【完結】無個性ヒーロー   作:南畑うり

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アニメの2期オリジナルアニメ「救え!救助訓練!」より。



第二回救助訓練

 

翌、月曜日。

雄英高校の正門には、オレの予想を遥かに超える記者がたむろしていた。ヒーロー科だなんだを気にすることなく、生徒を捕まえてインタビューする気だろう。

とはいえまだ六時だ。生徒のセの字も見えやしない。

駐車場へ続くカーゲートにも教員用にマスコミが張っていたが、こちらは正門より大人しいし、数も少ない。さすがにヒーローに直接ってのは恐ろしいのか、あるいはすでに痛い目を見たか。

 

運転手にお礼を言って保健室へ向かう。

すでに保健室には教員三人と、スーツの男性がいた。

面々に頭を下げると同時くらいにスーツの男性に挨拶される。なんでも警察官らしい。当時の状況を聞きたいそうだが、残念ながらほとんど意味を成さない。せいぜい『黒霧はワープ個性』ということを伝えるのが限度である。なにか思い出したことがあれば連絡がほしいと言われ名刺を渡され、彼はいなくなった。

そして、熱い口づけを交わす。リカバリーガールと。辛い。

リカバリーガール、根津校長は個性も人物像も有名だが、もう一人は誰だろう。念のため質問をしておこう。

 

「えっと、初めまして。私の担任の先生でしょうか」

「お前──!」

 

もじゃもじゃ頭で、首には捕縛布。上下黒のスウェットだろうか。髭も相まって小汚いイメージしかわかないが、質問をすると睨まれるようにびっくりされた。

しかし、彼は目を閉じてゆっくり呼吸するように落ち着きを取り戻して、頭を下げた。

 

「……すまなかった」

「えっと、加害者の方、ではないですよね」

「担任の相澤消太だ。当時の現場責任者でもある。結果、お前が死にかける状況を作り出した。すまなかった」

「まあ、とりあえず頭を上げてもらって。怪我はとくに、もう大丈夫なんですよね」

 

リカバリーガールに聞くと、彼女は矍鑠とした笑いを上げた。

 

「そうさね。もう大丈夫だよ。飴ちゃん舐めな」

「ありがとうございます。ということで、相澤先生も、もう気にしないでください。どうせ私がテンパって逃げ出したとか、そこらへんでしょう。こちらこそ、雄英高校の名に泥を塗るようなことをしました。反省しております」

「……お前、八百万から話は聞いたんだよな」

 

殊勝な態度はどこへやら、先生は顔を上げるとオレを睨みつけはじめる。

 

「あの、百お嬢さんが言ってた、私が指示を出して、最終的に私が誰かを庇ったとかいうやつですか? あれって本当だったんですか?」

 

マジかよ、オレ優秀だった? 死にかけたけど。

 

「キミはずいぶんと自分のことを過少評価しているんだね!」

 

小型犬くらいのネズミに言われると、もっと評価を下げていい気がしてくる。しかもこの根津校長は個性柄、クラスメイトの誰よりも優秀なんだろう? なんかすげぇ世界だな雄英高校って。

 

「無個性でヒーロー目指している阿呆なので。どれだけ尊大な評価を己にしたところで、事実としてクラスメイトの誰よりも無能である自信がありますよ」

「だが、あのときお前は」

「一年後、誰もが私と同じことを出来ていたら、私に価値なんて無い。そうじゃないですか? まあその時は普通科に転科させていただけると助かりますが」

 

特別思い出したこともないので、そんな調子で話を濁し続ける。終始相澤先生には睨まれ続けていたが、これはもしかして睨まれているんじゃなくて、こういう顔なのかもしれない。

やばい、また眠くなってきた。

それを一瞬で見抜かれる。

 

「ありゃりゃ、治癒の反動かねぇ。ホームルームまで少し休んでいきな。いいねイレイザー」

「ええ、リカバリーガール。あと策束、お前はそんな丁寧じゃなかったぞ」

 

なるほど。間違えたか。

八時に起きれるようアラームだけはセットして、ベッドを一つ借り受ける。目を瞑って、開けたときにはアラームが聞こえていた。マジかよ。

 

リカバリーガールにも声を掛けられたので、慌てて教室へ向かう。

調子もだいぶ戻ってきたな。土日ずっと休んでいたし、リカバリーガールの個性の反動もあって体力の低下は否めないが、痛みはほとんど感じない。

 

昇降口で見た構内図は頭の中に入っているので教室までは迷わずに辿り着けた。少し遅かったかな、一般的な高校のように廊下でギリギリまでたむろっているような学生はいないらしい。天井を見上げるたびに首が痛くなる高い造りの廊下。その廊下に見合った扉と『1-A』と書かれた教室の組板を見つめ、少し心臓が高鳴っているオレがいる。あとは八百万がいるという不快感か。あー、嫌だなー! 三年間八百万と一緒かー! いっそ八百万に彼氏を作らせ、それを弱みにして付け入っていくか。

 

一応ノックだけして教室のドアを開ける。さきほどまでワイワイと騒いでいた教室の子たちがこちらを向いて静寂になり──爆発。

 

歓声のようにオレの名前が叫ばれた。

耳郎のように何人か見知った顔が混じっているが、ほとんどが初めましてだ。まずは名前から──って耳郎もいる。

 

「耳郎」

 

周りの連中には悪いが退いてもらう。オレは彼女の手をとってしっかりと握った。

 

「カルマ……本当に、良かった」

 

手を握られた緊張からか、彼女の目元がみるみるうちに赤くなっていく。涙をこらえるかのような表情だったので、慌ててオレは本題だけ突き付ける。

 

「おめでとう、耳郎も合格したんだな」

「……え?」

 

オレが耳郎の手を取ったことで色めき立っていた女子たちの反応も薄い。まあそりゃそうだ。だってこっちは試験以来なんだから、恋愛に発展するわけがない。万が一恋愛するとしても個性がなければ相手になんかされないってのは、身に染みて理解している。

 

「え、カル……マ?」

「どうした? って、あ、そっか。耳郎は入学して一週間経過してるのか。悪い、怪我の後遺症で記憶がいまは混濁しているんだって。とくにここ一、二か月くらいの記憶失っているんだ」

「「「ええええええええ!!!!!」」」

 

オレをぐるっと囲んでいたクラスメイトが大声で叫び、おまけに耳郎は完全に動きを停めてしまう。

しかしオレの後ろから先生が声を掛けてきた。

 

「それ以上騒ぐな、ホームルームを始める。……耳郎、席に戻れ」

 

オレが手を放しても彼女は動こうとしなかった。

背中を叩きながら移動させ、それっぽい席に着かせる。よく見ればこの金髪の少年見たことあるな。シンパシーを感じて拳を付きだすと、コツンと返された。

飯田に「キミの席はこちらだ!」と言われ、彼の近くの席に座る。一つは挟んで八百万が座っていた。そこって漫画だと不良の特等席なんだけど、なんで超優等生のキミが座っているのかなぁ?

 

「さて、クラスメイトが揃ったところで、13号、入ってきていいぞ」

 

教室の扉から覗くように、宇宙人みたいなコスチュームを着こんだ人が立っていた。スペースヒーロー13号。彼、あるいは彼女も襲撃現場にいて負傷したというが。

 

「みなさん、先日は怖い思いをさせてしまって、申し訳ありませんでした」

「13号先生が謝ることねぇって!! 悪いのはヴィランだし! 邪魔したのは俺と爆豪だし!」

「俺は邪魔してねー!!」

 

ツンツン頭の二人が13号の謝罪を聞いて大声を出した。

それでも13号は謝罪を続ける。

 

「そして僕の判断ミス。というか遅れ、だね。それを策束くんにカバーしてもらったっていうのに、僕が動けなくなったせいでキミたちには戦わなきゃいけない選択肢が生まれ、結果避難が遅れた。そして──」

 

13号はオレを見ている。

 

「キミたちのクラスメイトが、殺されるところだった。いいや、死んでいたってなにも不思議じゃない。【アレ】はそういう傷だった」

 

オレが殴られたっていう【それ】のことかな。殴られて死にかけるってなんだよ。しかも一発で。オールマイトに殴られたと思えば、うなずける話だろうか。

 

「僕はヴィランを甘く見ていました。学校にいるからと、まるで学生に戻ったかのような温い仕事をしてしまった。策束くん、みんなも、先輩も……」

 

13号が大きく頭を下げる。

 

「この度の被害はすべて僕にあると言っても過言ではありません。もう二度と、あんなことはさせません」

「と、いうことだ。お互い、まあオレもだが、思うところはあるが、いまは自分の成長を第一に考えてくれ。策束は、なにかあるか」

 

相澤先生に水を向けられ、クラスメイトの視線も迫る。え、なに、これなにか言わなきゃダメか。

 

「えっと、とくにないです。ほら、記憶もないので」

 

……ダメだったよな!! 空気凍ったよ!! 13号が膝ついて後悔で震えてるよ!!

 

「うううううう」

 

え、なに!? すすり泣く声!?

 

「ああー! 泣かないで響香ちゃん!」

「だってカルマはぁー! ウチをー! かばってー!!」

 

耳郎!? え、そうなの!? オレ耳郎庇ったの? あと横の透明な子の個性凄いね!!

 

「お前最低だな」

「策束くん! まだどこか痛かったりするのか! 頭とか!!」

「今のはウチもないわーって思うよ……」

「業さん! 言っていい冗談と悪い冗談がありますわよ!」

 

周囲の席からの攻撃もひどい。

 

「13号と耳郎はあとでメンタルケア室に行っておけ。策束も付いていくか?」

「遠慮しますー」

 

気を取り直したのか、気にしていないのか、相澤先生が無理やり話を進める。

 

「五月には雄英体育祭がある。今日はヒーロー基礎学こそ休みにするが、明日からは通常通りだ。先週出来なかった救助訓練をもう一度あの場所でやる。ビビッて動けないやつは除籍処分。わかったな」

 

除籍処分って言ったいま?

他のクラスメイトはドン引きしながらも頷いている様子。マジかこいつら、入学まだ一週間だろ。

しかも学友たちは雄英体育祭という単語に興味が向いているらしい。さすがにこの空気で私語するやつはいないけど、キラキラとした雰囲気を纏っている生徒が多数。ビビッているのも何人かいるな。

八百万の前に座っている少年なんか「中止しろよー、また襲われちまうよー」と唸っている。この空気でも私語する勇気は立派な雄英生だな。

 

さておき、今日は午後からも通常授業らしい。

休み時間のたびにクラスメイトに自己紹介をしてもらって、どうにか頭に名前と顔と個性を入れておく。それでも何人かは覚えているもんだな。完全に記憶喪失ってわけでもないし。まあ覚えていたのは何人かの個性だけだったけど。

 

小さな事件は、放課後に起こった。

ヴィラン襲撃事件とは、意外に尾を引いているらしい。というか、よく考えれば襲撃が起こってから今日が初めての学校登校日なのだ。授業が終わった解放感からか、学年や学科問わず、いろんな生徒がこの一年A組の様子を見に来たのだ。

 

「うわ、すげ、なにこれ」

「なんだよ! 何しに来たんだよ! 出れねーだろ!」

 

結構な人だかりだ。入れ替わり立ち代わりというやつなので、正門前に群がるマスコミには劣るがな。

何人かが帰宅を躊躇する最中、爆豪というツンツン頭が先んじる。

 

「敵情視察だろ、雑魚。ヴィランの襲撃を切り抜けた連中を体育祭前に見ときてーんだろ。そんなことしても意味ねーから。退け、モブども」

 

彼は生徒たちの前に立ち凄むが、間髪入れずに、生徒の中から反感するように対応する生徒が人混みをかき分け現れた。

 

「噂のA組。どんなもんかと見に来たが、ずいぶんと偉そうだな。ヒーロー科に在籍するやつはみんなこんななのかい? こういうの見ちゃうと、幻滅するなぁ」

 

──へぇ。面白いな。コイツ。

一年A組、と言わず、ただのA組と言うからには一年生だろうが、体格は良い。目つきは爆豪と負けず劣らず悪いが、頭は良いな。爆豪の言葉に返しただけで、全員に喧嘩を売るスタイル。口喧嘩なら負けませんって感じだな。オレも負けない。いい勝負ができそうだ。

 

「普通科とか他の科って、ヒーロー科落ちたから入ったってやつ結構いるんだ。知ってた? そんな俺らにも学校側はチャンスを残してくれている。体育祭のリザルトによっちゃ、ヒーロー科への編入も検討してくれるんだって。……その逆もまたしかりらしいよ」

 

お、やば。オレ普通科になっちゃう。

 

「すくなくとも俺は、いくらヒーロー科でも調子乗ってると、足元ごっそり掬っちゃうぞっっていう、宣戦布告しにきたつもり」

 

思わず笑いが零れそうだ。

いや、零れていたらしい。

 

「なに笑ってんの? 余裕だね」

「いや、羨ましいだけだ」

「は?」

 

オレは立ち上がって、宣戦布告くんと爆豪を見る。

 

「二人ともオレから見りゃあ優秀な個性だ。とくにキミのは、全身から溢れ出る絶対的な自信。入試に落ちたのにまだその態度がとれるってことは、よほど対人戦闘に特化してる個性かな。それなのにあの入試の結果に納得してるってことは、直接攻撃力はゼロに近い。となると催眠、洗脳、睡眠、麻痺、石化、弛緩、体調不良エトセトラ。反応があったのは前半の催眠、洗脳、睡眠、麻痺だな。こんどは良く隠したね。なるほど、それじゃああの入試は難しい」

 

ああ、情けない。

宣戦布告くんがなにか反論をしようとしたとき、集団からもう一人声を張り上げた。

 

「おうおう! 隣のB組のもんだけどよ! ヴィランと戦ったっつーから話聞こうと思ったんだけどよぉ! 偉く調子づいちゃってんなぁおい!!」

 

B組のお祭り男だな。何人かとは顔を合わせているとは思うが、そうか、そっちのクラスとももう一度顔合わせしなきゃダメだよな。

そのお祭り男の参戦で白けたのか、爆豪が一人帰ろうとする。それを切島がこの空気ぶん投げて帰るのかよ! と声を上げるが、彼いわく関係ないらしい。まあそりゃそうだよな。

 

「こんなことしても意味ねーんだよ。そもそも俺は戦っちゃいねーんだからよ……!」

 

戦っていない。

聞いている通りだ。爆豪と切島は黒霧というヴィランに一撃ずつ与えただけで、しかも有効打はゼロ。爆破という強個性をもってしても、襲ってきたヴィランに一撃すら与えられなかったという。

オレは無個性なので諦めもつくが、自分の可能性を信じている若者にとっては、辛い現実なのかもしれない。

 

爆豪は鋭い視線を誰かに向ける。向けられたのは……麗日お茶子か。怯えすぎだ。襲撃事件の絶望的状況を打開したのは、彼女の個性《浮遊》であるらしい。オレは覚えていないが、オレを助けたのも、力自慢のヴィランを拘束したのも、彼女だったと聞いた。

さすがヒーロー科、すごい個性が揃っている。

……まあ、一番やばい個性が八百万ってのは、もう、神様の作為的なものすら感じるよ。

 

「さて、先輩方や同級生の方々も、申し訳ないんだけど、オレたちって実は襲われただけで、直接戦闘したのって、13号先生と相澤先生なんですよね。先生からしてみれば、オレたちは戦力じゃなくて、要救助者。……意味は、わかります?」

 

情けない。

 

しばらく見つめ合いが続いたが、後ろのほうから解散する流れになったらしい。一分と掛からず人だかりは消え去った。

 

「あー、びっくりしたわー」

「爆豪の野郎、言いたいことだけ言って帰りやがった……」

「っていうか策束! お前絶対記憶戻ってるだろ!」

 

は? ふざけないでくれ。

 

「だっていつものお前だったぜー! 黒霧とかいうヴィラン挑発したときと同じ顔してたもん」

「二か月やそこらで人格変わるわけないだろ。っていうかオレ挑発までしてたの!? 最低なんだけど。みんなごめんな」

 

謝罪がてら、男性陣の一団に加わって帰宅することになる。A組であることは知れ渡っているのか、好奇心や警戒するような目で見られたが、さきほどの露骨すぎる敵情視察よりはマシだろう。

出身地方はバラバラだが、どうやって帰るのだろうと聞いたら、切島と瀬呂に笑われた。

 

「お前初日にも聞いてきたんだぜ」

「記憶喪失って聞いたときはすげー不安だったけど、なんか安心してきたわ」

 

なんでも親戚や知人の家、あるいは借りたアパートメントなどから通っているらしい。自宅が近いのは(それでも遠いが)緑谷、爆豪、八百万、オレくらいだろうか。学校全体を見ると電車で一時間なんてザラにいると言われた。

一人暮らしも幾ばくかはいるだろうから、そのうちみんな集まって部屋を借りたりするのだろうか。それならいっそオレも混ざりたいくらいだ。

話せば話すほど、強個性や優秀な成績をひけらかすようなヤツがいないことがわかる。鼻につくヤツが八百万しかいないのだ。

 

近所のラーメン屋で食事を済ませて解散する。オレが送迎で帰ると聞くと、みんなが固まった。一応オレもボンボンのお坊ちゃんなんだよ。鼻についたかな?

 

 

次の日、現状のオレにとっては初めてのヒーロー基礎学。

初めて腕を通したが、まるで着慣れた服のようなコスチューム。ってまあスーツか。そうか。インカムが大量に用意されているが、こんなに注文してたのかな? クラスメイト分くらいあるんだけど。わりと重たいので動きが制限されそうだ。

 

「前回は13号先生と相澤先生と、あとオールマイトが見てくれるはずでしたけど、オールマイトは」

 

そんな緑谷の質問に、相澤先生は「知らん」とすっぱり返した。前回ってヴィラン襲撃のときだよな。オールマイトがあとから来て助かったらしいが。

そんなヴィラン襲撃の現場ともなったUSJと呼ばれる施設だが、外目から見ると巨大なドーム状の建物で、噴水を中心地にして、ビルや森林といった救助を想定した区画に分かれている構造らしい。

今日は山岳救助を行うとのこと。

想定としては、崖から転落した三名の救助。一人は頭を強く打ち意識不明。残り二人は足を骨折したが命に別状はなし。この二人のどちらかが救助要請を行ったと。ひねりはなさそうだな。

クラスメイトから怪我人役として、緑谷、飯田、麗日が崖を降りていく。そして、残り全員で救助するのかと思ったが、まずは先行隊という設定で、八百万、轟、爆豪、常闇の四人で行うらしい。

昔みたいに、一方的に八百万が仕切るのかと思ったが、意外にも轟が発言をする。

 

「八百万、お前はプーリーを出せ、倍力システムを作る。意識不明のやつから一人ずつ上にあげる。介添えは常闇を降ろす。俺、爆豪、八百万で引き上げる」

 

まともだ。そのまともな意見に真っ向から挑むのはチームメイトの爆豪だった。足音を立てるように轟に近づき、胸倉をつかみ上げる。

ちなみにオレも反対だ。介添えなら八百万以外考えられないメンバーだからな。

 

「待ててめぇ! 勝手に全部決めてんじゃねぇぞ!!」

「これがベストだろ。遊び半分でやってるんなら何もしなくていい。俺はこんな訓練で揉めるほど暇じゃねぇんだよ」

 

冷静に爆豪の手を振り払うが、それが却って爆豪の導火線に火を点けたようだ。凶悪な笑みを浮かべながら轟に向き直る爆豪だったが、それを引き留めたのは八百万である。

 

「おやめなさい!! 二人ともみっともない! それに我々には、まず初めにやるべきことがあります!」

 

そう言って八百万は崖下で救助を待つ三人に、安心するようにと声をかけた。下にいる三人から、こだまする小さな返答が届いたことを確認し、八百万は言い争っていた二人を睨みつける。

 

「要救助者への接触、これが第一です。絶望的状況でパニックを起こす方も少なくないと聞きます。そんな方々を安心させることが迅速な救助へと繋がるのです。【こんな訓練】? 真剣に取り組まずになにが訓練ですか!」

 

周囲からは八百万に賞賛の声。クソ、完全に同意見である。素晴らしい優等生ぶりだ。かんばれ爆豪、もっと暴れてしまえ、とも思ったが、これで彼も完全に大人しくなってしまって、倍力システムを使って、ロープと担架を崖に降ろしていく作業をこなすことになる。

それをあと二回繰り返して一組目は終了。

二組目はオレ、飯田、青山、葉隠がレスキュー。尾白、耳郎、切島を救助。

……組み合わせ、わけわかんねーな。

支給されたロープは一本で、担架も一つ。このメンバーで一人一人引き上げ救助すれば時間が掛かりすぎる。骨折はそのものが命に影響ないとはいえ、この高さの崖で足一本? 鵜呑みにしていいのか、それとも足以外にも骨折はあるが、痛みに気づいていないってことまで想定するべきか。

 

飯田が要救助者に声かけをして、こちらを向き直る。

 

「さあ、どうする」

「ノープランかよ」

 

腕時計を確認して作戦を練る。こちらは滑車すらないので倍力システムを使えない。ロープが切れる可能性も考慮しなければならないな。

 

「青山の個性はレーザー。モールスのSOSはわかるか? トトトツーツーツートトト。何度かに分けて空に打ち続けて。飯田はエンジンだったな。崖を端から端まで、自力で登れそうな箇所があれば探してきてくれ」

 

登れそうな場所が無い場合、タイムオーバーも視野に入れる。つまりは見殺しだ。いじわるなステージとは言うまい、現実にあるかもしれないのだ。

 

「最悪要救助者一名を諦めることになる」

 

オレは葉隠に拡声器を渡して、他の二人にはインカムを渡しておく。

 

「できるなら全員で降りたい。この作戦を取った以上、上から引き揚げるには不安要素が強すぎる」

「わ、わかった」

『有ったぞ!! 七十メートルほどキミたちから見て右側の斜面にある! 一度戻るぞ!』

「ダメだ、すでに二分。オレが下に行く頃には五分が過ぎる。担架を持って行くから先に降りて声掛けをしてくれ。目印をよろしく。二人とも移動だ」

 

「やっぱりアイツ記憶失ってるのウソじゃねーかな? いつも通りじゃん」

 

などとガヤから言われたが、無視だ、無視。

 

なるほど、ほとんどステージの境目になってるな。ステージギミックである利点だろうか。ここまでくれば崖というか、段差である。問題は担架のあげ方だが、力業しかないだろうな。

 

結局、足の骨折した者を、飯田が一人、腹を痛めた青山と葉隠で一人、オレと戻ってきた飯田で担架を使って、意識不明者も谷から出したが、堂々の最下位。

おまけに13号からは「救助者を救えるかどうかの見切りが早すぎます」と怒られてしまった。組み分けを呪うね。

 

耳郎が「なんでウチ骨折選んじゃったんだろう……」と少し暗い顔をしていたが、尾白みたいな重たいヤツを担架で運んだオレの気持ちもくみ取ってくれ。指が取れるかと思ったわ。聞いたら彼、尻尾のぶんもあって体重めちゃくちゃ重かった。さすがの飯田も音を上げていたし、休憩挟んでも良かったな。危ない、危ない。

 

 

続けて倒壊ゾーン。

制限時間は八分。四人組でチームを作り、震災直後の都市部で救助活動か。被災者の人数も位置も不明。

だが、被災者もクラスメイトが兼ねることになり、十六名が確定した。半分は声を出せない、という設定である。

 

「かくれんぼじゃん!」

 

とピンク頭の芦戸が言うが、是非とも見つかってくれよと願うしかない。

 

最初のチームは爆豪、緑谷、麗日、峰田の四人組。

オレは喋れない被災者になった。

移動するのは面倒なので、初期位置である13号先生の近くで待機する。相澤先生は、なんと会議があるので抜けるとのこと。襲撃があったのに、その同じ隔離施設で教員一人に生徒二十名? おかしな話だな。

 

「さっきのクジって意図的ですか?」

「さ、さあ、どうでしょう」

 

あのメンバーじゃ大声出さなきゃ問題ないと思うがね。

なんてったって、視界内のオレすら見つけていない状態だ。さすがに頭痛くなる情けなさである。ここは大通り、まっさきに避難場所の設置をしてもおかしくないのだが。

 

しばらく待っていると、遠くで爆発音が聞こえて、土煙が舞っているのが見えた。尾白が駆け足で近寄ってくる。

 

「先生、ヴィランの残党が!!」

「僕はまだ怪我で戦えません! 全員正面入り口まで逃げてください!」

 

と13号が言うや否や、個性でも使っているのかと思えるほどの巨大な肉声が届いた。どうやら逃がす気はないらしい。心臓が破裂するかと思えるほどに激しく鳴っている。すごい量の汗で、自分でも緊張しているのがわかる。それに、もしヴィランの残党が、あの【黒い大男】だったら。また──

 

オレの心情などお構いなしに、ヴィランのものかと思われる一撃は【地形を変えた】。コンクリートが捲れ土肌が見えるし、近くのビルはあらかた吹き飛ばされた。13号が個性を使って生徒が傷つきそうなビルだけは塵にしたし、土煙も吸い取ってくれたが、気づけばあの巨大なヴィランを思わせる巨躯のヴィランが、中央に立っていた。

その周囲五十メートルほどには、なにも残されていない。そして、右手には気絶した轟が掴まれていた。

 

「え、え、あの」

「あ、ああー! なんてことだ! みんな早く逃げてー!」

「13号先生、あの」

「策束くん! 惚けていてはダメです! 恐怖に打ち勝ち、己に打ち勝つのです!」

「あれ、オールマイトですよね」

 

その言葉に13号が動きを止める。

バレないと思ったのか? とは言っても威力デカすぎて他の選択肢が消えただけだが……。まあ幸い尾白はヴィランを全力で警戒してこちらの声は届いていない。訓練は続けられそうか。それにこれだけの力をもつヴィランが絶対にいないとも限らない。

とりあえずあのヴィランは肩パットとげとげマンにしておこう。

 

巨躯のヴィランが宣戦布告をすると、逃げろと指示があったはずなのに、爆豪が単騎で特攻する。攻撃は左手一本でいなされた。

連打を繰り返し、ヴィランの大振りに合わせて空中から背後へ回り、ようやくまともな一撃を入れる。上手いし、真似できるとも思えないが、それじゃあ、ダメだ。

 

「ええーっと、じゃあ、やりまーす」

「あ、あ、待ってください!」

 

13号先生に拡声器を奪われ、今回の趣旨を説明される。

一つは生徒たちのメンタルケア。一度恐怖を味わった場所で、もう一度ヴィランにあったことで立ち向かえるか。最大の懸念点としては負傷したオレだったらしいが、そのオレがそれを認識して指示を出すのはよろしくないとのこと。

そしてチームワーク。強い個性同士がいるチームを作り、それをまとめられるのかを見るものだったらしい。まあ無個性のオレからすれば誰と組んでも同じか。

 

説明を受けている間に、オールマイトこと巨躯のヴィランがA組から総攻撃を受け始めた。

とはいえ、さすがオールマイト。瀬呂のテープも八百万の捕縛バズーカも効果なし。それどころか追撃しようとした数名を振るった拳の風圧だけで吹き飛ばす荒業。

爆豪は愚直に攻め続けるだけだが、緑谷を中心になにか作戦を練るらしい。峰田が埋まっている瓦礫に個性の《もぎもぎ》を付けていく。緑谷は麗日の個性で浮かぶと、蛙吹の舌でヴィランに飛んでいく。その手には、また《もぎもぎ》が握られていた。

その《もぎもぎ》を轟のコスチュームに粘着させ、ようやく救出。

爆豪の一撃をもって《もぎもぎ》が大量に粘着された瓦礫へと吹き飛ばし、拘束に成功。

そしてのんびり立ち話。

 

ああ、情けなくて涙が出るぜ。

 

「……君の目から見て、何点くらいですか」

「ゼロ点です。マイナスつけていいならマイナス百点です」

「そうですね、そうだと思います」

 

オールマイトだと認識し、抗議を始めるA組を見ながら、13号が話しかけてきた。後ろには相澤先生。

 

「キミの怪我を見て、きっと彼らは心に傷を負いました。その傷はまだまだ癒えることはないでしょう。それでも、彼らは立った。そのことを、評価してあげることはできませんか?」

 

なるほど。【それ】がオレに下されている評価なのだろう。

 

「オレは無個性だ。オレは、自分が本当にヒーローになれるなんて思っていません。だからこそ、彼らの判断の弱さに、考え方の甘さに、嫌悪感があります」

 

なんでそこで見えないのだ。なんでそこで聞いてあげられないんだ。

なんでオレは、こんなところにいるんだ。

あのメンバーに加わって、一撃でもヴィランに食らわせていたら、さぞや万能感に包まれていただろう。羨ましい、妬ましい、悔しい、悲しい。感情が混ぜられ、汚水のように流れだす。

 

「絶対的なヒーローになりたいわけじゃない。こんなマイクもって指示を出したいわけじゃない。ただ、笑顔で誰かを安心させられる人に、オレはなりたいんです」

 

それが【あの時の感情】から来るものだと知っている。

まだ小学生だったころ。ボコボコに殴られて、涙して、小便漏らして、助けたのに、意味を成さなかった、あの時の感情。

 

はは、どうせならこの時の記憶を無くしたいな。

なあ八百万、お前は、あの時のこと、覚えているか。

 

オレは忘れたくて、どうしようもないほど苦しいよ。

 

笑い合うクラスメイトを見ながら、オレは乾いた笑いを浮かべるのが精一杯だった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

……ん。……あ。なんか色々思い出してきた。

カップアイスをシナモンスティックでかき混ぜていると、不意に記憶喪失のいくつかを思い出してきた。委員長決めとかやったなぁ。ヴィラン連合に襲われたときのことも思い出したが、とくに目新しい情報はない。念のため、いつぞか挨拶にきた警察官に電話して顛末を伝えたが、やはり有益な情報はなかったのか、記憶が戻って良かったよと言われてお終いだった。まあ黒霧も偽名だろうし、ワープ個性なんて最初に特定入るだろうからな。それにオールマイトの殺害も、生徒の誘拐も、思い出せばオレが拡声器で話していた内容と重なっている。

 

思い出せるだけ記憶を浚っていくが、そもそも雄英の出来事なぞ、ひと月前のたった四日の出来事だ。とても曖昧な記憶の仕方をしている。個性把握ではびりっけつ。よく除籍されなかったよな。

 

母さんに記憶が戻ったことを告げたが、息子が記憶を無くしていたことを忘れていたらしい、なんのこと? って聞いてきた。説明し直すと、慌てて「おめでとう! お母さん嬉しい!」と言い放つ。なんだかなぁ。

 

まあ記憶の統合がされたので、基礎授業で教わったテスト範囲は補完できるな。あと中学時代の卒業式あたりも思い出したよ。

 

……いや失っていた間の記憶の薄さよ!

入学式の記憶がないのもうなずけるよな! 出てないんだから!

 

しかし、こんな日に思い出さなくても……。

 

壁掛けカレンダーを見ると、明日の枠に『雄英高校体育祭』と書かれている。父親も喜んでいるのか、テレビをわざわざ買い替えた。いままであったテレビはオレがいただいた。

 

なんか、思い出せなかったら出せなかったでモヤモヤするものがあったが、思い出してもすっきりするような内容じゃあなかったな。

 

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