劇場版第2作は①~⑥+顛末となります。
文化祭も終わり、それでもまだ浮足立っていた学生たちだったが、そんな学生気分は数日後には水をぶっかけられるように鎮火していくことになる。
本来であればヒーロー基礎学に当たる時間に、準備中の我々を相澤先生はA組を教室に留め置いた。文化祭の準備期間は、午後は座学もなく時間になれば必殺技開発のため、体育館ガンマに向かっていた日常が長く続いた。新鮮ですらある。
相澤先生は束になった書類を生徒たちへ配り始める。
渡された書類に記載されたタイトルは、『ヒーロー活動推奨プロジェクト』。つまりは、とうとうきた、ということである。
訥々と書類の内容を読み上げる相澤先生だったが、まるでお経のようだ──と感じたのはオレだけのようで、クラスメイトの楽しそうな雰囲気は、背中しか見えないオレからでも増している気がする。
「勤務地の詳しい説明に入る。極秘であるため、口外はするな。わかったな」
生徒が一斉に返答をして、相澤先生は軽くうなずいた。
「ヒーロー活動推奨プロジェクト。お前らの勤務地ははるか南にある那歩島だ」
黒板に電子音とともに映し出される、小さな島の衛星写真。
相澤先生の説明は続き、お題目としては、高齢で引退したヒーローの繋ぎとしてオレたちがその島でヒーロー活動をするという。
おそらくはB組でも、ほかの学校でも、同じようにヒーローが不足している地域に行くのだと説明をされているはずだ。
那歩島と言えば沖縄よりもさらに南。距離はあるが、冬でも海に入れると比較的人気の観光地のはずだ。おまけにいまは十一月初頭……。厄介な地域に割り振られたかもしれない。観光シーズンはどんなものだろうか。
クラスメイトが相澤先生の発言を受け沸き立つなか、こちらは頭を抱えそうだよ。
相澤先生が個性を発動させながら髪の毛を逆立てると、一瞬で静かになる生徒たち。あー、そういえばこの企画だと委員長がリーダーか。厄介すぎるだろこんなの。がんばれ八百万。
「このプロジェクトは、規定によりオレたち教師やプロヒーローのバックアップは一切ない。当然、なにかあった場合責任は一切お前たちが負うことになる。そのことを肝に銘じ、ヒーローとしてあるべき行動をしろ」
「「「はい!!」」」
「それと策束。前にこい」
「はい」
え、やだよ変なこと任命されるの。この面子でヒーロー活動の責任者とか絶対いやだからね!
のこのこと教壇へまで行くと、相澤先生から一枚のカードを手渡された。『HERO』と書いてある灰色のカードだった。はて、と首を傾げていると、相澤先生に「それは裏面だ」と告げられる。
ひっくり返すと、そこには『ヒーロー活動許可仮免許証』とあった。続いてオレの名前や個人情報が記載されている。そしてオレの写真とともに、『FAKER』と書かれていた。
──あ、これ、仮免だ。
「あ、ありがとう……ございます」
あ、やばい、泣く。
相澤先生の用事は渡すだけだったようなので、慌てて自分の席へと戻った。
オレが席に着いたことを確認したのか、相澤先生はさらに説明を加える。
「今日のヒーロー基礎学は、那歩島でのヒーロー活動を考えることだ。哲学的な意味じゃないぞ。現地での生活、活動場所、個性の使い方、こちらから持っていく物資。それらすべてを策束主体で話し合え。レポートにして提出しろ。B組のものと教師陣が比べて点数をつけるからそのつもりで。俺は寝る」
熱くなる目頭を押さえていると、クラスメイトがこちらを見た。なんだよ、恥ずかしいから見るな。
「策束くん」
やめよろ飯田、二か月遅れだけど、ようやく追いついたんだぜお前らに。えへへ。
「そのまま話し合うのか?」
ええ? いいよそんなの。みんな祝ってくれるのは嬉しいけど、そんな話し合いだなんて。
おっと次は轟か。なんだい? 見る? オレの仮免。
「目が赤ぇぞ、どうした」
「……なぁんか、おかしくない?」
いや、え、祝えよお前ら。わー! ってなるところじゃん。
訝しんでいると、隣に立った八百万に手を取られ、立ち上がる。その拍子に仮免許が手からこぼれて、机の上に転がった。
わけもわからず教壇まで連れてこられて、八百万がチョークを持って黒板に『那歩島でのヒーロー活動について』と書き始めた。
教壇にはオレだけ。
「……なに?」
「頼むぜリーダー!」
「いつものよろしく!」
男たちからガヤを投げられ、仮免に気を取られていた思考がようやく追いついてくる。さっき相澤先生はこう言っていた気がする。
『策束主体で話し合え』
なんでだよ! やだって言ったじゃん! 言ってないけど! 上げて! 下げるな!
やけっぱちのように、手を二回叩いて静かにさせる。
「えー、会議長として任命されていたようです。飯田は議事録よろしく」
「任せてくれ」
まあ実地では、八百万がリーダーになるよう議論を誘導すればいいだけだ。
気を取り直して書類を見直していると、八百万が気を利かせてプロジェクトの期間、島の人口、観光客の時期的総合人数などを板書してくれていた。
ちらりと相澤先生を覗き見たが、本当に寝ていやがる。
はぁ、すこしは真面目に考えるか……。
◇ ◇ ◇ ◇
那歩島。
沖縄県よりもさらに南に位置するその島は、冬でも海で泳げる観光地としても有名な島だ。
人口は千人程度。畜産、観光業を生業にするその島は、人口のすくなさに反して小中一貫校や海水淡水化施設、水道局、発電所、携帯電話基地局などなど、人が暮らしていくには十分な環境が整えられている。
一転ホテルはなく、観光客のほとんどは民泊で過ごすことになり、そちらも財源の一つになっているようだ。
ヒーロー事務所は一箇所だけ。観光客が多いなか、定年間際のおじいちゃんヒーローをずいぶんとこき使うものだと思った。
とはいえ、ここ半世紀近くで犯罪らしい犯罪はなし。一番目立つので窃盗の件数の多さか。観光地にはよくあることとは言え、耳郎と障子に任せきりになるかもしれない。
資料にそこまで書いてあったかと言えばそんなことはなく、手っ取り早く電話して聞いてみたんだよ、すでに定年退職してしまったおじいちゃんヒーローに。二十人で行きますと言ったときは、ずいぶんと驚いていたな。オレたちが学生ということで侮られることはなかったので、学生でも数人いれば十分だと判断していたかもしれない。
そんな平和な那歩島に二週間を超えての滞在予定だ。
仕事内容より生活面の重きを置いたほうがいいかもしれない。
具体的に言うと、衣食住の食事と住む場所だ。
地元の学校も大きいので空き教室を借りるか、公民館を借りるか、宿泊施設を貸切るか、かな。住宅地にある学校のほうが交通の便が良く、公民館か宿泊施設だと事務所に泊まれるなどの融通が利くことを話すと、圧倒的多数で公民館を推されたため、島の都合もあるだろうが公民館を想定して決めることになった。
さて、食事も事務所も必要なのは一点、金である。
まずは相澤先生を叩き起こすも、サポートはできないとすげなく断られる。経営科へ顔を出すと、すでにこちらからの連絡を待っていたらしく、金の流れを説明されてから予算案の提出を求められた。
B組にもついでに声をかけておく。黒板は塩崎の植物で隠され、物間からは警戒するように唸り声を上げられた。しかし、やはり金で行き詰っていたらしく、経営科に行くことをオススメするとものすごく感謝された。ちなみに行き場所は教えてもらえなかった。いいね、ちゃんとしている。
クラスに戻って予算案の話をすると、何人かが考えを放棄して机に突っ伏してしまう。
まあ二十名の食事量を金額にして、ついでに事務所の初期費用を合計しなければならない。コスチューム代が別途なのは良かった、計算が楽でいい。
一週間の食事がざっくり一人一万だと計算すると二十万円。半額とは言わず十五万程度には下げておきたいけどな。贅沢する気はないが、極貧を想定して金の計算をしてしまうと、のちのち削れる部分がなくなってしまう。
そういえば給料ってどうするんだろうか。さすがに出ないか、と書類を見直すがなにも書かれていなかった。なにも書かれていないということは、書き足しても良いということだと思うが、さすがに経済科が許さないか。……あとで聞いておこう。
事務所のほうはどうだ、勘定項目をどれほど当てはめるのか。ヒーロー公安委員会からのお沙汰があるのなら保証料程度は勘弁してほしいのだが。それに借りるのは半月だ、敷金も抑えたい。
善意をあてにしたいところだが、予算案ではシビアに行こうか。
夢に焦がれた少年少女が、一人一台のパソコンを願い出てきたが、一喝して黙らせる。新人がそんな贅沢をできると思うな。かわりに一台良いPCを購入して、モニターとマウス無線で使うことを提案。安いモニターなら二千円で売っているし、マウスなら数百円だ。マウス、モニター、パソコン合わせて二十五万。いいんじゃあないか?
電話も欲しいが固定電話なら安く済む。タブレットも欲しいけど、一台一万円の追加はちょっと痛いかもしれない。
水道代と電気代の計算はあとからだが、どんぶり勘定で諸々含めて五十万円。移動費含めるとだいたい七十万か。往復で考えれば九十万円也。
二十人のヒーロー事務所と考えるとずいぶんと控えめだが、二週間と考えるとずいぶんと割高だ。おまけにこの中には家賃と人件費は含まれず。初期投資はどうしても高くなるが、もっと削ってもいい気はしている。
さぁ、こんなもんでどうだろうか。
◇ ◇ ◇ ◇
「いやぁ……十分じゃないか……」
「なんつーか、途中からついていくの諦めたわ……」
瀬呂と切島は金勘定を挟んでから置いて行かれたな。あのなぁ、金がなきゃ人間は活動できないんだよ。
「オーケー。じゃあ次だけど」
「「「まだあるの!?」」」
クラスメイトたちから怒号を浴びせられる。
しかし持っていく物も制限したい。持っていきたい物をリストアップしてもらって、そこから《創造》で誤魔化せるアイテムは量を判断して削除していく。
あとはシフト決めだろうか。シフト決めは各々利点もあるぞ、余暇で海に入れるかもしれない。そういう時間の捻出はシフト決めにかかっていると言っても過言ではない。
二週間なら一人四日間くらいは休日をつけるのがベターかな?
と思ったがそこまでの時間はなかった。
チャイムと同時に寝袋から抜け出した相澤先生が立ち上がる。なにも言わず出て行ったので、彼の中の基準は合格したのかな。それとも不適切なことにも口を出さないつもりか。
その後は経営科に予算案を提出してから、電話、モニターとマウス、パソコンなどの商品をチェックしてもらう。
クラスに戻ると、なぜかオレの席にクラスメイトが集まっていた。なんだろう、不備でもあったかなと声をかけると、主役の登場とばかりに取り囲まれた。あっという間に埋もれてしまう、身長差があって怖いんだよ。
「どうでしたかー! 経営科はー! んー?」
「どうもこうも、ついさっきも行ったばっかり……」
にやにやと笑う芦戸に嫌な予感が付きまとうが、お遊びには付き合っておこう。
「なーんかさー! ウチらに言うことあるんじゃない?」
ここしばらくでは珍しく、耳郎も一緒になって楽しんでいるようだ。邪魔しちゃあいけないとは思うが、そろそろ種明かしをしてほしいものだ。
肩をしゃくってみんなの続きを促すと、一番後ろに立っていた上鳴が仮免許をオレに見せびらかしてきた。
いやそれオレのー!
「仮免おめでとう策束くん!」
「もっと喜んでてくれよー! 全然気づかなかったぜー!」
「補習受けてたんだな。さぼってるのかと思ってた」
「俺のほうが仮免先輩だからな!」
ええ? 違う、喜んでたんだよ? 相澤先生に水を差されただけで。
上鳴から仮免許を取り返して、改めて挨拶をする。
「仮免ヒーロー! フェイカー!! 今後ともよろしくお願いします」
「なにが仮免ヒーローだ! 他力本願ヤロー!」
瀬呂からヘッドロックを受けるが、オレはもう他力本願ではない。
障子から「似合わないぞ」と笑われるが、そうでもないんだよなぁ……。
フェイカー。
偽物とか詐欺師とか、まああまりポジティブな意味では使われないが、この名前にしたのにはわけがある。
その一つの要因に、赤黒血染──ヒーロー殺しステインの存在がある。そして、ヤツがたびたび口にしていた『偽物』という言葉。彼が定義する『本物』がオールマイトであるのなら、オレはきっと『偽物』だ。
ヴィランの言葉になにを流されているのかと言われれば、なにも言い返せない。それにオレがいま【裏】でやっていることは、クラスメイトに胸を張って言える内容ではない。
そういった意味でも、オレは『偽物』であるように思う。
もっと言ってしまえば、『偽物』で良い。
そう、思い始めてしまっている。
オレが『本物』になることを否定するのなら、オレは『偽物』のヒーローで良い。
──ゆえのフェイカー。
『偽物』のオレが登り詰めることで、改めてステインを否定してやろう。
……まあ、登り詰められる未来は一切見えてこないのだが。
「ウチは合うと思うなー、フェイカー」
含み笑いの耳郎がそう言ってくれたので、ちょっとだけ安堵する。けっこうネガティブなイメージだから、笑ってくれてありがたい。
クラスメイトは耳郎には反対のようで、もっと良さそうな名前を提案される。そんな意見も、耳郎が取り出した電子辞書によって否定されることになったようだ。
リレーのように画面を指さすような格好のまま、電子辞書がクラスメイトに回される。珍しいことに、八百万なんてその項目がツボに入ったのか、むせるように笑っていた。
「これはもう策束だわ」
「認める、策束はフェイカー」
「詐欺師っぽいし、まあいいんじゃない?」
最後に男性陣が耳郎の電子辞書をオレに見せる。
えー、なになに、偽物、詐欺師、偽造者──、
「──商人?」
「金勘定しているときの策束は、生き生きしてると思う」
轟にまでそう言われると、金へのがめつさにほとほと嫌気が差してくる。
クラスメイトに笑われながらも、仮免許をカードケースの中へとしまった。
◇ ◇ ◇ ◇
飛行機に乗るのは、雄英高校に入学してから二回目だ。沖縄までは三時間とかからず、そこからフェリーで一時間ほど。待ち時間なども合わせれば五時間後にはオレたちは那歩島へ降り立つことになる。
飯田と八百万主導のもと、まだ薄暗い空港であくびを噛み殺しながらの搭乗となった。教師陣による見送りはなし。バックアップを期待するなとは言われていたが、放任にもほどがあるだろう。まあ、これが仮免を持つということなのだろうか……いや、絶対相澤先生が面倒くさがっただけだよな。
ちなみに今回のプロジェクトに仮免取得者の心操は参加しないらしい。あくまでヒーロー科としての行事ということだろう。来年からヒーロー科は確定しているのだ、頑張ってくれ。
ちなみに人生二度目のエコノミークラス。八百万に関しては初めてらしく、耳郎の肩が触れ合うことに照れ照れしていた。こっちは左右を口田と障子に挟まれている。身体が小さくてお互い助かったよ。
飛行機は沖縄の空港に着陸。そのままフェリーで一時間なのだが、待ち時間も一時間だ。観光でもしてきてやろうかと思うが、クラスメイトでそんな浮ついた考えしているのはオレと瀬呂くらいだったな。彼が握りしめる『那歩島観光ガイドブック』と『沖縄の歩き方』なるパンフレットが楽しみさを物語っていた。
フェリーに一時間ほど揺られると、二つ続きの島が見えた。
瀬呂が持ってきたパンフレットを見せてもらったが、戦国時代に建てられた城跡も観光名所。那歩島と隣の小島を繋ぐ砂浜は、潮の満ち引きで海に沈んでしまうという。もっとも、隠れている時間のほうが短いらしい。台風のときは要注意だな。
那歩島に降り立つと、かなりの数の島民に歓迎されることになった。そりゃあ駆け出しとは言え雄英高校の仮免ヒーロー二十名だ。二週間といえ、映画館もないという那歩島にとっては楽しいイベントなのだろう。
島民に囲まれ、挨拶の握手どころかサインすら求められる異様な時間だったが、そのうち爆豪が吠えだしたことでお開きになった。
それでも、爆豪が怒ったことに島民からマイナスなことは言われなかった。それどころか体育祭の様相よりも大人しいことに不満を漏らすご老人もいたくらいで、怒り出したときには喜ばれていたな。ハードルが高くなくて助かるが、低すぎるのも問題だぞ爆豪……。
「こりゃあ全部は乗らんなー」
「どうするね?」
港からの移動用に用意してもらったのは観光客用のマイクロバスだったのだが、こっちは人数分の手荷物もさることながら、パソコンを筆頭に事務用品を大量に抱えている。女性陣にはバスを譲り、男性陣で大きな荷物を運ぶことになった。男女差別も甚だしいが委員長と副委員長を二分するのは悪くない。
処分の問題で、八百万にはリヤカーを一台だけ《創造》してもらったが、モニター関係は乗り切らず、おまけにPC本体は精密機械。ほとんどを手荷物として運ぶことになった。
とはいえ……五百メートル以上の距離を大量の荷物を持っての移動だ。常夏の島で汗だくの軍行となるだろう。
海に囲まれているからか空気が乾燥していて、日陰に入ると汗が冷たく感じるほど涼しかった。あー……海入りたい。
「止まんなよ策束ー!」
荷物を一緒に持つ峰田から野次を飛ばされ足を動かす。この身体になってから、本当に体力の差がすさまじく感じる。
峰田よりもタッパはあるが、体力も筋力も劣っているわけだ。はあ……。
風も日陰も涼しいが、車道を覆うほどの高い木が群生しているというわけではなく、片道一キロ程度の距離ではほとんど直射日光を浴びっぱなしだった。
最終的に、オレたちが借り受けたのは宿泊施設『いおぎ荘』。
赤レンガと木材の古い建物だったが、中に入ると丁寧に使われていたと一目見てわかった。どこか、田舎の家と似通っている気がする。
さて、そんな綺麗な内装とは打って変わって下品な話をしていくと、こちらとしては公民館でも良かったのだが、おそらくはヒーロー公安委員会から補助金が那歩島側へ出ているのだと思う。電気代も水道代もネット使用料も、すべて公安委員会が支払う形になっているのだ。
策束家ということで忖度されたかな?
そんないおぎ荘では女性陣が事務所のレイアウトを作ってくれていた。男たちは運んできた荷物の開封も半端にして、庭にて轟に氷をお願いする。
氷に抱き着いて遊んでいるように見えるが、わりと限界なのだ。水、海水でもいい、喉を潤したい。
「こりゃあたまげた」
「すげぇ氷だなー」
「氷代が浮きそうだな」
「ははは、ちげぇねぇ」
面白半分でオレたちの牛歩についてきた島民が、だらけきった様子を見ながら笑っている。
まずは暑さに慣れるところからだな。暑い、暑いわ、学校ではコートを出している生徒もすくなくないというのに。
「こっち準備できたよー! 設置していくよー!」
「わかった。みなさん、ご協力、ありがとうございます!」
女性陣の掛け声に飯田がすぐさま反応し、率先して移動を開始。いおぎ荘の中では窓をすべて開け放ち、段ボールの中から包装材を巻かれたモニターを取り出す耳郎たちの姿が見えた。
その八百万が事務所のレイアウトを指示しているので、それに従ってオレたちも動き始めた。飯田も八百万側に加わって、上手く指示出ししてくれている。
問題は、オレが取り出した固定電話だった。
事務所のように何台も置きたいという要望により、家庭用のようにモジュラージャック一か所に対して電話一台というわけにはいかず、簡易的に増設している。
電話線を一つのハブにまとめ、そのハブをモジュラージャックにつなげた瞬間の出来事だった。
静かな呼び出し音が、二台の電話から同時に鳴り響いた。
すわ心霊現象かとその場にいた全員が動きを止めた。
ツーコール分をしっかり聞きながら、オレが率先して受話器を取った。隣では緑谷が慌ててそれに倣う。
あ、どうしよう、事務所の名前決めてなかった。
「はい、雄英事務所です」
『ん? ヒーローの事務所だよね? やっと出たー、待ってたよー』
「はい、お待たせしました」
周囲のメンバーに、口パクで「いらい」と伝える。慌ただしくコスチュームに手を伸ばすクラスメイトたち。パソコンもまだ立ち上げていないので、携帯端末のメモ機能を起動させながら話を聞くことにした。
依頼者らしき男性の声は中年から初老。通話口からは男性の声だけではなく、いろんな声が零れていた。荒事か?
『いやぁ、実はさ昨日トラクターのバッテリー上がっちまってさー。なんだっけ、上鳴くん? 電気の個性なんだろ? お願いできねぇかなー?』
「……はあ」
え、なに、ヒーローへの依頼の電話なんだよね? トラクターの、バッテリー?
『みんな見てみたいって集まってるんだわー。頼めねぇかい?』
「えっと、確認しますね」
保留状態にして依頼の内容を伝える。あ、名前聞いてない。指名された上鳴はコスチュームに着替えるために二階へ嬉々として登って行った。まあ……いっか!
「お待たせいたしました。スタンガンヒーロー、チャージズマを向かわせます。住所と氏名を控えさせていただきます」
『おー! そうかいそうかい! ヒーロー来てくれるってよぉ!』
マツダと名乗った男性は、おそらく周囲にいる島民に声をかけたのだろう。通話口の奥から歓声が聞こえてきた。まるで興行だな。
ちなみに住所は西地区。詳しくはまだ頭に入っていないが、那歩島は東西南北と中央区の五つで区別されている。いおぎ荘が南地区なので隣の郊外か。徒歩でも時間をかけずに行ける距離だ。
となりの緑谷はご老人相手のようで、純粋に聞き取りに苦労していた。
その間にも電話が次々と鳴るものだから、慌てて電話番を立ててPCを準備し始める。
タブレットを用意しておいて助かった。事前に作っておいた報告書の欄に必要項目を書き込んでいく。あとでPCと同期すれば問題はない。
「どうだ緑谷」
「よくわからないけど痛みで動けないみたい。診察所まで連れて行ってほしいって」
「自宅?」
「うん! 行ってくるね!」
自宅かー。言っちゃあなんだが、タクシー代わりのような……。まあ地域密着型をコンセプトにしたがっているクラスメイトだ、喜んで行くだろう。
それに切羽詰まった怪我の可能性もある。最低でも傷の状態の確認は必須だ。
その後も鳴り止まぬ電話の対応に勤しみ、住民の声に応えていく。途中からタブレットも封印してPCを使って報告書の記入を始めたが、すでに二十件を超えている。
依頼として処理されたものもあれば、子ども電話相談室のようなほのぼのとしたものや、お年寄りからの冷やかしのような内容も飛んできた。
引退したヒーローとは、オレたちが想像していたよりも、もっとずっと、慕われているのだと知った。……帰りがけに挨拶でもできればいいが。
たとえば二人一組で携帯端末抱えてパトロールなんて悪くない。地域密着型を理想像にするのなら、そういう形もあったはずだ。
「疲れたか、策束くん」
「自信喪失中。事務所構えて偉ぶって。あー……マニュアルさんは立派だよ」
話しかけてきた飯田が同意するように薄く笑った。
飯田の正面に座っていた梅雨ちゃんが、モニターの隙間からオレに声をかける。
「良くない考えよカルマちゃん。ヒーローがいてくれる場所も大切だわ」
「うん、梅雨ちゃんくんの考え方は素敵だな!」
笑い合う二人に、心がどこか救われた。
理想が遠い、遠すぎる。その遠い理由を探そうとしているのだ。ただの経験値不足かもしれないのに、知識だけで補おうとしている。おまけに……この程度の自己診断が一人ではできないのだ、オレという人間は。
事務所を構えるプロヒーローたちにもっと話を聞くべきだな。
オールマイトは、教えてくれるだろうか。
「チャージズマただいま帰還しましたー!」
「あははははは! 顔! 顔うぇいしてる! あはははは!」
玄関先から耳郎の笑い声と、上鳴の元気な声が聞こえてきた。さて、仕事に戻ろうかー。
「チャージズマ、追加の依頼きてるよー」
「うぇ!? 充電させてくれよー!」
コンセントへ近づいていく上鳴に電話で依頼された内容をまとめた書類を見せる。
「カルマさん、新規依頼ですわ」
「これは……飯田、頼めるか?」
「任せてくれ!」
依頼内容を確認した飯田がコスチュームのヘルメットをかぶった。現在受けている依頼のほとんどは雑用だ。それでも、飯田は嫌な顔一つせず走り出した。
「ハァイ! こちら雄英ヒーロー事務所! なんでもキラキラに解決しちゃうよ!」
電話の呼び出し音と同時くらいに、青山の小気味いい声が響く。それを、みんなが驚くように見てしまった。
「いいねぇいまの」
にまぁと笑う芦戸の言いたいことは伝わった。
雄英【ヒーロー】事務所か。はは、ヒーローがいる場所の名前には相応しい。
自然と、事務所の名前は決定してしまったな──。