オリジナル回となります。
「ふう……」
学校の一室でオレへの《予知》を終えたナイトアイが、ゆっくりと目元を解しながら息を吐いた。
「さあ、つぎはキミの番です」
「──はい」
ナイトアイは立ち上がり、背後に控えていたファントムシーフこと物間寧人にソファーを譲った。
緊張した面持ちの物間はナイトアイと握手をしたのち、オレへと向き直る。
「ちなみに、《予知》は何度目?」
「……初めてだよ。よろしく実験体」
「お手柔らかに。ところで良いものは見れましたか?」
「ええ、いますぐにキミを閉じ込めていたいくらいには」
ナイトアイはどこかに電話しながら、オレの《予知》の内容をパソコンに入力中だ。これからオールマイトにも会うというので、そこで披露するだろう。
「キミの人生を丸裸にされる気分はどうだい?」
「世界平和のためならば、どうぞ」
座ったまま、対面の物間と握手をする。
瞬間、物間が吐いた。白目を向いてゲロを来賓用の机にぶちまけると同時に、オレの顔にも盛大に掛かった。
「げぼぉぁぁあ!!」
「目がぁあああ!!」
痙攣する物間は握り締める手を解くこともできない様子である。痛いくらい握り締められる左手を振りほどくこともできず、溢れる涙を制服の袖で拭う。
「まあこんなものだろう、すぐに清掃員が来る」
「これ《予知》してたでしょう!! なんで止めてくれないんですか! 絶対《予知》の未来って変えられますよね!?」
室内ながら床に唾を吐く。最悪だ、引き受けるんじゃなかった!!
「《予知》の危険性も知らずに、安易に物間へ《予知》を勧めた罰だ。もし実践で使っていれば大変なことになっていたぞ」
口で言えとは言えず、ほどなくやってきた清掃員に物間ともども謝罪する。ナイトアイは謝罪しなかった。
すぐに二人でシャワー室へと向かい、ナイトアイの愚痴を言い合う。
「大変なことになっていたぞ!? なってるよ! もうなってるよ!!」
「そもそもあの人ユーモアユーモアうるさいんだよ! ネクタイもセンスないし!」
「ネクタイ! ダサいよな! なんだあれ!」
「あとオールマイトが大好きすぎる! いい歳してわけわかんないフィギュア買いすぎだよ!」
身体を拭く段になっても愚痴はいくらでも湧き出るが、念のために物間へ質問をする。《予知》の内容だ。
帰って来た答えは「なんにも」だった。
見るには見れたが、その映像はまるで半透明のフィルムを何層にも重ねたように、識別は不可能だったという。それどころか上下左右、物間自身がどこにいるのかすらわからずに、超空間に放り出された宇宙飛行士のようになってしまったらしい。
「スカのほうがよっぽどマシだったよ……。あの手の個性もとてもじゃないけどすぐには使いこなせないね」
「見通しは?」
「わからない。苦手とかそういうレベルじゃないねあれは」
しかたないか。物間が《予知》できるのなら、五分後には二十四時間に一度という《予知》の間隔を五分にできたかもれないのだが、高望みだな。
「ん? 映像? 動いてたのか?」
「ああ。キミはまるで千手観音だった、よ……思い出させるな……」
口元を抑える物間を見ながら、どこか納得するものがある。
ナイトアイは自身の《予知》をフィルムと言った。それはフィルムのように見ているのではなく、見る情報量をわざと減らし、簡略化させているのだ。
そのことを物間に伝えるも、どう操作するかなぞ案も出てこない。ナイトアイが《予知》に否定的だった以上、もう使わせてくれることはないだろう。
ナイトアイとは合流を果たさず、物間と教室前で分かれる。お互い挨拶などないが、べつに良いだろう。
A組教室にノックしてから入室すると、13号先生が理科の授業を行っている最中だった。一言断ってから参加させてもらう。
さて、ナイトアイの《予知》を受けたわけだが、その内容でインターンの合否が決まると言われていた。ベロスの件があり本当は《予知》を拒否したい気持ちはあったのだが、【決戦】に向け《予知》の統合性を上げたいと言われれば是非もない。
決戦……か。
この日本で内戦だと? 現実味がない。ヴィラン連合がそのような【巨体】になると思ってもみなかった。
その決戦に向け、公安も雄英も動いていると聞いたが、ヒーロー側でそれらを秘密裏に知っているのはオレとナイトアイ、そしてオレが伝えた相澤先生、根津校長に留まる。物間や通形先輩どころか、センチピーダーすら知らないらしい。
根津校長が公安に連絡すると、真っ先にオレが事情聴取を受けることになった。それを助けてくれたのがナイトアイだった。
『彼にはある程度《予知》の内容を知らせなければならない。良いか公安、彼が鍵だ』
彼とは、まあオレのことで。
そのときはまだオレは《予知》されていなかったわけで、まるっきりナイトアイに庇われたわけだ。感謝である。
だが物間のゲロを顔面から浴びたのは、絶対に許すつもりはない。
物間もいまごろは一人ジャージ姿で浮いていることだろう。
帰りのホームルームで、相澤先生は黒板に日本地図を映し出しながら、話を切り出した。
「キミらの欠席日数を考えると、現状補習では単位を補えない状態となっている。レポート提出で補っても良かったが、ヒーロー科にしては芸がないという案が出てな。よって二月の第二週、学校側で用意したボランティアに参加してもらう」
拡大されていく地図には、雄英からほど近い海岸線映し出され、数キロに渡って赤く印がつけられている。
しかしオレも参加か? 絶対足りていると思うのだが、そんなに欠席してたか?
「なおインターンの総合日数が足りない者も参加してもらうことになる」
はい……。
要は一年次のインターンによるバランス崩壊のツケなのだろう。ヒューマライズと那歩島で両手の指では足りない日数の補講が行われるとは予想がついていたが、まさかそれでも足りないとは。クラス全員赤点である。
「行ってもらうのは山岳地帯と海岸の清掃だ。予定は七泊。区画は非常に広範囲で危険を伴うが、襲撃に対しての備えとして人員も配置済みだ、恥ずかしくない結果を出せよ」
ボランティアの清掃で危険を伴うし結果が必要? オレが知っているボランティアではなさそうな雰囲気が出ているが……。
半月後、オレたちは雄英高校のバスに乗り海岸にまで来ていた。
そして──その光景を見てそれぞれが悲鳴を上げる。
「汚ねぇとかそういうレベルじゃねーぞこれぇ!!」
峰田の言う通り、到着予定場所の手前から海岸線が見えているが、その海岸線に大量の不法投棄された粗大ごみの山が立ち並んでいた。
「そんな──」
窓に張り付いていた緑谷が悲しそうな声を上げる。家が近いらしいから、この光景はなかなか信じがたいものがあるのだろう。オレも地元がこんなんだったら嫌だなぁ。
「十トントラック何台分だと思う……?」
「大丈夫、小大がいる!」
オレの大声に瀬呂の呆れ顔が印象的だったが、眼前の量に現実逃避をしたい気分だ。一週間? ひと月だとしても難しそうだ。
近くの公民館へとやってきたオレたちは、B組と一緒に細々とした説明を受けるも、脳内は先程のゴミ山で頭がいっぱいだった。冷蔵庫をはじめとした粗大ごみ分類の家具も気になるところなのだが、自動車が数台転がっていた。あれはさすがに幻覚だと思いたいが……。コンビニ強盗しようとするジェントルより性根が腐っている行動だ。
市役所の方の説明もほどほどに、海岸にまで揃って歩き出す。飯田が息巻いて張り切っているが、緑谷は意気消沈だな。
「どうしたんだよさっきから」
「え、うん。こっち側って一年前は綺麗だったから」
はて、緑谷はどちらとの比較しながら話しているのか。聞けば、多古場海浜公園とのこと。
なんでも、すこし前まではその海浜公園が不法投棄しやすい場所だったらしいが、そこが綺麗になったことで不法投棄の場所が移ったのだろう。
なんというか、いたちごっこなのかなぁ。やるせない気持ちにさせられる。
「海浜公園のほうは大丈夫なのか? あとで見に行こう」
飯田がエンジン音を出しながらそう提案したが、そんな余裕あるかなー……。
ここまでゴミが放置されていたのは、市としては優先順位が非常に低いからだ。放置されているから『自分も一つくらい』という安易な気持ちで不特定多数の人間がゴミを捨ててしまう。
責任の所在で言えばゴミを捨てた人間だが、言い訳を許したのは周囲の環境だ。
と、そんなどうでもいいことを、広大な砂浜と大量のゴミを前に現実逃避しながらしてしまう。
マラソンでつらくなったら前の人のかかとを見なさいってやつだな。
「我が国のヒーローは数百倍のヴィランと相対するのであった」
「なんだよそれ」
「縮小比だな」
「敵は巨大なりってか」
鎌切が自身の刃で粗大ゴミを解体しながらツッコミを入れてきた。現実逃避中だよと軽口を叩くとケラケラと笑われた。
切り分けられた材質が鎌切の足元に散らばるので、それらを仕分けしながら鎌切と雑談を交わす。
「粗大ゴミ費用ケチって不法投棄かー。やるせねぇよな」
「リサイクル業者に持って行きゃあ、金になるかもしれないな」
「小銭だろ? 金持ちがなにケチくさいこと言ってんだよ」
「考え方の違いだよ。初めから金持ちで、ずっと金持ちだなんて一握りさ」
「わからねぇなー。宍田なら──ああ……」
鎌切が背後を見ると、吠えながら不法投棄の山に突っ込む宍田の姿が見えた。最初から飛ばしすぎたらしく、すでに意識を飛ばしている。貴重なパワー個性が……。
粗大ゴミから自動車を持ち上げて広場に運ぶ緑谷に、周囲のクラスメイトが歓声を上げる。
「すげぇな緑谷。あのパワーに、黒鞭だっけ? ダブルじゃん。どうなの無個性的には」
「羨ましいぜ本当によぉ」
「ヒヒ、やっぱりそうか」
「ナイーブなんだ、からかってくれるなよ」
「ワリィワリィ。だって、お前もすごいからさー」
「どこがだよー」
見事なまでのお世辞に、ちょっと懐かしい気持ちにさせられた。
A組でも入学当時は無個性であることが珍しすぎたため、妙に気を遣われたなぁ。
「だってUSJのときに、体育祭でも本選まで行ったし、ヘルメットマン、神野、あのヤクザのところでも活躍したんだろ? あ、でもヒューマライズのときだけは俺のほうが活躍したけどな!」
指折る鎌切が、最後は自慢気に笑った。どれもこれもいまや良い思い出だが、なんとそのすべてでオレはヴィランに傷一つ負わせてないんだぜ。活躍? 思い返しても、クラスメイトとヒーローと警察がいなければなにも、なぁんにもできなかったのがオレなのだ。
「ちょっと手ぇ止めない」
「お、拳藤、手は大丈夫か?」
拳藤は残念ながらこのガラス物が多くなった瓦礫の山で、手の平を痛めてしまい、治療中だった。
「破傷風だけは本当に注意だな。めちゃくちゃ怖いから」
「怖いこと言わないでくれ……。リカバリーガールにお墨付きもらったから大丈夫だと思うけど、安易に個性は使えないな」
そんな彼女の手にはロープ。どうやら瓦礫を直接持つのではなく、鎌切が切断できそうにない鉄製の物にロープを括り付け、それを引っ張ることにしたらしい。手を巨大化させればさせるだけ力が増す《大拳》に、重たそうな冷蔵庫が二つ運ばれて砂浜に轍だけが残っていた。
せめて小大と柳のペアがこちらにいれば……。
残念なことに、小大・柳ペアと、麗日・瀬呂ペアが山岳地帯へと向かってしまったため、海側は力業で解決するしかない。
「結構片付いた──と思ったけど、これは……きついな」
ローラー作戦とまでは言わないが、海岸の端から始めた清掃は、ようやく二十分の一ほど終わったところだ。
視界の端まで続くゴミの山に、鎌切が嘆いている。
「数日経てば達成感も生まれるさ。それに小大と麗日のヒーロー人生を一生粗大ゴミの片付けに費やさせるわけにもいかないだろ。オレたちも頑張ろうぜ」
「……よし! もちろんよ!」
気合を入れ直した鎌切とともに、初日だけでどうにか十メートルほど片付けることに成功した。
夕食は市の職員や近隣の方々が公民館に集まって、炊き出しを作ってもらった。
食事と睡眠のために小大をはじめ、山岳地帯のメンバーも戻ってきている。
彼女の《サイズ》は物体に対して無制限に掛け続けられる代物ではない。運送中に《サイズ》が解除されるリスクもあり、個性使用時の運搬はタイミングも限られる。その辺も考えないとな。
全員揃ったところで、炊き出しを仕込んでくれた方々から海岸地帯のゴミ山の話を聞くことになった。
どうやら夏を過ぎてから一気に汚されてしまったらしく、市としても一度重機を入れたそうなのだが、片付けたそばから廃棄される現状に、ヒーローへの委託も検討していたらしい。業者に頼むとあの量ではいくらかかるか……。百万、二百万では済まないだろう。
さすがにあのゴミ山を前にすれば、通りがかりが空き缶一つ捨てても文句は言えんわな。
山も、時期的に草木が枯れていることでゴミは見つけやすくなっていたというが、とてもではないが一週間では終わらないというのが、山岳地帯のまとめ役、八百万の感想だった。彼女の補助についている骨抜もうなずいている。
しかたなく、オレは時間をもらって段取りの確認をすることにした。
山も海も、それぞれ二十人では進みが悪すぎると判断したためだ。
緑谷以外にもデカいゴミを吹き飛ばそうとした爆豪だったが、吹き飛ぶには吹き飛んだが海風に風化したゴミが耐えきれず爆散したのだ。氷で固めて《テープ》で固定、なんてことも考えたが。まあそれは追い追いだな。
「海と山なら、終わりが見えるのは海だ。明日四十人全員で海を片付けよう」
「それは構いませんが、明日で終わりますか?」
「柳と小大がいれば。大雑把で良いんです。残りはオレや葉隠が残りの日数気合入れれば終わると思います」
「個性で分けるのか。俺は賛成だぜー」
鎌切をはじめ、何人かからも賛同を得た。
「では、明日は柳の《ポルターガイスト》の効果に入れた粗大ゴミを、小大の《サイズ》で縮小させてトラックに」
「ん」
「大量に《サイズ》を発動させた場合の継続時間ってわかるか?」
「ん」
……どっちだろう。まあ困ったような表情ではないし、問題はないということだろう。
「集積場まで車で十分ちょっと。明日は小大と柳、麗日と瀬呂の四名がリーダー役。残りのメンバーは端から攻めてればいいんじゃあないかなぁ」
「お、やりぃ」
「おめーは絶対サブだろ」
瀬呂の軽口に笑っておくと、つられて笑う周囲の学友の表情からは、どこか余裕が伝わってきた。
あのゴミ山もたった四つの個性があれば、一日でどうにかなりそうなのだ。オレにも《複製》さえあれば……ゴミが増えるか。
「あ、策束くん策束くん」
明日の予定も決まったところで、麗日から手招きされてそちらへと向かう。てっきり明日の打ち合わせ不足の解消かと思ったのだが、見当違いの用件だった。
「あの、策束くん。ちょっと聞きたいんやけど」
「はいはい」
「あたしのお父さんとお母さんに、最近会った?」
「会って……ないよ?」
「会ってる顔しとるよ!?」
いや、本当に会ってないよ? エージェントが向かっただけで。
「違うよ、なにも知らないよ」
「なに!? うちになにしたの!? あとおこづかいめちゃくちゃ増えてたんやけど関係ある!?」
関係、あるかなぁ。
「わかんないなぁ」
「なにその顔! ちょっと!」
首元を掴まれてガタガタと揺らされる。
どうやら彼女は母親から、策束業の人柄を聞き出され、おまけにカノジョの有無について聞いてくるようにお達しを受けたらしい。あははは、いねぇよそんなもん!
麗日のご両親が夢のために始めた工場に、策束家として手を加えた。
悪いとは思うが、こっちの都合に合う工場でぱっと思いついたのが麗日家の工場だった。神野区の再開発地区も考えたが、あそこの責任者は策束家の知り合いだからな、ワガママがまかり通ってしまうため、遠慮してしまった。
「ホームステイの話は?」
「ホームステイ?」
どうやらまだ秘密にしてくれているらしい。いまごろ【メリッサさん】は麗日の部屋を拠点に日本観光を謳歌しているだろう。あるいは、ラボラトリーを仕上げているかもな。
メリッサさんの研究室にどれほどの水準を要求されるか当時は確認できなかったため、麗日の実家の工場を買い上げることになった。ちょうど麗日ん家の商品がこちらにもメリットがあったのも良かった。ノウハウと人員も購入させてもらったので、策束家の連結子会社が一つ増えたよ。
まあまだオールマイトにも話していないからな、メリッサさんのことは追い追いだな。いま話せばこっちの都合も考えず向かって行きそうだ。
「や、ヤオモモ、助けてぇ」
「どうなさったのですか?」
「策束くんが悪い顔してて……」
麗日が弁慶の泣き所を攻めてきたので慌てて言い訳するも時すでに遅し、八百万からは普段の素行の悪さなどを含め、散々なお説教を受けてしまった。
翌日の作業は、見通しの良い海岸であるため、小大・柳ペア、麗日・瀬呂ペアは最効率でゴミの撤去を行ってくれた。夕方にはほとんど片付いて、鳥肌が立つほどに片付いていたな。トラック数回分の細々としたゴミは残ってしまっているが、それはあと数日でなんとかなるだろう。
となると問題は山岳だなー……。海岸のゴミは他県からもお届けされている状態なので、人目につきにくい山ではどのようになっているかなど、想像もしたくない。おまけに麗日の個性で浮かせても、直線では運べないことが多いだろう。高低差もあるだろうし、海に残る数人以外、あとは全員山籠りだな。
八百万から小型のビーチクリーナーを何台か《創造》してもらったので、オレと葉隠は確定として……うーん、B組は器用な個性が多いから迷う。物間と庄田かな。四人なら三日で終わるだろ。骨抜の個性も片付けには向かないからな、彼をリーダーに据えてもいいはずだ。
さて、と。
近所の大衆浴場から戻ってきたオレは、できるだけ出入口の一番近いところを陣取って早々に布団へ入った。
「はや、なんだよ策束、これからトランプやんぞー」
上鳴や峰田からの睡眠妨害にも屈することなく、だれよりも早く眠りにつく。
んで──起床は五時だった。
「さみぃー……」
廊下で着替えたのだが、あまりの寒さに指が凍り付きそうだ。エアコンというのは偉大だなー。
真っ暗な道を懐中電灯で照らしながら歩く。上着は着込んできたが、それにしたって寒すぎる。
真っ白の息を吐く音、しゃりしゃりと鳴る足音、遠くに聞こえる電車の音。
あと、間抜けなくしゃみの音と、鼻をすする音が聞こえてきたが、そちらはずいぶんと余計だったな。
波の音と潮の匂いで、海に近づいたのだと認識する。
ライトを周囲に向け、八百万が《創造》したビーチクリーナーを探して手に取った。使い方がよくわからない、原付バイクを《創造》できるくらいだから創れるだろうと思ったが、こんな複雑なのよく創れるな。
どうにかエンジンを始動させ、ハンドルを操作して試運転させる。騒音が海岸線に響き渡るが、おそらくは車のエンジン音より静かだろう。すぐに小石や木の枝が溜まっていくのが見えた。……楽しいなこれ。
効率で言えば、海岸メンバー全員で粗大ゴミを回収し、最後にクリーナーで小さなゴミを回収するってのが一番良いのだが、それなら多少早起きしてでもクリーナーをかけてしまおうと思ったわけだ。粗大ゴミはもう元々の九割もなく、五パーセントくらいかな。それもオレや葉隠でも運びやすそうな、細々としたゴミしか残っていない。この時間で一時間でも早く山岳地帯に参加できれば御の字だろう。
三十分もすると、車の通りも多くなってきた。日の出まではもうすこしだろう、ずいぶんと空も白んで、水平線がよりくっきりと見えるようになった。
海岸の清掃も一人でやったにしては上々の成果だ。
「あれー!? もういるー!?」
「ゴミか! 捨てに来たのか!」
「んだとぉ!?」
「カルマでしょ、もーうるさいなー」
防波堤側から、聞き慣れた声が響いてきた。
「おはようございます、百お嬢さん」
「ええ、おはようございます」
ぞろぞろと連れ添って歩いてくるA組とB組。何人かいないメンバーもいるようだが、総勢二十人は超えている。
全員分のビーチクリーナーは《創造》してもらってなかったので、何人かは薄暗い砂浜に懐中電灯を当ててゴミを探すほかない。予定では彼らが来なくても日程通りには終わるはずだったのだが、まったく、非合理なやつらだ。
朝からやる気満々の芦戸にビーチクリーナーを奪われ、オレと耳郎が波打ち際にまで追いやられてしまった。今度とびきり高級なケーキを奢ってあげよう。
「粗大ゴミ終わっちゃったね」
遠方を眺めていた耳郎が、寂しそうにつぶやく。
顔を上げると、空中を浮かぶ粗大ゴミが《テープ》に引かれている途中だった。柳はいないのか、すべて麗日と瀬呂が終わらせてくれていた。
「あとはゴミ取っちゃえばお終いだなー。全員でやれば昼前には終わるか」
「三日で綺麗になるもんだね。毎日やれば日本中綺麗になるのになー」
「人件費どこから出すんだよ。それに運搬費が馬鹿にならん。ゴミも焼却できるわけじゃあないし──」
「はいストップ! あれだねカルマは! 馬鹿かもしれないね!」
反論しようとしたとき、海風がごおと吹いた。水平線の向こうから来る突風は身体が押されるほどに強い。そして、冷たい。
手慰み程度に耳たぶを覆って風をやり過ごす。砂が舞うから薄目で周囲を見渡すと、クラスメイトも大慌てだった。隣を歩く耳郎に視線を向け──ちょっと笑ってしまった。
「さっむ」
オレと同じように耳たぶを抑える彼女の手は、胸の前で組まれていた。《イヤホンジャック》で異形の耳殻をしている彼女にとっては、そこが一番暖かいのだろう。
「風つよー……! こんなんで一晩中やってたの?」
「んなわけないだろ……。一時間もやらないうちにキミら来たんだよ」
「あそ、なら良かった」
「せっかく全部終わらせてカッコよく決めるつもりだったのに」
「だから良かったの」
なんだよ、カッコ悪いオレのほうが良いのか。あれか、上鳴のようにちょっと抜けてるほうが良かったりするのか!? オレだって結構抜けてるんだよ!
「置いて行かれなくてさ」
「公民館と海なんて十五分だろ。置いてつっても痛ぇ!!」
耳郎にふくらはぎを蹴られ、大げさに声を上げた。寒さに晒され続け過敏な痛覚があるのだ。
そんなオレを心配する様子すらなく、耳郎はオレの前を駆けていく。簡単には追いつけない距離まで先行した彼女は振り返り、笑う。
「ばーか!」
「ひでぇ! なんで!」
砂に足を取られながら追いかけると、耳郎が笑いながら逃げ出した。
八百万を盾にするように耳郎が動くものだから、両手を上げて降参だ。二人から距離を取って男性陣へと混じっていく。
それから一時間もしないうちに、海岸の清掃は終了となった。
◇ ◇ ◇ ◇
五日後、山岳地帯の清掃もどうにか終わらせたオレたちは、泥だらけで帰投のバスに乗っていた。爆豪ですらうたた寝するくらい疲れ切っているのだが、まだ夕飯の準備がある。
あー、どうしよう、オレも眠いし疲れた……。トーストは確定で、ジャムで良いか? ダメか、明日は通常授業だ。一週間ぶりのヒーロー基礎学、タンパク質は必要不可欠だ。
そんな心配は無用だったらしい。
「わーたーしーがー! 料理を作って待っていたー!」
一階の談話室では、オールマイトが夕食を作って待ってくれていた。すげぇな、あのオールマイトが高校一年生の夕食作ってるんだぜ。家族に自慢できるわ。
「壊理ちゃんも手伝ったんだろ? なにしたんだい?」
「ポテトサラダを、作りました」
「へへー! 頑張ったねー!」
恥ずかしそうに配膳をしている壊理ちゃん。彼女の角はもうオレの【人差し指】ほどになっていた。頭を撫でようとも思ったが、先に風呂だな。
「緑谷、壊理ちゃんポテトサラダ作ってくれたってー」
壊理ちゃんへオレより愛情を注いでいる緑谷へと報告する。嬉しそうにするかと思ったのだが、心配そうにオールマイトを眺めていた。
面白い、【あの姿】でキッチンに立つ彼の姿は、まるで深夜の通販番組だな。
「策束」
「はい!」
相澤先生いたのか。二階から声をかけられ慌てて階段を駆け上がる。二階の部屋から顔を出す相澤先生に指で招かれ自室へと戻った。
二階の談話室にはベッドが三つ。
川の字に相澤先生、壊理ちゃん、【オールマイト】が並んでいたのかと思うと死ぬほど面白いな。
「実験は半分成功だ。おめでとう、気分はどうだ?」
「ご協力いただきありがとうございます。つきましては当家で用意いたしました温泉旅行などオールマイトとご一緒に」
「黙れ」
「で、半分というのは?」
相澤先生は腕組みしたまま、器用に親指をキッチンへ向けた。
「【あの姿】は見ただろう。だが【個性因子は死んだまま】らしい」
日本のナンバーワンヒーローは復活成らず、か。個性因子に対応していないとは驚いた。まあ《複製》が個性因子には対応していて、生体には対応していないのだから、《巻き戻し》がその逆だとしても納得はできる。
「さすがに死者は生き返らないですか。残念ですがダメで元々。しかたありません」
「代わりに肺も胃も問題はないとさ。ピザ頼みすぎだあの人。二十枚食ってたぞ。一食で」
ジャンクフードの本場アメリカで過ごしていた人だ、日本の高級ピザなどチップス感覚だろう。だからって二十枚? 想像しただけで胃もたれしそうだ。
「笑い事じゃねぇ。壊理ちゃんが二キロも太った。さっさとお前ん家に戻せ」
「……それは成長しただけでは?」
「いいから戻せ。俺はもう教員寮に戻る」
鼻を鳴らせて部屋から出た相澤先生についていくと、壊理ちゃんに別れの挨拶をするようだ。途端に壊理ちゃんが相澤先生の足に抱き着いてぐずってしまう。
だはぁー! めちゃくちゃ面白い! 今度女児向けアニメを劇場で見ましょう、付き合いますので。貸し切り? しないしない。初日に行くわ。
声を堪えて笑っていると、キッチンから緑谷が駆けてきてオレに抱き着いた。背骨が折れそうになるほどの衝撃そのままに、肋骨が折れんばかりに抱きしめられる。苦しいと文句を言う暇もなく、緑谷の涙がオレの肩を濡らした。
「ありがどう!! ありがどうざくだばぐん!! 壊理ぢゃんも!! ありがどう!!」
何度も緑谷の背中をタップするが、それはオレが痛みで白目を向くまで続けられることになった。
「さむいねじろーさん」
※Twitterネタなので、知らない人は画像を検索してください。言葉では伝えきれません。あのじろーさんの前に立つ人物が誰なのか、どのような考察をしてもわからないのが悔やまれますね。個人的には上鳴かヤオモモの二択だと思っています。