【完結】無個性ヒーロー   作:南畑うり

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アニメ第5期1話、総合89話オリジナルアニメ「全員出動! 1年A組」より。



全員出動! 1年A組

 

早朝のホームルームだが、すこしばかり遅れている。

チャイムの音を聞きながら、それでも話すことが尽きぬ様子のクラスメイト。

 

「すごかったよなぁ! 昨日のエンデヴァー!」

「ああ! 脳無にぶっ倒されたときには肝冷やしたけどよ、最後は! 勝利とガッツのスタンディング! くぅー! 漢だぜぇ!」

 

昨日、轟家の事情を聴いたはずだが、轟炎司個人とヒーローエンデヴァーは別物だと考えているのか、盛り上がりを見せる上鳴と切島。

 

実際格好良かったんだよなぁエンデヴァー。ホークスの速度も素晴らしかったが、やはり力こそパワー。オールマイトが事実上引退したいま、エンデヴァーの出力を上回るヒーローはなかなかいないだろう。おまけに彼は炎の個性を利用しての出力。かっけぇよなぁ。

 

個人的にはあまり好ましい会話ではないが、本人の情意、業績、能力を分けるのは評価の基本だ。おまけに人間性ともいえる情意評価は、対照数値もない主観による点数付け。

エンデヴァーを正しく評価しようと思えば、褒め称える人がいてもおかしくはない。

理想の父親かと聞かれれば遠くかけ離れるが……。

そう考えているのはオレだけではないようで、ホークスのことを踏まえて盛り上がりを見せるクラスメイトへ、芦戸が近寄って声をかけた。

 

「あのさ、昨日の轟の話もあるし、その、えっと」

 

ずいぶんと歯切れが悪い。まあ、言いづらいよな。

しかたない。

 

「エンデヴァーは嫌なヤツだから、そんなヤツの話は避けようぜってさ」

「ちょ! そんな! こと……そうかも……」

 

うんうん、素直でよろしい。

動揺したのは芦戸だけではなく、曲解したオレの発言には騒いでいた切島たちも戸惑っていた。

さて、どうやって芦戸を納得させようかと考えていると、教室後方の扉から家中の轟がやってきた。重役出勤だなとからかうような状況でも、オレたちの会話に引っ張られ遠慮する状況でもない。

 

緑谷と飯田が駆け足で寄り、エンデヴァーの容態を聞く。

どうやら命に別状はないとのことで一安心していると、峰田が爆弾を落としていく。

 

「自慢のとーちゃんだな! 轟ー!」

 

こ、こいつ! 昨日の話聞いていただろう!

──そう思ったのだが、峰田の表情に後ろ暗いものはない。からかっているわけでも、羨ましいと思っているわけでもない。……勝負したな、峰田め。

 

盗み見た芦戸は、轟を真っ直ぐに見つめている。

 

「ああ……そうだな」

 

にこりとも笑わずに、彼は自分の席へと着いた。

否定はせず……。複雑に拗らせているんだろうなと予想がつくが、意外と昨日の戦いで見直されたのかもな。本当に誇らしく思っているのだとすれば、轟家の家族愛も──あーやめやめ、プライベートには踏み込むな。

まあ、彼の返答次第では芦戸ともどもエンデヴァーに直訴に行った可能性もあるけどさ。

 

あ、まずい、前の扉が開けられる。

この瞬間こそ、半年の訓練が最も活かされるときだ。

 

「おい! チャイムはとっくに──」

 

相澤先生が驚くほどに音もなく全員着席している。あの爆豪ですら、相澤先生の入室の瞬間だけは大人しくなるくらいだ。

生徒たちが冷静に行動していることを確認した先生は「ヨシ」と一言つぶやいて、教壇で話を始めた。

 

「いつまでも浮かれてないで、すこしは自覚しろ。仮免許とはいえ、お前らはもう公にヒーロー活動ができる資格と責任を与えられている。そのことを忘れるな。今後授業もギアを一つ上げていくから、そのつもりでいろ」

 

那歩島の騒ぎがなければ、仮免許のことでもうすこし浮かれることもできたんだけど……。

 

まあこればかりは障子が言ってくれた言葉を飲み込むしかない。

オレたちが那歩島にいたことで、活真くんたちを守るチャンスが与えられた。昨日のエンデヴァーと脳無との戦いのように、テレビの前で指を咥えて見守るなんて悔しい思いだけはしなかった。納得しよう。

 

当面の問題は、オレには上げるようなギアがないことだ。

 

「さて、今日のホームルームだが──」

 

けたたましい警告音が鳴り響き、相澤先生の言葉をかき消す。同時に黒板の上に警告灯が壁の中から飛び出して、教室が赤く染まった。電子黒板には『緊急訓練』の文字が羅列されている。

電子音での指示が聞こえてくる。

 

『緊急訓練、緊急訓練』

 

さっそくか。

いままでも突発的な訓練は用意されていたが、それは午後に行われるヒーロー基礎学での話だ。朝のホームルームからの緊急訓練などいままでなかった。今後は「常に備えろ」ということだろう。

 

『想定、雄英高校敷地内に、ヴィランが侵入。ヒーロー科、一年A組、出動要請。ヒーローコスチュームに着替え、現場に急行してください』

 

指示を聞き終えた八百万が、改めてオレたちへ指示を出す。

壁からせり出したコスチュームケースへと向かう。ええと、十番、十番と。

 

男子はその場で着替えをし始め、女性陣は移動中に更衣室を使うという。番号が振られたアタッシュケースの中には、那歩島で失ったものとは別のコスチュームが入っていた。……オレはスーツだからいいんだけど……これ夏仕様のままじゃない?

 

合流地点として雄英が指定したビルの上へと昇ると、災害現場を一望できた。ついでに八百万の寒そうな恰好が目に入る。

十一月も半ばを過ぎたこの時期である。実践において寒さで動きが鈍るなんてあってはならないが、梅雨ちゃんは限界そうだ。どうにか手早く終わらせられないだろうか。

 

冬用のコスチューム案も提出済みだが、まだ完成していないということはないはずだ。おそらくは那歩島の有事で関係各所も大慌てだったということだろうか。

 

しかし、繰り返しになるが、寒いから動きが鈍るなんてことがあってはならない。

オレたちの都合を聞いてくれるヴィランも、被害者もいないのだから。

 

八百万の号令でもって、訓練状況を開始だ。

現場は商業街を模したグラウンドであり、比較的低いビルが立ち並んでいる。

 

索敵班、耳郎、障子、口田の三名が誰よりも早く状況の確認を始めた。耳郎が爆発地点の特定をし、障子が複製腕の眼で視認する。そしてオレたちの上空を口田の操る鳥たちが飛んでいた。

 

クラスメイトはオレを含めて移動を開始。

地上に降り立つ頃には、障子からビルが倒壊しているという情報まで流れてきていた。かなり大がかりな災害現場だな。雄英敷地内という設定はどこに行ったのか。

 

「まずは現場の消火活動が必要だな」

 

飯田が言うと、八百万が了承。クラスの中で消火に適性があるのは轟と芦戸だ。

常闇に運んでもらうか──そう思ったのだが、八百万の考えは一味違う。自身の胸元をはだけさせ、《創造》したリヤカーをオレたちに提出した。

どうやら飯田を運び手にして、リヤカーを運転しろとのこと。

 

消火活動しようと動き始めたとき、口田から川で溺れている人がいるという連絡が入る。

消火活動班として轟、常闇、青山の三名。救助班として梅雨ちゃん、峰田、飯田、オレの四名。飯田車で移動を開始。

 

誰もツッコミはしなかったが、どうして、どうしてこんな……。

ガタガタと揺られながら、自身が要救助者になった場合を想像する。

……不安しかないよな! リヤカーだぞ!?

 

まあ実際かなりの時間短縮に繋がったが。現場に着いたときにリヤカーから放り出され、地面に身体を強かに打ち付けながら、この方法の移動は絶対させないと心に決める。

 

「ショートくん! 頼む!」

「まかせろ」

 

飯田の号令に合わせて、轟がビルの崩れた火災現場を巨大な氷で埋め尽くす。

 

「よし! やったぞ!」

 

飯田が嬉しそうに言うが、ここに要救助者がいれば今頃は氷の中だ。煙に巻かれる可能性はなくなったが、いますぐ氷を溶かしてもらわないと三十秒後には窒息死だ。

 

轟がオレに怒られて氷を解かしている最中、ほかの面々は近くの川へと要救助者を助けに向かった。真っ先に梅雨ちゃんが向かっていたが、どうやらほかのヒーローの到着を待っていたようだ。

 

救助に向かった飯田に状況の説明を求めたが、どうやらビッグスリーの一角、通形先輩が川を流されて救助を待っているという。川の途中にある橋は中央から崩れ、いまのままでは通形先輩が流される先で橋の瓦礫に巻き込まれる可能性がある。

常闇の《ダークシャドウ》による力業で峰田と梅雨ちゃんを川の途中から橋へとぶん投げて、二人が橋の補強と通形先輩の救助に成功。

 

こっちもようやく氷が解けたと思いきや、近くで爆発。火の柱が上がって、熱に襲われる。

芦戸たちもやってきて、青山、轟とも力を合わせての消火活動を再開。芦戸は麗日の《ゼログラビティ》の効果を受け、瀬呂のテープで空中から酸の雨を降らせている。

位置を特定できないクラスメイトは爆豪、切島、上鳴の三名だけになったか。

 

いかん、状況の把握が大雑把でなおかつ遅い。これじゃあ索敵班が百人は欲しい。

ちょっと怠惰がすぎるというものだ。

 

燃え広がっていない周囲のビルに拡声器を使って呼びかけながら、思考をまとめていく。

あの氷の中にヴィランがいた? 橋の破壊は偶然? 意図的に?

川を渡ってほしくなかったとか? 川の向こうは雄英高校。ありえるな、となるとオレの行動に意味がない。要救助者などいなくて、オレたちヒーロー科の足止め? いや、なら教師陣の足止めが優先されるはずだ。

となると狙いはオレたち──。

 

全員の携帯端末に、耳郎からヴィラン出現の警告メッセージが送られた。内容を見る時間もなく火災現場から一人の女性が飛び上がり、空に浮かんでいた芦戸を【捕らえる】。

 

「覚えてるー? 忘れちゃったー? まだヴィランは残ってるんだよー? 知ってたー?」

 

波動ねじれ。ビックスリーの一角だ。こりゃあまだいるよぁ。

 

その設定が生きているってことは、ビル内に要救助者はいない。なぜ通形先輩が川を流れていたのかは不明だが、どっちだ? 雄英高校のグラウンドでのヴィランの遭遇なのか、ビルが立ち並んでいる街中での遭遇なのか。

前者なら要救助者はいない。後者ならヴィランは彼女だけではない。

 

「犯人グループはヴィラン連合と想定! 脳無に警戒! 学校側への連絡を!」

 

拡声器を持って叫ぶ。後方からボソボソとした声が聞こえたが、誰だったのだろう。

なんにせよ脳無役かヴィラン役か、天喰先輩はどこかに身を潜めているはずだ。油断などさせない。

 

「動かないでね! 危ないから! あたし、いまヴィランだから!」

 

にこやかに笑う彼女から悪意など感じないが、空中からの遠距離攻撃可能の持ち主など、どう対処しろというのか。おまけに邪魔にならない人質を抱えている。

 

「天喰くん! そろそろ出てきてほしいんだけどー!」

 

やはり居たか。どこにいる? 振り返って確認したいのだが、果たしてどこまでの自由を許されているのか。

 

「タイミングが……大きな声出されると……」

 

天喰先輩がビルの隙間から顔を出している。

続けてなにかを話そうと彼が裏路地から一歩踏み出したとき、上空で波動先輩が間延びした脅し文句を叫ぶ。

 

「動かないでって言ったのに! 聞こえなかったー!?」

 

どうやら背後に回り込もうと、飯田と常闇が動き始めたようだ。

呆れるぜ。

人質をどうやって解放するつもりだったんだ? 芦戸との連携が取れなければ、瀬呂のテープを酸で溶かすタイミングが合わないだろうが。

 

二人に向けて波動先輩が《波動》を放つ。割り込むように動いた轟が個性を使用し、どうにか直撃を避けるが、盾として張った巨大な氷が砕けて地面に降り注ぐ。ビルが崩れて地盤の緩くなった土地だ、土煙が舞い上がり瞼を閉じる始末。

 

ヴィランを挑発した間抜けは……【いない】? なにがあった? 負傷か?

ダメだ、状況の把握ができない。なんだ、なんだこれは、なんでこんなに──。

 

「要求はなんですか! ヴィラン側の!」

 

土煙が収まる頃、緑谷が努めて冷静に問うた。視線の先には天喰先輩。

要求。たしかに気にはなっていた。おまけにいまは葉隠が《無重力》にてビルの側面を移動中だ。時間は稼ぎたい。

 

空中にいる波動先輩と、地上でこちらを睨みつける天喰先輩に挟まれる。

緑谷の質問に答えたのは、鋭い怒声を上げる天喰先輩だった。

 

「帰りたい!!」

 

オレが一番帰りたいよ!

 

「帰ったら! 波動さんに怒られる……。ミリオにも言われてる。キミたちが一日でも早く一人前のヒーローに成れるよう、できる限りのことをしてやろうって。だから帰れない!」

 

ビックスリーを動かしたのは、オレたちの成長のため?

いや、それはメタフィクションの意味合いだ。考えろ、思考を止めるな、それくらいしかできないんだから。

 

個性を発動した天喰先輩を見ながら、袖口のマイクで索敵班に呼びかける。

 

「──雄英襲撃犯はビックスリー。ヴィラン連合に感化されたと想定。波動ねじれが麗日の個性下にある芦戸を人質に。地上十メートル。天喰環とは平地での交戦になる。通形ミリオが味方だと思うな」

 

言い終わる前に、麗日が芦戸と葉隠への個性を解除する。重力に引き込まれるように芦戸が落下。彼女を結んでいた《テープ》でバランスを崩す波動先輩が見える。

対応しようと立て直そうとした波動先輩の様子に、葉隠が必殺技の《集光屈折ハイチーズ!》で周囲を照らす。日中にもかかわらず直接見られないほどの輝度だ。ヴィラン二人が光を避けようとしている。

 

瀬呂が《テープ》で波動先輩を捕縛。その瞬間に八百万が捕縛ネットバズーカを《創造》して発射。氷の側面へと波動先輩を固定化させた。

氷は波動先輩にとっては脆い。オレは槍を《創造》してもらって彼女の首元に切っ先を突き付けた。

 

ヴィラン一人の捕縛に動揺したのはオレたちではなく天喰先輩だった。彼が視線を塞いだ瞬間に緑谷の個性によって空へと打ち上げられていた尾白が、《尾空旋舞》で天喰先輩を空中から襲う。

だが不発。蛸の足に防がれている。なんだあの個性、那歩島のキメラよりよっぽどキメラじゃないか。

 

二度、三度と打ち合う間に蛸の足に絡めとられた尾白だったが、どうやらそれは調整済み。結果的には蛸の足を封じた尾白の発声で、緑谷が攻めを──、

 

「投降してください」

 

緑谷と天喰先輩の距離はゼロだ。もしここで天喰先輩が反撃しようとしても、おそらくは緑谷が勝つだろう。

だが、蛸の足先は十メートルほど尾白を高く掲げているのだ。

 

あまりの甘さに頭が痛くなる。

それは天喰先輩も同様なのか、背中に生えた羽根で緑谷の態勢を崩し、緑谷を蹴とばす。

 

「勝たせてもらうよ!!」

 

飛び立った天喰先輩が、左手のハマグリを尻餅ついた緑谷へ振り下ろす瞬間だった。

 

遠方から聞こえたエンジン音と爆発音との後に、切島がどこからか空へ浮かぶ天喰先輩へと体当たりしていた。

およそ七十キロの岩の塊である。悶絶程度で済めば良いが。

 

案の定先輩の動きは大幅に鈍り、次いで【車】から《爆破》で飛び出してきた爆豪が接近戦を仕掛ける。初見であれを見切るのは難しいが、蛸足を尾白が封じてくれていたのがデカかったな。

蛸の足は根本しか使えず、鞭のようなしなりも再現できなかった。おまけに切島が与えたダメージも重なり、爆豪が上空から地面に叩きつけるように天喰先輩を抑え込んだ。

 

天喰先輩の捕縛を見て、真っ先に気を抜いたのは八百万。

 

「訓練クリアですわ!」

 

彼女の声を切っ掛けに、訓練が終わったとハイタッチするヤツや喜んで飛び跳ねるヤツもいる。

索敵班からもお疲れ様とばかりに労う声が聞こえてきた。『訓練終了。訓練終了』と後押しするようなアナウンスまで流れる始末だ。

 

「まだだ!!」

 

納得していないのはオレと──爆豪。

馬乗りで天喰先輩を地面へ抑えつけたまま、怒りで目が吊り上がっていく。

 

「テメェ! さっき手ェ抜いたな!」

「いや、あれはキミの顔が──」

「舐めた真似してんじゃねぇ!! それにィ! たとえ演じていようが、先輩だろうがなんだろうがヴィランはヴィラン!! 俺のォ……敵──!?」

 

爆豪が天喰先輩への《爆破》を諦めて、大きく飛び去る。

 

「すげ、本当に気配読めてんだ」

 

空振りした槍。爆豪の後頭部を確実に捉えたと思ったが、もう化け物レベルだな。格闘技に関してオレが彼に勝つのはもう無理かもしれん。

 

「テメェなにすんだ!!」

「訓練終了。やりたきゃ付き合ってやるよ」

 

せめて元の体躯なら可能性はあったが、いまじゃあ体重かけてのフルスイングでなければ、骨は折れないだろうな。

 

「な、おい! 待てよ策束」

 

またも切島に止められる。ああ、なんか前もあったよな、こういうの。

ただ前回と違うことはある。

 

オレが、爆豪以上にブチ切れているのだ。

 

「個性使ったってかまいやしねぇぜ爆豪。こんなわけわかんねー訓練付き合わされて、イライラしてんのはお互い様だもんなぁ!」

「策束くん!」

 

緑谷がオレと爆豪の間に割って入る。オレの様子を不審に思ったのか、天喰先輩も個性を解除することなくこちらを窺っている。

 

「ど、どうしちゃったの? わけわかんない訓練って、これは、えっと、ビックスリーのみなさんが関わってくれた貴重な──」

「──シラケるわ」

 

槍を緑谷の足元へ投げ捨て、みんなに背を向ける。

グラウンドから出る道中、索敵班と救助班に囲まれた通形先輩の姿も見えた。……轟と、飯田と、常闇が、なぜこっちと合流している? いや、考えるだけ無駄だ。

 

優先順位を間違えましたなんて言い訳、実践じゃあ通用しないだろ。

 

 

緊急訓練が終わり教室に誰よりも早く戻ると、オールマイトがドアをノックしてこちらを覗き込んでいた。

 

「えっと、お話、いいかな?」

「ええ、もちろんですよ」

 

まあ、呼び出されるわな。

正確には来ていただいた形になったが。

オールマイトが机を挟んでオレと向かい合う。

 

「着替えながらでも構いませんか? あと今日はもう帰宅します。気分が優れません」

「怒ってる、よね。話、聞くからさ」

 

話を聞くのか、話があるのか。

いや、それはオレの態度が悪い。いまのオレは活真くん以下だな、感情を持て余している。

机からシナモンスティック入りの缶を取り出して、でも、開けることもできずにもう一度机の中へ放り投げた。

鉄がぶつかり合う反響音が静まったころ、オールマイトは口を開いた。

 

「……やっぱり、那歩島のこと?」

「……オレの発案がなければ、【あの人たち】は死ななかったかもしれない」

 

──結局はそれだ。

いままでも訓練でクラスメイトが間抜けを晒す姿は見てきたはずだ。もちろんオレだって全部正しい行動をしてきたわけじゃあない。

なのにどうして今日に限って。

簡単だ。苛立ちを言い訳にしている八つ当たりである。

 

「那歩島では運だった。オレたちの誰かが死んでいたっておかしくはなかった。今日だって、ヴィランがその気になってたら芦戸と尾白は殺されていた」

「そうだね」

「ヴィランの目的は? 那歩島ではそれがわからずに後手に回ったのに、今日の訓練でそれを気にしている奴は誰もいなかった! 目の前の対処で精一杯! じゃあオレがなんとかすればいいじゃんって……思えないんですよね。理由は、わかるでしょう」

 

個性《複製》があれば、オレはなにをしていただろうか。

ああ、これこそ、考えるだけ無駄だな。

 

個性があったら、なんて、訓練ですら使えない言い訳だ。

 

「これあれですかね、ガチになりすぎって奴ですかね。もっと面白おかしくやれたら良かったですかね?」

「違う、そんなわけがない」

「そうですか」

 

クラスの面々が一番上手くこなすのは、朝礼前に相澤先生を満足させる方法だ。

礼儀正しくしてりゃあヴィランは帰ってくれるのか? 崩れたビルから誰か助けることができるのか? ならオレに任せてくれよ、きっと誰よりも上手くやる。ああ、愉快、愉快。

 

「キミは自分が思っている以上に、実践へと身を置いてしまった。そして、彼らはまだ子どもなんだ」

 

それは、オールマイトから見た視線の話だろう。

ヴィランが言うのか? 「子どもだから視界内では悪いことはしないよ」とでも?

要救助者が言うのか? 「子どもだから助けられなくてもしかたないよ」とでも?

 

馬鹿馬鹿しいにもほどがある。

 

「訓練です。カリキュラムが同じなら、つらい訓練でも、楽しい訓練でも、真剣でも、片手間でも結果は変わらないと思っています。でも、優先順位を考えられない阿呆どもにオレは命を賭けられない。保須での飯田と同じだ。自分のことしか考えていないヤツとは、組めない」

これは、扉の外で聞き耳を立てているクラスメイトに向けて言った言葉だ。

爆豪など盗み聞きが失敗したと分かった途端、扉を強く開けて自分の席へと歩き出していた。

 

気配は察すことはできないが、心理的なものなら理解はできる。

 

「爆豪、悪かった」

 

彼に声をかけるも反応はない。

無かったことにするのか、それともそのうち背後から撃たれるのか。まあどちらでもいいさ、許してもらう気などさらさらないし。謝罪を受け取るかは爆豪の選択だ。

 

「一度、話してみてはどうかな?」

「話す? なにをです? まさか逐一オレに訓練での不満点を言えと? 面白い冗談ですね、オレが一番【なにもしていない】のに」

 

聞かれれば答えよう。直すべき箇所も教えよう。

だが、雄英がオレに向かって、できるはずのヤツらに指摘しろと言うのか?

これ以上どう情けなくなれって言うんだ。

 

涙が零れそうになって、慌てて目を瞑る。

理想がパズルだというのなら、オレのパズルは一生かかっても完成なんてしやしない。果てない理想など夢のまた夢だ。

 

オレは、オレのヒーローに成れない。

 

そう、自覚させられた。悔しさのあまり呼吸が乱れる。

 

オレは、あの程度すらこなせないクラスメイトよりも下なのだ。さっさと【上】に行ってくれりゃあいいじゃあないか。オレが憧れるくらい、オレが潰されるくらい、オレが、諦めるくらい──」

「策束は、絶対諦めないだろ!」

 

上鳴? オレの心でも読んだ……わけがないよな。

教室の扉を開け放った上鳴は、足音を立てて教室に入ってくる。廊下にはA組の面々が、心配そうにこちらを見ている。

 

「俺、ごめん、本当はさ、那歩島で……諦めてた。あのナインってヤツの個性で、勝てないって思っちまってた」

「え、あの場面で?」

「そんな素で返すなよ! 悪かったと思ってるって!」

 

いや、正直アドレナリンの過剰分泌で、細かな記憶がすっ飛んでいる。上鳴そんなんだっけ? というかオレもしかして独り言喋ってた?

 

「策束に頼むって、ヒーローって言われて、ようやく動けた。俺がヒーローだって思い出させてくれたのは策束なんだぜ?」

「最初に言っておくけどオレからすりゃあさ、ナインやオール・フォー・ワンの注意引くのも、切島や上鳴と喧嘩すんのも変わんないんだよ。【こう】。わかる? 【こう】」

 

自分の手を重ね、そこから大きく離すジェスチャーを織り交ぜる。オレが底辺なんだと、なぜこんなにも丁寧に説明せねばならぬのか。

おまけに上鳴は声を裏返らせながら、オレの言葉など聞いていないように発言するし。

 

「俺からすれば、策束はオールマイトと同じだっつーの!」

「同じなわけ──」

「目標なんだよ!」

 

む。まぁ……それは、うん、嬉しいけどさ。

でもな、根暗なオレが言うわけだ。「オレが無個性なのに頑張ってるから?」って。他人が頑張っている姿は美しく見えるあれだ。

 

「四十六ポイント」

「はぁ?」

 

唐突な数字に、首をかしげる。かしげてから、失敗したと思った。茶化していい場面ではない。

潤んだ瞳をこちらに向ける上鳴に、もっと思考しなかったのが悔しくてたまらなかった。

 

「【合格ライン】超えてるかわかんなくてさ、本当は【ゼロポイント】なんて、無視するつもりだった」

 

入試の、話か。

 

「せめて五十点って思って、街の状況も、誰が怪我してんのかとかも、全然気にしてなくて、自分のことしか考えてなくて──。放送で策束から言われて、はじめて点数なんて忘れて走り出してた。降ってくる瓦礫とかめちゃくちゃ怖かったはずなのに、ビル壊してんのが腹立たしくてたまんなくって……」

 

彼は、ぎゅうと拳を強く握りしめる。

 

「助けなきゃって! 思ったんだ!」

 

途端、手の平を細かく振りながら、言い訳のように話し始める。

 

「──ああでもあれテストだし! ビルに人とかいないし! 止めるの上手くいって一分経たないうちに時間来てさぁ! あんまり意味なかったっつーか! ごめん、なぁんか、一人で盛り上がって、恥ずかしいー!」

 

俺の話は置いといて、と箱を移動させる動きで話をぶった切る上鳴に、思わず笑ってしまった。

オレの笑いに安堵したのか、上鳴は恥ずかしそうに頭を掻く。

 

「策束は、俺をヒーローにしてくれるって話をしたかったんだけど、あんまり言葉出なくて、ごめんだけど……」

「オレが諦めるうんぬんは?」

「うぇ!? え、えーっと──」

「俺たちの誰がヒーローを諦めたとしても、策束だけは諦めないということだ」

 

必死に言葉を繋ごうとするも、それは障子によって邪魔された。

見ればこちらの様子を見ながら、障子を先頭に教室にクラスメイトが雪崩れ込んできていた。八百万と飯田はなんの責任感か俯いてしまっている。

 

「まあ粘りは続けるけどさ……」

「──俺も諦めねぇ!!」

 

その大声に、こちらに近づいてきていた耳郎と口田が怯えるように身を竦ませた。

爆豪め。机に脚を乗せ、窓の外を睨みつけているであろう彼は、ずいぶんと声量がとち狂っている。飯田、落ち込んでないで注意しに行け。またオレが喧嘩するぞ。

 

「なに騒いでんだお前ら」

 

いつの間にか相澤先生が教室の入り口に立っていた。クラスメイトが慌てて自分の席へと向かうが、みんなコスチュームのまま、着替える時間もない。

教壇へ先生が立つと、遅れてビッグスリーが一列になってやってきて、彼の隣に並んだ。口元には、白いマスクに赤いバッテンのシール。はて?

オールマイトも教壇のほうへ移動を開始し、入れ違いに波動先輩がオレのところまでやってきた。彼女の手の中にはマスク。オレの分ということだろう。

 

「すみません、オレ気分が悪くて」

「廊下にも聞こえる声量のヤツがなに言ってんだ」

 

オレの声量もバグっていたか……。

 

「講評だ。今日はなげぇぞ──」

 

その言葉通り、それは長い長ぁい講評を相澤先生は送ってくれた。

 

障子が移動を開始しようとした索敵班を諫め、高所からの索敵を続けたことは褒められた──のだが、それ以外はすべて批判的な内容だった。

長い、全ての動作の意味を注意され続けている。

 

「策束、お前もだ。想定想定って、予想の精度を上げる努力止めてんじゃねーぞ。学校側への連絡はどうなった? ビッグスリーがヴィランに寝返ったと思ったのなら、学校側に残された生徒や教師もヴィランが含まれている可能性がある。視野が狭いんだよ、思考放棄するな」

 

まあ、このように……。

映像を提出しながらの講評なので本当に長い

しかもその批判がビッグスリーにまで及ぶのだから先生の怒りはよっぽどだな。先輩方ともども先生の質問にまともに答えられずに叱咤される生徒が不憫に思えてくる。

たびたび那歩島では出来ていただろうと持ち出して、見損なっただの成長がないだのと言われ、とうとう怒った爆豪が席から立ちあがることもなく捕縛布でぐるぐる巻きにされていた。まるでマミーである。

 

終わったのは昼休みのチャイムが鳴り終わったときだった。

相澤先生の怒りが静かすぎて、空気的にはオレの癇癪など無かったことになっている。八百万が途中、自身の不甲斐なさを嘆いて泣き出してしまったが、相澤先生はフォローなど一切せず「静かに泣け」と告げてお終いだった……。

 

「──最後に、来週行われる予定のAB組の合同訓練。最初は様子見の対抗戦だ」

 

あー、そういえば。二学期始まってすぐにそんな話題に触れたような記憶がある。

死穢八斎會や文化祭、那歩島の事件の影響で記憶の彼方だったわ。

 

「形式は言わんが、もし負け越した場合は【策束を除籍する】。問題ないだろう」

 

へ?

 

「あ、相澤くん!? それは──」

「逆でも良いんですよ、策束を残して全員除籍」

 

オールマイトにすらにべもない対応の相澤先生に、彼の本気具合を知る。

 

「お前たちは遭遇戦に弱いと今日わかったな。作戦は練るな。当日に組み立てろ。次こんな不甲斐ない緊急訓練やってみろ、策束を含めて全員の除籍を視野に入れておく」

 

相澤先生が出て行ったあと、クラス中からの視線を集めてしまう。ビッグスリーにオールマイトからもだ。

これ、なにか言わなきゃダメか?

 

「ええと、身長が一センチ伸びた話する?」

 

──全員から怒られたのは、言うまでもない。

 

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