【完結】無個性ヒーロー   作:南畑うり

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劇場版「ライジング」⑥

 

階段を登り切った瞬間に、目の端にイヤホン=ジャックの姿を捉える。オレたちヒーローで三角形を作るような立ち位置で、テンタコルが複製腕を広げ、島乃姉弟を守っていた。

 

そして中央、足取りがしっかりとしているナインがテンタコルに向かい、歩いている。

回復する個性を持っているのか、それともなにか薬を服用したのか。

 

それを証明するかのように、イヤホン=ジャックのブーツから放たれた衝撃波を、簡単に防ぐ。

 

「二人とも逃げて!」

 

彼女の叫び声をきっかけに走りながら、石を拾い上げてテンタコルと同時に距離を詰める。

 

その瞬間に、吹き飛ばされたのだと感じた。

神野区でオール・フォー・ワンに吹き飛ばされたときと同じように、身体を抜ける衝撃と、視界の上下がなくなる感覚に襲われる。

 

いつの間にか、オレは地面に寝転がっていた。

 

脳震盪を起こしているのか、肩の痛みか、身体が動くことを拒否している。

──ねじ伏せろ。

 

「活真逃げてっ」

「おねえちゃん」

「いいから逃げて!」

 

バタバタと足を動かして、ようやく自分がうつ伏せであることを自覚する。

 

「来るな! あたしの弟に手を出すな!」

 

ナインの身長の半分もない、小さな女の子が、弟を守るために立ち向かっている。

立ち向かわせたのはオレだ、オレが、弱いからだ。

 

「来るなってぇ!」

 

尻を上げて、地面に顔をこすり付け、みっともなく走り出す。

ナインが真幌ちゃんに手を向けるのが見えた。右手で地面を叩くと、すこしだけ上半身が浮いた。

股間に噛みついてやろうとしたが、高さが足りず失敗。代わりに足首へ噛みついた。

 

勢いそのままに、ナインともつれ合うように地面を転がる。

すぐさま足を絡ませて、背筋を伸ばす。どちらがマウントとっているかなんてわからない。

パウンドで拳を振り下ろすが、この体重では鼻の軟骨も折れやしない。効いていないかのように、血の混じった唾をまき散らしながらナインが叫ぶ。

 

「邪魔をするなぁ!」

「そりゃあテメェだぁ!!」

 

負けじと叫ぶが、個性には勝てない。背面から龍を出現させたのか、すぐに起立するナインに弾き飛ばされる。

 

視界の端で、怯える姉弟に歩みを進めるナインの姿。ずいぶんと吹き飛ばされてしまったようだ。おまけに痛みで数秒の気絶。

 

「叶えさせてくれ──私の、願いを……!」

 

あと数センチで、ナインの手が活真くんに触れるその瞬間。

オレの頭上を通り越して、光の線が──《ネビルレーザー》がナインを吹き飛ばした。

 

「おせぇ……!」

 

上がっていく口角とともに、悪態をついてしまった。

 

「ナインは、個性限界っ! クリエティ! トゥインクル! 頼む!」

「私たちだけではありませんわ!」

 

空から降ってきたデクが、蹴りをナインの顔面へと繰り出す。防御することもできず、地面を削りながら吹き飛ばされた。

そして、もう一人のヒーローの追撃。

 

「バクゴー! 生きてたっ!」

 

二人の姿を見て目を輝かせた島乃姉弟を見て、自分の力不足に笑ってしまう。

 

「業さんはお二人の避難を!」

「了っ……解!」

 

立ち上がるだけで脂汗が滝のように流れた。近くへ足を引きずるように歩いてきたクリエティもトゥインクルも、真っ青な表情で立つことすらやっとだろう。個性限界はナインだけではない。

個性が使えないのなら、根性しかないんだよ。

 

「真幌ちゃん、活真くん、こっちへ……」

 

手を握り、しかしオレの一歩は二人よりも圧倒的に遅い。気を遣われながら二人に手を引かれて歩き出す始末だ。

 

「あの、通路を潜れば、裏手の道だ。二人で行けるよね──っ!?」

 

バクゴーの《爆破》の熱を感じた瞬間、オレたちは地面を転がっていた。活真くんも真幌ちゃんも宙に浮いて飛ばされたくらいだ。心臓が止まりそうになったよ。

幸い二人は助け合って岩の裏へ隠れることに成功、デクとバクゴーの戦いを目に焼き付けようとしている。

オレは吹き飛ばされたときに左肩をぶつけて、痛みのあまりに意識が飛び飛びだ……。

 

「上鳴さん!」

「おうよ!!」

 

チャージズマも復帰したらしい。作戦が上手くハマってくれたようでなによりだ。

ナインの『雷』がどのような個性でどれほどの威力かは不明だが、打開策は必要だった。電気に耐性がある生物など、滅多にいるものではないのだから。

 

だからといって、雷の直撃に耐えうるかの保証はない。

そのためチャージズマのターゲットを地面にばら撒いた。ナインとしては投げられたものをはじき返していただけだろうが、そのおかげで雷は大きく分散。地上に落ちたときの範囲は広くなるが、ナインとターゲットの間に入らなければ雷の直撃は避けられるという策だったが、上手くいったようだ。

 

あ、やばい、意識を失う。

五人のヒーローを見て安心してしまっている。

 

這いずりながら活真くんたちへ近づき、二人に引っ張られるように岩陰へと隠れた。

 

「二人は、あそこから逃げて。あとはこっちで、ヴィランをぶっ倒すから」

 

震える指で差す先には裏道へ続くトンネル。インカムが通じないのはどうしようもないな。アニマたちと活真くんたちを合流させたいのだが。

 

「ああ!」

 

真幌ちゃんの悲鳴を聞き、岩陰から顔を出す。《爆破》の炎に巻かれているであろうナインが【なにか】を噴出して《爆破》よりも強い爆発を誘発させていた。

 

宙に浮かぶナインが見えた。

背中からは蝶のような羽が生えているようにも見える。あの羽が【なにか】か? 龍の個性の性質変化かとも思ったが、事態はそれどころではなかった。

 

《爆破》の炎を舞い上げる竜巻が三つ。ナインを守るように舞い上がっている。

このタイミングで、自然発生の竜巻などと楽観はしない。

 

「攻撃だ! 腑抜けてんじゃあねぇ!!」

 

電撃を放つこともせず、竜巻を見上げるチャージズマを一喝する。ああ、左肩が無くなればどれほど楽か。

 

三つの竜巻が一つにまとまり、島の上空に広がった厚い雷雲と混じり合う。城島全体に落雷が落ちて、何度もオレたちの目を焼くことになる。

台風の目ではないが、ナインはあの竜巻の中心か。

 

心を折るには十分な光景だが──希望はある。

 

「チャージズマ! 来い!」

 

なんだよ疲れた顔しやがって。泣きそうな表情でこちらへ寄ってきたチャージズマに、子どもたちを託す。

 

「ヴィランが最初から全力であの個性を使えば、オレたちの分断作戦なんて意味がなかった。諸刃の剣なんだろうよ。押し勝てるぞ、オレたちは」

「や……でも……」

「頼むぜ、ヒーロー」

 

彼の胸を拳で叩き、竜巻を迂回するように走り出す。

視界の端でデクとバクゴーが突撃する姿を認識しつつ、《爆破》の余波で足がもつれるほどに身体を揺らされる。

これで何度目だよバクゴー。あとでお説教だ。

 

考えながら笑ってしまった。【あと】だとさ。

 

「──クリエティ!?」

 

クリエティを守るようにトゥインクルが覆いかぶさり、揃って気絶していた。クリエティの身体からは、《創造》されかけの砲台が生えて一体化している。

状況から、《創造》しようとして限界を超えての気絶、しかもトゥインクルは大砲分の質量で彼女を移動させることができず、と予想。

 

悪いな二人とも。目的の人物はお前たちじゃあない。

 

「フェイカー!」

 

その人物は前から走ってきてくれていた。

テンタコルに横抱きにされたイヤホン=ジャック。

 

「子ども、チャージズマ、通路前! そっち借りる!」

 

走りながら、イヤホン=ジャックを奪い去る。テンタコルとは一瞬だけ目が合ったが、笑顔のオレをどう思っただろうな。気持ち悪いとか思われてたらどうしよう。バクゴーのせいだから。

 

「カルマ……ごめん……動けない……」

「頭打ってる。脳震盪だな。大丈夫、お前の個性は最高だ」

 

イヤホン=ジャックの額から流れる血の筋は、顔を伝って喉も濡らし、コスチュームまで染めている。目にも力はない、気絶してくれるなよ。

両手の増幅機も、ブーツに装備された予備のスピーカーも破壊されている彼女のコスチュームだが、もう大丈夫。

彼女の左足は明らかに折れているが、それを告げる必要はない。

イヤホン=ジャックの個性は、オレたちに残された唯一の高威力の攻撃個性だ。

 

「アンコール、行けるか?」

「ふふ、あんたってホント馬鹿だ」

 

右手で彼女を支えて、ナインへと向かう。

竜巻は山を削るほどに巨大になっており、至るところに落石が降る。本丸を埋め尽くすほどの広がった竜巻は、しかして霧散するように消えて行った。

 

もう、ここが城の跡地だと気づく人間はいないだろう。

三の丸からは落石と地形の変形によってなだらかな坂になっており、ナインがそこを悠々と歩いている。

真幌ちゃんたちを守るように立ちふさがるデクとバクゴーとの距離が、ナインの健脚によってどんどん狭まっている。

 

「最悪だよ、瀕死でパワーアップしやがった」

「プルスウルトラって? ああ、もう、本当、最悪……」

 

ある程度距離を詰めてから、イヤホン=ジャックを岩陰へと隠す。

 

「じゃあ、タイミングは言うから」

「……わかった」

 

振り返ると、デクとバクゴーの二人が、双頭の龍によって空へ連れていかれた瞬間だった。

わあ、オレ一人かよ、寂しいじゃあないか。

 

『力の前では全てが平等……。それは、『真の超人社会』のあるべき形だ』

 

距離はまだあるというのに、ナインの透き通った声が、妙に脳内に残る。

これも個性か?

 

「イカれてんじゃねぇ!」

 

バクゴーの声が上空から響き、そして龍の頭が山へと向かう。

 

『新世界を拒むか……。なら消え去るがいい』

 

轟音とともに、龍の口に拘束されていた二人が切り立った山壁に叩きつけられていた。

いつものオレなら、その光景で心を折られていたかもしれない。

 

「バクゴー!」

「デク兄ちゃん!」

 

子どもたちの声援が。

 

「「負けないでー!!」」

 

聞こえちまったら、折れてやる理由が一つもなくなってしまう。

 

『そこにいたか……』

 

見上げたナインの、前に立つ。

 

「『真の超人社会』? 笑わせるねぇ」

 

ナインの右手から飛来した《爪》が胴体にから胸にかけて撃ち込まれる。尻餅をつきながら、ナインを睨みつけた。

 

「なんっ、だよ、ビビってんのか?」

『真の強者が支配者になるのだ』

「それさぁ、いまの世界となにが違うの?」

 

オレの目の前で足を止めるナイン。ありがたい、稼げるだけの時間は稼がせてもらう。

 

『いまの世の中は弱い人間が、群れて歪めている』

「答えになってねぇよ。てめぇが強いからってルール破るんだろ、はは、大物ぶって、チンピラと変わんねーじゃねーか」

 

ナインにあごを蹴られ、背中から地面へと倒れる。ナインはオレの心臓の上へ足を乗せた。強く、押し付けられる。

──予定していたから、空気は吐き出さずに済んだ。

 

『驚いた。まさか無個性とは……。さぞやつらかっただろう』

「個性、何個も持ってるやつに、同情、されるとはね」

『個性限界を待っているのか? 無駄だ、私は、超越したのだ』

「こっちも、いつだってプルスウルトラなんだよっ!」

 

ナインの足を右手で掴み、思い切り叫ぶ。

 

「ハートビートォ! ファズ!!」

 

ズボンのポケットから伸びる《イヤホンジャック》は、コイツの《サーチ》には映っていたのだろうか。まったくもって、最高の誕生日プレゼントだ。

 

『う、ぐっ!』

「あぁあ!」

 

痛い。音が消えたのに振動が脳を揺らし、激しい痛みを味わう。

歪むヴィランの表情から、直撃したことを察したが、もはや耳鳴りが物凄くなにも聞こえない。

爆心地にいる気分だけ味わったな。

 

ナインの中耳からの出血を確認し、《イヤホンジャック》を抜き去った。

無音の中、もう一度立ち上がる。その反動で、耳の奥からガザガザという変な音が響いた。

 

手に握り締めた砂をナインの顔面へとまき散らし、全体重を乗せた拳を振るった瞬間。

背中からの突風に圧されてごろごろとナインの背後にまで転がってしまう。

 

地面に寝転がりながら、痛みに震えてナインを──その奥に立つ二人を見る。

 

なぜか安心してしまった。

緊張が、解けてしまった。

 

(やっちまえ)

 

その言葉は、心の中でつぶやいたのか、口に出したのか。

 

竜巻に巻き上げられながら、オレの意識はそこで途切れてしまった。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 

優しい風に頬を撫でられ、ゆっくりと目を開ける。

 

木目の天井。内装に見覚えがある。

 

「カルマ、カルマ」

「耳郎……?」

 

耳郎の声が聞こえる。肩を庇うように上体を起こすと、背中を支えられた。耳郎の体温を左側に強く感じる。

 

「大丈夫? 記憶ある?」

 

え、なに、なんか、夢を見ていたような──

 

「──どうなった!?」

「詳しくは下で話そう、起きれるか?」

 

左側には尾白がいた。人畜無害の笑顔でオレを支えてくれている。

すこし離れたところに葉隠と耳郎がいる。

 

「起きれます、大丈夫です」

「え、なに、不機嫌?」

 

立ち上がり、周囲を確認。……居住区として使っていたいおぎ荘の二階だ。

 

「死者は?」

「いないよ、大丈夫」

 

いない──わけがない。

窓から身を乗り出すと、空にヘリコプターや哨戒機が多く飛んでいることを確認。

部屋から出ようとしたオレに、尾白が寄り添う。ありがたいけど、ありがたいんだけどさぁ。

 

「自衛隊とヒーローが来てくれたんだ」

「自衛隊? 待て、あれから何日経った?」

「まだ二時間だよ」

 

左肩は、すでに治っている。リカバリーガールの《治癒》であることは間違いなく、一階へ降りるとちょうど爆豪が《治癒》される瞬間だった。

 

声をかけると、クラスメイトどころか顔を真っ赤にして爆豪の治療風景を見ていた真幌ちゃんまで、オレのほうを見て驚いている。どうやら《治癒》のような傷を治すような個性初見か。現在も緑谷に個性を使用している活真くんの《細胞活性》の使い方は、本来人を癒すためのものではないだろうし。

 

「策束くん、もう大丈夫なの!?」

「まだ痛い。つーかだるい……。リカバリーガール、ありがとうございます」

「うん、元気になったねぇ。飴ちゃんお食べ」

 

リカバリーガールからいただいた飴玉を見て、涙が零れそうになって必死に我慢することになる。

 

「すみません治療の途中。……状況を、知りたいのですが」

「外にオールマイトとエンデヴァーがいるよ」

 

元ナンバーワンと、次期ナンバーワンが?

 

尾白に目配せをして、二人で外に出ようとしたとき、活真くんに声をかけられた。彼の後ろには真幌ちゃんの姿があった。

 

「お兄ちゃん、あの、ありがとうございました!」

「ありがとうございました!」

「ずいぶんと情けなかっただろぉ、たった一人にボコボコよ」

 

トラウマにならぬようにと、できるだけ笑って返す。

尾白から離れて、二人の前にしゃがみ込む。いまだ引きつく左肩を庇わぬように、二人の頭を撫でつけた。

 

「一人でもあんなヴィランに負けないよう頑張るからさ、応援よろしくな!」

 

ウインクはちょっと気障だったかもしれないな。

 

 

外では、何人かのヒーローたち。リューキュウと、彼女のサイドキックの姿もある。その隣にはジャージ姿の麗日と梅雨ちゃんがいる。リューキュウとも【とある事情】からすこし話したかったが、そっちはプライベートに近い。優先度は最下位だな。

 

「轟は?」

「さあ、エンデヴァーがすごい抱きしめてたって聞いたけど」

「熱血だなぁ……」

 

まあ、今回の怪我をオレの母親が見ていたら、同じように抱き着かれるかもしれないけれど。まいったな、エンデヴァーもいないとなるとオールマイトを探すしか──。

 

「──ホークス!」

 

尾白が急に大声を上げるものだからびっくりしたが、風を切る音とともに目の前に【着地】した男性に、もっと驚いてしまった。

 

JPビルボードチャート、ナンバースリー、ホークス。

 

オレからすれば雲の上の存在だが、尾白はなんつー人になんつー声のかけ方を……!

 

「尾っぽも白い尾白くんだったよね、どげん? その少年は?」

「彼が策束業です。えっと、策束は状況が知りたいっていう話で──」

「キミが策束さんちのー! えー? 高校一年? もっと良く食わんっちゃふとかならんばい。ほらこれ、リカバリーガールからもらった飴玉、お食べ」

 

実家のような安心感!

手の平に握らされた飴玉をポケットにしまうと、二つの飴玉がぶつかってカチャリと音がした。

 

「あ、やばぁ、訛り出すぎっちゃね、ごめんごめん」

 

二度咳払いをしたホークスは、すこし膝を曲げてオレの顔を見る。

 

「噂には聞いてたけど、なるほどぉ、キミがねぇ」

「まあオレの──私の話はさておいて、フェリーの話を聞きたいのですが」

「フェリー?」

 

首を傾げたのは尾白だった。情報としては出回っていないらしい。

 

「あの【服】は、キミのか」

「ええ」

「尾白くん、ちょっと彼借りるよ」

「ええ……ええ!?」

 

ふわりと、妙な浮遊感を味わったと思った瞬間、尾白よりも目線が高くなる。いや、それどころか民家より、いおぎ荘より……って、飛んでる!?

 

「ひっ──」

 

豆粒のように小さくなっていく尾白を見ていると、めまいを起こして思い切り目を瞑る。ごうごうと耳元にまで風が流れ込む速度に怯え、緊張で身体が動かなくなった。

 

「あれー? ひょっとして高いところ苦手ー?」

「はい……」

 

通常であれば聞こえるわけがない声量で、か細くつぶやく。この声がホークスの耳に届いたのは運などではなく、いつの間にかオレがホークスに抱き着いていたからだ。彼の首元へ顔をうずめ、現実逃避を図っている最中である。

 

「ちょっと苦しいなぁ」

「すみま、せ、ん」

 

緩めたら、落ちちゃう。

 

「ほらー、目的地。……あの、ほら、目的地、ねぇ、ちょっと、もう地面に足ついてるんだよ!」

 

痛いくらいホークスに背中を叩かれて、最終的には無理やり引きはがされた。

腰が抜けたように、中腰で地面に降り立つ。一度、死穢八斎會本部で穴へと飛び込んだが、高所恐怖症は治っていなかったようだ。

 

ホークスのコスチュームをぎゅぅうと握り締め、ようやく顔を上げることができた。

 

「噂では勇気の塊のような子って聞いてたんだけどなぁ」

「噂では、噂って尾ひれに水呼吸もできるし、個性まで持っているそうですよ……」

「へぇー、それは初耳ー。エンデヴァーさんに教えてあげなきゃー」

 

それよりも──。

あっという間に着いた漁港に、大型フェリーが正位置で鎮座していた。

 

「オールマイトさんがね、委員長くんに話聞いてすぐに直したよ」

「飯田は、副委員長ですよ」

「そうなの? 人材厚いねぇ」

 

でしょう、とすこし笑ってから……質問を考えあぐねる。

 

「【溺死】した人はいなかったよ」

 

代わりに、ホークスが教えてくれた。オレがしようと思っていた質問の答えを。

 

「……そうですか」

「副の委員長くんは、選択したのは自分だって言い張ってた。だから、【中でどんな死に方】をしていても、キミの責任じゃないさ」

 

そう、オレは言ってほしかったのか?

責任はだれかほか人にあるから、

殺したのはヴィランだから、

状況的にどうしようもなかったから、

オレたちが見捨てたことにはならなかったから、

──【あのとき】まだ生きている可能性のある生存者の捜索すらしなかったのは、正しい判断でしたね、偉いですね、正解です、百点です、先生たちが点数を点けてあげました。

 

そう、言ってほしいのか? オレが?

 

ポケットから飴玉を二つとも取り出して、ガリガリとかみ砕く。

そしてそれらを【飲み込んだ】。

 

「被害数は?」

「……十六。でも沖縄の港を離れたときは二十だったってさ」

「状況が知りたいですね。あとでフェリーが奪われたときの状況がわかる報告書の提出をお願いします。受け渡しは公安委員会を窓口にしてください。返却が必要な場合は──」

「──はは」

「なにか、おかしなことでも?」

「いや、なるほど、と思ってね」

「はあ……。まあ、返却が必要であれば公安委員会に言伝をお願いします」

 

ホークスには悪いが、徒歩で漁港の卸売場へと向かった。遺体はないが、赤黒くなった線の上には、何匹もの蠅が止まっていた。

 

「もう移送されたあとだよ。知っているのは、焦凍くん、副委員長くん、大きい子、そしてキミだけ。島の人だと村長さんくらいかな、それ以上広まったら、まあどこかから漏れたということさ」

「ヴィランの狙いは聞きましたか?」

「《細胞活性》の個性だろう? ヴィランたちが知ったのは活真くんのお父さんからだよ、大丈夫、内通者なんて──この島にはいないさ」

「父親も襲われて?」

「そう、個性を奪われた。命に別状はないけど……あ、圏外か」

 

携帯端末を弄り出したホークスが、自身の頭を一度叩く。

 

「結構でかい被害が発生したんだ。ニュースにもなってる。あとで調べておいて」

 

日付と時間、土地の情報だけ告げられた。

なお、島乃姉弟の父親の個性も《細胞活性》。それなのに活真くんの《細胞活性》も奪おうとしていた?

 

「ところで、避難民の死者数は聞かないのかい?」

「ええ、だってゼロでしょう」

「なんだ、聞いてたか」

「いえ、初耳です。残念なことに、うちのクラスメイトにまともな報連相ができる人間はすくないですよ」

 

層が薄いなぁ、層が。

 

「じゃあ、どうして?」

「ついさっき目が覚めたんですけどね、クラスメイトが気を抜いていました」

「それで?」

「ええ、もし一人でも死んでいて、それでもふざけるようなやつらではありませんから」

 

「でもね」と一言続けた。両手の親指で頬を吊り上げる。

ああ、オールマイト、あなたは正しい。

そしてオール・フォー・ワン、てめぇも正しい。

 

「守れなかったとしても、オレは笑いますよ。オレたちは、きっと、絶対」

 

血の跡がこびりついた床を見つめながら、【オレ】は笑った。

 

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