相澤先生とは一度分かれ、寮に帰宅してから、烏の行水よろしく水シャワーを浴びる。コスチュームを着こんでから二人で走り出した。
まだ九時半、ギリギリだが余裕は残せたな。目玉焼きの乗ったトーストをかじりながらリカバリーガールに二人そろって《治癒》してもらう。
食後のデザートは飴ちゃんになった。
「ロープは?」
「もうちょっと!」
緑谷が《超パワー》で購入したてのロープを腕に巻き付けるようにほぐしている。本当は水を染み込ませなければならないというが、その時間はない。
「リカバリーガール! ありがとうございました! あとで映像ディスク送ります!」
「ありがとうございました!」
「あいよ、楽しみにしてるねぇ」
体育館に着くと、緑谷は裏手に。オレは正面へと回る。
「どこいくの!?」
「ちょっと野暮用で!」
時間があまりなく、お互いの口調が荒くなっている。落ち着け落ち着け、優雅に行こうぜ。
体育館の中に入るとすでに観客が体育館の後方までびっしりと並んでいる。端のほうにはサポート科や経営科が担当する音響席がある。一人の経営科の男性に話しかけた。
その経営科とは《八百万百ファンクラブ》会長その人である。
三年生でもある彼は、オレの姿を確認すると恐縮しながら何度も頭を下げてきた。はは、そんなやめてくださいよ、ただカメラのレンタルを格安で融通しただけじゃあないですか。
そんな会長だが、八百万のビッグネームはさることながら、ヒーロークリエティとしての商品価値も見出して、この文化祭の【企画】に乗った。
オレの要望はカメラマンを十人ほど用意してほしいというものだ。向こうの報酬は一年A組の出し物の映像ディスクの販売権。
カメラはこちらで用意してある。Aバンドは五台。ダンス隊には四台用意。空撮は演出上危険なので、固定で轟が入るように一台、演出隊の撮影もしている。
合計十台の大型企画だ。
彼らとしては初期投資がいらないうえに、お目当ての八百万の映像ディスクが撮影できて、さらに販売権まで手にできるのだ。一瞬にしてオレは美味しいお客さまへとなった。
こちらは弱い。なんと言ってもカメラマンを外部から呼べないうえに、お目当ての耳郎の映像ディスクを撮影できて、さらにこいつらに販売までできるのだ。小金稼ぎにはちょうどいい。
間違っても全員で八百万を撮影することなどないように、としっかり釘を刺してからA組に合流する。
──舞台裏へ回ると、体育館側で感じた客の熱気とはまた違う重圧があった。観客席からはいまかいまかとざわつきが聞こえてくる。
オレを見つけたA組が心配するようにオレを囲んできた。かいつまんだ説明は緑谷から聞いたのだろうが、オレは走っただけだからなぁ……。
「んじゃまぁ! 遅刻した人、責める言葉なんてないけど! 心配かけないでよねー!」
本番十分前──嫌がる爆豪を含めて、全員で円陣を組むように芦戸が提案してきた。
足もとがふわふわしているし、指先は皮膚のしわまでピリピリと神経が通っているようだ。このほどよい緊張感を味わっているのは、オレだけじゃあないだろう。
「一か月の練習、出し切ろうね! 策束、なんか言う?」
「なんでオレだ」
「いや、こういうとき策束かなーって」
まあ、用意していないわけではない。
「どうも、ヴィランが自首してきて遅刻した策束業です」
失笑。掴みとしては十分だ。
おいいま「コントにしなくて良かった」って言ったヤツ出てこい。
「言いたいことはたった一つ」
楽しいイベントだ。気の抜けた行事だ。
だが、いま、オレたちは可能性のなかにいる。
その可能性が良いものか、悪いものか。それはきっと、だれにもわからない。肩を組んだ彼らがプロのヒーローになることもあれば、ジェントルのように落伍者を名乗ることもあるかもしれない。両親のように一般的な平和を手に入れたっていい。死柄木のようにはなってほしくはないものだが、それがオレたちの可能性の正体だ。
【なんにでも成れる】。
その可能性は、きっと大人になればなるほど、成長すればするほど自分で選択することは困難になっていくだろう。ジェントルのことだけじゃあない。社会に出てしまえば、それが当たり前になるのだ。
自身の限界を知ったとき、【なんにでも成れる】可能性は形を変えて、呪いのように【なににも成れない】と自覚することになる。
オレにとっての限界は個性だった。
ジェントルは。ラブラバは。なんだったのかなぁ──。
『そういうのはもう考えないほうがいいよ。恥ずかしがったり、おっかなびっくりやんのが、一番良くない。舞台に上がったら、あとはもう、楽しむ』
耳郎の声が聞こえてきた気がした。
円陣の反対側、不安そうに自分のつま先を睨みつけていた彼女は、オレの視線に気づいて顔を上げる。
オレから彼らに言える言葉なんて一つしかない。
「さぁみんな──ヒーローに成ろう」
◇ ◇ ◇ ◇
Aバンドのメンバーがチューニングを始めると、観客席から一層強いざわつきが伝わってきた。オレはダンス隊の中でも前列に位置するため、緞帳からは一メートルと離れていない。
まだ時間は三分ほどあるが、だれかが左手をぎゅぅと強く掲げると、オレを含めた全員がそれに倣った。
英雄──オールマイトの勝利のスタンディングポーズを取り入れたのは、緑谷だった。
左腕を上げ続けるのがつらいなどと、この学校で口にする者はいないだろう。
それどころか、全員が笑顔で真正面を見据えていた。
開演のブザーが鳴り響き、緞帳が開いていく。
果たして観客の反応は、と期待していたが、なぜか「八百万!」という野太いヤオヨロズコールが飛んできていた。ファンクラブの規模は日増しに広がっているようだな。
そんな男たちの欲望を奏でるヤオヨロズコールを遮ったのは、爆豪だ。
「行くぞゴルァ! 雄英全員──音で殺るぞォ!!」
体育館の天井まで届く《爆破》の火柱の熱を着火剤に、ダンス隊も音楽を頼りに踊り出す。
「よろしくお願いしまーす!!」
彼女の歌が、カメラを独占しなければ良いのだけれど──。
そんな期待に胸を膨らませながら。
◇ ◇ ◇ ◇
耳郎のアドリブを含めたオリジナル一曲目。
そして既存曲の二曲目を終わらせて、汗だくのオレたちは万雷の拍手を浴びていた。
二曲分終わり、緞帳が閉まろうとする最中、オレたちは観客に手を振り続けた。
「来るかな?」
「来るさ」
「来るに決まってんだろ!」
尾白の問いに、飯田と爆豪が同時に叫んでいた。観客に聞こえるからやめなさい。アンコールは前提だ。観客の一曲目のテンションを二曲目にもって行けたのは良かったな。
まあこれでアンコールなかったら、一曲目と演出を変えた分の練習が無駄になるので、それはそれでもったいない。
──が、杞憂だよな。
ヤオヨロズコールの代わりに、アンコールが観客席から響いてきた。
ダンス隊は練習通り、左手を地面につけて跪き、右手だけ背面へと回した。いわゆるスーパーヒーロー着地ポーズだ。
「や、やべぇ! チューニング! ミス! ごめん!」
上鳴の悲鳴のような謝罪が聞こえてきた。
今度は観客ではなく、オレたちがざわつく番となる。
せめて八百万が倒れてくれれば、オレが代わりにと名乗り出ることも可能なのだが、ギターのチューニングなぞまるでわからない。ヴァイオリンならいまでも即興ならできるしAバンドに加わるのも面白いとは思うが、アンコールで披露するような試みではない。
「貸して!」
「ダメだ、カーテンが開くぞ」
耳郎のフォローも虚しく、吠えるような歓声が聞こえてきた。
どうする、どうする──。
いっそオレと尾白でつなぐか?
「みなさぁん……! 今日はぁー! 来てくれて、ありがとうございまーす……!」
耳郎が、裏返る声で観客に話しかけた。
オレたちは彼女の声を毎日のように聞いている。いまどれだけ耳郎が無茶をしているのか、十分に伝わってきた。
なにも知らぬ観客は、それでも耳郎を称える黄色い歓声を上げる。
「えぇーっと、あのー、Aバンドでーす!」
歓声の前に、爆豪が四度ドラムを強く叩いて客たちを黙らせた。
ダンス隊は顔を上げられなかったが、おそらく全員が驚いているだろう。あの爆豪が、耳郎に、Aバンドに協力しているのだから。
ドラムの音が気付けとなり、耳郎が開き直るようにMCを始めた。
「一年A組で、ウチらAバンド組んだんですけどー! 結成ライブと解散ライブ兼ねてるのでー! 楽しんでくれてたら嬉しいですー!」
観客から笑いが飛んできた。「来年もやれー!」と楽し気に野次る声もある。
「結成一か月なので、用意できる曲が二曲しかありませんー! 一曲目と同じ、オリジナル曲をやらせていただきますねー!」
彼女の声が切れるたび、観客がリアクションとして歓声を上げる。しばらく大丈夫だ、頼むから早くしろよ上鳴──涙目の上鳴が目の端に映った。ダメそうだ。
「えぇーと、すみません、チューニング慣れてないやついてー! メンバーの紹介いいですかー!? まず、ギターの二人! リードギターの常闇踏陰」
常闇が一節奏でると観客が沸いた。続いて上鳴へ移るが、まだ動きが鈍いらしい。
「サイドギターの上鳴電気!」
「おー!」
ヤケクソみたいな上鳴の声とともに、音が極端に外れたフレーズが聞こえてきた。さきほど常闇が奏でた一節だと気づいた客たちからは笑いが溢れる。
「ベース、は、まあ置いといて! キーボード! 八百万百!」
客たちからはヤオヨロズコールが再開された。壇上のオレたちが耳を塞ぎたくなるくらいの盛大な応援。たぶん八百万を認識していなかった客たちも混じっているが、言いたいだけだろお前らは。
「最後! ドラム! 知っている人も多いよね! 爆豪勝己!!」
あまり良いイメージはないはずの爆豪だが、音楽というフィルターを通すとどうでも良くなるのか、彼が自身の紹介のあとにドラム叩くと、観客が沸き立った。
「もうちょい! たぶん!」
マイクではない上鳴の肉声が届いたのは、おそらくオレたちと前席の客までだろう。しかたない、オレの出番だな。
「ジ・ロ・ウ! ジ・ロ・ウ!」
床を見ながら声を出す。ジロウという単語がなんのことかわかっていない観客たちも、オレのコールに合わせてジロウコールを始めてしまう。
耳郎がいまどんな表情なのかは見えないが、顔が真っ赤になっているだろうな。
「あー! はい! ベース! 耳郎響香です! ウチのこと覚えてないでしょ! ウチだけ体育祭の本選出てないんだからー!!」
面白い愚痴が聞けたので満足だ。
観客からは大きな笑いが零れている。
「あとは! ダンス隊のみんなと、天井の演出隊にも、拍手お願いしまーす!」
ライブ終わりのような盛大な拍手を身に受けた。その最中ですら、上鳴の「三十秒!」という叫び声が聞こえてきた。
「最後に、えっと、このAバンド、というかA組の企画ですけど、最初はみんなのストレス発散になればいいかなーって思ってたんです。でも、言われました。自己満足じゃねーかって。ご機嫌取りならやめちまえって。……んで考えたんです」
耳郎の優しい独白は、まるで歌っているようだった。
「他人から音楽なんてって、思われるかもしれない。
「必要なのは結果で、ウチは結果出したことなくて……。
「ウチは、いまなんでここにいるんだろう──って。
「ヴィランに襲われて、怪我して。でも笑顔になれて、勇気をもらって。
「そういう【ヒーロー】たちに元気もらったら、つぎはウチもって思ったの。はは、自意識過剰かも」
「そんなことない!」というひと際熱い女性からの野次が飛び、耳郎のマイクが野次に応えるお礼の言葉を拾った。
ちょうど上鳴の準備もできたようで、今度は小気味の良いフレーズが届いてきた。
「──ウチが目指すヒーローは、だれかを笑顔にするヒーローです! そして! みんなもヒーローに成りましょう!! 聞いてください! 『Hero too』!!」
ドラムがきっかけを作ると全員が動き出す。今度は爆発はなしだ。
曲に関しては、一曲目との差異はさほど用意はしていない。練習量の問題で、中盤にドラムのソロを用意していることくらいが限界だったのだ。
問題はダンスと演出だった。
一度目と同じものはできない。天井の氷はライブが終わるまで撤去するのは危険すぎるため、万が一にも溶けて崩れぬよう、二曲目の最中も轟が重ねて凍らせているくらいだ。それは三曲目としても同じこと。むしろ二曲目よりも慎重にならなければならないことはゲネプロでわかっていた。
轟は氷柱の維持。切島は氷を削ってのスターダスト。口田の個性で鳥を飛ばすのは確定していたが、演出面では手抜きにならざるをえない。
ダンスはほとんどべつのものを用意していた。一曲目でも使用した、盛り上がり覚えやすい振り付けは残し、峰田のハーレムパートを削除して芦戸のソロを用意している。芦戸を全面に押し出すことで、客の反応はより良い気はした。
だが、まあ──。
観客の盛り上がりを見れば、演出やダンスは誤差の範疇だな。
みんな、だれもが、耳郎に夢中になっていた。
◇ ◇ ◇ ◇
ライブは無事に終了。
せっかくの文化祭だから可愛い・恰好良いコスチュームのまま見て回りたいと、ダンス隊はコスチュームのまま片付けの最中だ。
「お兄ちゃん」
変な声のかけられ方をしてそちらを向くと、通形先輩と壊理ちゃんがいた。壊理ちゃんは、笑顔だった。
すこし離れたところにいた緑谷を呼びつけると、壊理ちゃんが駆け寄って緑谷にライブの感想を話している。たどたどしいが、それが彼女の素直さが周囲に伝播する。
壊理ちゃんだけではなく、校内でもトップクラスに有名な通形先輩がいるからか、野次馬が片付けをしているA組に話しかけてきた。普通科だな。
「A組! 楽しませてもらったよー!」
そんな感想の声をもらい喜ぶメンバーだったが、野次馬の奥からばっちりと決めた男性が顔を出した。
「楽しかった……。良かったよ──んんんん!!」
「ごめん!」
「こき下ろす気で見てた! 本当にすまん!」
いつぞか見た女子生徒とともに言い逃げしていく男子生徒。情緒不安定だなぁ……。まあ、音楽ってそういう力があるっていうし、耳郎さまさまだな。
「言わなくていいのに……」
「先生が言ってた、ストレスを感じてる人だったのかな。だったら飯田! 通じたってことだな!」
「うん。しかし理由はどうあれ見てくれたからこそ!──見てない人もいるはずだ! 今日終わらせず気持ちを──」
「いいんじゃない?」
気張った飯田を否定したのは、野次馬の一人だった。見たことはあるかもしれないが、気にもとめていなかったほかのクラス、ほかの学年。
その人たちがまとまって、オレたちを見ている。
「キミらがどういう想いで企画したか聞いてるし!」
「俺たちには伝わった! 今度は俺らからそいつらに!」
「本当に楽しかったもん!」
「キミらの想いは、見た人から伝播していくさ!」
だから、がんばってねー! と去っていく一団。きっと彼らも、だれかのための出し物をこれから始めるのだろう。
その背中を見送って、芦戸が耳郎に肘で突きながら「嬉しいねー」と笑いかけた。その耳郎は、すこしだけ呆然と、彼らの背中を目で追っている。
「上鳴のチューニングミスのおかげだな!」
「やめてくれってー! すげぇ焦ったんだからー! 耳郎ありがとうなー!」
「──うん、なんども聞いたって。こんどジュースね」
瀬呂にからかわれる上鳴が、耳郎とともにギターを担いで寮へと向かう。見れば常闇と八百万もか。楽器は貴重品だからな。ドラムの片付けは口田と障子が率先してやってくれていたが、終わっただろうか。
その後は、ミスコン目当てで必死に片付けをする峰田指導のもと、片付けを順調に終わらせる。ミスコンは学内のみではあるが重要なイベントだ。ヒーロー免許を取得していない生徒だとしても、テレビ業者にとっては数字になるからな。経営科が目を付けないわけがない。
一部生徒を除き、ミスコンだけは全員で見ることになった。壊理ちゃんや通形先輩も一緒にである。
「先輩は? クラスの出し物など」
「今年は休みをもらってね。壊理ちゃんの案内が仕事さ」
「お気遣いありがとうございます。申し訳ございません、本来ならこちらから人を出さなければならないのに」
「いいっていいって! 壊理ちゃんの笑顔が見えて本当に嬉しいし! キミのお母さんにも頼まれてるからねー」
母さん……この人すごい気さくだけど、雄英のビッグスリーの一角だからね……。まあ人脈という意味では、いまのうちに上下関係を形成しておくことは悪くない。
「それに、ヒーロー科は文化祭だとわりと役立たずだからねー」
「そうなんですか?」
「うん、キミらがだいぶ特殊かな? A組のバンドも、B組の劇も」
片付けで観覧できなかったが、B組の劇も評判が良かった。頭からっぽにして見るとちょうどいいという評価はさておいて……。
壊理ちゃんも劇はお気に召したらしい。最初は周囲の人混みに戸惑っていたらしいが、文化祭は『楽しいもの』として認識されたのだろう、いまはミスコン女王、絢爛崎美々美先輩に夢中だ。……戸惑っているかもしれない。
波動先輩の空中演舞を見上げていると、携帯端末で呼び出しを受ける。発信者の名前を見て、思わず口角が上がった。
「うわ」
耳郎がオレの顔を見て、顔をしかめていた。なんだ、どうした。
「悪い顔してたから」
「ははは、そんなことないですよ。すこし通話してきますね」
「敬語出てるよ敬語!」
耳郎から距離を置いた瞬間、ほかの生徒と足がよろめくほどぶつかってしまう。長身の男子生徒だった。見覚えがないな、学年が違うのかもしれない。
お互いの謝罪のあとに、その生徒は耳郎へ声をかけてすぐに離れた。なんだ? 耳郎も八百万と顔を合わせて首を傾げている。
いや、まあいい。こっちは【用事】を済ませてしまおう。
通話先は最寄りの警察署だった。
「ええ、そうです。はは、いたずらだなんて……まあ私の実物を見れば、そう思われるかもしれませんが、大丈夫、弁護士も同席させますので。では、そちらの取り調べが終わり次第お邪魔させていただきますよ。罪状をすべて把握していただけると助かりますね。それと、二人はなにか欲しい物など言っていましたか?……ははは、粗茶でも出しておいてください」
通話を切る。
もし【二人】を加えられたらようやく【六人】だ。乱波とやらが【使えなかった】のは残念だが、殺人犯を世に放つ趣味はない。切島とファットガムから聞いた話では感触が良く、直接話したイメージも嫌いではなかったが、乱波は地下闘技場とやらで人を殺していたことがわかった。
ジェントルは小物だ。そしてラブラバは彼に陶酔している。ジェントルが重犯罪を忌避していれば、使える目途はある。
そもそもラブラバの罪状はなんだろうな?
【借金苦、詐欺、窃盗、無銭飲食】。これだけでもひどい面子なのに、義賊とカメラ少女? 信用がないというのは人脈がないということだと痛感する。策束家の名前を出すのはリスクが高すぎたが、どうせなら落ち目のヒーローでも雇えば良かったと後悔してしまう。いまさらだな、初めての起業で頭が回らなかった。
まあ雄英卒業してから、あるいはオレがヒーロー免許を取得できないと確定してからでも十分間に合うだろう。
ミスコン会場に戻ると、すでにクラスメイトはだれもいなかった。耳郎は八百万と見歩くなどと話していたから文化祭デートなど期待はしていなかったが、それでもだれもいないのは悲しい。
こういうときは上鳴・瀬呂・切島に連絡だな。
そう、携帯端末を操作しながら歩いていたのが悪かったのだろう。校舎のほうから走ってきた女子生徒とぶつかってしまう。
「すみませ──」
その女子生徒の涙に息をのむ。彼女はオレを一瞥すると人混みへ走り去ってしまった。
え、ええ、なに?
野次馬精神ではないが、思わず女性の来た方向へ足を向けた。野次馬ではないが、泣くほどの危険は危ないから。
一人の男子生徒が、校舎を見上げるように顔を上げていた。……あの後ろ姿、っていうか、オレンジのTシャツとツンツン頭には見覚えがものすごくある。
「爆豪? え、ええ!? カノジョ!? ケンカ!?」
すごい勢いで近寄ってきた爆豪に胸倉を掴まれかかとが浮いた。ごめん、驚きすぎてデリカシーが欠けておりました。本当にごめん。
爆豪へ必死に謝罪した甲斐があったらしく、怒りを飲み込んだ素振りの爆豪は手を放してくれた。
「だれにも言わないけど、泣いてたぜ彼女」
「カノジョじゃねーわ」
爆豪が苦々しいものを口に含んだように顔をしかめている。……すねてる?
「──ああ」
「んだよスカシ野郎!!」
違う、こいつすねてるんじゃない。【反省している】んだ。
「なんて言って断ったんだよ、【告白】。泣かせるんじゃあないよ」
「むっっっこうが勝手に泣いたんだよ!!」
爆豪の盛大な舌打ちを聞きながら、あらためて文化祭がオープンな空間であるということを認識させられる。
ライブ中の爆豪はたしかに格好良かった。演出としても美味しい個性の使い方だったしな。上鳴をたびたび引き合いに出して申し訳ないが、同じ一か月でも爆豪と上鳴は雲泥の差だ。彼に焦がれる女性がいてもおかしくないだろう。
「実害あるなら口の悪さはさっさと直せよ。反省するくらいなら彼女を追いかけて謝罪してもよし、運動してスッキリするもよし」
まあプライベートだから、これ以上、口は出さない。とくに恋愛なんて第三者がかかわるべきではない。頼まれれば代わりに謝罪することもやぶさかではないが、告白した側からすれば失礼な話だからなー。
「──なかったんだよ」
「ん?」
「覚えて、なかったんだよ」
「あー……。告白、二度目?」
爆豪がオレの前を歩き出す。肯定、ということだろう。
そりゃあ泣くわ、え、ひど、コイツひどい!
「うっせぇ!」
「謝ったほうがいいだろ! 向こうだって心配してくれてたはずだし、一回目いつだよ。いろいろあったんだから忘れてたってしかたないだろ? そういう事情話せば──」
「んなテキトーな謝罪されてお前ならどうだよ。忘れてたのは、俺だ。恨んで当然だろ」
語尾は荒れず、しかし、強い口調だった。
考えなしだった自身の言葉に、恥ずかしくてなにも言えなくなってしまう。
たしかに雑な謝罪、いや、言い訳か。
そして爆豪は誠意ある謝罪よりも、誤解されたまま恨まれることを選択したわけだ。どっちが正しいのか……。もちろん謝罪したほうがいいと思うが、誠心誠意という意味が込められるか否か、だな。
ああ、話を聞いていたこちらまで後悔に巻き込まれる。まあプライベートは相談されない限り首は突っ込まない。……変な恨まれ方していたら口は出そう。
「アスレチック、行く? 第二グラウンド」
二人揃ってグラウンドへ行くと、そこにはなんとA組の姿。
どうやら団体で移動しているらしい、なんだよ、誘ってくれよ、と思ったら気づかぬ間に携帯端末に移動先が書き込まれていた。気づくのが遅かったな、あやうくすれ違いになることだった。
切島に、顔抜きパネルに顔を突っ込む轟の写真を見せられ笑っていると、爆豪の豪快な罵倒する声が聞こえてきた。うんうん、表面上だけかもしれないけれど、元気になったな。
「次だ次ー!」
アスレチックは全員が遊んだわけではないが、希望者は一周したらしい。変なやる気を出してしまった爆豪は、A組から離れてもう一度参加するそうだ。
はぐれたとしても迷子になることはないだろうと、爆豪を残して移動を開始。運動して疲れて帰ると良い。
そこから先はわりと自由だった。幽霊屋敷やクレープ屋、サポート科の展示会なども見てみたいな。
行き当たりばったりで計画性は皆無だが、たしかに本番が気になりすぎていて、遊ぶ時間など抜け落ちていた。
ライブが終わった解放感から、みんな楽しそうに笑っている。
「セメントス先生ですわ!」
「うわー! かっわいいー!」
休憩で立ち寄った喫茶店で、教員を模したドリンクの容器に八百万と耳郎が反応していた。なるほどな、料理の質での勝負は諦め、サブサービスを充実させてきたか。いいビジネスだ、A組には足りない部分だな。
こういう人材はヒーロー事務所に向くのかな? 個人的には雇いたいけれど。
「この人は?」
壊理ちゃんが両手で支えているドリンク容器はミッドナイトのようだ。なにがとは言わないが持ちやすそうでなによりである。
その場全員が黙り込んでしまう。だれが悪いわけではないが、クレームは入れておこう。ちなみにエンデヴァーやホークスなどは商標登録の問題でいないらしい。
そんな些細な問題はあったが、おおむね楽しく見て回れたのではないだろうか。残念ながら全部は見て回ることはできなかったが、ミスコンの結果発表は見逃せないよな。
拳藤は残念ながら入賞を逃し、前年度優勝の絢爛崎美々美先輩は準ミスコン。
栄えあるミス・コンテストの座は、波動ねじれ先輩がつかみ取った。
満面の笑みの先輩に遠くから声援を投げかけるが、届いたかなぁ。
「さて、じゃあオレはそろそろ」
「え? どこか行くん?」
「まだイベント残ってた?」
クラスメイトに声をかけられるが、まさかヴィラン犯罪者の身元保証人になるとは言い出せず……。無理やり誤魔化して集団から離れることにした。
「じゃあ壊理ちゃん、もうちょっとだけど、楽しんでね」
「はい!」
明日は日曜日で休みだが、明後日からは通常授業。つまり、今後軽々しく緑谷とも通形先輩とも会えなくなってしまう。……母さんがわがまま言わなければ、だが。
最寄りの、ジェントルが事情聴取を受けている警察署へはすぐについたが、すでに夕方だった。
小中学生の見た目だが、身分証を受け付けの方に見せるとひどく恐縮されてしまう。待遇で言えばVIPだな、弁護士二人連れてきていればそうなるか。
応接室で茶菓子を出されて待たされると、ゴリラ型の個性主が挨拶しにきた。
「えっと、あんたが、策束業?」
「ええ、担当刑事さんですね。よろしくお願いします」
「雄英生だろ、あんまりあくどいことするんじゃないよ」
失敬な、ちゃんと法に則った手段だ。法の抜け道を歩くことがあくどいというのなら、そうだな、世の金持ちと政治家はすべてあくどいことになる。
本来、逮捕され拘留が決定した人物に会うには二、三日かかる。法律上、被疑者は逮捕から七十二時間は警察の【もの】なのだ。
そして基本的に七十二時間以内では、家族ですら面会ができない。オレがあくどいと言われたのはそこだな、担当刑事に五分だけと告げられ、弁護士とともに面会室に入る。ちなみに一人五分だなんて甘い意味には受け取らない。
「やあ、ジェントル・クリミナル」
「キミは……なぜ?」
ふむ、さすが元ヒーロー科かな。法律にはそこそこ詳しそうだ。
憔悴しきった表情のジェントル・クリミナル。
調べてもらった限りでは軽度の犯罪が何個か。常習性があり、未遂もあれば列記とした犯罪になった動画もある。裁判になれば実刑は免れないだろう。
──と、言ってもだ。
彼の犯罪は安い。殺人もなければ、なんと暴行傷害もない。ジェントルに襲われたヒーローたちは傷害罪で彼を起訴していないのだ。数人がかりでジェントルに撃退されたことを認めなかったのかな? 詳しい話はこれから聞くことになるが、窃盗と窃盗未遂、不法侵入と不法侵入未遂、強盗未遂が何件か。
罪として重いのが、公務執行妨害と個性無断使用の二点だが、こればかりは裁判で解決するしかないかな。罪が証明されれば償うものだ、いくら金があろうとも関係ない。
「手短に行きましょう。あなた、私に雇われませんか?」
強化プラスチックのアクリル板の奥で、ジェントルの表情が動く。
「詳しくは弁護士に。とくに犯罪関連。……まったく、ずいぶんと悪さしましたね」
「いったい、なにを」
「緑谷出久。私は彼を買っていましてね。どのような個性か知りませんが、彼を追い詰めたあなたの個性……【欲しい】んですよ」
オレはとある日、【やり方】を変えた。
本来は既存のルール内で、ヒーローに成ろうとしていた。それが一番憧れたものに近いからだ。だが、阿呆の会社などに用はない。
会社を立ち上げ、人を雇うことで『策束業ヒーロー事務所っぽいもの』を作ろうと思い立つ。もちろん様々な障害があり、一番は個性の使用だな。
個性をヒーローのように暴力装置として使う場合、ヒーロー公安委員会が確実に邪魔をしてくるだろう。
警護会社のように、個性の使用を前提とした職業もあるが、話しを聞けば制限がかなり厳しい。不審者が現れたからといって率先して個性を使えるわけではなく、命の危機を感じてからの使用、という流れにしなければいけないらしい。
遅すぎてあくびが出るわ。
オレに不信感があるのか、【疲れて】しまったのか、ジェントルはラブラバの状況だけを聞いてうつむいてしまう。連れない態度だ。
ちなみにラブラバは共謀罪と不正アクセス禁止法の二点で取り調べを受けているが、おそらくはどちらも不起訴になるだろうと弁護士が告げた。そもそもラブラバが自供したハッキングはジェントルの住所を特定するものだったらしく、ジェントルの動画とは無関係だ。共謀罪としてはあまりにも犯した罪が弱いので、適応されない可能性が高いとのこと。
時間もないし、ここは心を掴みに行くか。
「オレは無個性だ」
「──は?」
「馬鹿げてるよな、雄英高校ヒーロー科だぜ? ヒーローに成れるわけがない」
ジェントルの弱々しい瞳がオレを見ている。
「無個性と前科持ち。きっとオレたちはヒーローに成れない。だけど、諦めきれないだろ? なあ、ヒーロー落伍者のジェントル・クリミナル……。チャンスをやるよ」
オレには与えられないチャンスを、オレが与える。ずいぶんと皮肉が効いている。
「手を掴め。オレのために個性を使え。オレの、ヒーローに成れ。ラブラバのヒーローに成れ」
結局──心を掴まれたのはオレだったという、情けない話だ。
うつむき、嗚咽を漏らすジェントルがこの誘いに乗るかどうかは賭けだ。ヒーローを憎んでいる可能性はあるし、ヒーローを目指すこと自体がトラウマになっている可能性はある。
でも、ラブラバへの愛は本物だろう?
時間もギリギリだ。弁護士の目配せを受け立ち上がる。
外にいた警官にノックで知らせ、伝え忘れたことがあったのでジェントルに声をかけておく。
「あ、報酬には記載されてないけど、紅茶だったらなんでも用意してやるよ」
ガタリ、と椅子を揺らしながら立ち上がったジェントルの食いつきを見て、愛とヒーローってなんだろうなと首を傾げることになった。