死穢八斎會邸宅から最寄りの大学病院に、負傷【した】ヒーローと警察官が搬送されていた。
「私のことはいいから」
事後処理を放り出し、【私】の左腕にからみつくバブルガールを引きはがしたが、入院着に鼻水をこすり付けるサイドキックの抵抗が激しい。
「だっで……!」
「いつもそれくらいユニークであれ」
思わず笑ってしまった。左手を抱きしめる彼女には気づかれることはなかったが。
「【オールマイト】に見られているぞ」
「でもぉ……!」
「や、や、いいからいいから。若い二人の邪魔しちゃって悪いね」
若さとは……。
六年前より、だいぶ老けてしまった元サイドキックのオールマイト。私もそれと同じだけ年を取っているのだが。あるいは、彼の時間は停まったままなのかもしれない。
喧嘩別れしてしまったから。
彼の身体は、世間一般には隠されたままの、負傷した身体だ。胃は全摘、左の肺もすでにない。手術は長期に渡って何度も行われたため、当時は後遺症もひどく立つことすらままならなかったが、いまは──。
誰もが憧れた肉体美は見る影もなく、【身体】に合わせたぶかぶかのスーツを着て、我々二人の距離感をちらちらを確認している。
ああ、オールマイトがいる。
死ぬまで会えないと思っていたが、バブルガール曰く電話一本で呼び出したらしい。
泣きじゃくるバブルガールをプロであることを理由に追い出し、オールマイトがベッドの隣に腰かける。
「まったくあなたは……。デリバリーのピザじゃあるまいし」
「あはは、いいね、ピザはしばらく食べてないから」
「ブラックユーモアだぞ、それは」
「気に入らない?」
「……いいえ」
「良かった。キミの笑顔は好きだから」
オールマイトの笑顔。
六年間、一度も会ったことはないし、HNでもできるかぎりかかわらないようにしていた。
数か月前、唐突に個性の譲渡の話を聞かされるまでは。
『無個性の中学生に《ワン・フォー・オール》を譲渡しただと!?』
『人を助けられる人間になりたがっている』
『志だけではつとまらない! ふさわしい人間なら【ほかにいくらでも】いるだろう!』
『だが、無個性の中学生だって、ふさわしい人間だ』
『──馬鹿げている!!』
通話で聞いたときは、信じられなかった。
老いとは判断力まで鈍らせるのかとすら思った。
結果、私は通形ミリオを見出した、とは、口が裂けても言えないな。彼は八つ当たりの実験体だ。大人の都合に巻き込んでしまったことを、謝罪しなければならない。
「なぜ緑谷だったのか、すこし理由がわかったよ」
「それは、嬉しいなぁ」
「報告書は?」
オールマイトはどうやら駆け付けたばかりというので、病室に提出された簡易報告書を手渡す。
「えぇ? 策束少年銃撃ったの!?」
吐血しながら叫ぶオールマイト。
結局、彼は、《予知》通りになってしまった。
変えたのは、緑谷出久。
書類に目を落とすオールマイトを見ながら、時計の秒針の音を聞く。
懐かしい……。
サイドキックになったばかりのころは、興奮のあまり、早く認めてもらいたくてコーヒー淹れたり知っている情報を全部話したり。報告書を読んでいる人間相手に、なにをしていたんだ私は。
度々私の携帯端末に連絡が入るが、特別なことはなにもなく。センチピーダーから、治崎の移送が開始されたという。
報告書を読み終えたオールマイトにそのことを話すと、彼は私を見る。
まいったな、仕事のことならまだしも、こんなときにプライベートな話を?
まったく。
「私は……緑谷を《予知》した」
「報告書にはなかったな」
「簡易報告書だ。それに、必要ないから」
「必要ない?」
「ええ。なにも【視え】なかった。……真っ暗闇だった。五分後も、十分後も、一時間後も、ずっと」
それがどういうことか。
オールマイトが信じられぬという表情でこちらを見ている。当然だろう、彼も私の個性の性質をよく知っている。
それに、《予知》をユーモアにつなげたことがないことは、忘れていないだろう。
「──緑谷少年は、生きているだろう?」
「ええ、もちろん。負傷者は二十名以下。ヒーロー以外は軽傷で済んでいる」
重症はファットガム、サンイーター、レッドライオッド、ロックロック、イレイザーヘッド。警察の重傷者はゼロ。理由は、わかりきっている。
策束を《予知》したことで危険性は理解していたつもりだが、あの少女の個性は尋常ではない。実際、私の胸と腕の傷も、ミリオの傷も【消えた個性】も一瞬で元通りだった。
「緑谷の話では、彼女の個性は《巻き戻し》。回復させているわけではなく、早戻しのように逆再生している」
「キミの死に目に会わず良かったよ」
「ではご安心を。とてもじゃないけど、あなたが来るまで持ちこたえられるような傷ではなかったさ」
胸の傷は、両の肺と心臓などの重要器官と、背骨のほとんどを削るような巨大な穴が開けられていた。油断ではなく、私は治崎に実力で叩き潰された。
「あ、ブラックユーモア?」
「好きだろう?」
声を上げて笑うオールマイトだったが、途中で吐血してしまう。
背中を擦ろうと手を上げたが、彼の枯れ木のような手に掴まれた。
「……ごめんね。私は、キミにひどいことを言ってしまった」
「いえ、それは私だ。あなたを……《予知》してしまった」
「今年か来年か。雑なんだよねーキミの《予知》。だから視なくていいって言ったのに」
「……待ってくれ。もっと正確性があれば視ても良かったと?」
「あれ? 言ってなかった?」
「初耳だ!!」
驚きと怒りと悲しみがない交ぜになる。彼の手を振りほどき、逆につかみ返す。
ということは、なんだ、オールマイトが私の《予知》を受け入れていなかった理由って、雑だから!?
「キミの《予知》は外れたことがなかった。きっと、私は今年か来年、ヴィランに殺される──【かも】しれない」
「ふふ」
「キミの《予知》が外れるなんてね」
「ええ、驚いた。死にかけで個性を使ったからだろうか。なにか理屈は思い浮かぶか? オールマイト」
「いままでがたまたま当たってただけとか」
「……まあ、考慮の一つとして加えておこう」
オールマイトの手を放す。
その身体は、いまの彼の身体は、【あの時】【視た】ままの体躯。
でも、今日でわかった。
「未来というものは、変えられるんだな。オールマイト」
「理由はわからないけどね。ところでナイトアイ」
おずおずといった表情で、上目遣いにこちらを見ている。
「もう、引退どうこう言わない?」
「はぁ……。もう引退しているだろう」
「ナンバーワンはね。ヒーローはまださ」
「一日三十分のヒーロー。趣味としては良いほうだ」
彼はいままで、ナンバーワンとして生きてくれていた。
私が──間違っていたんだ。
「どうだい? いま私を見たら、凄惨な死は回避していたり?」
「やめておこう。どうやら、私の個性は雑だからな」
「怒っちゃった!? ごめん!」
こんな風に、笑い合える日が来るなんて。
溢れる涙を拭っていると、オールマイトは思い出したように声を出す。
「そういえば、策束少年は? なんか報告書読んだけど、よくわかんなくてさ! 手足がもとに戻ったのは理解できたんだけど」
「戻ったは戻ったんだが……。あなたも雄英高校の教員だったな。根津校長にはこちらの処理が終わり次第説明するので、ややこしいことはしないでくれよ」
さて、どこから説明していくか。
まずは壊理という少女の個性の説明を最初から行うところからだな──そう考えたところで、病室のドアが激しく叩かれた。慌てている。
入室の許可を出すと、入ってきたのはセンチピーダーだった。
「緊急事態です。移送中の治崎がヴィラン連合に襲われました」
「被害は!」
いや、待て。なんだいまの言い回しは。
「まだ詳細は──」
「治崎【が】襲われたと言ったな。どういうことだ」
どうやら、死穢八斎會の事後処理は、まだまだ終わることはなさそうだ。
◇ ◇ ◇ ◇
入院二日目。
というか、起きたら今回参加していたクラスメイトたちに囲まれていた。
インターン組の一年生は、全員いるな。ビッグスリーや相澤先生の姿はなし。
「カルマちゃん!」
「良かったね策束くん!」
梅雨ちゃんと緑谷が、オレの【両手】をそれぞれ掴む。ついでに両足を見せつけるように立ち上がってみせた。
うん……? あれ?
あ、いやいや、それよりも聞かなきゃならないことがある。
「壊理ちゃんは? 怪我人は?」
「壊理ちゃんはまだ眠ってる」
壊理ちゃんは《抹消》を受けたあと、オレと同じように気絶してしまったらしい。怪我人は十人以下。記憶ではその五倍くらいはいたはずだが、《巻き戻し》を受けた結果、報告数は減ったようだ。活瓶の個性でダウンしてしまった波動先輩たちは、壊理ちゃんの個性を受けることなく、すでに元気になっているという。
とりあえずは、それだけ聞ければ十分かな。
せめて歯磨きはしたいところだが許されず、麗日、心操も嬉しそうにオレの頭を叩く。二日風呂に入ってないんだけどな。夏だし皮脂でぺたぺただ。
さて、じゃあもう一つ聞きたいことがある。
「なんか、みんな……デカくない?」
首を傾げて質問すると、全員の動きが止まる。
梅雨ちゃんや麗日とほぼ同じ目線にオレがいる……気がする。
心操など、頭一つ分高い……気がする。いや、つーかデケェ。え、こわ。
「シークレットブーツ?」
「それ、なんだけどさ」
病室に坂? トリックアート? 大穴の成長期とも思ったが、緑谷が言葉に迷っている。
代わりに心操が部屋のクローゼットを開けて、扉の内側に備え付けられていた姿見を指さしている。
「歩けるか?」
過保護な切島に誘導されて、クローゼットの近くまで歩く。違和感があるな、足の離れる感覚とくっつく感覚がどちらも失われている。まあ良いことだ、慣れていこう。
みんなもぞろぞろと後ろからついてくるが、鏡の前に立ったオレは、そんなことすっかり忘れてしまっていた。
「……あ?」
鏡には見切れるように心操が映っており、その彼の肩に届くか届かないか程度の身長の、纏が視界に映った。弟の、纏だ。
いや、生意気そうな目などは弟そのままだが、ヤツにはない利発さを感じる。鼻も少し高い気がするし、髪型のセンスも良い。なんだか瞳からも高い知性がにじみ出ている。
そんな纏に向け右手を上げると、鏡の中の纏が左手を同じタイミングで上げた。
……いや、これ、これ!?
慌てて周囲を見渡すと、それぞれに視線を逸らされる。
「どこまで、巻き戻された……?」
答えたのは緑谷だった。
昨晩、彼らはオールマイトと話したらしいのだが、その中でオレの母親が中学生時代の身体測定の記録を用意していたという。
オールマイトやナイトアイがその資料から導き出した《巻き戻し》の年数は、およそ三年間分。
中学一年生の記録ということだ。第二成長期前じゃあないか……。中学二年のときに急に伸びた記憶があるから、妥当なとこか。
オレの成長期はさておいて、死穢八斎會の突入組の負傷者は十人以下だという。
地上のみならず地下を含めてもそんなもの。突入の規模、逮捕者の多さに比べてあまりにもすくなく、負傷した者も《巻き戻し》を受けた結果の数だろう。
ナイトアイが無事で本当に良かったよ……。
「……お前、そんな身体縮んだのに、なんでそんな落ち着いてんだよ」
心操から奇怪なものを見るような目を向けられている。
「ついでに手足生えたからね。三年どころか、あと一年もすれば身長も元通りさ。食べ物で身長が変化するか論文でも書くか、いだっ!」
鼻先に固いものがぶつかった。切島の胸板だ。《硬化》しているわけじゃあないけど、デカさは恐怖だ、離れてほしい。
そんなオレの心情など構いもせず、切島がぎゅうぎゅうとオレを抱きしめる。押し返そうにも力が足りん。それに──。
「良かった……。良かったな、策束!」
まったくコイツは……。
泣きじゃくる切島の背中を二度叩く。タップだ、苦しい。あまりにも離れないものだから、グーパンで対応するも効いていないし、なんだったら拳のほうが痛い。
「……けて……たすけて……」
病室の扉をノックされる音で、どうにか事なきを得る。
見舞客は、ナイトアイだった。
「ご無事でなにより、ナイトアイ」
「キミも。よく【あの状態】から生き延びたものだ」
「【視てた】くせに」
ナイトアイが薄っすら笑う。彼は重要な話があるとして学生たちを追い出してしまった。
「顛末は聞きましたが」
「テレビは?」
テレビ? 思わず眉が跳ね上がる。
ナイトアイが備え付けのテレビの電源を入れると、ザッピングを始める。そして一つのニュース番組にチャンネルを合わせた。
直後、ナイトアイに頭を下げていた。
「すみませんでした!」
「かまわない。キミの落ち度ではないさ」
「だけど──!」
備え付けられているソファーに座るナイトアイは落ち着いている。本当にオレを責める気はないようだ。それが余計に情けなくなり、八つ当たりのようにテレビをにらみつける。ニュースの特番で取り上げられていたのは、またもヒーローの失態だ。
緑谷、通形先輩、ナイトアイが三人がかりで取り押さえたという治崎。
その治崎を移送中ヴィラン連合が襲撃して、治崎の【両腕】と、スナッチというプロヒーローの命を奪っていったというニュースである。
そしてニュースの補足のようにナイトアイから聞かされたのは、『個性破壊弾』と『そのワクチン』の奪取。
あの場でオレが気絶などせず、ヴィラン連合も壊理ちゃんを狙っていると告げれば、警備も増強されただろう。すくなくとも、『個性破壊弾』と治崎をべつの方法で移送された可能性はゼロじゃあなかったはずだ。
これで壊理ちゃんまでもヴィラン連合に誘拐されていたら、また八百万を頼る事態になっていただろう。
「勘違いしないでほしいのだがな、仮免も持たない一般人くん。キミがなにを言ったところで私はそれを取り入れたりしなかっただろうし、キミがなにを知っていようとも、現場の最高責任者は私だ。キミには落ち度なんてない」
「……遅ればせながら報告します」
トガとトゥワイス、そしてトゥワイスに作られたコンプレスの三名が、壊理ちゃんを狙っていたことを二日遅れで伝えた。ついでに当日あったことを整理する。
オレの言葉を聞いたナイトアイは、二度三度頷いていく。
「そもそも、ヴィラン連合と死穢八斎會の関係性から私たち大人が察しておくべきだった。それでなくとも、ヴィラン連合が誰一人捕まっていない時点で、どのような関係性であったとしても、仲間を奪い返しにくることは考慮しなければならなかった」
やめてくれ、オレが責め立てられているようだ。
クソ、あいつら、優先順位くらいわかるだろ! オレが縮んだからって誰か死ぬわけじゃあない!──なんて、気絶していたオレの言える言葉ではない、か。
「後悔が?」
「いえ、傲慢です」
情けない。
スナッチというヒーローとて、オレがそのヒーローを救えると思われるのは心外だろう。彼、あるいは彼女は己が信念に殉じた。
……いや、そんな美談じゃあない。
死柄木は敵だ。
「傲慢、か」
沈みそうな意識が、ナイトアイのつぶやきによって浮上する。
彼の言葉に妙な含みを感じたからだ。なんだろう、オレの言葉を繰り返したわけではなく……自分に向けて?
「私もずいぶん、傲慢だったようだ」
「スナッチのことでしょうか」
「……そうだな、彼も、《予知》を駆使していれば助かったかもしれない」
「その考え方も傲慢ですよ」
「……そうだな」
沈黙に支配される。気持ちはまるでこもっていないが、まるで黙とうだ。
ああ、喉を潤したいね。
「……緑谷──」
ナイトアイが緑谷を気にしている?
オールマイトの元サイドキック、ヴィラン連合、緑谷、個性の移動。うぐぐ、胃薬はどこだ。
「緑谷を《予知》したが、貴様との《予知》で矛盾が生じた」
「《予知》ですか?」
怯えて損した。──いや、そうじゃあないだろ、向き合え。心まで子どもに《巻き戻し》されたか?
「貴様の《予知》に緑谷は存在しなかった。そして、私は緑谷の死を《予知》していた」
「えーっと……オレを《予知》したとき、オレの背後くらいから周囲を見渡しているんですよね?」
ナイトアイは肩をすくめるように肯定する。見た目とは裏腹に、ネクタイ同様コミカルなお方だ。
しかし、たしかに矛盾だ。オレと緑谷は治崎を前に地上で接触すらしている。第一、緑谷がいない状態でどうやって治崎から逃げきれたというんだ。
「フィルムの切れ目で緑谷が視えなかったという可能性は?」
「できる限り鮮明なうちに、繰り返し【視た】」
可能性としては低そうだな。ナイトアイとしては認めづらいかもしれないが、占いのように《予知》が外れただけなのでは?
「なぜオレにそんな話を?」
「貴様や緑谷が未来を変えたからだ」
「なら緑谷ではないでしょうか。オレは《予知》に頼り切りでした。《予知》に沿うよう行動しなければ、活瓶に活力を吸い取られて動けなくなったままでしょうね」
ナイトアイは不機嫌を隠さぬよう眉をひそめた。失敗したか? 彼からすればオレがどのような行動をしようとも《予知》通りだ。個性を過信しているのなら、失礼な物言いだったろう。口を滑らせた。
長年オールマイトのサイドキックだったし、居丈高な人だ。高飛車で傲慢な人であるならば、目と個性をつけられて【計画】がご破算になる可能性だって──。
「もっと自信を持て」
──頭を、撫でられている。
上目遣いでナイトアイの表情を確認すると、彼は優しく笑っていた。
その表情を隠すことなく、壮大な言葉を口にする。
「貴様と緑谷は、未来を変えたんだ」
「未来を固定できるのはあなただけですよ」
彼の賞賛に照れ隠しの返答のつもりだったのだが、ナイトアイは真顔になって数歩下がった。身体が縮む前でも大きい人だと思ったが、いまや巨人と小人だ。表情と相まって威圧感がすごい。
「……未来を……固定……」
「ナイトアイ?」
「──どうしてそう思った?」
「深い意味は……。未来を【視た】のはあなたで、変えたのはオレたちだと言ったでしょう」
変動と固定。ただの対義語だ。《予知》できぬ身としては未来がいつ決まるのかなんてオレにはわからない。未来を【視た】ナイトアイ本人が【未来を変えた】と言ったのだから、【視た】時点で未来が決定していたとしても不思議ではない。
それにオレはずっと、ずうっと感じていた。
世界が固定されたかのような違和感を。
いやまあ、不思議個性ということでは、身体機能を【逸脱】しているのだけれど。それとも脳の容量を深く使用しているのかな。
「未来を決定づけていたのは《予知》で、その決定を覆すには……だが私だって……」
「えーっと、卵が先か鶏が先か、ですよね。あなたは《予知》を強いイメージとして【視た】のだから、それが、固定観念と、なって──」
ナイトアイに顔をのぞかれている。顔? 瞳の中か、脳みそか、《予知》されているのかもしれない。
チケーしデケーしコエーよ。
「実にユーモアのある考えだ」
「き、恐縮です」
用事は終わったとばかりに病室から出ていこうとするナイトアイが、なにかを思い出したかのようにゆっくりと振り返る。
「妻の《予知》をしてやろうか」
「そいつはもう、こりごりです。またトイレと結婚しそうです」
諸手を挙げて降参の合図を送る。
ナイトアイの笑い声を聞きながら、彼の背中を見送った。
昼には退院し、一度家へと帰宅して両親を安心させておく。
とくに母親は狂喜乱舞だったな。気持ちはオレも同じだが、すでに私服と制服がオレのサイズで用意されていてちょっと怖かった。
父親も涙ぐんでいたくらいだし、やっぱり息子が手足を失くしたということはショッキングだったのだろうと改めて実感した。
もう無茶しないようにするから、ごめんね。
纏は複雑そうな表情だったな。
オレが縮んだことを笑いたいけど、手足が元に戻ったことはまあまあ嬉しい、そんなところだろうか。
ついでに母親の【計画】を聞いて驚いた。
どうやら母さんは、オレの身長や手足について、壊理ちゃんの個性の影響だという話をオールマイトやナイトアイから聞いたそうだ。
ついでのように、彼女の境遇についても知ることになる。
オレが驚いたのは、壊理ちゃんが治崎の娘ではなく、植物状態の死穢八斎會組長の孫娘だということか。ナイトアイからの情報なので、間違いないと思う。
ヤクザの孫娘を養子にする。聞こえはすこぶる悪いが、息子の手足を元に戻した恩人だ。父も頭から反対はしないだろう。
問題があるとすれば、彼女がヤクザの親分の孫娘だということに加え、個性の暴走の件だ。
治崎は《分解》して《再構成》することで暴走を止めていたというし、ヤツの口ぶりから察するに暴走したのは一度や二度ではないと思う。
相澤先生の《抹消》がなければ、オレとリューキュウがどこまで《巻き戻し》されていたかなど皆目見当もつかない。
この家でもし壊理ちゃんの個性が暴走すれば、なんて、あまり考えたくはないな。
まあ現状彼女はナイトアイ事務所か警察の関連施設で保護されているはずだし、策束家が養子にしたいと申し出ればおそらくは通る話だ。
ヤクザの親分が植物状態から奇跡的に回復したとしても、死穢八斎會はほぼ壊滅状態。金銭的にも社会的立場的にも、壊理ちゃんにまともな教育を施せる環境ではなくなってしまっている。
となると、あとは施設だ。
そういった意味でも、彼女が策束家の養子になることは悪いことではない。
それに、母親が言い出さなければ、オレが父に進言していた。
あの個性が欲しいんだ、と。
本当、悪いことばかりじゃあないよなぁ。
表に出そうになる笑いを我慢しながら、母親の淹れてくれたお茶をいただいた。
「なに笑ってんの? 気持ち悪いんだけど」
「……笑ってない」
「そういえばカルマさん」
茶菓子の代わりに封筒を手渡される。
「こちら、コスチュームのポケットに入っていたと」
「──ああ」
封筒の中には、ボールペンを半分にしたような大きさのふくらみ。
【見逃した】な、はは、こりゃあいい。
ヴィラン連合も、警察も、ヒーローも、誰も彼もが見逃した。……いや、本体のケースはオレもどこにやったか記憶にないのだから、彼らを馬鹿にはできないだろう。それだけ混雑した現場だった。
茶封筒から内容物が手のひらに転がった、【真っ赤な弾丸】を見つめる。黒いケースに残っていた残りの三つはヴィラン連合に奪われたが、オレはこの一発だけ持ってあの治崎に立ち向かったのだ。
言ってみればオレのエクスカリバー。
あはは、ようやくひのきのぼうを卒業したわけだ。轟に追いついたかな?
まあ、鞘に封印されたままなのは問題だが、モデルガンで実弾は撃てるもんなのかな? 実銃? 言い訳できないくらいの犯罪だ。
さぁて、どう使うのかを考えよう。
ヴィラン連合がどう使うのかを、考えよう。
新品の制服のポケットに銃弾をしまいながら、上がっていく口角をそのままに、ゆっくりと喉を潤した。
◇ ◇ ◇ ◇
「帰ってきたー!! やつらが帰ってきたー!!」
警報機もさながらの峰田の叫び声。クラスメイトのみんなはオレの部屋ではなく、談話室を利用していたのか、非インターン組に歓待される。
緑谷、切島、麗日、梅雨ちゃんが壁のようになっているので、駆け寄ってきたクラスメイトたちからはオレの頭部しか見えないだろう。
「神野のときといい今回といい! お前ら毎度スゲェことになって帰ってくる! 怖いよいい加減!!」
「ごめんね……」
勢いに負けた緑谷が小声で返事をすると、代わりに切島に背中を押される。
「今回は一番すげぇぜ!!」
トコトコと前へ進み出る、身長百五十センチの少年。オレだ。猫背の梅雨ちゃんよりやや長身だが、たぶん耳郎や麗日よりも下だと思う……。
耳郎が首を傾げてオレを指さしている。
「えっと、マトイくん、だったっけ?」
「あー! 策束くんの弟のー! えー! なんでー!?」
楽し気な足取りで寄ってきそうだった芦戸よりもさきに、一人の女性が駆け出してきた。
だから! デカいんだよみんな!!
「おい、ちょま──ぶ!!」
顔面が潰れてしまうかと思う抱擁。背骨と肋骨がひび割れるかと思うほどの力を込められている。
「百おじょ、くる、し」
「業さん! なんなんですかその姿は!」
八百万の発言を理解したのか、遅らせながらクラスメイトたちが声を揃えて叫び出す。
それよりも八百万のパワー! 頭一つ分の身長差だ! ちくしょう! また全部負けた!
周囲のメンバーが八百万を落ち着かせてくれて、ようやく自由を取り戻せた。玄関から窓際まで逃げて涙をはらはら流す八百万と距離を置く。
しかし隙を見せたせいかすぐさまほかのメンバーに囲まれた。
「腕! 生えてる! 耳も!」
「縮んだことと関係あるの!?」
「毎度毎度シルエット変わりやがってー!」
涙を流すのは八百万だけではなく、芦戸も、たぶん葉隠も、上鳴も、口田も。
みんなに叩かれる頭が痛くて、オレもいつの間にか泣いていた。本当に痛かっただけさ。……いや本当にいてぇ! やめろ!
「百お嬢さん」
赤くなった鼻を《創造》したハンカチで抑える八百万に声をかける。
右手の指をリズミカルに動かして、ニヒルに笑う。
「お誕生日おめでとうございます。これは、まあサプライズということで」
本当は一発ネタも用意していたのだが、フルフェイスゴーグルとともに失われてしまった。練習すればなんとかなるかな?
なんて考えていると、もう一度八百万に抱きしめられて、周囲に助けを求めることになる。
そんな喧噪の中──人の輪から離れる笑顔の耳郎と、すこしだけ目が合った気がした。
原作では、ナイトアイと通形ミリオの出会いは、おそらくOFA譲渡前。オールマイトが義理固く、譲渡先を見つけて鍛えているという電話があったと思われる。ボヤかして描かれているので、どのような解釈も可能。
アニメ版では確実に譲渡したあとの会話となっている。つまり雄英高校の一般入試がある二月以降の会話。そこから通形ミリオの育成が始まる。
共通する点として、根津校長が通形ミリオをオールマイトに推薦しようとしていたが、その前に緑谷出久と出会っている。