黙祷ののち、上空からホークスに被害状況を見せられる。
口頭でもいいのに──そんな文句は、青空と海に挟まれた那歩島を見れば、出てこなかった。
まず城島だが、城跡を中心に抉れていた。城の土台などどこにもなく、鎮火したばかりなのか、森から白煙が上空から確認できるほどに昇っている。
被害は戦闘地区だった離島だけでは済まず、那歩島にも及んでいる。建造物として致命的なのは学校だな、文字通り『半壊』している。外側からほとんどの教室の中身が見えていた。しばらくは青空教室だろう。
漁港の被害は言わずもがな、電気系統も壊されているし、電気が落ちているということは海水淡水化施設も使えず、飲み水すら生み出せない。
一瞬にして石器時代だが、生活船の増便でどうにか対処していくという。
「ヴィランはどうなりましたか?」
「本当は、これが本題になると思うんだけどねー? 命張ったんでしょキミたち」
「一番槍じゃああるまいし、敵倒せばおしまいなんて雄英じゃあ教わらないんですよ」
「あはは、たしかに。いい教育してるねぇ」
さすがに皮肉ではないよな?
オールマイト、エンデヴァー、ホークス、ベストジーニスト、エッジショット。前年のJPビルボードチャートの一位から五位の五名のヒーローで、雄英高校出身ではないヒーローはホークスだけだ。
彼は日本史上最速の十八歳で、ビルボードチャートトップテンにランクインしている。高校卒業して、半年程度の偉業だ。おまけに弱冠二十二歳。
既存の形式に嫌気していてもおかしくはない。
ホークスは質問の答えを保留にして、城島まで連れて来てくれた。彼がオレを下した瞬間、腰が抜けて地面に寝転がる。
指を差されながらホークスに笑われていると、近くにいたオールマイトが声をかけてきた。
「策束少年、話は聞いたよ、頑張ったね」
「結果につながって良かったですよ。ある程度の流れはホークスから。ヴィランはどうなりました?」
「え、あー、うん」
しまった、会話のテンポが速すぎか。ホークスに引っ張られすぎたな。
オールマイトに対策本部にまで案内されて、自衛隊やら公安委員会の方々からも話を聞くことになる。オレが聞いても問題ないのかと思ったが、すでに学校側には伝達されている情報らしい。A組にもそのうち共有されるだろう。
キメラ、マミー、スライスの三名は、ヴィラン連合が護送中の実験体ナインをヒーロー側に流すことで、ヴィラン連合とヒーローをやり合わせ、まんまとナインと合流。
そこから四つの県でヒーローから個性を奪う。おまけに九州では《細胞活性》を奪い取った。
本来ならそれで終わりそうな話ではあるのだが、なんのアクシデントか奪った《細胞活性》では【足りず】に息子の活真くんの《細胞活性》まで狙って那歩島まで……。
「ナインは、死亡した可能性がありますよね」
「だけどそれは──」
オールマイトのフォローを、首を振って拒絶した。
「死亡が確認されるまでは警戒を。もしアイツが完全な《細胞活性》を得たのなら、恐ろしいことになりますよ」
「もちろんさ。この島にも、公安委員会が評価しているヒーローを配置するそうだよ」
オールマイトのそばにいたスーツの男性が軽くうなずく。
足りないとは、思っていないようだ。
情けない。
「策束家からも支援を行います。とは言っても金銭面での補助になりますが」
「いいのかい?」
「ええ、投資は得意ですから」
自衛隊の方に衛星電話を借りて、策束家と連絡をとる。対応したのは秘書だ。だが、父の秘書ではなく、祖父の秘書。代わってもらうと、電話口から快活な声が響いてきた。
「もしもし、お忙しいところすみません。業です。ええ、まだ雄英高校にいますよ。ところで、南の島に別荘は欲しくありませんか? 那歩島の近くの城島という土地が使えそうです」
背後からホークスの笑い声が聞こえてきた。
「土地の所有者は不明ですが、すぐに調べます。いまなら買い取りも安く済むかもしれませんね。安全面にちょっとした不備がありまして」
笑い声がさらに大きくなる。やめてくれ、受話器から伝わったら気まずいんだよ。
二、三言の挨拶を済ませ、通話を終わらせる。
公安委員会に睨まれながら衛星電話を自衛隊の方へ返却していると、笑いを堪えた様子のホークスが声をかけてきた。
「いまのおじいちゃん?」
「ええ、さすがにご存じですか」
「まあキミら親子よりは有名だからね。それよりダメでしょ、目の前に公安の人いるのに! はは! 安全の不備って! あははは、サイコー!」
オレの背中を叩きながら、ホークスが笑い続ける。
「ホークスやエンデヴァーでもなければ、止めるのは容易じゃあないですよ、ナインも、ヴィラン連合も」
「買いかぶるなぁ」
どっちを買いかぶったのか、そう聞くとホークスは笑いながら「全部だね」とつぶやいた。
「ねぇキミ、来年のインターンは俺のところこない? サービスしておくよ」
「え、あー、えっと、考えておきます。えっと、前向きに」
「あははー、それじゃあ俺はちょっとエンデヴァーさん笑わせに行ってくるから。公安もさ、ヒーローは厚めにしておいたほうがいいよ、じゃないと、俺たちみたいな若輩に舐められちゃいますよー?」
後ろ歩きしながら対策本部のテントから退出したホークスは、その場で舞い上がった。
助走もなくこの勢いとは、すさまじい個性だな。オレ一人抱えても大した影響はなさそうだったし。
おまけに彼の個性は《飛翔》ではない。
背中に生えた翼の羽根一枚一枚が彼の個性《剛翼》の支配下にある。鳥のように羽を動かして飛んでいるのか、それとも羽根で操作しているのか。インターンにお邪魔したら教えてもらえるのだろうか。
「ホークスってオレが無個性って知ってますかね」
「え? 有名人だよ、キミの個性は」
オールマイトの衝撃発言。有名人なの? オレ。
策束家の長男としてある程度は社交の場に出ていたが、雄英に入ってからはからっきしだ。もちろん策束という名前も、その息子が雄英に入学したという話題も伝わっているだろうが、そこらの学生や社会人に「オレ策束家の長男なんスよ!」と言っても自慢だとは思われないだろう。
加えて、ヘルメットマンも神野区の見切れ人間盾も、策束業だとは周知されていない──あ、だからか。ナンバースリーが知らないはずもない。
「無個性、知ってたんだ……」
オレを無個性だと判断した上で、誘ってくれたのか……。
どこかに消えていた血の気が、顔を主軸に戻ってきた。
「──良かった」
オールマイトに背中を叩かれる。彼の骨張った手が、振り向いたオレの頭を撫でた。
「笑顔になったね」
「ええ、もちろん」
もちろんさ。
そこから、策束家の人間としての対応となった。祖父の話では秘書の一人が那歩島にまで出向いてくれるというので、プロジェクトに出資した一人の投資家としてだが。
そもそも那歩島を含めたヒーロー活動推奨プロジェクトはオレの発案の元で口火を切っている。おまけに公安委員会に乗っ取られこれほどの被害を出したのだ。
責任は取らせる。
ヴィランは逮捕しナインはオレたちが殺した。
すくなくとも、殺す決意をした。
遺族には、那歩島には金でオレの責任を受け取ってもらう。
あとは、公安委員会だ。頭をすべて挿げ替えたいが、そこまでの発言権も実力もない。この時点から真っ向切って喧嘩を売るのも問題が多いし、さて、どうするのが正着だろうか。
差し当って、オレは自衛隊の方に目礼をしてから会話を切り出すことにした。
「まずは被害状況を教えてください。できるならデータとしてもいただきたいのですが」
隣に立つオールマイトが小さく笑った。驚いてもいないし、否定もしない。
プロジェクトは中止し、クラスメイトのほとんどが重傷に近い怪我をしたばかりだ。島民にも観光客にも重傷者はいない。言ってみれば名誉の負傷だ。
だからって、笑顔で凱旋できる者はオレの友だちにはいない。
「学校側には私から伝えておくから、できる限りのことをしなさい」
「ありがとうございます。先生」
頭を下げると、もう一度頭を撫でられた。
A組は一週間、休日返上で那歩島に残って島民に協力することにした。もちろん公安委員会と雄英高校公認である。コスチュームこそ回収されてヒーローとして活動ではないが、仮免のおかげで個性は使い放題。報告書もなく、自由気ままな復興作業光景だった。
──なんというかさぁ、【こういうの】で良いんじゃあないかなーなんて、思ってしまう。
「業さん、緑谷さん」
「百お嬢さん?」
港にて、生活臨時便から荷物の搬出を終えて休んでいると、八百万が声をかけてきた。彼女の背後には飯田。委員長としての話らしい。障子や切島に離れることを告げてから、四人で連れ添って歩き出す。
「あと数日で俺たちは島を離れてしまう。しかも、復興の途中でだ」
「おん」
飯田の話にテキトーな返事をすると、八百万が咳払いを一つ挟んだ。はいはいすみませんねマナーが悪くて。
「さきほど雄英から連絡がありまして、明後日の定期便で帰還するようにと……」
「それは……うん……」
反論しようとした緑谷が口を噤んだ。まあ言ってしまえばオレたちも被害者ではあるからな、こうしてのびのびと復興作業に関わらせてくれていたこと自体が珍しい。
委員長コンビの話を簡単に説明すると。
明後日も相変わらず復興作業中だろうし、島民たちはオレたちの帰還の話をすれば復興作業を止めてまで見送りに来てしまう。それは、本意ではない、というお悩み相談だった。
それだけ優しい方々であることは否定しないし、おそらくはそうなるだろうとオレも予想がつく。というより、オレだって見送りを優先するだろう。人によっては自分の家に呼んで手作りの夕飯を一緒に~なんて意見もあるかもしれない。
「それ、なにが悪いの?」
「いや、だから復興作業が遅れてしまうことの懸念が──」
「いやいや、だって島の人たちからすればさ、ヴィラン退治して復興作業まで【手伝ってくれた】子どもたちがよ? 別れの挨拶も無しにってのは、ちょっと冷たすぎるんじゃあないかなぁ」
いくら他人だ、本土のヒーローだって言っても、ここまで散々良くしてもらっただろうが。この一週間だって結構な量の差し入れを頂戴している。
「もらった飯、マズかったか? 余計なお世話でも、有難迷惑でも、恩義を受けたのならお礼を言うべきだよ」
「そんなことは、思ってないが……」
歯切れが悪い飯田の言葉に、思わず笑った。
「だろ? 向こうだって思ってないさ。オレたちにお礼言いたいって人はいるだろ。それを無下にすんなって話さ」
正体隠したヒーローでもあるまいし。
それに策束家はこの島に関わりを持つことになるのだから、すこしでも印象は良くしておきたい。
「策束くん?」
「ん?」
「あ、いや、なんか悪い顔してたから……」
「まさか、ははは、そんな」
緑谷に深く突っ込まれそうだったので、慌てて回避する。
とにかくこの話はこれでおしまいだ。さっそく委員長コンビが村長に日程を伝えてくるらしい。
オレは緑谷と一緒にいおぎ荘へ戻ることになる。さて、学校の瓦礫の撤去は八割方終わっているが、まだまだかかるよなぁ。水が使えないことへのストレスは日増しに積み重なっている。電気はまだいいが、水はなー。
「デク兄ちゃん!」
「活真くん!」
嬉しそうにこちらへ駆け出す活真くんに、合わせて歩き出そうとした緑谷の耳元で「明後日だからな」とつぶやいておく。泣いちゃうかな活真くん。いや、大丈夫かな。きっと。
「あの!」
二人の時間を邪魔しちゃあいかんと離れようとしていると、活真くんに呼び止められた。緑谷と一緒に首を傾げる。
「オレ? どうしたのかな?」
活真くんがオレの手を引っ張って、緑谷から引き離す。
いおぎ荘から出たすぐ脇の道路で、恥ずかしそうにオレを見上げてはうつむくことを繰り返す活真くん。
「えっと、その……」
「ゆっくりでいいよ」
オレの言葉で、活真くんは深呼吸しながら目を瞑った。すごいなこの子、この歳で自分を落ち着かせる術を身に着けている。……母親を亡くした影響かもな。
目を開けた活真くんは、しっかりとした目でオレを見上げた。
「お兄ちゃんは、無個性だって聞きました」
「うん」
「僕の個性も、全然ヒーロー向きじゃなくて、弱くて……。でも、ヒーローってすごく格好良くて……僕も……ヒーローになれますか! 僕も、デク兄ちゃんみたいに、誰かを助けるヒーローになれますか!」
なんと、真っ直ぐな質問だ。
ならばオレも真っ直ぐに答えよう。
「わからないな」
「……え」
「わかんない。キミがヒーローに成れるかどうかなんて、わかるわけがない」
泣きだしそうな表情になってしまった活真くんの頭を、麦わら帽子ごと撫でつける。
「えっとさ、ヴィランを倒したのはさ、デクだろう?」
「え……うん?」
「もし活真くんの個性がなかったらさ、きっとオレたちは殺されて、キミの個性は奪われて、島の人たちだってどうなったかわかんないよ」
三、四歳の子どもにその言葉が伝わるものか。
あるいは、そんな子どもの将来に影響を与える言葉を、オレが伝えて良いものか。
でも──もし彼がヒーローに憧れているのなら、きっと言ってほしい言葉はオレと一緒だ。
「ありがとう、キミは、オレたちのヒーローだ。すげぇ格好良かったぜ、【二人とも】なー!」
道の奥、いおぎ荘の壁で姿を隠しながらこちらを確認する、真幌ちゃんにも声をかける。
顔を真っ赤にした彼女が、足音を立てるように強い歩調でこちらへ向かってくる。そして活真くんの姿を自分の身体で隠して、オレに【立ち向かう】。
「あ、あたしも! ちょっとはヒーローも良いかなーって! 思ってるけど! 活真にはまだまだ全然早いんだから! 変なこと言わないで!」
真幌ちゃんに手を引かれ、活真くんは足をもつれさせながら歩き出す。体勢を正してこちらを見る彼に、何度も手を振られた。
そろそろ見えなくなるかなというタイミングで、真幌ちゃんまで振り返る。
「ありがとうー! あなたもちょっと格好良かったわー!」
走り去る姉に、ついていく弟。
ちょっとは、か。ははは、オレのハウザーインパクトを見てもらいたかったくらいだ。
それから二日は、島を上げての送別会が行われた。予想通りオレたちを泊めたいという島民はあとを絶たず、自粛されていた酒飲みも解禁されているようだ。
歓待を受けた身として正直に言わせてもらうと、オレたちを出汁に使ったただのお祭り騒ぎだったな。
一度、島乃姉弟の父親と話をする機会があったが、ナインの情報はこれっぽっちももっていなかった。
最終日はフェリーの見送りも仰々しいものとなり、ほとんどの島民が出揃っている気がする。中年・年配のお嬢さま方々が泣き始めてしまうからものすごく心苦しい気持ちにさせられる。
千人か、もうすこし余裕があれば、全員の顔と名前を一致させることも可能だったのだが、なかなかどうして、ままならないものだ。
沖縄へ着くと、物凄いフラッシュの数が港で待ち構えていた。どこの誰だオレたちの情報をリークしたのは。
代表して八百万がインタビューを受けそうになっていたので、慌てて引き留める。「捜査中のため話すことはできないし、顔を写さないでほしい」ということをその場にいる全員に大声で伝えた。
これで雑誌やテレビにオレたちの名前や顔写真が載っていたら、手ひどい報復が待っているぞ。
結局、沖縄観光どころではなかったな。飛行機の窓から、遠くなる沖縄の大地を眺める瀬呂に哀愁を感じるが、この座席の狭さはどうにかならないのか。
「ようやく、一息つける……」
「だな」
「うん」
障子と口田に挟まれる。那歩島では誰よりも仕事をしていた二人だったが、やはり疲れは溜まっていたか。
夜は追加のヴィランが来ないかどうかで気を張っていたクラスメイトだ。周囲からはすでに寝息が聞こえている。後ろを見ると、八百万と耳郎がお互いの頭を支え合うように突き合わせて眠っていた。
「さむ! え!? 寒い!!」
飛行機から降りると、麗日が自分を抱きしめるようにそんなことを叫んだ。おいおいいくらなんでも空港内で? と思ったが、全員慌てて空調の近くへ寄る。手荷物はまだか、来るときに来ていた上着が入っているんだ。
二週間で、ずいぶんと涼しくなってしまったな。
◇ ◇ ◇ ◇
三週間で、ずいぶんと涼しくなってしまったな。
自身のひげを指先でつまむように撫でつけながら、私を見つけて転びそうになりながら駆け出す女性を見る。
「待たせてしまったねラブラバ」
「全然! 私は平気よジェントル!」
ラブラバを抱き上げて視線を合わせる。大きな瞳には涙が溜まり、私を見つめている。ふわりと彼女の髪の毛からダージリンの匂いが漂ってきた。
「さあ行こう、愛の巣へ」
「ええ! ジェントル!」
「悪いけど! 絵面が完全に犯罪だから早く乗ってくれるかな!?」
警察署の駐車場から怒鳴り声が聞こえてくる。まったく、悪いと思っているのなら、もうすこし紳士でありたまえよ。
「あなたは毎回うるさいのよ! ジェントルの【同級生】だからって気安く話しかけないで!」
「悪いことしてたのはキミたちだろうが。早く乗ってくれよ……」
ぶつぶつと文句を言い続ける運転手に、声をかけてから車へ乗り込む。
「すまないね【竹下くん】」
「いいんだけどさぁ……。お前だけだよ、借金ってあだ名で呼ばないでいてくれるやつは……」
ずいぶんとくたびれた背広が視界に入る。彼は車のエンジンをかけると、ゆっくりと発進させた。
竹下くんとは、高校の同級生だ。
高校を留年のうえに退学。
そんな私を、彼が覚えているわけがなかった──そう思っていた。
『竹下くん……?』
『あー……えっと……誰でしたっけ?』
つい三週間前、車で私を迎えるよう指示された【同僚】とそんな会話をしていた。
心の傷が抉られるような感覚のなか、それでも私は一歩踏み出した。ゆっくりと、私が誰かを説明したのだ。
完全に忘れられていたとしても、私の生き方を誰かに理解してほしかったのかもしれない。
『え、えー!? お前飛田かよ!? なにやってんだ!? ヴィランじゃねーか!』
『覚えて、いて、くれたのかい?』
『忘れるかよ! 伝説だお前は! ははは、お前も老けたなぁ!』
竹下くんから説明されたその伝説とやらは、それほど良いイメージのものではなかったが。
それでも、笑いながら私の話をする彼の表情に、ゆっくりと心が解れているのがわかる。
『竹下くんは? 独立したんだろう?』
若気の至りの、ネタになるような伝説だ。気恥ずかしくなってしまって話を変えると、彼は笑いをそっくり潜めて──馬鹿にするように自分の話を始めた。
『ヒーローへの成り方はさ、学校でもネットでも、いくらでも調べられたよな』
『あ、ああ』
『どんなヒーローに成りたい、俺の個性はこうだからこの場所がいい、ヒーロー事務所の立ち上げ方は、必要な書類は──……馬鹿だったなぁ……』
竹下くんは優秀だった。個性も、運動神経も、勉強も、志も。
それが、こんな寂しそうに笑うなどと、学生時代では想像もできなかった……。
『夢でも理想でも、腹は膨れなかったよ。毎日毎日歩き回ってのパトロール。おまけに、はは、俺より若いの出てきて、あっという間にトップランカーだ。みんなほかのヒーローに夢中でさ、俺なんてそのうち誰にも相手にされなくなっちまった』
『それは、キミの動機じゃなかっただろう?』
『そう、それを思い出させてくれる友だちがさ、もういなかったんだよ。同窓会なんて行けたの二十歳までさ』
『私は、呼ばれたことすらないよ』
『だな。……悪かったよ、飛田、俺、心の中ではお前を馬鹿にしてた。お前だけじゃない、ヒーロー諦めたやつら全員馬鹿にしてた』
『キミは、成れたものな』
『そう、ははは、レール敷かれて、その上を気ぃ付けて歩いていれば誰でもヒーローに成れるんだ。なんで歩かないんだろうって思ってた。事務所呼ばれて、独立して、そこから先のレールが無いって気づいたときには後の祭りさ……』
壊れた蛇口のように、竹下くんの人生が溢れ出す。
『夜勤のバイトしたんだよ。んで、最初の給料で独立してから一番稼いだ。
『そっからはもう心折れちまってさ。家に帰ると涙止まんねぇんだ。
『限界が、絶望が、家の扉開くたびに襲ってくる。
『電話もいつの間にか取らなくなってさ、結局事務所は畳んだ。
『夢を叶える方法が書いてあるなら、夢を見続ける方法もどっかに書いといてほしいよなー……。
『んで、探偵みたいなことしはじめた。ペット探して、不倫調べて、酒に逃げて、夢とか理想とか、まったく考えないように生きてたよ。
『借金もそろそろ笑えない金額になってきてさ、もうダメだーってなってたんだ。
『ところがある日、金持ちの坊やから電話かかってきたわけ。依頼料も法外だし、世間知らずの子どものお守かーってさ。そ、それが策束業。いまや社長さまだな。
『行ったら雄英高校生が何人も並んでてさぁ、貫禄もバッチリなの。全員ヒーローに成るんだろうなって久々に現実を直視しちゃったわけ。
『そのあとすぐに、神野区の悪夢に出くわした。俺も現場近くにいたんだよ。なーんもしなかったけど。
『悔しくて、悔しすぎて、ヒーロー免許持ってるんだぜこっちはよ。人が悲鳴を上げて逃げる中、車で病院行くのが精いっぱいだった。
『なのに社長の坊主、なにしたと思う? オールマイト守ったって言うんだぜ?
『いるんだよ、世の中にはさ。飛田みたいなヒーロー馬鹿が。
『要るんだよ、お前みたいなやつが──』
運転する彼の顔を、私は見ないようにしていた。
きっと、竹下くんと同じ顔をしていたはずだ。
私のいままでの経歴を話せば傷の舐め合いもできるだろう。
それなのに、ただの沈黙だけを私たちは受け入れた──。
「ジェントル! 見えたわ! あの可愛いお店よ!」
「店じゃないから。誰もそういう免許持ってないんだよ」
ラブラバの興奮した声で、現実へと引き戻される。
彼女の視線の先、三階建てのアパートメントが見えた。その一階には大きな窓ガラスがはめられたウッドハウスの店舗が入っている。車上からでは店の中までは細かく見られないが、喫茶店と言われれば喫茶店だろう。
裏の駐車場に車を止めて、その裏口から店の中へ入る。
「お──おお……」
「社長からの伝言、火の元注意だってさ」
「もったいないわよね。ねぇジェントル見て見て! ジェントルのためにあの坊やに用意させたのよ!」
本当の喫茶店のように、機材が所狭しと並べられていて、おまけにかすかな茶葉の匂い。
大量の瓶が日陰に並べられており、その茶葉入りの瓶には一つ一つ、丁寧にラベルが張られていた。
──ラブラバの筆跡だった。
「まあこの店と二階はいまんところキミらのところ。三階は全部屋埋まってるから」
「まだ、同僚が?」
「そ。ちなみに裏の冷蔵庫の中身は食うなよ、基本悪くなってるっていうからさ」
店舗側に来る前、スタッフが着替えられそうな場所があったが、冷蔵庫などあっただろうかと思ってそちらへ向かうと、壁に扉が付けられていた。プレハブ冷蔵庫?
扉を力一杯引くと、大量のポリバケツが並べられていた。中身はくず肉やくず野菜、調理済みの廃棄された料理もある。これ全部生ごみ?
「社長が生ごみ引き取ってここに入れてるんだ。一人分の給料が浮いたらしいよ」
「給料?」
「生ごみの処理費用が浮いて、その生ごみを食わせて給料の代わりにする。そいつが同僚。話した感じ悪いやつらじゃなさそうだけど、元ヤクザだぜ? いつ暴れ出すか俺は怖いね」
鼻で笑う竹下くんが、それでもその同僚たちのもとへ案内してくれた。三階のアパートメントで、ほとんど一緒にいる三人組の元ヴィラン。
「なんだよ【借金】か。寒いから早く締めてくれ」
「そいつが新入りか? 略式裁判だっけ? 全部終わったんだろ、お疲れさま」
「それ、ロン。大四喜」
悲鳴を上げる窃野トウヤに宝生結。そして目と口に穴があいたボロ布を被る多部空満。
ヤクザに雇われていた元ヴィラン。それぞれ、【窃盗】、【詐欺】、【無銭飲食】で逮捕歴あり。竹下くんは【借金】。私は迷惑動画配信者か……。
これまた、変な人材を集め続けたものだ。
「ジェントル」
裾を二度引かれ、ラブラバを見る。
「ここから始めましょう」
「ああ──ここからだな」
世のため人のため、私の夢のため。
そして、キミのために。
「私の名はジェントル・クリミナル! リスナー諸君、よろしく頼むよ!」
「おー、コーヒー淹れてくれや新入りー。楽しみにしてたんだ」
「俺のはミルク多めで」
「腹減ったぁ……」
「俺も甘いほうが好きだな」
三馬鹿プラス竹下くんに、まずは紅茶の楽しみ方を教えることから始めようではないか。
「まかせたまえ! ラブラバ、カメラの準備を!」
「もちろんよジェントル! ちなみに前のアカウントはBANされたわ!」
抱き上げたラブラバと、動画のタイトルを考える。
さあ、ここから始めよう。
二人で──。