【完結】無個性ヒーロー   作:南畑うり

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幕間「ワールドヒーローズミッション」ch.2

 

エンデヴァー事務所にインターン中のデクが、オセオン国でそんな大立ち回りをしているのには理由がある。

 

事の発端は三週間前──。

ヨーロッパ州の都市で、思想団体ヒューマライズがテロを起こしたことを起因している。《個性終末論》を掲げたヒューマライズは、無個性と個性持ちを選別するため、イディオトリガーと呼ばれる薬品を空中散布する新型爆弾《トリガーボム》を作り出した。

その《トリガーボム》の作用により、範囲内にいた人間の多くは個性が暴走し、身体機能と特徴も大幅に異常をきたす結果となった。

負傷者は一万人以上。死者は二千人以上。おまけに、無事であった人々も個性因子の暴走により見た目が不可逆の変化をしているという。

 

ヒーロー公安委員会はヨーロッパの小国オセオンからの応援要請を受け、エンデヴァー事務所の派遣を決定。そこでインターンをしていたショート、バクゴー、デクも旅の一団に正式に加わっている。

 

日本から約十五時間、半日を超える飛行機の旅だった。

紆余曲折はあったものの(主に飛行機の席順で)一昨日無事に到着。昨晩はオセオン国のヒーローとともにヒューマライズ本部へと夜間突入。

 

しかし、ヒューマライズ創立者フレクト・ターンは本部にはいなかった。それどころか、世界二十五か所にあるヒューマライズ支部でも作戦は不発。

結局、ほぼ無個性で構成されたヒューマライズ本部のメンバーを逮捕するに留まる。

 

ヒーロー公安委員会は捜査の継続を指示。

それもそのはず、フレクト・ターンが公開した声明文では《トリガーボム》の存在を匂わせている。いまは世界中のヒーローが手を取り合って《トリガーボム》及びフレクト・ターンの捜索に全力を注いでいる──はずなのだが。

 

「馬鹿者!! いまは重要任務中だろ!」

 

オセオンのとあるホテルにて、日本のナンバーワンヒーロー、エンデヴァーの怒声が響き渡っていた。

彼の真正面には、ショートとバクゴー。

買い出しに行かせた学生が宝石強盗と無許可での交戦。おまけにデクを放置して、そのまま帰還だ。デクからの追加連絡もなく、エンデヴァーがさらに吠えることになる。

 

彼の悩みのタネはそれだけではない。

 

『敵は解放軍ヴィラン連合が乗っ取り数十万以上』

 

ヴィラン連合に潜入捜査中のホークスが送ってきた暗号内容。

 

(公安め、作戦の立て直しに時間をかけすぎだ。ホークスもホークスだ、空港で接触したというのに敵の説明どころか俺の席順を勝手に決めよって! 本当なら焦凍と丸一日は隣同士になれたというのに! 父の偉大さを説明できる絶好の機会を──)

 

息子からの尊敬が薄いこと。

轟夏雄という轟家の【次男】とは、腹を割って話せたと思っている。長女冬美から、家族としての役割を与えられ、期待されている。しかし、もっとも父の背中を見て育ったはずの焦凍の態度が、意外なほどこちらを軽視している印象を受けていた。

 

もしかして、夏雄と冬美のために新居を建てることを決定したが、それに焦凍に相談もなく立地を決めてしまったのは良くなかったか。

 

やはりここはテロなど颯爽と解決して、家族と、父の威厳を取り戻さなければならない。

 

ヒーローとしてはベテランだが、父親としての経験値はゼロに近いエンデヴァーができることは、大声で怒鳴りつけることだけ。

言い合いの最中、ショートの携帯端末から着信音が鳴り響いた。

 

──デクからだった。

 

「緑谷、犯人とケースは?」

『警察にいきなり襲われた!』

「なっ!? お前なにをやった」

『わかんないんだ! 事情も話さずにいきなり僕らを撃ってきて、慌てて逃げたら今度はヴィランみたいなやつに攻撃を受けて……』

「落ち着け! 起きたことを順番に話せ」

 

彼の話では、宝石強盗が持っていたアタッシュケースを受け取ったのは、同年代くらいの少年。無事に確保したもののケースの中には宝石の類は影も形もなかったという。

 

「──エンデヴァー! 大変よ!」

「緑谷、ちょっと待て。こっちも進展だ」

『え!? そんな!』

 

オセオン国のヒーロー、ボヤンスに呼ばれてホテルで間借りしている会議室に向かうと、モニター内ではニュース速報が映っていた。

 

「は?」

 

バクゴーが気の抜けた声を出す。

 

その場の全員が、あまりの衝撃的なニュースに動けずにいた。ショートがゆっくりと携帯端末に語りかける。

 

「緑谷、本当になにやった……? お前、大量殺人犯として指名手配されたぞ」

『──え……指名手配って、どういうこと……』

「それについてはこっちでも調べる。すぐにその場から離れろ、GPSで追跡される。スマホの電源切ったら、バッテリー抜くのも忘れんな」

 

一息に言い切って、ショートは通話を終了。

すぐにエンデヴァーを見上げると、彼はボヤンスとサイドキックを連れて警察署本庁へ向かうと宣言した。

 

「怠慢がすぎる!! すぐに戻る!!」

 

怒鳴り声を上げながらホテルから出て行ったエンデヴァーを見送って、バクゴーとショートは事件を調べ始める。

するとどうだ、事件の概要がすぐに検索できた。

 

「これ見てもらえますか」

 

オセオンと、他国から来たヒーローに記事を見せる。

『街中で個性を使い暴走』『警察へ恨み』『日本のヒーローの失墜』などなど。頭が痛くなりそうな記事が並んでいた。

 

「……個性の暴走は、まぁあり得なくはないだろうけど」

「キミたちはどう思う?」

「ありえねえっつーの!!」

 

ヒーローの発言にバクゴーが吠えたが、デクは一度、授業中に《黒鞭》が暴走した経歴を持つ。おまけに他国のヒーローとは合流して三日程度。学生の仮免許では、信用されるわけもなかった。

 

「俺もそう思います。大量殺人なんて、もし過失だったとしてもあり得ない」

「とは言っても、あとは警察の間違いに賭けるかい?」

「トリガーボムの影響は?」

「それかアレだねぇ! 陰謀論でも語ってみようか」

 

まあ誤解でしょうと慰めるヒーローたちは、本来の任務のための準備を再開。ショートは携帯端末を睨みつけた。

そして、一人のクラスメイトへと電話をかける。

 

「策束! 知恵を貸してくれ」

『なに? 悪知恵で良いの?』

 

会議室のテーブルに、スピーカー状態にした携帯端末が放り投げられる。このときばかりはバクゴーも協力し、策束の携帯端末に記事のサイトを送り付けていた。

 

「緑谷が大量殺人で指名手配された。どうなってんだこれは」

『はぁ!? ち、ちょっと待て……え? なに? エンデヴァーは?』

「親父は警察に話聞きに行った」

『あれだよな、ヒューマライズを潰すって話での出向だよな。警察の正式発表かよ。……うーん、直感で話すけど良いか?』

「もったいぶんじゃねぇ! さっさと話しやがれクソワイリー!」

『警察の秘密裡の作戦じゃあないんだったら、ヒューマライズはオセオンが当たりかもね。本部もあるんだろ?』

「ああ、でもフレクト・ターンは不在だったぞ。たぶんここにはいねぇ」

 

デクの大量殺人のニュースに、ヒューマライズが控えている? 直結しない発言に、二人は眉をひそめていぶかしんだ。

 

『まあちょっと事情話してくれよ。こっちは最近入れた検索エンジンが強くてさ、多少力になれると思う』

 

ショートはクラスメイトに、今日あった出来事を時系列通りに話し始めた。もっとも話す内容はそれほど多くはない。

それを聞き終えた策束は、ゆっくりと息を吐く。

 

『とりあえず記事は捏造だね。いまからIPアドレス追ってもらうけど、そもそも緑谷と分かれてから三十分で書ける記事の情報量じゃあない。緊急指名手配もそう。警官十二名殺害? 普通隠したいだろそんなの。緑谷を犯人にしてヒーローから隔離したい。……警官か、裁判官か、はたまた両方かな。裏になにかいるぜ』

「それでヒューマライズか」

『時期が時期だし、安直だけどそう思う。まったくべつの罠に引っかかった可能性も──』

「ねぇよ!! ヒューマライズに決まってんだろうが!」

「……俺もそう思う」

『だな。まあ日本からじゃあなんもできない。【準備】はしておくけど。アタッシュケースの中身は? 宝石はどこ行ったの? あと死体の損傷をエンデヴァーに見てもらってくれ。それだけで緑谷が殺してないって証拠になるだろ。つーか素直に出頭させろよ、お前らで護衛してさ。裁判官が抱き込まれてなければなんとかなるだろ』

 

たぶんな、と軽い口調の策束とは、二、三言話して通話を終了させた。

ショートとバクゴーが目を合わせる。

 

「俺ァはヴィランの様子を警察署に見に行く。俺が捕まえたんだ、文句は言わせねぇ!」

「ならこっちは宝石の行方か。どうやって探すべきだ? 警察に聞いても教えてくれねぇだろうし……」

「知るか! 探せ!!」

 

二人は揃って会議室から出ると、扉を強く閉めた。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 

河に飛び降りたデクとロディが流れ着いたのは、オセオン都心からだいぶ離れた田舎町だった。時期が時期なので低体温症もロディには見られたが、いまはすっかり元気になって吠えている。

 

「どういうことなんだよ! あんたが人殺しで、俺がその共犯者!? いつの間に仲間になったんだよ説明しろよ!」

 

ロディに言い寄られたデクは、さきほど見かけた巡回パトカーを思い出し俯いてしまう。

警察の射撃は本気のものだった。裏通りでも容赦のない追走をされたのは記憶に新しい。

仲間殺しを自らの手で葬り去りたいというものであるならば、それはいったいどこからもたらされた情報なのか。

 

「僕にもわからないんだ。どうしてこんなことに──」

 

(ロディは実名報道されていない。なら狙いは僕? いったいだれが……。いや、いったいだれが死んだんだ? 十二名の警察官を殺した? どこで、どんな風に──)

 

すぐに思い出したのは、鉄橋で追尾の矢を撃ってきたヴィラン。オセオン市内の噴水公園からこちらを狙ってきていた人物を、デクはフルカウル状態で視認できていた。

 

「ああ……終わった」

 

デクが思考を加速させようとしたとき、ロディはフラフラとへたり込んでしまった。

 

「俺の人生いまでもどん底なのに、さらに落ちてどうすんだ……最悪だっ。それもこれもっ! 全部お前のせいだ! なんとかしろよヒーローだろ!」

 

ピノもロディの味方をするように、甲高い鳴き声を上げながら視線を逸らすデクの周りを飛び回る。

──まだどんな状況かはわからないが、ロディには説明が必要だと判断し、デクは一つ一つ説明することにした。

 

「警察は問答無用で発砲してきて、ヴィランまで襲ってきた。それは、僕らの生死は問わないということ。つまり、彼らの目的は僕らではなく──」

「──こいつか!!」

 

ロディは抱えていたアタッシュケースを乱雑に開く。ケースが開いた反動でいくつか落ちたが、それがどうした。ロディは逆さにひっくり返し、中身を全部地面に並べた。

 

ケースの中身は、大雑把に八点。ファイルケースが二冊、ドキュメントケースが一冊、手帳が二冊、筆箱、シガーケース、財布。

ファイルの中身はドイツ語で、デクにもロディにも読むことはできなかった。図形の多さから研究者だとは予想がついたが、ケース一つに対して数ページ分だ。歯抜けが多すぎて、専門職がファイルを読んでも理解しきれないだろうことも想像できてしまった。

 

「ダメだ。事件性がありそうなものはなにも……ってなにしてんの!」

 

荷物を睨みつけていたロディが、唸りながらすべてケースへと戻した。

 

「狙われてんのはケースだろ? だったら、こいつを渡せば一件落着なんじゃね? おおそうだよ、簡単なことじゃないか」

 

名案、というには、ロディの冷や汗は多い。それに致命的な欠点もある。

デクは真っ直ぐに彼の意見を否定した。

 

「相手がケースに隠されている秘密を知った僕らの口封じを──」

「……待て待て待て! そうネガティブな方向に考えるなよ! おおそうだ! ケースを燃やそう。で、燃えちゃったーって言おう」

「結果が変わってないよ」

「……ならいっそ、警察に言おうぜ」

 

晴天の霹靂だった。名案ではないかとすらデクは思っていた。

さきほどは問答無用と口にしたが、抵抗の素振りすら見せぬ相手を警察官が一方的に撃つとは思えないし、そう信じたい。言われてみればたしかに最初のコネクションさえうまく作れれば──

 

「ケースが欲しければ! 百万ユール持ってこい! ってなぁ!」

「それ本当の犯罪だよ!……やけを起こしちゃダメだ」

 

最後の作戦までヒーローに砕かれ、ロディはもう一度へたり込んだ。

震える声でデクに語り掛ける。

 

「なあ、やっぱケース渡そうぜ……。命まで取られないって、考えすぎだってぇ」

「……このケースがなにかの犯罪に繋がっているなら、簡単に渡すわけにはいかない」

 

その【ヒーローのような】言葉に、ロディはいきり立った。

 

(簡単に? そう見える状況か!? ケースの問題解決したって! 警察やヴィランから逃げられたって、俺はもう仕事失敗した身なんだよ! 百万ユールだって、埋め合わせにしかなんねぇよ!)

 

「あんたの正義感に俺を巻き込むなよ!」

「僕たち二人、もう巻き込まれてる」

「──え」

 

(俺は、ただ、ケースを間違えて拾っただけで──)

 

「命を狙われたんだ。なぜこんなことになったのか、それがわからない限り無暗に動くのは危険だよ」

「……じゃあ、どうすんだよ」

 

期待はしていなかった。このヒーローはさきほどから意見は出さず、ロディの案の穴をつつくばかりである。

それに、こちらの事情も話していない。ヒーローにマフィアから守ってくれと伝えたら守ってくれるのか? 答えはノーだ。

ヒーローは、市民しか守らない。

スラムで暮らすような人間は、オセオン市民として勘定されていないのだ。

 

だから、このヒーローに聞いたのは、すこしでも穴があれば八つ当たりとして散々突いてやろうと思ったからだ。

 

なのに──

 

「──逃げよう」

 

期待を大きく下回ることを言い始めた。

 

「どんな事情があるにせよ、警察と争うわけにはいかない。僕らが追われているのはオセオン警察。国境を越え、隣国のクレイドに逃げ込めば彼らは手出しできなくなるはず。包囲される前にここを急いで離れよう」

「……ヴィランは? ヴィランが追いかけてきたらどうすんだよ」

「そのときは、必ず僕がキミを守るよ」

 

(もしかしたら、こいつはヒーローじゃないのかもしれない)

 

そう思うくらいには、ロディの中で【ヒーロー】というものに信用度はなかった。家畜に神がいないように、スラムに堕ちるような人間にとってヒーローは救いにはならない。むしろ全部の犯罪をこちらに押し付けてくるようなひどいやつらしかいない。

だからこそ、デクの真っ直ぐな視線に、ロディは反論を諦めた。

 

信じてしまったら、裏切られてしまったときに、きっと心が疲れてしまうから。

 

「いまは逃げることが最善だと思う」

「……ああそうかい、わかったよいいさ! 国境でもどこでも行ってやるよ!」

 

方針は決まったが、デクには知識が足りていなかった。

そしてロディとしても、国境を【越える】つもりなどさらさらない。自分の命よりも優先すべき、守るものがあるからだ。

 

二人は田舎道を辿って、寂れた町に入り込む。スラム街とまでは言わないが、活気はなかった。

デクから金を受け取ってロディは町のブティックで変装用の服を購入。まさかこんなときに服を新調できるとは思わなかった。ロロとララの上着も一緒に買った。その上着をリュックサックの底に敷いてアタッシュケースを詰め込んで隠す。

 

「うわ、ダサ……。おっちゃんこれも」

 

商品にケチを付けられた亭主は、舌打ちしながらも金を受けとった。

ロディはイタズラを思いついた子どものように、指でクロッシュをくるりと回した。

 

「わぁ、そうか帽子! ありがとう!」

 

残念ながらロディの悪意あるファッションセンスは、デクに感謝されることになった。

オーバーオールに女性用のクロッシュ、そしてヒーローコスチュームをしまうショルダーバッグは紐で口を閉める麻袋の安物だ。

 

(ニッポンのヒーロー、デク……。イズクミドリヤねぇ。十二人殺害とか、冗談じゃない、懸賞金かけられるぞ、マフィアにもヴィランにも警察にも狙われちまう)

 

着替え終わったデクは、間抜け面を晒していた。

 

「似合ってるよ」

「え? 本当? ありがとう」

 

デクの普段のファッションを知らぬことが、ロディのイタズラが不発に終わった原因である。

二人はそこからバスで国境付近までの移動を決定した。もっとも、それでもちょっとした言い争いはあったが。

 

「はい無賃乗車。お仲間だねー、ヒーロー」

 

一足先にバスの【屋根】に乗っていたロディが、遅れて着地したデクに笑顔を向けた。デクはその表情に軽い苛立ちを感じながら、バスの開いている窓からフルカウル状態でコインを放つ。曲芸のように運賃箱へ入ったコインを見届け、デクはロディにピースした。

 

「二人分。先払い」

「屋根の上に乗るのはセーフ?」

「……ダメだね」

 

それを言い出せば、警察から逃げて国境を越えようとしている二人の行動もまた、往々にしてアウトではあるのだが、それを切り出す倫理観のある人間はこの場にはいなかった。

 

自身の犯罪行為に落ち込んだのも束の間、デクは携帯端末にバッテリーを入れ直し、電源を付ける。

 

「おい、良いのかよ」

「最低限の連絡はしておかないと……」

「──ああ……うん、だよ、な」

 

捜査の手がエンデヴァー事務所に向かないとも限らない。デクはショートに向けた電子メールに暗号を使うことにした。

 

『暗くなったら

『冷蔵庫にある

『イチゴを

『どうぞ。』

 

単純すぎるかもしれないし、理解されないかもしれない。そもそもどれくらい信用されているのか。逃げ出すことは良いことなのか──様々な不安を抱えながら、デクはもう一度バッテリーを外した。

 

(最低限の連絡──)

 

このままバスが終点に着けば、ロディは国境まで連れ出されるのだろうか。

胸元のロケットペンダントを開く。

ロロとララには、いまどうしているだろうか。

 

 

陽も沈みかけたバス停で、デクは周囲の様子を窺った。途中携帯端末を使用したが、終点に警察が押しかけて先回りされているという最悪の事態は避けられたらしい。

 

「なあ、ちょっと電話してきてもいいだろ?」

 

そんな様子を見ながら、ロディはデクに許可を取ってオセオンの端の町を駆ける。やはりそこもひと気はない寂れた町だった。

 

(スラムと大して変わんねーな……)

 

この町で家族と暮らせば、すこしは平和に過ごせるだろう。だが結局仕事がない。スラムはその点、人だけは多いから、探せばロロやララでもこなせる仕事があるだろう。安全を取るか、金を取るか……。

 

それにこの町はスラムと違って金さえあれば電話も掛けられる。

ロディは公衆電話を見つけると、ゆっくりと息を吐いてから懇意にしている店へ電話を掛けた。

 

『はいスタンリーク』

「あっ、おっちゃん!」

『ん? ロディかっ!?』

 

急に小さくなるスタンリークの声に、ロディは背中に流れる冷や汗を感じながら、用件を話す。

 

「いきなりでワリィんだけど、俺の家に行って弟と妹にしばらく帰れないって伝えてくんないかな? 金はあとで払うからさ」

『馬鹿野郎!!』

「いっ!?」

 

耳鳴りがするほどの声量に、思わず受話器を話していた。打って変わってボソボソとした声が受話器から聞こえてくる。

 

『テメェにそんなことしてやる義理はねぇ。それよりブツが届いてねぇってクレームが来たぞ』

「いやそれは──」

『言い訳すんじゃねぇ』

「違うんだよ──」

『死にたくなきゃとっとろブツを届けろ! いいな!』

 

通話が切れた電子音に向けて、ロディはぽつりと言い返す

 

「ブツなんてねーよ……」

 

もしここにロロとララが入れば、ロディは喜んでクレイドまで赴いただろう。

マフィアに目を付けられたらお終いだ。面子をなによりも大切にしている。仕事の失敗のケジメはロディの命で、損失分はロロとララで──なんて、簡単に想像できてしまう。

 

「クソっ!!」

 

受話器を叩きつけると、釣銭が落ちる音が響いた。そして、デクの声もだ。

 

「どうかしたの?」

「──いや、なんでもねーよ」

 

ロディの嘘が、また一つ加わった。

ピノは、ずっと姿を隠していた。

 

そこからの移動だが、国境の町を越えようとして、デクは自身の失態に気づく。

たしかにここは国境から一番近い町ではあるが、国境を超えるための町ではなかったのだ。

 

一番国境を越えるにふさわしい移動手段は、なんとオセオン市内から通じる鉄道である。つまり、ヴィランによって叩き落されたあの鉄道であれば、クレイドのみならず周囲の国境は越えられた。そしてこの町に駅はない。

 

オセオンを中心とした小国は欧州連合の加盟国のため、『人の移動の自由』がある。関税はあるが、検問はないのだ。もっとも、いまは日本から来た大量殺人鬼のせいでひりついた検問が実施されているが、それはデクの知らぬところである。

 

つまるところ、彼が握りしめた観光客向けの『オセオンマップ』にはクレイドへの密入国の仕方の記載はあったが、デクが得た知識は車で三時間移動するように、というものだけだった。

 

「どこかで乗り物を調達するか、それとも歩いて行くか……」

 

ランタンの電光に照らされたデクは、そのように結論を出す。

 

「は? 歩く?」

 

すっかり陽も沈み、ヒッチハイクできるほどの交通量もない。

にっちもさっちもいかないと、二人は郊外にある潰れた肥育牛舎で一晩明かすことにした。それについて不満はなかった。家で兄の帰りを待つ家族のことを思えば眠れそうもなかったが、枯れた干し草は年数が経っても暖かく、寝心地も悪くなかった。

 

だが、この場所から歩いてクレイドにまで向かうと言うのなら、文句しかない。

 

「無理だろ、何キロあると思ってんだよ」

「疲れたなら僕がおぶっていくよ」

「え?」

「困ってる人を助ける。そのための力だから」

 

胡乱な視線をデクに浴びせながらロディは鼻で笑う。藁の上に寝転がって、あまり効果がないと分かっていても、皮肉を言うことにした。

 

「俺、もう困ってっから、とっとと助けてくんない?」

「うん、絶対に助けるよ」

 

ロディはページを捲る音を聞きながら、覚悟を決める。

 

(こいつはヒーローだ。本気で俺をおぶってでも、犯罪に立ち向かうつもりだ。……そりゃあ俺だって犯罪は好きじゃねぇさ、だけど、目の前に財布落ちてたら盗るだろ、しかたねーじゃん、遊ぶ金なんか要らねぇ。生きるためだ、生きるためならなんでもする。俺だって、家族と一緒にいられるなら……俺は──)

 

ケースを守るように休むピノは、ロディとは対照的にデクを見つめていた。

 

ひと眠りしてから、ロディはゆっくりと目を開けた。

さすがのヒーローもこの時間では熟睡中だ。

 

後ろ髪を引かれる思いでアタッシュケースを抜き取ると、ケースの上に手を置いていたデクが一瞬だけ反応する。

 

(……悪いな。犯罪なんて、日常茶飯事なんだよ)

 

デクの寝顔を見ながら後ろ歩きをしていたロディを咎めたのは、ピノだった。こちらの心情など知ったことかとばかりに鳴き出すピノと、平和を守るヒーローを置き去りにし、ロディは走り出した。

幸いなことに、電話ボックスは牛舎の近くにある。夕方に通りがかったとき、電気がついていたから記憶に残っていた。

 

ロディは小銭を入れると、警察へと電話を掛けた。

内容は多くない。

 

殺人鬼に連れまわされている。犯罪に巻き込まれただけで、共犯者ではない。犯人から奪ったケースを持っている。助けてほしい。場所は──。

 

受話器を置いた瞬間に、不思議と心が重くなった。

 

すぐにその場から離れ、崩れた塀を椅子に見立てて座り警察を待つ。

道路沿いではあるが、パトカーがぞろぞろとやってくるのだろうか。そんなことを想像しつつ、月明かりを頼りにロケットペンダントの家族写真を見る。

 

(待ってろよ、すぐに帰るから。そしたらこんな国離れて、全部忘れて、家族、一緒に──)

 

不意に、ヘリコプターのプロペラ音が聞こえてロディは立ち上がった。通話を終えて二十分と経っていない。おそらく、デクがショートに向けてメールを送ったタイミングで、ある程度の目星は付けられてしまっていたのだろう。

 

ヘリのサーチライトに照らされながら、ロディは挙げた両手を動かしながら存在をアピールする。

着陸したヘリのローラーが徐々に回転を緩めると、一人の男が降りてきた。光に照らされたロディからはシルエットしか見えないが──自身の選択が間違っていたのではないか、そんな不安が湧いてきた。

 

「警察の人かい?」

「……ケースを渡せ」

 

ヴィランだろうことは間違いなく、ロディは自身への失望感に息を漏らしながらも、男に向けてケースを投げつけた。

 

「これで、俺は自由ってことでいいんだよな……」

「仲間はどこだ?」

「え?」

 

(仲間? いや、違う、いやだ、違う──)

 

「お前もそいつも知ってるんだろう?」

 

歌うように近づく男の左袖が爆ぜた。次いで右袖。手の形が【変化】してアタッシュケースが地面に転がる。

 

「このケースの秘密をな!!」

 

最後には、身体全身が三倍ほどに巨大化したヴィランがそこにいた。ミノタウロスのような禍々しい角と肉体、そして両手は巨大なメイスへと変貌している。

メイスを振り上げられた迫力に、ロディは逃げようと足をもつれさせ、情けなく尻餅をつく。

 

「弟と妹が待ってるんだ! 頼むよぉ……」

 

警察が来ないことは想定していた。ヴィランであることも許容していた。

あのヒーローを裏切ったのは、我が身可愛さではない。

 

ただ一点、家族と一緒にいるためだ。

 

「帰らせてくれよぉ!!」

 

──その本心を聞き入れたのは、ヴィランではなかった。

 

ロディが懇願し地面に伏せたと同時に、吹き飛ばされてしまう。ヴィランの攻撃かとも思ったが、身体は痛みを訴えていない。

 

それは、突風だ。

 

空高く跳躍したデクが、ヴィランに襲われるロディを目視し《エアフォース》を放った。コスチュームのサポートもないそれはヴィランの【金棒】で難なく防がれたが、注意をロディからデクへと向けることに成功。

続けざまにシュートスタイルでの攻撃に移る。

 

フルカウル状態──十五パーセント。

雄英高校入学から約十か月。緑谷出久は《ワン・フォー・オール》のフルカウルの最低値をその数字に定めていた。もっとも、瞬発的であれば四十パーセントの出力も可能であるいまのデクにとって心もとない数字でもある。

しかし、ヘリの中にもう一人のヴィランがいることには気づいていたため、様子見せざるを得なかった。

 

常人の三倍近い巨躯と衝突するも、インゲニウム仕込みの蹴りと《ワン・フォー・オール》は、その程度では止められない。

ヴィランは大きく吹き飛ばされ、ヘリのコクピットを破壊するように叩きつけられた。

 

(構えてる! あの弓のヴィラン!)

 

ヴィランの巨体が遮蔽物になって視にくいが、左手に弓を構えた女性のヴィランが潰れたヘリから踊り出た。

狙いはアタッシュケースか、それを抱きかかえるロディか。

 

デクはロディに駆け寄った。彼はそれを攻撃と判断したようで、ひどく怯えた表情が強く記憶に残るも、たとえ守るべき者に誤解されようとも、デクの行動に一切の迷いはない。

 

ヴィランの矢の個性は不明だが、間違いなく『追尾性能』の特性を備えている。

デクは真っ直ぐにロディとヴィランの間に割って入り、すこしでも自身の被弾が増えるようにと両手を広げ、初撃を胴体で受けた。

 

自ら矢を受けるための行動を見てヴィランが二の矢を構える。

 

(──舌打ち? 僕がロディを隠したから? それとも、【肉】に刺さったら個性の影響が無くなる?)

 

服を貫通した矢は、間違いなくデクの胴体に突き刺さっている。

電車のガラスを突き破り、鉄の屋根すら貫通する矢だ。至近距離から受けたため、激しい痛みこそあるものの、思考を保てたのは衝撃が【なにか】に吸収されたため。

 

次撃は耐えられない。

 

オールマイトが期末試験のときに見せた、コンクリートを捲り上げるような威力で、蹴りを放つ。威力は申し分ないが、所詮は直撃していない余波のようなものだ。

それでも、ヴィランたちとの間には濃い土煙が舞い上がっている。

 

怯える様子のロディを抱きかかえ、デクは森へと逃げ出した。

 

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