今日は委員長を決めるらしい。
オレが委員長になったらまず席替えだ。オレが八百万の席に座り、彼女は前の扉の一番近い席にしてやる。
と鼻でせせら笑っていたのだが、みんなはそれぞれガチらしい。自分こそが学級委員長であると挙手しはじめた。
「なんだ耳郎、委員長やりたいの」
収拾がつかなくなったところでオレがそう発すると、シンと静かになる。まあそんなこと言うってことは、どうなるかみんな予想がついただろう。
「多数決なら耳郎に入れるわ」
「ちょっとカルマ、あんたはいいの?」
「誰でもいいよ」
決め方もなんでも良いらしい。耳郎に入れるのは悪い選択じゃない。このクラスでなら、爆豪以外ならなんとか回るだろうし。
立候補が、オレと隣に座る轟以外全員と、多すぎて困ったことになったので多数決になった。いや頭悪いのかよ。
八百万に《創造》で、クラスメイトの名前が印字された紙を創ってもらう。オレの手元には『策束業』と印字された一枚の紙。べつにこんなのオレが書いても良かったんだけど、中学校までは個性を自由に使うことはできなかったため、使用するたびに、少し嬉しそうな顔をするんだよ。
心中はちょっと複雑だが、まずは自分の名前の印字された紙を、それぞれに手渡していく。
「行き届いたー? 名前間違えてる人いないー?」
どうやらいないようだ。
「じゃあ、自分以外の誰かに投票で。オレは立候補していないから、オレが集計するでいいよね」
言いつつ、黒板に全員の苗字を記入していく。
「お前が一番適任じゃねぇか」
「普通委員長なんて押し付け合いでしょう……」
寝袋に入ったまま寝転がっている先生にそう言われたが、丁重にお断りである。
こんなクセの強そうな連中に指示出しだって? 疲れるのは目に見えている。
時間は二分。委員長を決めたら副委員長。ほかの係もオレが教壇に立つ間についでに決めてしまえと言われたので、渋々従う。と言いつつ、オレはそれで役得だったりもする。役職を完全に逃れるのだ。無個性のオレがこのクラスで上位を目指す必要はなく、体力・知力などのボーダーとしての機能を果たせれば、最低限の有用性を示せるだろう。
それにオレには学校行事でヒマを潰している時間などない。一年のときに身体を作りきると決めているのだ。
まだ集計はしていないが、耳郎の苗字の後ろには、すでに正の字の『一』が記入されている。オレの分だ。
「決めなきゃいけない係で、立候補がある場合は、やりたい係も記入しておいて。そっちは面倒だから、被った場合はオレの独断と偏見で決める。そこから反論があれば、新委員長のお仕事でいいでしょう」
「もうお前がやれ」
「慎ましいものでして」
書き終わったらしいので、最後尾からプリントを回収してもらう。
前で受け取って黒板への記入を始めると、意外と緑谷の伸びが良い。だがやはり八百万は強いな。
「なんで俺がゼロなんだよ!!!」
「そうやって暴言吐くからだろ」
爆豪が唸るが、無視だ無視。昨日、あの後なにがあったか知らないが、どこかとげとげしい雰囲気は消えた彼だが、暴言を吐く癖はいただけない。
言葉尻が強いのは、正直ヒーローにとってマイナスポイントである。あと爆豪だけではなく、ゼロ票は多くいる。
「えー、集計結果、七票の支持を受けた百お嬢さんが委員長になります。緑谷と飯田と耳郎が同数で副委員長候補。では、ここから先は百お嬢さん、お願いいたします」
「ご紹介に預かりました、八百万百です。拙いところは見せないように頑張りますので、皆様、どうかよろしくお願いいたします」
横に立ったまま、パチパチと思わず拍手を送ってしまった。スピーチの後に拍手するのが癖になってしまっている。恥ずかしい。
「さっそくですが副委員長は、業さんにお願いできないでしょうか」
係に立候補者の名前を記入しながら笑いかけるように断る。
「申し訳ございません百お嬢さん。私もそうしたいのはやまやまですが、緑谷に三票、飯田に三票、耳郎に三票、それぞれ票が入っています。それを無下にするのはいかがなものかと」
そういうと彼女は少し眉を落とし、納得するように一度うなずく。
「そういうことでしたら、飯田さん、副委員長よろしくお願いできますか?」
「俺でいいのか!」
飯田はちらりと緑谷を見る。飯田は緑谷に入れていたし、クラスでも気になる存在ということだろう。
係のほうは特に誰彼がぶつかり合うこともなく、順当に決まった。書き終わったので、チョークの粉で白くなった手を払いながら席へ戻る。耳郎に小さく「惜しかったな」と声をかけると「ありがとう」と返された。
事件は、その日の昼食に起こった。
雄英高校の食堂は非常に広く、全校生徒とまでは言わないが、二百人ほどのキャパシティを持っている。テイクアウトも兼ねており、金さえあれば食いそびれるということはまずない。それに料理も、クックヒーローのランチラッシュが作っている、一流のクオリティだ。まだ三日目だが、この昼飯を食っているときだけは、素直に雄英に入学して良かったなと思う。
まあ普通科に行けば心労なんてゼロだったわけだけど。
「ねえねえ! あたしに入れてくれてたのって誰だったのー?」
「そういうのは秘密なの」
カレーにたっぷりのシナモンをかけながら食べていると、ピンク頭の女子生徒に隣を陣取られた。ピンク頭というと語弊があって、彼女の場合、肌も髪もピンク色なのだ。芦戸三奈、個性は《酸》。溶解液を出せるらしいが、自分でもどんな種類が出せるかはわかっていないらしい。そりゃいちいち掛けたり飲ませるわけにはいかないもんな。
ちなみに彼女に入れていたのは切島鋭児郎。もともと同じ中学らしいので、予想は付きそうなものであるが。
ちょうどA組の女子たちとタイミングが合ったのか。失敗したな。べつに一緒に食事をしたくないとかじゃなく、いまは委員長の話題に引っ張られている。
そしてここには、芦戸、葉隠、蛙吹、耳郎の四人が揃ってしまっている。この中で明らかに耳郎だけ立ち位置が違う。
「んじゃー、なんで響香に入れたか教えてもらっていいかなぁ~?」
「ぶっ!」
耳郎が慌てている。そりゃそうだ、葉隠、蛙吹に票は入っていない。芦戸は切島の一票。そして耳郎はオレと上鳴、口甲の三票だった。
その中で確実に耳郎に入れたオレがいるのだ。年頃の彼女たちにはいい標的だろう。
「なんでって、割と適任なんだよ、耳郎はさ」
「ふ~~~~ん?」
「理由! 理由教えて!」
芦戸と葉隠が嬉しそうに煽ってくる。しかたない、期待に応えてやることにしよう。
「耳郎とは入学試験から知っているからね。他のクラスメイトより信頼度が高いのは理由の一つ。それに、実際頼りになる。彼女がいなければオレは入学できていなかったしさ」
「へえー!!」
「そんなこと……」
「それに芯がしっかりしていて、咄嗟のときにみんなのために動ける人物だ。はっきり言えるのもポイント高いね」
「カノジョにするならやっぱり響香!?」
「ほかには考えられないな」
黄色い歓声と一緒に、耳郎のイヤホンジャックがオレの頬を叩く。
「ふ、ふざけないの!! もうこの話禁止だから!!」
「怒られちゃったぜ」
「ところでカルマちゃん」
話もひと段落したころで、指を顎に当てて蛙吹が質問を投げかける。オレとしてはもう少し踏み込んで耳郎をからかいたかったけど。
「百ちゃんとはどういう関係なの? お父さんの会社の都合って付き合いじゃないわよね? 中学校のクラスメイトかと思ってたけど、違うのね」
「あ! それ聞いてもいいの!? 百お嬢さんってすごいよね! なに? 貴族?」
葉隠ものってきたか。
芦戸も耳郎も興味深々だな。
「百お嬢さんの会社が大きすぎるんだよ。本来はこんなヒーロー科にいるはずがないお嬢さまだ。貴族ってのもあながち間違えていないだろうな。で、一方のオレは、彼女のパパの腰ぎんちゃくの息子」
実際はそこまで一方的な関係ではないが、わかりやすくするにはちょうどいい。
「仕事関連でなら何時間でも話せるけど、彼女とプライベートなこと話したことなんて覚えてないくらい昔じゃないかな」
「えー、そっかー」
「ずいぶん残念そうだな葉隠さん」
「そ、そんなことないよー!」
「へぇ、そっかなぁ?」
食事を中断して、頬杖ついて彼女の方向を見つめる。
オレと八百万との仲を勘ぐった罰だ。しばらくは挑発させてもらおう。
「ちょ、そんな見ないでよぉ!」
「「「いや見えないから」」」
しかしこう見ると葉隠の個性も恐ろしいほどだな。SFの光学迷彩のようにシルエットが浮き出る様子もない。
「怪我とかするとどうするんだ? 葉隠って。そもそも自分のこと見えてるの?」
というか完全に透明だとどのように世界が見えているのだろう。あくまで物理的な話だけど、眼球も、口内も完全に透明なのだ。影も映らないのでそこにいることの認識すら怪しい。
注射一本、虫歯一本が命がけなのかもしれないな。
「レントゲンとかМRIには映るから、深刻そうなときはそっちにお世話になるのかなー。あ、でも手術とかだと『見える』個性のお医者さんがいて、その人にやってもらうんだってー」
「えー! 大変ー!」
よしよし、話題が変わったな。
満足気に食事を再開するが、ちらりと真正面に座る耳郎がこちらを見てくる。
「どうしたの?」
「委員長、なんで立候補しなかったのかなーって」
「あ! それあたしも思ったー! もう策束って委員長だなーってなってたもん!」
芦戸に言われ、改めて否定することになる。
「委員長なんて先生方に良いように使われるだけ。それに一年の委員長なんて内申に大きく響くわけじゃないし。デメリットのほうが多すぎる。むしろみんながやりたがった方が驚きだったよ」
しかしわからないでもない。
彼女たちも含め、この雄英高校ヒーロー科は学校の優等生の集まりなのだ。爆豪のように荒っぽかったり、年齢通り幼かったりする者もいるが、基本的には中学校で好成績を収め、内申書も評価の高い者が多い。
まとめ役を慣れているのかもしれないし、経験を活かして次のステップに進みたいという欲望は、個性が使えないいままでの生活を考えると、オレの倍は強いのかもな。
そこで論点は決定的にずれ込んで、雄英高校の生活に対して不満や希望を聞くことになる。みんなが食事を済ませ、食器を片付けはじめた、その時だった。
火災が起きたかのような警報が鳴り響く。
「え!? なになになに!?」
「訓練じゃないの!?」
『セキュリティーⅢが突破されました。生徒のみなさんは速やかに屋外へ避難してください。繰り返します──』
「警報!?」
「襲撃か!!」
「早く逃げろ!」
クラスメイトの慌てぶりもさることながら、周囲の連中の慌てぶりも酷い。
食堂の出入り口は一瞬で混雑し、押し合い圧し合いの入り乱れとなった。
幸い後方にいたオレたちは、肩を叩かれた程度の巻き添えで済んだが……。
情けない。
巻き込まれている連中の中には、A組、B組問わずヒーロー科も混じっているし、そもそもここを利用しているのは一年だけではない。二年、三年のヒーロー科もいるし、それ以前にここにはヒーローもいるのだ。
これが普通高校の一般的な食堂だとしても目に余る光景なのに。お前らはどこの高校へ通っているのか自覚すらないのか。
「カルマ!」
耳郎がオレを見るが、ゆっくり首を振った。いまはまだ案内の放送が流れたままだ。耳郎の個性でジャックするにはリスクがある。
それよりもセキュリティーⅢか。学校施設の破壊が確認されたということだろう。思い当たるのは正門だが。
オレはテーブルの上に立って、逃げ惑う連中に叫ぶことにする。
「お前ら人を殺す気か!!!!」
声量の問題で列の後ろのほうにしか聞こえていないが、後方は少しばかり大人しくなる。
「避難で走るな!! 倒れている人を踏んづけてみろ!! 人が死ぬぞ!!」
声を張り上げながら、机を降りて列に近づく。中段くらいまでは大人しくなったかな。そこには緑谷や飯田がいて、人がぶつかった衝撃に眉をしかめている麗日もいた。
「ヒーロー科は率先して避難誘導!! 声を張り上げろ!! 普通科だからって真っ先に逃げてんじゃねぇ!! オレたちは雄英だぞ!!」
その言葉で、ようやく前列まで静かになっていく。
「前列はそのまま移動!! 後列は食堂の裏口から避難!! グラウンドに集まれって放送は聞いてたな! クラスメイトでは声を掛け合え!! 委員長、副委員長、ヒーロー科は率先して誘導を開始しろ!!」
そこまで叫ぶと、ようやく他のヒーロー科が名乗り出て、列の誘導を開始する。走らなくなっただけで十分だが、集合したときに混雑する手間もすこしは省けただろう。
他の一年A組と合流し、オレたちは後列の生徒を裏口から誘導することになる。
喉が痛いし、食事は途中だったが、大きな怪我をする生徒がいなかったのは幸いだ。
「ありがとう策束くん。そしてすまない」
移動の最中、飯田にそう言われて首をかしげる。
「セキュリティーⅢが起動した理由は報道陣の侵入だ。ヴィランじゃない。俺はいち早くそのことに気づけていたのに、どう伝えればいいかわからずに行動が遅れてしまった」
報道陣? 毎朝正門前に報道陣が集まっていることは知っているが、侵入?
立派な不法侵入じゃないか。ダサい名前で有名な雄英バリアーはどうした。整備不良?
「人を殺す気かって過激な言葉だけど、すごい効果的だったね」
隣を歩く緑谷に言われ、肩を竦める。
「位置が良かっただけだ。前列でそんなこと言っても、後続に押されるから止めたって意味ないし。喉が痛い。今のうちに水買いたいよ」
さすがに誘導係がそんな勝手なことはできない。
「それより上鳴の足大丈夫か?」
「え? あー、余裕余裕!」
金髪頭の上鳴は歩き方が不自然だった。捻挫じゃないな。
「足踏まれたな」
「まあね」
「後ろから列止めようとしてたのは見てた。頑張ったな」
「お前にそう言われると嫌味か本気なのか判断つかねぇな」
「ガチだよ」
頭をゴシゴシと撫でつけ、笑いかける。肩を貸すほどではないだろうが、走ったりするのは無茶だろう。
誘導係は外れてもらって、列に加わってもらう。
グラウンドに集まったが生徒は半分ほどしかいない。残りは第二グラウンド、第三グラウンドへ向かったのだろうか。
不安そうにクラスごとでまとまっているが、しばらくすると教師が教室へ戻るように指示を出す。何人かを保健室へ誘導して、ようやくオレは水で喉を潤すことができた。
午後の授業はなし崩しになくなり、早めの帰宅となる。
そして、この日の出来事が、次の日にも引きずられていることを、知ることになる。
今日のヒーロー基礎学には教師が三人つくことに【なった】。
贅沢な話だが、二十人クラスにヒーロー資格をもつ教師が三人。だが、範囲も広ければ不慮の事故もある。それ自体は珍しい話じゃないだろう。
だが、【なった】という相澤先生の言葉尻に、みんなそれぞれ違和感を覚えている。
「はい! 何するんですか!?」
違和感を覚えなかったやつもいる。瀬呂め。
彼の質問に、相澤先生は『RESCUE』と書かれた名刺サイズの紙をオレたちに見せる。
……まさかその紙をランダムに引いて授業を行っているわけじゃあないよな?
レスキュー訓練と聞いて騒めきだす生徒を先生が一喝する。
ついでにコスチュームの着用は自由らしい。動きの制限とは言ってもなぁ。一応は着ておこうかな。あとマイクは基本装備にしたい。昨日これがあれば喉を傷める必要なんてなかったんだ。
コスチュームに着替えて移動はバス。八百万、飯田の指示で席順が決まった。
「策束、昨日の話は聞いたぞ」
「あ、そうですか」
「よくやったな」
「……ありがとうございます」
運転席の隣に立つ先生にそう言われ、素直にお礼を言っておく。道中は爆豪が弄られキャラと化していた、いい変化だと思っておこう。
言葉遣いは直らないのだが。
バスを降りるとブラックホールと呼ばれる個性を使いこなす、宇宙服のコスチュームのヒーローが出迎えてくれた。
オールマイトはいないのか。あるいはオールマイトが救助中にヴィランとして出てくる可能性はあるな。……だったら教室でわざわざ三人の先生が付くとは言わないか。アクシデントとしてみるのが普通だ。
しかし『ウソの災害や事故ルーム』をUSJって略す? しかも作ったのがスペースヒーロー13号って。なにがどう十三なのかは知らないが、個性は非常に恐ろしい。
その先生から真っ先に教えられたことが、『個性の危険性』だった。
良い先生なのだと思う。
爆豪も緑谷も、いや他のどの個性も本来人に向けるべきではないのだ。容易に人を殺せる個性を、助けるための個性として使う。それを真っ先に教えてもらった。オレ無個性なんだけど。
それは、みんなが有難い説法を聞き終わり、感動に拍手を送っている最中だった。
球状のドーム天井に張り巡らされたライトが消え、一瞬で薄暗くなる。
演出、にしては大掛かりだな。
オレやクラスメイトが呑気に上を見上げていると、相澤先生の鋭い声が響く。
「一塊になって動くな! 13号! 生徒を守れ!」
USJの中央の噴水。相澤先生が睨みつけるその先に、黒い壁が出現していた。
その壁から十人、いや軽く二十人を超す連中が出てくる。異形個性が多く、ガラも悪そうだ。
「あれは、ヴィランだ」
マジ……かよ。
相澤先生、いや、イレイザーヘッドが自身のゴーグルを身に着けながら、警戒心を露わにしている。生徒たちも、きっと緊張しているだろう。
彼の話が本当なら、いまオレたちは二十人を超すヴィランと対峙していることになる。事実、影から出てきた連中は噴水の周りを埋め尽くしているのだ。
とくに中央にいる黒い影の個性、顔を奇形なマスクで隠している青年、そして脳がむき出しになっている、着ぐるみか異形個性の持ち主。こいつらは他の奴らとは立場が違う。主犯か、恐ろしく強いのか。詳しくは近づいてみなければわからないが。
「現れたのはここだけか、学校全体か。なんにせよセンサーが反応しねぇなら、向こうにそういうことができるやつがいるってことだ」
紅白の髪の轟が、冷静に分析を開始する。
「校舎と離れた隔離空間。そこにクラスがはいる時間割。……馬鹿だが、阿呆じゃねぇ。これはなんらかの目的があって、用意周到に画策された奇襲だ」
イレイザーヘッドが13号に避難開始の合図を送り、上鳴に学校への連絡を指示。
緑谷はその言葉で、イレイザーヘッドが足止めをすることを決めたと悟ったようだ。返すイレイザーヘッドは一芸ではヒーローになれないと。
いやぁ、しかしあの数は……。
生徒への指示もおざなりに、イレイザーヘッドは入口から階段を飛び降りて、前線を押し上げる。一瞬にして三人倒すも、二の矢構える前には囲まれてしまった。
見ていても意味はない、13号が生徒たちを引き連れ入口まで走る。
その最中、目の前に影が伸びる。
そしてその影が【喋った】。
「はじめまして。我々はヴィラン連合」
悠長なことだ。が、足を止めてしまった以上は少しでも情報を聞き出すか。
「僭越ながら、この度ヒーローの巣窟、雄英高校へ入らせていただいたのは、平和の象徴、オールマイトに息絶えていただきたいと思ってのことでして」
あまりと言えばあまりの発言に、最後尾の緑谷が間の抜けた声を出す。
そうだな、ちょっと頭がおかしい。
それからちょっと、オレだって頭がおかしいらしい。
「飯田! 葉隠! 百お嬢さん!! 走れ!!」
「策束くん!?」
13号に制止させられるが、オレが叫ぶより先に切島と爆豪が足に力を込めたのが悪い。
「広範囲のワープ個性だ!! 全速力で走り抜けろ!!」
爆豪の攻撃で煙幕が張られ、その周りを飯田と八百万が駆け出す。
「二人とも離れてください!」
13号が手を前にかざす。煙と空気が吸い込まれるような音とともに、人型の影が姿を現した。爆豪と切島としては不本意だろうが、攻撃は不発。というか影に吸われたのか?
これは13号にきっかり倒してもらうか、イレイザーヘッドに来てもらうか。
生徒たちだけで倒すには不安要素が多すぎる。
声をかけたはずの葉隠は、一歩も動けずに怯えていた。
影の左右を抜けたのは二人だけ。
「ぬかりましたっ!!」
影は後ろを向きながら、飯田と八百万に向かって影のような触手を伸ばすが、13号に空気ごと吸われて思ったほどの速度はない。八百万は時間さえあれば原動機付自転車なら創造することができる。法定速度無視して突っ切れば、飯田より早く学校まで行けるだろう。
中間の連絡手段として葉隠にも行ってほしかったが、無理そうならしかたない。
オレは震えているであろう葉隠に無線のイヤホンを手渡し、ヴィランに声をかける。
「ぬかった……ってことはお前のミスで。学校との連絡手段を断ちたかったってことだよな。いやあ、丁寧な口調で丁寧な説明、痛み入るよ」
「挑発するのはやめなさい!」
13号に怒られるが、もうその段階にないんだよな。
こんなの不良に絡まれているのと一緒だ。用意周到な奇襲? こんな個性ごり押しの脳筋作戦が? まったく、オマエラも、情けねえなあ。
オレはすぐさま反転し、拡声器をもって声を張る。
『ヴィランは、この施設だけ! 五分後には、機動隊が来ます! 持久戦、よろしくお願いしまーす!!!』
緊張感のないいかにもお気楽な学生の声。雑魚ヴィランたちの動きが悪くなるのが、遠目でもわかった。
一方のイレイザーヘッドの動きに易しさはない。そしてすでに半数ほどのヴィランを捕縛している。
13号のブラックホールは影の攻撃すら吸い込んでいるようで、硬直状態にまで持ち込んでいる。
「どうするのカルマくん!!」
緑谷までこちらに来てしまっているが、階段を登れる余裕があるヴィランはいないようだ。
「本来なら先生の補助に行きたいところだけど、責任者が避難の指示を出した以上、オレたちは戦うべきじゃない。順当にいけば、13号先生に足止めしてもらって、全員脱出だ。そうすれば先生方も逃げられる」
ヴィランが先生まで逃がすかどうかは、置いておいて。
とくに噴水を陣取っている二人。この二人が動きだしたら戦況がどう転ぶかわかったもんじゃない
「黒霧ぃぃぃ!! 早くガキどもを送れぇぇぇえええ!!!」
奇形のマスク男が叫び出したな。まあそうだろう。目的はそれだ。
『狙いは誘拐!! 全員出口に向かえ!! 13号先生! 向きにだけ気を付けてください!!』
いいねぇ拡声器。全然喉が辛くない。近くの緑谷、轟、爆豪、切島、耳郎へイヤホンを手渡す。
ヴィラン連合、黒霧、ワープ個性、オールマイトの殺害、誘拐。最低限の情報は得た。
「きゃああああ!!」
入口まで駆けるため、集団移動しようとした直後だった。いや、正確には何人か戦闘するために準備を始めた阿呆どももいるが。
悲鳴は女子生徒だが、被害は、13号である。
黒霧はブラックホールで吸い込まれながらも、ワープゲートを自身の目の前に出現させ、そして【13号の背後】へと繋げた。瞬きする暇もなく、13号のヒーロースーツが背面からズタボロのように塵になっていく。
『A組戦闘準備!! 先生! こちら打開されました!!』
さきほどより離れたため、イレイザーヘッドに伝わるかどうかもわからないが、声だけは出しておく。
『黒霧に直接攻撃は入らない! みんな全員で行くぞ!!』
と言いつつ、腕に仕込んだマイクを使って、インカム組に声をかける。
「まずは相澤先生と合流だ。轟、遠距離から先生の援護に行ってくれ」
『ワープに触れるとどこに飛ばされるかわからないぞ! 瀬呂、蛙吹! 13号先生の引き上げを! あとは全員で──』
「必要、ありませんよ」
黒霧の、低い声が届く。ダメだ、呑まれるな!
「ゲームオーバーです」
黒霧の姿が一瞬で消えた。
『警戒!』
全員が周囲を注意深く見るが、黒霧からの攻撃はない。
心臓が早鐘を打つように鳴っていて、鼓膜が破れそうなほどにそれを伝えてくる。誘拐されたらどうする。切り抜けられるか。なんのために、人質、実験、社会的ななにか。恐怖に、呑み込まれる。
『こっちだ策束』
耳元から、心音を消すように轟の声が聞こえてきた。
彼は入噴水への階段の上部に立って、下風を見ている。
慌てて駆け寄ると、黒霧と仮面の男がなにか言い争いをしている。イレイザーヘッドが相手取っていたヴィランたちはもう三人しかいない。
「アイツらの間に壁張れるか?」
「余裕だ」
轟の声に合わせ、足元から一直線に氷が伸びる。
噴水近くにまでその氷が床を辿ると、一瞬で巨大な氷の壁が出来上がった。
「マジかよ……」
普段のオレなら尻餅ついて驚いていただろうが、いまはその余裕すらない。しかしイレイザーヘッドはその隙に一瞬で階段を駆け上がってきた。
「指示を無視するな!」
「可能な限りはこなしましたよ」
肩で息をするイレイザーヘッドにお礼も言わず怒鳴られ、轟が言い返す。オレも轟に賛同したいところだが、いまはそれどころじゃない。
「影のヴィランは応援を呼ばれた瞬間にゲームオーバーだと。切島、もう少し前で警戒を。爆豪は何かあればすぐぶっ殺すレーザーよろしく」
『勝手に変な名前つけてんじゃねーよ!! ぶっ殺すぞ!!』
「切島はそのまま爆豪の援護。殿はイレイザーヘッドに任せて他の連中は入口へ。ヴィランが言い争っているいまがチャンスだ」
「逃がすつもりか。ここまでコケにされて」
轟の発言に、インカム組も反応してしまう。見てみろ、爆豪も切島も完全に臨戦態勢じゃあないか。
「逃げてもらうんだよ。13号先生が倒れた以上、優先順位が変更になった」
イレイザーヘッドは爆豪と切島の援護へ行くとのことで、殿にその三人。中間に轟。そして集団の最後尾に緑谷を付け、入口へ向かうことにする。
階段の上部から入口まではたったの三十メートル足らず。集団になって走り出したが、十秒もかからず辿り着ける。
はずだった。
集団で走っていたオレたちの目の前に、どりゃりと、なにかが降ってくる。
真っ黒い。
脳がむき出しの、
ヴィら──
がむしゃらに先頭を走っていた誰かを突き飛ばして、そして──