【完結】無個性ヒーロー   作:南畑うり

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幕間「ワールドヒーローズミッション」ch.6

 

五分程度で、一向を乗せたヘリはクレイド空港へと到着した。

窃野は明らかにジェントルに対して敵愾心を露わにしているが、いまは二時間後に爆発するトリガーボムやロディの家族のこと、そしてなにより移動方法のことがあり捨て置かれている。

 

「それで、作戦は」

 

切羽詰まった様子で、ショートがロディに呼びかけた。

 

「プロペラ機──セスナなら時速二百七十キロ出せる。ジェット機もあるだろうけど、あの行列見る限り使わせてもらえねぇだろうな」

 

クレイド空港は、クレイド国内ではオセオンに一番近い施設になる。トリガーボムの被害区域からクレイドは大きく外れているとはいえ、すこしでも距離を置きたくなるのが人間の心情だ。

そのため空から見る限り、飛行機での脱出を試みる民衆で空港に向かう道路には大渋滞が出来上がっていた。

 

「んな金ねぇよ……」

「こっちはヒーロー公安名義で車借りてんだ。見てろ、口八丁でなんとかしてやっからよ」

 

バクゴーの不安そうなつぶやきにロディが笑いながら答える。そのことに驚いたのはバクゴーとショートで、責めるようにデクを見た。そのロディはいま思考の海の中にいる。

 

「セスナなら軽い。さっきの島に滑走路があるとは思えないけど、一度あいつらの本拠地から離れれば平原がある。危険だけど着陸できると思う」

 

四人は格納庫側を回り、ロディの意見を参考にしながら一機のセスナ機を見繕う。そのセスナは個人所有のもので、空港側に許可をもらってロディが連絡を取り始めた。

 

「あいつらまだやってたのか」

 

空港警察がヘリに乗せたヴィランを引き取りに来たのだが、窃野が拒絶の意志を見せて受け渡しを拒否している。ただの日本人の戯言ではあるのだが、窃野に同調して宝生と竹下もやんわりと拒否をし続けている。

ヴィランを、とくに女性のヴィランを確保したジェントルは、困惑して右往左往している。

 

「あのさ、あの人たちって策束くんがオセオンに向かわせたんだよね……?」

「ああ、そう聞いてる」

 

デクが仲介に入ろうと足を向けたのと、ロディが叫ぶタイミングが一致してしまう。

 

「足元見すぎだろジジィ!! こっちは二時間後の世界の危機を救おうとしようとしてるんだぜ!? 一世紀前の輸送機なんざ老後の蓄えになんねーだろ!」

 

どうやら交渉は難航しているようだ。

 

「金ならあとから払うってんだ! 証拠だぁ!? こっちはヒーロー三人いるんだぜ!? 逃げるわけねぇだろ! 現金!? 払えるわけねぇだろ!」

「チッ!」

 

バクゴーが大きく舌打ちをする。

プロペラ機はほかにもあるがもしこの交渉に失敗した場合、大きな時間のロスが生じる。ほかの機体は航空会社の所有物らしく、となれば、ロディが交渉している人物のように、ヒーロー公安委員会のような真っ当な組織を通さなければならない。エンデヴァー事務所ですら一歩及ばず、その場合出立は大きく遅れる。時間はギリギリになるだろう。

 

「貸してロディ」

 

怒り狂うロディから携帯端末を受け取ったデクは、小型飛行機の持ち主といくつか話す。そして一度通話を切って、べつの人物に連絡を取った。

 

『もしもし』

「策束くん」

 

通話先はクラスメイトの策束業。ジェントルたちをこちらに出向かせ、助けようとしてくれているのは十分に伝わっている。それでも、もう一つ彼に助けてもらわなければならなくなった。

 

『緑谷!? 緑谷か!?』

「策束くん、お願いがるんだけど……セスナ機を買ってほしい」

『──はぁ!?』

 

その発言にバクゴーとショートも面食らい、表情を大きく歪ませた。

デクはいまの現状と、プロペラ機での移動方法を提案する。

 

『おま、お前、はは、くそ、あはは! 言われたことねぇよ! あははは』

「ごめん、いま連絡先送るけど、どうにかできそうかな」

『どうにかするしかねぇだろ。それより爆弾を止めてくれ。緑谷の殺人容疑はどうにかなりそうなのか?』

「あ、そういえば……わかんない」

『まあヒューマライズの関係が浮き彫りになればなんとかなるか。よし、いまから連絡するから待ってろ』

 

通話を切って数分、空港職員がプロペラ機の鍵を持って走ってきた。鍵を受け取ったロディが、信じられない表情でデクたちを見渡す。

 

「現金払ったの……?」

「それよりパイロットはどうする? あのヘリの人を呼ぶか?」

 

ショートがヘリを運転していたパイロットを指差すが、ヴィラン側のパイロットか、空港側のパイロットかどちらであろうか。

 

「時間がない。それにヒューマライズの本拠地行きたいやつなんてどうやって探すんだ」

 

鍵を指で回しながら、ロディはプロペラ機へと乗り込んだ。

 

「おい! あんたらも乗るなら乗れ!! デク! 行くぞ!」

「ロディ!? まさか!」

「最高速度を維持できるかは重さと気流の問題だ。ここで足踏みするようなら、俺一人でだって行く! 飛行機突っ込ませてでもやつらを止める!」

 

叫んですぐにバクゴーが乗り込んだ。ショートとデクは一度ジェントルたちのところまで戻り、意思を確認しにいく。彼らはヒーローではないが、それでもいまはすこしでも戦力が欲しいというのが、正直なところである。

 

「行く、待ってろ」

 

窃野は疲れた表情でヘリから離れ、宝生と多部がそれに続く。ジェントルとラブラバも同様に。残されたのは、航空警察と、ヴィラン、そして竹下である。

 

「あんたはどうする?」

「行きたいけど、こいつらの見張りもしないとな」

 

背後にはヴィランの三人。どうやら引き渡しは拒絶したようだ。ヒューマライズである証拠もないし、よしんば確保という形だとしても、オセオンの状況もあり保護に近いはずだ。ヒーローは到着しないだろうし、ヴィランとして逮捕されるのはすべての事が終わってからだろう。

 

「そうか。だが見張りはあんたじゃなくたって……」

「議論してる時間はないだろ雄英生。飛田! 頼むぞ!」

「任せたまえ。窃野くん、それで良いか?」

「──ああ」

 

不満そうに全員を睨みつける窃野も、昇降口からプロペラ機へと乗り込む。最後にショートが乗り込んだことを確認し、ロディがスロットを押し込んだ。

 

家族の危機を救うための行動であるが、はじめての飛行機の運転となると、感情とはべつのものが作用される。脳内ではいつもシミュレートしていた。まだ父がいた時代に買ってもらった教材の一つである。とうの昔に手放した。その金で家族へのプレゼントを購入した記憶がある。

離陸は上手くできたし、感情のコントロールも悪くない。

 

唯一頭の上のピノだけが、ロディの気持ちを体現して大騒ぎしている。大丈夫、あとは着陸さえできれば──。

気は焦るばかりだが、ロディの運転する小型飛行機はジェット気流には届かない。運ではなく実力でということか、それとも運にも見放されたということか。

 

(柄にもねぇ。神さまなんて頼るかよ!)

 

ロディは父親のロケットを握り締めながら、強い笑顔で雲を突き抜けた。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 

ヒューマライズ人類救済装置の機動まで残り三十分。

デクたち一行はヒューマライズの隠し施設上空付近を飛行していた。

 

『着陸するから掴まってろ!』

 

ロディの声がスピーカーを通して貨物室側へと響き渡ったことで、デクをはじめ、全員が立ち上がる。

 

「ロディはこのまま引き返して」

『──なんでだよ』

「パンピーは大人しくしてろッ」

「待機時間もそろそろ終了──リスナー諸君、準備は良いかい?」

「きゃー! ジェントルー!」

 

ラブラバの手振れが加わると、彼女が抱えるノートパソコンの画面に映ったジェントルも同じタイミングで揺れた。

 

「おい、それまさかライブ配信してんのか? さすがに社長が怒るぞ……」

「弾圧を畏れるな! いまを嘆く者たちよ、私を信じてついてこい! 私たちが! 世界を救う!!」

「テメェらも大人しくしてろ!!」

「ここから先は──」

「「「ヒーローの時間だ!」」」

 

三人のヒーローが小型飛行機から飛び出した。地上からヒューマライズの団員が銃撃しているらしく、マズルフラッシュの光が飛行機からも確認できるほど。

海を越えたこの島は厚い雲に覆われ、雨も降っている。だからこそ、地上の光はあまりにも恐怖を誘うものだった。

 

恐怖に立ち向かう者がヒーローだというのなら、彼らもヒーローを呼ばれてしかるべきだ。

 

ラブラバのカメラは一度地上を映してから、ジェントルをクローズアップさせる。それを確認し、ジェントルはもう一度歌うように言葉を投げる。

 

「世紀の大悪党ヒューマライズ! 世界をいままさに破壊せんとする人類救済装置! 頂戴しようではあああああ!!」

「んじゃあなパイロット! 迎え頼むぜ!」

 

ジェントルとラブラバを蹴り落とした窃野を先頭に、宝生と多部も飛び降りた。この三人には落下を止める手段はない。だが、ジェントルの個性なら可能だ。

 

残されたロディはコックピットのガラスを強く叩きながら、着陸できる地点を探し続けた。

 

 

真っ先に飛び降りたデクだが、バクゴーは空中で《爆破》を使用することで誰よりも先に地上付近での戦闘を開始した。

銃撃するヒューマライズの団員に向け《爆破》を向けることで、自身の急制動と後衛の安全の着地地点を作り上げる。

 

被弾を極力避けるためショートは地上一メートルの地点で炎を地面に向けて放出。空気が急激に温められたことで生じた上昇気流を使い、落下の加速を相殺させて安全に着地した。すでに氷を使うことに意固地していたショートではない。

 

ショートが炎を向けた団員は、銃ではなく個性を使用していた。

そのことに疑問を感じるも、いまは聞き出す時間などない。

 

地上ではショートの氷で面での制圧を行い、地上ではバクゴーとデクとがそれぞれ《爆破》とエアフォースとで空中移動と制圧を分担した。

それどころか、三人は銃口を向けられながらも施設の入り口を目指し続ける。

 

「爆豪! 足止め頼む!」

「命令すんじゃねぇ!!」

 

だが団員の抵抗は想定していた通りに鬼気迫るものがあり、三人が連携を組み直そうとする。この入り口の制圧と団員の足止めが必要だと判断し、デクとショートを突入班、そしてバクゴーを足止め役として分けようとしたとき──急に銃撃が止んだ。

 

まさか一斉にリロードのタイミングが重なったなどではあるまい。

あまりの違和感に三人が施設入り口で塊となり周囲を見渡す。

兵器か個性による大規模攻勢などの可能性も疑ったが、それは団員が【持っていた銃】を突如失ったせいだと彼らの反応で把握した。

 

「立ち止まるな少年たちよ!」

 

デクらの隙間を縫うようにジェントルが【跳び】抜けた。数舜遅れデクたちも駆け出す。

入り口を分厚い氷で覆うショートが最後に見たのは、入り口を守るように立つ窃野たちであった。

 

 

巨大な氷壁を背に、窃野、宝生、多部の三人が団員を見渡していた。足元には大量の銃。窃野トウヤの個性《窃盗》は、目に見える範囲で相手が身に着けている物質を瞬時に手元に移動させる。

彼の足元には、奪い続けた銃が大量に転がっていた。安全装置すらかかっていないアサルトライフルを一メートル落下させ続けている。暴発を恐れていないのは知識がないのか、危機感が足りないのか。

 

「おいおいなんだよ、お前ら銃がなきゃなんもできねぇのか? ああ?」

「無駄な挑発するなよ、日本語なんざ通じやしねぇ」

「あ、そっか、って銃は食うなよ!」

 

窃野は足元の銃を両手に掴んだ多部の行動に驚いたが、すでに何丁かは多部の胃の中だろう。多部空満の個性は《食》。すべて喰らい、すべて消化する。頑丈な歯は鉄すら意に介さないほどである。……鉄を鉄分として変換できるかは怪しいところではあるが。

 

「さぁて……殺人はまずいだろうが、どうする?」

 

軽薄な窃野の声に答えるように、二人は銃を手にした。

銃は重い。軽量化は考えられているものの鉄の塊だ。おまけにアサルトライフルともなれば両手で持ってですら重く感じる。

宝生はその銃を両腕で一丁ずつ構えた。

 

「くははは、映画で見たことあんぜそれぇ!」

 

窃野は笑いながらトリガーを引いた。精度はあまりにも悪かったが、一人の団員が足を撃たれて崩れ落ちる。

 

「あー! もしもあれだ、俺たちがヒーローみたいに優しい言葉かけてやるとか思ってんなら、さきに謝っとくぜ!」

 

宝生は日本語で叫ぶ。伝わっていないのは明らかだが、学のないと自嘲する彼でも話せる英単語はある。

 

「──キルユー! バスター!」

 

この銃撃音で彼らに届くかはわからないなと、宝生はマスクの下で口を歪ませた。

 

窃野と違い、宝生は殺人を忌避している。いや、それを言えば窃野も殺人を好むことはない。ただ【選択肢】の一つに加えているだけだ。幸いに二人とも人生で選択したことはないが、それでもいざとなれば躊躇などしない。

踏みにじられる屈辱を知っているから。

だれも助けてくれないと知っているから。

自分が死んだとき、だれかが喜ぶと知っているから。

 

窃野に足を撃ち抜かれた団員を助けようと、もう一人の団員が寄ってくる。

──的当てだと思った。

遥か遠方にいる宝生の手に、銃を通して【当たった】感触が伝わってくる。

 

女性の悲鳴が響き渡る。肩を撃たれた団員はその場でひっくり返り、地面をのたうち回っていた。

 

「うるせぇな。お前らだって散々撃ってただろうがよぉ!」

 

さっそく弾を撃ち切った銃を多部へと渡すと、彼は喜んで食べ始めた。代わりの銃を持ち上げ、また撃ち始める。

もっとも、この三人はだれも銃の扱いが得意というわけではない。死穢八斎會に入会するまでは一般人であり、死穢八斎會に加わったあとも外様扱いであった。治崎の私兵ということで銃や日本刀は渡されていたが、気軽に発砲する環境でもなければ、訓練するような真面目さもない。

典型的な個性頼りのヴィランがこの三人である。

 

ある意味、肩と足を撃たれた団員は運が良かった。頭や心臓が撃ち抜かれていたとしても、彼らにとっては些細な違いでしかないのだから。

 

「旦那、見える範囲の銃は全部奪ったぜ」

「あとは個性持ちだな」

 

デクたちを攻撃していたのは無個性の団員だけではない。いや、銃を使っていたとしても、その多くは個性を発現させている人間だ。

今回のテロはヒューマライズの最終作戦だ。それにヒューマライズの団員の多くは無個性であると知られている。

にもかかわらず、その無個性は多く世界各地の支部に待機させ、このたびの作戦には関わらせなかった。

それはもちろん、人類救済装置には影響がない無個性だからということもあるだろう。

 

──だが、【本質】は違う。

 

「だいたいやったか?」

「命中率悪すぎるぜ旦那」

「言ってろ」

 

足元の銃はもう数えるほどしかない。ほとんど撃ち切って多部が処理してしまうからだ。替えもマガジンがあれば良かったが戦意を削ぐという意味では十分である。

宝生は痺れる両手を振るいながら、個性を発現させた。彼の個性は《結晶》。身体の至る箇所に、クリスタルに似た結晶状の物質を生やすことができる。

 

個性で反撃してこようとした団員を《結晶》化した拳で殴りつけ、気絶させていく。

 

「こっちのほうが性に合ってるぜ」

 

立ち向かう団員の姿も消え、そろそろ自分たちも施設内に──そう思ったときだった。

 

「旦那! 足!」

 

地面の不自然な盛り上がりに気づいた窃野が叫ぶ。

忠告に従い宝生が大きく飛びのいたが、一足遅く左足を大きく切り裂かれる。それも《結晶》を砕いたあとの威力で、である。

 

地面から出てきた二本の刃は、まるで鞭のようにしなる蛇腹剣。伸縮性のあるその刃は勢いを失ったのか、こちらを見据える団員の手元へと戻っていく。

 

「おいガキんちょ! 舐めてんじゃねーぞこら」

「ウフフフ」

 

おそらくは団員の両手が変化したもので、みるみる刃が小さくなって、相手の細腕が見えた。

個性の影響か、ヒューマライズの団員としてのコスチュームは肩から裂けているし、顔も晒している。もしそれがフレクト・ターンの模倣であるなら、おそらくは幹部級。

 

とは言っても、窃野にはずいぶんと余裕があった。

腰だめにアサルトライフルを構えて、相手を小馬鹿にするように笑う。

 

「ついさっきまで百対三くらいで戦ってたんだ、お前も一対三くらいで文句言うんじゃねーぞ」

 

宝生が負傷したとは言え、左足一本。機動性は奪われたが、そもそも彼は移動要員ではなくパワーを売りにしたヴィランだ。

おまけにこちらは三人。加えて相手は一人──、

 

「我々はヒューマライズに選ばれし者──」

「──彼らに協力し我々は新たな世界を生きる!」

 

団員の背後から、もう一人現れた。

二人ともヒューマライズのご自慢のコスチュームは個性の刃の影響からか二人とも肩口から裂けており、仮面もつけていない。分身の個性でなければ、おそらくは双子。

 

「あー……ヒーローのガキどもだれか呼んでくるか?」

「二対三だろ。【今度】は勝つぜ」

 

宝生は足の傷を止血するでもなく、体中に《結晶》の鎧を発現させて拳を構えた。傷は決して浅くない。

 

真っ先に動き出したのは多部だった。

円を描くように、まるで獣のように涎を垂らしながら走り出す。ヴィランの一人が多部に向けて腕を振うと、さきほどと同じように二本の蛇腹剣となって多部を襲った。

 

窃野は守りが薄くなったと発砲。両手持ちのため命中率は宝生よりは高いかもしれないが、残念ながら命中はゼロ。すべてもう一人の蛇腹剣で防がれた。恐ろしいレベルで個性を使いこなしている。

 

「冗談だろ」

 

窃野はあまりの事態に混乱してしまっている。まるで相手が銃弾を斬ったようにすら見えたからだ。

だが、相手は銃弾を【視て】避けたわけでも斬ったわけでもない。銃弾が速すぎるからこそ、窃野の動きを見て守るように腕を振るったにすぎない。

 

それは宝生からすれば大きな隙だった。大きな盾のように広がった蛇腹剣に向かって宝生は駆け出していた。激痛が左足から響くが、それに恐れをなすような生き方はしていない。引けば殺されるのだ、なら進むが最善。

 

「うおおおおおお!!」

 

手の平を《結晶》で覆い団員の【腕】を掴む。《結晶》と団員の刃の硬度はさきほど足を斬られたことで、どちらか硬いか証明されたばかりだ。もし最速で振るわれた場合、宝生の指は五本すべて失われるだろう。

だが、銃を防ぐために振るったばかりの腕は目に見えて速度が落ちている。

痛みに怯えなければ、勝てない相手ではない。

 

刃を掴み、団員の身体ごと引き寄せた。バランスを崩した団員の一人は地面に転がり、その顔面に向けて宝生は拳を振り下ろした。

だが当たる直前に、頭上か背後に回されていた蛇腹剣が宝生の頭部に直撃する。

 

「旦那!」

「生きてるよ! 多部! こっちは仕切り直しだ!」

 

地面を転がりながら逃げ出した宝生だったが、頭部と右頬からの出血が見られる。《結晶》で防ぎ軽傷で済んだようだ。

それよりも傷が多いのは多部だった。肩、背中、太ももの三か所からの出血が見られる。だが、三人の中で唯一団員に傷を与えたのも多部だった。

口をもごもごと動かす多部は、頭に被ったずた袋の裂け目から、刃らしき欠片を吐き出した。

 

「まず……」

 

多部を相手していた団員は右腕に負傷をしているのか、笑いながら自身の腕から流れる血を舐めていた。

 

「リスタートってダメージソースじゃねーだろ」

 

窃野は舌打ちしながら銃を構えて多部へと寄る。

音速を超えると言われる鞭を中距離で振るわれれば、多部が反応しきれず負傷してしまうのは当然。だが宝生なら分厚い《結晶》さえ身に纏えばどうにかできる。窃野はそう信じ、多部の補助へ入ることにした。問題は銃がこれで最後ということか。

 

団員と対面する宝生は、両手に巨大な《結晶》を発現させている。機動力は大きく落ちるだろうが、マスクが剥がされた彼の顔には勇ましい笑みが張り付いていた。

 

「ゴミ程度にしか思われてねぇだろうなぁ!」

 

宝生の重量に地面が沈む。彼の巨体は団員たちからすれば良い的だろう。

だが、団員二人での同時攻撃ではなく、しっかりと窃野と多部も警戒して、一人だけでの攻撃だった。

 

「ぐっ!」

 

初撃を防いだが、背中を切り裂かれて前進しながら転がる。一瞬見えたのは、弾かれたはずの蛇腹剣が背後でうねっていたものだった。本物の蛇が獲物に食らいつくように宝生の近くへ突き刺さっていく。

前転してすぐに立ち上がった宝生が見たものは、多部を庇って銃ごと身体を傷つけられる窃野の姿。

 

銃を切り裂いたことで威力は大きく軽減されたのか、窃野の身体が文字通り二等分になることはなかったが、肩から脇腹にかけて一本の傷ができていた。そして噴き出すような大量の出血。

それを無視して多部が団員に噛みつこうとするも、宝生がもたついている間に、多部は二対一となって追い込まれてしまう。

 

団員の双子の視線は、理性を失くしたように走り回る多部に夢中だった。

猫が生き餌で遊ぶような残忍な光景であるものの、戦い方に歪さを感じる。強者が弱者を嬲るのは当然の権利である。弱いことは悪だ。

 

それは宝生から視線を外した言い訳にはならない。

 

多部に繰り出される蛇腹剣には目もくれず、宝生は《結晶》で鋭くした拳を団員の胴体へと突き刺していた。

 

「チッ」

 

自身が愚鈍であることは理解していたが、思った以上に刃に防がれ致命傷には届かない。必殺の想いで繰り出した《結晶》は半分ほど削られ、右腕には筋肉まで届く裂傷が作られた。

 

「だがよぉ、効いただろ?」

 

団員の一人は地面に伏せて血を口からこぼしていた。

骨を砕いた感触は届いている。戦闘不能にまで陥ったかは不明だが、動きは大きく鈍るだろう。それは蛇腹剣のしなりも無に帰すほどのダメージだ。

 

こちらも満身創痍ではあるが一対二。勝ちを確信した宝生が、痛みを堪えながら《結晶》で傷をどうにか塞ぐ。

団員との距離を多部と追い込むように詰めていく。

 

奇声を上げながら蛇腹剣を振るう団員だが、自身のダメージを無視して盾となる宝生を崩せず、多部の接近を許してしまった。

 

「ギャアアアアア!!」

 

宝生が綱引きのように団員の刃を脇に挟んだ瞬間、多部はその剣へと喰らいついた。ブチンという不吉な音とともに宝生は【軽く】なった刃を投げ捨てる。

団員は【無くなった】左腕を抑えながら悲鳴を上げていた。

 

「たかが腕一本! 喚くんじゃねぇ!」

 

たった数合の打ち合いで宝生の傷は致命傷に届きそうなほどになっていた。左肩、脇腹、背中に大きな裂傷を抱え、足も引きずっている。

殺そうとしている人間が、甘えるな。

団員たちは明確な殺意を持ってここにいるはずだ。

 

「テメェらに殺された人間の恨みを晴らすほど俺は優しい人間じゃねぇが──せいぜい苦しんで死ね」

 

言葉が通じなくとも、団員にとってその言葉は、こちらを殺す呪詛であるようにしか思えなかった。

尻餅をついて悲鳴を上げ、傷口から血をまき散らしながら逃げ出す団員たち。兄弟分四本の蛇腹剣が弱々しい抵抗を見せた。

だが、それはフェイクだ。

 

兄弟で視線を合わせながら、この状況で一層深く笑う。

 

それぞれが胸元に手を入れて取り出したのは、トリガーボムにも使用される濃縮されたトリガー薬液入りの注射針。不可逆の個性因子の暴走を投与した者にもたらすそれは、フレクト・ターンから【救済措置】として渡された聖遺物だ。

キリストがロンギヌスの槍で貫かれた聖痕のように、彼らにとってはフレクト・ターンにより齎された救済という名の祝福なのだ。

 

それを自身たちの首筋へ突き刺そうとしたのだが──なぜか針の痛みはなく、自身の首筋を自身の【拳の腹】で叩いてお終いだった。

 

「どいつもこいつも【ゴミ】を見過ごしすぎだっつーの」

 

傷口からだらだらと血を流す窃野は明らかに重傷だが、立ち上がっていた。

そして彼の両手には【注射が二つ】握られていた。

 

「「──返せ」」

 

団員たちの言葉が重なる。

それを行動に移させることなく、宝生は二人を殴り飛ばしていた。

 

「い……てぇええええ!!」

 

右腕は《結晶》化させているものの、その境目部分からは血が零れている。出血は多くないが、すぐに治療しなければいけないほどに重傷だ。

それは窃野も同じことで、すでに地面に転がっている。

 

「なあおい良いこと思いついた、これシャチョーに売りつけようぜ」

「その前に、労災申請だな……多部は無事か……」

 

痛みに震え、宝生は歩くことすらままならない状況だった。その彼を多部は支えて歩き出す。ずた袋はすでに顔を隠す機能はなく、ぎょろぎょろとした不気味な目で周囲を警戒するように見渡していた。

宝生と窃野を地面に並べた多部は、二人の傷口を応急処置していく。

人に罵られるほどの不気味な瞳には、優しさが宿っていた。

 

「おい! 服食うな馬鹿!」

「《結晶》食ってろ」

「腹、減った」

 

命のやりとりをしたばかりだというのに、三人からは緊張感というものが最後まで感じ取れなかった。

 

人類救済措置の起動まで──残り十分。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 

施設内を走るデクたちを出迎えたのは、内部に続く通路と、守護する団員。そしてレーザー類の銃火器である。

多くは中距離を得意とするバクゴーとショートが迎撃していくことで対処していくのだが、最初に離脱したのはバクゴーだった。

 

「先に行け!」

 

団員の足止めを買って出て、残りの全員を先行させる作戦へと切り替える。

躊躇せずにショートは氷を使ってデクとジェントル、そしてジェントルに抱えられたラブラバを自身の高速移動に巻き込んだ。

 

「そこを右よ!」

 

ラブラバの指示に従い移動し続けること数分、バクゴー同様にショートも自身の切り時が把握できた。

氷の根本がレーザーで破壊され、ジェントルとデクが放り出されてしまう。

ショートは真っ先に、壁からこちらを見るレーザーの射出口を、指先から放つ糸のような炎で焼き切った。エンデヴァー事務所のインターンで見た《ヘルスパイダー》の模倣であるが、十分に実践で使える技量に達していた。

 

「轟くん!」

「先に行け!」

 

奇しくも、さきほどのバクゴーと同じ言葉でデクとジェントルを先行させた。

次いで追いすがってくる団員たちに向けて、通路すべてを巻き込むほどの凍結を放つ。だが、それではまだ彼の実力の【半分】も発揮していない。おまけに氷漬けにされようとも、団員たちは銃を乱射してショートを狙う。

 

「一気に決める!! 《膨冷熱波》!!」

 

エンデヴァーの必殺技にも似た高出力の炎が通路の氷を溶かして団員を襲う。一度氷漬けにして機動力を奪ったが、それでも抵抗するのなら──。

ショートが生み出した必殺技《膨冷熱波》は、急激な気圧の変化を利用したものだ。マイナスにまで冷やした空気を数百度の炎で熱することで生じる気圧の差が、爆発を作り上げる。

 

熱学の関係上、氷の中心地でしか爆発は起こせないが、それでも実践投入できるまでに仕上げることができた。

爆風に巻き込まれボロ布のように吹き飛んでいく団員を尻目に、ショートがデクたちを追いかけようとしたときだった。

 

(──声? 速ぇ!)

 

獣の唸り声のような【なにか】が遠方から聞こえくる。

そう認識したときには、すでに通路の奥から爆発の跡を踏み抜いてショートへと肉薄する異形個性。

父親やオールマイトを超える巨体。脳無よりさらに大きいその姿は、外皮が真っ白に染まり、手足の爪、そして頭部に生えた角は真っ赤に染まっている。

楽しそうに笑うその表情からは、理性は感じられなかった。

 

「なにやってんだこの馬鹿っ!」

 

──その左手には、バクゴーが握られていた。

頭部からの出血があるのか、顔半分を真っ赤に染めている。

 

(死んでねぇよな!)

 

バクゴーを握り締めた拳がショートを襲うも、氷で壁を張りながら後方へと逃げる。大広間に出たようで周囲からの攻撃に警戒しながら、通路に置いてきた異形個性の出方を窺う。

 

「くっ!」

 

大男が殴りつけた影響で舞い上がった土煙。そして、その煙を突き破って【投擲】されたバクゴー。

 

氷を背中に張ってクッションにしつつバクゴーを受け止めたショートではあるが、それは大男にとって格好の的となってしまった。

雄叫びを上げながら拳を振るう男に向けて炎を放つ。

 

(炎が──効いてねぇ!)

 

眼前で拳を振るう男は、【見た目】があまりにも人間から逸脱している。そのため、それこそが相手の個性かと勘違いしてしまった。

だが、炎は見えない壁にでも阻まれているかのように、大男の目の前で左右へと分かれてしまう。

そのことに動揺していると、吠える男の爪がショートたちを狙って伸びてくる。ショートからは見えなかったが、頭部の角がさきほどの炎を散らした原因であろうか。

 

ショートはバクゴーを横抱きにしながら氷で空中へと飛び出す。垂直に伸ばした氷を追うように、爪がショートを狙って直角に曲がった。

 

氷の勢いに奥歯を噛みしめ、重力に耐える。爪に追いつかれぬようにショートの氷も直角に左右と上方に七度ほど折ったが、最後には追い付かれ地表へと落下してしまった。

それだけなら、ヘリから飛び降りたように着地する手段もあるのだが、吠える大男は歓喜の表情でショートを見上げていた。そして跳躍。

 

巨腕がショート目掛けて振るわれた瞬間、男が空中で吹き飛ばされた。

 

ショートはひどい耳鳴りを味わいながら地面へと降り立ち、至近距離で《爆破》させたバクゴーに対して文句を言う。

 

「うるせぇ」

「だぁってろ半分野郎! こいつは俺が──ッ!」

 

言い切る前に、バクゴーとショートは左右へ大きく飛び退いた。さきほどまで二人が立っていた地点に降ってくる大男。追撃はそこで止まらず、またも爪が伸びて二人を追尾する。

 

(自動追尾!? 熱でも感知してんのか!)

 

予想に反して、氷の盾を張ろうとも爪は容易にそれを壊してショート本人へと追ってくる。反撃に《膨冷熱波》の要領で炎を放ったが、氷が砕かれすぎて爆発の威力は弱々しいものだった。

そしてそれはバクゴーにも当てはまる。

人間の頭部は神経と血管が非常に多く、傷が小さくとも出血量が多くなる。右頬まで真っ赤に染めたバクゴーは、片目だけで巨躯の男の攻撃を避け続けていた。直撃はなくとも被弾は多くしているようでコスチュームはすでに穴だらけである。

 

(隙が作れれば!)

(態勢を立て直してェ!)

 

雄英体育祭で優勝を争った二人ではあるが、それ以前にお互いは普段から上下の地位を競い合っている。それは、自身ならすでにプロでも通用するという傲慢な想いに連なる感情であり、だからこそ学友より高みを目指さなければならない。

 

「バクゴー!」

「半分野郎ォ!」

 

だからこそ、互いの力量を見誤ることなどなかった。

 

ショートが選択した攻撃は炎。一度目は団員の個性によって防がれはしたが、まだ試していないことはある。

 

(点、溜め、放出!!)

 

それは一瞬の隙。だからこそ、二人が息を合わせる必要があった。

バクゴーは自身を狙う爪に背中を晒しながら、ショートを狙う爪を防ぐ。背中の傷は決して浅くない──だが、時間は稼げた。

 

「《赫灼熱拳》!!」

 

そのバクゴーのコスチュームを焦がしながら、団員に向けてネビルレーザーを彷彿とさせる炎の柱が飛ばされた。

しかし炎はやはり大男に直撃することはなかった。

 

(バリアじゃねぇ! 歪んでやがる!)

 

バクゴーは片目を限界まで見開いて確認する。不発だと忠告しようと思ったが、爪による追撃はなかった。見れば直撃は避けても爪は焼かれて切れていた。

だが、大男の爪の先はすでに元通り。効果こそあったものの、現状維持でしかない。

 

「どうするつもりだ半分野郎!」

「黙ってろ!」

 

大男が炎にまかれて十秒、二十秒──そして、三十秒。

 

「ぉぉぉぉおおおお!!」

 

絞り出すようなショートの声とともに、ようやく炎が効いた。

両足を痙攣させた大男は、唐突に片膝をついて両手で身体を支えている。

 

炎はいまだ直撃せず、しかし、炎の本質は【攻撃】ではない。熱さでもなければ、触れられないことでもない。

【燃焼】だ。

団員の周囲の上下左右、そして背後までも炎で囲まれている。そして炎とは、周囲の【酸素と結びつくこと】で燃え続けている。

 

団員の見た目がどれほど人の姿とかけ離れようとも、人間であることには違いない。個性によっては無呼吸で過ごせる時間も変わるだろう。

だが、薬で理性を失った相手が、呼吸の仕方を意識している可能性は排除していた。

 

コスチュームの背面についた排熱機構から、排気しきれない熱風が噴き出し続けている。すでに彼の周囲にも、出している炎に負けない熱気が溢れていた。

 

酸欠によってとうとう団員は倒れ伏し、それでも止めずに追加で炎を出し続ける。

コスチュームの袖が耐熱温度を大きく超えて焦げ始め、ようやくショートは炎を消した。すぐに右で氷を自身の身体に当て体温を下げていく。

 

「──くそっ」

 

力なくショートはうめいた。

熱に依るものではなく、倒れた団員が震える手で身体を支え始めたからだ。

 

「【轟】……もう一度だ」

 

バクゴーの両手から火花が散り、ショートに対して作戦が告げられる。

 

「時間稼ぐから回復しろ。んで、俺のタイミングでまず氷だ」

「……わかった」

「俺ごとでいい。こんな雑魚──さっさとぶっ潰す!!」

 

バクゴーの《爆破》で団員との距離を詰めた。四つん這いのままの団員の大振りを、床を滑り避ける。

酸欠状態で脳や意識にダメージは入っただろうが、肉体的なダメージは薄い。だが、脳が酸欠になるように身体も酸欠に陥る。動きはバクゴーの不意を突いたときと打って変わって精彩を欠いていた。

 

「オラぁ!!」

 

零距離にも等しい立ち位置にまで肉薄したバクゴーは、大男の頭部に向けて《爆破》を与え続ける。ショートの炎を防いだ効果は、おそらく大男の頭の角を起点としている。

角が折れればそれで良し。そうじゃなくとも──、

 

男が叫び声を上げながら顔にかかった煙を払う。やはり《爆破》の炎や熱も通じていないのは明らかだった。

 

それでもバクゴーは自身の身体を巨体の【下】へと滑り込ませていた。

両腕に装備した手投げ弾を模した手甲、ニトロ汗貯蔵タンクを男の胸へと押し当てる。

 

「氷!!」

 

ロケットの外部エンジンのように、点火された両手の手甲が大男を押し上げる。

天井へと飛ばされる男を、床を這う氷が柱となって追いかけた。加減を知らぬ氷は男を空中へと縫い付け、それでも止まらず天井をも凍り付かせ、さらに広がっていく。

 

空中では、氷の柱の中で手甲に抗う大男の氷室が出来上がっていた。

 

ショートは熱の温度差についていけず、激しい痛みを堪えながら空中のバクゴーを見続けた。床の氷から《爆破》を使って這い出した彼は、その《爆破》で空へと上がっていく。

 

「──炎ォ!!」

「──《赫灼熱拳》」

 

逡巡は瞬きにも満たぬ間だった。

クラスメイトを殺すことになるかもしれない。だが、もしも自分の命で世界を救えるのなら、ショートも迷うことはない。

いまがそのときだと、覚悟さえあれば、出来ることなど限られる。

 

「《膨冷熱波》!!」

 

大広間を包み込むほどに広がった氷の中心。巨躯の男を狙い、さきほどの出力に劣らぬ炎を放った。

太陽を彷彿とさせる爆発が起こるが、ショートは《赫灼熱拳》を放ち続ける。

バクゴーも爆発にひるむことなく、空中でさらに加速する。自ら炎に飛び込むなど自殺以外のなにものでもないはずだが。

 

炎が氷に触れた瞬間、空気が一瞬で膨張する。その気圧を身体に受けながらバクゴーは両目を開いた。右目には血が溜まり真っ赤に染まっている。だがその目のおかげで、手甲が爆発した破片を《爆破》で防ぐことができた。

 

落下を防ぐように、バクゴーは大男を《爆破》で跳ね返す。

空中で拳を振るわれるが、踏ん張りの利かない空中で、力自慢ができることなど一つもない。

すでにバクゴーがいる地点も酸素は薄いが──まだ有る。

そもそもこの大広間の空気をすべて燃焼させることは不可能であるし、大広間に繋がる通路は空いたまま。空調もあるだろう。

さきほどは、それらからの空気の循環を遮るための炎の壁であったが、身体の構造のせいか、トリガーの影響か、酸欠状態から一呼吸で意識を取り戻した。

 

なら──もっとだ。

 

ショートが放った《膨冷熱波》は《赫灼熱拳》を起爆剤にすることで、最初に放った威力とは比較にならないものだった。一般人ならば呼吸以前に焼け死ぬほどの破壊力。

だからバクゴーはもう一手、大男の首元に足を絡ませ、バクゴーは団員の顔の前で《爆破》を加えた。

 

炎の本質は燃焼。

なら、爆発は? 爆発の本質はなんだ?

 

「燃えろおおぉぉぉぉぉ!!!」

 

爆発の本質は【燃焼】にある。

学友の八百万であれば鼻歌混じりに燃焼の化学式を描くだろう。そして彼女なら《膨冷熱波》の気圧の変動を指差して笑うだろう。「それが爆発ですわ」と。

 

気圧の変化が爆発だというのなら、ニトログリセリンはその化学式を強固に、高温にする役割だ。デメリットは、消費する窒素酸化物の増大。

 

『互いを認め合い、真っ当に高め合うことができれば──『助けて勝つ』『勝って助ける』──最高のヒーローに成れるんだ』

 

バクゴーは笑う。

自身も熱で肌が焼かれ、呼吸もできなくなるような空間で、最後には両手を広げた。

 

大男とともに、《爆破》を使って身を捩った。腕が折れそうなほどの反動と、背骨が捩じ切れそうな重量に耐えながら。

真っ直ぐに、地面を目指す。

 

「ハウザー──インパクトォォォォォオオオオ!!」

 

肺を焼きながらバクゴーは叫ぶ。炎を纏う熱風は、竜巻のように二人を包んでいた。

着弾の瞬間にバクゴーは大男から離れ、空中に放り出されてしまう。

 

受け身をとったとしても大怪我は避けられぬほどの高さだ。実際に大男は床に上半身を埋め、動きは完全に止まっていた。

バクゴーも気を失って落ちるがままだが、それを受け止めたのは氷壁だった。氷のスロープでずるずると流れて来るバクゴーを、ショートは片足で止めた。

 

「おい……起きろ……馬鹿、野郎……が」

 

ショートはゆっくりと膝を折った。バクゴーに手を伸ばそうと頭を下げた瞬間、そのまま自身の氷の上に倒れ込む。

 

「くそ……緑、谷……」

 

気を失うことを拒否するように氷を右手に突き立てながら、それでも彼は意識を手放してしまった。

 

人類救済措置の起動まで──残り十分。

 





サーペンターズ(兄エナ、弟ディオ)
双子のヴィラン。傭兵ヴィランというわけではなく、あくまで『ヒューマライズ団員』。爆豪ファンからは蛇蝎の如く嫌われているとかなんとか。
個性は兄弟どちらも《ソード・キル》。両腕を蛇腹剣にすることができる(巨大な手のような形にすることもできる)。『無個性ヒーロー』では表現として個性の切断=腕の切断としたが、複製腕のようにダメージが薄い可能性も十分に考えられる。
トリガー使用時は背中に追加の《ソード・キル》を出現させ爆豪を苦しめた。
本当ならもっと強い。本当に強い。

※蛇腹剣の由来は『機甲界ガリアン』というアニメかららしく、正式名称としてはガリアンソード、ガリアンブレードが正しい。アニメスタッフの間ではジャラジャラ剣。蛇腹剣は造語とのことです。


レヴィアタン
巨躯のヴィラン。こちらも『ヒューマライズ団員』の一人。白い肌に黒く染まった手足。角と爪が赤いスライム状のようになっている異形個性の持ち主。角の先からねじれた水流を作り出す《ヘリカルサイズ》。
登場時からトリガーを使用しており、台詞も意志もない。

問題は不可逆と思われたトリガーの効果が、この二人の変化がエンディングでは無かったことになっていること。ヴィジランテから原作の期間内でトリガーへの治療法が確立したものと思われる。
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