この日のヒーロー基礎学は、用事があるとオレと緑谷は休ませてもらった。緑谷の補講がまた増えそうだが、今回ばかりは我慢してもらおう。
寮の近くで、相澤先生と通形先輩、オレと緑谷の四人が集まって、策束家が用意した送迎車へと乗り込む。
上座は後ろですよと相澤先生に案内したが、彼は悠々と助手席へ乗り込んでしまう。おかげで緑谷と通形先輩に挟まれる形で実家まで送られることになった。次からはワゴンにしてもらおう。
家では、玄関先にすでに壊理ちゃんが待機していた。日傘を肩に担ぎ、しゃがんで花を見ている彼女に声をかける。
「おまたせ、連れてきたよ」
振り返った壊理ちゃんに駆け寄る緑谷と通形先輩。二人同時に、優しく抱き留めている。もっと早く会わせるべきだったかな。まあこちらとしても人員や検査などで手一杯だったし、そもそも緑谷の補講がなければ昨日でも良かったのだ。
「先生、お茶でもいかがですか?」
「もらおうか」
相澤先生と家に入ると、すでに母さんが紅茶を用意していた。しかし、相澤先生の前に母親が差し出したのは水道水。原因はオレだが、嫌われてるなぁ先生……。
母さんは心配そうに玄関先を覗き見ている。
「まだ、笑ってないんですって、彼女」
「ああ……」
母親の代わりに相澤先生にも紅茶を淹れる。
緑谷と通形先輩に会うことで笑ってくれればいいのだが……。
「どうだ、【妹】は」
「さあ、三度目ですよ会ったの」
確実に母親が夢中だとはわかっている。愛情深い人だ、マナーには多少うるさいが、さすがにトラウマ抱えた少女を怒鳴りつけるような真似はしない。
いまはいないが、纏との仲も良好と聞いた。父は、血縁関係のない子どもを足蹴にするような人ではないが、愛情を注げと言えば難しいかもしれない。オレと似ている状況だろう。
「とりあえず家庭教師を三人雇ったと」
「スパルタだな」
「お菓子職人と料理人も新たに」
「……歯磨きの先生でもつけてやりな」
「ああ、家庭教師の一人がそれらを担当してる人です」
相澤先生が疲れたようにため息を吐いた。
「金持ちってのは自由って言葉は知らんのか」
「自由に無法を持ち込まないだけですよ」
「……やりすぎるなよ」
「まあ、オレも弟もそれなりに真っ当に育ってますし」
「はぁ……」
ため息!? い、いや、いいけど。
話し込んでいると、緑谷が壊理ちゃんを抱えて家に入ってきた。どうやら笑顔になることはなかったようで、母親の表情がすこし暗い。それを見て壊理ちゃんが謝るものだから、母さんは慌てて笑顔になった。
「まあまあ壊理ちゃん、この大人を見てみなさい」
隣に座る相澤先生に視線を送るよう促す。
「この人もべつに笑わないけど、とくに問題なく生きている。そういう生き方もあるのさ」
「俺を出汁に使うな」
「この家では箸の持ち方や挨拶の仕方、これって必要なのってわけがわからないことも教える。面白いもんじゃあないけどさ、いまは選択肢を広げるんだ。これからは全部、キミが決められる」
「……よく、わかりません」
「そう、よくわからないということを、キミは知っている。いまはそれで良いのさ。わからないことを、頑張って学ぶんだ。面白いかどうかは習い事によるから、テレビ見てたほうが楽しいけどね」
「ちょっと業さん」
母親に窘められるが、年上も怒られるんだぞと見せつけておく。
「あなたは、マトイお兄さん……ではないんですよね」
「ああ、兄になった業。策束業。よろしく、妹の壊理ちゃん」
髪をぐしゃぐしゃにするようになでつけると、母親が緑谷から壊理ちゃんを取り上げてオレから遠ざける。
いまは、彼女の個性で縮んだなどとは言わないでおくが、いつかは告げたほうがいいのかな。まあ半年後に身長が戻っていれば黙ったままでも構わないんだけど。あ、半年後に纏を小さくしてくれたりしないかな。ただでさえ身長を抜かされているんだ。
「相澤先生、壊理ちゃん、文化祭に連れて行けませんか?」
「文化祭?」
「壊理ちゃんこれは名案だよ! 文化祭っていうのはね、俺たちの通う学校で行われるお祭りさ! 学校中の人が学校中の人に楽しんでもらえるよう、出し物をしたり食べ物を出したり、あっ! りんご! りんご飴とか出るかも!」
「りんご飴……」
「りんごを、あろうことかさらに甘くしちゃったスイーツさ!」
緑谷の提案に、通形先輩が乗っかった。壊理ちゃんに身振り手振りで楽しいイベントであるとアピールしている。人形劇とかのほうが喜ぶのかな、この年頃って。
「わかった。校長には俺が掛け合っておく。通形、ナイトアイに壊理ちゃんの《予知》の内容を聞いておいてくれ」
「はい!」
そうか、すでにナイトアイが『壊理ちゃんが文化祭に参加する姿』を《予知》しているはずだ。さすがにフィルムの切れ目などとは言うまい。
「それじゃあ──! 壊理ちゃん! どうかな!」
「……私、考えてたの……。助けてくれたときの……助けてくれた人たちのこと……。ルミリオンさんたちのこと、もっと知りたいなって考えてたの」
たどたどしく話す壊理ちゃんに、母親が涙ぐんでしまっている。壊理ちゃんは、自分の考えすら要求はしなかったらしい。ただ大人しく、ただ静かに。【あのころのオレ】であるかのようだったと母親は電話で言っていた。
それが、いまはちゃんと話している。人の目を見て、自分の意見を話している。笑顔を見せる日も、そんなに遠くはなさそうだな。
母親が相澤先生に対して、「くれぐれもよろしくお伝えください」と営業スマイルを振りまいている。雄英高校スポンサー企業の奥様だ。まず問題はないだろう。
◇ ◇ ◇ ◇
『生徒の呼び出しをします。一年A組、策束業くん。一年A組、策束業くん。いますぐ職員室まで来てください。繰り返します──』
……は?
昼食も食べ終わり、体育館ガンマへと移動する寸前の放送だった。このクラスで放送に気づかない間抜けはいないので、その場にいる全員から視線を集めることになる。
「やっぱ問題児だよな策束って」
「ふざけんな」
瀬呂に吠えつつ職員室へと向かう。
ただでさえ昨日、壊理ちゃんの見舞いでヒーロー基礎学をさぼっているんだ。オレまで補講を受けさせられてしまう。
寝袋にくるまったまま椅子に座る相澤先生を見つけて声をかけようとしたが、オレを呼び出したのは別の人物だった。
「策束少年、こっちこっちー」
トゥルーフォームのオールマイトだった。身体に見合わぬぶかぶかのスーツは、何度見ても慣れないな。彼に促されるまま職員室を出て、べつの目的地に向かうらしい。
「いやー、巻きこんじゃってごめんねー」
「巻き込んだ? ヴィラン連合ですか?」
「そっちはグラントリノが対応していてね。私の用件はそうじゃない。というか、私の用件ですらないからね」
要領を得ないな。どういうことだ?
続きを促すも、オールマイトは答えてくれなかった。彼の機嫌が悪いわけでもなさそうなので、オレの胃痛にはならない用件であってくれ。
着いたのは応接室。壊理ちゃんのことで母親が顔でも出したのかと思ったが、扉の向こうにいた人物を見て納得してしまう。
そろそろだとは、思っていたが。
「失礼します。お久しぶりです、目良さん」
「これは、これは……。ちょっと見ない間になにがあったんですかあなたは」
手足が生えて縮んだだけです。
仮免試験で司会進行役を務めていた、ヒーロー公安委員会、目良善見。あとから調べたが、かなり地位の高い人物だった。公安委員会という秘匿性のある職種じゃなく一般的な会社であれば本部長クラスだ。
「根津校長、個人的な問題でお呼び立てして申し訳ありません」
丁寧に頭を下げるが、根津校長の反応は芳しくない。お怒りか? と思ったが、テーブルに置かれていた書類をオレの方へ向けられ、困ったように笑っている。
「残念ながら、キミの個人的な用件とはちょっと違ってしまうのさ」
オレが見ていいものか。目良と、彼の背後に立つボディーガードのような公安委員会の顔を覗き見てから、書類を手に取る。小論文の厚さのような書類の題名は──
『ヒーロー科生徒によるプロヒーロー不在地区での実務的ヒーロー活動推奨プロジェクト』
……あああああ。そうなるか……。
これは、たしかにオレが原因だ。
正確に述べるのであれば、オレが無個性として有用性を示すためにヒーロー公安委員会に提出した案は『過疎地でのヴィラン活性化予防および人員の育成』だ。
オレの案は、簡単に言えば「田舎にはヒーローすくないけどべつにヴィランに成りえる人がいないわけではないのだから、ヒーローは配置したいよね。でも稼げないんだから、無個性や活躍のすくないヒーローを育成・再育成のために訓練しながら配置したらいかが?」というものだった。ちなみに優しい言い方で「実験的な試みなので金は策束家が出す」とも書いておいた。
確実に通る案だったのだが、こう曲解されるのか……。
「ずいぶんと変化してしまったが、おそらくはキミのやりたいこともできるんじゃない?」
窓際に立つオールマイトにそうフォローされた。企画者の名前も知らんやつになっている。企画を奪われた? コイツは要注意だ。圧力は忘れずにかけておこう。
大人たちに時間をもらって読み込んでいくと、途中で目良に話しかけられた。おそらく後半には重要な情報はないのだろう。あるいは、オレが送ったものとほとんど変化がないか。
「すでにキミの案とは異なりますが、これはヒーロー公安委員会の公式なプロジェクトとなります」
「……続けてください」
冷たく言い放つ。
出資者は策束家だ。金は出せ、やり方に口は出すなでは、筋が通らない。
オレの変貌ぶりに驚いていた目良だったが、一つ咳払いを挟むと説明を続けてくれた。
「現在超人社会は混沌のただなかにあります。ナンバーワンヒーロー、平和の象徴と言われたあなたは事実上の引退。それに起因したヴィランたちの台頭……」
オールマイトは小さく俯いた。
「やつらに対抗するためにも、次世代のヒーロー育成が急務だと」
「ヒーローの上層部はそう考えているようです。まあご意見もあるとは思いますが、なにとぞよろしくお願いします」
「──まってください」
ああ、クソ、なんだこれは。
「まるで我々学生だけでヒーロー活動を行うように書かれていますが?」
「ええ、その通りです」
「林間合宿では、ヒーロー免許を持った六人が対応したんですよ。もし私たちだけでヴィラン連合に襲われたら、対処しきれない可能性は非常に高い。実際つい先日の死穢八斎會で、ヴィラン連合にヒーローはまたしても出し抜かれました。被害が我々ヒーロー科だけであるならばいいんですよ、覚悟をもって臨みます。しかし、住民はどうなりますか? 納得する言葉など思いつきません」
ほとんど一息に言い放ち、反応を見る。視線は逸らさずか、すくなくとも誠実な答えが返ってくることを望むが……。
「このプロジェクトですが、実はすでにヒーロー科をもつ主要な高校で受け入れられ、準備を進めております。策束くん、キミの功績と言っていいでしょう」
「……企画者はべつの人でしょう。策束家はこんなもんに金は出しません」
いかん、仮面が外れそうだ。
「雄英高校を最後にした理由は、それが取引になってしまうからです。他校とは意味合いが変わってくる」
「私の仮免試験の一環だと」
「まあ、そう取っていただけてかまいません」
ヴィラン連合に襲われて市民に死者が出たら、覚悟などなにも意味は成さない。しかもオレの仮免のため? ふざけるなよ。
「お断りします。オレの仮免取得にクラスメイトは巻き込めません」
「ですがプロジェクトは動き出しています。雄英高校だけ不参加でいいんですか?」
「爆豪は狙われました。また同じように襲われることは十分に考えられます」
「いえ、ヴィラン連合も状況が変わりました。黒霧の確保のことあり、優先度としては低くなっているでしょう」
「……黒霧、逮捕されたんですか?」
「失礼、伝えられていなかったんですね」
目良はすこしだけ驚いたようにオレを見ているが、一番驚いたのはオレだ。あんなワープ個性、誰がどうやって確保するんだよ、イレイザーヘッドか? 今日も授業をしていたが……。
おそらくメディアにも流通していない最新情報。オールマイトと根津校長を見ると、二人は知っていたようだ。責める気はない。こっちはただの学生だ。
しかし、一理ある。
オール・フォー・ワンに続き黒霧も欠けたのなら、ヴィラン連合の脅威度は大きく下がる。個性破壊弾を確保されているのは不安要素ではあるし、神野区で爆豪が移動してきた《泥》のことも気になる。
あの《泥》はオールマイトの話では、移動地点の制限と一方通行という制約があるとのことだが、個性主は不明。つまり、ヴィラン連合がいまだに利用できる可能性があるということだ。
「策束くん、この話にキミを通しているのは、キミが発案したものだからです。本来であれば、根津校長がキミをここに呼び出す理屈はない。なにが起こっても、責任は我々がとります。企画者がキミからすり替わっているのも、そのような理由です」
責任が遠ざかっていく。だが、発言権を残したのは彼らなりの優しさか。……計算高く秘密主義。おまけに、自分たちの行っていることが【正義】だとでも思っていそうだ。
彼らの口車に乗せられて良いものか……。いや、迷っている時点で、ここが会社ならオレは食われているのだ。
「この企画が通った段階で、キミの有用性は上層部に十分伝わったかと、思います。いますぐにでも仮免を発行しても良いのですが、来月まで待っていてください。そのうえでもう一度聞きます。このプロジェクト、参加してはいただけませんか?」
決定権を与えられたが、断っても断らなくても、すでにメリットはこちらにはない。仮免の引き換え? 冗談だろう、こんな駆け引きがなくとももらえたはずだのだ。
第一脳無はどうする。一方通行の《泥》のような移動個性で脳無が送られてきた場合、下手すれば全滅だってありえる。
脳無の生産は停止しているかもしれないが、在庫は残っているはずだ。いや、《複製》で製造工場が復元している可能性もあるんだ。
「教師を、あるいはプロヒーローをつけることは叶いませんか?」
「それでは意味がありません。ゆくゆくは経済科の生徒の育成にも役立つ非常に有用なプロジェクトと認識しています。大人を介在させず、生徒だけの空間で、失敗を学びながら行います。雄英高校だけ特別扱いはできません」
資料を頭からめくり直す。
目良の言う通り、生徒主体で大人の力を借りずに二週間の実務を行うと記載があった。比較的犯罪発生率の低い過疎地。
雄英高校、士傑高校、傑物学園、勇学園、聖愛学院。それ以外にもいくつかの有名校が挙げられていた。経営科を含む高校が多いはずだ。仮免取得の有無は記載がなかったので、ほかの高校も一年生すら実施する可能性がある。
不安はある。いや、強い。
「根津校長、職員会議でご決定を。私は……口を出しません」
「うん、ありがとう、策束くん」
ぽんぽんと太ももを叩かれ、慰められる。
このときの判断をオレは近い将来死ぬほど悔やむことになるのだが、それはまた別の話だ。具体的に言えばヒーロー公安委員会の無計画さに反吐を出したし、主導権を与えた己の不甲斐なさが言葉にならなくなる。そういう話だ。
◇ ◇ ◇ ◇
「インターン組は補習だよね」
「ああ!」
「ごめんね!」
放課後、切島と緑谷が昇降口でオレたちを見送った。麗日、梅雨ちゃん、常闇もいない。意外とインターンも効率が悪いよなぁ。
オレと心操は抜けたのは数日なのでとうに補講は終わっているが、これで三年になったら補習の量がすごいことになってそうだ……。
「ダンスの振り付けや衣装ー! いろいろ決めないとねー!」
「どういうのが喜ばれるんだろうか」
「やっぱ流行りのやつっしょ! なぁ耳郎!」
「んー……」
文化祭に燃えている組が楽しそうに話している。その後ろを爆豪とオレで横並びになっていたが、こいつもやる気はなさそうだ。
その爆豪が足を止め、眼光を鋭くした。物間でもいるのかと思いきや、普通科だ。向こうは足を停めず耳郎たちを睨みつけている。
はは、おまけに聞こえるように文句を言っているじゃないか。聞こえているのはオレと爆豪だけだったが。涙ぐましい努力だ、そうだな、そうでもしなけりゃ、【埋まらない】よな。
「──あたしたちのためって、なにそれ。自意識過剰なんじゃないの」
「ホントいい気なもんだよ。一回ヴィランに襲われてるのに、ノコノコ合宿なんか行ってまた襲われて、しかも怪我人まで出して。そのせいで俺らまで……。振り回している張本人なのによくもまぁ──」
自意識過剰の使い方間違えてますよー。普通科にとって勉強の遅れは致命的なので、早急に直したほうがいいと思うが、オレがこの場でそれを言ったらどうなるか。面白くはなるが、心操の立場は一層悪くなるな。
しかしまあ、彼らの気持ちはよくわかる……。
ほかの科のため? 上辺のスローガンだ。
「行こうぜ爆豪」
立ち止まってしまった彼に声だけかけておく。轟もそうだが、爆豪もずいぶんと変わったな。前学期までなら彼は周囲の意見などにいちいち耳をかさなかった。雑魚になに言われても、って感じだったが……。
いや、それよりも心操か。やはり普通科にとっても合宿の騒ぎは、ヒーロー科を見下す口実になっている。しかもその合宿には心操も参加していた。針の筵とは言わんが、彼のクラスメイトでも思うところはあるだろうな。
寮へ戻ると、今日もさっそく話し合いを始めるようだ。爆豪は、なんと参加している。え、なに雨? 晴れてるぅ。
「文化祭はちょうど一か月後! 時間もないし、今日いろいろ決めてしまいたい!」
飯田が音頭をとるようだ。委員長、副委員長、ともに頑張っている。
「まずは楽曲を決めないとね!」
「とにかくさ! おもてなしなんだからなるべくみんなが知ってる曲をやるべきじゃね? やっぱノれるやつっしょ!」
「踊れるやつー!」
やいのやいのと会議が躍るなか、壁際に立っていた耳郎が話し始めた。
「みんなの意見をある程度総合すると、楽曲は四つ打ち系だよね。ニューレイブ系のクラブロック。ダンスミュージックだと本当はEDMで回したほうがいいけど、みんなは楽器やる気なんだよね?」
……ダンスミュージックだけわかった。あとロック。クラブロックの定義はなんだ……?
周囲も唐突な呪文の羅列に、間抜けな表情で耳郎を見つめている。
「まず、バンドの腰ってドラムなんだけどさ、ウチ、ギターメインでドラムは正直まだ練習中なのね。初心者に教えながら、ウチも練習しなきゃだと、一か月じゃ正直キツイ」
ん、え、あ! これバンドの話か!
周囲も気を取り直したように、我に返っていく。
「あ! つーかお前むかし、音楽教室行かされてたって言ってたじゃん!」
上鳴が水を向けたさきにいたのは爆豪。普段そりが合わずに楽しく話すって間柄ではないが、上鳴とはそういう話もするんだな。
オレが内気なのか、上鳴が無遠慮なのかは難しい判断だ。
「爆豪! ちょっとドラム叩いてみろよ!」
「誰がやるかよ!」
「かなりムズイらしいぞー!?」
瀬呂の挑発にまんまとノってしまう爆豪。やはりちょろい。
バンドセットというわけではないが、耳郎の部屋から談話室へと、楽器を男たちが運び出す。
耳郎が設置しはじめ、ものの三分で準備が完了したようだ。
その談話室に、ドラムの綺麗な16ビートが鳴り響く。
「か……完璧!」
「すげぇ」
「才能マンキタコレ!」
「爆豪ドラム決定だな!」
耳郎を含め、この場にいる全員が感心していた。叩き方、力の入れ方も余裕で合格点をとれるだろう。本当に才能の塊だな彼は。ダンスをさせてもきっと芦戸と同格だと思う。
一転、皮肉屋は健在のようで、吐き捨てるよう文句を言いながら席を立った。
「そんなくだらねーことやんねーよ俺ァ」
「爆豪お願い! つーかあんたがやってくれたら良いものになる!」
「なるはずねーだろ!」
爆豪を引き留めようとした耳郎の説得を、大声で遮る。
「あれだろ? ほかの科のストレス発散みてーなお題目なんだろ? ストレスの原因がそんなもんやってっ、自己満以外のなんだってんだ……。ムカつくやつからそんなもん素直に受けとるはずねーだろうが!」
「ちょっと! そんな言い方──」
「そういうのがなれ合いだっつってんだよ!」
口の悪さとタイミングはさておいて、爆豪の言い分はわかる。見守っているオレたちのなかでも意見は分かれてしまうだろうな。決め直しも視野に入れるか?
「だが、たしかに、配慮が足りなかったか……?」
「話し合いに参加しねーであとからくさすなよ」
轟の詰問には答えず、爆豪はオレたちを見ながら言う。
「ムカつくだろ。俺たちだって好きでヴィランに転がされてるんじゃねぇ……。なんでこっちが顔色窺わなきゃならなんねぇ。テメーらゴキゲンとりのつもりなら辞めちまえ! 殴るんだよ!」
……ん?
「なれ合いじゃなく殴り合い! やるならガチで!」
爆豪の親指が、自身の喉元をなぞるように振りかざされた。
「雄英全員! 音で殺るぞォ!!」
い、言い方ー!
上鳴たちの心には響いたようで、爆豪に駆け寄って盛り上がっている。
ちらりと口田に見られて、思わず視線を外してしまった。こっちを見ないでください、彼なりの愛情表現なのでしょう……。
轟と飯田は唖然とした表情で、クラスメイトに囲まれている爆豪を見つめていた。
この二人も爆豪と率先して話すような人物じゃあないからな。蒙昧に彼の好戦的な性格だけで考えれば、ヴィランと対峙したことを誇りに思っていたとしても不思議ではない。
「爆豪くん自身さらわれて多大な負荷を負っているものな」
その通りだ。爆豪の性格の誤認だと教えてくれたのは、皮肉にもヴィラン連合だけどさ。
「理屈がすごいけどやってくれるんだね! やったね耳郎ちゃん!」
葉隠が抱き着くことで、爆豪の発言に呆然としていた耳郎が現実に戻ってきた。
はにかんで笑う彼女は決意を新たにうなずいた。
「ウチ、頑張るよ」
「私、幼少のころから教養の一環でピアノを嗜んでおりましたが、なにかお役に立ちますでしょうか?」
あ、てめ。
爆豪の発言に気を取られたすきに、八百万が耳郎に取り入っていた。
「わー! じゃあヤオモモはキーボードだー!」
「シンセはクラブミュージックに欠かせないポジなの! ヤオモモ助かるよ!」
「がんばりますわ!」
そばで一瞬喜んでいた芦戸は、なにか思い出したようにうなだれる。
「女子でガールズダンサーズやろうって思ってたのにー! でもカァイイからいいやー!」
情緒が忙しそうでなによりだ。彼女の明るい声に誘われて、周囲も盛り上がりを見せていく。
「ベースはウチやるから、あとはギターとヴォーカルだね!」
「ってことは、それ以外の人はダンス?」
「ふむ……ただ普通にそれだけで盛り上がれるか?」
「それはあのバカ騒ぎするやつ──」
「演出を加えなきゃー!」
「──それだ」
轟の意見を引き継いで、パソコンを操作した芦戸がクラブミュージックの動画を引っ張り出す。動画内にあるミラーボールやシャワークラッカーを指さしながら、盛り上がり方を楽しそうに話しはじめた。
「業者入れられるか? 結構手間そうだけど」
「あー! 策束はわかってないなー! あーわかってない!」
鼻で笑いながら両手をひらひらとさせる芦戸。
「たとえばたとえばー! 麗日が轟と切島を浮かしとくでしょー! でね! 轟の氷を切島がゴリゴリ削るの! んで! 青山がミラーボールになってるから、スターダストみたいに光がキラキラ舞い落ちるんだよー! ずばり! チーム『スノーマンズ』」
青山がミラーボールになっている……。
ま、まあ楽しそうでなにより。
すでに彼女の中では、演出が形になって脳内にあるようだ。しかも現実的な案。個性の使用さえ許可されれば問題ないだろう。
ミラーボールにされた青山の反応も良好で、周囲のメンバーも乗り気だ。
そこからさらに現実世界から飛び出したような演出案が飛び交うなか、補講組の緑谷たちも途中参戦。どうやら補講が終わったようだ。二週間近く、お疲れさまだな。
労おうとしたが、それよりさきに現状の決定事項を聞かれたので、芦戸や葉隠が楽しそうに演出案を羅列していく。
まあそれで伝わるはずもなく、八百万と飯田が一つ一つ話し始めた。
「なるほど。音楽はニューレイブ系のクラブロックに決まったのね」
梅雨ちゃんが音楽詳しいのは意外だ。なんだニューレイブって。なんでさっきの説明でその単語に行きつくの?
補講組は爆豪がドラムでライブに参加することに驚いていたが、それ以外はおおむね受け入れている。梅雨ちゃんは耳郎がベースを担当すると聞いて首を傾げて質問をした。
「それで、肝心のヴォーカルはだれが担当するの?」
「いや、まだ決まってなくて……」
耳郎の言葉に、クラス全員が驚いてしまった。
ベースがヴォーカル兼任なんてよく見る光景だと思っていた。まあ一か月の練習だから不安はあるだろうけど。
「歌は耳郎ちゃんじゃないの!?」
「えぇ!?」
「耳郎のカラオケ最高だったもんなー!」
「耳が幸せー!」
「ハスキーセクシーボイス!」
ガヤがさらに盛り上げる。実際、最高のものを提供したいのなら、耳郎はヴォーカル決定だ。あとひと月で彼女を超える人材は育てられない。
満場一致でヴォーカルは耳郎に決定。褒められて顔を赤らめる彼女にかかる負担が多くなっていくが、サポートはまかせてほしい。そういえば今日の夕食当番誰だっけ、オレが作るか。
「じゃあ、それはそれで……。で、あとギター! 二本ほしい!」
耳郎のピースサインに乗っかったのは、モテたいという欲望を全面に押し出した上鳴と峰田だった。しかし峰田は身長のせいで断念。ついで常闇が名乗りを上げた。常闇は経験者のようで、そのまま決定しそうだな。
結局すべてのクラスメイトに役職が割り振られたのは、夕食と風呂とオーディションを含めて深夜一時。
それ以外にも今後急なインターンで抜けないとも限らないので、楽曲やら演出家もいま決めてしまった。といっても楽曲はシンプルなインストだけ。歌詞はそのメロディーに歌付けする形をとった。さすがに作詞作曲をしてから練習では、ダンスチームが間に合わないという判断である。
作曲はバンド隊である耳郎、上鳴、常闇、八百万、爆豪が練習しながら仕上げていくらしい。
既存曲で行うことも提案されたが、爆豪いわく「素人がいるなら小技は弾いて主音だけでいいだろ、あとは俺と耳女とデカ女でなんとかしてやる」らしい。ちょっとなに言ってるかわからない。
ちなみにオレはダンス隊になった。
急いで役割分担を決めたは良いが、翌日は授業ありの平日。
朝のホームルームの時間は、相澤先生くらい目元に力のない生徒が続出していた。
授業とヒーロー基礎学を終わらせ、ほとんどが自主練することなく寮へ戻ってきた。
まずは引っ越しの時間。オレのリビングルームの家具が押しのけられ、ドラムセットが鎮座する。防音加工されている部屋だ。夜遅くまで音を出せるのは良いことだろうが、オレのプライベート空間はなくなったな……。
地下室ではトレーニングルームの器具が端へ寄せられ、ダンス隊が練習を始めている。
だが、キレはない。ヒーロー基礎学は現状必殺技の開発・強化に分けられていて、個性を限界まで使用していることが多い。
文化祭が近いからといって本分から力を抜くメンバーは誰一人としていなかった。モテたいと血涙を流す峰田ですら、訓練のあとは頭に巻いた包帯から血を滲ませているくらいだからな。
元気があり余っているのがオレというのは、皮肉だよな。
夕食にありつく時間では、すでに林間合宿の個性強化訓練後ほどに疲れているようだ。何人かすでに限界を迎えていて、箸を握りながら意識を手放しかけている。
飯が終わると、芦戸主体で全体ミーティングを挟むことになった。彼女が気にしているのは明日の週末の過ごし方だ。
実家へ帰宅するメンバーはそもそもいないが、急にインターンの予定が入る可能性はゼロではない。
加えて全体練習ができるレベルではないということで、明日の午前中に芦戸がダンス隊メンバーのレベルチェックをするそうだ。
妥協はしたくないという芦戸と、統一感を重視する演出隊で若干のいざこざがあり、それに爆豪が「死ぬ気でやりゃあ問題ねぇだろ!」などと茶々をいれていた。
「策束、なんか意見ねーのか」
演出隊の轟から声をかけられる。
意見もなにも、ダンス隊にも演出隊にも、オリジナル楽曲の【骨格】しか渡されていない。テンポはわかるが、どのような演出が挟まるか、どのような歌詞になるかも不明のままだ。
「まず芦戸も言っているけど、ダンス未経験者が半分。オレもそうだけど、ステップだけで手一杯。Aバンドのほうも上鳴と常闇が足引っ張ってるだろ? 誰がどこまで仕上がるかわかんないんだ。妥協も統一感も、あとからでいいだろ」
「それが妥協なんだってば! わかってないなー!」
普段は他人を尊重し、厳しい目を向けることがない芦戸に噛みつかれる。ダンスには真剣なのか? いや、べつにヒーロー訓練が不真面目なんてことはないから、単純にダンスは厳しく教えられてきたのだろうな。
「あとは歌だな。急かすわけじゃあないけど、曲のアウトロ……って言うんだっけ? それの入り方で演出は変わるだろ。振り付けもだいぶ変わるよな?」
「十分急かしてるってそれー……」
耳郎に力のない三白眼を向けられ、手を合わせて謝っておく。いま問題なのは芦戸のやる気だ、八百万のように空回りしている。ひと月後まで熱量が続けば問題ないんだけど。
なにより楽しくできる空間が一番だ。
オールマイトを見ろ、他人を笑顔にできるのは、自分自身も笑顔でなければな。
「うーん。じゃあ、どうするの?」
「耳郎が歌入り完成させるまでは基本の動きかな? クラブミュージックのダンスなんてオレらには動きも想像できないんだ、良し悪しもわからない。非効率だけど、使わないと思ってもある程度教えてくれると嬉しいな」
「使わなくても?」
「そ。テクニカルなダンスするなら、芦戸をセンターにおいてそれ以外はバックダンサーでいいじゃん? でもやることは全体ダンスなんだから、基本のステップでも十人くらい揃っていればカッコいいじゃん」
「いっぱい頑張ってもらうからねー! みんなあたしについてこーい!」
芦戸の張り切りに、ダンス隊が声援を投げる。よしよし。
「揃ってればカッコイイ……」
瀬呂がつぶやきながらノートにメモ書きをしている。演出でも思いついたかな? こちらもよしよし。
「ヤオモモって歌詞書いたことあるー?」
「いえ、歌詞付きの曲には教養が深くありませんの……」
「そっかー。作詞……んー」
「業さんなら、むかし曲をプレゼントしてくださったことがありますが」
良くない、全然良くない。
なにそのエピソード! それオレ!? 覚えてないこと持ち出すのやめてくれない!? むかしのオレがヤオモモ好きすぎてつらい。
クラスメイトの視線が集まったことで、降参とばかりに諸手を上げる。
「それ、いくつのときですか?」
「ええと、四歳?」
「四歳児程度の実力で良ければ、ええ、オレが歌詞を書きましょう」
解散とばかりに興味を失ったクラスメイト。大丈夫、オレもすでに忘れた。
すまんな耳郎、役に立てなくて悪かったな。
「なんかあれだねぇ! 幼馴染っていいねぇ!」
麗日が楽しそうに芦戸を見た。不思議とこういった類の話に興味が強いはずの芦戸の目は、演出隊へ向けられている。轟に? カッコイイよなー。身長が削れたことで、男子一人ひとりがたくましく見えるんだ。
「じゃあ振り付け決めようぜ兄貴」
「誰が兄貴だ」
障子の複製腕が甲高く鳴いた。
劇場版第二弾および「僕のヴィランアカデミア」に関してですが、この作品に限り時系列を変更します。以下長々と補足説明をします。二次創作される方はご留意ください。
※未視聴の方ネタバレします。
映画の最後、ナインと死柄木が邂逅しますが、そのときの服装が設定資料によると「リ・デストロが何でも買って用意してくれるんだ!」と堀越先生の補足説明があります。
つまり本来の「ライジング」は12月11日に行われた「敵連合VS異能解放軍」以降の時系列になるはずです。
「ライジング」が何週間の出来事か言及されてはいませんが、2週間だと想定すると1月3日から開始したとして1月17日。寒すぎるというのも一つありますが、それ以上にこのままでは劇場版が二つ続いてしまうことが美しくないため、
10月「文化祭編スタート」
11月頭「文化祭本番」
11月上旬「ライジング」
11月下旬「B組対抗戦」
12月上旬「VS異能解放軍」
12月下旬「インターン再開」
にしたいと思っています。
1月中旬~3月下旬までは各作者の自由な時間になるかと思います。
あなたの作品を楽しみに生きております。