【完結】無個性ヒーロー   作:南畑うり

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文化祭準備・後編

 

翌日、土曜日。

この日はちょっとした事件が起こったのだが、それを一言では──説明しきれないな。

 

 

朝は母親の電話に起こされたが、この時点で大変な厄介事の匂いを感じ取った。

実家への呼び出しかとも思って話を聞くと、どうやら雄英高校を壊理ちゃんに案内したいという申し出だった。とくに問題はなく、緑谷もクラスメイトも受け入れるだろうと了承。相澤先生も「問題ないんじゃねーか」と事務に連絡をしてくれた。

 

次に朝食。土日休日は役割分担を決めていないのでなにか作っといてやるか、とキッチンへ向かうと、すでに準備が始められていた。

 

「緑谷、早起きなー」

「うん、自主練。この前も放課後自主練させてもらってたし。あんまり、役に立ってないからさ」

 

すげぇ、自主練して責任感じることあるんだ……。

 

雄英高校は郊外にあるわけではないが、山の上だ。『雄英正門前』と名付けられたバス停は観光地でもあるが、そこから十分ほど山を登って正門があると聞かされれば、誰もが二の足を踏む。

 

バスの時間なども計算しながら自主練習を行う生徒たちもいるにはいたが、寮ができるまではすくなかったと記憶している。ヒーロー目指しているほかの科や、二年、三年は知らないがな。

それでも、寮ができてからは違う。

料理当番ではない生徒が、日が暮れてから泥だらけで帰ってくることもあるし、珍しいことではあるが、ほかの科がヒーロー基礎学の内容を教えてほしいと聞きに来たこともある。

 

後期始業式からひと月ほどはそのサイクルになっており、その自主練参加者には緑谷の姿もあった。

彼は、それを続けているにすぎないのだが……。

 

「ごはんはそろそろ炊けるから」

「うん!」

「あ、りんごってあったっけ?」

 

この前当番の誰かが箱買いしてきてくれていたが。

オレの質問に緑谷が首を傾け、今日壊理ちゃんが見学に来ることを告げると、彼は喜んでくれた。通形先輩にも食事が終わったら電話するそうだ。

 

「策束壊理ちゃん、だよね」

「書類も受理されたっていうし、来週中には正式にそうなるかもな」

 

緑谷がはにかむように笑っていた。

 

「良かった──」

「おう」

「また遊び行ってもいい?」

「今日壊理ちゃんと会ったら約束しときな。こっちはいつでもいいからさ。外食行くときタイは忘れないでくれよ。あと清潔感。母さんが良い顔しなくてさ」

「う……。気を付けます」

 

泥だらけで壊理ちゃんを抱きしめたら発狂しかねない溺愛ぶりらしい。息子二人は愛想尽かされたかもしれんな。

 

朝食ができあがったところで、全員を起こしてまわる。素直に起きてきたメンバーは朝食を作っていたことをだいぶ恐縮して緑谷に感謝していた。

 

もっとも──。

 

「緑谷ちがーう! もっとこうムキっと! ロックダンスのロックはL・O・C・Kのロックだよー! 鍵を掛けるように……ビシッと止まる!」

 

寮の玄関前で始まった屋外練習には一切の忖度がなく、緑谷もオレもしごかれている。

 

早朝から昼近く、身体を動かし続けて、なんども休憩をはさんではいるが疲労がすぐに襲ってきた。ダンスってこんなに疲れるのかよ……。たぶん普段使っていない筋肉も使っているのだろうと予想する。

みんなそんなものだろう。動きを合わせるどころか、息すら合わない状態だ。

 

「──あ! 通形せんぱーい!」

 

緑谷が茂みに向けて手を振っている。一度練習を中断してみんながそちらを確認すると、茂みを突き破るようにジーンズの尻が突き出てきた。その茂みの後ろからは壊理ちゃんが緑谷を見上げながら前へと出てくる。

お、相澤先生もいたのか。よく通形先輩の愚行を許したな……。

 

それらに気づいた梅雨ちゃんと麗日も嬉しそうに茂みのほうへ寄っていった。

 

「素敵なおべべね」

「か、か、かわいいー!」

「先輩の子どもかと思った……」

「策束の手足を治したっていう! あたしは三奈!」

「壊理ちゃん。そうかキミが! 俺は飯田、よろしく!」

「オイラ峰田! 十年後が楽しみだ」

 

ダンス隊が顔の汗をぬぐいながら壊理ちゃんへと近づく。「桃が生ってるよ!」という通形先輩の一発ギャグは全員から無視される結果になった。

 

さて、囲まれた壊理ちゃんだが、数歩引いて通形先輩の背後に隠れてしまった。先輩は壊理ちゃんの人見知りに照れ屋というフォローを入れながら、緑谷にこれから雄英内を見て回ろうと提案してきた。

 

相澤先生が、根津校長が文化祭前に一度、学校全体を見学させたほうがいいのでは、という配慮をしてくれたらしい。母さんがいないところを見ると、今日は通形先輩と緑谷に壊理ちゃんを任せるようだ。

 

「ということで、これから壊理ちゃんと雄英内を周ろうと思ってるんだけど、緑谷くんもどうだい?」

「──はい!」

 

通形先輩の提案と同時に寮の扉が開き、切島がダンス隊に声をかけてきた。そして彼も壊理ちゃんの姿を見つけて駆け寄ってくる。

 

「じゃーちょっと休憩にしますかー! ティーターイム!」

「ちょっとどころか、いったん飯食わせてくれ……もう動けない……」

「わぁ成長期策束の泣き言ー! えへへへ、いいねぇなんか」

 

こっちは身体仕上がっているやつらについてくだけで限界だっつーの……。

まあそれも泣き言だ。笑われるのは避けておこう。

 

昼食という言葉を聞き、切島がカレーを用意したと教えてくれた。演出隊に感謝だな。

自室のAバンドメンバーにも昼食休憩をとってもらい、通形先輩や相澤先生、壊理ちゃんを含めて珍しい昼食と相成った。

 

 

──事件が起こったのは、このときだ。

 

 

カレーを配膳してもらい、シナモンパウダーを手に取った。

む、フタが緩んでいる。さすがに漫画かアニメのようにフタが取れて中身がーなんてミスはしない。オレはできる男だ。

小刻みにシナモンの瓶を揺らし、スプーンへシナモンを溜めていく。甘い香りとカレーのスパイスの良い香り。

 

「カルマ」

「んー?」

 

耳郎か、ちょっと待っていま集中してるから。

 

「付き合ってほしいんだけど」

 

オレはスプーンを床に落としてシナモンの中身をフタと一緒にカレーへぶちまけた。

 

「ちょ、なにやってんのあんた!」

 

耳郎が笑いを抑えるように口元を抑え、膝をついてスプーンを拾い上げた。

身長はいまやほとんど変わらず。彼女がしゃがんたことで、まるで前のような身長差だ。

 

「──はい」

 

咄嗟に、答えてしまっていた。声は、裏返っていたりしなかっただろうか。顔に熱がたまっていく感覚がわかる。きっと、真っ赤だ。

耳郎がオレの答えを聞いて、はにかむように笑った。

 

「ありがと。じゃあご飯済んだら──」

 

周囲から歓声が沸き上がる。あまりの音量に耳郎が肩を震わせてスプーンごとイヤホンジャックを両手で握りしめた。

 

「え!? なになに!? どうしたのみんな!」

「おめでとう! 二人ってお似合いだよね!」

 

通形先輩に声をかけられた。恥ずかしくなってお礼も言えずにぶつぶつとつぶやいてしまったような気がする。

 

「響香ー! えー! なんで言ってくれなかったのー!?」

「はぁ!? なにが?」

「こんな大胆なことして! 隠しても意味ないでしょー! んー! いつからなんだいー!」

「ねぇ、なんなのよ!」

 

芦戸と葉隠で耳郎を取り押さえるようにしがみついていたが、周囲が彼女の反応に首を傾げ始めた。

 

……いや、オレもなんというか、え、もしかしてなんか違う? とか思っているけど。

でも、うんって言っちゃったし、べつにいいじゃん! 一週間くらい! お試しで! 付き合ったらいいじゃん!

 

「耳郎。策束に、いったいどんな用件だったんだ?」

 

障子が席を立ち、視線を集めながら耳郎へ近づく。すでに歓声は収まっていた。

静かになったクラスメイトを不審な目線で探っていた耳郎は、障子の質問にゆっくりと答える。

 

「えっと、午後の練習、時間もらったから、歌詞の……手伝いを……ちょっと……付き合って……ほしいって──」

 

話しながら、彼女の顔がみるみるうちに赤く染まっていく。いまやイヤホンジャックの先端まで赤くなりそうだ。

 

「逃げたぞー!! 追えー!!」

 

突如耳郎は走り出した。階段を上っていったことから自室へ逃げたと予想をつける。

追わないであげてください!

 

オレも真っ赤な顔を抑えながら、顔を下げた。

いやだって! 向こうは言い間違えだけどこっちなんて勘違いOK野郎ですよ!? はいって言っちゃったよ!!

 

いやそうだよなぁ! 言うわけねぇよなぁ! 恥ずかしがり屋の耳郎が、こんな大勢の前で、飯前に! 告白とかさぁ!!

 

 

非常に厄介な出来事を無視し昼食の時間もすぎると、緑谷と通形先輩は、壊理ちゃんを連れ添って校内見学となる。

ほかの科も学園祭に向けて準備中なので日常生活の光景とはことなるが、祭りのまえの浮ついた空気感は嫌いじゃあない。

 

そちらは置いといて、さすがにネタがネタなのでからかい禁止令を出してから耳郎の携帯端末に『歌詞考えに外行こう』と入れておく。オレはすでにジャージから私服へと着替えていた。

 

「デートみたいって言ったら怒るー?」

「耳郎がな」

「あはははー」

 

さっそく芦戸と葉隠がからかってくるし、峰田はギリギリと歯ぎしりしながらオレを睨みつけている。あーもー耳郎が怒っても本当に知らないからな。

 

「でも意外やねー。策束くんって……」

「ん?」

 

麗日が発言を不自然に中断させる。なんだよ、なにが意外だ。

 

「えっと、硬派な、イメージが」

「……本当は?」

「あは、あは、あはははは」

 

麗日が逃げた。追いかけたかったが、エレベーターが降りてくるのが見えて、動きが止まってしまう。

戻ってきた耳郎は私服だった。背中にはリュックサック。恥ずかしそうにイヤホンジャックを弄っている。

 

「さっきは……本当にごめん」

「いいよいいよ」

 

言いながら周囲の学友たちを目で牽制。

 

「歌詞だろ、手伝うからさ」

「うん、えっと、出かけるんだよね?」

「あー……空気を換えたくて」

「本当……ごめん……」

 

耳郎の歯ぎしりが聞こえるようだ。

まあまだ昼の一時にもなっていない。歌詞を考えるのにどのくらい時間使うかわからないが、日が沈む前には帰ってこられるだろう。

 

「業さん、耳郎さん、えっと、お気をつけて」

「ええ。駅前とかでいい?」

「オッケー……。ごめんねヤオモモ、歌詞決まったらがつがつ練習しようね!」

 

八百万に見送られ、寮をあとにする。

 

「んで? どうしてオレ? 幼稚園レベル提供することになるよ?」

「あ、それなんだけどさ、小中学生レベルでいいかなって」

「……はあ?」

「受験勉強じゃあるまいし、英語の歌詞にするなら、難しく考える必要ないかなーって」

「で、オレ?」

「いや、カルマ誘ったのは、べつの理由でさ……んー……なんて説明したらいいか。あ、全然変な意味じゃないから!」

 

さようですか……。

寮から正門までたどり着いたが、マスコミの数はすくない。多少カメラを向けられたが、最近は寮のおかげで慣れてきた。

 

「あ、帰りなんか買っていく?」

「土日分も考えると足りないかもな。切島に連絡してみるわ。……あー、もしもし切島? 駅前行くんだけどなんか買って帰る? 夜食とか」

 

平日は基本夜中まで練習が行われるし、ダンス隊は予想以上に体力を使う。とても一日三食では足りなかった。

 

「最近本当によく食うよねカルマ。太るよ?」

 

電話を切ると、口の端を上げた耳郎に茶化された。

オレも同じように言い返してやろう。

 

「学食制覇した耳郎に言われたくないんだけど」

 

二の腕にイヤホンジャックの連打を受けながらバス停までたどり着いたが、彼女は歩き続けている。

オレがバス停を指さすと、あごでついてくるように示された。どうやら駅まで歩くらしい。

 

「質問、いまからいっぱいするけどさ、答えたくなかったらいいから」

「なるほど……」

 

それが、オレに声をかけた理由か。大丈夫、さきほど以上に答えにくいことはないだろうから。

 

「カルマってさ、なんでヒーロー目指したの?」

「あー……まー……」

「え!? さっそく!?」

「いや、待って。なんかオレの返答が歌詞にめちゃくちゃ影響与える気がして」

「あはは、まあそうだね!」

 

それに、答えにくいってのも、実はある。

 

「オレさ、むかし誘拐されて」

「……──え!? ごめん!!」

「あー、いや、べつにもう隠してはないんだけどさ」

 

【──じゃあ、八百万に恨み言の一つでも言えばいいのに。】

 

「で、ヒーローに助けられたとき、言ってくれたんだよ」

 

 

『もう大丈夫、僕がいる──』

 

 

「安心感っていうかさ、本当に、もう大丈夫なんだって思ってスゲェ泣いちゃってさ。しかもどこのヒーローかもわからないんだよ。名前も言わなかったし。スゲェかっけー! って憧れちまった」

「へぇー」

 

まあ実際、本当にそのような人がいたのかすら、いまとなってはわからない。ヒーローは【仕事】を終えたあとは役所・役場に申請が必要になる。その後に報酬の支払いがある。

策束家が調べた限りにはなるが、オレを助けたヒーローの痕跡が無いのだ。

オレが生み出した妄想とも言われたが、じゃあオレを助けたのはだれか、という疑問が発生する。

結局オールマイト級に親切なヒーローとして扱われているが、どうなんだろうな。

 

「怪我とかした?」

「まあ、多少は」

 

ヴィラン側は一応全員逮捕ということになっているが、死人も出た。……まあ、これ以上は話さなくていいだろう。

耳郎からは負った怪我についての言及があったが、そちらはのらりくらりと質問から逃れる。知ってもいい気分にはならんだろうそんなもん。

 

「耳郎は? ヒーローを目指したきっかけ」

「あー、ウチはそんなたいしたことなくてさ」

 

──まただ。

 

「人のために身体張ってるヒーローがカッコよかったんだよねー……」

「なんだ、十分カッコイイ理由じゃん」

「そうかなー?」

「麗日は金のためって公言してるからな」

「曲解すんな! 麗日は立派なヒーローだよ」

「おう」

 

不思議と、いまは耳郎と同じ表情をしていると思った。

二人とも真正面しか見ていないのに、自分のことより友人の話はなぜか誇らしいからだ。

 

「カルマさ、記念受験って言ってたじゃん」

「ああ、うん」

 

耳郎と会ったのは去年の二月、三百倍と言われている受験の最中だった。不思議なものだ。オレがこんなところにいて、その倍率を潜り抜けてきた同級生たちとヒーローを目指している。

 

「落ちてたら、さ……。諦めてたの?」

「まあ、ね」

 

耳郎からの返答はない。もっと質問の答えを聞きたいということかな。あるいは、一番気になっていたところなのかもしれない

 

「無個性ってさ、なんだと思う?」

「え? 個性がないってことでしょ?」

「それが、一般的だよな」

 

あるべきものが無い。いまどき有個性なんて言わないさ。腕と一緒だ。無いことは驚かれるのに、有っても褒められたりはしないだろう。

 

「オレは、ヒーローに成れないって教わった」

「……ああ、そういうことか」

「そういうこと」

 

隣を歩く彼女は、鼻を鳴らしてそっぽを向いたようだ。横を見れば、耳郎の後頭部があった。どうやらお気に召さなかったらしい。

 

「子どものころからさ、習い事やら結構あってさ。そこの先生方がさ、無個性ってわかるたび驚くわけ。んで言われるわけ。『無理しないでね』って」

 

まあ、いまも言われるが。

無理せず、個性も使わず、だれかが救えるのか? そんなに世界は甘くないとオレはずっと教えられてきていた。

 

「だから【期待に応えてきた】。『ボクは無個性だからみんな守って、いじめないで、がんばるから』って、そういう策束業くん──ウケるわ」

 

いかん、言葉尻が汚い。

耳郎に聞かせる声のトーンじゃあなかったよな、落ち着け……。

 

「だから一回だけ、オレはオレに期待した」

 

個性が無くても成りたい自分に成りたかった。成れると、信じていた。

だけどこの学校で学べば学ぶほど、どんどんと遠ざかっている。神野区のことだって、オレが発端だった。オレの発言が、オレの個性が、何百人も殺したんだ。

それはきっと、これからずうっと口に出してはいけないことだが、忘れてもいけないことだ。

 

「オレは耳郎に感謝してもしきれない。オレは、耳郎に救われた」

 

つらいことも、苦しいこともたくさんあった。泣き言ほざく状況ですらない。

それでも、彼女に出会ったことだけは、オレのたしかな救いだった。

 

「耳郎は、オレのヒーローになった」

 

結局、ずっと前に言われた彼女の言葉が、告白だったのか、そのままの意味だったのか、彼女に心惹かれているオレにはもう判断がつかない。

いざ、この言葉を彼女に告げたら、それはもう告白でしかないのだけれど。いや、ほら、さっき告白されたし。その答えとしてはなんかもう文学的には「月は綺麗」ですねくらい素敵な翻訳なのではないでしょうか!!

 

「──だったら」

 

耳郎の絞り出すようなか細い声。

 

「だったら、なんで神野区に行ったのさ」

「……はぁ?」

 

見当違いの会話へ流れてしまい思わず声が抜けた。え、だって、いまオレ告白みたいな──。

 

「本当なら!」

 

目元を真っ赤にして耳郎がオレを睨みつけている。

 

「本当なら、ウチの個性で索敵できるはずだった! そのくらいの近さにヴィランがいたはずなの! 葉隠逃がせば、もっと早く情報流せたかもしれない! わかるでしょあんたなら!」

 

自身の唇に人差し指を当て、耳郎を落ち着かせる。一般には公表できない内容だ。つらさも後悔も十分に伝わってくるが、駅に続く歩道で声高らかに話すことはできない。

 

近くの公園まで手を引いた。親子連れがいたのでここを選んだ。真面目な彼女なら、多少人目があれば大声も出さないだろうという打算がある。

ベンチに腰かけて話をすることにした。

 

「耳郎の言いたいことはわかるけど、ヴィランの個性の広がりは早かった。プロヒーローが六人もいて、だれが二人責められるかよ。全体責任だし、B組は苦しむだけだ」

 

マスタードという少年ヴィランの個性で、林間合宿は先手を打たれた。《泥》の個性でも回収されなかったということは、あきらかに範囲攻撃特化の使い捨て係。ヴィラン連合は周到に計画を立てていた。味方を騙すほどに。

 

「それにオレがオレのせいって言ったのは、その前の段階で。死柄木を挑発したからって話で──」

「違くて!……違うんだよ……。ごめん、困らせてるよね」

 

人目があるぶん、デメリットもある。人は本音をだれにでも話すわけじゃあないからな。いまも彼女は言いたいことを押しとどめてしまった。

 

「そんなこと思ってないって。仮免前から、耳郎の様子がおかしかったのは、知ってたけど……」

 

知っていたが、ひと月もの間放置してしまっていた。言い訳はいくらでもできるが、彼女の【傷】は重傷だ。おそらくは爆豪の誘拐よりもオレの手足が影響しているということ、彼女の視線で十分に伝わってくる。

壊理ちゃんには本当に感謝だな。

義肢のままなら耳郎とこのような話はできなかったと思う。ほかのクラスメイトたちも幾分かは救われただろう。

 

「ウチだって、ヒーローに成りたかったんだ。でもフタ開けてみれば、ヴィランに寝かされて、爆豪とラグドールが誘拐……。二人が帰ってきたのに、あんたは、また傷ついて」

「うん」

「カッコイイと思ってた。人のために傷つくことが」

 

耳郎が、頬を伝う涙を拭う。

 

「でも全然、違う。こんなに苦しいなんて思わなかった」

「オールマイトなら、そんなこと思わせないんだけどな」

「それ、本気?」

 

地面を睨みつけ、鼻水をすする彼女が可愛いと思ってしまった。

思わず、彼女の頭をなでていた。耳郎のまつ毛に水滴がついているのを見つけ、口角が上がった。

 

「笑うなっ」

「ごめん。あ、でもオレだって耳郎に文句あるんだぜ?」

「なによ。ごはんの味付けなら聞かないから」

 

強く鼻をすすって、空気の入れ替えをした耳郎に「そんなんじゃあないよ」と声をかけてベンチを離れる。座ったままの彼女に、お説教のように上から物を言うことにした。

 

「ヒーロー活動に根差した趣味とかさ、比べないでほしいな」

「だってさ、尾白は格闘技でしょ? カルマは料理。ヤオモモなんて──」

「オレのは趣味じゃない。小難しい言い方すると、生きる術なんだよ」

 

笑えて、いただろうか。

あんまり真剣になるような声色になっていないと良いが……。

 

「両親からすれば……この世界からすればさ……。個性がないってのはハンディキャップだったんだよ。まあ、あはは、手足がないよりはマシだったかもな」

「カルマの自虐、毎回笑えないって……」

 

耳郎が舌を目いっぱい出して遠い目をする。

 

「尾白猿夫は尾も白い? 本当センスなさすぎて」

「……ツキアッテクダサーイ」

「本ッ当笑えないからそれ! もう!」

 

怒りながら立ち上がり、歩き出す耳郎。

からかいすぎたかと思ったが、彼女の足取りは軽いものだった。

 

「あんたの話聞きたかったのに、ウチの話ばっかりで、ごめんね」

「本当はもっと聞きたかったくらいさ」

「またの機会に。曲作らないと!」

 

踏み込んだ話は、結局その後はしなかった。駅まで、たわいもないのんびりとした会話。

たまにからかって、笑って、怒るふりして。なんというか、こういうのでいいんだよと、思っていた。耳郎も思っていてくれたのなら嬉しいのだが、どうだろうな。

 

耳郎の目的地はカフェレストラン。テーブル席に案内されたが、通りに面したガラス前のカウンター席を彼女は希望した。横並びで席へ着いて店内を見渡すが、落ち着いた雰囲気が良いな。メニューも豊富、うん、気に入った。

 

「こんな場所あったんだ」

「うん、前見つけて」

「なんだっけ、放課後マック行きたきゃほかの高校行けって」

「あー! 相澤先生! まあ実際ウチらは放課後行けないよねぇ」

 

午後の授業開始から十七時までぶっ通しのヒーロー基礎学。教師によって授業内容は変わるので、一貫性もパターンも身体に合わせることはできない。あー、本当いまの体力でついていけるのかなー……。

 

メニュー表を開く彼女の視線から、すこし遅めのランチをとると予想。そういえばカレー食べてなかったもんな耳郎は。

 

「食べれば良かったのに、切島たちのカレー。美味しかったよ」

「食べれるわけないじゃんあんなんで!」

 

歯をむき出しに吠えられる。

彼女が選んだのは片手で食べられるサンドイッチ。紅茶はオレと彼女で二つ分。

本当にデートをしているかのようだ。えへへ。

 

「……なに笑ってんの」

 

タイミングが悪い。ものすごく耳郎に睨まれてしまった。

そんな耳郎はリュックからノートを取り出して、すらすらと記入していく。のぞかせてもらったが、単語の羅列だな。作詞のしかたなど知らないオレにとっては初めてのものだ。

 

「見すぎ。恥ずかしいって」

 

ノートを使って顔を隠してしまう耳郎。

その後は頭を抱えたり辞書を取り出したり机に突っ伏してみたりと、耳郎の様々な一面を見せられる。

 

そのうちに行き詰ったのか、ペン先をノートに何度も押し付けながらそれ以外の動きがなくなっていく。

ノートではなく彼女の顔を覗き見たが、眉を吊り上げて皺を寄せていた。なにか声をかけるべきかなどと悩んでいると、耳郎が追加の質問をしてきた。

ペンがノートの上を転がっていく。

 

「ねぇー、カルマはさー。ヒーローになったらなにがしたい?」

「またずいぶんと、間抜けな質問だな」

「なんで? まさか無個性だからとか言わないよね」

「あはは、まあそういう面もあるけどさ」

 

彼女が落としたペンを拾い上げ、ノートに羅列されている短文から『Hero too』に丸をつけた。

 

「ヒーローは職業だ。成るものだ。市民がしてほしいのは仕事だよ。医者に将来の夢を聞いたって、病気は治らないだろ」

「なにそのストイックな考え。ウチは夢を届けたいの!」

「なんだ。あるじゃん伝えたいこと」

 

もっとも、歌詞のなんたるかがわからないので、【伝えたいこと】を書けば良いのかという判断すら、首を傾げるばかりだが。ん、ぬるい紅茶は匂いも飛んでしまっている。

 

「もしオレの考え方に夢がないって思ってるなら、もっと踏み込んでみてくれよ」

「なに?」

「自分の仕事で人になにをもたらせるか。そういう意味じゃあ──」

 

「「音楽もヒーローも同じ──」」

 

ん? 先読みされた。歌詞の足しになればと思っていたが、彼女はノートではなくオレを見ている。心なしか、耳郎の瞳がキラキラ輝いている。

 

「えっと、どうした?」

「ちょっと、感動した……」

「え!? え、えへへ」

「前にも言われたことあって」

 

はあ……。オレの言葉なんて……。

ぬるい紅茶を飲み干した。なんというか、今日のオレは全部外している気がする。神野区のことを話せたのは良かったけどさ、良いこと言うじゃん前に言った人。

 

「なんか、わかった気がする。歌いたいこと」

 

書き連ねた単語と短文のノートに視線を落とし、しばらくするといくつかに丸をつけ、線でつなげ始めた。

こうやって作詞が成されているのか。見ていて非常に面白い、集中力の塊だな。追加のオーダーを頼んだにも係わらず反応はない。

ノートの上でつながっていく文を脳内で並べていくと、やはり中学生レベルではあるが意味を持ち始めた。このまま見ていたいところだが、耳郎の席から一つ空けて座り直すことにする。

 

どんな曲になるのだろうかと思いを馳せながら、熱い紅茶の匂いを楽しんだ。

 

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