【完結】無個性ヒーロー   作:南畑うり

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幕間・地下ルート後編

 

「──っ!?」

 

サンイーターが拳を振るった瞬間、窃野が拘束されたまま、無理やり先輩の拳に【当たり】にきた。

そして、サンイーターの右手から血しぶきがあがる。

 

「先輩!!」

 

拳が当たる前に身を乗り出す技術があるのは知っているが、サンイーターは痛みにうめくような声を上げながら後退った。

マスクが外れ、窃野のにやけ面が半分露出している。ヤツが口に咥えたナイフの刃がマスクを貫通して、喋るたびにカタカタと揺れた。

 

「ビックリして思わず引いちゃったなぁ? 急いでんのはわかるが横着しちゃいけねぇよ。ゴミみたいな人間相手にしてんだからよぉ? マスクの下になに隠してるかわかったもんじゃねぇよ」

「さっきの小汚ねぇ男の個性も時間切れだ!」

 

宝生が身体の至るところに宝石を生やしながら、蛸の足から逃れる。

サンイーターは蛸の足の効果が低いと見て二枚貝へ個性を変化させたが、その貝殻は目にもとまらぬ速さで窃野の手に収まっていた。

サンイーターの個性は食べたものを身体の一部に変化させる個性だが、殻が《窃盗》の対象だなんて──。

やばい、なんて声をかければこいつらは反応する!?

 

「殺せねぇってのはハンデだなぁ! いいご身分だぜ。俺たちゃもともと人生捨てた身だ。【飛び降りをヒーローにキャッチ】されたときはマァ絶望したもんだ……。生きる価値を見出せなくなった人間──わっかんねぇだろ!!」

「若頭はそんなゴミを拾って再利用してくれる。ゴミにもプライドはあるんだぜ? 期待されちまったら! 応えねぇとな!!」

 

拳を巨大な宝石にして、サンイーターを殴りつける宝生。二人のヴィランから先輩を守るように捕縛布を投げつけたが、いつの間にか手に持っていた捕縛布が消えていた。

 

「お前の相手は俺がしてやんよぉ。ガキぃ!」

 

個性も発動できず、捕縛布も一本奪われた。もたついている間にサンイーターがヴィランの拳を顔面に受けて──いない!

あの巨漢の宝生の拳を、力強い印象は受けなかった彼の細腕で受け止めている。宝生から生えた白い結晶とは対照的に、赤い甲羅と蛸の足を同時に再現しているらしい。

 

「諦めろ、俺は……サンイーターだ」

 

先輩に対抗するように、宝生が大量の結晶を身体にまとって拳を放つ。

 

「下がってろ心操くん!」

 

飛び跳ねるように部屋の壁まで寄ると、サンイーターの身体も一回り大きくなったような気がした。そして、彼のマントの下から巨大な蛸の足が何本も《再現》される。

 

「《混成大夥──キメラクラーケン》!!」

 

一本一本の足の太さが成人男性の胴回り二人分だ。振るわれるだけで風圧と風切り音とで身体を揺らされる。だが大きいだけあって精密作業は向かないようで、昏倒させるほどの直撃はない。それどころか、もう一人が立ち上がっていた。

 

「先輩!!」

「ぐっ!?」

 

襤褸を被った多部が、蛸の足にかじりついていた。痛みだろうか、サンイーターの動きが大幅に鈍る。多部は動きの鈍った巨大な蛸の足を前に、怯むことなく動き続け、みるみるうちに蛸の足が無くなっていく。

 

多部は明らかにサンイーターの天敵だと認識し、イレイザーヘッドがなぜ多部だけを先に気絶させたのか、遅ればせながらようやく気付いた。俺が走り出したのはあまりにも遅く、宝生の二度の拳によってサンイーターは吹き飛ばされていた。

 

「ふざけんな!!」

「ガキがちょろちょろと──」

 

窃野の《洗脳》に成功。多部は蛸の足に夢中で、サンイーターが対応していた。大丈夫、俺よりずっと強い人だ。

拳を振り回す宝生の前に立ち、捕縛布を構える。冷静じゃないのは自分でよくわかっている。心臓が熱い。もっと落ち着け、《洗脳》までの時間を稼げ。

 

「俺もあんたらと一緒さ!」

「フカしてんじゃねぇよ!」

 

やはり失敗、ダメだ、もっと集中しろ。

宝生の拳を避け、捕縛布をやつの腕へ巻き付ける。だが、新たに生えた宝石が捕縛布の先端を緩めて、すぐに解放させてしまった。策束が言った通り【捕縛した箇所で変動が起きると】捕縛布の操作が利かない。

 

「俺も一度価値を失ったよ。こんな個性だからって、ヒーロー諦めてた」

「……若いんだ。いまはボコボコにしちまうけど、俺らみたいになるんじゃねぇ」

「良い人なんだな、あんた」

「都合の良い人ってやつよ。俺たちゃみんなそうだ!」

 

拳を躱したつもりだったが、宝石が【生えながら】振るわれたため目測を誤って胴体に激しい痛みが走り、無様に転がってしまう。

胴体が露出して、肌が真っ赤に染まっていた。痛い、血が流れてる、痛い──。

 

「優しいんじゃねぇ! 頭が悪くて! 世渡り下手で! 【カモ】だったのさ!」

「信じ、たんだろ!!」

 

立て、逃げろ! 俺の役割はなんだ!

緑谷や切島のように壁を破壊するパワーか!? 拳銃ぶっ放して逮捕か!?

イレイザーのように! サンイーターを信じ抜くことだ!

 

「あんたは信じたんだ! それのなにが悪いって言うんだ!!」

「信じた俺が! 悪いのさ!」

 

壁に追い詰められ、巨大な宝石が降ってくる。最後の抵抗に捕縛布で宝生の足と俺の胴体とを繋ぐように巻き付ける。

死んだって、足手まといになるつもりはねぇ!

 

「信じることが悪いわけあるかよ!」

「裏切られてからもう一度ほざけ!」

「それでも! 何度だって信じるんだ! 【ヒーローだから】!──ぐっ!?」

 

目の前の宝生が真横に吹き飛ばされ、繋がったまま俺も引きずられる。転がったまま周囲を見渡すと、サンイーターが片足で飛び跳ねるように駆け寄ってきていた。

右頬を、結晶の拳で殴られた痕が痛々しい。

 

「ごめん心操くん!」

「ヴィランは!」

 

サンイーターの足元には、《再現》した鳥のかぎ爪で拘束されている宝生。その背後には《洗脳》されたままの窃野と、うずくまったまま痙攣をしている多部の姿。

 

「多部は蛸の神経毒で麻痺させてる。それより、すごいな」

「はなせぇ!!」

 

宝生が両腕の結晶を巨大な剣のように出現させて振るおうとしたが、サンイーターはかかと落としでもするかのように宝生を持ち上げて地面へ叩きつけた。

捕縛布で引っ張られて床を這うと、先輩はもう一度慌てて謝罪をした。

 

「解ける? 怪我は?」

「わかりません、腹が……」

 

宝生の抵抗がなくなったことを確認したあと、震える指先で捕縛布を解くと、そこには自転車で転んだくらいの擦り傷がつけられていた。

え……これ、だけ……?

血もほとんど止まっているのか、指先で傷口に障ると、指先に血が付いた程度。サンイーターのほうが百倍は重傷だ。

頭部は軽い傷でも出血が多くなるというが、先輩の顔の右側は真っ赤な血がべっとりとついていた。出血もまだ止まっていない。

 

「大丈夫そうだね」

「え、あ、はい」

「顔が赤い、大丈夫? ほかにぶつけたところは?」

「い、いえ! 大丈夫です!」

 

恥ずかしい。本当にかすっただけなのかよ……。死ぬんだと思っていたのに……。

念のため自身の身体に触れるが痛いところは特別にない。骨も大丈夫そうだ。傷を確認したら、心なしか痛みも消えてきた。

 

「キミがいなかったら、けっこうまずかった」

「応急処置します。大丈夫ですか?」

「大見え切って完封してやるとか言っていざ実践ではこれだ」

「先輩?」

「この前も切島くんに助けられたし、今度は心操くん……なにがビッグスリーだ、俺は歴代のビッグスリーで最弱……」

 

俯いて、ぶつぶつと話し始めるサンイーター。なんだろう、個性のデメリットかな。

 

──崩れるように片膝を突く先輩。

 

「大丈夫ですか!」

「良いの食らっちゃったよ……。サンイーターなのにね」

 

無理やり笑みを浮かべたのは、実際に余裕があるのか、俺を安心させようとしてくれたのか。

 

その後は先輩が自分で応急処置をするというので、俺は捕縛布を使ってヴィラン三人を拘束。窃野だけは《洗脳》が解けた場合も考え、目隠しもしておいた。

 

それからすぐに壊理という少女の救出に戻ることになる。

なんども壁を支えに休憩し、それでも進み続けるサンイーターに、なぜか策束を重ねていた──。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

死穢八斎會、本部長の入中が用意した通路は、迷路のように作られた地下三階部分へ繋がっていた。

薄暗くしかし広い空間は、相手を【認識】することで《抹消》の個性を発動させるイレイザーヘッドにとっては、不利な地形だっただろう。

 

ファットガムが立ち上がろうとすると、彼の腹部からうめき声を上げる切島が《吸着》から抜け出した。

 

「なんでおるん!」

「俺も先生庇おうと飛び出して──俺ならダメージねぇと思って、そしたら、ファットに沈んじまって」

 

その切島も、不安そうに周囲を警戒している。ファットガム自身は、まだこの部屋を有利・不利として勘定しているわけではないが、二人しかいない敵地と考えれば、弱冠十六歳の不安は理解できる。

実際、一人のほうが動きやすいという気持ちはあったが、いま優先すべきことはヴィランの対応だ。

 

「まぁしゃあないわ。それより気ィ張っとけ」

 

隣にも部屋があるらしく、そちらから二人分の足音が聞こえてきた。薄暗さへの目は慣れていないが、巨躯の男。活瓶力也……であるはずがない。

誰だ? 視界の悪さ、情報不足、しかも先手を許した。どうにか態勢を立て直して──。

 

ファットガム同様にヴィランの姿を認識した切島は、敵の武器が拳であることを確認。そして、自身の最高硬度である必殺技《安無嶺過武瑠》を身に纏う。

 

ヴィランの初撃は切島が両腕で受け、吹き飛ばされた。彼の個性は言ってしまえば硬くなるだけ。体重二倍はありそうな大人に殴られれば、ダメージはさておいて、よろめきもすれば倒れもするだろう。

だが、ファットガムの気をそらせたのは【打撃音】だった。なにかが砕けた音が聞こえた。

 

直後、オールマイトもかくやとばかりの連打が、ファットガムを襲う。

一瞬で十発は受けただろう。

 

痛みなどいつぶりだろう。《吸着》ですら受け切れない衝撃。一撃一撃が必殺の域だ。

 

「レッド──っ!?」

 

ファットガムが振り返ると、そこには壁に埋まるように座り込む切島の姿が見えた。砕けたのは、ヴィランの拳ではなく、切島の両腕だった。

《硬化》した皮膚がボロボロに崩れ落ち、【肉】が《硬化》しているのが見えている。出血が少ないことは幸いではあるが、すぐに復帰できるような状況ではない。

 

加えて、切島を吹き飛ばすだけに留まらず、なお壁に大穴を開けるほどの威力。初撃だから力を込めていた、拳に付けた装備の補正、などという範疇を大きく超えている。

 

「俺は思うんだ。喧嘩に銃や刃物は無粋だって。持ってたら誰でも勝てる。そういうのは喧嘩じゃない。その身に宿した力だけで殺し合うのが良いんだ! わかるかなぁ?」

「なにしてくれとんねんジブン!!」

 

ファットガムの左ストレートを受け止めたのは、ヴィランを中心に出現した半球状・半透明の壁。威力を殺すように撓んで消えた。

 

(はぁ? バリア!? どうなっとんねんコレ!)

「ファットガムと、身体を硬化させる少年。どちらも防御が得意だ。乱波よ、残念だったな」

 

もう一人のヴィラン。こちらも男、情報なし。額に両掌を当て、目を瞑る仕草からおそらくはバリアの個性持ちと判断──!?

 

「ぐおっ!」

 

ファットガムの隙をつき、乱波のラッシュがもう一度ファットガムに叩き込まれた。ある程度は《吸着》できたもののコスチュームの胴体部分は拳の威力を物語るように大穴が空いて肌が露出していた。

 

「防御が得意? 受け切れてないぞ。まあミンチにならなかっただけ充分」

「我々は矛と盾。対してあっちは盾と盾」

「ん? 待て、それじゃあ喧嘩にならないぞ? まいったな」

「もっとも、そちらの少年は盾と呼ぶにも半端なようだが……」

 

まるで漫才のような気の抜けた会話を聞きながら、痛みで腕を動かせぬまま不格好に立ち上がる切島。身体が痛みに強張り、砕けた皮膚が脆い岩のように崩れている。

 

(いてぇ、受け切れなかった……。もう一回連打きたら、受けらんねぇ……! 強くなれた気でいた──チクショウ、俺は【また】……)

 

脳裏に様々なことがよぎっていく。

ほんの一週間前だ。トリガーで強化されたヴィランを退治した。新聞にも載ったしニュースにもなった。

初めて成せたと思った。ようやく、【追いついた】と思った。

走り続ける爆豪に。立ち向かい続ける芦戸に。あがき続ける策束に。

いや心の底では、誰よりも劣っていると思っていた。成績が、数字が、誤魔化してくれていただけだ。

 

誰よりも、見上げる時間と掲げた言葉だけは一人前。

なにも成せず、なにも伴わず──。

 

「アンブレイカブル解くな!! 心まで負けたらホンマに負けや! ヴィラン退治はいかに早く戦意喪失させるか! こっちが先に喪失してどないすんねん! こんな三下とっととぶっ飛ばしてみんなのとこ戻るぞ!!」

 

弱くなった心に、ファットガムの言葉が突き刺さる。

アンブレイカブルの制限時間はせいぜい四十秒。もう半分もない。このままでは《硬化》もできず無個性同然の無力さを晒すだけだ。

 

「我々に勝つもりだ。やったな乱波」

「わかってくれたか! 良いデブだ! 天蓋、楽しくなってきたんだ、これ外せ! 使うな! そもそも俺は《バリア》なんぞ必要ないんだ!」

「私欲に溺れるな、オーバーホール様の言いつけを忘れるな。相性は良好、我々のコンビネーションで確実に処理するんだ」

 

天蓋と呼ばれたヴィランが、半球状のバリアのさらに中、自分自身に対してバリアを二重に張ったことがファットガムの目にも映っていた。

きっかけは、乱波の小さなため息。

 

「どういうつもりだ、喧嘩狂いめ」

 

ヴィラン同士の仲間割れ。

乱波は意見が食い違った天蓋に向け、連撃を繰り出した。乱波の連撃でも崩れることがない天蓋のバリアの強度に自信があったとしても、プロヒーローを前にヴィランがする行動ではない。

 

「コンビなんてオバホが勝手に決めたことだ」

「オバホじゃない。オーバーホール様だ」

「なんでもいい! 俺は殺し合えればなんでも!」

「なら好きにしろ、それで処理できるのなら」

「わかってくれたか! 良い引きこもりだ!!」

 

天蓋は自身が纏う小さなバリアだけ残し、乱波を解き放つ。

乱波はフェイントなど一切含めずにファットガムへ肉薄し、今日三度目の乱打をファットガムへ叩きこむ。

 

ヴィランが称する通り、ファットガムは盾。背後に切島がいる以上受けるしかないし、たとえ乱波と一対一だったとしても生半可な個性の使い方ではない。

プロヒーローと比肩するほどの技量を乱波からは感じる。対して天蓋は個性頼りの典型的なヴィラン。だが、それでも無視できる存在ではない。

 

(間合いに入ったら避けるのは不可能!

(加えて《吸着》の俺でもダメージくるほどの衝撃!

(このままやとジワジワ削られて終わり!

(なんやゴタゴタしとったけども危うくなればバリア出してくるに違いない!

(殴った感じ、まるで鉄の壁や。俺のパワーじゃどうにもできん強度!

(アイツをどうにせん限り勝ち目はない!

(【ああ】は言ったが切島くんのダメージも相当!

(やっぱやるしかなぁいなぁ……! 下手すりゃ死ぬが! やらな確実に死ぬだけや!!)

 

ファットガムの覚悟は一瞬で決まった。行動に迷いがあったわけでも、死ぬことを覚悟していなかったわけでもない。

ただ、壊理ちゃんの救出は、天喰環がそうであったように、ほかのプロヒーローたちに託す覚悟が決まっただけだ。

 

「乱波くん言うたな! 打撃が効いたんは久方振りや。俺も昔はゴリゴリの武闘派やってん……! お前の腕が上がらんくなるのと、俺が耐えきれんくなるのどっちが先かァ! 矛と盾! どっちが強いかァ!! 勝負してみようやないか乱波くん!!」

「やっぱりお前は良いデブだ!! 天蓋! バリアは!?」

 

ため息を吐くように天蓋は「出さない」と呟いた。

それを聞いた乱波は、嬉しそうに、狂ったように笑顔を振りまく。

 

「良いヤツばっかりじゃねーか!!」

 

四度目、数え切れぬほどの連撃がファットガムを襲う。《吸着》しすぎたせいでファットの脂肪が削れ、すでに体型すら変わるほどに消費してしまっている。

 

一転、乱波の個性は《強肩》。ただ肩回りの筋肉や関節が強化される個性。社会一般で言えば没個性だ。オールマイトほどの破壊力も、エンデヴァーほどの攻撃範囲も、ホークスのような多様性がある個性でもない。

ただひたすらに、人を殴り続けた。殴る技術、殴り続ける体力、そして《強肩》という個性。それらすべてが無手での勝利に拘った結果、プロヒーローすら下すほどのヴィランを作り上げた。

 

頭部のために構えていたファットガムのガードが、乱波の拳を受けて吹き飛ばされる。しかし後退も、回避もせず、ただ耐えるのみ。

チャンスは一度。だが、すでに顔面にも攻撃を受けすぎて意識が何度かとんでいる。それはまさに、盾が削られていくかのようだった。何度も崩されるガードを、何度でも構え直す。

 

耐えれば、【耐えさえ】すれば──いやこれ間に合わへんとちゃうか!?

 

ファットガムの願いとは裏腹に、ヴィランのラッシュは先ほどよりも加速している。すでに目も空けられぬほどの速さで衝撃を受け止めている。

一呼吸つくためか、乱波は背後へと引いた。

 

「ガッカリさせんなよデブ! まだ倒れねぇでくれよ! やっと肩が温まってきたところだ!!」

 

楽しそうに話しながら、五回目の乱打。それはファットガムが受けてきた乱波の攻撃で、最速であり最悪の威力でもあった。

 

戦いの様子を見ていた天蓋は、何度も気を失いながらどうにかあらがい続けるファットガムと、彼に守られるように震える足で立ち上がる、産まれたての子鹿のような少年を見ながら、勝利を確信していた。

いや、勝敗だけでいえばわかりきっていたことだ。ヒーローが矛と盾であれば、まだ決着はわからなかったかもしれない。ファットガムが言うように、乱波は体力を失い、ファットガムが最後まで立つ。なるほど、有り得る勝敗だ。おそらくその時点で乱波は敗北を認め身を引くだろう。

だが、その時点でファットガムも消耗が激しく、まともに動くことすらままなくなるだろう。

そこを《バリア》で封じてしまえば、イージーウィンを得られるはずだ。

 

──そのような甘い考えは、切島から目を離した段階では、するべきではなかった。

 

「がはっ!」

「嘘だろ! まだいけるよな!?」

 

ファットガムが咽るように吐血する。頬を切ったのならダメージとしては安い。しかし、肺や気道、胃などの内臓であれば、ここから反撃することなど不可能。

 

そう理解はしていても、天蓋の目にはファットガムの握りこぶしが映っていた。

 

「乱波! そいつなにか企んでいる! 早く仕留めろ!」

「気になる! 【生きていたら】披露してくれ!!」

 

乱波の言葉は十二分に的を射ていた。

不意を打つように放った最初の拳とは、もはや比べ物にならぬ威力と連撃。すでに連撃の一つ一つが必殺の域。乗用車程度であれば廃車まで五秒とかからないだろう。

 

そして、ファットガムにはすでにそれを《吸着》させるほどの脂肪も体力も残されていなかった。

 

──切島鋭児郎がファットガムと乱波の間に入り込んだのは、それら全てを理解した行動ではない。

遮二無二に、無我夢中。

一心不乱に、猪突猛進。

我武者羅に、粉骨砕身。

それが、切島鋭児郎だからだ。

 

乱波の一撃は、掠めただけで切島の《アンブレイカブル》を崩していく。乱波の攻撃は、子どもだからと手を抜くようなものではなく、動けない切島には面白いように直撃した。

 

『ありがとうなぁ若いの! 凄いな、ホレたでホンマ!』

(ヒーローとして初めてお礼を言われた。なんか、スゲェよな)

 

押し出されぬように足の指をかぎ爪のように床に固定してはいるが、ずるずると押されていく。

 

『倒れねーってのはクソつえーだろ』

(一番すげぇって思ってたやつに、認められていたことが嬉しかった)

 

乱波の連撃は速すぎて目では追いきれず、ただただ強く睨みつける。

 

『爆豪勝己を取り返しにきた馬鹿野郎です』

(怖くなかった……わけねーよな)

『切島、この怪我はお前のせいなんかじゃあない』

(お前にそんなこと言われたら、謝ることもできなくなっちまう)

 

『無個性だよ』

 

そう、笑い飛ばすように言ったクラスメイトがいる。

策束業。

日本のヒーロー養成学校最高峰、そのヒーロー科に【なにも持たず】に入学してきた凄い奴だ。

 

最初は、良いヤツだと思った。

運動はできるけど、無個性だ。不利だとも思ったよ。可哀想にと同情もした。

自分の話を押し付けてくるわけでもなく、こっちの話ばかり聞きこうとしてくる。調子に乗っていろいろ話した。ラーメン屋に入ったことがないと言うから、学校近くのラーメン屋に連れて行ったら、麺を啜ることも恥ずかしそうにしてたっけ。

 

それがどうだ。

もちろん、授業で轟を負かしたことには驚いたさ。だけどそうじゃない。

クラスメイトを守るために巨大なヴィランに立ち向かい、空に吹き飛ばされた策束。本当は俺がそこにいるべきだった。

それは経験不足だったからか、俺が戦うことを重視したからか。なんにせよ俺は失敗し、13号先生の言葉を借りれば『策束にカバーしてもらった』んだろう。

 

その怪我の後遺症で記憶を失ってからだって、記憶が戻ってからだって、アイツは策束業であり続けた。

悪く言えば、喧嘩っ早い金持ちのボンボン。

良く言えば、良い友だち。

授業でも試験でも、一緒に組めば誰よりも心強かった。

 

神野区のときだって、アイツは誰よりも先に駆け出した。

俺たちが怯えて呼吸すらままならないときに、助けるために、守るために、走り出す策束の背中を見送ってしまった。

個性の有無も、強個性も没個性も関係ない。

《硬化》なんて、破られたって構わない。砕けたって構わない!

 

皮膚が崩れれば次は【肉】を《硬化》させるだけだ。

肉も無くなれば骨、骨が無くなっても──!

 

『心の在り方だ!』

 

心でカバーする!

 

『自信を持つとか、恐れ知らずだとか、そういうことじゃねぇ!

『俺は【ヒーローだから】人々を守る!

『一度心に決めたなら、それに殉じる!!

『ただ後悔のねぇ生き方! それが──』

 

──俺にとっての漢気だ!!

 

「お前!! いいなァ!!」

「──ぁぁぁぁああああああああああ!!」

 

乱波の大振りを見て、切島も拳を繰り出した。カウンターのように繰り出された拳は、しかして天蓋の《バリア》に阻まれる。

ファットガムから鉄とまで評価された《バリア》を渾身の力で殴りつけ、反動と乱波の乱打に耐えきれなくなった切島は《硬化》すら解いて倒れ込む。それもそのはず、《アンブレイカブル》の発動時間は限界が四十秒。しかし、乱波の初撃を受けてからすでに二分は経過していた。

プルスウルトラが、切島を支え続けていたのだ。

 

「バリアは──!」

「出すに決まっているだろう。……無意味なことを、我が防御の前に成す術なく倒れるだけだ」

 

サイドキックの間抜けさに頭痛がしてきた天蓋だったが、果たして、ヒーローから見れば間抜けは誰だったのか。

 

「無意味やないで……! おおきにィ! エエ矛になったわ!!」

 

倒れる切島を抱き留めたのは、ヴィランからしてみれば見知らぬ男。しかしてその男は、ファットガムと同じコスチュームを纏っていた。

 

「天蓋! バリア解け!!」

 

ヴィランの勝利への道筋が、皮肉にも天蓋の《バリア》によって防がれた。

脂肪を燃やし切ったファットガムが、切島を抱き留めたまま笑っている。

 

「敗因は一つや! 【甘く見とった】!!」

「最大最硬防御!」

「無駄だ割られる!」

 

乱波の攻撃力では天蓋の《バリア》を破れない。時間があれば──連撃を与え続ければ割る自信はあるが、一瞬、一撃では無理だ。

なにをしてくる? 乱波は、半透明の《バリア》の向こう側、拳を握りしめたファットガムを楽しそうに眺めた。

 

《吸着》という個性は自分の体内に衝撃を吸着させて沈めるという面がある。本来であれば勝手に抜けていく衝撃を無理やり押し留め、乱撃の一発一発が弾丸のような乱波の攻撃を、右手に込めたものだ。

だが、それを乱波に与えることは困難を極めた。衝撃を押し留めるだけで《吸着》する分の脂肪が削られ、ラッシュに対応しきれなくなっていた。

半ば、諦めていた。限界値を見極め、できる限りの溜めと威力で乱波を撃とうとしたが、おそらくは天蓋に対応されていただろう。

 

この状況を作り上げたのは、天蓋でも乱波でも、ましてやファットガムですらない。

 

「俺も! お前らも! 烈怒頼雄斗ちゅうヒーローの──漢気を!!」

 

切島鋭児郎という男が作り出した一撃は、ヴィランをもろとも吹き飛ばすに至る。

 

「矛盾勝負! 決着や!!」

 

百折不撓。

ファットガムに抱き留められたまま、切島は砕けた顔でこぼれんばかりの笑みを作った。

 

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