【完結】無個性ヒーロー   作:南畑うり

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死穢八斎會・突入後編

 

地上へ近づくと、空の青さと対比するような赤黒い巨大な治崎の姿が見えた。白昼夢であるなら醒めてほしいが、戦闘の静けさからヴィラン連合が加わっていないと判断。まだマシだな……。

その治崎から、言葉が発せられる。

 

「【人間を巻き戻す】それが【壊理】だ。使いようによっては人を猿に戻すことすら可能だろう」

 

悠長な──。だがオレもまだ登り切っていない。目の前には巨大な赤黒い【後ろ手】が二本。背骨が伸びたような尻尾に手を伸ばし、それをとっかかりによじ登る。

 

「そのまま抱えていては消滅するぞ。触れる物すべてが無へと巻き戻される。呪われてるんだよその個性は──。俺に渡せ、【分解】するしか止める術はない。消滅したくなければ壊理を渡せ!」

「絶対、やだ!」

 

緑谷の反論を聞きながら、治崎の背中を登り続ける。感触が無さそうで良かったよ。

活瓶のマスクに銃口を当てぬよう、二度発砲。

 

「あ?」

 

治崎が振り返るだけで振り落とされた。くそ、踏ん張りがきかんなぁ……。そろそろ限界だ。

死にたくはないので、やつの触手攻撃だけ避けて、緑谷のほうへ転がっていく。

 

壊理ちゃんを背中に背負って、赤い布で彼女の身体を固定している。

──この馬鹿野郎。

 

緑谷が寸でのところでオレを引き寄せ、どうにか距離を保てた。

 

「逃げて策束くん!」

「……治崎の話聞いてたな」

 

壊理ちゃんの個性がどのようなものか。治崎の言葉を鵜呑みにするわけにもいかず、それでも彼女の個性が治癒のようななにかであることは間違いない。

 

本当に、コイツはこんな小さな子を切り刻んで、銃弾にしたんだな。

 

緑谷に引き上げてもらった瞬間から身体の痛みが無くなっている。あきらかに壊理ちゃんの個性の影響だろう。一度唾を吐いたが、さきほど強く噛んだ頬の傷は無くなっているのに、心だけがずっと痛い。

 

『キミは、早死にするでしょう──』

 

ああ、本当、そうかもな。

 

「デク! 《予知》通りだ! オレに任せてナイトアイを【巻き戻せ】! 警察にも負傷者多数!」

 

ここにいるだけで傷は治っていくし、体力も戻ってきている気がするが、それでも治崎の巨体は見上げるだけになっている。

ヤツの【前腕】の重量なんてオレ何人分だよ。笑えるくらいの戦力差。まるで蟻と象だな。

 

「逃がすかっ!」

 

速い!!

さきほどとは逆に緑谷を突き飛ばし、地面のコンクリートを抉る威力と速度の触手のような複製腕を避ける。

 

「でも!」

「人命最優先! オレの命か!? 行け!」

 

言いながらの発砲。今度は一発。残りは、三か、四か。

あー……治崎をどう倒すのか教えてもらえば良かったな。豆鉄砲も良いところだ。

 

ナイトアイの重傷は病院じゃあどうにもできないサイズだった。ベストジーニストの傷ですらリカバリーガールの《治癒》があってギリギリ。

彼女の呪われた力とやらで、どこまで治せるかな──。

 

「行け! さっさと復帰しろデク!!」

 

緑谷の返事を聞かず、片手で拳銃を構える。治崎はオレのような武力も戦力も持たぬ羽虫に興味がないだろう。なら、興味を持たせるのがオレの戦術だ。

 

「待てよ治崎!」

「──貴様ぁ……」

 

筆箱のような黒いケースをポケットから取り出して見せつけた。

中には四発の真っ赤な銃弾が入っている。本当にこれが個性を消す薬だったのかよ。最初から撃てば良かったな。まあ銃弾の大きさから内量を考えると、治崎本体に打たなきゃ【意味がないとは思う】けど。

 

「どうだ? オレに背中向けられるか?」

 

撃っても意味がないとは思うけど、治崎がそれを【試したことがある】とは思わない。

ついでに言えば装填もしていない。ヤツが冷静なら、こんな簡単なブラフに引っかかることはなかっただろうがな。

 

「ああ、ああ、くそ、病原菌めっ!」

 

振るわれる腕をギリギリで躱す。まるでハエになった気分だ。

というかこの状況を《予知》していたのなら最初から教えてくれよ!

 

化け物の口から上半身をのぞかせる治崎に対し銃口を向ける。個性の消失に恐れているのか、背中から生やした複腕での攻撃が多く、オレも治崎も常に動き続けることになった。さっき壊理ちゃんに《巻き戻し》を受けねばすでに体力が尽きていただろう。

 

「お前らは世界にとっての病原菌なんだよォ!」

 

──話の脈絡がない。

緑谷との会話か地下での会話を引き摺っている? オレ相手に? 病原菌? なんの話だ。

 

ナイトアイの傷を見れば、激闘であったことは確信できる。だが、そんな話す余裕があったのだろうか。

第一いまのこの状況を見れば、オレは病原菌ではなく媒介者だ。ハエのように地面を駆け巡る。蜂のようにさせれば良かったのだが、義手が持つ拳銃はせいぜい輪ゴム銃だな。

 

「お前も病も治してやろう!! 俺と、壊理が!!」

「何の話だそりゃあ!!」

 

発砲。残り、二発か、三発か。

惜しくも治崎本体が【生えている】口の部分を抉るだけだ。治崎は【個性を壊す銃弾】である可能性を無視しているかのように、オレに前腕を振るってくる。

フルフェイスゴーグルがなければ、すでに三度は殺されているだろう。

あるいは、やはり本体でなければ効果がでないと確信しているのか?

 

「お前も壊理も、力の価値をわかっていない。個性は伸ばすことで飛躍する。

「俺は研究を重ね、壊理の力を抽出し、到達点まで引き出すことに成功した。

「結果、単に肉体を巻き戻すに留まらず、もっと大きな流れ──種としての流れ、変異が起こる前のカタチへと巻き戻す」

 

治崎の複製腕が上着をかすったかと思えば、上着が消滅した。あまりの理不尽さに涙が零れるわ。

複腕も《オーバーホール》が使えるのか、触れた周囲の家や地面が崩れ、代わりにヤツの足元から巨大な土の塊が形成されていく。力を溜めているようで、オレに狙いを定めているのだろう。

 

「壊理にはそういう力が備わっている。個性因子を消滅させ、人間を正常に戻す力だ!

「個性で成り立つこの世界を!

「【理】を【壊】すほどの力が──【壊理】だ!!

「価値もわからんガキに! 利用できる代物じゃない!」

 

土の塊から巨大な槍が射出される。

 

避けながら言い返す余裕などなく、しかしヤツの思考が破綻しているのは十二分に理解できた。

最初は、個性因子破壊弾をヴィラン集団に渡し、《オーバーホール》でヒーロー側を治して金儲け程度だと考えていた。

 

だが、【人間を正常に戻す】という言葉……。

この世の理とやらを破壊するために壊理ちゃんの個性を研究? 馬鹿馬鹿しい、何十億発必要だというんだ、この世界から【個性を消す】ために。

おまけに治崎の個性は《オーバーホール》。お前の力だけで十分だろうに。

 

「ぐっ」

 

道路を塞ぐほどの巨大な円錐が眼前に迫るが、こちらには身を捩るしか回避方法がない。

躱しきれず、義足が吹き飛ばされた。身体に固定するベルトに引きずられるような形で土の槍の側面に身体を打ちつけると、弾みでコンクリートへ叩き落された。

 

「かひゅ──」

 

通形先輩の訓練で肺の空気が無くなる感覚は知っている。覚えていた。落ち着け──。

 

円錐に指先を引っかけ、両腕と片足で治崎を目指す。距離は二十メートルもない。

離れての時間稼ぎなんて選択肢に最初から入ってはいない。このような範囲攻撃まで治崎は繰り出すようになったのだ。裏道に隠れてやり過ごすなんてすれば、この住宅地一帯が戦場と化すだろう。

 

槍によじ登り、治崎の【本体】の顔を狙いながらの発砲。何本もの複製腕が治崎の身体を隠す。

それは同時に、治崎の視界を極端に狭くしたはずだ。円錐の下へと身を隠し、四つん這いで治崎に向かう。

 

拳銃は右手に。左手には赤い銃弾を握った。二センチ程度の銃弾だ。先端には五ミリほどの短い針が付いている。

 

問題は二つ。いや、三つかな。

一つは、この個性破壊弾は銃弾として使用しなければ中身が出ない可能性がある。

もう一つは、首は生身だ。服もところどころ破れている。どこまで触れられれば《オーバーホール》の分解対象なのか。

 

あとは、オレの命の価値は?

 

円錐の下から飛び出し、治崎の【本体】に向かって走り出す。残り五メートルだ、片足だって十分だ!

 

両腕の小指で体重を支え、左足で飛び跳ねる。浮いたのは一メートルもないだろう。それでも、治崎が作り上げた活瓶の口に手を掛ける。

 

「俺に、触るなっ!」

「黙ってろ!!」

 

義手のリミッターを超えたのか、ぶちぶちという人工筋肉のちぎれる音をフルフェイスゴーグルが拾った。それもそのはず、オレの体重を拳銃に触れていない中指、薬指、小指の三本だけで支えているのだ。

そして、そのまま発砲。

真下からの銃撃には複製腕の防御が間に合わなかったようで、治崎のペストマスクが宙へと舞った。

最後の弾だったのだろう、ホールドオープンになってしまった拳銃を無理やり手放すと、治崎のマスクとともに落ちて行った。

 

「治してやろう」

 

前のめりの姿勢になった治崎の右手がゴーグルに触れ、次の瞬間には顔に風を受けた。《分解》されたか。このまま触れられたらオレの頭も《分解》される。

右手を離し、なおも迫ってくる治崎の右手を払う。

義手が《分解》される様子を見ながら、地面に落ちた。

 

「ようやく顔を見せたな、ガキ……」

 

尻餅をついたまま後ろへと下がる。いまので残りの個性破壊弾割れていたりしないよな。

そんなことを気にする余裕などはないか。

 

「お前もな、治崎」

 

左手の手のひらに親指で個性破壊弾を隠しながら、そのまま手のひらで治崎の破けたマスクを指摘する。

オレを追い詰めて冷静になったのか、そうなってようやく、ヤツは自分がマスクをしていないことに気づいたようだ。自分の両手を口に当て、手のひらで作った空間で呼吸をする。

 

潔癖症? それとも個性依存かな。そういえば、治崎が造った【身体】も足が存在しない……。複製腕、前腕、後腕、それに治崎も下半身を【身体】に埋め込んでいる。

 

「まあ、いいさ」

 

お前が個性に頼っていても、嫌っていても、どうでもいい。どうだっていい。

 

立ったところで百七十センチと二十メートルの体格差だ。おまけにヤツの手は全部合わせれば十は超える。

左腕一本でなにができるというのか。あー、愚直に攻めた間抜けさだ。

 

上体を起こし、治崎に話しかける。

 

「治崎、お前に最後のチャンスをあげよう。個性を解除して投降したまえ」

「──死ね」

 

巨大な前腕が振り下ろされる。

治崎の【身体】に個性破壊弾を撃ち込んだところで効果は薄いだろう。左手を天高く掲げて、ヤツの前腕を待ち構える。

これが、オレのラストチャンスだ。左腕で済めば良し、死んだら、どうしようかなー。

 

「ぐぇ!?」

 

急に首が絞まって、洗濯機に入れられたかのように身体と視界がぐるぐると回転する。

な、なに!?

気付けば、空を飛んでいた。首には、なにこれ、ピンクの、糸?

 

「あんまり触らないで。恥ずかしいわカルマちゃん」

「梅雨、ちゃん!」

 

苦しいんですけど!

慌てて周囲を確認すると、リューキュウの巨体が見えた。《ドラゴン》化したリューキュウの手の中には梅雨ちゃんと麗日。

いや、ちょっと待って、この体勢って、オレ、落下するんじゃ。しかも首には梅雨ちゃんの舌。死んじゃう──!

 

それを見越してか、麗日はリューキュウの腕から飛び出して、彼女に空中で抱き留められる。《無重力》の個性が発動し、すぐに身体がくるくると回り出す。

 

「ルミリオンは右翼! 左翼はデク!」

 

その凛々しい声は。

 

「策束をそのまま壊理ちゃんのところへ! 治崎は我々が受け持つ!」

 

あれだけ悪趣味だったネクタイも、気取ったスーツも、胸に空いた穴も無い【サー・ナイトアイ】の姿が見える。

嬉しさのあまり涙が滲んできた。

 

大声で治崎の複製腕にも《オーバーホール》が使えることを告げるが、これだけ上空からの声だ。届けばいいけど──と思っていたが、緑谷から「ありがとう!」という返答が届いた。

 

みんな、ボロボロだな。ナイトアイも、ルミリオンも、デクも。

だが、きっともう大丈夫だ。

そう安心させるヒーローたちの姿を見ながら、オレはリューキュウに連れられ、八斎會邸の庭へと降ろされる。

 

横になった一人の少女を警察官が囲んでいた。壊理ちゃんだ。

彼女を遠巻きにしながら怒声が飛び交っている。

 

「あの角だ!」

「近づくな! なにが起こるかわからないぞ!」

「もう怪我人はいないのか!」

 

壊理ちゃんは角から黄金の粒子を振りまきながら、丸くなるように自分を抱きしめている。

個性が暴走したままなのだ。

 

「リューキュウ! 彼女を遠ざけなきゃ──」

「ちげぇだろ麗日!!」

 

麗日の見当違いの意見を頭ごなしに否定して、ケンケンと片足だけで進んで行く。あ、ヒーロー名言わなかったな、まあもういいか。

 

「もう大丈夫! オレがいる!!」

 

まずは周囲の大人たちを黙らせる。壊理ちゃんの前でこれ以上情けない姿を見せるんじゃあねぇ。

何人かの警官たちを退かし、彼女に近づく。

 

目を閉じ、耳を塞ぎ、必死に悲鳴を押し殺している少女。

 

いままでも、壊理ちゃんは暴走したらそうしていたのだろうか。《分解》されるまで、そうやって我慢していたのだろうか。

 

周囲の喧騒が消え去ったことに疑問を感じたのか、壊理ちゃんが片目と片耳からそっと力を抜いた。

彼女の隣で膝をつき、怯えさせぬよう彼女の頭を撫でつける。

──すごい熱だ。おそらくは彼女の額に生えている角から個性を【放出】していると予想できるが、熱の放出はできないらしい。

 

「もう大丈夫。オレがいる」

 

壊理ちゃんの真っ赤な瞳に、オレが映り込んだ気がした。

むずむずとした違和感が右手右足に生じていることを感じながら、彼女を抱き上げるように立たせる。

ナイトアイの傷を思い出す。たとえこの場にリカバリーガールがいようとも、彼は復帰できるような傷ではなかった。《巻き戻し》なのだろうか。オレの傷はひと月以上前の出来事になる。さすがにそこまでできれば神の領域だ。治崎ともども【欲しくなってしまう】。

 

肌全体にピリピリとしたものを感じながら、壊理ちゃんの頭を優しく撫で続ける。

 

「もう逃げなくていい」

「──……」

 

壊理ちゃんの怯えるような表情がすこしだけ和らいだ……気がした。

この子はオレと同じ。自分を守るために、心を殺したんだ。

 

「ぐっ、あっ」

 

皮膚が突っ張るような痛みにうめき声を上げてしまう。そんなオレに、壊理ちゃんは心配そうに手を伸ばす。その優しさに、思わず笑ってしまった。

かつては実験動物扱いされ、いまは熱に浮かされ、そして周りの頼りにならない大人たち。それでも、彼女はその気高い心のままにいる。

 

「さっき怪我しちゃってさ。はは、もう治ったわ。すごい個性だねー」

 

──時間がない。右手足の切断面にはひどい違和感がある。

これが《巻き戻し》の効果になるのか、この手足が元通りになるとは想像できないが、ナイトアイのちぎれた左手も、胴体に空いた巨大な穴も、たった数分で元通りだった。

 

なら、オレは?

オレの傷は約ひと月前だ。これが戻るとしたら、ひと月分ここで過ごしていることになる。

 

緑谷たちが集めたと思われる警察官たちはすでに《巻き戻し》を受けたあとだ。若返りたいと安易に願う人間も世の中にはいるだろうが、どれほど若返るか、どれほどの早さで《巻き戻し》されるかわからない以上、さっさと暴走を治めてくれるほうがありがたいだろう。

 

「ちょっと大きな声出すから、耳塞げるかな?」

「……うん」

 

不安そうに目もつぶってしまう。自分の殻にこもる速さに、慣れていることに、舌打ちが零れそうになった。

治崎……一瞬でも【使える】と思った自分が腹立たしい。やつはオール・フォー・ワン同様に【堕ちる】べきだ。

 

「リューキュウ! 銃をください!」

 

遠巻きの円に加わっていたリューキュウが、近くのスーツ姿の警察官から銃を借りてこちらへと歩を進める。すでに今日の怪我は完治済みのリューキュウは、一歩踏み出すごとに表情を歪めている。

 

「どうするつもり」

「彼女の個性の暴走、イレイザーヘッドの《抹消》でもなければ消えないと思います」

「いま地下から向かってきてるらしいわ」

 

じゃあそれほど時間はかからない……よな。たぶん。

残念ながら地下のルートは地上に残った人員には知らされていない。予測と経験が足りないというところか。

 

「治崎曰く、彼女の個性は人間を猿に戻すそうです。《巻き戻し》がどれほどされるのかわかりませんが、近くにいる以上どこまで戻るかわかりませんよ」

 

──肉が盛り上がっていた切断面は、白い骨が見えている。その周囲を覆うように血管や筋肉がCGのように再生され続けている。

右足もそうなのだが、まずは右手を見せると、リューキュウの顔が強く強張った。

 

「でも、個性である以上限界があるはずです」

「キミまさか!?」

「それより、彼女の力が強まっている気がします。離れたほうが身のためですよ」

 

リューキュウは日本のトップヒーローだ。竜ならまだしも猿になられちゃあ犯罪増加に繋がってしまう。

ベルトを外して大口を開けて奥歯で食む。左足の甲に銃口を当てる。嫌な汗が噴き出してきた。

 

……いいじゃあないか、ここまでしなくったって。

オレがいなくたって。

オレの手足が《巻き戻し》されたら離れれば、手足も戻ってめでたしめでたし。そのうち彼女の個性の放出も終わるだろう。壊理ちゃんが我慢すればいいだけの話だ。

たった一人で、我慢させりゃあいいだけの話だ。

 

「次は私よ」

 

聞こえてきたのは、壊理ちゃんの耳を塞ぐリューキュウの声。

壊理ちゃんと視線を合わせているのか、オレを見ることなく優しい笑顔を彼女へ向けている。

 

一度だけ空を仰いだ。深い呼吸のあと、左手に力を込める。

乾いた発砲音と、肉や骨が削れる音が、脳みそまで響いてきた。

 

激痛ではあるが、耐えられないほどではない。もう一度やれと言われてやりたくはないが、気絶などはしていない。その間に銃を乱射などしていれば目も当てられないところだった。

 

痛みは、もうない。

代わりに、左足の靴に穴が開いていた。その穴からはオレの皮膚が見えている。

 

「力が、増してるっ」

 

リューキュウは笑顔だが、身体が細かく痙攣している。……オレもか。

よだれにまみれたベルトを、もう一度強く噛む。

 

「ダメよ策束くん」

 

笑顔を保つリューキュウに制止させられたが、同じ場所へと発砲を繰り返した。

──大丈夫、これならベルトはいらない。うめき声は漏れるだろうが、舌を噛むことはない。

だが、全身が汗まみれだ。メンタルケアが必要だな。

オレの憔悴しきった表情を見たリューキュウが壊理ちゃんの顔を隠すように抱きしめて、オレをしかりつける。

不思議と、呑気だなとは思わなかった。

 

「もう【手足】は戻ったのよね。キミは離れなさい」

「まだ三発残ってます」

「なら私に撃ちなさい。大丈夫、痛みには慣れてるわ」

 

右手に銃を持ち換えて、裸足の右足の甲へ打ち込む。

 

「い……たみに、慣れてきたところです」

「モテないわねあなた」

「はは、ひどい冗談ですよ」

「べつに冗談じゃないけど」

 

……一番心が痛くなった。

 

「ところで、さきほどより【強く】なってきていませんか?」

「個性の対象が私たちだけだからかしら……。結構、まずいわね」

「離れるなら、どうぞお先に」

「ふふ、冗談──」

 

リューキュウの顔が苦しむように大きく歪む。

壊理ちゃんの肩が強く震えた。まずいな、壊理ちゃんはオレが思っているよりもずっと心が鋭敏だ。おまけに──個性の制御が……できてないっ!

 

「策束くん!」

「近づくな!!」

 

いまの声は麗日か、梅雨ちゃんか。ひどい耳鳴りでよくわからなかった。

オレは壊理ちゃんからほど近いが、背後にいた。個性の発生源はおそらく彼女の右の角。電波を発するアンテナのように個性の範囲が広がっていると想定している。

 

その角に一番近いのは、リューキュウだ。彼女はもう限界だ、笑顔を保持することもできず、地面に倒れることだけを拒むように、全身を走る痛みに耐えている。壊理ちゃんの手を離さないのは立派だな。

 

もう一発だけ足へ撃ち込む。

──傷の《巻き戻し》される速度のおかげで、痛みを感じる暇もなかった。それより、頭の先から足の先までが針で突かれる痛みに襲われている。

 

立ち上がるのも一苦労だ。

 

「壊理ちゃん」

「!?」

 

後ろから誘拐するように抱きかかえ、怯える表情の壊理ちゃんと向き合う。

こんなに大人がいて、プロヒーローがいて、彼女を苦しめていた連中から引き離したというのに、情けなさすぎるだろ。

 

精一杯の笑顔を向ける。見抜かれているかもしれない。

 

「いま、一番なにがしたい?」

「え……」

「『プリユア』とか好き? オレもむかしは見てたんだー。ピクニック行っ、たり、買い物行ったりっ……映画とかっ……くっ……」

 

やばい。思考が白く染まっていく。むき出しの神経をなぞられている気分だ。ああ、くそ、悲鳴を上げて逃げ出してしまいたい。

ああ? いつの間に膝ついてたんだオレは……。

 

もう声は出せそうになかった。

代わりに、泣きながら見上げてくる壊理ちゃんの髪の毛を、優しく撫でつける。上手くできているだろうか。母親のように、兄のように、彼女に触れることができているだろうか。

 

せめて最後に、彼女に笑顔だけでも遺せれば──。

そう思っての行動ではあったが、それらはどうやら杞憂に終わったようだ。

 

急に壊理ちゃんの個性の暴走が止まった。

角からの発光が消えて、気を失った少女を胸で抱きかかえる。気を失っているのか、浅く小さい呼吸ではあるものの、苦悶を含んだ表情ではない。

 

オレが周囲を見渡すと警官たちの間から、薄汚れた黒いスウェットの中年男性が見えた。負傷しているのか、警察官に支えてもらっている相澤先生を──イレイザーヘッドを見ながら、笑ってしまった。

 

「どうせなら彼女に怪我を治してもらえば良かったのに」

「抜かせ。あと鏡見ろ」

 

鏡?

まあ、いいさ。とりあえずは、もう、今日の分のプルスウルトラは終了ということで……。

 

壊理ちゃんを抱きしめたまま芝生へ寝転がる。遠くで上がったひと際大きい爆発音を聞きながら、オレは意識を手放した。

 

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