【完結】無個性ヒーロー   作:南畑うり

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文化祭本番・前編

 

耳郎の音楽活動も区切りがついたのか、夕方前には寮へと帰宅した。両手に荷物を抱えるときは、身長がでかいほうが良かったなと思ってしまうのは、贅沢なんだろうな。

 

夕飯後は耳郎と二人で曲作りとなった。

まずは耳郎がギターを一曲分弾いて、それを一つの音源としてパソコンへと取り込む。ベース、ドラムも同様に。ドラムは単調な8ビートだが、こちらは爆豪の練習次第。これで八百万のキーボードと合わせれば十分だろう。歌はすこし練習してからと言われれば是非もない。

ともあれ歌無しの骨格のようなコードから、メロディーが付いたのは大きな進歩だ。歌を入れれば演出隊、ダンス隊もイメージがしやすくなるだろう。

 

ギター、ベース、ドラムを重ね合わせると、曲が出来上がった。

うわぁ──なんだこれ、鳥肌が……。

 

「うん、悪くないね。……どうしたのカルマ」

「いや、すげぇなーって……」

 

目の前で曲が完成したのだ。こちらがパソコンを立ち上げて、セッティングを始めてものの三十分だ。絶対音感とかある人?

 

「じゃ、これ配っとくわ」

「うん、歌は明日の夜までに入れられるよう練習しておくから」

 

──という彼女は有言実行。日曜日の夕食後になったが、クラス全員に学園祭Aバンド曲『Hero too』が配られることになった。

 

「すげぇー! 最高だぜ耳郎ー!」

「うん! これはアガるね!!」

 

すべて英語の洋楽仕様となっているが、歌詞自体はわかりやすい。彼女の伝えたいことを全面に押し出したものになっている。

曲のデータは全員の携帯端末に送信済み。

 

本番まではひと月もないが、一気に完成が近づいた気がした。

 

 

「ダンス隊、クビです」

 

さて、原曲の完成から二日後、黒服にサングラスをかけた芦戸が緑谷の肩を叩いていた。

 

「クビっていうか厳密には、演出隊からの引き抜きです! 人手が足らんのだと!」

 

ちなみに、いま彼女が脱ぎ捨てたスーツはオレの私物だ。衣装案を演出隊から打診されて、ダンス隊は悩んでいる最中……。スーツが特別踊りにくいというわけではないが、観客からのとっつきやすさ、曲に合っている服装か、それらを加味すると却下だな。

 

突然の戦力外通達に愕然とする緑谷。

どうやらダンス隊の雄姿を壊理ちゃんに見せて楽しませることを予定していたそうな。まあ最後まで話は聞いてくれ。

 

「フロア全体に青山がいきわたるようにしたいんだけど」

「青山くんがいきわたるってなに!?」

 

大丈夫、今朝オレも同じツッコミをした。

どうやら、体育館の天井付近を青山がネビルレーザーを連射しながらミラーボールにする演出を考えているそうだ。

 

「そんな大がかりな装置もないし、人力で動かせるパワー担当が欲しいんだって」

「僕、ステージ序盤でダンサーからミラーボールに変身するんだ。僕のためにある職! 協力してほしい!」

 

手を打って注目を集める。

 

「いま緑谷も言ってたけど、外部から来れる客ってのは限られている。その中の一人が壊理ちゃん。緑谷のダンスをちゃんと見せてやろうぜ」

「でも策束じゃパワーないじゃん」

「なんでオレの腕力なんだよ。設計図作ってオレでも動かせる装置作るか、麗日が青山のことを《無重力》にして完全にミラーボールになってもらうか」

 

なぜ打開案を出しているのに、緑谷の個性に頼むのか──。

理由はわからなくもない。要は個性が楽しくてキラキラしたものだと教えたいのだ。これは演出隊のコンセプトに則っているのだが、それと壊理ちゃんを蔑ろにするのは話がべつだ。

 

「動かないのはダメなんだって!」

 

叫んだのは演出隊の熱い男、瀬呂。

なにやら、青山がミラーボールになったときから一分ほどで客は飽きてしまうと豪語している。

しかしなぁ、一曲せいぜい五分程度。一分で飽きるような演出でも十分だとは思うんだけど……。

 

この場では緑谷の練習や成長具合も加味して、答えは保留となった。

パワー候補なら飯田と障子もいるからな。

 

結局、夕食後の夜の話し合いの場で、ミラーボールの演出は飯田の《エンジン》を機動力にすると決定した。

現状、飯田はロボットダンスしかできていないからな……。それはそれで面白いのだが、緑谷を削るならと名乗り出てくれた。

 

これで今日の議題は終了。すこしのんびりしてから練習再開だ。上鳴と爆豪は休憩を挟まずに言い合いしながらオレの部屋へ向かっていく。やる気満々だな。あー、茶がうめぇ。

 

「耳郎さん、ご指導も本職さながらですわ。素人の上鳴さんが一週間でたどり着くだなんて」

「べつにそんな──てか今日のお茶良い香りー!」

「わかりますの!? お母さまから仕送りでいただいた幻の紅茶『ゴールドティップスインペリアル』ですの! みなさんも召し上がってくださいまし」

 

ああ、匂いは良いよな、高いけど。チェーン店ではまず見ない。一杯千円くらいだろうか。ホテルとかだと二千円もありえる。なんでそんなに高いかは置いといて、一杯もらおうかな。どうせこれから死ぬほど汗かくし……。

 

八百万を手伝って、紅茶をこの場の全員に配ることになった。最後に、麗日とともにソファーに座る緑谷へ紅茶を持っていく。またこいつブツブツ言ってるなぁ。

 

麗日が声をかけると、動画を探していたらしい緑谷は誤タップしてよくわからない動画を開いた。

アコーディオンの小粋な音楽とともに、『ジェントル・ビデオ』と渋いおっさんの声が流れてきた。

 

『リスナー諸君は、いつどんな紅茶を飲む?』

 

「紅茶の動画ー? タイムリー」

 

麗日が紅茶を差し出し、緑谷が受け取る。背もたれに体重をかけ、オレは後ろから緑谷の携帯端末を覗き見た。

紅茶がこぼれビチャビチャになったソーサーを持つ中年男性。やけに気障っぽいが、ロマンスグレーの髪質で見栄えはいいな。

 

『私は必ず仕事前と後、仕事の大きさによってブランドを選ぶ。そしてこれはロイヤルフラッシュ。つまりどういうことかおわかりか?』『違いのわかるジェントルカッコイイってこと!?』

 

女性の合いの手。変な動画。オレなら高評価つけないだろうと思ったが……『bad785』? 嫌われてんなぁ。

 

『次に出す動画、リスナー諸君だけでなく、社会全体に警鐘を鳴らすことになる。心して待っていただきたい』『キャー!』

 

……変な動画。

麗日もおそらくオレの意見に賛成するだろう。「短っ!」とツッコミを入れていた。

 

「この人」

「知ってる人?」

「迷惑行為で一部じゃ有名なヴィランだよ。なんだかんだ動画まで出して捕まってないのはすごいんだけど、次はなにする気なんだろう……」

「ヴィランってことは個性犯罪?」

「あ、いや、えっとたしか」

 

緑谷がオレの携帯端末にいくつか動画を送ってくれた。すべて『ジェントル』の動画である。自ら義賊を名乗って、不正行為を働いた企業へ嫌がらせしていた。

 

たとえばJストアが数か月前に起こしたとされる賞味期限切れのラベル詐欺。といってもコンビニは小売店だ。製造業者から店が購入して客に販売しているだけ。ラベル偽装は製造元の悪行。

 

なにが義賊だ。頭が悪すぎる。

ほとんどが強盗、そして未遂。動画投稿の企画のためにやっているようなものだな。目立ちたがり屋の自己顕示欲。社会的制裁を加えたがっている。自分が【正義】だとでも思っていそうだ。

場所は……保須で三件かよ、近いな。あの犬の警察署長さん元気かなー。

 

ただ、気になることもある。

このジェントルというヴィラン、コンビニ強盗のときにヒーローが駆けつけているのだが、その五人を負傷させているのだ。怪我はたいしたことはなさそうだが、それにしたって五人だぞ。よほどの個性だな。

 

「三人とも、あと五分くらいで練習再開だって」

 

尾白がオレたちに声をかけてくれた。ああ、消化だって終わってないのに……。しかたない、やるかー。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 

「トン、トン、ツー、トン、トン、ツー」

 

真剣な声色の芦戸がリズムを刻む。

体育館のステージで、彼女の声に合わせてダンスの動作の最終確認だ。曲を流してくれたほうが、もういっそやりやすいまであるな。

 

それもそのはず、本番は明日だ。曲とダンスは頭の中でセットになっている。

 

天井を見上げると、組まれた足場に轟がいた。飯田は、スタート時はオレたちとダンス。青山と同時に演出へと加わる予定。

まあそれは【一曲目】の演出なので、【二曲目】とはまた違う話だ。

 

明日のスケジュールだが、朝九時に文化祭開場。十時にはAバンドの一曲目がスタートとなる。十一時までに演出で出る氷とステージ上の片付けとなる。十二時からべつのクラスの出し物があるため、搬入搬出は他クラスと全体で話し合いがなされたほど計画的にこなさなければならない。

厄介なのが《もぎもぎ》で、もし一つでも残せば大事故に成りえるんだよ。

 

ちなみに、一曲目がオリジナル曲。二曲目が既存曲。三曲目は予定しておらず、アンコールが入れば一曲目をリピートするような形となっている。さすがに三曲目の演出を考えるような時間も、ダンスやバンドを鍛えるような時間はなかった。

曲と曲の合間に個性の簡易的な撤去もしなければならず、もしそれを失敗すれば大惨事は避けられない。

昼間行った【ゲネプロ】と呼ばれる、衣装を着て本番同様に行われる通しの練習ではもっとも注視された懸念点だったが、演出隊が上手いこと処理してくれていた。瀬呂と轟はわりと良いペアである。

 

ダンス隊の移動の最終確認終了後、芦戸が全員にダメ出しをしていく。その後青山と飯田を連れてミラーボールの確認をしに行った。飯田は結局ロボットダンスのままだったな……。

 

「緊張してまいりました……」

 

八百万のそんな弱音とともに、ダンス隊を見守っていたAバンドたちも落ち着きをなくしていく。

 

「本番で変なアドリブしないでね! 混乱しちゃうやついるから」

「言い方トゲあんなぁ!」

「上鳴、お前だけではないぞ」

 

妙にギスギスしてしまっているが、まあ許容範囲内だ。将来このメンバーで食っていこうとするのなら音楽性の違いで解散しそうだが、本番は明日。

 

「もう! 九時だろ! 生徒は! 九時までだろ!」

 

低い唸り声を上げながら、ハウンドドッグ先生が乱入してきた。もうそんな時間か。

八百万が代表して謝罪し、逃げるように寮へ戻った。

二曲分の、最後の練習を終わらせれば、時計は夜の十一時。あくびを噛み殺しているものもいれば、元気いっぱいのメンバーもいる。

 

「うわー! 寝れねー!!」

「興奮マックスー!」

 

上鳴と峰田が元気いっぱいという様子で談話室を追いかけっこして、それを芦戸に咎められている。元気だねぇ……。

 

「みんな、盛り上がってくれるだろうか」

「そういうのはもう考えないほうがいいよ。恥ずかしがったり、おっかなびっくりやんのが、一番良くない。舞台に上がったら、あとはもう、楽しむ」

 

飯田の泣き言に、耳郎が優しく答える。

 

「お前めっちゃテレッテレだったじゃねーか!」

「あれはまた違う話でしょ!」

 

からかう上鳴に耳郎が照れながら反論。和やかな空気が漂っているが、まあ面白くはないよね。こっちは青山と緑谷と顔を突き合わせながら備品の確認中だ。

 

「耳郎さんの話、いろんなことに通じるね」

「ウィ! 誰が為を考えると結局己が為に行きつくのさ」

 

……なんだこいつ! めちゃくちゃ良いこと言う!

青山の顔を覗き見たが気負ったわけではないらしい。むしろ楽しそうに道具を弄っている。

誰かのためは自分のためか。

まあ、やっぱりそういうもんなんだよな。情けは人のためならずというし、ヒーローだって自己満足みたいなものだ。綺麗事を並べるよりよほどいい言葉だ。

 

「あっ、ロープ解れてる」

「ワァオ! ずっと練習で酷使してたもんね」

「ごめん気づかなくて」

 

緑谷が持ち上げたロープは、天井にぶら下げる青山を支えるためのものだ。天井付近では轟の氷も出す演出になっているが、もし青山や氷が観客に落下すれば大惨事だ。本番前だが気づけて良かった。

 

「八百万二作ッテモラエバー! ですわー!」

 

ウケる。

一緒になって八百万のモノマネを開拓したいところではあるが、ロープの解れが最優先だ。

芦戸がすでに就寝中の八百万をフォローしつつ、便利道具扱いしないよう注意した。ちらと彼女がオレを見る。ああ、体育祭で便利道具扱いしていたものな。

 

「俺のことは充電器扱いするじゃん……」

「これが男性蔑視」

 

上鳴と峰田がそろって反論する。仲良いなぁ二人とも。

 

「僕、明日朝一で買ってくるよ。朝練もあるし、ついでに買いたいものもあるし」

「いやいや、本番朝十時からだぞ? 店ってだいたい九時からじゃん」

 

上鳴の真っ当な指摘に、緑谷は首を横に振った。どうやら、学校から徒歩十五分ほどの距離にある、八時開店のホームセンターで買い物をするらしい。

明日の朝、八百万に《創造》してもらうので十分間に合うとは思うが、たしかにその近さならわざわざ個性を使わせるまでもないか。緑谷が買いたい物が生ものだった場合、《創造》では対処しきれないし。

 

「さぁて! そろそろガチで寝なきゃー!」

「そんじゃ! また明日やると思うけど! 夜更かし組! 一足お先に! 絶対成功させるぞー!」

「「「おー!」」」

 

切島の音頭で全員が声を揃えてから、夜中だということを思い出す。

はぁー、緊張してきたなー……轟がいる!! 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 

朝七時──前か。緊張しているのか、目覚ましよりも早くに目が覚めた。あくびを噛み殺しつつ、洗面所に行くのが面倒で、濡らした布で顔を拭くに済ませる。

隣の部屋へと移って、耳郎オリジナルの『Hero too』を聞きながらキーボードに触れる。ギターもドラムもベースも触れたことはないが、これくらいならオレでもできたのかなーとか、思ってしまうわけだ……。

 

残念なことに、オレの心中には良いものを提供しようなんて気持ちはこれっぽっちもない。ただみんなが楽しそうにしているから、それを崩さないようにしているだけだ。

 

キーボードの電源が【点いていない】ことを確認し、指だけで曲を追う。

カタカタと鳴るキーボードを前に、ここひと月の間練習し続けた成果を感じながら、二曲目の楽曲へと移った。

 

一時間近くも弾き続けるとさすがに飽きて朝食へ向かう。

談話室の端には学園祭のために準備したハンガーラックが三つほど場所をとっており、そこには衣装が並べられている。ダンス隊とAバンドで分かれているが、ハンガーには自分のものだとわかるように自分の名前がぶら下げられていた。

 

確認しているのはオレだけではなく、芦戸や峰田も眠たそうに目を擦りながら自身の衣装を手に取っている。

 

「おそかったなー策束」

「おう、寝坊した」

 

瀬呂がテーブルの上に食器を並べている。手伝うかとも思ったが、急に玄関が強く開けられ、バタバタと足音が聞こえてきた。

 

「おはようみんな! ごめん、いますぐ出るね!」

 

緑谷がバタバタと階段を駆け上がって、すぐさま降りてくる。グローブをはめた手には財布が握りしめていた。

そういえば昨日買い物行くとか言ってたな。往復三十分でまだ八時前。だいぶ余裕があるな。

 

「あ! 待て緑谷!」

 

なにかを拾ったらしい瀬呂が緑谷に声をかけるが、すでに玄関は閉まる瞬間だった。

 

「なに?」

「学生証。わりぃけど届けてやってくれるか?」

 

二つ返事で頷いて駆け足で緑谷を追いかける。足はやっ! え!? どこ行った!

まあ正門から外出するよなと当たりをつけて、緑谷の携帯端末に一本連絡を入れておく。……反応なし。

 

寮への道から、正門から昇降口までのいわば大通りへ合流すると、昨日の間に置かれていた屋台が組み立てられて、準備が始められていた。

たこ焼き、お好み焼き、チョコバナナなどさまざまだ。三学年分あるはずだが、それでも一クラスで一つの屋台なんて奥ゆかしい数ではない。おそらくは三~五人でチームを作って一つの屋台を出店しているのだろう。

 

ランチラッシュの学食も開放されているし、心操は幽霊屋敷をやるとか言っていたな。はは、文化祭本番なんだな、今日。

なんか、楽しくなってきた。

 

「緑谷ー」

 

正門の警備員の前で、自身のパーカーをひっくり返してまで学生証を探す緑谷が見えた。彼が落とした学生証を手渡すといたく感謝される。

 

「お礼は瀬呂に。じゃあオレ戻るから──」

「策束くん、あの、えっと」

「お礼はいいって」

「や、あの」

 

緑谷のパーカーは彼の胸元で小さくまとめられており、学生証を探していたのかズボンのポケットは内側の生地が見えるように引き出されていた。

 

「お金、貸してください……」

 

弱々しいお願いを聞きながら、オレはわざとらしく、はあ、とため息を吐いた。

 

 

緑谷とともにホームセンターまで走った。早朝ランニングが気持ち良いのは認めるが、本番目の前にする運動量ではない。

ちなみに、オレもあいにく財布は持って出ていなかった。会計が携帯端末の電子決済で済んで良かったよ。緑谷なんて財布どころか携帯端末も置いてきてしまったと言われるし、朝から本当に疲れてしまった。

 

「あー、瀬呂ー? こっちはホームセンター出たところ。あと二十分で帰るわー」

『オーケー。食堂に二人の分の朝食あるから。こっちは移動開始しちゃうぜ』

「おー」

 

電話を切ると、前を走っていた緑谷が申し訳なさそうに謝ってきた。その彼の手にはロープの入ったビニール袋が一つだけ。欲しい物とやらはコンビニにも売ってなくて途方に暮れていた。

なにが欲しかったのかと聞けば、なにやら壊理ちゃんにサプライズでりんご飴をプレゼントしたかったとのこと。その発想はなかったので緑谷を素直に賞賛した。言われてみれば、砂糖を溶かして色付けしてからりんごを絡めるだけだ。りんご好きにはおおむね受け入れられるだろう。

 

いや、だとしても八百万に頼んでほしかった……。結局ロープ以外はなにがほしいのか教えてもらえずにここまで来たが、食紅なら《創造》できるだろうよ。

おかげでコンビニを三軒分も走らされた。ダンス中に足がもつれたら緑谷のせいだな。

 

「緑谷、前」

「おっと」

「すみません!」

 

端末をポケットにしまう直前だったため、声をかけるのが遅れた。ホームセンターのすぐ隣の民家から出てくる親子と、緑谷がぶつかりそうになる。

──いや、あの……どこの怪しい人ですかね?

 

「気をつけたまえよ。ゴールドティップスインペリアルの余韻が損なわれるところじゃあないか」

 

そう緑谷を注意したのは、ベージュのトレンチコート、黒いボルサリーノ、おまけにサングラスとマスクをつけた中年男性。おもわずしまったばかりの携帯端末を取り出して、相澤先生との通話履歴を探していた。

中年男性の隣には、白いつば広帽子で顔の半分を隠し、さらにサングラスの小さな女性。薄紫のケープコートからは子ども扱いしないようにという使用者の意志すら見える。

 

「さぁ行こうラブ……ハニー」

「ハニー!? ええ! 私はハニー」

 

一般人装う気あるのかこいつら!

問題は警察か相澤先生か。ヴィランとしては逮捕できないが、挙動不審がすごすぎて拘束理由としては十分だ。

仮免を持つ緑谷にはその権限があるが、彼は不審者二人組から視線をはずし、民家のほうを見ている。

 

「へぇ……あの家、喫茶店かなにかなのかな? ねぇ策束くん」

 

緑谷の間抜けな言葉に頭が痛くなってきたが、とにかくヒーローが来るまでの足止めをさせてもらおうか。どうせ学校の近くをパトロールしているだろう。

などと思った矢先に中年男性が呼気を荒らげて緑谷に駆け寄った。

 

「ゴールドティップスインペリアルがなにかを知らなければ、その発想には至らないわけだが! ハァハァ! キミ、わかる人間かね? 幼いのに素晴らしい!」

 

通報だ通報! 警察でいい!

 

「あの、僕はそんなに……。友だちが淹れてくれたから知っているだけで」

「ほぉ! そんな高貴な友が──良い、友人をもっているね……」

「はい……人には、恵まれて」

 

緑谷ににじり寄っていた男性の足が止めた。

オレは携帯端末を耳に当てて下がり続ける。

 

はやく出てくれと急く気持ちは無情にも、男と目が合ったことで霧散した。

 

「事件です。場所は──」

 

最後まで告げることができず、男が投擲した杖に携帯端末が吹き飛ばされる。アスファルトの上を転がる携帯端末へと飛びつき、男を警戒。通話は切れていた。もう一度と思ったが、くそ、画面が割れて操作が利かない。

 

「ラブラバ。カメラを回せ」

「ウチに! 手ぇ出すな!」

 

緑谷の挑発を聞きながら男がマスクとサングラスを外す。緑谷も臨戦態勢だ。

 

「察しの良い少年だ……。ラブラバ、予定変更だ。これよりなにがあろうともカメラを止めるな」

「もちろんよジェントル。でもでも戦うの? ここで? 果たして得策なのかしら」

 

コートを脱ぎ捨てた二人組は、黒いスーツのような出で立ちだ。おまけにジェントル? 緑谷が言っていた動画目的の愉快犯ヴィランだよな。

 

「リスナー諸君、これより始まる怪傑浪漫!

「めくるめからず見届けよ!

「私は救世たる義賊の紳士──ジェントル・クリミナル!

「予定がズレた! ただいまいつもの窮地にて手短に行こう!

「『雄英! 入ってみた!』」

「キャー!」

 

ジェントルは、阿呆な動画のタイトルを、隣に立つラブラバが構えるカメラに向けて言い放つ。

間抜けな二人を前にしながらも、状況は良くない。舌打ちしたい気持ちをこらえヴィランが投げた杖を拾う。一時的にはオレの主力武器だった、ジェントルよりは上手く使いこなしてやる。

 

「そんなことさせない!」

 

緑谷の初速は【個性を発動】しているものだった。

戦闘狂がすぎるだろ! 爆豪に当てられすぎだ!

ヴィランとはいえ、もし緑谷が捕縛した場合事情聴取で文化祭には出られなくなる。かといってジェントルとやらをここで逃がせば文化祭に乱入するのは言葉通り。

愉快犯など、死柄木だけで十二分に過ぎるというものだ。

 

「警察! 通報!」

 

携帯端末の音声認識を作動させる。いつかのショッピングモールではポケットに入れていて使えなかったが、いまなら余裕だ。

画面に『110』の数字が表記される。操作が利かないのは下部だけだ、頼む! という気持ちで通話のためにタップする瞬間、オレの身体が吹き飛んだ。

 

「緑谷!?」

 

地面を緑谷とともに転がって衝撃を逃す。ヴィランに向かったはずの彼がオレに体当たり? 洗脳ではなさそうだが。

 

「ごめん! 追う!」

「待て! 馬鹿!」

 

ああくそ、オレの端末が!

上下ともに細かい亀裂の入った画面──だが反応せず。腰もいてぇし足もひねった! これから本番だというのに。

 

緑谷の隙をついて逃げ出した二人と、個性を使った緑谷はすでにオレの視界内から消えている。……いや違う、空を跳ねている。

個性の種類は不明だが、緑谷への個性使用を確認。れっきとしたヴィラン事件になった。

音声認識機能を再起動。

 

「相澤先生! リダイヤル!」

 

頼むぜ……。

さきほど買い物したホームセンターへと駆け込み、店員に警察へ通報するように指示。メモ帳とペンを借りて、到着するであろう警察に伝言を残す。

その間に携帯端末から呼び出し音が聞こえてきた。

 

『なんだ、どうした──』

「ヴィランと遭遇! 雄英への侵入を計画しています!」

 

通話口から相澤先生の舌打ちが聞こえてきた。

 

『場所は!』

「学校から徒歩十五分ホームセンター! 緑谷が追っています!」

『俺が行く。山田!』

 

通話口からほかの教師陣に指示を出すイレイザーヘッド。店員にメモを警察へ見せるようにお願いしながら、オレも緑谷たちのあとを追う。

 

頼むから切るなよイレイザーヘッド。情けないことに、あんたにしか電話かけられないんだ。

 

『策束、三人行く。状況を知らせろ』

「ヴィラン二名、男、女、中年、幼女。男は緑谷への個性使用を確認、おそらく浮遊に近い特性、女は不明。見失いました」

 

地面に落ちている緑谷の落とし物を拾い上げる。ただの荷物なら捨て置いたが、ビニール袋の中身はロープだ。拘束にはもってこいである。

 

「──戦闘の痕跡あり! 建設途中の鉄筋アパート!」

『了解、すぐ向かう』

 

そこで通話が切られた、まあわざわざ繋ぎ続ける利点なんてないよな。

白煙を上げる建造物へ駆け寄るが、さて、オレになにができるのか──。

 

「事件のかおりがするぜ」

 

だれ!?

老人が一人、交差点に立ちながら白煙を見上げている。せめて避難誘導でもと思ったが、さきに上空から甲高い声が響いた。

 

「気にしないでオジちゃん! なぜならこれは撮影だから! ご近所にお伝え願えるかしら!」

 

ラブラバ、という少女のヴィランが民家の屋根から叫んでいる。涙目のラブラバは自分が構えるハンディカメラを指さしていた。

なぜこのおじいさんの動向を気にする? 狙いが本当に雄英に潜入したかった【だけ】だとでも? 愉快犯もいいところだろう。

 

彼女は老人のつぎに近くにいたオレを目視したようで、慌てて逃げ出した。ラブラバの目的地は、そりゃあもちろん戦闘地区だ。止めるか?

 

「おじいさん、ここは私たちに任せてください」

「おまえさんは?」

「雄英生、ヒーロー科ですよ」

「小学生がなに言ってんだ?」

 

ああそうですよね。くそ、ラブラバが誤魔化す理由に共感しかない。幼く見えるということは、言葉に信ぴょう性がないのだ。

 

「文化祭の撮影ですよ! ここにいると雄英のヒーローに睨まれますよ!」

 

無理やりおじいさんを遠ざけ、ラブラバを追う。建物から上がる煙で視れば六階か七階。ここから声が届くとは思えないが。

 

「デク! もう一人行ったぞ!!」

 

建物の上部がどうなっているのか、ここまで近寄ってしまっては確認する術はない。階段を見つけたが、登って追いついてどうする?

それにデカい声を出したのも失敗だった。すでに近隣住民が朝食を終える時間だ。野次馬が集まった場合、避難誘導役が必要──……なんか鉄骨、揺れてないか?

 

上からなにかが降ってきて、地面へ落ちた。鉄骨と鉄骨とを繋げるフラウジだった。つまり、ハイテンションボルトと鉄骨が外れている!? 建物を崩す気か!?

どっちの個性だ。どっちでもいいが落下物はまずい。鉄骨があの高さから民家に落ちれば人が死ぬ。

 

「緑谷! 学校まで引っ張れ!」

 

建物を回るように走り抜け、獣道のような山道へ向かう。イレイザーヘッドたちと会えればいいが、一度正門まで抜けているようでは時間がかかるだろう。

 

上を何度も確認しながら学校に向けて走っていると、戦闘があった建物から、すごい勢いで人が【空を飛んだ】。詳しい個性は知らないが、たしかに雄英の敷地内に入るには十分な個性だ。うらやましい。

 

それから数秒しないうちにもう一つの影が飛び出して、オレの頭上を悠々と超えていく。

着地地点は雄英の敷地内、山のふもとだ。

──遠すぎる。

 

「はっ、はっ、はっ、はっ──」

 

呼吸が荒れて足がもつれそうになる。ハイペースとはいえ、まだ三分と経っていない。

 

さきほど捻った足首は痛みを増して、より体力を奪っていく……気がしていたが、違う、中学一年などこんなもんだ。現実を見ろ、鍛え直せ、ああ、笑える。

 

こんなときなのに、遥か先を飛んで行った緑谷が、まるで遠くなる夢のように見えてしまった。

 

森の中に一歩足を踏み入れた瞬間、軽い発砲音が聞こえてきた。雄英バリアでも作動したのかと思ったが、これは開場の合図だろう。

 

音に一瞬気を取られた。肩を木の幹に擦り付けてしまい、自分で自分の足を蹴りつけてみっともなく転がってしまう。

 

──雄英高校ヒーロー科が、五分足らず走って地面に寝そべるのか。

情けないなんてもんじゃあねぇよな。

 

転がった勢いをそのまま前転に使う。いいぞ、はは、実践ではヒーロー基礎学よりダンスのほうが役に立ったな。

 

「ひっ、はっ──」

 

息も絶え絶え、足ももう一度捻り直した。それでも、走り続けた甲斐はあった。

喘息のように荒い呼吸を行いながら、木にもたれかかる。

 

その場所から、倒れ伏すジェントルを馬乗りになって拘束する、ボロボロの緑谷の姿が見えたから。

 

声を掛けたかったが呼吸を整えるだけで精一杯。酸欠で手足が震えている。

オレの代わりに二人に向かった人物は──ラブラバ。

 

「いや、やめてよ放して」

 

彼女の個性は不明だ。死柄木のように殺傷能力の高い個性である場合もある。くそ、休んでる場合かよ! 判断ミスによる致命的な遅れではあったが、ラブラバの攻撃は──見るに堪えないものだった。

 

「ジェントルを放して! 放して! いやよ!」

 

ジェントルもラブラバも、ボサボサの髪に泥だらけの顔。紳士淑女などいやしない。

いまのオレの腰ほどの彼女は二人に駆け寄ると、地団駄を踏みながらジェントルを拘束する緑谷の腕を叩き始めた。

 

「ジェントルが心に決めた企画なの! 大好きなティーブレイクも忘れて準備してきたの! 放せ! なにが明るい未来よ! あたしの光は! ジェントルだけよ! あたしのジェントルを奪わないで! 奪わないでよー!!」

 

大粒の涙を流しながら、彼女は必死に緑谷へと戦いを挑んでいた。

 

「ジェントルと離れるくらいなら死ぬー!」

 

耐えられなかったのは、オレや緑谷よりも先に、ジェントルだったのかもしれない。

ラブラバに気を取られた緑谷の隙をついて、個性を使って緑谷を空高く吹き飛ばす。

 

残ったのはオレだけだ。杖を持ち直して二人をどう倒すか考えるも、その思考に意味はなかった。

 

自由になったはずのジェントルが、真っ先にラブラバを抱きしめたから。

抱きしめ返す少女の姿に、たしかな愛をそこに見てしまったから。

 

──美しいと、思ってしまったから。

 

だからって、祝福して見逃すなどありえない、よな。

ロマンティックな空間を作り出す二人の空間に、荒い呼吸のまま土足で踏み込む。

 

「そのまま、動かないで、もらえます、かね……。ちょっと、待ってて、ください」

「逃げるとは、思わないのかね」

 

いや思うけども! 酸欠で視野狭窄起こしてんだよこっちはよ! 視界全部白黒!

 

「雄英……自首がしたい」

「──ええ、承りました」

 

深呼吸をなんど行っただろうか。呼吸を落ち着かせ、いまだ抱き合う二人に近寄っていく。

 

「策束!」

「イレイザーヘッド」

 

遅い、遅すぎる。いや、伝え方が悪かった可能性もある。【オレの背後】からイレイザーヘッドが、ハウンドドッグ、エクトプラズムとともに現れた。

 

「どうなっている」

「えっと、ヴィランが自首を希望しています」

 

イレイザーヘッドの質問に答えながら、教師陣とヴィランを挟むように移動をする。いや、その必要はなかったな、よく見ればこの場所を中心にエクトプラズム先生の個性の姿が何人分も見えていた。イレイザーヘッドもいるし、逃げることは不可能だろう。

 

エクトプラズムの個性同士がジェントルを見て情報を共有している。『逃げ足だけは早い』『猪口才な動画投稿者』……木っ端なヴィランという扱いだ。

 

──オレだって、あんなもん見せられなきゃあ、そう思っていたんだけどさぁ……。

 

ハウンドドッグは自首を希望しているというのに、ジェントルの胸倉を掴んでラブラバから引きはがした。ジェントルの手の平は無抵抗を示している。

 

「仲間は!?」

「いない」

「その傷と抉れた地面はなんだ!」

「そちらについては、オレから」

 

数日前にジェントルの上げた動画を皮切りに、彼らの目的と出会った状況を説明。緑谷の怪我の具合は不明だが、個性を使った戦闘もあったと加えておく。

四つん這いで近づくラブラバが、泣きながらジェントルの足にすがりつくもので、オレも耐え切れずに視線を逸らす。

 

「私はこれまで、多くの罪を犯してきた。最大の罪は、世間知らずの女性をかどわかし洗脳していたこと。すべての罪は私に──。だから、どうか、相場愛美に恩赦を……」

 

……どうやら、吹き飛ばされた緑谷も戻ってきたようだ。状況を確認するように視線を動かしている。

彼の怪我は目立つのは鼻血くらいだ。オレの捻挫のほうが重症だと思う。これからダンスだぞ、いけるかこれ。リカバリーガールに一刻も早く会いたいわ。

 

「緑谷からなにかあるか?」

「……彼はもう、大丈夫です──」

 

ふむ。まあハウンドドッグに掴まれて、抵抗の一切を見せず。それよりもラブラバだな、ずっと泣きわめいている。心が折れないと良いんだが。

 

エクトプラズムの携帯端末が鳴り、報告となるようだ。

 

「イレイザーヘッド、文化祭は? まさかこれで中止なんて言わないですよね」

「……あの報告次第だな」

 

うへぇ、そんな重要な電話なのかよ。

緑谷が心配そうな表情でエクトプラズムを見ている。緑谷の気持ちはわかるが、報告は携帯端末を奪い取ったハウンドドッグによって、これ以上なく簡潔に行われた。

 

「はた迷惑な動画投稿者が出頭希望」

 

字面だけ聞くとわけわからんな。電話口のだれかもハウンドドッグにそう聞き返したのだろう、「俺もわかりません!」とお怒りの返答をするハウンドドッグ。

 

彼に携帯端末を返され、エクトプラズムが「トリアエズ、現時点デ緊急性ハナイ。引キ続キ警戒ヲ続ケマス」と告げておしまいだった。

 

森の中のエクトプラズムの気配が一斉に消え去り、ジェントル、ラブラバ両名が教師陣によって連行されていく。

 

「緑谷出久くん……」

 

弱々しい声。つい二十分前の溌剌としたジェントルの声ではなかった。

 

「私もかつてはヒーロー科にいた。……ジェントル・クリミナルは、ヒーロー落伍者の成れの果てだ。とても言えた義理ではないが、キミの想い、届くと良いな──」

 

最後まで、聞き入ってしまった。あー、良くない、本当に、こういうのは……。だが悪くはない。緑谷一人に二人がかりで負けたということを除けば、【欲しがっても良い】。

 

「緑谷、オールマイトが心配してたぞ」

「はっ!?」

 

イレイザーヘッドが緑谷に話しかけ、生徒二人そろって緊張が解ける。

 

「いまが九時十七分。歩いても間に合うな」

 

緑谷が置いてきた荷物のことなどを気にするものだから、手に持った杖とビニール袋を見せつける。なんつー装備でヴィランと戦闘しようとしていたんだか……。

 

「ヴィラン逮捕、やったなぁ緑谷」

「……うん」

 

浮かない顔で頷く緑谷。まあ、そうだよな、コイツも見た側だ。受け入れがたいだろう。埒が明きそうにないので、相澤先生へと話を振った。

 

「正規の活躍、できましたよ」

「ギリギリだったろ、だが、まぁそうだな……。良くやった」

 

ちらりと戦闘の痕を振り返った相澤先生の表情に、思わず俯く緑谷の背中を叩いていた。

 

「見えるかい緑谷! 壊理ちゃん! ああ!! 笑った! 笑ったよむぐぐ」

「うるせぇ」

 

捕縛布で口を覆われながらの登校となった。

 

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