痛い。
呼吸ができない。
目の前が真っ赤で、あ、オレ、浮いてるんだ。
眼下にはオレを見上げるクラスメイト。階段の四人からも見上げられている。
黒いヴィランに、殴られたのか。
身体の感覚がない。まだ浮いてるのかよ。すげぇパワーだな。あー……、落ちたら死ぬよな。っていうか死ぬほどいてぇ。
はは、周囲に浮かんでる血、これ全部オレのかよ。落ちなくても死ぬわ、こんなの。
なんか、ここでオレの隠された個性が、とか、ねぇかなぁ。
なんでオレだけ個性ないんだろ。
なんでボクだけ個性がないんだろ」「お母さんもお父さんも個性があるのに」「捨て子だったのかなぁ」「個性なきゃヒーローになれねーんだぜー!」「お前無個性なのにヒーロー役なんてできないだろー!」「じゃあ策束くんはヴィラン役ねー、いい劇にしましょう、先生も頑張るから!」
ねぇ知ってる先生、無個性ってヴィラン名乗れないんだよ?
いや、やべぇ、これ走馬灯じゃん。
眠くなってきた。夢だったのかなぁ。
ボクなんかが、ひーろーになれるわけ、ないのになぁ。
◇ ◇ ◇ ◇
尻餅をついた耳郎は、まず顔にかかった液体を拭った。
手が、真っ赤に染まった。
「え」
そして、目の前のヴィランが掲げた拳。そしてその拳の先で浮かんでいるスーツ姿の影を見る。
「カルマ」
ヴィラン、いや、脳無は座り込んだままの彼女を次の目標にしていた。片足を大きく上げて、流れるように振り下ろす。
床が砕け散り土煙が舞い上がるが、反面立ち上る血の匂いも、足から伝わる死の感触もなかった。
緑谷が咄嗟の判断で、耳郎を自身のほうへ引きずり込んで助けたのだ。
「麗日さん!!」
緑谷に呼ばれた麗日は、彼の強い眼差しを受けて入学試験のときを思い出す。走りながら自身を浮遊させ、落ちてくる策束に触れ──口と鼻からあふれ出す血の量に怯えた。赤と黒の血。明らかに内臓が壊れているし、よく見れば胸部が凹んでいる。
死を、感じ取った。
込み上がる吐き気が、いつもの個性の反動ではないことは理解できてしまった。
一刻も早い処置が必要である。
なのに、ヴィランが、あんなやつが。
「梅雨ちゃん!! 飛ばして!! やつに!!」
自身を浮かせたまま、策束の重力を増やしてクラスメイトに預ける。そして蛙吹の舌で、空中を飛んだ。
脳無は無防備に飛んでくる麗日を次なるターゲットにし拳を構えるが、その脳無に対して緑谷が真っ向から反撃を試みる。決死の一撃はしかし、まるで手ごたえがなかった。姿勢は変えられず、すでに脳無の打撃は動き出してしまっている。
「麗日さん!!!!」
叫ぶだけ、それしかできない緑谷の視界に、一筋の光が映った。
「んン!!!」
青山のネビルレーザーが脳無の足を貫いた。踏み込みに使った足は力が抜けるように崩れ、拳の狙いも大きく外れる。結果誰もいない床を打つことになるのだが、巨大なクレーターができ、土煙が周囲を舞う。
晴れた頃には、脳無はすでにいなかった。
さきほどの策束と同じように、空中を浮いている。じたばたと暴れるが、踏ん張りの利かない空中で、力自慢ができることなど一つもない。ぶんぶんと腕を振り回すたびに風圧が生まれるが地上にまでは届かない。
「ぷはっ!!」
麗日が自分の浮遊だけ解除し、気持ち悪さをどうにか堪え、策束の元へ向かう。
宙に浮かびながら白目を剥いて痙攣を繰り返すクラスメイトに、何人が心に傷を負っただろうか。誰もが口を押さえ、どうすればいいのか、思考が回らない。
思考が停止したのは、A組だけではなかった。
ヴィラン側もまた、予想外の出来事に動けなくなる。
「なんで、ガキが……脳無を……」
ガリガリと、人の手の形をしたマスクの隙間から、首筋を掻きむしる白髪の男。今回の奇襲作戦の実行者であり、主犯格の一人。
ガキを逃して応援が呼ばれる可能性があるため、作戦を次点へ落とし、撤退戦へと移行した。
でも、それじゃ、悔しいじゃないか。
だから命じた。
『ガキを二、三人殺してこい』
と。
オールマイト用にカスタマイズされた脳無は彼ですら反応しきれない速度で移動し、そして次の瞬間には子どもが一人、空を舞った。
ヒーロー科というにはあまりにも情けない、スーツとヘルメットを被った、一番うるさいクソガキだった。
もう一人、浮かんだ。ピンクと黒の服を着た女子生徒だ。
あと一人くらいやれば、せめてヒーローの威信とやらにクソを塗りつけて帰ることができるだろう。
そう、思ったのだ。
なのに、なんで、なんで、なんで、
「なんでなんでなんでなんで」
爪で削れた皮膚からは血が流れだし、首元をところどころ赤く染め上げる。
彼の視線には、空をふわふわと浮かびながら、手足をバタバタと動かす脳無の巨躯が映っていた。
ナンバーワンヒーローのオールマイト用にカスタマイズされた、オールマイトを殺せる脳無が、何も成せずにみっともなく空を泳いでいる。教師は二人、一人は瀕死で、一人はそんな個性じゃない。
人質程度の価値しかないガキどもの誰かの個性であると推理することに無理はない。
「死柄木弔……すでに脱出されています。引きましょう。脳無は私が」
「黒霧ぃぃぃ!! お前のせいで作戦崩れてんだろうがぁぁぁぁあああ!!!」
「申し訳ないと思っています。しかしここは引かねば」
激高は一瞬。次の瞬間には両手から力を抜き、うなだれるような姿勢になる。
「撤退だ。次こそはオールマイトを──」
言いかけ、力がさらに抜けたのか、死柄木と呼ばれたヴィランは唐突に膝をつく。自分自身がなぜそうなったのかわからないようで、なにが起こったのかと足を見る。
太ももからとくとくと溢れ出す血が見えた。
「あ、あ、ああああああああ!!! 不意打ちとか!! ふざけてんじゃねーぞ社会のゴミどもがあああああ!!!!」
両手を地面に向けようとした瞬間、今度は肩に衝撃。その前後で乾いた銃声を聞いていた。
黒霧が悲鳴のように彼の名前を叫ぶ。
「【死柄木弔】!!」
「逃がすか!」
遠方から、砕けた氷の隙間に広がる影を見つめようとしたイレイザーヘッドだが、それを制止する大声を聴いて個性発動を取りやめ、生徒たちを見る。
「もう! 限界!!」
個性を発動し続けた麗日の悲痛な叫びだった。友だちを傷つけた犯人を、自分の力不足で逃がそうとしている、そんな声。
瞬間、脳無が落ちてくる。
命令は実行されたまま。あと一人は子どもを殺さねばならない。
拳はすでに繰り出されていた。
「っ!!」
イレイザーヘッドの『抹消』の個性。対象を見続けている間、その対象の個性を消すことができる。問題は青年一人を悠々と空に吹き飛ばす膂力が、個性なのか、どうか。
一方の生徒たちも必死である。このヴィランが拳を振り下ろし、小石一つ当たろうものなら死にかねない友人を守ろうと、全員が決死の覚悟で立ちふさがる。緑谷もワンフォーオールを全身に張り巡らさせ、迎え撃つ体勢へと移っていた。
その三方の思惑を、すべてねじ伏せる存在が、この学校にはいる。
「待たせてしまったね」
脳無を、背後からただの腕力だけで持ち上げる。
いるだけで民衆には安寧を、敵には恐怖を与える、正義の象徴。
「オールマイト!!!」
生徒も、ヴィランも、みなが彼の名前を呼んだだろう。
「もう大丈夫! 私が来た!!」
「【脳無】!!! ソイツを!! 殺せええええ!!!!」
影に呑まれながら死柄木は怨嗟の呪いを口にする。
それでも、オールマイトは拳を振り上げた。
『ショック吸収』『超再生』の二つの複合個性を、誰にも知られることなくイレイザーヘッドの個性で失った脳無は天井をぶち抜きさらに上空へ飛ばされる。
「お前は!! 大切な子どもたちを!!! 傷つけた!!!」
オールマイトは跳躍することで空中の脳無へ密着すると、その勢いのまま追撃を行う。
腹へ、胸へ、首へ、頭へ。四度などではなく、振り抜いた拳は四十を超すだろう。強靭な肉体を持つヴィランでも、本来ならばそこまでオールマイトの連打を浴びれば人の形が変わるだろう。なのに攻撃を止めないのは、決してオールマイトが殺人衝動に任せて殴っているからではない。
空中へ飛ばされたことで、イレイザーヘッドの個性から抜け出し、『ショック吸収』と『超再生』の個性が戻っているのだ。拳の先でその変化を感じ取ったオールマイトは、連打を止めることはなかった。
体勢を立て直させるなんて余裕を、子どもを傷つけたコイツに持たせるわけがないのだ。
オールマイトは、その自身の個性『ワンフォーオール』を緑谷出久に譲渡してから日に日に力の衰えを感じている。そもそも今日は活動時間ギリギリなのだ。
だから、どうした。
「罪を償え! ヴィラン!」
オールマイトは脳無の頭を掴んで、巻き込むように反転する。結果、彼が脳無の上を取る。空中ながら脳無に跨る格好を選び、最後の拳を振るう。
「デトロイト! スマッシュ!!!!」
USJの中央に当たる噴水に向け、オールマイトは最後の拳を振り切った。
黒い彗星が墜落し、施設の中心に巨大なクレーターを作り上げる。
「オールマイト!!」
倒れ伏せる脳無の真横に立ったオールマイトと、影から片目だけ見せる死柄木の視線が合う。影と、その殺意の持ち主が消えたことを確認し、生徒たちのもとへ跳躍する。
「怪我をしている者は!!」
「オールマイト! 策束くんが!!」
空中に浮かぶ策束業。麗日はヴィランへの個性を解いてまで、彼を浮かばせることを優先した。その彼は細かい痙攣を起こしながらも、胸が大きく凹もうとも、呼吸をするたびに口や鼻から血が溢れていても、小さな命の灯を消さないでいてくれた。
「みんな、よく頑張った。彼は絶対助けるからな!!」
オールマイトは横抱きに彼を支え、出口に向かって走り出す。助かるかどうかなんて考えるのは後回しだ。助ける。どうやっても助ける。それが、プロヒーローの矜持だ。
願いは通じ、遅れてやってきた根津校長一団へ出会う。
B組担任のブラドキングの個性で策束の体内の臓器を支えてもらいながら、二人は保健室へ急ぐことになる。
オールマイト、ブラドキングに策束を託し、根津校長が集めたプロヒーローがUSJに集合し、オールマイトとともに一足早くヴィラン撃破を担っていた三年ヒーロー科担任のスナイプ教師も合流した。
慌てたのは、黒霧という帰り道がなくなったヴィランたちである。彼らは結局五分と立たずに制圧と拘束をされることになる。
これにて、ヴィラン連合による雄英高校の衝撃事件は幕を閉じることになった。
だがこれは、ヴィラン連合の、始まりの狼煙に過ぎないことを、彼らはこれから知ることになる。
◇ ◇ ◇ ◇
静かだ。
オレはゆっくりと、目を開けた。
痛いくらいの光が目を焼いて、一度ぎゅっと閉め直す。
一瞬目に入った光景では病院だが。枕元には母親のような影がいた。
生きてるのか、なんだ、すげぇな。オレの個性が覚醒したか。
ガンガンと痛む頭がそんなことないよと訴えかけているようだ。
腕を上げようとして、あまりの身体の重さに諦める。ゆっくり、ゆっくり手の指から足の指が動くかどうか確認しておく。
ちょっとまて、【生きてるのか】って、なんだ。
なにがあった?
オレになにがあってこんなところにいるんだ。
しっかりと目を開けて周囲を確認するが、やっぱり病院だ。呼吸をするたびジクジクとした痛みを肺が訴えてくる。あと口が臭い。なんかめちゃくちゃ、なんだこれ、生臭い。口臭ってこんな臭かったっけ。
「かあさん……」
目を開けて、母親の姿を確認してから声をかける。ベッドに突っ伏していた母さんは、オレの声に少しだけ反応したが、もう一度安らかな吐息を吐き始めた。
オレも二度寝してやろうかと思うが、頭が痛すぎて眠ることができない。
「かあ、さん……」
しまったな、声を出すのも辛い。
母親は動く様子もないし、呼吸するたび体力が持って行かれるほど体調が悪い。車に轢かれた? そういえば肺と言わず胸が痛い。誰か私の胸の上で踊ったのか?
身体を起こそうとしても力が入らず、ベッドのシーツを揺らすことしかできない。
「だれかー……トイレいきたーい」
そんな状況は、看護師の巡回がくるまで続くことになる。
そこから先は大変だった。起きた母親が笑うわ泣くわ、抱き着こうとして医者に止められたり、父に電話して狂喜乱舞。
なんでこんなことになったか聞くと母親は大慌てで医者へ確認を取る。
大怪我の影響で記憶が混濁しているとのことだった。いろいろと記憶のテストを受けたが、不備はなさそう。一時的なものであると言われたが……。
歯を磨きたいと申し出るが、手が重くて動かせない。貧血と、治癒個性による反動らしいが、おかげで口臭予防薬液でのうがいで済ますことになる。
介護のように看護師が手伝ってくれたのだが、オレが吐き出した汚水が、赤黒く色づいていた。
え、なに、なにこれ。舌を使って歯の本数を確認するが、痛みも異常もなさそうだ。医者が来る事態になったが、口と鼻から血を流したための残りだと言われた。いや、え、口と、鼻? これは、気にしたら負けなやつかな……。
テレビをつけると、あらかたのニュースでは特番しかやっていない。しかも雄英高校襲撃事件と、怪我をして入院している生徒の安否についてだ。つまりはオレのことで、尋常じゃないほどの注目度である。まあ天下のヒーローを数多輩出してきた伝統ある学校がヴィラン連合を名乗る組織に襲われ、人的被害もあったのだ。現校長への責任追及の声も上がっている。
ヴィラン連合……。ものすごい聞き覚えがあるんだけど、なんだっけなぁ。
思考が靄のかかったように阻害されている。
思い出そうとするたび、とかじゃなくて、常時頭が痛い。
いつの間にか寝ていたが、その最中に医者から連絡を受けた雄英高校側が謝罪の挨拶にきたらしい。母親はお冠ではあるが、ヴィランが八十人近く逮捕された事件である。オレと教師一人が負傷したくらい、全体から見れば非常に軽微で、ありえない被害だ。それだけ襲われた生徒側が優秀だったということだろう。
情けない。
そのクラスメイトだが、代表してなんと八百万のお嬢さんと、飯田って体格の良い生徒がお見舞いにきた。記憶の混濁と聞いて非常に驚いていたが、オレの驚きに勝てるだろうか。まさかこの世で一番嫌いな相手とクラスメイトになるとは……。
この二人から話を聞くと、どうやらオレは非常に冷静に対応していたらしい。隔離施設から目の前の二人を脱出させ応援を要請。その後は離れにいる教員に拡声器で連絡を振りながらの防衛戦。最後にはクラスメイトを庇って負傷。……オレの記憶がないからっていい加減すぎないか? 防衛戦? できるわけないだろ。
どう思考しても物陰に隠れて怯えているのが関の山だ。
負けてもいい試験ならまだしも、ヴィランの集団と対峙して負けようものなら死が待っている可能性だってある。無個性のオレにできることなんてなにもないだろう。
二人とは挨拶程度で別れ、もうひと眠りすることにしよう。
起きたときには母親はいなくなっており、書き置きを開けば着替えを取りに戻るとのことだ。明日、日曜日に退院して、月曜日の早朝、雄英高校の保健室で最終的な治療が行われるらしい。保健室ねぇ。あ、だめ、まぶた、重い。
母の書き置きを最後まで読み終えることなく、オレはもう一度眠りについた。
家に帰るとお受験成功組の弟が、オレのアイスを食べながら居間で寛いでいた。
「まとい……それオレの……」
病院からここまでの移動で疲れ切っているが、恨み言一つくらい言わせてもらおう。
策束纏。オレの三つ下の弟で《複製》の個性を持っている。これは父の個性と全く同じ個性だ。触れた物を外見だけそっくりに《複製》する人間コピー機。とても強力な個性だが、その分リスクはある。無計画に使いすぎると栄養失調でぶっ倒れるらしい。
ちなみに母親の個性は《的》。投げられたものを確実にキャッチできる。銃弾は試したことはないし、紙飛行機などは自分に届けば掴めるが、届かなそうなものを引き寄せるなんてことはできないとのこと。
オレに個性が発現しなかったのは、父親と母親の個性が別物すぎた可能性もあると言われ、母はしばらく気にしていたな。
そんな無個性のオレとは対照的に強力な個性がある弟は、兄に対しても不遜である。
「名前書いとけって言ったじゃん」
御覧のあり様である。まあ弟はシナモン好きじゃないので、もう一つのおやつは無事だろう。
「業さん、お風呂は? 沸かしてあるけど」
母親の提案に頷く。昼前だが良い気分になれるだろう。一晩明けて少しは動けるようになったし、頭はとても洗いたい。もしかして臭かった?
風呂場でずっと気になっていた鼻の中を洗う。案の定鼻血が固形化した赤黒い塊がポロポロと落ちるし、風呂桶の中の水が赤くなる。
湯舟に入ると、心臓がぎゅうと絞められるような不快感。確実に怪我のせいだな。胸を強く打ちつけたらしい。
「生きてんの?」
「せめて病院で死ぬわ」
風呂場に弟がひょっこりと顔を出す。オレに似ず非常に生意気な言葉遣いと、顔の持ち主だ。しかも身長は三年前のオレより高いときた。
「無個性のくせに雄英なんて行くからだよ」
「雄英にも普通科ってのがあるんだよ」
「無個性のくせにヒーロー科行くからだよ」
「それでいい」
「兄貴が卒業したらオレも雄英だから」
宣戦布告のような真似だけして、風呂場から出て行ったらしい。
残念ながらお受験成功組の彼は大学までルートが決まっている。将来父親の会社を継ぐのは彼だろう。成績も十分優秀だし、個性も父親と同じもの。出来の悪い兄など、きっとどこかに放任される。
そういえば、八百万と飯田ってやつに、普段のオレ聞いておくの忘れたな。いや、普段って言っても入学四日だった。たいして変わらんか。あー八百万いるのは聞いてないわー。
……いま、ちらっと八百万のコスチュームを思い出したぞ。
え、そんなおっぱい見せる? え、マジでかアイツ。ヘソまで見える際どいヒーローコスチュームは、これは、夢? 妄想とかだったら死ぬほど悔しいんだけど。
オレいつからいつまでの記憶がごちゃごちゃになってるんだろう。入試はなんとなく覚えている。反面高校の入学式に出た記憶はない。スポーツ大会みたいなのやった? ビル破壊したのって誰だ? あ、入試で出会ったやつらはどうしたんだろう。合格できたのかな? というかそいつら合格してなくてオレだけ合格とか最低なコースだ。
将来ヒーローになるのか? 無個性ヒーローって誰が得するんだよ。
のぼせそうなので風呂から上がって、自室で寛ぐことにする。傷一つない制服が飾られているが、ヒーローコスチュームは作り直しだと連絡を受けていた。記憶が間違えていなければただのスーツをデザインして送りつけたが、それだよな。気が狂って物凄い恰好のヒーローコスチュームにしていたら、過去の自分どうしてくれよう。
何件もの着信やメールが来ている携帯端末から情報を得ながら、ベッドへ横になる。耳郎響香の名前を見つけた。ああ、同じクラスになれたのだと嬉しくなった。
で、えーっと、ほかになにか思い出したか、オレ。
八百万のコスチュームがとてもエッチなのは思い出して悔しい思いをしているが、それ以外はどうだ。例えばクラスメイトの名前だ。うーん……。クラスメイトの個性。……あー。
じゃあ襲ってきたやつらの記憶が一切ないかって言われると、実はそうでもない。
『黒霧はワープ個性』。これだけはずっと憶えていた。それは母親を通して雄英側にも伝えてあるが、実際はどうなのだろう。間違えて覚えている可能性はある。
もしかしなくてもヴィラン連合というのは襲撃者が名乗ったものか?
報道では隠しているが組織で動く連中がいて、情報を押さえている? 可能性はあるよな。
だぁ、畜生、昼前なのにもう眠い。もういい、寝るぞ。
諦めにも似た感情を抱きながら意識を手放した。
起きたのは朝三時。
自分のうめき声で跳び起きた。
体力に合わせ、記憶も戻ってきたイメージだ。
叫んだのは、死への恐怖。高く浮かんだあの光景。布団をかぶり直すが、ドームの天井と自分の血の色が消えてくれない。
とくにあの黒いヴィランだ。
脳みそむき出しの異形個性。拳を振り上げただけでオレを殺しかけた化け物だ。
情けねぇ。
数多の夢見る中学生を蹴落とし、ヒーローの第一歩を踏み出したはずなのに、オレは拳を振るうしか能のないヴィランを恐れたままだ。オールマイトを殺すための、ヴィランたちの兵器だ。そして生徒を人質にするか誘拐してオールマイトを心理的に拘束すれば、それを可能とするかもしれないほどの膂力。
「ヴィラン連合……!」
覚えてろヴィラン連合。
オレは精一杯忘れてやる!!
冷たくなる指先を呼気で温めながら、ぎゅうと目を瞑って夜を過ごすことになった。