、直接対応したのは「離れて!」と叫んだリューキュウのみ。

 

ヴィラン──活瓶力也の肥大化した右手を受け持つように前に出るリューキュウだったが、振り下ろされた拳が砂塵と衝撃波を周囲にまき散らす。彼女の細い身体がそれを受け止めることなどできるはずもなく、成したのは、彼女の個性。

 

「とりあえず、ここに人員を割くのは違うでしょう。彼はリューキュウ事務所で対処します! みなさんは! いまのうちに!」

 

脳無より巨大なヴィランを、さらに巨体へとなって押さえつけるリューキュウは、その容姿を《ドラゴン》へと変貌させていた。

これは、《予知》の範囲内なのだろう。さきほど移動中にリューキュウが言っていた『地上で取っ組み合いをするヴィラン』だ。

だが、ここだけ怪獣大決戦が始まってしまい、リューキュウの援護へ向かった波動先輩や麗日、梅雨ちゃんを見送るだけになってしまう。

 

活瓶に吹き飛ばされた警察官を後方へ運ぶことに専念する。不幸中の幸いか、巻き込まれたヒーローはいないようで、どうやらみんな本邸宅へ突撃していったらしい。

 

……あーーーーーー! 緑谷たちにインカム渡すの忘れてたーーーー!!

 

嘘だろ!? なにしてんだオレ!?

《予知》への信頼か!? 疲れか!? どっちも言い訳にならねーぞくそっ!

 

警察官たちと声を掛け合って負傷者を後方へと運んでいく。

ついでのように邸宅の中から拘束されたヴィランたちが連れ出されてきて、そちらはパトカーへと乗せられていくようだ。

 

『ヴィラン受け取り係り』と揶揄される警察官であるが、彼らの負傷する様は見ていて不合理の塊だ。無個性もいるだろう、ヒーローを諦めた者もいるだろう。

だが、すくなくともオレより度胸のない人間も、オレより情けない人間もいないだろう。

 

リューキュウと組み合う巨大な男を警官隊が囲んでいるが、リューキュウが万が一敗れれば彼らにできることなど肉壁程度しかないだろう。

彼らの装備は盾と警棒だ。活瓶だけではなく、無法とばかりに個性を使用するヴィランたちにできることなどオレと大差ない。

 

歯痒い──なんて息苦しいんだ。

 

邸宅前での戦闘はそれ以上に激化しつつも、活瓶の個性を発動させる前にリューキュウがどうにか締め落とすことに成功。これまた巨大な拘束具を気絶した活瓶に巻き付ける警官隊を見ながら時計を確認する。

十分以上経過していた。リューキュウの体力の凄まじさを褒め称えるべきか、ヴィランに怯えるべきかわからんな。

 

「策束くん! 大丈夫!?」

 

個性を解いたリューキュウに声をかけられ、大声で返答する。

やはり、オレがこの作戦のキーマンなのだろう。……そもそもオレはこれからどうやって地下へ行くのだろう。それともエリちゃんが地上にやってくる、とか?

あー、ダメ、ダメだ。思考が鈍っている。この程度のことは考えてからここに立つべきだ。

頭を振って心を落ち着かせる。

 

活瓶を移送させる車を用意するとのことで、一部の警察官が後方へ下がっていくのを見届けつつ、激戦を制したリューキュウは呼吸を整えながら被害状況を確認しているが、さきに波動先輩が邸宅の入口を指差した。

 

「中も荒れてるよ! 急いだほうがいいよ!」

「よし! ちょっと出遅れたけど私たちも行くよ!」

 

波動先輩の発言を受け、最低限の警備だけ残して進むことになった。だが活瓶の危険度は見ての通り。

リューキュウはサイドキックのヒーローとオレに残るよう指示を出し、みんなが走り出すさまを見届けていると、不意によろめいて膝をついた。なんだ、義足の問題……じゃあない。緊張感まで切れたのか? それとも眠気?

慌てて地面に手をついて、倒れ込むことだけ防ぎながら周囲を確認する。

 

「あ?」

 

先行して進みだした波動先輩と麗日、梅雨ちゃんも道路の上でへたり込んでいる。いや、オレたちだけじゃなく、近くの警察官や、サイドキックの女性もその様子だった。

ミシミシと不快な金属が軋む音。間違いなく地面に座り込むような体勢の活瓶から聞こえている。──拘束具が、破けようとしている。

 

「いてっ……」

 

その野太い声は、活瓶のものだった。絞め落とされたコイツが個性を発動した? まさか、どうやって!?

もらったデータでは活瓶力也の個性は【接触】した相手から【呼吸】で体力を奪って【巨大化】するというもの。オレたちは誰も触られていない。

リューキュウの反応も似たようなものだったが、答えはすぐに聞くことができた。

 

「入中からもらったブースト薬が、やっと、効いてきた……」

 

立ち上がる活瓶の身体が、出来の悪いアニメのように盛り上がっていく。

拘束具を引きちぎり立ち上がるころには、その巨大さに圧倒される。もちろんさっきまでも大きかったが、いまは一般住宅二階を越す巨体だ。優に五メートルはあるだろう。

 

「すごく元気が! 湧いてきたぁ!!」

 

リューキュウもすぐさま《ドラゴン》になって応戦。だがさきほどの戦闘を有利に進められた体格差も、人数差ももうない。いまや活瓶の体躯はリューキュウに匹敵している。

麗日や梅雨ちゃんを庇うように拳を受け続けるリューキュウの動きも、さっきほどの精彩がない。当然ながら彼女も体力を奪われているのだ。

 

ベストジーニストの言葉を思い出す。

 

『一流は! そんなことを失敗の理由に──』

 

ああ、あのときオレがもっと早く踏み出せていれば、彼の言葉を最後まで聞くことは叶っただろうか。

 

「ざっ……けんなっ!」

 

無理やり立ち上がるが、貧血でも起こしたかのような酷い立ち眩みに襲われる。視界は白と黒で明転していく。視野狭窄で全体の把握ができない。

 

「戦闘が始まります! 下がってください!」

 

リューキュウと距離を空けながら周囲を確認する。いま一番危険なのは拘束された活瓶の間近にいた、リューキュウのサイドキックと数人の警察官。オレでこの状態だ。気絶していたとしてもおかしくはない。

 

頬の内側を強く噛みしめると、鉄の味が口いっぱいに広がってきた。痛みに集中して意識を持ち直す。

幸いなことに活瓶の巨大化は収まっているので、トリガーによる個性強化は働いていないと思う──リューキュウの体力を吸われたら瓦解するぞこれは。

 

その懼れはリューキュウも感じたのだろう、波動先輩に指示を出して活瓶との距離を稼いでいる。それはつまり格闘戦での勝負でリューキュウが引いたということだ。

 

だが、この状況でオレにできることなんてない。体力を吸われてしまった人たちを引っ張る力など残っていない。

 

避難するように声を出すたび、ゴーグルの中に血の唾が飛ぶだけだ。

これじゃあダメだ、戦闘場所を移動させるしかない。だが、どうやって──。

 

「麗日さん! 応援を呼びに来た!!」

 

戦闘からすこし離れたところから、声が聞こえてきた。

八斎會邸宅の正面からみて、警察が包囲をしていない距離。そこに大声を上げる緑谷の姿を確認する。もっとも、応援が欲しいのはオレたちのほうで……。

 

「あっちの十字路の真下に【目的】が【いる】! プロが戦って足止め中だ! 加勢を──」

「みんな!!」

 

緑谷の言葉に触発され、リューキュウが麗日と梅雨ちゃんに声をかけて活瓶へと体当たりをする。

麗日は《浮遊》を活瓶に付与。そして梅雨ちゃんが舌をヴィランに巻き付けて緑谷の指さした方へと走り出す。

ダメ押しとばかりに波動先輩の《波動》がリューキュウごとヴィランの巨体を前へと押し出した。

 

オレも足をもつれさせながら追いかけたが、義肢が重すぎて思うように動けずにいた。杖を使って不格好に走る。

 

十字路にリューキュウと活瓶の巨体が触れると、地面が崩壊して落ちていく。麗日と梅雨ちゃんも地下の空洞へと消えてしまった。

 

「波動先輩!」

 

力尽きたかのようにゆるゆると落ちてくる彼女を空中で捕まえる。お礼を言われたが──オレの視線の先には、緑谷がいる。

 

地面に手をついて空洞を見つめる緑谷の頭半分が、どろどろと溶けていく。

 

「なに、あれ。あの子あんな個性だっけ」

「いえ」

 

波動先輩とお互いを支え合うように【緑谷】を見ていると、そばにいたらしい別の人物二人が【緑谷】に近づいてきた。

いや、もうあそこまで溶けてしまえば、あれを【緑谷】だとは思わないだろうな。

 

金髪のナイフ使い、《変身》個性の渡我被身子。

 

トガの隣にいるのも神野で見た連中だ。トゥワイスにコンプレス、どちらもスピナーやトガと違い、生粋のヴィランである。

 

「なんで裸ー? なんでだろうねー」

 

いや、一応録画しているので、そういう発言は止めていただきたい……。

おそらくはトガの個性も八百万同様、自身の皮質を変化させているのだと思う。

 

「戦闘、できますか」

「んー余裕余裕ー。ヒーローだもん」

 

頬を引きつらせるように笑う彼女の額には、汗が粒のように浮かんでいる。とてもじゃあないがヴィラン連合三人相手はできないだろう。

 

しかたがないと会話を聞くだけに専念、とはいっても身も隠せぬ道路のど真ん中だ。こちらを見られればすぐに襲われるかもしれないけどな。

 

トガとトゥワイスはいままで地下にいたらしく、地下でトゥワイスがコンプレスを複製し、コンプレスの個性を使って地上へと脱出。

トゥワイスの個性《倍化》で増やしたコピー人間……増やして個性まで使えるし会話もできる。悪夢のような個性だ。

おまけに悪夢のような発言を、フルフェイスゴーグルは収音した。

 

「ヤクザどもは今日まで【核】の子どもには近づけさせてくんなかった」

「核が子どもなのか!」

「そういうこと。わかったら降りて核取ってきて」

 

それからも三人の無駄話は続く。

「はぁ!?」「コピーのあなたがリスクを負ってください」「ええ!? プルスケイオスって、俺の片腕の復讐でもあるよね!」「でもお前はコピーだ!」

プルスケイオス? さらなる無秩序? ははは、いいお笑いのセンスだふざけやがって。

トガがコンプレスの背中を押し、陥没した穴へ滑り落ちていくコンプレス。やるなぁヴィラン連合、落ちまで用意しているとは。

 

「波動先輩は体力の回復と追加のヒーローを」

「──がんばれ!」

「はいっ」

 

波動先輩に背中を押される。

まるで《治癒》でも受けたかのような脱力感を覚える身体に鞭打って、杖を片手に走り出す。倒れたら殺される、でも、ここで向かわないと誰かが殺されるかもしれない。万が一コンプレスがエリちゃんを確保したとなれば、もう取り戻すことはできなくなるだろう。

 

「その義手、ヘルメットマンですね?」

「っ!」

 

地面を見たままのトガに声をかけられるが、走る勢いは緩めない。この一撃を逃せばもうチャンスはないだろう。せめて手傷を負わせるんだ。

 

叫ぶことなく杖を振るったが、空振り。トガもトゥワイスもオレから大きく距離を空けた。コイツらも爆豪みたいに後ろに目がついてる連中か!

 

「良いこと思いつきましたトゥワイス! あの義手を奪ってミスターに贈りましょう!」

「そいつは良い考えだトガちゃん! ダメだ長さが足りねぇ!」

 

二人が数歩引いてから立ち上がり、武器を……全裸のトガになにができる? トゥワイスはメジャーを手首の装備から引き出して、オレは杖だ。

いいねぇ、最弱決定戦。

トゥワイスが個性を使ってコピー人間さえ作らなければ、オレの体力がつきなければ、地下にいるヒーローの到着を待つことも──

 

「──優先順位、変更だ」

「聞こえねぇよ! バッチリ聞こえちゃった!」

「【逃がしてやる】よヴィラン連合!」

 

セメントス先生の個性のように石柱を地下から地上に伸ばす死穢八斎會若頭、治崎。オレの数メートル下にいる。

 

そして彼の腕から逃れるように、一人の少女がその柱から飛び降りた。

真っ赤な布を、まるでパラシュートのように広げながら。

まるでヒーローのマントのように靡かせながら──。

 

治崎が【核】といい、ヴィラン連合が【目的】といい、ヒーローが【対象】という一人の少女。

想像していたよりも、もっと、ずっと小さい女の子だ。

 

自力で逃げ出し、緑谷に助けを求め、それでも緑谷の命の危機を感じ取り治崎のもとへ戻ったと聞かされていた。

【あのとき】のオレよりも、もっと幼いじゃあないか。

 

歯を食いしばって全身に力を込める。ヴィラン連合から目を離し、無防備な背中を晒すことへの恐怖心など捨て去った。

 

迫る円柱に残ったのは、二人の男。一人はボロ布のように倒れ伏し、もう一人はエリちゃんに手を伸ばして奪おうと手を伸ばしている。

 

「治崎っ!!」

 

少女と緑谷とを繋ぐ真っ赤な布切れを見届けて、オレもヴィラン連合を残して飛び降りた。

円柱までは地上から三メートル。届くもなにもほぼ真下。あとは高さにビビらなきゃあ!

 

義足の先端が治崎の背中に突き刺さる。

総重量七十キロを超す鈍器だ。骨を砕く感触が義足へ伝わってくる。

それでも狙うはエリちゃんなのか、滞空する緑谷とエリちゃんを狙ってコンクリートの触手のようなものが幾本も円柱から伸びた。

 

「デク!」

 

もう安心だ、治崎は無力化した、あとはゆっくり降りて──そう言葉にしようとしたが、できなかった。

突風によって円柱から投げ出されてしまう。

目を瞑る余裕はなかった。洗濯機に入れられたかのように落下しているのがわかる。はは、神野区のときもこんな感じだったのかな。威力でいえば百分の一くらいだと思うけど。

 

あー絶対骨折れてる。全身が痛くて壁を使って立ち上がる。……壁?

自分の位置関係を確認し、おそらくは円柱から吹き飛ばされて壁に当たった、その後落ちたようだ。

柱の下にはゆるりと立ち上がる治崎の姿。緑谷たちはいない。なんだ、なんの個性でこうなった?

 

「デクくんは──」

 

麗日の声が聞こえた。そちらを向こうとして、激痛に視野が真っ白になった。身体のどこか知らないが骨が折れている。ヒビで済んでいればいいけれど。

いつの間に膝をついたのか、いかん、痛みが鮮明になってきた。体力の削れ方も授業で大怪我をして《治癒》してもらったくらいだ。

ああ、今日はぐっすり眠れるだろうな。

 

「マズい!!」

 

リューキュウの声が響く。顔を上げると、治崎が立ち上がってゆっくりを歩き出していた。背中に打撲を受け、オレと同じような落下。それにしては、ずいぶんと余裕のある足取りだ。《オーバーホール》? それとも鍛え方が違うのか?

 

ふざけんな、つらい訓練ならこっちだってこなしてるんだ。立て、あと五分、三分だっていい。

 

「くっ……ぐっ……」

 

義手を壁に引っ掛けて、無理やり立ち上がる。生身だったら諦めてたかもな。

フルフェイスゴーグルもどこか強くぶつけたのか、センサー類にエラーが出ている。それでも立ち上がると、自然と視野は広がった。まずは現状の把握、そんなもの肉眼でだって──、

 

「──ナイトアイ」

 

つい、つい二十分前に、彼の悠然とした立ち姿を見た。

 

「ざ……けんな」

 

リューキュウはドラゴンの姿のまま翼を広げ、そのうちに梅雨ちゃんと麗日、そしてナイトアイを保護している。

そのナイトアイの胸元には、巨大な岩が突き刺さっていた。抜けば子どもが潜れそうな穴が開くだろう。左腕も、無くなっている。

ゴーグルでスキャンする限り死に体だ。肉眼であれば、死んでいると勘違いするだろう。

 

これは《予知》できなかったのか? それとも《予知》してなお、受け入れたのか?

 

痛みとはべつの、思考を割くことになった。その結果、ヴィランに大きな猶予を与えてしまう。

治崎が倒れ伏す活瓶の身体に触れると、その肉体が砕け散り、そして治崎はその【肉】を纏った。

 

ありえない。

オール・フォー・ワンと対峙し、その神のような個性を知ってもなお、オレは治崎の姿を見て怯えてしまった。

 

最初は【活瓶の肉】を纏って治崎を覆ったように見えた。それにとどまらず、やつはコンクリートを飲み込みながら巨大な人型を作り上げていく。

 

二つの上半身を合わせて、四本の腕で【四足歩行】をしそうな歪な化け物。その背からは障子も顔負けの触手のような手が大量に伸びていた。

活瓶のマスクを残したのは意図してのことだろうか、その口から治崎の上半身が【生えて】いる。ああ、まるで足を捨てたかのようだ。

 

これほど醜くなっても、治崎にとって両腕が大事?

 

全長二十メートルの化け物がこちらには目もくれず、空に逃れたと思われる緑谷とエリちゃんを追いかける。

 

リューキュウを含め、オレたちはあまりの光景に見送ってしまった。

 

情けない。

オレは壁際近くに【転がっている銃】を緩慢とした動きで拾い上げた。

エリちゃんは、【アレ】に立ち向かったのだ。

【アレ】から緑谷を守ったんだ。

 

そして《予知》が正しいというのなら──オレも立ち向かえるはずだ。

 

一発、発砲。

ヴィラン連合のコンプレス、その模造品が舌打ちしながら輪郭を泥のように崩して消えていく。

発砲の反動が義手と生身の境目に留まっているようだ。

 

「リューキュウ!!」

 

呆然と空を見上げていた彼女が、銃声と呼びかけとともに正気に戻ってくれる。

彼女の表情を見る前に、拳銃に安全装置を掛けながら弾倉を抜く。長方形のマガジンには隙間があり、そこから残弾数を確認することができる。

最低五発は入っているが、それが六発なのか七発なのか。この銃の装填数も発射数も知らぬオレでは見当もつかん。

だが、銃のとなりに落ちていた特殊な銃弾入りケースと合わせれば、九発は撃てるはずだ。……この特殊な銃弾がこのトカレフに装填できるかは知らないけどな。そう思いながら、黒いケースを、【真っ赤な銃弾】を尻のポケットへとしまった。

 

トリガーに指をかけ、銃口を天井に向けながらリューキュウへ見せつける。

 

「上へ行きます!! ヴィラン連合トガ! トゥワイス確認!」

 

返答を待たず、崩れた崖を登っていく。治崎の巨体のおかげで丁度いい傾斜ができあがっている。エクトプラズム先生、訓練の成果で良い報告ができそうだ。

 

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