【完結】無個性ヒーロー   作:南畑うり

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オリジナル回。
ずっとお金の話しています。



幕間 ラスベガス・上

 

策束家の男性陣がラスベガスに出立したのは、三が日も過ぎた年明け四日目だった。

理由は挨拶と視察。去年はほとんど父親と弟に任せっきりだったからわりと久々である。

母さんは緑谷ん家から戻ってきた壊理ちゃんとお留守番。いまごろは那歩島で楽しく過ごしていることだろう。

 

「次」

 

父がソファーに座りながら、スタッフに運び込まれる絵画を楽しむ。オレと弟はそれぞれタブレット端末を操作しながら金額を設定。足が痛い、オレも座りたい。

なにをしているのかと言えば、オークションである。

 

大人数が木槌をもった司会者相手に競りを行う形式もあるし、カタログギフトのように出展しているアイテム一覧が載せられた目録を見て行うものもある。

今回は画家と鑑定士も同席した対面での競売となる。といっても競売相手はいない。こっちの金額を提示するだけであり、妙な駆け引きは必要ない。

 

画家の女性は緊張するようにスーツで手汗を拭っている。

おそらくはこういう場も初めてなのだろう。自身が描いたものに、想いとはべつの金額が付けられていく。画家を目指す彼女にとってはスタートラインに立てたわけだな。

 

父が三枚目の絵画への面通しを終える。オレと弟の操作していた端末は父に、そして鑑定士へと渡された。これは父からのちょっとした課題だな。

もっとも、それは「見る目を養え」「審美眼を鍛えろ」などという安直な意味はない。オレたちは美術品を購入するわけじゃあないからだ。……いや、買うのは美術品なんだけどさ。

 

採用されたのはオレの提示金額。悪いな纏よ、身長はお前に負けてるけど、生きた年数はオレのほうが上だし……安すぎだろこれ。

 

「だって、こんな落書きオレでも描けるぜ」

「描いたら高く買ってやるよ」

 

おいおい、日本語で会話するにしても表情だけは作っておけよ。

不安そうにこちらを見る画家に、オレが操作していたタブレット端末を手渡す。金額の大きさに、余裕がなくなってしまったのか手が震えてしまっている。

 

「あなたの作品は素晴らしい。父はこの作品をとくに気に入ったと。私もそう思います。色合いが美しい、あなたの“個性”が良く出ています。次回の個展は決まっていますか?」

 

オレの言葉に、青白い顔で言葉に詰まる女性。感情がぶっ壊れたのか、目には涙が溜まっている。

 

「ニューヨークであればギャラリーに伝手があります。半年後、いかがでしょうか。そのためにはあと二十は作品を作っていただきたいのですが」

 

涙を流しながら何度もうなずく彼女。サインだけは忘れないようにと圧をかけて、あとはエージェントに任せておこう。

家族三人になると、途端に纏が文句を言い始めた。

 

「あんな絵が六万ドル!?」

「三点合わせて六万ドルだ。お前が個展開きたいなら多少は融通するよ」

「しかも【寄付】するんだろ? はぁー、ありえない」

「個展が終わった段階でな。もっと金の勉強しろよ」

「うるさいな。それよりもヒーロー科の授業もっと教えてくれよ」

 

跡取り息子なんだからもうすこし自覚を持てよ、と言えないのがつらいところだ。オレに個性があれば、弟の人生はもっと自由だったんだけどな。

 

なお、画家の女性は新人だ。先月初めて個展を開いたらしいが、資金も準備期間も足りな過ぎて、客足もまったく伸びなかった自分の個展で、自棄になって大暴れした経緯を持つ。

面白いとエージェントが評価したため、家族旅行に組み込ませていただいた。策束家からすれば【ついで】もいいところだが、彼女にとっては人生の転機になったことだろう。

できればニューヨークの個展では暴れないでもらいたい。

 

「兄貴だって絵なんかなんも知らないだろ」

「次の個展が成功すればあの絵は倍に【する】。それだけわかってりゃあ十分だ」

 

映画やドラマで、悪い金持ちが美術品を買い漁る場面を見たことはあるだろうか。

例に洩れず策束家でも、年間で億円単位の金を使って美術品を買い漁っている。

 

その理由は、べつに売れない画家の救済のためでも、策束家が巨悪であるからでも、美術品を売るためでも、愛でるためでもない。

 

理由はただ一つ、税金対策である。

 

税金対策である!

 

あまりにも格好悪いので、本当に大きな声では言えないのだが、これが税金対策の一環なのだ。

一般的な考え方だと経費で購入しての税金対策を思いつきそうだが、これはもっと大胆だ。

 

簡単に流れを説明すると──。

一万円で買った洋服が十万円になると、その人は『十万円の資産』を持っていることになる。そして『十万円分の資産』を、懇意にしている美術館や施設に寄付をする。

これがどういうことになるか。

『一万円の資産』をもった人間が『十万円分の寄付』をしたことになるのだ。一瞬にして赤字経営に陥る。おめでとう、これで会社の所得はゼロだ。

こんな大人騙しの数字のマジックに加え、そしてこのアメリカでは寄付は減税の対象。

 

日本での税金対策にはならないが、この手の魔法は海外では古典的なビジネスとして完成している。空港や港などのコンテナに『資産』を『とりあえず置いておく』ことで『資産から外す』というより直接的な脱税方法もあるのだが──あ、脱税って言っちゃった。違うんです、全部法律で取り締まれる範囲外なだけなんです。

 

日本で寄付は善意だ。

用途不明のコンビニの募金箱に千円でも入れようものなら、「おおーすごい」などと見ている人に思われるだろう。一日一偽善このうえないが、ちょっとした幸福感に包まれたいのならやってみると良い。

 

もちろん海外でも寄付は善意である。

そして日本よりもっと【普遍的なこと】だ。

子どもを大学に進学させたければ大学への寄付は当たり前だし、ボランティアをするために参加費として数十万から数百万円単位の金を払うのは常識である。

 

それらの違いはケチだからでもなければ、裕福だからでもない。

ただの文化の違いだ。

寄付している人を偽善だ売名だなどと指差すのは、あまりにも無知でお粗末である。

 

──だって、減税されるのだから。

 

「台無し! 台無しだよ!!」

 

一通りの説明を終えたところで弟が叫び出した。反抗期真っただ中である。

 

「兄貴の説明聞いてると、寄付している人が全員減税目的かと思うわ」

「日本だとほぼ使えないからな。ちゃんと善意の寄付として消えていく」

「ちゃんとって……法律ギリギリの自覚あるじゃん」

 

ギリギリなら問題ないんだよ。法律にグレーゾーンはない、白と黒がはっきり分かれているんだから。言い換えれば、灰色を白と黒に分けるのを法律が代行してくれている。

 

「なんでこんなヤツがヒーロー科に……」

「法律の勉強をしないと、ヒーローに成れないからな」

「個性無くてもヒーローになれないじゃん」

「あ? なんだテメェ、仮免見るか? お?」

 

あ、いかんいかん、もっと弟に優しくするって決めたんだった。携帯端末を操作して、那歩島で撮った八百万の水着写真を送ってあげた。顔を真っ赤にする纏にめちゃくちゃ怒られた。でも、それコスチュームより露出度低いんだぜ?

 

そんな言い合いをしながら、父を残して移動を開始。この時期は分刻みの予定で息が詰まるね。

 

移動と言っても、ホテルのペントハウスから一階へとエレベーターで降るだけだ。

アメリカ、ラスベガス、そしてホテル。

なら、カジノも並べなければ嘘だ。

 

ホテルのコンシェルジュに案内されカジノルームへ通される。八百万家にも引けを取らないようなシャンデリアがいくつも吊り下げられた、高級感溢れる賭博施設だった。

 

カジノルームの奥には重々しい扉。そこを抜けると車が余裕で通れるほどの通路があり、左右にはいくつものドアも見える。そのドアの向こうは個別のVIP席だった。

目的の部屋には三人の男女が座っていた。おかしいな、女性が嫌がっているように見えるし、そもそも会う予定は一人しかいない。

 

コンシェルジュに耳打ちすると、すぐさま空いている隣の部屋と案内され弟とともに座って待つ。

わざと開けておいた扉を覗いて見ていると、筋肉隆々のバウンサーがオレたちの部屋を越えて早歩きで抜けて行った。ちょっとした言い争いが聞こえてきて、次の瞬間にはバウンサーに引きずられる男性たちが通路の扉の奥へと消えてしまった。壁かと思ったが、隠し扉のようなものでスタッフ通路に繋がっているらしい。

次いで、コンシェルジュに案内された女性が、オレたちの席へとやってきた。

 

「失礼。気分直しにレモネードはいかがでしょうか?」

「ありがとう、こちらの部屋は紳士な男性で良かったわ」

「男性と勘定していただけるとは。ブーツを履いて来て良かった」

 

クスクスと笑いながら着席するスーツ姿の女性。

彼女──メリッサ・シールドと会うのは半年ぶりだった。

 

「デクくんは元気にしてる?」

「ええ、きっといまごろは轟と一緒に職場体験中ですよ」

 

インターンが決定していなかった緑谷だったが、彼のインターン先は轟に誘われエンデヴァー事務所になった。しかも爆豪と一緒にだ。尾白もお正月前にはインターンが決定したというから、決まってないのはオレだけになってしまった。

 

こんな家業じゃあなければなぁと思わずにはいられない。

 

「すごいなぁ、デクくんは」

「あなたもですよ。圧縮技術の新説は読ませていただきました。あなたの成功をデヴィッドも喜んでいましたよ」

「……ありがとう」

 

すこし寂しそうに、でも、前よりはずっと明るく笑うようになった。

いつか親子で笑い合って過ごせるようになると良いのだけれど。

 

「日本への渡航についてですが」

「待って待って! その前に、えっと策束、纏くん、かな? はじめまして」

 

おや、それは不躾なことをしてしまった。

年上美人に照れながら気取った挨拶をする弟に、彼のそこはかとない性癖を感じる。八百万といいメリッサさんといい、ふむふむ、弱みを握ったぜ。

 

名刺交換のような挨拶が終わったところで、彼女に日本への移動日を説明する。

 

《I・アイランド》の一件から半年、アメリカへ亡命させてからの拠点移動だ。我が家のことながら優秀なスタッフがいるらしい、予想よりもずいぶんと早かった。おかげでまだメリッサさんの工房が用意できていないんだよなぁ。

 

まあそちらはいいさ。サポートアイテムはいま激戦区だ、落ち着くまで策束家が手を出すことはない。彼女が趣味で作る分には問題ないがな。

 

「機材いっぱいあるから、大きくて頑丈な部屋が良いんだけど」

「わかりました!」

 

あざとく上目遣いを向けてきたメリッサさんに、弟が携帯端末を操作しながらいろんな物件を見せる。簡単にネットで調べてくれるな、せめて策束家の息がかかった場所に──あ、心当たりが【一つ】あったわ。

ちと遠いが、立地を説明すると彼女は笑顔で納得してくれた。策束家の家業からは半歩ズレるから、オレのほうで利益計算しないとな。父さん納得するかなぁ?

 

ダメならプッシーキャッツから山を借りよう。ヴィランに襲われた曰く付きの土地だ、安く貸してくれるだろう。

 

「この数か月でキミの家が凄いのはよくわかったわ」

 

それをシールド家に言われてもねーなんて軽口叩けないのが物悲しいよ。特許の多くを引き継いだメリッサさんの個人資産は、オレの財布の中身と比べてしまえば数億倍くらい差があるんだからな。いまは資産凍結中なので金には換えられないけどさ。

 

「で、どんなあくどいことをして稼いでいるの?」

「法律に触れることはなんにもしていませんよ」

「十ドルの絵を六万ドルに吊り上げてそれを倍にして売るそうです」

 

てめぇ!

 

「えっと、その、聞かなかったことにしておくね……」

「非合法なことはなにも! 信じてください! オレたちは投資家ですから!」

「投資って、株とか?」

 

うーん、連結子会社の株はほとんど策束グループで管理しているけど……。

なんと説明すればいいか、策束家として行う株取引などベンチャーキャピタルくらいしかない。

 

「ベンチャーキャピタル……? 聞いたことあるような無いような」

「簡単に説明すると、金も信用もない出来立ての会社のスポンサーになるんですよ。安い株を買って、成長したら売りに出す」

 

株を売ると言っても、投資の本質は金を増やすことではない。

十ドルの絵を六万ドルにすることでもない。

 

六万ドルの絵を描ける人材を、施設を、会社を、金の力を持って囲い、育成するのだ。その辺の石ころを一万円と同価値にする。それこそが投資なのだ。

 

「十ドルの絵を……六万ドルに……」

 

忘れてください! それはただの脱税の証拠なんです!

まあ実際問題、節税策を行わない金持ちは存在しない。それが個人ならまだしも、企業単位で節税しないのなら、会社を傾ける行為だ。

 

国や法律が金持ちに優しいのではない。法律の抜け道を金持ちが金を出してでも通るのだ。

そしてその浮いた金で国債を買う。

 

「……え、結局日本に金払うの?」

「銀行ほどじゃあないですけどね」

 

日本で一番の投資家は銀行屋だ。もっとも彼らは利回り重視なので価値を上げようとする投資はしない。企業に金を貸すことはあっても、企業の質を高める努力はしないんだよ。

 

この辺になると研究畑のメリッサさんはお手上げのようで、話題を雄英高校の生活へと移してしまった。あまりこの話を弟にすると母親が良い顔しないもので遠慮させていただいたが、まあ今日くらいは良いだろう。

 

差し当って策束壊理ちゃんを救出した話と、彼女が笑顔になったときの歌でも聞いてもらおうか──そう、思ったときだった。

 

乾いた破裂音が、ムーディーな音楽をかき消すように聞こえてきた。

VIPルームのためカジノの喧噪はそこまで聞こえてこないと思ったのだが、なんの音だろうか。確認しようと部屋から顔を出す。

 

「やば」

 

倒れている大柄の男性と、その男性に【拳銃】を突き付ける男の姿が見えた。

どちらも見覚えがある。大柄の男性はこのホテルのバウンサーだし、もう一人は、メリッサさんをナンパしていた男だ。

 

「纏、メリッサさん連れて出て行け」

 

あのナンパ男二人組、どこに連れて行かれたのかと思ったが……。

どうやらスタッフ通路側で【教育】でもされていたのか、拳銃を持つ男の顔の左側は腫れあがっていた。暗いので良く見えないが、出血もあるのか手を当てて何度も確認している。

 

周囲のVIP席から、客たちが悲鳴を上げながら逃げ出し始めていた。何人かは悲鳴を上げることなく、すぐさま離れようとしている。

さすが銃社会アメリカ。拳銃持っているやつに立ち向かうような阿呆はいないらしい。

 

「舐めやがって! ぶち殺してやる!」

「待って! 待って待って!」

 

諸手を上げながら通路へ身体を出す。

纏とメリッサさんはまだ逃げ出せていないが、犯人は明らかに興奮している。防弾チョッキを着ていたとしても、顔に銃弾が撃ち込まれればどんな個性があっても殺されてしまう可能性はある。

 

声をかけると、銃口がオレへと向いた。男の人差し指の力の入れ具合がオレの命と同等かと思うと嫌になるね。

だがまだ拳銃。これでも《I・アイランド》ではサブマシンガンを握り締めたテロリスト集団と戦ったこともあるんだ。……オレは銃口を向けられてはいないけど。

 

「テメェもクソか! ふざけやがって! ケツにキスしろ!」

 

ファック! ファック! ファック!

あのな、こっちは翻訳家じゃないんだ、脳内変換には限界があるんだ。

 

「あんたが人を殺しちまったら、相棒はどうするんだ──」

「おい! 良いもん見つけたぞ!」

 

通路の裏から、もう一人の男が姿を見せた。手には、サブマシンガン。

 

「あー…………ファック」

 

銃社会がよぉ!!

慌てて纏とメリッサさんのいるVIPルームへと飛び込んだ。聞こえてきた銃声は三発。撃ったのは拳銃を持っていた男だろう。

 

「弾避けたぜ見たかよクソ!」

「挑発してどうすんだよ!」

「言い争っている場合!? 逃げなきゃ!」

 

そうは言ってもVIPルームの扉から出れば一直線の通路。メリッサさんもオレも無個性で、弟は《複製》だ。この状況をどうにかできるような個性はない。

 

ドアは内開きのため、目隠しにも使えない。《複製》で絨毯を大量に増やして壁を作るか? 拳銃ならチャンスはあるが、サブマシンガンの連射に耐えられるなんて安易な可能性に二人は巻き込めないよな。

必殺技の肉壁も、やはり同じことだ。

 

床に頭を付けながら通路を見る。

……どうやらサブマシンガンの安全装置の外し方がわからないらしい、男二人で悪戦苦闘していた。

 

「纏! いまなら──」

 

細かい連射音が聞こえてきて、男たちがサブマシンガンの安全装置の解除に成功したことを認識。

 

「いまなら?」

「えっと、とりあえずあのカウンター裏へ」

 

西部劇映画で良く見る、木のテーブルに隠れるあれだ。

だけどあれって、フィクションだから良いけどさ、普通の人間が机に隠れてたら弾が貫通してその人も穴だらけだよな……。まさか実証実験をオレがすることになるとは……。

 

三人で中身入りの酒瓶を握り締め、カウンター裏で身を隠す。

 

「火炎瓶は? ライターならあるし!」

「絨毯に引火すれば、ここから逃げられなくてオレたちが死ぬよ」

 

酒だから火は点くし、殺傷能力もほぼ皆無。

せめて二人だけは生かさなければならない。

……よし、やることは決まった。なら覚悟も決めるべきだ。

 

一番度数の高い酒を両手に持ち、二人を残してオレだけ外へ出る。

心配そうな弟の表情に、目いっぱいの笑顔で応えよう。

 

「作戦考えた。任せろ、これでもヒーロー科だぜ」

 

銃相手に、酒とライターだ。そこらの酔っ払いでもできるだろうな。オレと酔っ払いの違いは、メリッサさんから借りた手鏡しかない。

 

通路を鏡でもう一度覗くと、男たちはすぐそばまで来ていた。近い。狙いはオレか? いや、メリッサさんだろう。くそ、欲望に忠実なケダモノどもだ。

まずは口を開けた酒瓶を男たちのほうへ強く転がす。くそ、絨毯だからすぐ止まってしまったな。警戒されているだろう、男たちの足は止まったか。銃口が明らかにオレたちの部屋へと集中している。

もしここでオレが部屋から思い切り姿を見せれば、反応速度に負けてひき肉だ。だが、射撃訓練もしていない連中が、オレの【手だけ】を打ち抜けるかな。

 

通路に出した指の力だけで空き瓶を投げ飛ばす。どこまで飛んだか、どこに飛んだかなんて確認する余裕はない。ステインのときのようなラッキーには期待するだけ損だ。

そしてすぐさま、ライターで絨毯へと火をつけた。

 

絨毯の火は燃え広がることなく、一本の道のように男たちの足元へと引火していってくれている【はず】だ。知るかそんなこと。こっちは口の中に広がる酒の風味で酔いそうだ。

 

男のどちらかの悲鳴を聞いて、通路へと躍り出る。

──幸運だった。

 

拳銃を持った男は、自身の靴が燃えるのを消そうともがいていた。

だが、サブマシンガンの男は、動揺しながらもオレへと銃口を向けている。

 

見よう見まねの火吹き芸が通用する状態ではないだろうな。

それでも、動揺すればするほど、引き金から指を離すのは遅れるだろう? 安全装置に戸惑うほど銃の知識がない連中だ。サブマシンガンの残弾数など、気にしたこと人生で初めてなのではないだろうか。

拳銃だけなら、二人が生き延びるチャンスはあるのだ。

これがオレの策戦だ。

 

『キミは、早死にするでしょう』

 

幻聴だ。くそ、ああ、情けない人生だった。

決死の覚悟のままライターの炎で唇を焼きながら──爆発に巻き込まれた。

 

ごきゅんと、喉が鳴る音が聞こえた。

 

 

「兄貴!! 起きろ兄貴!! 撃たれてないか!? 大丈夫か!?」

「……なんで纏がいるの?」

「頭か! とうとう!」

 

おかしい、オレはいまクリスマスパーティーしていたんだけど。ここ、どこ? なんで纏が──?

辺りを見渡すと、壁も床も天井も壊れた通路へと寝転がっていた。弟がオレの上体を起こすように支えてくれているが、頭をぶつけた可能性があるのならやらないほうがいいぞ。その証拠に、オレはいまふわふわしている。頭をどこかにぶつけたらしい。

 

半壊した通路には、何人かの私服の男性と、一人の女性が立っていた。

こんな状況の中、和気あいあいとした様相で談笑している。男性たちの足元には、手を縛られている細身の男が二人転がっていた。細身か? 男たちの筋肉が凄すぎて比較対象が強すぎる。

 

「とんだ慰安だぜ」

「まったくだ」

「こいつらも運がねぇな! まさか俺たちの任務と重なるとは」

 

男性たちは、正直わからない。

だが、彼ら囲まれ中心にいる女性を見て、限りなく選択肢が狭まった。

 

二メートルの巨躯。オレの胴回りより分厚い太もも。そしてなにより、不自然に広がる【八本】の髪質。

 

アメリカのナンバーワンヒーロー──スターアンドストライプ。

 

オールマイトと彼女が戦えば、果たして勝利はどちらに収まるのだろうか。日本とアメリカのナンバーワンヒーロー同士だ。決着の前に国が亡ぶと前評判もあって、結局実現はしなかった。

 

彼女の代名詞たる、星条旗を模したコスチューム姿を見られなかったのは残念だが、それでも彼女を見間違えるはずもない。

 

「サイン欲しいー」

「こんなときになに言ってるのよ! 大丈夫だったの? 顔真っ赤よ」

 

うん、なんか顔熱い。たぶんスターを見て興奮しているんだと思う。だってヒーローの本場のナンバーワンだぜー? 足が速いとか、クイズ王とか、そういうレベルの話じゃあないからなー。

オールマイトが平和の象徴であるのなら、スターは平和の守護神だ。

個性もオールマイトと同じようにその多くは不明。筋力増強系のようでもあり、加速系でもあり、防御系でもあり、【理不尽な個性】とも言われている。

 

「んふー。かっけぇー」

「どんだけ頭ぶつけたんだよ……」

 

ふわふわする感覚が残るなか立ち上がり、周囲を見渡す。まだ土埃が舞っているが、おそらくカジノ側からスターか、ほかの個性主が突撃でもしたのだろう。通路は床のコンクリートまで砕けていた。ホテル倒れたりしないかなー。

 

「やあ少年たち、無事かな?」

 

床の抉れ具合を見ていると、スターに声をかけられた。振り返ると、首が痛くなるほど見上げなければならない身長差。

 

「助かりましたー! ありがとうございますー!」

 

嬉しすぎて陽気な声が出てしまった。自分でもどうかなと思ったが、楽しい、ふわふわだ。

 

スターの顔が【降って】くる。巨体のわりに小顔だ。美人だなぁ。

彼女はオレの顔の近くですんすんと鼻を鳴らした。

 

「酒臭いな、少年、いったいなにがあった?」

「オレはヒーローなので、二人だけでもって思ってぇ、怖かったけどー、あ、あの人大丈夫ですかー? あの、あの、まとい、えっと、用心棒って英語でなんだっけ?」

「……この少年の名前は?」

「兄の策束業です。たぶん頭ぶつけて。すぐに病院に」

「不要よ」

 

ふわふわしていた感覚だったのが、いつの間にかスターに高い高いをされていた。あまりの高さにおかしくなって笑ってしまう。

 

「【カルマサクタバは、正気に戻る】」

 

──【一気に思考という思考がクリアになった】。

鼻先から抜ける酒臭さに驚いてむせてしまう。

 

「し、失礼しましたスター! 助けていただいてありがとうございます」

「ヨシヨシ、いくぶんマシね」

 

酒気どころか、口いっぱいに含んだ酒を全部飲んだのか。この身体の小ささであんな度数では酔っ払いもするか。

しかしいまのは……スターの個性か? よくわからないけど、詮索する気もない。素直にお礼を言うだけにしておこう。

 

聞き取りに来たべつの軍人に事情を話していると、隣で聞いていたスターが話の腰を折った。

 

「メリッサ・シールド? デヴィット博士の娘だよね? アメリカになんの用事かしら?」

「ちょっと事情がありまして」

「《I・アイランド》でしょう? それは知ってるけど……サクタバ……もしかして雄英生か?」

 

問われ、慌てて仮免許を取り出す。パスポートと違って国際的なものではないが、身分の証明としては上等だろう。

 

「フェイカー? こんな小さなナリでヒーローの卵とは驚いた。それに雄英生。フフフ」

 

彼女はオレの仮免を胸に抱くように両手で握り締めていた。

返してほしいとは言えないほどの、表情の緩み具合である。まあ自称オールマイトマニアなら、いま元ナンバーワンがどこに所属しているかなんて、説明するまでもないのだろう。

 

「──ところで、個性が記入されていないけど?」

 

思わずメリッサさんと顔を見合わせる。揃って無個性だからな、お互いに気を遣う。

その様子を見ていたスターが、豪快に笑いながら提案をした。

 

「場所を移すぞ、カルマサクタバ」

 

イエッサーと、背筋が伸びる迫力だった。

 

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