『No.3 ベストジーニスト失踪』
そんな驚愕するような見出しが、今朝からメディアを通じて踊り続けた。
おまけに冗談でもギャグでもなく現実に起こっていることなのだと、寮に戻ってきてからも流れるニュースで認識させられてしまう。
精神状況は本人にしかわからないことではあるが、怪我については事務所側からの公表があったのか、やけにリアルだった。
……ベストジーニスト、いま片方の肺がないらしい。
ヴィランに襲われて──。退院して自宅療養中らしいし、そんなことありえないとは思うのだが、片方の肺がないことが、どれほど身体能力に影響することなのかオレには判断もつかない。
自殺や逃避は? 復帰したけど、引退したっておかしくはない負傷だ。それなのに周囲の期待ばかりが高まって、なんて、ありえなくはないと思う。
そんな具合に、テレビではベストジーニストの精神状況や怪我のリハビリ状況などを、事細かく誇張しながら長々と流してくれていた。
残念なことに同意できる点はいくつかあるし、感情論でしか否定できない。アクシデントであることは間違いないと思うんだけどな……。
オールマイトの引退に続き、新ナンバーワンの苦戦、そして新ナンバースリーの失踪。
ああ、気持ちが悪い。真綿で首を絞められるような感覚。崩壊の音──。
【加えて】に、数日前に起こった泥花市のヴィランによる暴動のこともある。
父さんから連絡をもらったときには驚いた。ヴィランの動向に対してオレに情報を流すような人ではないのだが、この泥花市にはなんとデトネラット社の四ツ橋社長も居合わせて両足を欠損する重傷を負ったそうだ。
一週間前に父からデトネラット社の情報を得たばかりだ。無関係だとは思えない。集暎社の美人記者を同伴させて、いったいなにをやっていた? 愛人なら良いが、もしサポートアイテムに関しての取材で、そこをヴィランに襲われたというのなら、だいぶ匂うよな……。
おまけに彼はいまや不屈の精神でヒーローをサポートする【英雄】だ。民意を味方にしたのはデカい。くそ、作戦の変更が必要だ。八百万会長の出番はもうすこし先になるだろう。
自作自演は考えない。父の評価では四ツ橋は小物だ。両足を切断してまで会社のために尽くすような人物なら、今頃は父と手を取り合っていただろう。
こちらもアクシデント──。
……ダメだな、【点】が足りない。【線】にならないってことはベストジーニストとは別件か。却下するにも、決めつけるにも情報が足りない。
この事件は露出している情報だけで言えば、ヴィラン側の周到性が見られる。
ヴィラン団体はヒーローたちを偽の通報で街の外へ誘導し、その隙に爆弾か個性で街に大穴を開ける。目的は、ヒーローへの恨みを晴らすため権威の失墜。
その後は団結した市民たちがヒーローとともに奮戦。最終的にはヴィラン二十名全員の死亡と相成ったが、市民の死者数も神野区の悪夢ほどではないにしろ相当数に上った。ヴィランの自殺か、市民が殺害したかはわからないが、どちらにしてもオレには責め立てることなどできはしない。
良い点が二つ。
一つはヴィラン団体の目的に関してはヴィラン連合と似ているが、オールマイトやエンデヴァーを狙っていない以上、死柄木や荼毘みたいな頭悪い連中との関連性が低いことだ。
もう一つが、初動出遅れたヒーローへの非難がすくないことだ。それだけヒーローと市民が手を取り合ってヴィランを撃退したということだろう。
まあ一つ目に関してはステインに倒錯しているスピナーあたりが、四ツ橋狙って暴徒と連れ立って~なんて可能性が捨てきれないのだが……。
さて、こんな話をA組の真面目な男子たちと話していると、リビングの扉が勢いよく開けられた。
「暗い暗い! 笑顔でしょ! 策束!」
まるで大奥のように背後に女性陣を従えてリビングに入ってきた芦戸に注目が集まる。ニュースの内容は彼女も知っているはずだが、そうだな、オレたちが暗い顔をしても意味はない。
それどころか、彼女はとびきりの笑顔でオレたちに提案をし始めた。
「クリスマスパーティーをします! しましょう!」
その案に携帯端末からカレンダーを確認する。まあ、まだ二週間以上あるし、余裕はあるけど。
「この前のお誕生日会みたいにさー、パーティーしたいなーって!」
「最近B組とも仲良いし、策束くんも仮免取ったし、心操くんも呼んでさー!」
麗日と葉隠の追加説明に、八百万も嬉しそうに相槌を打っている。いつもなら挨拶回りで文字通り飛び回らなきゃいけないけど、今年は予定もないしなぁ。賛成に一票を投じよう。
と言っても、B組はいまインターン先を探すために奔走しているからなぁ。骨抜に話だけは通しておくけど。あ、壊理ちゃん呼んでも良いな。
「今度はウチらで料理しない? ケーキも自分たちで作ってさ」
「良いね、楽しそう!」
「耳郎、クリスマスソング歌うのか?」
緑谷や障子乗ってきた。そうだな、笑顔が大切だ。もし爆豪や轟が反対したとしても、パーティーは決定したようなものだな。
「鳥の丸焼き食べてみたい!」
麗日、それは口田に効くぞ……。
個性は強力だし、デメリットなどほとんどないんだけど、会話できる相手を食すってのはなかなか勇気がいるよな。野菜中心の食生活もうなずけるわ。逆に塩崎は肉中心だったりしてな、今度確認しておこう。
「鳥の丸焼き……北京ダックとか?」
「北京じゃねーか」
緑谷と轟のお笑いコンビも珍妙だ。あと北京ダックは丸焼きの料理ではない。
この日も文化祭のときのように、放課後はすぐにクリスマスパーティーのことで話し合いをするのかなと思っていたが、そうはいかなかった。
「あ、ごめんカルマ。あのさ、今日の買い出しなんだけど、ウチの代わりに三奈にお願いしたから」
「よろしくー!」
「いいけど、どうした?」
ヒーロー基礎学と帰りのホームルームも終わり、耳郎との買い物に胸を弾ませていたが出鼻を挫かれてしまった。一向に進展しない恋愛事情をどうにか打開せねばらなぬ。
クリスマス……チャンスだよなぁ!
「んー! んふふふー! 噂のカレシかなー? 先輩なんだよね? 会いたーい!」
楽しそうに笑う芦戸から、良くわからない単語が聞こえてきた。
──はて? はて?
「違うから! よろしくね三奈、つぎの当番代わるからさ」
「いいよいいよー! それよりも結果だけでも教えてよねー」
「だからそんなんじゃないって!」
耳郎は視線を逸らすようにそれだけ告げて、オレは置いて行かれた。
教室から出て行く彼女の背中に声をかけることもできず、瞬きを繰り返す。
「……はて?」
「策束くん! 僕は今日ローストチキンの気分なんだ!」
え?
青山に先導され、オレと芦戸も買い出しに行く。なぜか精肉店でしこたま鶏肉を買い込んでいた。
「重いー! なんで!? なんで買ったの策束! しっかりしてー!」
「はて」
「ずっとこんな調子! どうしちゃったんだいキミは!」
段ボール三つ分の鶏肉を寮にまで運び、耳郎がいないことにもう一度悲しい気分になる。鶏肉はほとんど冷凍庫行きとなり、まるでクリスマスパーティーに張り切りすぎる男となった……。
夕食近くなって、緑谷と耳郎が同時に帰寮してきた。
噂の……カレシ……?
「なにこの鶏肉? クリスマスの料理の練習? いいけど、買いすぎだよー」
「ごめん、僕さきにシャワー浴びてくるね」
「あ、ウチも浴びたい。結構汗掻いちゃった」
二人で笑いながら風呂場へと歩いていく。
夕食前に、オレもシャワーを浴びようかなー、やっぱりヒーロー基礎学は汗掻くしなー。
洗面所でパンツ一丁の姿の緑谷に、背後から声をかける。
とっさのことで緑谷は振り返りながら転倒してしまったようだ。恥ずかしそうに笑う彼を起こしながら、強く手を引く。
「話したいこと、あるんだけどさ」
「──う、うん」
ぎりぎりと手を握る強さが増してしまっているが、中学生の握力だ、かまわないだろう?
「聞きたいこと、わかってるだろ」
「……あの《黒鞭》のことだよね」
「そー……うですけど」
なに? 《黒鞭》って。あの緑谷の妙な個性のこと? 名前つけたの?
緑谷の個性を物間が《コピー》できない以上、ナインのようにわけわからん個性ってわけじゃあないはずだ。
長話になりそうなので、夕食前なのだが先に風呂に入ることにした。
湯船に浸かる緑谷は、右腕をオレに見せた。彼が力を込めた瞬間、前腕の皮膚が黒く染まる。これ以上《黒鞭》とやらを発現すると、身体に反動がくるらしい。そのための自主練をオールマイトに手伝ってもらっているらしい。
そういうことなら、個性についてはデタラメの可能性があるよな。オールマイトがなにをオレに隠そうとしたのか……。
「耳郎とも……訓練してるの?」
「え、なんで耳郎さん?」
いえ、あの……ちょっと、難しくて複雑な、その、話しでさぁ。
「いや、一緒に帰って来たから」
「ああ。耳郎さんも自主練だったのかな? うん、途中であったんだ」
「──付き合ってるんじゃないの?」
「えええええ!? ちちちち違うよ! 全然違うよ! なに!? なんの話!?」
だって一緒に帰ってきたじゃん!
そう思って話を聞くと、どうやら耳郎は、自主練を終えた緑谷とたまたま同時に帰ってきただけらしい。
なんだよー、ビックリしたー。噂のカレシが緑谷かと思ったー。良かったー!
緑谷にその話をすると、彼は納得するように手を打った。
「ああ、あの人、耳郎さんのカレシさんなのかな」
「あの人?」
え? だって緑谷じゃなかったんだよね噂のカレシ。ならカレシなんて……噂のカレシしかいないよなぁ!
「だれ!? だれだった!?」
「え、ごめん僕も知らない人。たぶん普通科の、先輩かな。肩章は普通科だったし、一年生じゃないと思うけど」
「ちなみに、身長は?」
「耳郎さんより頭一つ大きかったかな? 飯田くんくらいだと思うよ」
先輩で高身長でイケメンだと……?
嘘だろ……。金持ちくらいしか勝っている部分がないじゃあないか……。
「あれ? 上鳴くん?」
「お、おー! なんで飯前に風呂入ってんだよー。みんなもう食べ始めてるぜー!」
どうやら長居しすぎたか。妙に明るい上鳴に先導され談話室へと戻る。
夕食後にもう一度《黒鞭》とやらのことを聞いたのだが、残念ながらやはりはぐらかされてしまった。いや、もちろん緑谷が正直に物を言っている可能性はゼロじゃあないんだけどさ。
この状況──と言ってもオレが一方的にモヤモヤしているだけなのだが──をどうにか打開できぬかと考えていると、芦戸に手招きされる。
「ね、ね、噂のカレシの正体調べない?」
「な、なんだよ噂のカレシって」
誤魔化そうとして失敗。どうやら視線でテレビを見て笑う耳郎を追ってしまったようだ。それに目ざとく気づいた彼女が、オレに耳打ちをする。
「気になってるんでしょー、キョーカのことー! うんうん、三奈お姉さんに任せなさい」
「べつに──」
「顔真っ赤だぞー」
くっ、弱みを握られてしまった。しかたなく彼女を寝室へと案内する。
「あれ? そういえばこっちの部屋入るの初めてかも。オシャレじゃん」
「オレが決めたわけじゃあないけどな。それよりも、その、えっと、あの、カレシ、さんのこと」
オレのベッドに飛び込んだ彼女のおかげで、羽毛布団が人型に歪んだ。その布団から嬉しそうな声が聞こえてくる。
「ねえねえ! いつから!? いつからなの!?」
「やめてください」
「この前さー。あの文化祭のときね? 響香が告白したじゃん! そのときにはもうお姉さん気づいてたから!」
「やめてください!」
いやそうなんだよ! オレだけは耳郎と付き合ってもいい程度の好感度があると気づかれてしまっているんですよね! 耳郎にとっては恥ずかしい過去だろうが、オレにとっては現在進行形なのだ。
おまけに、こっちは結構ガチだしさ。
「うんうん」「出会ったのって入試なんだよね」「そうそう命の恩人だったね! 忘れてた」「待ってた待ってたそういうの!」「ヒーロー?……あー、まあ告白……んー。で?」「えー! あははは!」「ぷくく、情けないぞーカルマ坊!」
腕組みしながらベッドに腰かける芦戸に、一通りの流れを説明する。恋愛相談が娯楽であるかのように、彼女は楽しそうに笑っていた。
「しかたないなー。お姉ちゃんがひと肌脱ぐかー!」
「三奈先輩!」
「キャラぶれぶれだよ……。んでさー策束、ヤオモモとは?」
「なんにもないよ」
途端、渋い顔を作る芦戸。
なんだよ、嘘じゃあないぞ。
「うーん……。まあ、うん。そんな気はしていたけど」
「幼馴染って言ったって、家が隣でお互いの部屋を行き来できるーみたいな漫画のような幼馴染じゃあないからなー。小学校も違うし」
「そうなの?」
「そうだよ。っていうかオレたちの家知ってるだろ? 結構離れてるじゃん」
「へー。じゃあ本当に家同士の仕事の関係のお付き合いなんだねー」
つまらなそうに唇をすぼめた芦戸が、もう一度布団にくるまってしまう。肌ざわりが気持ち良いのだろう。
「恋愛って難しいなぁー」
「なにをいまさら。芦戸こそどうなんだよ」
「えー? ないない。あーカレシ欲しいなー」
とりとめのない彼女の理想のデートコースを聞きながら、ついつい切島との仲を邪推してしまう。
同中の男女だろう? 良いよなぁ、そういうの。──いや……トラウマが。
「ぐぬぬ」
「え、なにどうしたの?」
「中学のときに振られた思い出が……」
「えー!? なになに聞きたい聞きたい!」
やめてくれ。
芦戸と話をしていると、会話がいちいち逸れるんだよ。どうにかして噂のカレシの話に戻したが、また聞かれるんだろうな……。
「直接聞いてみる?」
「……教えてくれるかなー?」
恥ずかしがり屋の耳郎にそんなことを聞いても、緑谷のように誤魔化されるだけな気がするんだよなぁ。
芦戸も同じ意見のようで、こっそりと跡をつけるってのは? と提案されるが、ストーキングはなぁ……。噂のままならだれも、とくにオレが傷つかないし。
「うじうじ弱気だなー! 切島だったらこういうときは──」
「こういうときは?」
聞いてから、必要がないと思ってしまった。そうだな、アイツなら直接聞くか、自分を磨くかだ。
「最悪、耳郎に彼氏がいたとしても!」
「──え? うん」
「オレに惚れさせろってことだよなぁ!」
「あはは、切島の真似ー? 言うかなー?」
……なんか、めちゃくちゃ恥ずかしいことを二重で言ってしまった気がする。恋愛相談できて気分が軽くなりすぎたようだ。幸い芦戸は切島のモノマネだと思ってくれているようだが、もう絶対やめよう。
◇ ◇ ◇ ◇
クリスマスパーティーは結局A組だけで行うことになった。やはりB組はインターンに本腰を入れるらしい。
あの日以来続くA・B組の共同訓練だが、あんなことを言わなくても、数日訓練を続ければ勝敗が偏るということはなく、順当にB組はA組から勝利をもぎ取っていった。ルールも救助訓練、犯人追跡、書類精査と多岐に亘ったからな、苦手なルールでは必至にもなりえる。
勝利しても吠えない物間を見ていると、ちょっとだけ物足りない気持ちになってしまうが、B組にとっては良い転機とはなったのだろう。次はインターン、というわけだ。
「んでー! プレゼント交換! 爆豪もなんか用意してよねー!」
「ふざけんじゃねぇ! やるかそんなもん!」
「部屋にあるもので良いからさー」
泥花市の暴動事件から約十日、日常を楽しもうとしている芦戸が、しきりにパーティーを口にしていた。
一方の緑谷や飯田は、いまだニュースを小まめにチェックしている。被害の大きさや、その後の復興状況も気になるだろうが、なによりヴィラン連合の繋がりがどうしても切り離せないはずだ。
……オレもそうなんだよなぁ。
『──以前ですとこれほどの被害を出した事件となると、ヒーローへの非難一色だったわけですが、しかし、まさにいま、時代の節目と言いましょうか、非難が叱咤激励へと変化してきているんですよね』
緑谷の携帯端末から流れてきた音声に麗日が反応した。
「見ろやくんから、みんなの見方なんか変わってきたよね」
「エンデヴァーががんばったからかな!」
芦戸も、轟が父親を受け入れたことでエンデヴァーへの嫌悪感が薄れてきたのか、そのように笑う。
──彼女は、思えばクリスマスパーティーを企画したときから、不自然なほどに笑顔だ。
おそらくはだれよりも、平和が好きなのだろう。
平和を守る者としては不適格かもしれないが、ヒーローとしては最高だな。
「楽観しないで!」
突如、教室の扉が開けられ、見慣れぬヒーローが入ってきた。
ヒーローランキング上位勢であり、オレの推しヒーローマウントレディであった。後ろにはミッドナイトを連れており、セクシークイーンを奪い取ったかのようにポージングを決めて教壇へと立った。
「良い風向きに思えるけれど、裏を返せばそこにあるのは、危機に対する切迫感。勝利を約束された者への声援は、果たして勝利を願う祈りだったのでしょうか! ショービズ色濃くなっていたヒーローにいま! 真の意味が求められている!」
特別講師にマウントレディ。さすが雄英、授業の一コマにトップランカーだぞ。喜んでいないのは、どうしてか彼女に怯える峰田だけだった。
思わぬヒーローの登場に沸き立つなか、相澤先生が四肢付き寝袋で気怠そうな様子で現れた。
「今日行うはメディア演習! 現役美麗注目株であるこの私! マウントレディが、ヒーローの立ち振る舞いを教授します!」
自分で言っちゃうのか……。なんというか、エンデヴァーもそうだけど、ヒーローとしての素質と、尊敬する人物って、なんか違うよなぁ。
さて、このメディア演習だが、森を模したグラウンドで行われることになった。
全員コスチュームであり、広場に足場と背景パネルが組まれている。ミッドナイトがその設営をしていたために手伝うことを申し出たのだが、
「これが私の仕事なの。それよりも集中なさい、大切なことよ」
と断られてしまった。
メディアに対しての露出も多いミッドナイトが一歩引くのだ。彼女も相当にマウントレディを評価しているということだろう。
せめてマウントレディをローアングルで撮り続ける良くわからないヒーローたちは、もっと仕事をするべきだ。
壇上にいるマウントレディに呼ばれ、轟が呼ばれる。彼は口元にマイクを寄せられながら、リポーター役のマウントレディと質疑応答型のインタビューに答えていく。
轟の天然加減に困った様子のマウントレディではあったが、《穿天氷壁》を披露して一連の流れを終えたためか、講評が始まった。
「技も披露するのか。インタビューでは?」
「あらら、ヤダわ雄英生! みんながあなたたちのことを知っているわけじゃありません! 必殺技は己の象徴! なにができるのかは、技で知ってもらうの! 即時チームアップ連携、ヴィラン犯罪への警鐘、命を委ねてもらうための信頼……。ヒーローが技名を叫ぶのには、大きな意味がある」
わぁー……すごい素敵な話だけど、必殺技一つもありませんー……。
いつもは戦闘訓練が主だったヒーロー基礎学であったために、こういうノリが珍しく、多くのクラスメイトが我こそはと名乗りを上げる。
みんなの必殺技を見ながらどうしようかと頭を悩ませていると、オレと同じように挙手できないのがあと二人。
緑谷と青山だった。
ガチガチに緊張している緑谷を送り出し、青山に話しかける。
「どうしたんだよ、得意だろこういうの」
「そう見えるかい?」
そのようにしか見えないけど。
人に見られる注目されている状況は存外に緊張する。緑谷なんて、練習だというのにマイクを向けられただけで思考が停まっているようだ。
指先まで緊張させている緑谷に、全員が気を緩めている。
「……順調すぎて、忘れそうになるのさ」
ぽつりと零れた言葉に、視線を青山へと移す。腑に落ちない言葉だ。
彼は那歩島での、フェリーの遺体は知らないはずだ。もしあれを知っているクラスメイトが彼のような発言をするなら、女性だろうが殴り合いも辞さないつもりだ。
順調、ねぇ。こっちなんてインタビューの練習ですらつまずくレベルで足踏みしているんですけど。
緑谷の番が終わったようで、さきに青山へ向かってもらう。
案の定、彼はマウントレディが手放しで褒めるくらいのスター性の受け答えをしていた。
……んで、最後に、オレかぁ。
必殺技《肉壁》くらいしかない。片手片足でも校舎の壁すこし登れますって言ったら驚いてもらえるだろうか。
マウントレディの隣に立つ。個性を使えばビルよりも巨大になる彼女ではあるが、素の身長は意外と小さい。オレよりもすこしだけ高いだろうか。
「ええと、フェイカーくん! すごい活躍でしたねー!」
「ありがとうございます」
マウントレディの顔を見て【会話】したのだが、一瞬彼女の視線が外へと逸れた。あー、はいはい、【インタビュー】で【カメラ】ね。忠告に従って、素直に真正面を向くことにしよう。
「どんなことを考えながら活動を?」
「人を笑顔に。普段からそう思いながら訓練をしておりましたが……。情けないことにそれどころじゃあありませんでした」
「というと?」
「強力な個性を自分のためだけに使うヴィランです。守れるのは自分の背後にいる人だけ。そう思うと、すこしでも早くなんとかしなきゃって気持ちが強くなってしまって……」
「責任感が強いんですね」
「というより、強くなければならない、と考えています。【ええと──】」
ここで【会話】を区切ると、マウントレディは『というと』を二度繰り返してしまう。『強くならねばならないですか?』かもしれないが、結局は言葉の繰り返しだ。不格好だがオレ側から言葉をねじ込む。いっそ台本を用意してほしい。
「私たちに次代のヒーローをという期待をしている人は多くいます。オールマイトが引退し、ベストジーニストの失踪。そしてヒーローへの復讐や権威の失墜を望む者も多くいます」
「さきの泥花市の──」
「ええ、あちらも大きな事件でした。私たちに期待する方々のためにも、私の背中にいる人のためにも、そして、ヒーローという職業そのものに不満を抱える人たちのためにも、私たちが一刻も早く、期待も、不安も、ひとまとめにして飛んでしまうくらい強くなりたいと考えています」
「オールマイトのように、ですね」
「マウントレディのように、かもしれませんよ」
わかりやすすぎるおべっかに「にこー!」と擬音が聞こえるくらい笑顔になるレポーターに苦笑しつつ、つぎの質問を待つ。
「では、フェイカーくんの必殺技を見せてください!」
待たなきゃ良かった。インタビューの主導権握ったんだから、一方的に終わらせてしまえば簡単に済んだのに。
さて、どう切り抜けるのが正解なのか。いや、まあ練習だからな。
「必殺技はありません。私は無個性ですので」
「あははは、面白い冗談ね!」
笑うマウントレディに、悪気は一切なかった。
失敗した。彼女は知らなかったか。ホークスは知っていて、マウントレディは知らないのか。オールマイトがさもオレを有名人というように語るから勘違いしてしまった。
「岳山!」
「ちょっと本名はやめてくださいって──」
ミッドナイトがマウントレディのほうを見る。そしてクラスメイトの表情も目に入ってしまったようだ。ミッドナイト、クラスメイト、最後にオレの順番でマウントレディの視線が移動した。
「……え、本当?」
「ええ。申し訳ございませんが」
にこりと笑ったつもりだが、マウントレディは壇上から逃げるように走り出し、ミッドナイトの元へ文句を言いに行く。
まあ天下の雄英高校ヒーロー科だ。まさか無個性が紛れ込んでいるとは思うまい。
『なんで無個性なんかが雄英に! あっ!』
……まさか無個性なんかが紛れ込んでいるとは思うまい。
マウントレディは体でマイクを隠すように抱きかかえ、壇上のオレを心配そうに見ている。すぐにミッドナイトが彼女にチョップを当てて、可愛らしい悲鳴がスピーカーから流れてきた。マイク切ってマイク。
相澤先生には授業の続きをと促され、ミッドナイトに叱咤されながら、マウントレディは壇上へと戻ってきた。クラスメイトからすごい勢いで睨みつけられているため、晒し者のようである。
謝罪はないが、震える手でマイクのスイッチを入れようとする彼女の様相からは、罪悪感がありありと見て取れた。
ヒーローは安易な謝罪をしてはいけない。個人的にはトップランカーに相応しい態度だと思うのだが、クラスメイトからの攻撃的な視線は強くなるばかりだ。
せめてオレだけでも、そう思ってマイクが入らないうちに彼女へ語りかけておく。
「お気になさらず。慣れてますので」
……会心の一撃となったのか、マスクから覗く彼女の瞳には涙が溜まっていく。
しかたないなぁと彼女からマイクを取り上げ、クラスメイトへと向き直る。
「私は無個性です。どうしようもない現実です。──ですが、私たちにナンバーワンヒーローを期待する方々よりも、私は私に期待しています。期待も、不安も、全部抱えて飛んでみせましょう。無個性ヒーローフェイカー。応援よろしくお願いします」
マイクを返して壇上を降りようとすると、拍手が聞こえてきた。八百万か。わかる、わかるよ、拍手しちゃうよな、オレだけじゃないよな。
クラスメイトからまばらな拍手を受けながら、青山と緑谷の元へと戻る。
「策束くんって、すごいね」
真顔の青山ってなんか怖いな。笑っとけ笑っとけ。
オレへの講評はなし。全体講評に入る前に個別に呼び出され、ミッドナイトに連れ添われたマウントレディから正式に謝罪される。本当に気にする必要はない。
『無個性なんか』
これが世間一般の回答なのだ。
ヒーロー社会にオレを受け入れてもらえるなんて思ってもいないし、マウントレディだけでなく、ホークスも無個性を面白がってオレを誘ったことも察している。
そうは言っても、マウントレディの区切りとしては不足のようで、見かねたミッドナイトからなにか条件を出してあげてほしいと言われてしまった。
んー……この程度の貸し借りでは捜査状況を教えてなんて言っても無駄だろうし、欲しいものがあるわけでもない。マウントレディのサインなら欲しいが、もしオレがここで「ファンなんです!」なんて言おうものなら追い打ちだしなぁ。
定期的に授業を、というのもそそられるが、彼女は日本のトップヒーローだ。教育側に回るべきでは──あ。
「ならインターンを引き受けていただけませんか?」
「えー!? そんなのじゃ──」
「なら欲しいマンションがあるんですけど」
「はい! インターンならお姉さんに任せて!」
彼女がチームアップしているのは三人。ということでヒーロー科からは六人持って行ってほしいと告げる。角が立たぬようにA組から三人、B組から三人というのはどうだろうか。
明日はメディア演習をB組でも行うらしく、そのときの感触でB組の三人を決めるという。まあ、これならオレに情けをかけられたとは思うまい。
「優しいわねぇ」
「チームアップの練習をトップランカーに学べるんですよ? 良い貸しが出来ました。六人分」
「転んでもただでは起きないわよね、あなたって」
「転んだのは彼女でしたけどね。個性使ってなくて助かりましたよ」
品定めに向かったマウントレディを見ながら、ミッドナイトと雑談を交わす。
「あなたは良いの? インターン断っちゃって」
「ええ、残念ながら年始には父と【ラスベガス】ですからね。インターン中に出遅れるくらいなら、参加は遠慮しようかなと考えています」
ただでさえ体育とヒーロー基礎学に遅れが出ているのだ。赤点だけは回避しないとな。期末テストがどうなるかすでに頭が痛い。
「そう、残念ね」
「ええ」
「本当に、【残念】だわ」
その残念は、オレに個性があったら解消するのかな。
なんて、意地が悪い質問はぐっと飲み込むことにした。
「二年次には担任に名乗り出ようかしら」
相澤先生とミッドナイト……。意外と天秤が揺らがないな。セメントスか13号を呼んでいただきたい。
「ミッドナイトBOYSになら名乗りを上げましょう」
「あら! 嬉しいこと言ってくれるじゃない」
さ、雑談も切り上げて、全体講評を聞こうじゃあないか。