【完結】無個性ヒーロー   作:南畑うり

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ビルボードチャートJP・後編

 

ビルボートチャートが発表となった翌日でも、オレたちは大いに沸き立っていた。

それもそのはず、オールマイトという日本の象徴が引退して早三か月。歪に出来上がっていたランキングが正式に完成したのだ。

ランキングは昨日のうちに百位以内まで発表されており、各々自分の地元のヒーローや推しているヒーローを楽しそうに話し合っていた。

 

オレは神野区のこともあってマウントレディを推しているのだが、峰田から握手を要求されるようになったの本当ヤダ。

 

耳郎はというと、惜しくもトップテン入りを逃したデステゴロというヒーローに順位上昇の祝電を送っていた。高校一年生の、おまけにインターンでお世話になった程度の関係だからな、一日空けた方がいいとアドバイスをしていた。

まあ順位変動はヨロイムシャの言う通り、トップランカー以外の順位は上下降しやすい。

おまけに日本にはビルボードチャートが【一つ】しかないからな。オールマイトがずっと一位だったのも、エンデヴァーがずっと二位だったのも、【そこ】を起因としている。

 

ヒーロービルボードチャート【JP】は、事件解決数、社会貢献度、国民の支持率の三つを軸に順位の査定として組まれている。事務所の大きさや納税額なども関係しているが、そちらは順位が高ければ自然と大きくなるからあまり関係はないな。

さて、国民の支持率とはなにか。簡単に言えば投票だ。

ネットを使って一人一票、一アカウント一票を投じて自分が好きなヒーローに投票する。無論ズルしようと思えばできるし、運営側が無効票として処理する場合もあるが、それはさておいて。

 

それは、あまりにも暴力的すぎる【雑さ】だ。

一万人ものヒーローを一括りにして「さあこの中から一人を選べ」では、支持率もなにもない。下にいるヒーローが上がっていく余裕がないのだ。

一般人としては、お祭りの感覚もありビルボードチャートは一つだけで誰も気にしない。オレだってそうだ。

 

しかし、企業側は違う。

自分の企業のロゴを身に着ける、あるいは広告塔にしているヒーローが埋もれていくのはあまりにも忍びない。

 

そのため、海外では全体を一括りにしているビルボードチャートは不評であることが多い。【階級別】が一般的だな。個性、外見、色気、活躍、頭脳、大食い、足の速さ、財力、エトセトラ──。多種多様な【王冠】が用意されている。

 

流行り廃りは日本の比ではないし、ヒーローは平和の象徴などではなく企業とヴィランによって使い潰される消耗品でしかないのだが、いろんな企業がこぞって手を出すことで金銭面は潤沢だ。

 

さて、日本と海外、どちらが【雑】なのだろうな。

 

オレは峰田から距離をとり、携帯端末で動画を見ることにした。

 

「んー? なんだー? エロいのかー?」

 

うるさい、黙れ、こっちくるな。

紅茶の動画だと知ると興味を失ったようで、峰田が女性陣へ混ざりにいく。

すげぇ、ジェントルの動画には色魔退散の効果があったのか。

 

「なにをご覧になっているのですか?」

 

厄除けの効果はなかったか……。

それどこか紅茶の動画だと知った八百万は隣を陣取って小さい画面を二人で見ることになる。しばらくすると彼女は自分の携帯端末を弄り、動画主の名前を聞いてきた。どうやら気に入ったらしい。

いや、そうなんだよ、知識正しいし声が心地いいし、ビックリするくらい見やすいんだよな。紅茶が飲みたくなる。……緑谷にバレませんように。

 

「──業さん」

 

笑っていた八百万の表情が、不自然に引きつる。

彼女はオレの名前を呼んだのにも関わらず、勢いよく立ち上がってテレビのリモコンを奪う。二メートルもない距離を走るという暴挙も加えてだ。

 

「どうしました」

「誰か轟さんを呼んできてください! お早く!!」

 

飯田が真っ先に走り出した。八百万の血相の前に、走らないようにと自分で決めたルールを破っている。

轟が来る前に、携帯端末が震えた。電話だ。

 

「心操か、どうし──」

『策束! テレビつけろ!』

 

いま八百万のザッピング待ちだ。

そう話そうと思って、でも、テレビが映し出した光景に言葉が出てこなかった。

 

『いまビルの中にいた人たちが救出されました! ホークスの個性のようです! 次々に! 運ばれています!』

 

涙声を含ませる女性のナレーターの声が響く。手ぶれするカメラが映し出すのは斜めに切断された高層ビル。その上部が玩具かなにかのようにズレて、崩れようとしている。

 

ヴィランと戦うヒーローのライブ映像だった。

崩れそうな高層ビルの上空ヴィランと──脳無と向き合うエンデヴァーの姿。

 

「ど、どこ、どこ!?」

 

言葉に詰まる。

何人かが携帯端末を操作している間にも戦闘は続いた。

 

斜めにずり落ちはじめたビルを、エンデヴァーが炎の糸で中間にいたヴィランごと細かく分断していく。それでも人に落ちれば十分に殺せてしまうサイズだが、要救助者を近くのビルへ運んだホークスの《剛翼》が、今度は細切れにされた瓦礫をいくつも支えて、ゆっくり下ろしていくようだ。

 

ビルを焼き切ったエンデヴァーの炎の糸で切断された脳無だが、おそらく《再生》持ちだ。

瓦礫に紛れるようにエンデヴァーの視認から逃げ切る。彼のサイドキックは不在か。脳無はどうやって飛んでる? 浮遊? 空気の反発? どちらにせよ、神野で空に浮かぶオール・フォー・ワンがどうしたって脳裏に蘇る。

もし神野区の被害範囲がこんな街中で再現されてみろ、被害は数倍だぞ。

 

「わかった! 九州! ホークスの地元だ!」

 

瀬呂の言葉に、誰もうなずくことはなかった。瞬きすら忘れて画面を見つめている。

 

おそらくは地元のヒーローの攻撃が、空中を逃げ回っていた脳無の上半身に当たった瞬間、白煙を纏う爆発からはじき出されるように、【そいつら】は生れ出た。

 

「これも脳無!? だよな!?」

 

頭を抱えた峰田は、自室でのんびりしているであろうクラスメイトを叩き起すと言って出て行った。

 

白い脳無たちが何体も生まれ、その一体はカメラの近くに落下した。

 

女性のレポーターの、悲鳴を飲み込む音が聞こえてきた瞬間、その脳無は《剛翼》によって動きを封じられていた。カメラの奥には、男性二人組に襲い掛かろうとしている白い脳無二体を、一瞬でなぎ倒すホークスの姿も映っている。

 

早すぎる男は、一瞬で白い脳無の三体を制圧。青色も混じっているが、色が薄い。

安心、して、良いんだよなと太く長い息を吐く。

 

「脳無……」

 

八百万が苦しそうに胸元を抑えている。

彼女はオレの個性の話を知っている。神野区で破壊された施設が、どこかで再稼働しているのだと認識したのだろうか。

八百万の背中を擦ると、か細い声で彼女はつぶやいた。

 

「合宿で襲ってきた脳無が、この色でした」

 

──盲点だった。

色によって用途が分かれていると思い込んでいた。馬鹿かオレは……!

たとえばUSJ襲撃と保須で襲ってきた黒い脳無はどちらもパワー系。緑谷を連れ去ろうとした飛行タイプの脳無はうすだいだい色。林間合宿襲撃に連れてこられた脳無は錆浅葱。

 

個性の付与された数で脳無の肌の色が濃くなる、あるいは、黒い脳無にしか個性を多く付与できない可能性も視野に入れるべきだ。時間の経過、個性の種類、元々の人物……。様々なことが考えられる。

 

すくない情報で仮定を立てて、それを疑問に思うこともしなかった。

くそ、情けないにも程度があるだろうに。

 

『ああいま──! 見えますでしょうか! エンデヴァーが! この距離でもまぶしいほどに! 激しく! 発火しております!』

 

ホークスからエンデヴァーへとティルトアップされると、煌々とする火球が映し出された。熱から風が生まれ、崩れたビルから立ち上る砂埃ですら、揺らいでいる。

それどころか、そのままエンデヴァーがその熱を脳無に向けて放つと、画面が真っ白に染まってなにも見えなくなった。画面を見ていたオレたちですら目を細めるほどの光……。

 

脳無は炭化したのか、小さな肉片がゆっくりと落ちていく。

 

「す、すげー……」

 

誰かが嬉しそうにそう言った瞬間だった。

 

「え」

 

炭化したと思っていた脳無から、二本の触手が伸びてエンデヴァーを襲う映像。

 

飯田が轟を連れて戻ってきたのか、背後で大きな音がする。

何人かが轟に事情を説明しようとしたが、オレは視線を逸らすことができなかった。

 

身体を《再生》させた脳無がそのままエンデヴァーを崩れたビルではないべつのビルへと叩き落して、画面から消えていく。

 

緑谷が慌ててチャンネルを変えると、報道ヘリからのライブ映像が映し出されていた。オレは携帯端末でさきほどの地上映像を流しておく。クラスメイトの何人かも、それぞれべつのテレビ局のチャンネルを開いていた。

どの携帯端末からも、レポーターたちの切迫した声が聞こえてきている。

 

『──突如として現れたヴィラン。たった一人で街を蹂躙しております! 確認できませんが怪人脳無も多数出現している模様。現在ヒーローたちが交戦・避難誘導中! しかし、いち早く応戦したエンデヴァーは負傷! この光景……嫌でも思い出される三か月前の、神野の悪夢──!』

 

テレビから流れて来るレポーターの声は、涙声すら含んでいた。

その声を遮ったのはエンデヴァーの反撃であったが、不発。

倒れ伏したエンデヴァーは起きる予備動作すらなく、爆豪の《爆破》ように炎を推進力にして突撃したのだが、《再生》しきった脳無に掴まれる。

鞭のようにしなる脳無の腕は何十メートル伸びるのか、周囲のビルにエンデヴァーを叩きつけるように何度も振るわれた。

 

投げられたのか、抜け出したのか、脳無の腕が縮んだころにはエンデヴァーは掴まれていなかった。

 

土煙が晴れるとカメラもようやくエンデヴァーの位置がわかったらしく、ズームで映される膝をついた彼が、壁を掴みながらも立ち上がろうとする様子が流れてきている。

──大量の吐血。

 

「や、やだ」

 

誰かの悲鳴。

それでも、諦めなかったのはエンデヴァーその人である。

個性《ヘルフレイム》が、立ち上がる彼の顔をマスクのように覆った。

 

「パニックだ! まずいぞ……」

「チャンネル戻せ! これ! 脳無映ってる!」

 

瀬呂が自身の携帯端末をこちらへ見せる。最初に映していたチャンネルだ。

オレも上空ヘリからの映像ではなく、瀬呂が流している映像へとチャンネルを切り替えた。

 

エンデヴァーを放置した脳無が、民衆に向かってビルの屋上を移動し始めたからだ。

 

瀬呂の携帯端末と、テレビから同時に民衆の悲鳴が溢れ出す。

 

『象徴の不在……』

 

マイクを通したそのレポーターの声は、いやにはっきりとオレの耳に届いた。

 

『これが、象徴の不在……』

 

あまりにも無責任な発言だ。

オールマイトの責任でこうなったわけじゃあないだろう。もちろんエンデヴァーの責任でもない。

きっかけは雄英襲撃事件か? 林間合宿で爆豪を誘拐されたこと? 神野区? オールマイトの引退? 《複製》が奪われたことでも、オールマイトがオール・フォー・ワンを殺し損ねたことでもない。

 

日本人なら、自覚するべきことだったのだ。

オールマイトに頼り切っていたことを。オールマイトを選びすぎたことを。

デヴィット・シールドと同じだ。

 

平和を支えていたのがオールマイトという自覚があるのなら、オールマイトを支えるべきだったのだ。

【オールマイトの隣に立つべきだったんだ】!

 

テレビの前で見守ることなんざぁ……! 依存の他力本願なんざぁ! 無個性のオレだって片手間でできるんだよ!

 

「轟!」

 

相澤先生が部屋に駆け込んできた。テレビの画面と轟を見て、安堵するように「もう見てたか」と息を吐いた。

きっと先生は、ヒーロー側の敗北なんて微塵も考えていないのだろう。

 

『テキトーなこと言うなや!』

 

──テレビから?

悲鳴とはべつの声に、その場にいた全員がテレビに視線を向けた。

映っていたのは、民衆の避難の流れの中から、カメラに向けて叫ぶ一人の同年代の少年。すぐさま友人に抑えられていたが、それでも彼は叫び続けた。

 

『どこ見て喋りよっとやテレビ!

『あれ見ろや! まだ炎が上がっとるやろうが! 見えとるやろうが! エンデヴァー生きて戦っとるやろうが!

『おらんもんの尾っぽ引いて勝手に絶望すんなや!

『いまっ! 俺らのために! 身体張ってる男はだれや!

『──見ろやぁ!!』

 

テレビは、もう少年を映していなかった。

 

空中で脳無を押し出すように進むエンデヴァーが映る。背中には、まるでホークスのような炎の翼。いや、ダメか、押し返されたな。エンデヴァーが空中戦など聞いたことがない。

 

なのに──不得手であることは間違いないはずなのに、脳無とつかみ合いながら直角に上がっていく。

物凄い熱量なのか、避難民たちが熱さから身を守るような姿がカメラに映る。遠く離れた彼らですら、強い風を浴びているという規格外な個性。

 

『エ、エンデヴァーが、戦っています……』

 

オレは持っていた携帯端末をテーブルに投げ出した。報道ヘリからのカメラよりも高く、雲を蒸発させながら高く昇るエンデヴァーの姿。すぐに画角から消えてしまった。

 

地上からのカメラ映像では、すでに豆粒のような存在だ。

見えるわけがない。だから、このレポーターの言葉はすべて妄言に過ぎない。

 

『身をよじり、足掻きながら、戦っています!』

 

どのカメラ映像も、地上の様子なんか映していない。だから、これはオレの妄想だ。

恐怖に慄いていた避難者は、きっとだれもがエンデヴァーを見ている。

 

地上から空を映したカメラが、炎を映す。それが円であるのか、球であるのか、それすらわからぬほど巨大な炎。

数秒間映された炎が消えると、その中心部分から燃えながら白煙を吐き出すなにかが降ってきた。

隕石のように落下したそれは、地上に叩きつけられてなおも燃え続けている。

 

空撮のズームがしばらく続き──そして、姿を現した。

 

『──エンデヴァースタンディング!! 立っています! 腕をっ! 腕を高々と突き上げて! 勝利の──いえ! 始まりのスタンディングです!!』

 

マイクから歓声が聞こえてきた。

女性レポーターが必死に実況をつなげようとしているが、盛り上がった民衆はパニック以上に混乱の最中である。

とくに、あの場で最初から最後までエンデヴァーを信じ続けた少年には、カメラマンのほうから寄ってしまう始末だ。

 

背後から物音がして振り返ると、轟がしゃがみ込んで長い息を吐いていた。

慌ててクラスメイトの何人かが励ましに行く。

 

オレも轟ほどじゃあないが、緊張で肩の力が入っていたらしい。指先をほぐしながらテーブルに投げた携帯端末に手を伸ばし──叫ぶ。

 

「テレビ!!」

 

チャンネルを空撮が入っているテレビ局へ移す。

ついさっきまでホークスとエンデヴァーを映し出していた画面が、その二人を閉じ込めるように円状の壁のような【青い炎】で埋められていた。

 

『ヴィラン連合! 荼毘です! 連合メンバーが!! 炎の壁を展開しエンデヴァーらを囲い込んでおります!』

 

だよなぁ!? 見覚えがある炎だと思ったわ!

 

「アイツか。堂々と……どういうつもりだ」

 

相澤先生の疑問はもっともだ。

脳無がエンデヴァーに与えたダメージで直接攻撃に切り替えたか、それともこの状況すら計画内? ナンバーワン、ツー相手にそんな計算ができるか? そこまで脳無のデータが取れている? すでにエンデヴァー用にカスタマイズされた脳無が?

 

開闢行動隊としてはヒーロー六人に対して分断しての夜襲。一転いまは昼間にエンデヴァーとホークスだ。

脳無を繰り出した以上、ヴィラン連合との離別は考えられない。エンデヴァーが繰り上がったように、『先生』が抜けたことで荼毘の地位が向上した? 死柄木が転落していたら可能性があるな。

内部分裂の可能性もある。さすがに希望的観測に過ぎないが……いや、那歩島で襲ってきたナインもヴィラン連合が運送していたはずだ。拠点を移した?

 

脳無との戦闘で負傷しているエンデヴァーに、彼を守りながら戦わなければならないホークス、そして無傷の荼毘。

相澤先生に不安の色はない。ヴィラン連合への警戒心しか感じられないのは、それだけヒーローを信頼しているからだろう。

 

オレは、正直ちょっとビビってしまっている。

もし二人が敗北するようなことがあれば──。

 

『ミルコ! ラビットヒーローミルコです!! 見えますでしょうか! ビルの上を跳ねています! 物凄いスピードです! いま! 炎の中へ飛び込んでいきます!!』

 

レポーターが嬉しそうに叫び、オレたちも画面を凝視していたが、空撮でのカメラ映像では豆のような小さな影が、キラキラと白く輝く尾を引きながら動いているようにしかみえない。

 

その言葉を鵜呑みにするのなら、たったいま消えた炎はミルコが荼毘に対して攻撃した結果なのだろう。

分倍河原の個性で作られた複製品だったのかもしれない。

 

ともあれ、ミルコの登場から数秒しか経たずに襲撃は終了したらしい。

ヘリからのレポーターは、エンデヴァーとホークスに何度も感謝の言葉を告げる。

 

平穏を祈る対象がオールマイトからエンデヴァーに変わっただけに見えるのは、オレがひねくれ者のせいかな?

まあオレがあの二人の隣に立つような光景など、人生三度繰り返したってありはしない。口だけ野郎さ。素直に感謝を告げるレポーターのほうが百倍良いだろうな。

 

「これで、本当に、終わった?」

 

上鳴が不安そうに携帯端末を弄っている。テレビのほうもチャンネルを操作するが、どれもこれもエンデヴァーの勝利を称える番組内容へと移行していた。

ああ、良かった、これでエンデヴァーの能力を不安視するようなニュースを作るようなら、その番組を潰さなきゃあならなかったからさ。

 

「轟、車手配するか?」

「いや、いい。タクシー高ぇし」

 

こんな緊急時に……。ともあれ、彼はエンデヴァーにも、家族にも会うつもりはなさそうだ。

 

「父親嫌いでも、家族にくらい連絡とっておけよ」

「……ああ」

 

オレの携帯端末を彼に渡す。電話番号は記憶しているのか、すぐに姉らしき人物と連絡を取り始めた。

 

一階談話室で自体を見守っていたクラスメイトたちも合流。顔を合わせると、お互い力の入らない笑みを浮かべていた。

 

「相澤先生、リカバリーガールの出動は?」

「あるだろう、もしかしたらもう出てるかもな」

「空港であればプライベートジェットもあります。もし時間がかかる場合は声をかけてください、手配します」

「規格外も良いところだなお前ん家は」

 

八百万がいるクラスでなにをいまさら。

相澤先生は自身の携帯端末を操作しながら、廊下へ出て行った。リカバリーガールの動向を探るのだろう。

空撮で見た限り、エンデヴァーはボロボロだった。途中の吐血量もあきらかに内臓を痛めている。もし彼が長期で休養した場合、ビルボードチャートのトップとスリーが抜けることになる。

犯罪増加の可能性に、いまごろ誰もが頭を抱えているだろう。

日本の価値は、どう評価されているだろうか。

 

「策束、助かった」

 

轟に携帯端末を返してもらったので、そのまま上場企業の株価をチェックするが、まあ売られるよなぁ。しばらくは下落し続けるだろう。エンデヴァーが復帰してはじめて、株価のもみ合いが行われるはずだ。数日で復帰すれば良し、二週間ならかなりの逆風。ひと月ならば、何人の投資家と証券マンが人生を諦めるだろうか。

それでも、オールマイトが引退したときほどじゃあない。エンデヴァーの価値も、まだ決めかねられている。

 

「エンデヴァー、早く良くなるといいな」

「……ありがとう」

 

まあ、お互い複雑だよな。

その轟に九州へ向かうのかと聞いたが、彼は首を横に振って拒絶した。代わりに、エンデヴァーが退院したときは姉が連絡を寄越すそうだ。実家に集まって食事をしたいらしい。

 

「食事って、え、それだけ?」

「それだけ……。いや……そうだな、それだけだ」

 

え、なに? なんか、食事に深い意味とかある? お見舞いとかは? たしか彼の母親は身体が弱く、入院生活をしていると聞いたことがあったが……。

 

「たったそれだけのこと、俺ん家は、したことねぇから」

 

──じ、地雷だー! そうか、そうだよなぁ! 母親入院で父親が死ぬようなことになったら、たしかに食事くらいしたいよなぁ……。

 

うつむき加減の轟から、すぐに視線を逸らして彷徨わせてしまう。何人かがオレの引き出した言葉でドン引き。頬を引き攣らせている。

言葉に詰まりつつも、どうにか会話を良い方向にもっていきたい。

 

「えっと、料理は、どこで? 家で作るのかな? 家族でさ」

「ああ、食いたい物あるかって聞かれたから、ざる蕎麦って答えた」

 

久々の家族の食事に、ざる蕎麦……。いや、ざる蕎麦はなに一つ悪くないんだけど……。えっと、ホットプレートで焼肉とか焼いたりさ、その、あったじゃん、楽しかったじゃん。

 

「ざ、ざる蕎麦! 良いですわね! 今日はお蕎麦にいたしましょうか!」

「……良いのか?」

 

八百万の言葉に、なぜか了承を得ようとする轟。そんなにざる蕎麦好きだったの? めんつゆ差し入れてやろうか。

 

相澤先生は戻ってきて早々、しばらく外出厳禁となり、寮外にいた生徒全員が呼び戻されることになると告げた。彼はセメントス先生とリカバリーガールの出動を見送ると校舎へと出て行ってしまう。

そのままなし崩しに、エンデヴァーの勝利を祝うわけでもなく、轟の話を聞く会になってしまった。

 

それが、重いのなんのって……。

 

「えっと、じゃあその火傷って──」

「ああ、そのヤカンで。夜嵐にも言われたが、目が、親父そっくりなんだとよ。……雄英入るまで成長なんかしてなかったんだって思い出しちまった」

 

あまりにも不仲そうな家族に見えたため、興味本位で誰かが一歩踏み出したらこれだ。まあ一歩目は間違いなくオレなのだが……。

誰だって大なり小なり、家族のことであるからこそ、人に言えない話はあるだろうと思うが、それにしたって、ちょっと聞いていられない。

 

簡単に説明すると、エンデヴァーは轟の母親の氷雪系の個性を目当てに結婚。《ヘルフレイム》は出力のあまり身体に熱がこもり続けるため、氷の個性で冷やそうと考えたのか?

脳筋が生み出した狂気の考えだ。

 

問題は、個性因子の特性を理解していなかったことか。

 

たとえば梅雨ちゃんだが、彼女の個性は《蛙》。舌が長い、泳ぎが得意、湿気が好きなど、蛙の特徴をその身に宿している彼女の骨格は、なんと蛙に似通った部分もあるという。

しかし、その継承も蛙の良いことだけはない。寒さに弱かったり、乾燥に弱かったりと、蛙の不便な箇所も個性として反映されてしまっている。子どものころは尻尾もあったというのだからさもありなん。

 

つまるところ、氷の個性の持ち主が熱に弱いという可能性を、エンデヴァーは排除してしまった。さすが脳筋、完全に常軌を逸している。

 

エンデヴァーと轟のお母さんの間に生まれた子どもは、出力が身体に見合わなかったらしい。高出力でも低出力でも【成功作】としては認められず、末弟である轟が生まれた。

 

そこから、エンデヴァーの英才教育が始まる。

エンデヴァーが家にいるときは、個性、心身ともに付きっ切りで鍛え上げられたらしい。血尿血便も珍しくはなかったとあけすけに語る轟に、オレたちはなにも言えなかった。だって、どう計算しても十歳未満の話をしているんだからよ、彼はよぉ……。

 

「最近なんだよ、姉ちゃんと話すようになったのも……」

「お、おう」

 

ヤバい、纏のこともっと大切にしよう。

 

「俺ばっかり話してわりぃな。なんか、あるか? お前たちにも」

「リレーすんな! その不幸のバトン欲しがるやついないんだよ!」

「策束! デリカシー!」

 

切島のツッコミで、周囲のメンバーから笑いがようやく飛び出した。まあ、しっかり乾いている笑いではあったが……。

ダメだ、気まずすぎる。責任はとるか。

 

「ええと、じゃあオレの話になるんだけど、誘拐されたことがある」

「ええ!? 誘拐!? 無事やったの!?」

 

麗日が心底ビックリしているが、無事だからここにいるんだよ。

とは言っても、これ以上【話せる】ことなどない。せいぜい泳げなくなった原因があると加えられた程度。

まさか八百万の前で、『八百万と人違いされて誘拐された』なんて言えないからなぁ。せめて《複製》があれば誘拐犯たちの希望を叶えて、解放された可能性も──ないか。一生やつらの奴隷だな。

 

「無事ヒーローに助けられましたとさ。あとは、んー、実はやっぱりオールマイトがいないと不安とか、芦戸の角の秘密とかかな。自分の話じゃあないけどさ」

「なんであたしの角とオールマイト先生が同列なの!」

「愚痴言ったり友好深めたいと思ったらそうなるだろ」

 

芦戸がオレの顔をねめつけながら首をかしげている。ふと表情を崩した彼女は、面白いイタズラでも思いついたのか、両手先で笑う口元を隠しながら切島のほうを見る。

 

「あ! そう言えば切島はさぁ!」

「待て芦戸! なに言う気だ!」

「じつはあの真っ赤な髪はぁー」

 

慌てた様子の切島が芦戸を黙らせようと走り出し、彼女は逃げ出した。足音をわざと強く出しながら部屋を走り回る。

いいね、空気が入れ替わった。

 

轟の様子を窺いながら雑談のような時間を楽しむ。

 

爆豪は出て行きたそうにしていたが、一人でテレビを見るよりは、オレの部屋に残ったほうが情報収集のしやすさを感じたのだろう、テレビの前を陣取って会話に加わる気はなさそうだ。

 

意外だったのは二つ。

一つは口田が自分の話をゆっくりとではあるが、部屋に通る声量で話してくれたこと。

もう一つは障子のマスクの下のことだが、これはちょっとべつの話だな。

 





2023年2月3日発売の37巻で障子の過去が明らかにされましたが、クラスメイトとの会話のタイミングは緑谷・爆豪の謹慎中だと思われます。二次創作する方はご留意ください。
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