【完結】無個性ヒーロー   作:南畑うり

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劇場版「ワールドヒーローズミッション」顛末・後

 

竹下さんが連れてきた見知らぬ男女の片割れ──その女性の正体を聞いて、髪の毛を掻きむしりながらテーブルへと突っ伏す。

 

ヒューマライズ。

テロ実行から一週間ほどの掃討作戦によって、全滅したと表現できるほどに大量の逮捕者が出たはずだ。うだつの上がらぬヒーローが、魔女狩りのように無個性のテロリスト予備軍を捕まえてほくほくと懐を温めた一週間。

その生き残り──。いますぐ通報したほうが良いのか、それとも自首させるべきか。

 

「……で、隣の方は?」

「はじめまして。あっしのことは、この女を受け入れるかどうかで話すか決めましょうや」

 

ずいぶんと時代を感じさせる話し方をする男性。

オレの狼狽した姿を前にしても見下すことなく主導権を渡してきたし、ベロスというヴィランを「この女」呼ばわりだ。仲間ではない?

しかも、はは、主導権? 笑わせる。いまこいつにルールを決められた。

 

【ベロスを受け入れなければ自己紹介すらしない】、そして【いまここでベロスを受け入れるか決めろ】という二つのルールだ。

 

こいつはやり手だ、厄介だな。

顔は見覚えがない、公家顔の影が薄そうな男性だ。見覚えがない? 本当に? なんか見た記憶があるような……。写真か映像だな、いつだ?

 

「受け入れない。無理。オレはなにも聞かなかった。今日はここに来なかった。以上、解散!」

 

……とは言ったものの、それで納得するような素直さがあれば、もっと愚直に生きていた連中だ。

一歩も引く気はないようだ。唯一竹下さんが会話を試みようと話しかけてきた。

 

「ま、まあ話だけでも……」

「竹下さん、あんたも元ヒーローでしょうが。ヒューマライズがなにをやったかわかってない? 金がある、度量がある、そういう問題じゃあないんですよこれは!」

「そうなんだけど、彼女、実際はヒューマライズじゃないんだよ」

 

男のほうへ視線を向ける。面白がっている様子もなく、ただこちらを観察している。だれだ、いかん、ベロスに集中力を割かれている。

おまけに窃野も……土下座かよ……。

 

「社長! 話だけでも聞いてやってくれよ!」

「聴取なら警察に任せても良いんですが……──ハァ」

 

腹の底からのため息だ。

敗北だな、負け犬らしくキャンキャンと吠えよう。

 

「ジェントル、紅茶をいただきますよ。竹下さん、飲み終わる前にお願いします」

「あ、ああ!」

 

嬉しそうに窃野と笑い合う竹下さんが、咳払いを加えてベロスの状況を説明し始めた。

 

ヒューマライズに雇われた傭兵ヴィラン──ベロス。

本名は不明だが、生まれは中東の紛争地帯。親などいない環境で、言葉より先に銃の扱いを覚えたという。

個性が発現したときに育ての親、というか施設の職員を殺して脱走。その後は紛争地帯を転々としながら傭兵として生きてきたという。

 

「……おかわりは?」

「……お願いします」

 

ジェントルに紅茶を注がれながら、自身の温さに反吐が出る。

ロディは良いのだ、あれは策束家にとっても役に立つ。直近で言えば壊理ちゃん、ミスタースマイリー、メリッサさんも当てはまる。

 

だが、この女だけは違う。彼女は毒だ。

個性の発現が四歳だとして、そこから殺人でさらに紛争地帯? 立派なワンマンアーミーじゃあないか……。

しかもその施設ってのも、ああ、やめておこう、想像するべきじゃあない。

 

殺ししか知らない彼女が行きついたのがヒューマライズ──フレクト・ターンだ。

そして命じられたトリガーボムの解除キーの回収──三度の失敗。

 

最後には自死を選択し、それをジェントルが止めた……と。

道理で……窃野に守られるように立つ彼女の眼は、死んでいる。視線は合うし、男と同じように観察はされているだろうが、生きる気力が欠けてしまっている。

 

「ベロスと呼ぶよ」

 

英語に切り替えて彼女に声をかけると、窃野が膝をついたまま不安そうにベロスを振り返った。

 

「フレクト・ターンはいまオセオンで裁判を待っている。判決は日本だったら死刑だけど、どうだろうね」

 

黙ったままか。テーブルのシュガーポットから角砂糖を一つ取り出して、口の中に入れた。わざと音を立ててかみ砕く。意味などない、すこしでも反応が欲しいだけだ。

 

「オセオンのヒーローとは繋がりを持った。裏の社会と組織的な動きもできる。金が払えればフレクト・ターンの解放も手助けできるけど、どうする? ああ、解放できるって約束じゃあない」

「少年」

 

ジェントルが言葉尻を強くしたが黙殺する。

ベロスはオレの言葉を信用していないのか、静かなままだった。いや、瞳が揺れた。フレクト・ターンへの忠義が残っているのなら──このまま警察だ。オレがジェントルたちを集めたことも露呈するだろう。さすがに雄英も許してくれないだろうな。

 

「……良し、話は終わりです。みなさん、お疲れさまでした」

 

紅茶を飲み干してから、そう言い切った。

最後に名も知らぬ男を見ようとして、バランスを崩した。

 

慌ててカラのカップをテーブルへ置き、寄りかかってきた窃野を睨みつける。

 

「なあ社長、待って、待ってくれよ」

「同情だろ。彼女を救おうとするその気持ちは、自殺を止めたジェントルとそう大差ないんだ」

 

第一、彼女に救われる気がないのだから報われない。

オレの言葉に、壁の花と化していた宝生が怒気を膨らませてこちらを睨みつけてきた。オレも視線を合わせ、一瞬だけベロスへと向ける。宝生も気づいたか。

彼女の視線は、窃野へと向いていた。

 

窃野本人は、注目されていることには気づかずに、オレに拒絶されたことに怒りも見せずに、必死に言葉を紡ぐ。

 

「同情だよ……お前の言うとおりだよ! だからわかるんだよ!

「いまじゃなきゃダメなんだ!!

「【あんとき】もしだれかが助けてくれりゃ、俺はヴィランになんてにならなかった!

「笑えるだろ! 手を差し伸べた唯一のヒーローが! 俺を助けたその足で金貰いに行くんだぜ!? 正義の味方が聞いて呆れるだろ!

「なあ新入り! こいつ助けて気持ち良かったか! 助けてなにがしたかったんだ!? どうするつもりだったんだよ!

「人生背負えなんて言わねぇよ! 自殺止めて、説教して、それでお終いかよ!? 助けてくれよ! なあ! ヒーローなら助けてくれよ!」

 

床に額をこすり付け、肩を震わせる窃野。

心理戦など無意味だと思うくらい、真っ直ぐな男だったか。ずいぶんと見誤っていたし、窃野も自身を安売りしすぎだ。

 

窃野の意見を跳ね退けるのは簡単だ。ヒーローとしては、ほかに選択肢などありえない。

──そしてそれを選ぶのなら、ヒーローになど成るべきではない。

 

窃野から視線を外し周囲の様子を窺う。

彼の言葉を拒否すれば、窃野はこの場所からベロスの手を引いて逃亡するだろう。宝生や多部が彼の手伝いをすることは明白だ。責任の一端を感じているジェントルがそれに手を貸すことも十分に考えられる。となればラブラバも当然のようにくっついていくだろう。残るは竹下さんだが、彼はきっとこの場に残ってオレの足止めかな。

 

まったくどうして、人の心は金じゃあ買えないな。

 

あとはあの公家顔の男との自己紹介でも済ませようかと思っていると、不意にイギリス英語が聞こえてきた。ベロスだ。言葉は通じなくとも、窃野の行動が自身のためになると理解はあるのだろう。

 

「ヒューマライズは、金払いが良かった。最初は、その程度だったんだ……。

「でも、あいつらは私たちの話を聞いてくれた。いっぱい話してくれた、口下手な私の話も、ゆっくりと聞いてくれた。

「友だちも……できた。

「初めて居場所を作れたと思った。初めて守るものができたと思った。

「でも、あのスーツケース……あれは、破壊で済んだんだ……。その場面なら、何度も、何度もあった! 一言壊せと命じてくれていればっ……──結局フレクト様は、私など信用していなかったんだ……」

 

俯く彼女は唇を噛みしめ、涙を流している。

ジェントルと竹下さんには聞き取れただろう。それでも、手を差し伸べたのはラブラバだった。

 

「すこしお話をしましょう。坊やも、それでいいわよね」

「ええ、空いている部屋へどうぞ。家具は?」

「それも話すわ。手錠も、要らないわよね」

 

ベロスのことがバレればもう言い訳のしようがないな。とうとう小さなシンジゲートを作ってしまった。

消えていく二人を見送ると、竹下さんが先程の会話を通訳して窃野たちに聞かせる。

 

「いいのか? 本当に?」

「ええ、ヒーローとしてではありません。あと、あなたを助けたヒーローの行動はただの仕事です。納得できますよね?」

「あ、ああ! ああもちろん!」

「あと追加報酬はなし。警察に突き出されなかったことを感謝してください。宝生もジェントルもそれでいいですね」

 

肩をしゃくる宝生からも異論はなし。はあ、スキャンダルも良いところだ。さすがに父親には報告しておくか、あの鉄仮面が剝がれればどうなるかわかったものではないが。

 

「──では、おまたせいたしました。私は策束業です。ミスター、お名前を」

「あっしのことで? まさか覚えられているとは、光栄でやんすね」

 

男が一歩、二歩と近づいた。窃野は立ち上がって、オレを守るように立っている。……警戒している? 宝生は腕を組んだままだが、視線は男に向けられていた。

結局だれか思い出せなかったな、まあいい。名前を聞けば思い出すさ。

 

「あっしは玄野針。以後お見知りおきを」

 

あー……ちょっと時間が欲しい。

玄野、針? どこかで聞いたような、どこだ、どこだった?

 

ため息一つ挟んで、見かねた宝生が答えをくれた。

 

「そいつは治崎の右腕だ。死穢八斎會現若頭、玄野針。個性は、なんだ、クロノスなんとかつったっけ?」

「ああ……ああ……」

 

喉の奥から変な空気が漏れた。

そう言えば、緑谷回収するときに死穢八斎會のルートを使えば人ひとりくらいって言ってたな……。この玄野を使ったのか。迎え行ったときの電話口もこいつかな。

なるほど、見覚えがあるのは警察に渡されたヴィランのデータでだな。治崎と乱波以外は掴まって以降の話を聞きもしなかった。

こういうところが窃野からすればヒーローの無責任さだろう、自戒しなきゃならないな。

 

「クロノスタシスでやんす。それに死穢八斎會の若頭と言ってもいまは壊滅状態。シマのシノギはほかのヤクザに入れ替わってやすし、あっしの保釈金で金庫の中身もすっからかん。しばらく犯罪に手を染めるつもりはなかったでやんすが、どうしてもと言われて事情を聞いたら、真っ当な仕事を紹介してもらえると聞いたもんで」

「同情引くにはちぃと弱いな。こういう作り話はどうだ? お前さんは本当は五歳の女の子で、ヤクザたちに拘束されて両手両足ズタズタにされて生きる希望も失っているってのは」

「……耳が痛い」

「テメェらにしてもらいたいことなんて、鉄板の上で土下座でもしながらだれにも知られず死んでいくことだけだ。いますぐ消え失せろ、ベロスをここまで運んだ礼に、それで済ませてやる」

「それはできない相談でやんすね」

「狙いは金だろ? なにに使う気だよ」

 

二択だが、言わなくともわかる。

 

「オーバーホールの釈放」

「それはできない相談でありんすね。そもそもアイツは両腕失って喪心状態だっていう話だ。演技なのか?」

「さあ」

 

玄野は椅子に腰かける。ジェントルが紅茶を差し出すが、なんならお茶漬けでも食わせてやればいい。

 

「ヴィラン連合の話は聞いてやすかい?」

「ああ。お前の知っている程度のことなら」

「そうですかい。なら、解放軍のこともご存じと」

 

玄野が笑いながら紅茶を飲む。

くそ……公安委員会の秘密主義にもいい加減うんざりだ。なんでこんな三下に手玉にとられなきゃいかん。

解放軍? それはファッションでの軍隊か? それとも本当に百人くらい手下を集めたとか? USJの再来かよ、脳無の数によっては被害が想像できないな。

 

「二百まで出す。話したら帰れ」

「──狙いは金じゃない。あくまでオーバーホールの保釈が目的だ」

 

口調が変わった。足元を見たわけではなく、おそらく、ここからは本音で話すぞという合図だろう。オレはノらない。

 

「保釈してどうするんだ」

「組長を、元に戻す」

 

オヤジ……? ヤクザが言うところの親分か? 元に戻すという意味から察するに、昏睡のことを言っているのか? 構成員の多くは病気だと信じてやまないようだが、治せばいいのだ《オーバーホール》で。問題は、組の舵取りを自分で取りたいと画策した治崎が、昏睡を仕組んでいたと思っていたのだことだ。

死穢八斎會の治崎組長は、策束壊理ちゃんの実祖父。そして治崎は養子である……。こっちの情報はこれで終わりだ。踏み込みが足りな過ぎたか。

 

「それはこちらでも請け負おう。治崎がいる必要はない」

「……どうやって?」

 

玄野が初めて表情を変えた。ようやく真っ当な質問してくれたな、ありがたいよ。こいつ本当に治崎の下に就いていたのか? オレが雇いたいくらいだ。

 

「情報の交換なら、こちらとしても手は打てる」

「全部話したら、言い値で買ってくれるか?」

「はは」

 

失礼、笑いが。ようやく上下関係を結べて安堵してしまった。ヤクザに五分の盃なんてほとんどないだろう、それと同じさ。

 

「程度の低い情報なら、いますぐ警察に自首をオススメしますよ」

 

お互い紅茶を一口飲み玄野から話を聞き出すが、オレが二口目に辿り着くことはなかった。

あまりの話の衝撃にトイレに駆け込んだからだ。

 

まだ情報の精査が終わっていないのでいくつかの情報源に連絡を取る。三人目まではなにかの冗談だと思ってくれているようで安心していると、四人目のサー・ナイトアイから衝撃的な話を聞かされる。

 

『さすが策束家の情報網だ、舐めていた。話があるとアポをもらっていただろう、その件が大きく関わってくる。ヒューマライズの一件で延び延びになっていたが時間があれば──おい、そこトイレだろう? また吐いたのか? 胃に穴が開くぞ』

 

ヴィラン連合が瓦解した。

あのオール・フォー・ワンがサポートに徹し、死柄木弔がこどものように作り上げたヴィラン連合──その殻が、崩れ去った。

壊したのは異能解放軍という市民団体。それが寄ってたかってヴィラン連合を攻撃し、崩し、壊し、【中】から溢れ出たものが、異能解放軍を食い漁った。

 

名を変え、姿を変えた。まるで蛹だ。

羽化した化け物の名前は、《超常解放戦線》。

 

玄野の話では数百どころか数万の規模で作戦を練っているらしい。狙いは、日本転覆。世界征服を言い出さないだけまだマシだが、頭が悪いことには違いない。

 

ナイトアイからその話を聞かされた以上、玄野は無条件で雇った。

 

「潜入捜査は無理だからな、一度断っている」

 

なんでも死穢八斎會が壊滅したことで、行き場を失くした末端がその組織に参加しているらしく、そこから勧誘が届いたという。

この玄野がスパイである可能性もゼロではないが、あまりにも非効率すぎるためにその可能性は限りなく排除している。

玄野の目標が『治崎の解放』あるいは『組長の快復』であるのならば、オレたちに与するメリットのほうが先立つはずだ。

 

……──狙いの一つはオール・フォー・ワンだろう。アイツは【象徴】になる。

ほかに、ほかにはなんだ? どうやったら日本の基盤がひっくり返る。首都東京への大規模攻勢はありえるか。ヒューマライズ同様、各地の都市部に爆弾を仕掛けて一斉爆破すれば、考えうる最悪の事態は容易に作り出せる。

 

夏、夏までに。間に合うか? オレの手札だけでは確実に足りない。とりあえず父に──早計か? 信頼できるか? 戦争ってのは金を稼ぐチャンスでもある。策束家はそれで成り上がった経験があり、父がそれを誇りに思っていないという証拠はないぞ。むしろ武器を売りつけそうで……武器、武器か。最低一万人の超常解放戦線だと仮定して、飯と武器はどうするつもりだ。というかどうやって連絡を取り合っている。個性だけでと言っても、一万の暴徒が烏合の衆で襲い掛かってきて、フル装備のヒーロー千人を相手に勝てるか? 怪しいところだ、非戦闘員を自負するマニュアルさんの個性ですら、消火栓を使えば百人は足止めできるだろう。ダメだ、情報が足りない。確証もない。出遅れも良いところだろう、明日にでもナイトアイに──なに、どうした」

「いや、めちゃくちゃ喋るなって」

「不気味だぜ社長」

 

また独り言? 良くない兆候だ。ただの癖なのだが、こんな独り言情報漏洩のリスクしかない。ストレスかな、あーやだやだ。

 

「ベロスと玄野の一件も私が抱えます。ご安心ください。玄野、ほかになにか落としておくべき情報はありますか?」

「さあ、あっしに声かけてきたやつも末端も末端なのでね。本来なら公言することも禁止されているそうでやんすよ」

 

口調を作り終えた玄野の説明を聞いて納得する。一万人も抱える組織を、ヒーローや警察、それこそ策束家や八百万家の情報網を搔い潜って集まっているということは、本来あり得るものではない。過信だったと言われればそうなのだが、それにしては異常な事態だ。なにか新しい技術を使われている気がしてならない。

 

残念ながら超常解放戦線の主導者は不明のままだ。死柄木は顔役には成れるだろうが、リーダーというにはあまりに不安定だ。右腕のような存在が必ずいるはずだ。ラブラバならなにか情報は掴んでいるだろうか。

 

「玄野はそのまま情報収集を。情報は買います」

「あっしの集められる情報なんざ、ヒーローより精度落ちるでやんすよ」

「情報は多角ですよ。ニュースやSNSの文言を鵜呑みにする阿呆がどこにいます?」

 

安く買い叩かれる心配だろうか。心配するなよ、噂話でも、なんでも、いくらでも買うさ。HNの情報ならラブラバの出番だろう。オールマイトにも話を聞かないとな。さすがにオールマイトとエンデヴァーは把握しているだろう。

携帯端末を取り出して、有力な情報提供者と通話する。

 

「相澤先生、いまよろしいでしょうか」

『どうした。お前いまどこにいる』

「所用で抜けています。それより、超常解放戦線という単語をご存じですか?」

『また厄介事に首突っ込みやがったな。なんだそれは』

「いえ、帰ったら詳しくお話しますので、すこーし秘密にしておいてください。オールマイトはいらっしゃいますか?」

『ああ……いやいねぇな。学校には戻ってきている。おいお前も──』

「失礼します。またあとで」

 

相澤先生が文句を言いかけたので、慌てて通話を切る。相澤先生にはもう一つお願いしたいことがあったのでちょうど良い。いや、合理的だ。

 

「戻ります。竹下さん、車を」

「うっす」

「あと玄野、あなたの部屋はありません。駅前にホテルがありますよ」

「くく、カルマ組への正式加入はお預けでやんすなぁ」

 

お茶請けのクッキーを食べながら、玄野はからかうように笑っていた。

なにがカルマ組だ。利害が一致しなきゃあ即座に解散だぜこんな問題児どもとは。

寮に戻る道すがら父と通話していると、ラブラバから画像とともに新しいパソコンが──スパコンが欲しいと連絡が入った。スパコンなんていくらするんだよ……。

 

簡単な連絡事項が済み、八百万会長も味方に引き込むことを約束させる。さすがにこんな事態は策束家の領分から大きく外れる。利益にならないのなら、利益を生み出す人物を味方に加えるべきだ。

 

──と、これは、なんだ?

運転中の竹下さんにラブラバから送られてきた画像を見せると、彼は「五億!!」と叫びながら事故りそうになる。いや、運転中に画面見せたのは悪かったが、これはなんなんだよ。

 

ラブラバから送られてきた画像には、薄っぺらい紫色の板が映っていた。

 

 

寮に戻ると、照明が焚かれた車用門に相澤先生が立っていることを確認した。近くにマスコミもいるが、あまりにも威圧的な雰囲気に、五メートルほど距離を空けている。

 

「お前だけ外出制限かけてやろうか」

 

車から降りると、そんな文句を言われてしまう。オレは返答代わりに車で書いていたメモを相澤先生に手渡した。

 

「最後は燃やしてください」

「あ?」

 

いまだ駐車場だ。大きな声を出す人ではないと思うが、怒鳴り出しかねない。案の定、彼はメモ用紙を読み込んで、足早に校舎へと向かう。歩幅が違うので遠慮してほしいのだが……。

 

「情報源としては弱いです。ですが、本当だとすれば──」

「オールマイトはグラウンドにいる。公安は?」

「さあ? あ、ちょっと、ふざけてはいませんよ。つい一時間前に入手した情報です」

 

相澤先生が無言で捕縛布に手を伸ばすものだから、慌てて言い訳してしまった。

問題はオールマイトすら知らない場合だ。

その場合、公安にも超常解放戦線の手が回っている。ただ無能な集団。あるいはもう秘密裏になにかの手を打っているという三択になる。無能である場合、超常解放戦線という存在を明るみにさせたほうが良いよなぁ。

まあオールマイトが知ってさえいれば問題ない。……さすがに引退しかけとは言え、オールマイトには教えるよな。前提ミスしたか?

 

「オレは根津校長にこのことを伝えてくる」

 

グラウンドへの分かれ道で校舎に向かおうとした相澤先生を引き留めた。もともとべつの用事があったからだ。さすがに一万人のヴィラン集団と比べると非常に弱々しい話をさせてもらうのだが、相澤先生の協力がなければ片付けられない問題だ。

 

「壊理ちゃんのことです。角に兆候が表れました」

「そうか……。いまは学校を離れられない。明日にでも部屋を用意しておく」

「ああ、その準備はこちらで終わらせてあります」

「なんだと?」

 

壊理ちゃんの角だが、じつはヒューマライズの最初のテロのときにはその手の話題が上がっていた。ナイトアイの《予知》で言えば範囲外だったために優先順位を下げていたが、二月になったらもう一度《予知》をしてもらうというのも一つの手だ。

 

だが、そんなことしなくともなんとかできる手札は揃っている。

必要な手札のうち、一枚はイレイザーヘッドだ。

 

「申し訳ございませんが、そちらの件は根津校長からお聞きください。業務命令として下されるはずです」

「てめぇ……」

 

わぁこわい。

 

「いいじゃあないですか。壊理ちゃんは相澤先生【には】懐いていますし。おっと、では、オールマイトに話を聞きに行きませんと。失礼しますよ」

 

さて、週末には壊理ちゃんを雄英に呼ばなければいけないからな。緑谷と通形先輩にも伝えておこう。

問題があるとすれば、A組の談話室が一つ減って、オレのプライベートスペースが無くなってしまうことだ。まあいいさ、この機に妹との溝を埋めていこうじゃあないか。

 

「オールマイト! と、悪いな緑谷。すこしお話よろしいでしょうか」

 

森の中で訓練の真っ最中だった二人に声をかけて、緑谷からは距離を置く。壊理ちゃんのことを聞いたら喜んでくれるだろうか。

 

「まずはヒューマライズの件、お疲れさまでした」

「キミと話していると、なんか気疲れしちゃうなぁ」

「平和でいいでしょう? それより、お話【二つ分】、お時間いただけますか?」

 

はてさて、ヒーロー公安委員会は無能か否か。

オールマイトの釣り上がっていく瞳が、平和を守る重圧を教えてくれた。

 

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