【完結】無個性ヒーロー   作:南畑うり

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幕間「ワールドヒーローズミッション」ch.3

 

方向感覚すら失いそうになる森の中、痛みを堪え走ること数分。デクは車道の塀に身を隠し、右肋骨部分に刺さっていた矢を抜いた。

傷口から溢れた血が地面へと垂れる。

 

「う……ぐっ」

「待ってろ、すぐに薬を調達して──」

「き……傷は、そんなに深くない」

 

デクはオーバーオールの胸ポケットから、砕け割れた携帯端末の部品を取り出した。携帯端末の本体とバッテリーに、ヴィランの矢が突き刺さったことで重傷を回避したらしい。

そうはいってもデクの携帯端末は薄い金属とプラスチック。地面に捨てた矢の先端は血で真っ赤に染まっているし、おそらくは皮膚を越え肉、そして筋肉にまで達しているだろうことは予想がつく。

口調からも、掠り傷程度でないことはロディにも察しがついていたが、デクの妙な気迫で反論は一切できなかった。

 

デクはそんな慌てる様子のロディに笑顔を向けた。コスチュームのポシェットに入っている医療キットで治療をお願いする。

それで、僕はもう元気になるから、と。

 

簡単な応急処置を終え、二人は森の中の洞窟へ隠れ潜むことになった。

あのオークのような巨体のヴィランを一撃で倒したデクをして、弓のヴィランは手ごわいという判断が下されたからだ。

もし闇の中で先手を取られた場合、防戦一方になる可能性が非常に高いらしい。そうなった場合、遠距離から攻撃されたのでは無傷での離脱難しいことは、昼の列車の様子でもわかりきっていた。

 

(足手まといどころか、俺だって裏切り者のヴィランじゃねーかよ……)

 

ふと、なぜこのデクは、自分を守ろうとしたのか、気になってしまった。

彼の傷はやはり深く、それでも、たき火に照らされるデクは、クレイドへのルートを必死に頭に叩き込んでいる最中である。

 

「……どうして庇ったんだよ」

「どうしてって」

 

地図から顔を上げたデクがロディを見ると、彼は視線を大きく外していた。それどころか、立ち上がり外へと向かって歩き出す。

 

「俺はケースを持ち出した。あんたを裏切ったんだ……。俺なんか庇わず、ケース取り返して逃げりゃあ良かったんだよ」

「そんなことできないよ」

 

デクの声は素っ頓狂な声だった。

ロディには理解できないことではあるが、ヒーローは良いことをしなきゃならない、とでも本気で思っているようだ。

理解できないとばかりに強く鼻を鳴らす。

 

「昼間だって、ヴィランが盗んだ宝石を運んでたんだ。あんたらヒーローが嫌いな犯罪者だぜ?」

「困ってる人を放っておけないよ。どうしても助けたいって思っちゃうんだ」

「それで怪我してたら割に合わねーだろ」

 

攻撃的な口調はいつの間にか、忠告めいたものにすり替わっていた。ついさっきまで、ロディは目の前のヒーローに対して、言葉の節々に攻撃的なものを含んでいたはずだ。それは、彼自身が一番自覚していることになる。

理由は──そうすれば、逆上すると思ったからだ。逆上すれば、きっとこの善人のような仮面がはがれ落ち、ロディやスラムの人間がよく知る【ヒーロー】になると思ったからだ。

 

ロディの心境の変化は、デクのクラスメイトからすれば『誑された』と表現すべきものだが、その日本語をロディが知るのは、ずいぶんと先のことになる。

 

ロディは、途端にこの目の前の【ヒーロー】っぽいものがなんなのか、理解できなくなってしまった。

 

洞窟でせり出ている岩へ腰かけ、ヒーローへの解釈を考えるに至る。

デクはそのロディの様子を見ながら、自分の考えを吐露していた。どことなく、彼が歩み寄ってくれた気がしたから。

 

「……ずっと憧れてたんだ。笑顔で人々を助ける、そういうヒーローに成りたくて。オールマイトのように成りたくて──」

「オールマイトって、世界的に有名なあの?」

 

無理だろ、そう軽口を叩こうとしたが、それはデクが否定した。

 

「僕の師匠なんだ」

「マジかよ……」

 

無理じゃないかもしれないなと手の平を返しながら、ロディは薄っすらと笑みを浮かべた。

ヒーローは好きではなかった。【あんなこと】があって以来、憧れとは乖離したままだ。なのに、なんでこのヒーローを受け入れたのか、ロディは自分のことがすこしわかった気がした。

でもそれはきっと、彼が命の恩人だからというわけではないはずだ。

 

「オールマイトみたいになりたい。あんたはその夢を追いかけてヒーローになった。パイロットになりたいなんて寝言、言ってる余裕もねぇ。幼い兄弟を養うだけでいっぱいいっぱいだ」

「ぼ、僕は──」

「なにも言うなよ! 同情なんかされたくねぇ!」

 

ロディはデクを強く睨みつけた。

憎悪ではない、嫌悪でもない。ただ、彼のような生き方をしている人間には、理解してほしくなかっただけだ。

理解されたくなかっただけだ。

立派な器に見下される矮小な器ほど、滑稽な存在はないだろう?

 

「ヒーローなんて、目立ちたがり屋で人助けとか言いながら金儲けする奴らの集まりだと思ってた。現に、俺の住む町にヒーローは来てくれねぇ。金になんないからな」

 

デクはその言葉を覚悟して受け入れた。

オセオンで知り合ったヒーローの顔が浮かんでいく。立派な人たちだったが、それでもやはり、手が回らない事態は存在する。

そして、それが言い訳だと重々承知している。

 

「……でも、あんたみたいなヒーローもいるんだな。あんたに助けられれば助けられるほど、俺はなにやってんのかって思うよ。俺、かっこワリィ……」

 

そう零したロディの姿を見ていると、昼間見た強気の態度が虚勢なのだと理解できる。同情されたくないという要望には、デクは到底応えることができなかった。

 

「僕もかっこ悪いよ……」

 

デクは自身の右手を見つめる。傷は多いし、骨の歪みも残されている。

ヒーロー基礎学、体育祭、林間合宿、死穢八斎會、那歩島──。

一年にも満たぬ間に、幾度となく傷つけてきた。そうすることが理想のヒーローに最も近いと思ったから。

自身の無個性を、恥じずに済んだから。

 

『私は私に期待しています』

 

クラスメイトの言葉。

無個性の言葉。

デクが、信じきれなかった言葉──。

 

「幼いころからヒーローに成りたいって思ってたけど、お前はダメだ、ヒーローになんかなれるわけないってずっと言われて、個性がうまく使えなくて、学校の落ちこぼれで。そんな僕はクラスメイトのみんなに支えられてばっかりで。僕は──」

 

『期待も、不安も、全部抱えて飛んでみせましょう』

 

ああ、やっぱり、かっこ良いな。

 

「──かっこ悪いままだよ。だから、かっこ良くなりたいんだ」

 

一度諦めて、何度も諦めて、それでもか細い糸を掴むように、デクは自身の右手を強く握りしめた。

 

「笑顔で人々を助けられる。そんなヒーローに」

 

守るべき者に裏切られて、ヴィランに傷を負わされたというのに、そう【誓う】彼の心はただひたすらに高潔だった。

こんな田舎の、こんな洞窟の中。拳を見つめるデクに、ロディは一つの確信を得た。

 

(ああ……こいつがヒーローなんだ。本物の、ヒーローなんだ)

 

デクの願いに対して「きっと成れると思う」、そう答えようと思ったが、それはピノが興奮した様子でデクの近くに飛んで行ったことで霧散した。

代わりに、恥ずかしくなるほどに安心した様子のピノが、鳥の巣のようなデクの頭にすっぽりと収まったことで、話題を変えることにする。

 

「そいつはピノっていうんだ」

「ピノ?」

「俺はロディ。ロディ・ソウルだ。あんたの名前は?」

 

知っていたけれど、聞きたくなってしまった。

あんなテレビの特徴文ではなく、見たこともないニュースキャスターが読み上げた原稿でもなく、彼の口から、彼の名前を──。

 

「僕は──」

 

遭遇から半日以上経過してようやく、二人は挨拶を交わすこととなった。

 

 

翌日、陽も昇らぬうちから、二人は錆だらけのキャリイトラックに乗って隣国クレイドを目指していた。

車内はカビと錆の匂いが充満し、鉄もあちこち腐食しているからワイパーは動かず、扉などいつ外れるかわかったものではない。車体は水色っぽいが、そもそも水色だったのかすらわからないボロボロのトラックだ。

おまけにこの車は借り物。車に対し管見のないデクから見ても、この車で片道八十キロの旅ができるとは思えなかった。

実際、自転車ほどのスピードなのだが、不安からかロディがアクセルをそれ以上踏み込むことはなかった。

 

長旅になりそうだと苦笑いしつつ、二人は雑談で暇を潰していた。

 

「さっき言ってたセスナって、操縦の知識はあるの?」

「だからぁ、冗談だってば」

 

出立する前、ロディはオンボロの車を叩きながら、セスナであればすぐにクレイドだという話をしていた。昨晩、ロディの夢を聞いたばかりだ。冗談だと割り切るべきなのか、夢が生きるために必要だったデクには、よくわからなかった。

 

「なあ、デク。ケースの秘密がわかったら俺、家に帰れるよな」

「もちろんだよ」

 

安心するように笑うロディに、デクは心がすこしだけ軽くなった。

もし自分がロディを追わなければ、きっと彼をこんなことに巻き込まずに済んだはずなのだ。ならきっと、いまごろ彼は家族と過ごしているはずである。

 

「幼い弟さんがいるんだっけ?」

 

ロディが呆れるように笑った。昨日の夜、デクが気を失う寸前まで二人で話していたからだ。よく覚えていると感心すらしてしまう。

 

「妹もな」

「ご両親は?」

 

デクから見て、ロディは家族想いの優しい青年だった。

自身がこんな状況にあるにも関わらず、心配するのは弟と妹ばかり。昨日も眠気で舟を漕ぎながらずっと二人の話をずっと聞かされたと薄っすら覚えている。

 

昨晩、アタッシュケースをヴィランに渡そうとしたのだって、家族の元に帰るためだ。

だからこそ、家族を大切にするロディから両親の話を聞かされないのは、すこし不思議だった。

 

「お袋は一番下の妹を産んだあと、すぐ逝っちまった。だから親父は俺たちを必死に育ててくれた。けど、いきなりいなくなった」

「え……。いなくなったって?」

 

ロディの父親だ、家族を愛しているのだと予想がついた。

デクの質問にロディが選択した言葉は、予想を大きく超えるものだった。

 

「ヒューマライズって知ってるか?」

「……無差別テロを起こした団体」

 

まさか、そんな。

 

「ああ。親父がそこの団体だってことがわかって、そっからはもう散々さ。つるんでたダチは離れるわ、学校や家を追い出されるわ。まともな働き口すら見つからねぇ」

 

ソウル家は、富裕層向けの住宅地にあった。

家長はエディ・ソウル。パズルを自作するほど謎解きが大好き。そして、家族が大好き……だと思っていた。

 

ララを産んだ母親は、肥立ちが悪く亡くなってしまった。必然的にロディはすぐに【大人】として振る舞わなければならなくなった。

日中、両親がいないロディの家は、子どもたちにとって格好の遊び場ではあったのだが、無法になることはなかったのは、ロディの存在が大きい。ロディが年長であることは間違いなかったが、それでも、ロディはほかの子どもたちよりもずっと大人だった。

 

幼いララを背負って、近所の子どもたちと毎日遊んでいた。

みんなが大好きだったということもあったが、それ以上に、仕事を頑張ってくれている父親の役に立ちたかった。

尊敬している父からの小さな労いの言葉に、頬を赤らめ喜んだこともある。今朝ロロとララがしてくれたように、ネクタイを差し出したこともある。

 

それが、どうしてこうなったのだろうか。

 

「親父のことを恨んださ。恨んで恨んで──んで、どうでも良くなった」

 

ロディは胸元からロケットペンダントを取り出した。

それは元々、父の物だった。

一度は投げ捨て、踏みにじった。歪んでいるし、中のガラスは割れている。

 

それをロロとララが直して、誕生日の贈り物にしてくれた。

父親を恨んでいる。それでも、家族からの贈り物を蔑ろになんて、できるはずがない。

 

そのペンダントを外して、デクへと渡した。ペンダントの中の写真は、三人家族が誕生日を祝うものだった。

 

「いまは弟と妹のほうが大事だ。まともな生活を送らせてやりたい」

「へぇ、可愛いね」

 

デクの軽率な相槌に、ロディの視線は進行方向からデクの握る家族写真へと移った。

 

「弟は頭の出来が良くてさぁ? 妹はかなり可愛い。将来、絶対美人になる!」

「前! 前見て! ロディ!!」

 

そう言いながらロディの代わりに前を見るデクではあったが、日の出の眩しさに目を細めた。

でも、その太陽に照らされた世界の美しさに息を呑んだ。

 

「──綺麗……」

 

ロディはペンダントを胸元にしまいながら、風景に夢中になっているデクへ文句を言った。

 

「あのな、こんなときによく自然さまを観察できるよな」

「あ! そうだよね! ごめん!」

 

一度は視線を前に戻したデクだったが、それでもクレイドの自然にはなんども目を奪われることになってしまった。

そんなデクの様子を、すこしだけ楽しそうに眺めてしまう。

 

ロディにとって、オセオンは汚い国だった。

オセオンの首都再生計画は、ロディが産まれる前から推し進められていた計画だ。その計画は成功し、綺麗な街並みを守るためにスラムは放置されることになる。

分かりやすく言うのならば『つらくなったらスラムに逃げ込めばいい、二度と出て来るな──』である。

子どものころに住んでいた自宅も、出て行く覚悟を決めたときは相当に【汚されていた】。なにせ家主が個性を病気だと公言する思想団体に加担していたから、加減なんてされなかった。

ロディにとって、オセオンは汚い国なのだ。

 

だが、こうしてゆっくりと風景を見ていると、たまには良いなと思ってしまう。

 

運転席側からは昇る朝日に照らされる青々と茂った丘が見えた。

助手席のデクは、高い山に日光を遮られた、山霧を纏う森を見つめていた。

 

「すごい……。僕たち、朝と夜の真ん中にいる」

「詩人だねぇ。おはよう、良い朝だな」

「わぁ!」

 

太陽が数度上っただけで、森は太陽の光を浴びて朝を迎えた。

デクの素直な反応に、ロディは鼻で笑った。

 

「観光かよ」

「あ、ご、ごめん……」

「いいよ、長旅だからな。あー、カメラでもあればロロとララにも見せてやれんのになぁー!」

「……ロディが家に帰って、ヒューマライズの一件も終わったらさ、また来ようよ」

「金も車もねぇだろ。それともお優しいヒーローはこっちに残って俺たちのためになにかしてくれるってのか?」

 

ロディが散々な嫌味を言うものの、デクの頬にピノが擦り寄って、果ては羽根を使って抱きしめる姿まで見せている。

 

(馬鹿っ! コイツ!!)

 

デクはピノを撫でつけながらロディを見ると、彼はなぜか耳まで顔を真っ赤にしていた。

 

「あはは、可愛いねぇ。あ! あの、ルートなんだけど」

 

鞄から地図を取り出したデクは行先を相談しはじめる。

一概に国境を超えると言っても、それは本来の目的とは程遠い。隣国に向かってもデクがこのオセオンで十二名の警官を殺害したことは手配されているし、ニュースにもなってしまっている。

 

「一番の懸念がガソリンだよ」

「燃費もだいぶ悪そうだしな」

 

こんな整備もされていない車で、よくガソリンが腐っていなかったとデクは大きく感心する。ロディはガソリンも盗んだとは言えず、口を噤んだ。

 

「まっすぐ進むと、スタンドは時速六十キロで一時間先。行けるかな?」

「まあ無理かな?」

「うん。ならまずは、この町に行きたいんだ」

「──だいぶ迂回するな……。夜になるぞ。もうべつの国のほうが良いんじゃないか?」

 

デクは首を振った。すでにショートたちにはクレイド脱出は伝えている。指名手配されたデクからの不用意なメールに文章の羅列。暗号を見逃すとは到底思えない。

もしかしたら、クレイドに入る前にデクたちを捕まえる可能性もある。それはきっとエンデヴァーたちの作戦の内だろうと予想がつく。警察より先に身柄を確保できれば、ヒーローにも捜査権が与えられるからだ。

 

そのことを説明すると、ロディとピノがデクからすこし距離を置くように、ドアへと身を寄せた。

 

「捕まりたくもねぇよ」

「その場合ロディは大丈夫だよ、家族と一緒に僕の仲間が保護してくれる。絶対」

「んじゃその場合のデクは?」

「うーん……絶対にやってないって言えるから、なんとかなると思うんだけど。この傷も証拠になるし」

「お、お前、意外と打算的だな」

「うん。鍛えられた」

「雄英高校だっけ? 日本一なら、良い先生揃ってるんだろうな」

「あはは、そうだね。でも、こういう鍛え方をしてくれたのはクラスメイトかな」

「そいつもすごい個性?」

「ううん……。無個性、なんだ」

「無個性? すげぇ」

「うん! 本当にすご──」

「そんなやつ、まだいるんだな。俺を助けてくれたのがデクで良かったよ。半人前だけどな」

 

ロディは想像して鼻で笑った。

個性無しのヒーロー? ナンセンスもいいところだ。

頬を上げて笑うロディだったが、デクは地図に視線を落としたままだった。

 

(ウケが悪い。褒めたつもりだったけど……クラスメイトを馬鹿にしたのは良くなかったか?)

 

ちょっとした気まずさがあったが、それも風景に救われた。

 

「すげ……いま、冬だよな?」

「うん。これは、すごいね」

 

デクが示したルートの途中、彩りの花畑へと辿り着いたからだ。いくら花より団子のスラム街出身だとしても、目を奪われるものがある。

まだ一月だ。なんでこんなに花が咲いているのだろう、花には一切詳しくないロディは首を傾げていた。それはデクも一緒のようで、二人はまた笑い合えている。嬉しそうなピノは車内で大騒ぎしてしまう始末だ。

 

何度か小川があり、そのたびにデクが降りて深さと道のりを確認する。

 

「うん! 大丈夫そう。オーライ! オーライ! オー!?」

 

小川を渡っている最中、ロディは急ブレーキを踏み込むことになる。背中から川へ飛び込んだヒーローに、不安のあまり、ピノと一緒に頭を抱えてしまった。

 

川を抜けると砂漠地帯。広大な土地で──というわけではないが、川を越えた先ではさきほどと打って変わって自然豊かとはいえない風景となっていた。

 

「本当にこっちで合ってるのかよ……」

「うん。もうすぐかなー?」

「さっきもそれ聞いたぜー? なんにも──あったわ」

「え? どこに?」

 

ロディは電柱を指差した。

 

「近くにあんだろ。服着とけ」

「う、うん!」

 

ロディが停車したタイミングで、デクは荷台へ上がり濡れてしまった服へと着替えておく。その途中、いきなり発進されて荷台で尻餅をついた。

 

「ちょっと!」

「あははー! 早く着替えろよ!」

「ひどいよロディ!」

 

笑いながらガソリンスタンドへ辿り着くと、デクの財布を持ってロディは併設されているコンビニへと入っていった。

 

(なんだ? ずいぶんと小綺麗だな)

 

外装はずいぶんと年季が入っていたが、店員の質が良いのか、商品の陳列がこんな田舎にあるコンビニとは思えなかった。レジ横には液晶テレビが壁掛けされており、もし強盗でも入れば根こそぎ奪えそうなほど警戒心が薄い。

 

(スラムじゃあるまいし、田舎の平和は良いもんだ)

 

もっとも、店員の中年女性が見ているニュースは物騒なものだった。

日本から来たヒーローが警察を十二人も個性を使って殺傷している。まあなんて恐ろしいのかしら。

女性が神妙な顔を上下させている。上はテレビ、下にはガソリンを入れるデクの後ろ姿。

 

「なあおねーさん!」

「わぁ!?」

 

ロディは慌てて女性の視線を遮った。

 

「いやぁ良い品揃えだねぇ! これいくらだい? あー!! あとそっちバナナ! このパン安いね! おっとあれも欲しいねぇ!」

「……おむつが欲しいのかい?」

「……最近痔がひどくてね」

 

ニュースに夢中になる女性の意識をどうにか逸らすことはできたが、大切ななにかを失った気がしてならない。

 

そそくさとスタンドを後にする二人は、ようやくコンクリートで舗装された道路に出ることができた。

ロディが、この道を歩こうとしていたんだぞとデクをからかうと、彼は自身の見通しの甘さにしきりに謝っていた。三十キロは続く一本道だ。交通量が多いわけではないが、まったく無いわけではない。そんなところを少年が青年を負ぶって歩いていれば、高い確率で通報されるだろう。

 

「うわ、降ってきやがった。雨漏りしないだろうなこのオンボロ」

「止んでくれると嬉しいんだけど……」

「山越えするんだろ? オフロードじゃあるまいし、できんのか?」

「がんばるよ!」

 

三十分後、デクは宣言通りトラックを《ワン・フォー・オール》と《黒鞭》を使って引き上げることになった。

この道を真っ直ぐ進んでもクレイドには入れるのだが、オセオンで最後の町も同時に通過することになる。そのため、人目を避けるために崖上に敷かれた旧道を利用することにしたのだが……。

 

「本当に、ここ?」

「たぶん」

「ロディは運転席に乗ってて。アクセルよろしくね」

「命預けるぜこれは……」

 

二人の前には傾斜が五十度を超えている山肌がある。それをデクは素早く駆け上がり、崖上から《黒鞭》を伸ばして車のフロントへと繋ぐ。

まともに進んでは壁なので、デクが車の前輪を浮かすほどに力を入れるとロディは背中に自分の体重がかかる変化を感じていた。雨はひどくなる一方で、いまや土砂降りに近い。

崖上から《黒鞭》を伸ばすデクの足元が崩れれば、十メートル以上滑落することになるのだが、不思議と不安はなかった。

ゆっくりと、ゆっくりとアクセルを踏み込むと、ほぼ壁のような坂をトラックが上っていく。

 

十分ほどかけて、約二十メートルの壁を登り終えた。

 

「マジかよクソ。晴れやがった」

「あはは、そうだね」

 

崖の上で二人を待ち構えていたのは虹の掛かった晴天だった。だいぶ風化しているが、道もある。対向車とすれ違えるか怪しいほどの狭い道だが、こんな古い道を走る車は、きっとほかにいないだろう。

 

昼食は菓子パンで済ませたが、ガソリンはそうもいかない。

オイルもほぼ空っぽで車内は常に焦げ臭く、リッター五キロも走らない燃費の悪さ。エンジンベルトが千切れていないことに奇跡すら感じさせる廃車同然の車だ。

 

そんな車と並ぶように、奇跡のような美しさの風景が、二人の前に広がっている。

 

「……これは、渡れないね」

「さらに迂回か……」

 

デクとロディは崖から見下ろすも、夕日が照らす範囲で底は見えなかった。おまけに対岸にある崖は二十メートルほど離れている。

 

「どっちが近いと思う?」

 

信号を渡る子どものように左右に首を振るロディと、ルートの再検索をしているデク。

 

考えてみれば当然のことで、舗装された道路から道なき道を無理やり旅してこの崖上のルートに出たのだが、その道は明らかに古い。

なぜ古いのかは簡単だ。この崖上の道を捨て新道を開通させたから。

 

では、なぜ崖上の道を捨てたのか。

それも簡単で、崖上の道を使い続けるデメリットが、新道を作るためのデメリットを越えたためだ。あるいは二人の目の前に広がる【地球のヒビ】が原因かもしれない。

 

二人は最終的に崖を降りるルートではなく、崖上で渓谷の切れ端を探すことにした。このまま直進できれば一時間後にはオセオン最後の駅があるはずだ。もちろん警備は厳重。市民を守るために行動をする警官と敵対しロディを守りながら──まともに相手ができるはずがない。

 

「ごめん、今日辿り着くのは無理かも……」

「クレイド着いたところで無事に済むかもわかんねーんだ。気にすんな」

 

そういうロディの表情は、嫌に無表情だった。ただピノが落ち着かぬ様子でフロントガラスの前を陣取って、行き先を睨みつけている。

 

(ロロ、ララ……。ごめん、ごめんな)

 

不意に父のことを思い出していた。

エディ・ソウルは、家族の元から離れたとき、なにを考えていたのだろうか。

 

(どうだ。俺はこんなに苦しいぜ、クソ親父……)

 

自分たちを捨てた父にすこしでも勝った気がして、どうにか泣き喚かずに済んでいた。

 

その日の晩は本来目指していたルートから外れたまま、屋根すらない廃墟で夜を明かすこととなった。

二人は車の横で地べたへ腰を下ろし、デクの包帯を替えている。おそらくは縫うべきだと判断できる傷だが、無理やり締め付けることで出血の量はすくなく済んでいる。

 

「なあ、明日は病院行こうぜ、金ならあるだろ?」

「……いや、一刻も早く、このケースの秘密を探らないと」

 

道中、昨晩襲われたときの会話をロディから聞き出していたデクは、いくつかの可能性から、一つ仮説を組み立てていた。

それは、『ヴィランもケースの秘密を知らないのではないか』というものだ。というのも、鬼のようなヴィランはアタッシュケースの回収よりもロディ、そして仲間であるデクの殺害を優先したという。

 

ケースの持ち主がどのような人物かは不明のままだが、ヴィランから『秘密』を盗み出したと仮定する。その場合、物質、物体であればヴィランはその目録を認識しているはずである。

このケース自体になにか仕掛けがある場合でも、それはアタッシュケースを奪えば済む話だ。

 

『お前もそいつも知っているんだろう。このケースの秘密を』

 

ヴィランが残した言葉である。

それは意味を厳密に読み解けば、秘密があることしかヴィランもケースの秘密を知らないのではないか──と落ち着いたわけだ。

もちろんファイルの言語が読み解ければ、考えすぎだったと笑い話になる可能性もあるものの、デクがそこまで楽観的になることはできなかっただけだ。

 

眉をひそめたデクを見て、ロディの気持ちが落ち込んでいく。デクが悩んでいたことはケースのことだが、ロディからすれば傷を憂いているようにしか見えない。

状況は好転の兆しを見せず、家族との距離ばかりが増していく。【あのころ】の不安と義務感をいまロロが抱えていると思うと、喉を掻きむしった傷口から怨嗟の声が漏れそうになる。

それでも、ロディはすこしでもデクへ明るい話題を提供しようとしていた。

 

デクが警察に追われ、それでも必死になって守ろうとしているのは、ロディのことなのだから。

 

「いやー、デクの個性便利だな」

「あ、ねえロディ」

「ん?」

「個性あるよね? どんな個性?」

 

話題選びに失敗したとロディは口をへの字にひん曲げた。

急に不機嫌になったロディを見て、デクも戸惑ってしまう。

 

「言いたくねぇ」

 

問の答えは、まさかの拒絶。

反応を見るに無個性というわけではないと思うが、それでも自身の個性に対して嫌悪感や劣等感を抱いている人間はすくなくない。

 

たとえば切島鋭児郎。彼は子どものころに自身の個性でまぶたに重傷を負ったという話を聞いたことがある。普通科の心操も、《洗脳》というネガティブなイメージはどうしても払拭しきれるものではなく、ただ単純な肉体強化の個性に強い憧れを持つ人間だ。

 

無個性の緑谷出久からすれば、どのような個性も“個性的”でとても面白いのだが、それは無個性であるがゆえの答えなのかもしれない。

 

「ご、ごめん!」

 

個性は異形個性のように見た目で判断できるものではないし、口田甲司のように見た目の変化とは別ベクトルの個性を持つ者もいる。

たしかに不躾な質問ではあった。

 

「……笑わねーなら」

「笑わない!!」

「絶対だな……?」

「絶対笑わない!!」

 

笑うわけがない。

デクにとっての個性とは、一つの能力でも力の象徴でもない。

マッチの火のような火吹き芸でもいい、ティッシュ一枚引き寄せるのが限界だったとしてもいい。

オールマイトの救助活動の映像を見て、強く思ったことがある。

 

この人のようになりたいと。

この人の助けになりたいと。

 

デクにとっての憧れはヒーローという職業にはない。

オールマイトその人なのだ。

 

それは奇しくも、出水洸太、策束壊理、島野活真ら、次代のヒーローたちが、デクに憧れたように。

 

「俺の、個性は……んん……」

 

恥ずかしそうに地面を見つめていたロディが、視線を上に向けた。釣られてデクも視線を上げると、ロディの頭の上で恥ずかしそうに身体にしなを作るピノと目が合う。

 

「ん?」

「こいつが俺の個性だよ」

 

恥ずかしさが限界を迎えたピノが、顔を隠して尻をデクへと向けてしまった。

 

「こいつの……ピノの行動は俺の本心を示す」

「へぇー!」

「いくら俺が嘘をついても、ピノを見られると本音がバレちまう」

 

──だからこそ、ロディは【自分を騙すこと】が上手くなった。

自身の犯罪行為の理由を家族へ押し付け、その家族には自身がいかに誇らしい人間かのたまい、終いには、スラムで暮らす状況ですら「俺は上手くやれている」などと考えている。

 

「……ホント、大したことない個性だろ?」

「そんなことないよロディ」

 

恥ずかしさで視線を逸らせていたが、強個性をもつデクに文句を言うために顔を上げる。しかし、彼の浮かべる柔らかな笑みを見てしまって、ロディは言葉を失った。

 

「嘘をつけないなんて──とっても素敵な個性じゃないか」

「ばっ、おま、もう! いい! ちょっと小便行ってくる!」

 

他人から初めて言われた言葉だった。

耳まで真っ赤して、ロディは森の中を歩く。頭の上の相棒はいつの間にかいなかった。

 

(あれ? ピノは──)

 

振り返ると、作業灯に照らされたデクの頭の上で、ピノが歌いながら踊っていた。照れるように頬を掻くデクと目が合ってしまう。

首まで真っ赤にしたロディは、慌てて森へと逃げ込んだ。

 

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