【完結】無個性ヒーロー   作:南畑うり

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対抗戦の顛末と実家

 

合同訓練が終わってから、反省と称した交流会で、B組の多くがA組へと集まってきた。さすがにオレの部屋には入らず、一階でのどんちゃん騒ぎとなったけどな。

余談だが、B組にも心操にも、オレの部屋は大不評だった。

 

鍋三つ分のビーフシチューを煮込んでいる時間をどうしたものかと思っていたが、話題は湯水のように湧いてきた。

 

一番食いつきが良かったのが、オレの話題だというのも面白い。

 

「除籍ー!? A組負けてたら大変だったじゃん!」

「噂には聞いていたけどめちゃくちゃだなイレイザーヘッド」

 

鎌切と鱗の労わりの言葉に、ほろりと涙が零れそうになる。

相澤先生、報告書は手加減をお願いいたします……。

 

「ねえ、なんでアドバイスしてくれたの?」

 

ぼそりと、質問を投げかけてきた柳。包丁を個性で操るさまは、本当に心霊現象みたいな光景だな。

彼女の質問の答えはほかのB組のメンバーも気になるようで、取蔭と拳藤も静かに返答を待っている。

なんと答えようかと首をひねっていると、さきに柳が質問の内容を変えてしまった。

 

「なんで、アドバイス【できる】の?」

「それは、除籍されるかもしれないのにって話?」

「そう」

 

一番は、取蔭のためだった。ヴィランになにも為せずに敗北してしまった彼女の、手慰みにでもなればと思ったのが切っ掛けだな。

まあそれに加え、不遜なことかもしれないが個人的にはB組に勝ってほしかった。

 

勝って、勝負への拘りをさっさと捨ててほしかった。

 

「この間、エンデヴァーが戦ってたじゃん」

 

まだ半月と経っていない記憶に新しい大事件だ。

なんの関係があるのかと、背を向けていた柳もこちらを向いた。包丁はしっかり動いているのか。

 

「あんとき、オレは結構怖くて、エンデヴァー負けたらどうしようって考えてたよ」

「ギリギリだったもんね」

「あたしも怖かったなー」

 

笑い合うB組に、オレの見た光景を伝えよう。

 

「たぶんだけど、相澤先生は轟しか心配してなかった」

「まあ親子だし──」

「そうじゃあなくてさ。相澤先生は、エンデヴァーの敗北を考えてなかったんだよ」

「信頼してたってこと?」

「さぁね……。そうかもしれないけど、オレはこう考えるわけ。ヒーローが勝つことは当然だって」

 

これは、第六試合でオレがヒーロー科全体に向けた言葉と重なってしまうけど。

 

「ヒーローは勝たなきゃいけない。勝って当たり前。それが仕事。だからこそ、そんなのに価値を見出すなよ」

 

あ。

 

「勝ちに価値を見出すなよ」

「え」

「え」

「え」

「お前マジか」

 

素っ頓狂な声が周りから聞こえてくる。背を向けた柳の肩口が震えていた。

 

「……いまのは、えっと、勝ちと価値を」

「わかってるから! 反応しなかったのは俺が中国人とかじゃないから!」

「台無し! 台無しだー!」

「ちょっとカッコ良かったのにー」

 

もうめっちゃくちゃに言われた。

 

鎌切にはなぜかさらに気に入られたらしい。今度はB組の寮にお邪魔すると約束した。

その鎌切にほかになにかないのかと聞かれて尾白の尻尾の話をすると、背後から笑い声が聞こえてきた。

 

「く、くだらない! あはは、うそ、ははは、卑怯!」

 

柳が顔を覆って笑っていた。

オレたちの視線に気づいた彼女は途端にすまし顔をして、咳払いを一つ挟んだ。

 

「あなた、気に入ったわ。今度オススメのホラー映画を見ましょう」

「あー……プロジェクター出そうか?」

 

オレの提案は柳にすぐさま却下され、B組寮にもプロジェクターの準備があることを自慢気に語られる。なんでも定期的にホラー映画を鑑賞しているのだと、取蔭と拳藤は苦笑いを滲ませ教えてくれた。日本のホラー映画ってヒーローいないから怖いよな、わかるよ。

 

「業さん」

 

む、なんだ空回り一号。

こっちはこっちで楽しく交流を深めていたというのに、と思っていたら、どうやら紅茶を淹れにきたようだ。良いだろう、最近とある動画で淹れ方に深みが増したという紅茶を楽しませてもらおうか。

 

「カルマ、邪魔」

 

八百万の背後から不機嫌そうな耳郎が詰め寄ってきて、頭上の食器棚からティーカップを《イヤホンジャック》で回収していく。

八百万がお湯を沸かす間、耳郎の無言の圧力で黙ってしまう。なんだろう、めちゃくちゃ怖い。

 

「なに、ケンカしてる?」

 

鎌切に耳打ちされるが心当たりが──第四試合で使った必勝法か! 偉そうなこと言ってだれよりも勝ちに行ってましたよね! すみませんでした!

 

「あの、あの作戦はですね、その、思いつきと言いましょうか」

「作戦? なに言ってんの? 拳藤、お茶請けクッキーでいい?」

「え、あ、うん」

 

おかしい、とても自然な笑顔だ。……いまお茶請けを持って移動する際に足を踏まれなければ、違和感で済んだ話なのだが。

 

拳藤が八百万と耳郎を手伝うように移動を開始して、ここにいたB組メンバーも自然とほかのA組と交流するように散り散りになった。

 

「鱗、B組で恋愛のスペシャリストっている?」

「あー……いない」

 

ダメか。噂では黒色が小森のことが好きかもしれないと教えてくれたが、オレはべつに誰が誰と付き合おうが興味はないんだ。

 

二人で鍋を混ぜながらみんなの様子を見ていると、なぜか鉄哲が切島を殴りつけ、すぐに仲直りしていた。河川敷かここは。

 

「ちょ、ルドヴィコ治療法」

 

鱗の視線の先では、芦戸監修のもと峰田が椅子に括り付けられていた。まぶたは閉じぬように機器をかませられ、頭部には電極が貼り付けられている。見せられているのはナチスの映像ではなく、グラビアのイメージビデオだったけど……。

なんでも試験中に峰田がセクハラしたと芦戸がブチ切れていたが、こうなるのか。

 

「A組も大変なんだな……」

「頑張ろうな、お互いさ……」

 

固い握手を交わしていると、爆豪、緑谷の順に帰寮したようだ。

鍋を混ぜる手が止まる。

 

一刻も早く話がしたい。だがこれ以上はぐらかされるのはご免だ。……やはりオールマイトを挟むべきだな。オールマイトにとっても、緑谷の個性については予想外だったことは、試合中のリアクションで理解しているつもりだ。

 

相澤先生が緑谷の個性の暴走を見ても試合を止めなかったのは、《超パワー》が黒い糸の結果の可能性を追ったからだ。もちろん、オレも同感ではある。

だが、オールマイトだけは焦燥を隠さずにいた。

 

考えろ。

最終手段はジェントルたちの導入だが、それは本当に最終手段。緑谷とオール・フォー・ワンの関係性が明らかになった状態でなければならない。壊理ちゃんの個性破壊弾を緑谷に打ち込む場合は、ほとんど取り返しがつかない。

考えろ。

オールマイトが個性を渡した人物?……あり得ない。オールマイトは緑谷の《超パワー》発現後も【オールマイト】だった。渡した人物がオールマイトと知り合いか、緑谷が個性をもらったときにオールマイトと知り合ったという二択だろう。

考えろ。

緑谷が偶発的にオール・フォー・ワンから個性を……いや、これも可能性は低い。オールマイトのお墨付きだ。となると──オールマイトの師匠か。ああ、一番あり得そうな案だ。オールマイトの先生であったというグラントリノとの交友がある以上、最初に思いつくべきだったな。

良いね、打開案が出てきた。思考を止めるな。

 

「師匠、師匠」

 

……ん、口に出してたか?

最近本当に独り言が多くなった気がする。

 

「師匠、手を止めると焦げてしまいますぞ」

「……宍田? え、なにその、師匠って」

 

オレに師事してなにを得るというのか。

詳しくは鱗が説明してくれたのだが、どうやらオレが対抗戦の最後で彼のことを責め立てたのが問題だったらしい。自分の愚かさに絶望し、オレの言葉に感動したそうだ。いくらなんでも大げさすぎるし、訓練なんだから直せばいいのよ直せば。

 

「ま、まあ、じゃあ弟子よ。これを分配したまえー」

「はっ! 承りましたぞ!」

 

宍田がビーフシチューを率先して配膳してくれているので、鱗とともに盛り付けていく。

 

「なにか考え事してた?」

「ああ」

 

相談していいのか? B組で緑谷と特別に仲が良いといえる人物はいない。もし内通者が緑谷以外であるのなら、オレなら絶対に緑谷と接触を図る。個性の秘密を知ろうとするはずだ。

 

……ダメだ、ここからさきは選択肢が多すぎる。四桁のダイヤルキーじゃああるまいし、総当たりというわけにもいかないからな。

オールマイトの師匠が緑谷の個性の持ち主だった。とりあえずはこれを軸に考えていこう。

 

「師匠はこちらへ!」

「うむ、苦しゅうない……ぞ……」

 

物間と宍田に挟まれ対面には取蔭と拳藤と柳が座っていた。鱗ー! 助けてくれー!

 

「えー、さきほどは、大変失礼いたしました」

「謝んないでよ、聞いたのあたしだし。いまは反省してる」

「吾輩もですぞ師匠!」

 

取蔭は宍田の様子に苦笑いながらも、しっかりとオレを見てくれている。ありがたいねぇ。

 

「私もさ、物間止めてるつもりになってたけど、八百万相手にみっともないことしちゃってたなぁ……」

 

テーブルに並べた大量のパンを手に取りながら、拳藤は寂しそうに笑っている。

訓練中にも口にした、目標を持つことは大切であると再度告げたが、当人たちは否定的だった。

気まずさに周囲を見渡すも、明らかにこのテーブルだけ盛り下がっている。心操すら切島たちと笑い合っていた。

視線を戻す途中、無言でオレを見る物間と目が合う。ずっと見られてたのか……。睨みつけられていないだけマシかな。

それはそうと宍田は破門しよう、我が策束家の敷居は跨がせない。

 

夕食が終わったところで、心操は離脱。どうやら普通科の連中に呼び出されたようだ。オレのところにも普通科の友人から通話があったくらいなので、ヒーロー科との癒着はバレてるな。あとは、転科についてどう話を切り出すかだが。

 

「大丈夫、ちゃんと自分の口から言うさ」

「やっかみは?」

「あるかもな」

 

それでも笑って立ち去る彼は、まるでヒーローだった。

 

B組との反省会も半端ではあるが、明日も通常授業ということでお開きとなった。これからも合同戦闘訓練があるらしいからな。勝ちに拘らなくなった彼らなら、ともに訓練する意味がある。

 

B組の面々が寮から出て行くのを、総出で(例によって爆豪はすでにいないが)見送る。最後尾の物間が、くるりと振り返ってオレを見た。

 

「──僕は」

 

六試合目の後から、はじめて彼は口を開いたのではないだろうか。

いままでのように濁った瞳ではない。どこか吹っ切れたように、物間の口元には笑みが浮かんでいた。

 

「僕は、A組に勝つことが低い目標だなんて思わないよ」

「……お前って本当にへそ曲がりだな」

「キミに言われたくないね!!」

 

あ、言い逃げした。

オレはそこまで偏屈じゃあないだろ。なあ。……なあって。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 

十一月も最後の週末。オレ、緑谷、通形先輩の三人で雄英高校の駐車場へと集まっていた。

 

「や、久々。仲直りできたってねー」

「ええ。お手数お掛けしました」

 

通形先輩と談笑し始めた緑谷を盗み見る。

──彼とは、まだ話せていない。

あの黒い糸のことも、個性についても。

轟が緑谷から聞いたという話では、《超パワー》の派生、あるいは同一の個性であるという説明を受けたという。

 

その言い訳を用意した状態でオレが聞いても、同じ答えが返ってくるだろう。しかたなくオールマイトに聞きに行ったのだが、しっかりとはぐらかされた。

いや、言葉の意味を考えると、オールマイトには【こう】言われたのだ。

 

『キミが知る必要はない』と。

 

明確な拒絶を感じた。そして、秘密であることを隠そうともしていなかった。

腹いせにオール・フォー・ワンと黒霧のことを根ほり葉ほり聞いたのだが、そちらは罪悪感からか、すんなりと教えてくれた。そのちぐはぐさのせいで良くわからない。

 

なぜ緑谷の個性をオレに秘密にすることで、彼が罪悪感を抱くのか。

オールマイトのプライベートに踏み込んだものだとすれば、キーになるのはやはりオールマイトの師匠のことか。グラントリノに聞いてスッと教えてくれればなぁ。

 

「これはこれは! 我が校の誇り! ビッグスリーのルミリオン先輩! ヒーロー科B組、物間寧人です。本日はよろしくお願いします。ついでに、A組」

 

ずいぶんと大きな声で歌うように登場した物間と、通形先輩が握手を交わしている。変な組み合わせだが、初対面か? A組は何度か訓練でお世話になっているが。

 

「B組! 劇見たよ、映像でだけど! 面白かったよー、頭悪そうな劇だったよね!」

「そ! れ! は! どうも!!」

 

物間は思い切り力を込めているようだが、すこしも気にしていなさそうな通形先輩。そして、その先輩の口から驚愕の言葉が告げられる。

 

「インターンが決まってなかったら、うちどうかな? サーがキミを気に入ったみたいなんだー」

「……サー?」

「も、物間くん!! あのね通形先輩の事務所は──」

 

緑谷からナイトアイの情報が次々と溢れ出るが、この雄英高校でヒーロー目指している人間で、ナイトアイを知らないやつはいないだろう。

オレたちの前で素直には喜べないのか、緩む頬を隠している。

 

「緑谷は誘わないんですか?」

「もちろん。策束くんはどうだい?」

「え!?」

 

ギャングオルカ、ホークスに続きナイトアイにまで。嬉しい限りだが、えへ、えへへー、迷っちゃうなー。ナイトアイ事務所所属、仮免ヒーローフェイカー! えへへー。

 

「待たせたな、移動だ」

 

相澤先生が遠方から声をかけてきた。彼のすぐそばには黒いバンが停まっている。いつかはこんな状況でナイトアイ事務所に降ろされたが、今回の目的は壊理ちゃんに会うため策束家に行くことだ。

 

なぜ物間が同行することになったのかと言えば、彼の個性《コピー》が関係している。

 

自宅に到着すると、もこもことシルエットが変わるほどに洋服を着込んだ壊理ちゃんが庭で遊んでいた。芝も枯れてしまった寒々しい庭だが、彼女がいるだけで華々しいな。

 

通形先輩と緑谷の顔を見ると嬉しそうにこちらへ走り出し、そして物間の顔を見て急に足を止めた。

 

「雄英の、負の面……」

「なぁに言ってんのかなぁこの子!」

 

オレを睨むな。その子に兄らしいことなど、なに一つしていないのだから。

全員でリビングへと向かうと、お手伝いさんが温かい紅茶を淹れてくれていた。壊理ちゃんには湯気立つアップルジュースが出されている。オレ以上に気遣いを受けているな……。

 

母親と纏も同席し、相澤先生監修のもと物間による実験が始まった。

 

壊理ちゃんと物間の手が触れ合った瞬間《コピー》が発動し、物間の額から壊理ちゃんの角に酷似したものが生えてきた。しかし、体格差に比例せず、明らかに物間の角のほうが小さい。

……いや、壊理ちゃんの角が大きくなっているのか。そろそろナイトアイに追加の《未来予知》をしてもらわないとな。三年先くらいまでは見て良いと思うのだが、彼は遠い未来を見ようとはしてくれない。インターンに行った暁には、その辺も文句言っておこう。

 

「どうだ、物間」

「スカですね。残念ながらご期待には添えません、イレイザー」

 

相澤先生が頭を掻いた。

緑谷と通形先輩は壊理ちゃんの精神安定剤代わりに呼び出されたので、今日の実験については理解がいま一つの様子で、この状況の説明を求めてきた。

 

「物間くん、スカって?」

「キミと同じタイプってこと。キミも【溜め込む】系の個性なんだろう?」

 

おや、鎌切の説明と若干の誤差がある。

彼の説明では、物間の《コピー》はわかりやすい個性でなければ【スカ】であるという認識だったが……溜め込む系?

 

物間本人曰く、個性《コピー》は、触れた相手の個性を五分間、個性の性質そのものをコピーするという。

たとえば、壊理ちゃんの《巻き戻し》は時間経過での充電期間が必要だし、大阪のヒーロー、ファットガムの《吸着》には脂質が重要。

そのどちらも《コピー》できるにはできるが、性質として前者は角が生えるだけだし、後者に至ってはおそらく《吸着》できるほどの余裕は物間の体躯にはない。

 

「たまにスカがいるんだよねー。僕がキミを《コピー》したのに力が出せなかったのはそういう理屈」

 

……そういう理屈だったとしても、緑谷の個性は《超パワー》だぞ? えー……? 緑谷の個性の発現が遅れた理由に、十五年間の溜め込み期間が必要で? その正体は黒い糸? それとも黒い糸の個性をもらったことで《超パワー》が覚醒したとか?

 

こじつけはできるが、それをオールマイトがオレに秘密にする理由が見当たらない。

それに溜め込む系の《超パワー》だとすれば、それは個性の発動が【消費】にほかならない。あの黒い糸が発現してからも、緑谷の個性の発動には躊躇などなかった。

 

ダメだな、柄のないジグソーパズルをやっている気分になってきた。

 

いまは実験が無駄になってしまったことを嘆こう。

そもそも、物間が壊理ちゃんの個性を《コピー》したのは個性を制御する方法を身に着けることが優先されるからだ。ナイトアイが見たのは半年先まで。あと二か月は安泰だが、日に日に大きくなっていく角に、母親はワクワクが止まらないらしい。

 

可愛いうえに神がかり的な個性、おまけに自分の娘。頼むから良いように使ってくれるなよ。そりゃあ永遠の若さは金じゃあ買えないが、一個人で消費していい個性ではないからな。

 

自身の個性を嘆いて謝罪する壊理ちゃんに、この真実を伝えるべきか否か。やめておこう、母さんが壊理ちゃんを監禁するような事態になってからでも遅くはない。ほら、飴ちゃんをお食べ。

緑谷が壊理ちゃんの個性もすごいんだよと褒めると、落ち込んでいた彼女もようやく元気になったようだ。

 

「私! やっぱり頑張る!」

 

笑顔で意気込みを語る壊理ちゃんを見ながら、オレは居たたまれなくなってその場を離れた。

──期待されるのは、いつも有個性だから。

 

 

物間も混じって紅茶タイムということで、オレは相澤先生と父の書斎へと向かっていた。書斎というか、仕事場だけどさ。

 

「やぁ。お帰り」

 

柔和な笑みを浮かべ、本を読んでいる父──策束練に帰宅の挨拶を受ける。

 

「挨拶が遅れました。お邪魔させてもらっています」

「ああ、さきほどはすみません先生。休日でも仕事からは逃げられないものですね」

 

握手を交わす大人二人を見ながら、父親を【観察】させてもらう。

 

「壊理の様子はどうでしたか?」

「いえ、残念ながら──」

 

相澤先生の説明を受け、彼女の個性の把握に失敗したあとでも父の笑顔には一切の変化がなかった。……今日は仕事の話があるな。はあ、憂鬱だなぁ。

 

「お疲れ様でした。申し訳ございませんが、これからもうひと仕事ありまして……。お帰りの挨拶は結構ですので。息子は七時には帰寮させます」

「はい。失礼します」

 

相澤先生が頭を下げて出て行ってすぐ、父がタブレット端末をオレに渡してきた。映像には、溌剌とした笑顔を浮かべた中年の男性が映っている。テレビ用のCMか。

 

「デトネラット社がサポートアイテム。足掛け三年……思ったよりも早かったですね。それに露骨だ」

「四ツ橋力也。ただのゴマすり男かと思っていたらなかなか生き方の上手い。そういった人は嫌いじゃないですが、この事業は不利益になる。キミなら、どう潰します?」

 

父の顔には、さきほどの柔和な笑みがそのまま張り付いている。

この人は、笑顔でだれかの人生を壊せる人間だ。学ぶべきところは多いが、そのうち意見が対立しそうだな。そう言った意味でも、弟が名実ともに父の跡継ぎになったほうが策束家のためにはなる。

 

それは置いといて、デトネラット社とは、衣食住で不便する異形個性に向けてのオーダーメイドを請け負っている、ライフサポートを売りにしていた企業のことだ。薄利多売というほど安くはないが、とにかく早い。注文してから三日以内というのが文言の一つなのだが、早いと一時間で届くというのだから驚きだ。

それを可能にしているのが、デトネラット社の連結子会社の一つ、フィール・イット・インクのIT技術だ。彼らに【食われた】企業にとっては、これが厄介らしいんだよ。発送の早さの要因でもある。

 

策束家の人脈は日本に限り八百万家よりも圧倒的に広いが、枠組みとしては一般企業だ。そのオレたちから「ヒーローのサポートアイテム事業に加わるなー!」と言ったところで馬の耳に念仏。それどころか、良いものがあればオレたちが購入したいくらいだ。

 

おまけに策束家としても、べつにサポートアイテムを主軸として行っているわけではない。というもの、サポートアイテムの顧客は全国で一万人程度のヒーローしかないからな。

 

デトネラット社のサポートアイテム参入の一番の問題点はそこだ。

一万人をどうやって切り分けるか、【だれが】デトネラットに餌を分け与えるか、ということになる。

 

厄介だなぁ。いや、彼らの参入自体は三年前からの決定事項ではあった。もっと先だと思っていただけで。

では、市場としての伸び代がないのに、なぜ彼らが参入してきたのか。

 

「オレなら心求党を潰します」

「……妥当ですね」

 

参入した理由も見え透いていて、抱えている政党を大きくするためだ。

心求党がヒーローのサポートを推進しているのなら、それは国民にとって信用に値する。

政党が大きくなれば、議席が増えれば、国の指示のもと一万人を丸ごと【食える】し、その一万人を【食っていた】企業も食える……とまでは言わないが、経済状況が一変するだろう。

 

金と宗教の政治への影響はどうやっても防げるものではないのだが、あまりにも露骨だ。

潰されないと思っているのか、はたまた保険でもあるのか。……危険だな。

 

「まずは心求党との関係性をあぶり出します。献金でもしているのなら都合が良いでしょうけど」

 

それを告げると、ようやく父の仮面がすこしだけ剥がれた。どうやらすでに不発だったようだ。

まあオレ程度が出せる案など、父が試さなかったわけがない。となると……参ったな……。

策束のグループ企業の多くは、いま神野区の再開発に力を注いでいる。祖父もオレが紹介した那歩島に付きっ切りだ。年甲斐もなく楽しそうに島の発展の計画を立てているという。現地住民との対立もありえるので、クラスメイトには言えんわな。

 

クラスメイト……八百万……はあ、参った。

 

「八百万会長と、話さなければなりませんね」

「ええ、そうしましょうか」

 

困ったときの八百万さまだ。デカい借りを作ってしまうことになるのだが、国家単位の厄介事ならばしかたがない。

八百万家は前会長も現会長も、行政とはあまり太いパイプを作ろうとはしていなかった。理由は、日本の安全面の脆弱性だとむかし祖父が教えてくれたが、当時はオールマイトがいるのになにを言っているのだろうと聞き流していた。

だが、彼らがオール・フォー・ワンのことを知っていたのなら納得だな。

 

八百万会長が政治に関わるのなら、確実に多くの政治家が頭を下げにくる。心求党だけ弾けばだれしも意図が読み解けるはずだ。

ちまちまと株を攻撃するより、よっぽど大ダメージだろうな。

 

「ではこの件はこれで」

 

ふむ、追加案の要求も無し。一応の解決案としては受け取ってもらえたか。まあ八百万家を引っ張ってこられたら、大抵の出来事は解決するからな。

 

「それと、【年明け】のことですが、学校側の許可はとれましたか?」

「えー、それなんですけど、インターンがー」

 

ギャングオルカとホークスとナイトアイがオレのことを取り合ってしまってー。えへへー。

 

「キミの【バイト】のことも目を瞑ってあげているんですが……そうですか。【喫茶店】は解体ということで」

「……言っておきますけど、ホークスですよ! ホークスの事務所に職場体験誘われたんですよ!」

「へえ、じゃあ答えは変わらず、ですか。お父さんは悲しいなー。せっかくの【家族旅行】が……」

 

このクソ親父! 無個性の息子がホークスに誘われたんだぞ!? ふざけやがって! いてこましたろか!

 

「小声で怒鳴るなんて、器用ですね」

「口には出しておりませんが……わかった、行くよ、行きますよ」

「それは良かった。せっかく取得した食品衛生の免許が無駄にならずに済みましたね」

 

へぇ、アイツらのだれかがそんな免許取ってたんだ。

って、なんでオレよりお詳しいんですかね? ねぇ、なんで?

 

「壊理ちゃんは?」

「残念ながらお母さんとお留守番ですね。緑谷くんに預けてもいいかもしれませんね。懐いているんでしょう?」

 

どこ行った家族旅行……。

この柔和な笑みは偽物だ。オレもこのくらい図太く生きてみたいものだな。

 





国際運送株式会社
日本では業界最大手であり、国内外に関わらず活動している総合物流事業者。その始まりは古く、伊豆水軍が起源とされ、北条氏没後に伊豆で根を張った、豪商、豪農と呼ばれる旧家の一族であったという。第二次世界大戦後は当時の省庁である運輸省と二人三脚で復興に当たり、現在の地位を築いた。
親会社は策束ホールディングス。

策束ホールディングス
役員
代表取締役 策束 練(サクタバ レン)
以下八名。

※この二次創作品はフィクションです。実在の人物や団体とは関係ありません。
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