【完結】無個性ヒーロー   作:南畑うり

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インターン意見交換会未遂

 

帰国から五日が過ぎ、オレはその間、たった独りで食事をしていた。

理由は明白で、A・B組を合わせてオレだけがインターン出向していないからだ。

 

前期の職場体験や後期で始まったヒーローインターンときのように、休日をメインに使うというわけではない。正月明け前から朝から晩までの職場体験。いや、もはやサイドキックの一人として扱われている者もいるだろう。

メンバーはホークス事務所へインターンに向かった常闇はじめ、ほとんどが泊まりである。エンデヴァー事務所やマニュアル事務所なら近いが、移動の時間すらもったいないと思っている者のほうが多いのだろう。

 

おかげで、この一週間は地下のトレーニングルームの掃除だけが上手くなっている。

冬休みは今日で終わりだというのに、みんなの帰寮は真夜中になるか、明日の朝になるという。

オレのほうは、体育祭で縁ができたヒーローにインターンの打診はしたが、返信はなかったな……。こんなことならもうすこしベガスにいれば良かった。

 

もうシナモンスティックの在庫も尽きた。お腹すいたなぁ。

 

明日は始業なので全員が帰寮するだろうが、インターンは継続して行われる。平日の授業に食い込む者もいるんだろうな妬ましい。

 

携帯端末が震えたので、すぐに通話を開始する。

 

『はやっ! なんなんだキミは! A組は暇そうで羨ましいよ』

「……物間か? えっと、おはよう?」

 

明日は雪かもしれない。

 

『もう十時だよ。それはさておき、僕のインターン先であるサー・ナイトアイからね、キミに伝言さ』

「うざっ!」

『ふふん。春に事件が起こるから話がしたいって』

 

春に、事件? なんだよ、穏やかじゃあないな。壊理ちゃんの角はもうオレの小指を超える大きさだ。そろそろだとは思っていたが、いつ【視た】んだろうか。

 

「被害は?」

『残念ながらサーは検証のために日本各地を視察中でね、僕は教えてもらっていない』

「はぁ? 日本? 《コピー》してお前も視ろよ」

『ルミリオンですら教えてもらってないことを聞けないだろ』

「え、繊細かよ。そういうの良いから」

 

怒らせてしまったのか、キャンキャンと雑音を鳴らす携帯端末から耳を離し、物間の言葉を考える。

──壊理ちゃんのことではないのか? たとえ壊理ちゃんの暴走で策束家の全員が死んだとしてもオレがいるし、オレを含めて死んだとしても会社が潰れるような仕組みは作っていない。余波を受けメリッサさんがアメリカで後ろ盾を失ったとしても、それが日本に影響を及ぼすかと言えば、否だ。

 

「ナイトアイが向かった先は?」

『さあ。神野区と那歩島の二つは分かってる。……キナ臭いよね』

 

那歩島? 壊理ちゃんは正月に向かった。無関係とも思えない。

しかし、神野区だって?

 

──どちらも、策束家が多くを管理している土地だ。

可能性が増した。増してしまった。

 

内通者はやはりオレかもしれない。

 

叫び出したい気持ちを抑え、物間の言葉の続きを聞く。

 

『サーは一度会いたいって。ひと月分くらいの予定を僕に送ってくれよ。ナイトアイ事務所インターン生の僕に!』

「うざっ!」

『……で、どうすればいい?』

「は?」

『《予知》を《コピー》して、なにを視れば良い?』

「ナイトアイだろ。あの人は台風の目だ。個性の発動条件はわかるのか?」

『教えてもらってないけど、やってみるさ。あ、キミには絶対教えないからね』

 

ひねくれ具合は健在だな。

別れの挨拶もなく通話が一方的に切られた。

ひと月分の予定……。授業は考えなくてもいいだろう、スケジュール帳をコピペして物間に送り付けた。

 

神野区。

那歩島。

 

これらを繋ぐのはいくつかある。A組、オレ、緑谷、轟、爆豪、切島、八百万、飯田、そして《個性を移動させる個性》の持ち主であるオール・フォー・ワンだ。

保須の襲撃も考えると、やはりオレ、緑谷、轟が最有力候補だな……。まさかオレが【事】を起こすわけじゃああるまいな……。

 

ダメダメ、これ以上の思考は無駄だ。この可能性を残して雄英に残り続けたのはなぜだ? ヒーローを諦めきれなかったからだろう? いまさらだ、事が起こったら、諦めて腹ぁ括れ。

 

ぐぅ。

 

腹ぁ減った。

面倒だけど飯食いに行くか。

 

「……お久しぶりです竹下さん。ええ、業です。学校までよろしくお願いします」

 

電話一本で元ヒーローの呼び出しとは、オレも偉くなったもんだ。事務所さえ維持していれば、竹下さんがインターンしてくれれば良かったんだけどな。

 

 

「……えっと、なんか混んでます?」

「なんか最近繁盛してますね。ほらこれ」

 

アパートメントの一階に喫茶店がテナントとして入っていた物件なので違和感はないのだが……マスターがジェントル・クリミナルだ。

忙しなく接客するラブラバを撮影する男性客と、眼鏡をかけてジャンピングで紅茶を淹れるジェントルを撮影する女性客とで盛り上がっている。

 

おまけに竹下さんの携帯端末には、SNSで話題になっている喫茶店が映っていた。……まあこの店だわな。

幸いイートスペースはすくないのでほとんどテイクアウトだ。回転率は悪くないのだが、それにしてもレジ周りが混雑しているなぁ。

 

どうやらせっかくの昼食は食えそうにもないな……。監視も兼ねて元ヤクザたちと対面することにした。

仲良しなのか、一つの部屋でこたつに入ってテレビを見ている最中だった。悪いけどベッドを椅子替わりにさせてもらう。

 

「社長坊ちゃんじゃん。なんだよ、悪いことはしてないぜ」

「そんな心配していませんよ。事業拡大しようかなと思いましてね」

 

金髪の男、窃野に提案すれば、一度金持ちに騙された経験のあるという宝生が、噛みつくように睨みつけてきた。

 

「俺はお前を信用しているわけじゃないからな」

「ご安心を。私もあなた方を信頼しているわけではありません。断りたいときはどうぞご随意に。ついでに書類も必要ありません。あなたたちと私の間には、【なにもありません】から」

 

これはジェントルやラブラバ、この元ヤクザたちを起用したときとほぼ同じ条件だ。お駄賃として月給は支給するけれど、社員でもなければ、社会人としての能力は期待していない。あくまで荒事専門の用心棒として雇っているに過ぎないのだ。そして、オレが指示すれば飛んでいく鉄砲玉としての役割もある。

それはジェントルも、このトリオにも納得してもらっている。

 

ヴィラン予備軍を抱える分には違反にはならないんだよ、日本の法律は。

 

「まぁまぁお二人さん。なあ借金、今日はどうしたんだよ?」

「完済したっつーの。ほらこれ」

 

竹下さんが窃野に投げたのは、オレが用意していた書類だ。

中身は『個性発散施設計画書』だ。まあこの手の施設はゼロではないのだが、国営がほとんどであるため、数が極端にすくない。

理由は二つ。

初期投資も維持費も馬鹿にならないことと、責任者の不足。

だれも責任は負いたくないんだよ。

 

個性が身体機能の延長であることは常識になりつつあるが、個性の発動自体の抑制がストレスになることは認知としては高くない。

考えてみれば当たり前で、走ることが好きな人が、運動自体を禁止されているような状況だ。望ましい環境とは言えない。運動ならまだしも、もしそれが爆豪のような《爆破》であるなら──。

 

そんなわけで、その手の施設で入場料を払い個性を使用することは、認められているわけだ。

儲けが見込める商売なのになぜ国営が多いのかと言えば、必要施設の確認項目の多さだな。全部揃えようと思ったら、本当に一部の人しか手を出せない金額になる。

 

んで、まさか本当にオレたちがそんなものに手を出すわけもなく。

彼ら、死穢八斎會の元幹部や、ジェントルのトレーニングルームを用意したいわけだ。

正直、元プロヒーローの竹下さんが十人いたとしても、オール・フォー・ワンに勝つことは不可能だろう。

焼石に水だとしても、ここで遊ばせておくよりは訓練してもらったほうがお互いにとって得となる。

 

「パァス」

「減給」

 

押し黙ってしまう窃野。草根なしのくせに安定な生活に憧れでもあったのだろうか。まあ治崎に拾われるまでは普通のアルバイターだったというし、世捨て人には向かないのかもしれない。

 

「いまの貯金額をもって出て行く分には気にしない。だけどこの生活が好きならオレの指示には従ってもらう。お前の個性なら食っていくには困んねぇだろ?」

「──チッ」

「……俺は構わん。進めてくれ」

 

宝生は意外と賛成派だった。なんでも最近下っ腹が出てきて運動したかったのだと。竹下さんも深く頷いている。歳が近いせいか、二人はわりと仲が良い。

 

そのころ多部は……なんでこいつまだボロ布被ってんだろう。まさか死穢八斎會に忠誠を尽くしているってわけじゃあないよな。

 

「腹減った」

 

オレもだ。竹下さんにこの辺の美味いラーメン屋はないかと聞いたところ、なぜか全員が乗り気になった。

 

「お、良いねぇ」

「ラーメンか。糖質が……」

「腹減った」

「いやぁ、すみませんね社長」

 

なんだこいつら。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 

翌日、教室の壇上で飯田と八百万の委員長コンビが年始の挨拶を行った。

 

「明けましておめでとう!」

「おめでとうございます」

 

改まった挨拶というわけでもなく、昨晩と今朝とで、帰寮した面々では行っている。これは区切りとしての挨拶だな。

おまけにいまは副委員長の飯田が主導権を握っている。理由はインターンの教えなので、八百万も彼の行動を勉強しようと、委員長としての席を譲った感じだな。切磋琢磨なのだろう。こっちはキミらが動くだけでボロボロになっていくよ……。

 

「今日の授業は実践報告会だ。冬休みの間に得た成果・課題などを共有する。さあみんな! スーツを纏い、グラウンド《アルファ》へ!」

 

飯田指示の元、ヒーローコスチュームの入ったスーツケースを持ち出していると、時間ピッタリに文句を言いに来た相澤先生が扉を開け放った。

その隣を、芦戸がするりと抜けていく。行動力の速さに相澤先生が戸惑う中、飯田が相澤先生へ指示の伝達完了の報告をしている。

……そういえば、早朝ホームルームで相澤先生がいなかったのは珍しいな。始業式があったのでそんなもんかと思ったが、飯田に指示出ししていたということは、昼にもいない可能性があったのか?

 

段取り良く指示出しをこなす飯田に上鳴がからかいを加えるが、飯田は当然とばかりに眼鏡を光らせる。

 

「インターン先のヒーロー、マニュアルさんがリーダーをしていてね。一週間ではあるが学んだのさ……。物腰の柔らかさをね! それっ! アそれそれそれ!」

 

柔軟な腰つきを披露するアホに、オレは嫉妬することになった。なんでこんな阿呆がマニュアルさんと一緒に過ごせて、オレは寮でたった一人一週間近く……!

 

妙な踊りを真似し始めようとした八百万を止めながら、相澤先生へと挨拶をする。

 

「明けましておめでとうございます」

「ああ、ところでお前のインターンだが──」

 

『相澤先生、至急、職員室までお越しください。繰り返します──』

 

「朝からなんだってんだ」

「えっと、先に行ってます」

「ああ」

 

八百万とともに相澤先生を見送った。朝の用事とは別件っぽい反応だったが、なんにせよオレのインターンに突っ込まれずに済んだ。もしインターンに単位が発生するとするならば、必修科目として扱われるはずだ……。

オレのインターン経験って相澤先生が担当した死穢八斎會だけだから、事務所を経由した正式なものじゃない。単位不足だったら留年、転科、補講、赤点……。やだやだ。

 

 

「わーたーがーしー機だ!」

 

グラウンド《アルファ》へ向かう途中、オールマイトが小型の綿菓子機をもってわたあめを作っていた。

 

「オールマイト、明けましておめでとうございます。この前はありがとうございました」

「ああ、こちらこそ大層なお歳暮ありがとうございますってそうじゃなくて! ほら! これ! わーたーしーがー来た! わーたーがーし機だ!」

「ああ、ええ、そうですね」

「……えっと……じゃあ……あげるよ」

 

オールマイトからわたあめをもらった。昼は食べたんだが、甘いものは別腹よな。

葉隠と分け合っていると、上鳴が相澤先生の不在についてオールマイトに質問を投げかける。いつもならこんなふざけた場面見かけたら怒髪天を衝くが如しだ。

さっきの呼び出し放送で遅れているだけかと思ったが、どうやら急用のため欠席らしい。今日はオールマイトだけで授業続行らしい。

 

とは言え、今日のヒーロー基礎学は飯田曰く報告会だ。コスチューム着てなにをするのかと思っていたら、グラウンドには懐かしの入試ロボットが大量に用意されていた。

さすがに『0』ポイントはいないようだが、『1』『2』『3』は目に入る数だけで百体は超えるだろう。おまけにグラウンド《アルファ》は森を再現している。ここで授業を行うということは、森の中から襲われることもあるだろう。

 

「ただ頭突き合わせて報告っていうのも味気ないだろう? 少年少女の成長をしっかりと見せてもらおうかなと思ってね」

 

クラスメイトにわたあめを配るオールマイトがそのように告げる。

実戦的だなぁ、まあオレは葉隠と一緒にグラウンドの隅っこにでも隠れているよ。

 

──そう、思っていた時代もありました。

 

「よっしゃー! オッケー青山くん!」

 

青山の新技《ネビルセーバー》を支えるように葉隠が触れたかと思ったら、《ネビルレーザー》が【歪み】ながら集団で襲い掛かるロボットたちを薙ぎ払うことになった。

為したのは葉隠その人である。

いつぞか、葉隠の個性は《光の透過》であると当たりをつけたが、いまのは青山のレーザーを、屈折率を変更して誘導したわけだ。

 

もしこれがポイント制であるならば、いま葉隠は三十ポイントくらい稼いだわけか……。

とはいっても、出力はあくまで青山の個性だ。《ネビルセーバー》とやらは効率が悪いのか、すぐに腹を抑える青山。

その隙を見てロボットたちが襲い掛かってくるも、芦戸の新技《アシッドマン》によって撃退され、ロボットたちがどろどろと溶けていく。

芦戸の《アシッドマン》は全身を酸で覆う恐ろしい技だった。あの状態の彼女には近づきたくないな。

 

見学していたオールマイトやオレたちから拍手で迎えられる青山、芦戸、葉隠のインターン先は具足ヒーローヨロイムシャ。オールマイトと並ぶ大ベテランだ。

ヴィラン退治は正確無比の作戦でもって制圧するという話だが、その展開の早さに対応するために味方の攻撃ですら利用する強かさを身に着けたわけだな。

 

上鳴、瀬呂、峰田は、それぞれの個性を一点に纏めることで一度に大量のロボットを戦闘不能にする、強力な制圧力を見せつけてきた。《テープ》に《もぎもぎ》をつけて、最後は上鳴の電撃攻撃。大技の範囲攻撃であるため使える場面は限られるだろうが、上鳴の個性の無駄打ちを避ける目的もあり、十分にチームアップの強みを見せてくれた。

 

協力攻撃とは言わずとも、それ以外のみんなもそれぞれが個性に寄らない強みを仕上げているような気がする。一年の始めのころの彼らと、いまの彼らが戦えば、万に一つも負けることはないだろう。

 

一転、オレは──。

 

「おお! 捕縛布!」

 

ロボットの左右の手に捕縛布を巻き付け、動きを封じる。

 

「やれー! カルマー!」

 

声援を受けながら、ロボットに引き寄せられ地面に叩きつけられた。勢いは殺さず、捕縛布を起点に態勢を立て直すのだが、しゃがんだ格好のまま土埃を舞い上げながら引きずられる。

三本を繋ぎ合わせた捕縛布を飛ばし下半身の履帯へと巻き込ませるが、不発かな。出力は下がったかもしれないが、誤差だ。

地面を引きずられながら、捕縛布をオレの身体へと無理やり巻きつけ、ロボットとの距離を縮める。

そして、方向転換のタイミングを見計らってロボットへと組みついた。

 

ロボットとは言っても、試験用の安い素材で作られているものだ。オレの体重でもロボットの体幹が歪んだのがわかった。

そして、身体に巻き付けた捕縛布でロボットの首を括る。

 

呼吸しているわけでも、脳に血液が循環しているわけでもないため、首を絞めても意味はない。だが、ボディのフレームが五十キロ程度を支えきれないのだ。捕縛布を握り締めながら飛びのくと、首の関節に捕縛布が引っ掛かり、そしてそこから関節が折れた。

 

いつか検証した通りこのロボットの動力は頭にある。動力源からの供給が絶たれ、ロボットは一瞬で動かなくなる。

 

安心し、地面へ腰を下ろしていた。

いつから呼吸をしていなかったのだろう、思い出したように荒い呼吸に切り替わった。汗が滝のように流れていく。

 

周囲からオレを褒めるような歓声が聞こえてきた。

応えられるわけがない。

 

オレが倒したロボットは──『1』だ。

策を練り、勝ち筋を探し、急所を狙った。

 

これが、いまのオレだった。

泣き出さないことが、オレの限界だった。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 

その日の夜は、久々みんな揃っての食事ということで、鍋にしようという話になった。

面白いのは八百万。彼女は、鍋という概念をよく理解していなかった。

 

「それでは、お鍋という料理法ではいろんな食材を入れて、その複雑な味わいを楽しむということですのね!」

 

楽しそうにキッチンから紅茶葉を持ってきた彼女に、闇鍋というイメージを彷彿とさせられる……。

 

とりあえず八百万が余計なことをする前に、鍋の準備が完了して良かったよ。

オールマイトとともにどこかに行っていた爆豪と緑谷も戻ってきたし、鍋はすでに煮込み終わって温め直すだけだ。追加の具材も大量に準備済み。一人一鍋くらいは食えるだろ。はあー、お腹すいた。

 

「オレンジジュースの人ー!」

「烏龍茶ー!」

「あとでB組も合流するんだよね?」

「柳がホラー映画持ってくるって気合入れたてたよ」

「なんでよ……」

 

葉隠から飲み物を受け取り席へ着く。

久々の団らんで楽しくなっている様子の八百万が、笑顔で音頭を取り始めた。

 

「それでは、『インターン意見交換会』兼、ええと『始業一発気合入魂お鍋パーティーだぜ会』を始めましょう! 乾杯ー!」

 

両隣に座った芦戸と八百万とだけ乾杯する。テンション上がりすぎた芦戸が大股開いて仰け反ったため、慌てて支えた。パンツ見えるぞと梅雨ちゃんと一緒に注意しておく。

 

「エッチ! エッチだな策束はー!」

「酔っぱらってる?」

 

ツッコミを入れながら八百万のために鍋をよそっていると、葉隠の袖が鍋へと伸びた。

 

「それね、まだ火ぃ通ってないよ! グヒヒヒヒー」

「酔っぱらってる?」

 

だれか酒入れた?

 

自分の分をよそって、肉団子を噛みしめる。めちゃくちゃ熱いが、それでいい。八百万など舌を庇うように食べていたが、まだまだ鍋を食べる姿勢にはなっていないようだな。

切島と同じタイミングで唸ると、周囲から笑われてしまった。

 

「暖かくなったら、ウチらもう二年生だねー」

「あっという間ね……」

「怒涛だったわ」

「後輩できちゃうねー」

「ヒーロー科部活無理だから、あんま絡みないんじゃね?」

 

オレたちだって二年生との絡みなんてほとんどないし。

 

「有望な子来ちゃうな! やだー!」

「キミたち! まだあと三か月残ってるぞ! 期末が残ってることも忘れずに」

「「やめろ飯田! 鍋が不味くなる!」」

 

峰田ともども話題を変えさせていただく。こっちなんて『1』点だぜ『1』点! 赤点必至じゃん!

 

「味は変わんねぇぞ……」

「お、お前もうそれ! 天然とかじゃなくね!?」

「皮肉でしょ。期末慌ててんのーって」

 

轟は天然発言だと思うんだが、こちらをからかうように笑う耳郎と目が合えば、そんなことどうだって良いやという気分にさせられる。

……でも本当に期末どうしよう。せめて八百万と組めれば良いけど。あ、B組のだれかとペアを組んで~とかありそう。え、だれと組んでも赤点とりそう、謝る練習しておこう。

 

 

鍋を囲んで談笑すること三十分。B組ははやめに食事が終わったのか、寮のドアを叩いた。

 

「うわめちゃくちゃ良い香りー。腹減るー」

「さっき食べたでしょう鎌切。策束、これ見よう」

 

鍋の締めに作った卵雑炊を掻っ込んでいると、柳が映像ディスクに入ったホラー映画をオレに見せつけてきた。有言実行の女性である。

 

「策束さん、ありがとうございました」

 

ん、塩崎?

あんまり絡みはないが、お礼を言われるようなことした記憶はない。林間合宿のことは、結構前に感謝されていたし、今更だよな。

 

「マウントレディを紹介してもらって、私たちB組は全員インターンに参加できましたから。それも、日本最高峰のヒーローたちに教わっております」

 

そうか、全然いいよ。それよりオレがインターン未経験なんですけど、どこか紹介していただけませんかね?

まあ、それを言うのは憚られるけど。それにしてもオレが紹介したのは三人分だけだと弁明するも、なんでもマウントレディがインターン先に心当たりがあるということで、デステゴロをはじめ、いろんなヒーローをB組に口利きしたということらしい。

 

彼女はコスチュームの問題があり、高校はヒーロー科に進学しなかったという。四年大学のヒーロー科を卒業している。あの個性で高校三年間なにもしなかったとはあまり考えられないし、下積みということでもオレたちの比ではないのかもしれない。

 

こちらとしても盲点で、まだマウントレディに声かけてなかった。遠慮してしまっていたが、いまからでも大丈夫だろうか。

それは置いといても、塩崎は元々体育祭でシンリンカムイの事務所へ職場体験に行っていたというし、もしかしたら余計なお節介だったかな。

 

「いえ、私はそういう交渉事が苦手ですから……。お役に立てず申し訳なく思っていたところにマウントレディからの誘いがあったもので、本当に感謝しております」

「それは無駄にならずに良かったよ。ラーカーズには塩崎と黒色と小森だっけ?」

 

上鳴たちに確認すると、肯定とともに捕捉説明を受けた。B組の三人でも協力技を生み出しているらしいので、今後の授業ではより一層注意が必要だな。

尾白は回原と仲良さそう談笑している。同じインターン先か、良いなぁ。同じ理由で取蔭と八百万も楽しそうに話し始めていた。

 

隙を逃さず。

親友を奪われて寂しそうな耳郎へと声をかけに行こうと、立ち上がった瞬間だった。

 

A組B組問わず、何人かの携帯端末に通話が入る。呼び出し画面を見た面子は明らかに緊張するように顔を強張らせた。

 

一斉に通話に出る学友たち。耳郎が障子に向けて近づくように指示を出し始めた。彼女たちだけではなく、インターン先が被っている面子は総じてグループになって輪を作っていく。

 

通話していないと思って近づいた飯田ですらたったいま連絡が届いたようで、緊張した様子のまま通話に出る。

相手は、マニュアルさんか。

 

「策束くん、テレビを点けてよ」

 

携帯端末を耳に当てる物間に指示され、テレビを点ける。笑みはない、真剣だ。

バラエティ、バラエティ、映画、ドラマ、ニュース、ニュース……。はて、ラインナップに違和感はないよなとザッピングしていると、ニュース速報が字幕として流れてきた。

 

『北ヨーロッパで起こった爆発事故が無差別テロの可能性の恐れあり』

 

その速報を確認した面々は、インターンごとに集まって話し合いとなった。

 

いったいなんだこの疎外感は……。

部屋の端っこで携帯端末とにらめっこをしていると、数時間前に北ヨーロッパで爆発事故が起こったのだと、飯田が教えてくれた。マニュアルさんが《HN》で集めた情報だという。そのマニュアルさんは飯田に待機を命じている。全員がインターン先に向かうのかと思ったが、飯田と同じように待機するメンバーは数人いたようだ。

取り残されているという劣等感から、視野があまりにも狭くなっている。落ち着け、落ち着け。

 

なら、オレもやれることをしよう。

自室に戻って【手駒】に連絡をつける。

 

「ラブラバ調べてほしい」

『ヒューマライズのことでしょ? いまヒーローネットワークでも大盛り上がりね』

 

……ハッキングしてます? い、いや、まあ、我が社は清濁併せ呑むことをモットーにしているから。

しかしヒューマライズ? なんでヒューマライズの名前が出てくるんだ。

テロの実行犯がヒューマライズ? なんで?

 

『さぁね。ネットに上がってた映像送っといたから見るといいわよ』

 

上がってたって、オレが閲覧した箇所には一切なかったんですけど……。

頼もしさに同居する不安な気持ちが膨れ上がってくる。おかしい、彼女はジェントルのおまけだったはずなのに。

 

ラブラバから送られてきた動画は、海外サーバーの動画だった。

ビルの屋上から、街の一部を映した定点観測カメラ。

日本とたいして変わらない平和でのどかな街が映されている。都会だ……爆発ってこの街が標的にされたのかよ。

最初の数分は、行きかう車と歩行者しか見えなかった。

 

そして、唐突に【それ】は来た。

 

『空中散布の範囲はおよそ半径二キロだったそうよ……』

 

マンホールの蓋を跳ねのけ、深緑色の不気味な煙が舞い上がる。地下下水道に仕込まれていたのか、最初のマンホールを中心にして次々とマンホールから煙が上がっていった。

 

『薬品名はイディオトリガー。個性因子誘発剤ね。そこから、ひどいことになるわよ』

 

街は一瞬でパニックとなった。煙に巻かれ逃げ出そうとするも、このカメラは中心を映している。そこから数分もしないうちに、ほとんどの人が動けずに蹲ってしまう。煙による呼吸困難ではない。

 

『ガスの発生装置は、地下鉄だったらしいわ。地上もそうだけど、駅構内にも充満したせいで、死者は神野区の比ではなさそうね……』

 

カメラに映る人は豆粒のような大きさだ。それでも、彼らの身体に起こる変化は、確認することができてしまった。

 

翼が展開され、燃え上がり、風を纏い、消えていく人々。

個性の暴走ですらない。

許容量以上の個性因子に浸食され、身体が壊れているのだ。

 

最後は、一人の通行人の身体の身体中からレーザーが放射され、映像が途切れることになった。

……なんだ、これは。

 

『生存者の話から、ヒューマライズの関与が決定したらしいわ』

 

この状況で生き延びたのか、幸運な人だ……──いや、クソ、心当たりがある。

 

『無個性の男性。そして、接触してきたヒューマライズの女性に助けられたという話よ』

 

チクショウ、なにがラッキーだ。

 

《個性終末論》はなにもヒューマライズだけが抱えるものではない。個性による犯罪を危惧する者は、皆一様に抱えているだろう。

だからって個性因子を暴走させて身体をぶっ壊すなど、頭が悪いにもほどがある。思想団体が聞いて呆れる。終末論? 語るなら目的論を使え。

 

「間の悪いやつら……」

『え?』

 

おっと、また独り言だ。

いまごろスターアンドストライプたちは、オレと父の顔を思い出してくれていることだろう。文句の電話がきたらどうしてくれる。

 

『ヒューマライズ本部はオセオン国って西ヨーロッパよ』

「近々声明があるだろうな。アメリカの支部には、もうスターがちょっかいをかけているはずだ」

『早いわね? さすがナンバーワン』

 

そりゃあテロが起こる一週間前の出来事ですから。

 

「それより三馬鹿はどうしてる? ちょっとお願いが──」

『待って!』

 

ラブラバの叫び声が通話口から響いて、すぐに通話が切れた。

──うそ、だろ? まさか本当に無個性を狙いにヒューマライズが?

 

あまりの唐突さに思考が停まった。

通話時間を映し出す携帯端末を握り締めながら、ラブラバの身になにがあったのかを思案する。ヒーローに連絡か、いや、飯田と相澤先生を連れて向かうべきか。オレの悪事がバレるかもしれないが、知ったことか。しかし、ジェントルと元ヤクザと元ヒーローだ、並みのヴィランなら撃退可能だと思うのだが。

 

ピロン。

 

馬鹿みたいに突っ立っていたせいでスリープモードになった携帯端末に、光が戻ってきた。

通知だ。動画が送られてきたようだ。

……送り主はラブラバ本人。……本人、だよな。

 

四肢の先の冷たさに自然と喉が鳴った。

震える指先で動画を再生させる。

 

「──うそだろ……」

 

水が滴る髪。白い肌。細身の裸体が中央に収まっている動画だった。

 

『ラブラバー、すまないがタオルが無くて』

『まかせて、タオルを持ってくればいいのね!』

『いやぁ、私としたことが。タオルは補充したつもりだったんだがね』

『まあそうなの? 不思議なこともあるものね! 持って来たわジェントル!』

 

ラブラバの声は、脱衣所の外から聞こえてくる。

盗撮だこれ!!

 

脱衣所の扉を必死で抑えるジェントルに対して、動画では扉がガタガタと音を立てて揺れている。

次の瞬間にジェントルの悲鳴が聞こえてきたところで、携帯端末の電源を落とした。

 

……さて、被害状況の確認をしようかな。

 

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