【完結】無個性ヒーロー   作:南畑うり

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劇場版「ライジング」⑤

 

朝四時。

避難民を叩き起こして移動を告げる。いくらか不満は噴出したが、ヴィランが来ることを伝えるとそれも収まった。怯えてしまって寝不足どころではない人が多いだろう。

 

離島までの道は薄暗いし、おまけに城島に入れば山道となる。クリエティがペンライトを《創造》し道しるべにして、最後尾を歩くオレがそれを回収する手筈だ。

 

もっと早くに移動しなかったのには、避難民に負担を強いたくなかったということに加え、海の道にもあった。潮の満ち引きの関係で海へ沈んでいたダイタル・アイランドが姿を見せる時間を待つためでもある。

 

おかげで移動が終了するころには、日の出まで時間がないほどになっていた。

 

那歩島から城跡、さらに抜け断崖絶壁に作られた道を、避難民が疲れた様相で歩き続ける。崖に作られたいくつかの洞窟は、五百年前に本土の人間が攻め込んでくるかもしれないと、琉球人たちが作ったものだ。まさかその洞窟を、本土の人間と血が混じり合った子孫が使うとは思いもしなかっただろうな。

 

拘束したヴィランは《創造》した麻酔薬を嗅がせて最下層の窪みへと放置した。拾われないことを願うしかない。

 

この洞窟の護衛はアニマとインビジブルガールとオレの三人。

もしヴィランが一人でもオレたちの前に現れた場合、ヒーローは全員殺されている可能性すらある。

恐怖で指先が痺れているのがわかった。

 

「おーおー壮観だねぇー」

 

避難民の誘導が終わり、最後の作戦会議として城跡へと戻ると、一年A組が勢ぞろいして、真っ直ぐに【道】を見据えていた。

オールマイトの背中にいるほど安心感はないが、ないものねだりはやめておこう。

 

「ヴィランに波状攻撃をして個性を使わせる。個性を奪われるから接近戦はなるべくしない方向で。それでヴィランが倒せれば良し。たとえ倒せなくても、救援が来るまで持ちこたえれば──」

「みんなを守れる」

 

近づくと、覚悟を決めたデクとショートの声が聞こえてきた。

そして、それを否定するバクゴーの声。

 

「ちげぇ……! 絶対に勝つんだよ……」

 

日の出に照らされるヒーローたちに混じって、唯一の通路になるはずの砂の道を睨みつける。クリエティの《創造》してくれた単眼鏡を使っても、人影はない。

 

「じゃあ、しばらくはオレとインビジブルガールが警戒するからみんなは立ち位置に向かってくれ。アニマも鳥に警戒をお願いして、人影が見えたらすぐに避難民の護衛に──」

「それなんだけど策束くん」

 

アニマとインビジブルガールに最終打ち合わせをしようと思ったとき、デクから声をかけられる。彼の背後にはクリエティとバクゴーも控えていた。

 

「やっぱり、策束くんに全体指揮を任せたいんだ」

「私からもお願いいたしますわ」

 

指揮ったって、デク含めて戦闘中にオレの言うこと聞くやつらかよ、と一度は断って避難民の誘導に当たったが……。

 

「伝令役なら任せてくれよ」

「……うん、お願い!」

 

デクもクリエティも、そんな真っ直ぐに見てくれるな。

全体指揮か……。仮免試験を思い出してしまった。オレも毛原先輩をそれくらい真っ直ぐ見れていたのだろうか。

 

「クソワイリー」

「まさかもっと良い案出せなんていってぇ!?」

 

薄っぺらい胸筋を通り越し、肋骨に硬いものが押し当てられる。なにごとかと思えば、バクゴーの手があった。

文句を言おうと顔を上げると、バクゴーは立ち去る最中。もう一度視線を落とすも、やはりそこにはバクゴーの手──手甲だった。

 

手榴弾を模したバクゴーのコスチュームは、彼の両手に一つずつ装備されている。バクゴーの手の平の汗腺から滲む汗は、ニトログリセリンにも似た性質を持つ《爆破》個性の源だ。

そしてその汗を溜め込む機構が組み込まれたこの手甲は、バクゴーの切り札の一つ。

 

「え!? えぇ!?」

 

一連の流れを見ていたチャージズマの驚きは、オレも感じているところだ。いや、このやりとりを見ていたほかの面子全員が驚いている。

クラスで見る彼は、不遜で我欲が強い人物だ。全員が敵のように見えているか、あるいは【見ていない】。

しかし、唯一認めるところがあるとすれば、傲慢で驕慢で暴慢である彼には、慢心など存在しないこと。

 

油断など、爆豪勝己からは程遠い言葉だ。

 

その彼がオレにこの装備を渡した。その意味を噛みしめる。

オレへの信頼? ハッ、選択肢にも入らない。

 

バクゴーは、ヴィランに最終防衛線を突破されることを予想している。

そのための保険。

 

オレもオレでずいぶんと傲慢になったようで、お礼も言わず左手にその手甲を装備する。利き手じゃあないが、バクゴーの利き手は右だからな、勘弁してやろう。

 

鼻を鳴らしてバクゴーが視線を逸らした。

 

「じゃあ、デクの作戦通りに。インゲニウム、ツクヨミ。そっちにフォローできる余裕があるかわからない。頼んだぞ」

 

いつもの調子を取り戻したオレにつられて、目を点にしていたヒーローたち真剣な顔で所定位置へと向かっていった。

 

デクの作戦は明快だ。奇を衒い、翻弄し、罠にかける『作戦』に相応しい案。

 

分断役ことEチーム。クリエティ、トゥインクルの二名。そしてナインの『雷』で一蹴されぬよう、避雷針代わりのチャージズマ。

 

右翼側をAチームとして、インゲニウム、フロッピー、レッドライオットの計三人。

左翼側をBチームとして、ツクヨミ、ピンキー、テイルマンの計三人。

 

フロッピーとピンキーを分けることで、左右で分断するヴィランが狼ヴィランであっても、女ヴィランであっても、毒を有効に使えるようにする。

後詰にはショート。狼男が向かったほうをショートに連絡するのがオレの仕事だな。

 

中央はCチーム。

確実にナインが来るはずだと予想し、個性を消費させる波状攻撃役として、ウラビティ、セロファンを主軸とし、グレープジュースの《もぎもぎ》を使用した『本命』も用意している。

 

中央後方に配置しているDチームこと、最終防衛線。

ナインがその『本命』も抜けることを予想し、活真くんの守りは厚くしている。

デク、バクゴーの遊撃ペア。イヤホン=ジャック、テンタコルの護衛ペア。

 

ついでに賑やかしのフェイカーだ。左手だけが、ずいぶんと重いけどな。

ナインに《サーチ》がなければインビジブルガールに奇襲をさせる作戦も考えてはいたが、もはやヴィランのうちだれが《サーチ》を所持しているかわからない状態だ。

 

最悪はデクが言っていたように時間稼ぎ……なのだが……問題が発生している。

いまは七時前だが、昨晩クリエティが《創造》したドローンは順当であれば数時間前に沖縄本土へ到着している予定だった。沖縄から那歩島まで大型フェリーで一時間。小型船でスピードを出せばもっと早く着くことを考えれば、ドローンは失敗かな。それともイタズラで済まされたか。

なんにせよ、外部からの援軍は期待ができない。この状況でヒーローや警官が一人二人来ても、応援を呼んでもらって最低一時間。

 

勝つしかない。

それだけが、オレたちの勝利条件だ。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 

日の出から一時間もしないうちに、那歩島の端に三人の人影が見えた。

単眼鏡で覗いても表情一つ見えはしないが、アレが逃げ遅れた観光客などとは思わない。

 

「総員、戦闘準備。中央、右翼が男、左翼が女。上手いこと分断できれば、滝側が狼、女を洞窟に落とし込める。クリエティ、トゥインクル、頼むぜ」

『お任せください!』

『ジュ・ヴォア!』

『俺もいるからな!』

「護衛頼もしいよ、チャージズマ」

 

クリエティの「ポイントまで二十」という声を最後に、待機しているオレたちに沈黙が訪れる。

 

心の中で数えた数字が二十を超えた。二十秒がポイントまでの時間なわけがないよな、笑える、落ち着け、頼むから。

 

二人がいるであろう地点から、目を覆わんばかりの光が迸る。

──思わず喉が鳴った。

青山優雅、個性《ネビルレーザー》。ヒーロー名『can’t stop twinkling』。

 

作戦で、彼を分断地点に置いたのは、彼のたっての希望だったからだ。

昨日の戦闘で個性を使いすぎたため、今日は連射しても効果が薄い。そのため一撃だけ全力を出す、と。

侮っていた、と言わざるを得ない。

 

彼の個性は、必殺技も含めて技巧寄りの個性だったはずだ。レーザーとしての特性を存分に活かし、噴出孔を絞ってコンクリートを焼き切って文字を書くことすらできた。コスチュームの肩と膝に作られた発射口からマシンガンのように連射することもできる。

入学から半年、ずいぶん器用になったと思っていた。

 

優雅さを捨てた青山を、オレたちは初めて見た。

脳無の皮膚すら貫く《ネビルレーザー》が、人が入るほどの大砲でぶち撒かれるなんて、想像すらしていなかった。

 

「ヤロォ……」

 

あーあ見ろバクゴーの好戦的な笑い。

 

《ネビルレーザー》の着弾地点から、爆発による火柱と土煙が舞い上がる。ペットボトルに入れたガソリンが次々に引火しているのだ。

次いで、クリエティの二連大砲が火を噴いた。着弾地点は昨晩のうちに計算済みだ、ヴィランが分かれたらしい。

 

「洞窟に女、滝側に狼男だ。AB両チーム、健闘を。ショートはAチームに合流、急げ!」

『『『了解!』』』

 

何人かの声が聞こえてきたすぐに、混じるようにクリエティの音声が入る。

 

『第一段階終了! 撃ち続けます!』

 

ナインを予定ポイントにまで誘い込むのは当然として、そのルートは直線でしかない。それを撃たずにいるのはもったいないということで、クリエティには脂質のすべてを大砲の玉にしてもらう予定だ。大砲の【中】に玉を《創造》してもらい、火のついた極短の導火線を《創造》。砲台を動かすほうに時間がかかるという、化け物のような個性である。

砲台の向きを変えてくれているはずのチャージズマには感謝だな。

 

「二発直撃──だが……歩いている……」

「死なれても困る。個性を使わせるのが目的だ。それに、足場が悪いだけで大ダメージだろうよ」

 

ナインの個性も、十分に化け物だ。

だが、明確な弱点が二つ。一つは作戦にも取り入れてある個性の多使用だ。

もう一つ、虚弱な身体。

話を聞く限り、ナインの身体は走れぬほどに摩耗している。それが個性の影響か、もともとなのかは不明、加えて余裕の表れかもしれないが、走れば活真くんの個性を奪えるチャンスは三度あったという。オレは確信しているが、多数決では不人気だったな。

 

「ナイン、ポイント到着!」

『了解! Cチーム! 前に出るぜ!』

『Eチームは移動を開始いたします!』

 

セロファンの号令とともに、宙に浮かんでいた【風船たち】が前へ進んでいく。子どもたちを喜ばせるようなカラフルな色合いではなく、灰色単色の、宙に浮かんだ岩たちだ。

 

ウラビティの《無重力》で浮かせた大量の岩を、セロファンの《テープ》で繋ぎ止めて無理やり空中を運んでいる。

浮かんでいた岩が【落下】するさまを見届けながら、ほかのチームから報告を聞く。

 

『Bチーム、接敵』

「頼んだぜツクヨミ」

『世界が闇に飲まれる前に、舞い戻ろう』

 

うわ。あ、うわって言いそうになった。

 

「え、Aチーム、状況」

『ヴィランは崖下。いま梅雨ちゃんが向かった!』

 

うまくいけば滝下で氷漬けか。

D地点からでは、ABチームの様子を見ることはできない。Cチームの岩による面の攻撃を眺めるだけだ。

 

『作戦失敗! 直接戦闘!』

 

インゲニウムからの連絡で、第二作戦の失敗が伝わる。すぐにショートに引き返してもらい、氷の範囲攻撃をしてもらう予定だったのだ。

 

「第二、第三作戦失敗。第A作戦へ移行。ウラビティ、セロファン、頼むぞ! グレープジュース、残り百メートル切った!」

『わかったよ!』

「──麗日さん! 瀬呂くん!」

「逃げて二人とも!」

 

堪えきれずにデクとイヤホン=ジャックが声を上げた。無駄な伝達を省くという意味から、指令の発言権はオレだけだったが、二人ともヴィランがはじき返した瓦礫が頭部に直撃していたのが見えた。心配するなというほうが無理だろう。

 

吹き飛ばされたウラビティを狙うヴィランの攻撃を、ウラビティを回収しながら巧みに回避するセロファン。

蛇を彷彿とさせるヴィランの長距離攻撃は、着弾した地面から土煙を上げるほどの衝撃だった。

 

「クソワイリー!」

「まだだ! 『本命』まで待て!」

 

いかん、オレの声にも焦りが混じる。落ち着け、なんのためにいる、オレが焦ってどうするってんだ。

 

「デクとバクゴーは移動を開始。Cチームに寄ってくれ。戦闘には参加するなよ」

「わかった!」

 

二人が駆け出す姿を見ながら、島乃姉弟が不安そうに手を伸ばす。子どもたちの頭をなでつけると、真幌ちゃんは彷徨わせていた手をオレの左手へ当てた。バクゴーの手甲を握られている。

 

『策束! 『本命』だ! 瀬呂! 麗日──』

 

グレープジュースの声に、『本命』の起動を知る。

『本命』と言っても、一晩でできることには限界があった。それに、ウラビティの個性にも……。

体育祭にて爆豪戦にも見せた浮かせた岩による面での攻撃。彼女はナインが通る道中で、その質量の十倍以上の岩を連続で浮かせてくれた。

 

ウラビティの限界は、作戦の段階でも十分に懸念されていたことだった。そのために、最後の『本命』は自然の力を使うことにしたわけだ。

簡単に言えば、傾斜である。

 

ざっくり計算二十度ほどの傾斜に大量の岩を並べて、木材を繋ぎ合わせるようにストッパーとして並べる。その木材をある程度《無重力》で崩せば、自重で勝手に岩が転げ落ちるという寸法だ。

転がる岩らを、《無重力》で浮いた峰田が『スーパーグレープラッシュ』なる必殺技で接着。巨大な一枚岩としてヴィランにぶつけるか、失敗したとしてもヴィランを岩で固定させることを目論見としている。

 

──思慮がないと言われてもしかたがない話だが、木材の切り出しは、索敵班を除いたクラス全員で行った。芦戸が不意に発言した「文化祭みたいだねー」という一言は、オレたちが笑い合うには十二分な【重み】があった。

 

本命で勝つ。

それがダメならデクとバクゴーが勝つ。

それでもダメならテンタコルとイヤホン=ジャックが勝つ。

 

勝つことだけを考える。

 

「本命が防がれたっ」

「ヴィラン、麗日たちに接近!」

「Dチーム! 行け!」

『了解!』

『Eチームも合流します!』

 

城跡の正面入り口、三の丸と呼ばれるその場所で、Cチーム、Dチーム、Eチームが合流することとなった。

 

「Eチームは予定通り最終防衛線へ。チャージズマのみDチームに合流。Cチームは援護」

 

単眼鏡の先で、バクゴーが先行するように戦闘が始まった。

空から爆炎を巻きながらの《爆破》攻撃。煙はすぐさまナインによって晴らされた。

 

個性の反動で空へ空へと上って行くバクゴーの《爆破》をかいくぐり、煙に突っ込むデクだったが結果は失敗。彼は空高くに吹き飛ばされた。

 

空中で軌道を変えたバクゴーがデクの手を掴み、飛ばされた勢いを殺さずに《爆破》でさらに回転し始める。

 

二人がいた地点に球体の煙幕ができたと思った瞬間、彗星のような光を纏うデクが飛び出して、ヴィランへ突き刺さる。

 

衝撃で地面が割れたが、ナインへのダメージは防がれた。すぐにデクとバクゴーが降りたち、ナインの前へ並ぶ。

 

攻守に隙のない二人だ。サポートとしてチャージズマ、セロファン、ウラビティ、グレープジュースがいる。大丈夫だよな。

 

『クソワイリー! ヴィランが『生きていたか』ってよォ!』

 

唐突なタイミングでの、バクゴーからの報告。

──《サーチ》で位置を把握されていない? 断定はできないが、もしかしたら活真くんを逃がせるかもしれない。

 

クリエティとの距離は二百メートル。トゥインクルを支えて歩かなければもっと早く着けるだろう。

いや、却下だ。もし崖を下った先で活真くんを逃がせば、ナインは崖下の避難民を全員殺すだろう。そならずとも、拘束したヴィランが見つかれば敵が一人増えることになる。

 

『芦戸負傷! 常闇落ち着──』

「Bチーム! どうした! テイルマン!?」

 

雑音にまみれた通信が一度入り、すぐに途切れた。イヤホン=ジャックが通信機のほうへ目を向けると、Bチームがいるはずの洞窟が地上から崩れ、大きな土煙が上がっていた。

 

「カルマ、Aチームも!」

「Aチーム! 報告しろ!」

 

Aチームには、もうすこし冷静なやつを入れるべきだったか……。報告が薄すぎる。

目を向ければ、半径三十メートルくらいの範囲で、木々が燃えていた。滝の上部が崩れ、滝下もすこしだけ見えるようになっている。

 

ヴィランの個性だろうが狼男の個性? 隠れていたもう五人目だとすれば、途端に勝算が薄くなる。

 

『ヴィランが火を噴いたわ! 巨大化の個性もあるわよ! 負傷者無し!』

「足止めよろしく」

 

……ナインより強いってことは、想定に入れてなかったな……。

Aチームに最も近いのがBチームというのは、面白くもない冗談だ。

 

「デク兄ちゃん……」

「バクゴー……」

 

活真くんと真幌ちゃんの心配通りに、目下の戦闘も激しさを増す一方だ。

 

デクの《超パワー》で指を弾くことで生じる衝撃波と、バクゴーの中距離攻撃の主軸の徹甲弾(A・Pショット)による攻撃は、そのどちらもがヴィランに個性を使わせるという意味では、十全の役割を果たしているものの、戦いの終わりを予感させるものとは程遠い。

チャージズマも攻撃を仕掛けようと必死にターゲットを投げてはいるが、ヴィランの個性にはじき返されていた。

 

隠れていたセロファンが隙をついてナインの右手を《テープ》で縛り付けた。ここにきて初めて、一撃が通った。そう思った瞬間だった。

 

「……セロファン……返事しろセロファン!!」

 

土煙を巻き上げながら吹き飛ばされたセロファンに、神野区で吹き飛ばされたオレの映像が重なった。彼は三の丸から程遠い崖の、数メートル手前で止まったようだ。

 

「ああ!」

 

イヤホン=ジャックの短い悲鳴。

ナインの背後から土煙に乗って飛び出したウラビティが、ヤツの背中から飛び出した青い龍に吹き飛ばされた瞬間だった。

地面に叩きつけられそうになったウラビティをデクが救い上げ、思わず深呼吸する。

 

ヤバい──。

押し込まれる。

 

デクとバクゴーもそれを感じたのか、龍に向かって攻撃を仕掛け始めた。あの龍がヴィランの包帯や常闇の《ダークシャドウ》であるのなら、『個性を使わせる』という意味では有効かもしれない。

 

「狙われてるぞ!」

 

だが、『上を見ている人間』と、『上を見ている人間を見ている人間』、どちらの視野が広いかなど、言わずとも良いだろう。

青い龍は【分裂】して双頭どころか、二本の龍となる。それに二人は動揺したのか、地面を這うような動きに対応できず、吹き飛ばされた。

 

そして、追撃。

二人が吹き飛ばされた場所へ、もう一度龍が突撃した──かに思えた。

 

「目を開けて良いよ、真幌ちゃん」

 

二人の潰される様を想像したのだろう、となりで顔を手の平で覆っていた真幌ちゃんに語り掛ける。

 

青い龍は霧散して、どこにもいない。

──個性の限界だ。

 

「第二段階へ移行! Bチーム! 返答してくれ!」

『策束、こっちは限界だ。最後の攻勢に移る』

 

Bチームの代わりに、ショートからの通信が入った

 

『一撃に賭ける。そっちに参加できねぇかもしれねぇ』

「あっはっはっ、いいねぇ」

 

場にそぐわないオレの笑い声に、活真くんは驚いてしまったようだ。口を開けてこちらを見ている。通話しながら少年の頭を撫でつけた。

 

「こっちは大丈夫だ! ぶちかませ!」

『ああ!』

 

これを聞いても、Bチームからの連絡はない。

 

『こっちも叩みかける!』

 

デクとバクゴーが、頭を抱えて悶えるナインへ走り出した。チャージズマもいまなら接近戦闘ができると遠方から走っている。

 

「──様子がおかしい! 上空!」

 

ノイズが──届かない──!

 

あまりの光と音に、思考が吹き飛ぶ。

雷が降ったのだと気づいたのは、風に圧されて尻餅をついたときだった。

 

「イヤホン=ジャック!……は、無事か」

 

デクとバクゴーを心配して泣きわめく少年少女を、テンタコルが抱き上げていた。イヤホン=ジャックはオレの代わりに単眼鏡でナインの様子を覗いている。体育祭や勇学園のときのように轟音でダウンなんて、このタイミングではさすがに笑えない。

 

「……ヴィラン……歩いてる。来るよ!」

 

左手を握り締め直し、インカムの調子をチェックする。雷の影響か、うんともすんとも言いやしない。

 

ヴィランの個性だとすれば、直撃したのはデク、バクゴー、ウラビティ、チャージズマの四名。セロファンは生きているが、落下させられた地点で気絶している。グレープジュースも近くにいたはずだが、無事だろうか。

AB両チームは数えないとしても、クリエティとトゥインクルはすぐそばまで来ていたはずだ。まさか雷に打たれたなどとは言わないよな……。

 

「最終防衛線にヴィラン接近!! 迎え撃つ!!」

 

ナインと初めて目が合った。

マスクの男と聞いていたが、いまは素顔だ。個性が限界に到達しているのだろう、痛みで顔が歪んでいる。

 

「テンタコル、活真くんたちを連れて脱出を」

「頼んだよ」

 

イヤホン=ジャックとともに、テンタコルに子どもたちを任せる。

本来ならばオレが子どもたちを引き連れていくべきだが、不幸中の幸い、バクゴーの忘れ形見がある。

一撃だけなら、この三人の中で一番の威力だ。

まあ、この手甲をテンタコルに預けるのが勝ち筋なのかもしれないが、マスクスピーカーしかないオレでは、子どもたちの盾にも成れはしない。

 

使い道の無くなったマスクスピーカーをズボンのポケットへとしまい、これをプレゼントしてくれたイヤホン=ジャックへと向き直る。

 

「絶対に食い止めるぞ」

「うん」

 

所定位置などはないアドリブだ。唯一有効打になりそうなのが、念のためにと作戦の一つに組み込んでいた橋の破壊。イヤホン=ジャックもナインと橋との距離をオレに聞いてきた。

 

最終防衛はDチームだ。

遊撃班のバクゴーとデク、そして防衛班テンタコルとイヤホン=ジャックでチームを区別しなかった理由は、四人揃って初めて攻守が足りるからだ。

防衛班の二人では攻撃力が足りない。オレも加わっているが、賑やかしだ。

 

もはや護衛すらままならない。

これが失敗すれば、テンタコルと子どもたちがナインと対峙することになる。一秒でも長くヴィランの足止めが必要だ。

 

予想の延長にすぎないが、《サーチ》ではないのなら避難民を城島へ集めたのは悪手だったな。テンタコルとインゲニウムを入れ替えても良かった。

 

「なに考えてるの?」

「テンタコルって、百メートル何秒だったかなーって」

 

言うと、イヤホン=ジャックが噴き出すように笑った。

 

「あんたのそういうところ、見習うよ」

「どういうところよ?」

「ほら、ウチは前、カルマは後ろでしょ」

「はいはい。あ、橋ごと【これ】で薙ぎ払うから、射線には立つなよ」

 

あれ、技名なんだっけ? ぶっ殺すレーザーは命名者オレだし……。そのことを彼女に聞くと、「なんでもいいから」と無理やりに所定の位置に向かわされる。

 

橋の後方が見える城の上、このすぐ上は本丸だ。イヤホン=ジャックはナインの気を逸らすためにわざと逃げる姿を見せるためギリギリまでナインの存在を視認し続けることになる。

 

その緊張感のわりに、ヒーローしているじゃあないか。

イヤホン=ジャックの白い歯を見せる笑顔につられ、オレも口角が上がった。

 

不意に荒い呼吸音が聞こえた。近い、真下を歩いている。

顔を出したいが、タイミングは《イヤホン=ジャック》で橋を崩し、視界を土煙で塞ぐまでは我慢だ。戻ろうとしたところをこの手甲でぶち抜く。

 

「ハートビートファズ!!」

 

予定通り、イヤホン=ジャックの掛け声とともに身を乗り出す。左手を必死に支え、照準をナインへと合わせる。

 

一回、言ってみたかったんだよなぁ!

 

「ハウザー! インパクトォ!!」

 

躊躇などなく。

どうせなら死ねと願いながら、安全ピンを外す。

 

ものすごい熱と反動による衝撃とともに、左腕が背面へと流れた。肩の関節が砕ける音が脳にまで響く。

 

オレのハウザーインパクトは不発だったようだ。

意識が飛びそうななか、ナインの背中からは双頭の龍が生えており、それを城壁へ突き刺すことで器用に自身の身体を浮かせる姿を見る。

そしてイヤホン=ジャックは、龍の頭ごと城壁へ身体をめり込ませていた。オレから見えるのは、力の抜けた足だけだ。

 

歯を食いしばって後方へ向かう。階段を登ればすぐに本丸だ。

 

走り出した瞬間、左手が糸の切れた人形の手のように【跳ね上がった】。

脳内が許容を超えた痛みで白く焼き切れる。

 

倒れたかった。涙流して痛いと喚きだしたかった。

骨が折れている。靭帯は千切れた。関節が壊れたんだ。

言い訳としては十分じゃあないか。

 

じゃあ、オレが走っているのはなぜか。

ヒーローだから? 活真くんを守るため? ヴィランに殺された人の代弁?

単純だ、プライドの話さ。自己防衛だ。

 

もしここでオレが、オレの痛みに負けるのなら、今後なんにも成れやしない。

 

──だよな、耳郎。

 





キメラ
狼人間のような異形個性の大柄な男性。明らかに原作に出てくるヴィランと比較しても一線を画す強さ。本気を出すと2倍くらい大きくなる。それはいいのだが、口から山を切り裂くレベルの熱線を吐くので、ちょっと意味のわからないくらい強い。

スライス
ナインに入れ込んでいる赤髪の女性。髪の毛を飛ばし、あるいは刃のような形状にして攻撃する。ナイン一味加入前は部屋で孤独に過ごすシーンがあり、ナインに対し、恋愛または依存していることが窺える。

マミー
無個性ヒーローではフェリー内で人が死亡しているが、マミーの個性でフェリーを包んでいた場合、外に追い出すこともできるはず。ただし包める大きさの限度が描かれておらず、そもそもあのフェリーはなんで横倒しだったのかも不明。
包もうとして失敗したのだろうか。
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