文化祭編は、準備・前中後編。本番・前後編の5話となります。
死穢八斎會への突入からちょうど一週間。
昏睡から壊理ちゃんがようやく目を覚ましたと連絡を受け、授業を欠席して母親とナイトアイに付き添いで病院へと向かう。緑谷も来たがっていたが、策束家にとっては家族が増えるかどうかの問題だからな、優先度が違う。
道中ナイトアイから、最終的には壊理ちゃんの意志を尊重してほしいと母親に告げられた。
そもそも彼女の個性が暴走した場合、止める手段が限られている。ナイトアイが定期的に《予知》をして、イレイザーヘッドに出動を依頼することが一番安全に対処できると説明を受けた。
問題は《予知》で視た未来は【変えられない】ということ。つまり壊理ちゃんが暴走した未来が見えたが最後、必ず暴走してしまうということだ。
確定力──SFなんかだと『世界の修正力』などと言われているものだが、ナイトアイが視たものは必ず起こる。
まあ緑谷のような前例があるから、どこまでそれが正しいのかはわからない。おそらく策束家として金銭的な援助さえすれば、ナイトアイたちは十分なのかもしれない。
「策束くん!」
「通形先輩、こんにちは」
病院のフロアで面会するための書類にサインをしていると、後ろから通形先輩に声をかけられた。彼とも直接会うのは一週間ぶりだ。ビッグスリーともなると、学校にいる日数のほうがすくないんだろうな。
母さんと挨拶をする先輩に先導され、壊理ちゃんの病室へと案内された。
扉を開けると、甘い香りが漂ってきた。
部屋いっぱいとまでは言わないが、フラワーアレンジメントが六つ。母親が毎日欠かさず顔を出していた成果だな。
ぞろぞろと入ってくる大人たちに怯えた表情を見せる壊理ちゃん。
母親は真っ先に膝を折り、壊理ちゃんの手を握って笑いかけている。人心掌握術ならオレより遥かに上手いな。
壊理ちゃんからの良好な反応があったのは、母さんと通形先輩のみ。ナイトアイに至っては彼が口を開くたびに壊理ちゃんの視線が下がっていく。通形先輩が通訳をしなきゃならない状態だった。
一転、オレはというと、なんと彼女の記憶から綺麗さっぱり抜け落ちていたらしい。暴走が個性のキャパシティーを超えていた状態だったからだろうか。
べつに悲しくなんてない。
「オレは緑谷の友だち、よろしくね」
さて、挨拶は済んだ。あとは通形先輩と入れ替わるようにナイトアイのように壁の花となろう。
「あの角、だいぶ短いですけど」
「そうだな。まだわからんが、おそらくはストック型だ」
壊理ちゃんの右の額に生えた角。会ったときは二十センチ近い長さだったが、いまは一センチか、二センチか。直径も二回りは細くなっている。
「貴様の家で引き取る場合、大きさも十分に注視してほしい」
「もちろんですよ。だけど、《消失》だけでは不十分になりましたね」
「ああ、どこかで放出させなければな」
イレイザーヘッドの《消失》は個性因子の停止だと聞いた。となると、壊理ちゃんの場合は溜め込んだエネルギーの放出を止めるだけになってしまう。
ダムで急に水の放出が始まり、イレイザーヘッドが水の弁を停める。それを何度も続けてダムに溜まりきった水が最後にはどうなるか……想像もしたくないな。
「早急に彼女には個性の制御を身につけてもらわないと、我が家じゃあなくても、居場所がなくなりますね」
「貴様の母親から、引退したプロヒーローを多く抱えていると聞いたが」
「ちょっと語弊がありますが、まあそうですね」
正確には、『元プロヒーローを含め、個性使用を許可されている警備会社と提携を組んでいる』だ。まるで策束家が過激な戦力を抱えているような言い方はやめていただきたい。
「残念ながらその方々の個性では、彼女の暴走を止めるのも、制御を促すのも難しいですよ。身体を壊したプロヒーローと、プロヒーローには届かなかった方々ですから」
「……そうか」
「──ありがとうございます!」
大きな声があがったので様子を見ると、母親が嬉しそうに壊理ちゃんを抱きしめているところだった。どうやら、母親の提案は壊理ちゃんに受け入れられたらしい。
「壊理さん、もう心配はいりませんからね」
母さんがベッドに腰かけ、壊理ちゃんの髪を手櫛で優しく梳いている。壊理ちゃんの手は、こわごわと宙を彷徨っている。おそらくは抱きしめられたことも、抱きしめたこともないのだろう……。それかただの人見知りか。
まあなんにせよ、慣れだ慣れ。
治崎壊理という少女は今日この日を境にいなくなり、策束壊理が誕生したわけだ。誕生日はいつだろうな。八斎會の構成員から話を聞けるだろうか。
心操から話を聞いて、何人かに【目星】をつけている。フリーのヒーローやヴィジランテに声をかけることも想定はしているが、無駄な人材に費用は払いたくない。なんてったって、【オレの初めての起業】だからな。
治崎廻のほうだが──。
ヴィラン連合に両手を切り取られた彼は、精神を病んでいるという。個性は使えなくなったはずだが、それでも収容施設は《タルタロス》。オール・フォー・ワンともども仲良くしていてくれ。
壊理ちゃんは検査のために明日まで入院となるが、実家にはすでに彼女の部屋が用意されているらしい。息子の恩人でもあり、不幸な生い立ちの子どもでもあり、そして可愛い女の子。可愛い盛りも過ぎ去った息子二人を抱えた母親の歓迎度合がすさまじいな。
次の日、昼食の話のタネに緑谷に壊理ちゃんの話題を出しておく。たぶん彼女にとっては新品の洋服よりも、緑谷の無事を直接話せるほうが嬉しいと思うから。
飯田と切島、麗日と梅雨ちゃんも同席している。
「いまは策束くん家についたくらいかなー」
「検査って昼に終わるものか?」
「前検査入院したときは夕方までかかったぜ」
切島も壊理ちゃんには関心が強いらしい。またオレの家に集まりそうな勢いだな。
ちらりと携帯端末を見るが、母親からの連絡はなし。こまめに連絡を寄越す人でもないのだが、暴走に対する不安がすこしある。
「問題は、壊理ちゃんまだ笑ってないらしいんだよなぁ」
「……そう」
「やっぱり、虐待されていたからかしら……」
麗日と梅雨ちゃんは、壊理ちゃんの心を癒すためになにができるかと話し込んでいる。
オレの場合は──時間が解決した。
忘れることなどできなかったが、思い出すこともできないくらいすり減ってくれたのかもな。
まあ、今回は母親にまかせきりになるだろう。せいぜい猫可愛がりをしていただきたいものだ。それで壊理ちゃんの精神がすこしでも改善されるのなら儲けものだな。
実際、母の愛のもとオレはトラウマを克服した。
「業さん」
チィ! なんの用だ貴様!
「どうしました百お嬢さん」
そもそもお前が余計なこと言わなければ、耳郎に!! 爆豪に!!
あれから耳郎が優しいんだよ! 嬉しいけどキツイんだよ!
「おばさまから連絡をいただきまして」
八百万が差し出す携帯端末には、可愛い衣装に身を包んだ壊理ちゃんが映し出されていた。送り主は母さんだな……。
一緒にいるクラスメイトに、壊理ちゃんが退院して母親に連れまわされていると説明しておく。そしてすぐさま母親へ通話した。
街中で壊理ちゃんの個性が暴走するなど、考えたくない事態だ。
そのことを告げると母親はすこし怒ったように、「逆にいまを逃せばいつ街に連れて行ってあげられるかわからない」と反論してきた。
まあ……一理どころか十理ある。実家になった家で、退院後すぐに監禁状態になるのも、壊理ちゃんの精神状況には良くないはずだ。
それに個性のストックが空っぽの状態なら、暴走する確率はゼロに近い。暴走したとしても被害は非常にすくないだろうと楽観視もできなくはない。
それでなくとも、ナイトアイが《予知》した後なので問題はないとのこと。視た範囲の半年先までは暴走の予定はなさそうだ。二年になるまでは平和そうでなにより。映像の隙間に暴走が起こっていたとしても、悪い影響はないという。
「あ、母さんから壊理ちゃんが緑谷に会いたいってさ。今度セッティングするわ」
「うん! 僕も会いたい!」
嬉しそうにかつ丼を掻っ込む緑谷を見ながら、飯田と麗日が幸せそうに笑い合っている。突入前の沈んだ様子はもうないからな。
教室に戻るとヒーロー基礎学の授業の準備。
それぞれのヒーローケースを手に持って、あと十分もすれば移動開始だ。必殺技は最低二つ。残念なことにオレはいまだゼロ。
そんなオレの不安を知る由もなく、携帯端末片手に談笑が盛り上がっているクラスメイト。エッジショット、シンリンカムイ、マウントレディの三名が『ラーカーズ』というチームを作ったという。
事務所の垣根を越えたトップヒーローたちのチーム結成……。
死穢八斎會の突入チームもチームアップと呼ばれるように、大きな作戦の前にはたいていチームアップが起きやすい。きな臭いなぁ。
「私たちもプロになったらチーム組もー! 麗日がねぇ! 私を浮かせてねぇ! 酸の雨を降らす!」
「……エグない?」
「私を瀬呂のテープで操作するんだよ! 口田と障子と耳郎が偵察ね! チーム『レイニーディ』!」
「おー」
チーム『レイニーデビル』の間違いではなかろうか。
耳郎のか細い掛け声と、芦戸の楽しそうな話を聞きながら、オレたちも移動を開始。
体育館ガンマに着くと、ここしばらく続いた必殺技の開発をセメントス先生から指示される。今日はセメントス先生だけか。
周囲が必殺技の強化・開発に協力する中、オレは一つの【ヒーローアイテム】を取り出した。
フルフェイスゴーグルを失ったあと、ヘルメットマンに舞い戻ったオレに耳郎がプレゼントと称してサポート科を通して一つのアイテムを融通してくれた。
名前をマスク型ベイビー『マイクスピーカー』。開発者は察してくれ。
マスク型というだけあって、見た目は黒い立体型マスクだ。どことなく飯田のヒーローマスクに似ているが、かなり薄型。そして多機能。
まずはマイク。マスクをしたまま声がこもるということはなく、マスクを通してオレの声が周囲に届くスピーカー機能付き。声量の変更もマスクの縁をなぞるように弄ると簡単にできる。
つぎにインカム機能。耳かけの箇所に骨伝導で味方のインカムからの声が届くようになっており、かなり便利だ。
最後にイヤホンジャック。これは耳郎の個性の話ではなく、耳郎の個性の話なのだが(なに言っているかわからないと思う)、耳郎のイヤホンジャックをこのマイクに接続することで、簡易的に耳郎の必殺技《ハートビートファズ》を再現できるという。
やれば鼓膜が破けますがね! と耳郎は製作者に言われたらしいので、試す気にはなれないが。
最後の機能は、部屋に置いてスピーカーとしても使えるという、小粋なジョークでもあるらしい。
細かなところでは、充電が切れた場合は、普通のマスクとして使えるが丸洗いはNG。ちゃんとアルコールと布で拭くようにとさ。
それをコスチュームの上着ポケットから取り出して装着。耳郎を見つけて軽く手を振っておく。嬉しそうに手を振り返してくれた。
数日前はオレの非常に良くないところを見られたが、まあ、なんとか関係は修繕されたかな。
その日の帰りのホームルーム前、元気のあり余っている芦戸が教室でブレイクダンスを披露していた。ダンスが趣味だとは聞いていたが、すごいな、一芸だ。
緑谷が彼女の身体の運動エネルギーをノートに書き留めていると、流れで一緒に踊り出すことになった。ロボットダンスかな?
「運動神経いい理由わかったわー。ヒーロー活動にそのまま生きる趣味は良いよなー! 強い! 趣味と言えば、耳郎のもすげぇよな!」
「ちょ、やめてよ」
「ほら、寮の部屋、楽器屋みてぇだったもんなー! ありゃあ趣味の域超えてるー!」
上鳴の言葉に、褒められているにも関わらず耳郎が肩を震わせながら否定していた。
「もうやめてってば! 部屋王忘れてくんない!?」
「いやー、ありゃあプロの部屋だねー。なんていうか、正直カッケ──」
上鳴の言葉が詰まり何事かと顔を上げると、耳郎のイヤホンジャックが上鳴の顔面前に突き出されており、あきらかに「それ以上喋るな」と脅されていた。
「マジで!」
恥ずかしくてたまらないのか、頬を赤く染めながら自分の席へと戻っていく耳郎。彼女の背中と周囲のクラスメイトをチラチラ確認する上鳴は「なんで」とつぶやいていた。
馬鹿めー!! ざまーみろ上鳴! ちょっと耳郎と仲いいからって調子乗りやがってー!
女性を褒めるのにリスペクトが足りないんだよ。
見てろよ、すこしまえにもオレは彼女と部屋の話をしているのだ。できる男との違いを見せつけてやる。
席に着いた耳郎に近寄って、上鳴を擁護するように声をかけた。
「誰も耳郎のコレクションを馬鹿にしたりしないさ」
「コレクション? はぁ? もうやめてってばカルマまで! 怒るよ!」
席に戻って「なんで」って周囲に聞いた。
チャイムが鳴ると同時に相澤先生がホームルームをはじめた。寝袋を頭から被りながら発せられた彼の第一声は、非常に聞きなれないものだった。
「えー……文化祭があります」
オレの沈んでしまった心はさておいて、周囲が「ガッポォオォイ!」と沸き立つ。
文化祭かぁ。林間合宿も夏休みもあんなんだったからな。普通に授業受けているだけで十分学生させてもらってはいるが、学校行事としては一般的だ。
「先生! 良いんですか! この時世にお気楽じゃあ!」
反論したのは意外にも切島。飯田ですら彼の反対意見に目を剥いて驚いている。いや、オレもだ。彼はどちらかといえばムードメーカー側だった。死穢八斎會での出来事が、よほど影響していると見える。
「切島……変わっちまったなぁ……」
「でもそうだろ! ヴィラン隆盛のこの時期に!」
「たしかに、もっともな意見だ」
相澤先生が、なぜか寝袋を完全に着込んだ。
「しかし、雄英もヒーロー科だけで回っているわけじゃない。
「体育祭がヒーロー科の晴れ舞台だとしたら、文化祭はほかの──サポート科、普通科、経営科の生徒たちが主役。
「注目度は体育祭の比にならんが、彼らにとっては楽しみな催しなんだ。
「そして現状、全寮制をはじめとしたヒーロー科主体の動きにストレスを感じる者もすくなからずいる。
「だからそう簡単に、自粛とするわけにはいかないんだ。
「今年は例年と異なり、ごく一部の関係者を除き、学内だけでの文化祭になる。
「主役じゃないとは言ったが、決まりとして、一クラス一つ出し物をしなきゃならん。
「今日は、それを決めてもらう」
……寝た。
八百万と飯田がどちらからともなく立ち上がり、教壇に立った。
「ここからは私が進行させていただきますね。まず出し物の候補から上げていきましょう。希望の方は挙手を──」
クラスのほとんどが一斉に挙手をする。圧が、圧がすごい。そんななかでも相澤先生は眠ったままだ、あれくらいの根性が欲しいぜ。
「では!! 青山さんからお願いできますか!」
お、メンタル豆腐が頑張っている。席順ともなればスムーズになるだろう。
指名された青山が、ウインクをしながら宣言する。
「僕のキラメキショウ!」
……がんばれ、委員長。
それからしばらく、八百万が全員から候補を聞き出して、黒板を見返す。提案自体はすべて受け入れたものの、あきらかに不適切なものや現実不可能なものを次々に削除していった。
ついでに飯田の郷土研究発表と、八百万のお勉強会も削除された。
つぎに食事に関しては一緒くたにして食べ物屋にできるのではないか、という。だがなぁ、火を使う場合は保健所などへの届けが必要だったはずだ。雄英側がどこまで許可を出すのか……。それともそれも経営科に任せるのだろうか。あり得るな。
そこからの決定に悩んだ委員長たちに代わり、提案者があーではないこーではないと話し合いを始めてしまって、それは帰りのチャイムが鳴り響くまで続いた。
「実に非合理的な会だったな。お前ら、明日朝までに決めておけ。決まらなかった場合、『公開座学』とする」
いつの間にか寝袋を脱いでいた相澤先生が帰り際、八百万たちを睨みつけるように出て行ってしまった。
「ただの勉強じゃん」
「冗談っしょー……」
「みんな! 今日中に出し物を決めようぜー!!」
といつもの気合入った切島だったが、寮に戻った話し合いでは彼の姿はなかった。
それどころか談話室に集まったクラスメイトたちの中に、緑谷、麗日、梅雨ちゃんの姿もない。
「あれ? インターン組は?」
「補習。話し合いに参加できないから決定に従うって」
「爆豪は?」
「寝た」
尾白と上鳴のコントのような掛け合いを見ながら、いくつかいいネタを思いつく。ちなみにコントは耳郎の案。オレが推して発表はコントにしようかと目論んでいた。
尾白くんのコスチュームは尾まで白いんだってね、おもしろーい!
くくく、いける!
「みんな、落ち着いて考え直してみたんだが、先生の仰っていたほかの科のストレス……。俺たちは発散の一助となる企画を出すべきだと思う」
談話室でノートパソコンに映したリストを見ながら、飯田はオレたちにそう提案した。八百万も納得している。
「そうですわね……。ヒーローを志す者が、ご迷惑をおかけしたままではいけませんもの」
「そうなると正直、ランチラッシュの味を知る雄英生には食で満足させるものは提供できないと思うんだ」
「あっ、飯系ダメってこと?」
「個人的にはだ。他科へのサービスと考えれば……」
アジアンカフェを提案していた瀬呂の案も却下と。それは同時に、オレ、麗日、轟、障子の案も却下したことになる。いいね、絞れてきた。
葉隠、八百万が画面のリストを数えている。
「それじゃあ」
「体験系の出し物は、該当する提案となりますと……メイド喫茶か、ふれ合い動物園か、ビックリハウス?」
「動物園は衛生上厳しそうじゃねぇ?」
「うーん、発散かぁー」
「コントとかは、ダメかな?」
お、耳郎が珍しく二度目のコント推し。
間髪いれず瀬呂が否定してきたが、ここはオレにまかせてくれ。
「素人芸ほどストレス与えるものはねぇよ」
「オレもいくつかネタ考えてるぜ」
さっそく考えていた話を披露したが、どうやらすべってしまったようで耳郎が直々にリストから外した。しかも「ごめんね」と謝られる。耳郎が優しい。
「俺は良かったと思うぜ」
轟からの援護射撃があったが、彼の口角はすこしも上がっていはいなかった……。
空気を打開するかのように、話し合い飽きて足をパタパタ動かしていた芦戸がつぶやく
「みんなで踊ると楽しいよー……」
「ダンス、良いんじゃねぇか」
「おぉ! 超意外な援軍が!」
またも轟だった。さっきからどうしたというのか。爆豪くらい興味がないと思っていたが、変わろうとしている、ということか。
彼はパソコンを操作して動画サイトから映像を検索する。ダンスではないが、ミラーボールに照らされたバンドのライブ映像だった。言いたいことは伝わったが、本当に意外だな。
クラスメイトたちも彼の奇行に驚いているのだが、彼の言葉は的確だった。
「ほかの科のストレスを発散させようという飯田の意見はもっともだと思うし、そのためにはみんなで楽しめる場を提供するのが適してんじゃねぇか」
「なるほど……」
「今一度言うが素人芸ほどストレスなもんはねぇぞ!」
瀬呂め、こんど絶対笑わせてやる。
「私ダンス教えられるよー!」
芦戸の示す方向には、ツーステップを披露する青山の姿。
「奇怪な動きだった素人が一日でステップをマスターした! 芦戸の指導はたしかだ!!」
「待て素人ども! ダンスとはリズム! すなわち音だ! パリピは極上の音にノるんだー!」
上鳴と峰田が妙なテンションでダンス案の支持をはじめた。
【音】……音か。ああ、音楽。たしかにそうだ。
「音楽と言えば──」
葉隠が言い切る前に、クラスメイトの視線が一斉に耳郎へと集まった。
急に視線を集めた耳郎が、及び腰で警戒しはじめる。
たぶん全員、同じ気持ちだっただろう。体育祭後のカラオケ、数日前のカラオケ、そのどちらも彼女はその素晴らしい歌声を披露してくれていたじゃあないか。
「え、なに!?」
「耳郎ちゃんの楽器で! 生演奏!」
「ちょっとまってよ!」
「なんでー? 耳郎ちゃん、演奏も教えるのもすっごく上手だし、音楽してるときがとっても楽しそうだよー! あたし! 耳郎ちゃんの演奏聞きたい!!」
葉隠の褒め殺しに、耳郎は訥々と話し出す。
「芦戸とかさ、みんなはさ、ちゃんとヒーロー活動に根差した趣味じゃんね……。ウチのは、ホントただの趣味だし」
「ああ、そういうことか昼間のあれは」
上鳴のつぶやきで、ようやく耳郎の言いたいことが理解できた。彼女は自分の趣味を恥じているのだ。
他者に迷惑をかけるものではないが、他者のために続けていることではないからと。
「あんなに楽器できるなんてめっちゃカッコいいじゃん!」
イヤホンジャックの先端同士をぶつけて弄る耳郎に、上鳴は声をかけた。そのすぐ後ろで口田が詰め寄っている。
オレは、それをただ見送ってしまった。
「耳郎さん! 人を笑顔にできるかもしれない技だよ! 十分、ヒーロー活動に根差していると思うよ!」
恥ずかしそうに顔をそむける耳郎を見かね、八百万が間に入っていく。
「お二人の主張もよくわかりますわ。でも、これからさきは耳郎さん本人の意志で──」
「──ここまで言われて、やらないのも……ロックじゃないよね……」
自身の髪の毛を両手で搔きながら、顔を真っ赤にしている耳郎はそう言った。
「じゃあ! A組の出し物は! 生演奏とダンスで! パリピ空間の提供だー!!」
沸き立つクラスメイトを見て、思わず足を引いてしまった。
そんな喧噪の中──人の輪の中心にいる笑顔の耳郎と、すこしだけ目が合った気がした。