【完結】無個性ヒーロー   作:南畑うり

86 / 138
群訝山荘・決戦準備編

 

課題として用意された奉仕活動を終え、すでにひと月。

雄英高校は春休みを迎え、表面上は一般的な春休みに入っていた。

まあ一般的という意味で対人格闘を含んだ訓練を行う春休みはあまり聞かないのだが、雄英ヒーロー科としては慣れたもんだ。

 

「つめてー!!」

 

体育館の外に作られた蛇口で、無理やり頭から水を被る。顔を上げると、その水が身体へと伝わって急激な温度差に悲鳴を上げた。

水に関してトラウマはあるにはあるが、さすがに命の危機を感じるまで運動させられたあとでは、この程度って感じだ。

 

「乱戦だと峰田の個性って凶悪だよなー」

「瀬呂のはまだ視認しやすいけど、峰田のはなー」

「あはは、尾白の尻尾すごいことになってるじゃん!」

「燃やすか?」

「やめてよ!」

 

轟の炎から自身の尻尾を守るために抱きしめると、彼はその姿勢のまま《もぎもぎ》に接着されてしまう。

慌てる尾白を見ながら、ようやく息ができた気がした。

 

ナイトアイから《予知》の断片的な内容を聞かされて以来、起きたときから夢にまで出てくるのだから、自分のメンタルの弱さに笑ってしまう。

 

──決戦。

 

規模も、目的も、勝敗すら教えてもらっていないのだが、すでにナイトアイ事務所にインターン生として、その決戦に参加するように申し付けられている。

物間すら知らない。箝口令が布かれているのだが、問題は箝口令が出されていることすら秘密になっている。表面上は、なにもないように過ごせ、それが命令だ。

 

ナイトアイが《予知》の狂いを嫌ったものか、それとも広めることにデメリットがあるのか。

良い点としては、オレ自身が内通者である可能性が大きく減ったことだな。さすがにそんな情報をオレが受けとり流したとして、ヴィラン連合……ではなく超常解放戦線は作戦の起因にはできないからな。決戦が起こることが露見した場合、それはそのままやつらの戦争計画の失敗になりかねない。

……となると、決戦が起こらなかった場合、オレの内通者疑惑が確定するのか?

相変わらず彼の個性は謎が多い。もっと情報を落としていただきたいところだが、あまり《予知》されてベロスのことがバレたときは退学だ。

 

いや退学云々で言えば、日本の内戦を考えると学校って機能するものなのか? いや、ナイトアイは「決戦」という言葉を使った。一度で終わる? わからん、わからんなぁ。

 

ナイトアイには未来の道筋が見えているのだろうが、それをオレのような末端に落とす気はなさそうで、手の打ちようがない。

 

「ようやく笑ったね」

 

水を蛇口から直接飲んでいた緑谷が、オレを見て笑った。そんなバレるほど余裕がなかったか。

緑谷は、一度ナイトアイの《予知》を逸脱している。オレの切れる手札で決戦に対抗できるとすれば緑谷だけだ。戦争回避が緑谷に掛かっていると思うと、なかなか無理難題だけどな。

 

「真剣だったのさ」

「うん。でも、集中してないよね」

 

緑谷のあまりのストレートな指摘に言葉を失う。彼は慌ててフォローするようにオレを褒めるが、手遅れだ。

 

「午後は個人戦だったなぁ! 緑谷ぁ!」

「え!?」

「初戦はお前ブチ倒してやるぜー!」

 

緑谷の脇に手を入れ、思い切りくすぐっておく。身を捩り逃げ出した緑谷を追いかけるが、残念ながら時間切れとなった。

 

「策束、行くぞ」

 

えー、いまからか。濡れた服を着ると、急激に体温を奪われていく。

相澤先生に呼び出され、実家へと向かう。ナイトアイが復興財源を求めるための交渉を父に行うのだ。事前に金の計算ができるのは良いが、戦争負けてませんかねぇそれ。

 

「緑谷、首を洗って待ってろ!」

「うん!」

 

緑谷の快諾を聞きながら相澤先生と歩くと、先生がこちらを見ることなくツッコミを入れてきた。

 

「どうやって緑谷に対人で勝つつもりだ。捕縛布は貸さないぞ」

「いや、べつに勝てないからって勝負しないわけじゃあないでしょう。訓練なんですし」

「……そうだな」

 

相澤先生が鼻で笑った。

 

「またなにかやらかすと思ったぞ」

「純粋な力に素人の作戦なんて通用すると思ってるんですか? ビル半壊させる力ですよ? 無理無理」

 

いや、あれからもう一年近く経過しているし、緑谷の骨折も訓練では聞かなくなって久しい。より高いところで個性を使いこなしている証拠だ。

ナインやヒューマライズみたいなわけわからんほどヤバい相手が多いだけで、緑谷はヒーロー科全体でも頭一つ飛び抜けている。範囲技ということでなら轟に分があるが、体育祭のような競技で、緑谷が轟に負けることは考えにくい。そんな緑谷にほぼ負け無しの爆豪が異常なだけだ。

 

「でもやるのか? 不合理だな」

「仕事を選んで良いんですか? 非合理的ですね」

「違いない」

 

なんてカッコつけしたものの、オレの手元にはベロスがいます。本当これバレたらどうなるんだろう、せめてナイトアイだけは味方につけておかないと。

 

そんなナイトアイは父と談笑をしていた。

談笑と言ってもどちらも笑ってなどいない。父は人当たりの良い笑顔で話しているだけで笑ってなどいないし、ナイトアイは元々の仏頂面をそのままにしている。

 

だが、二人ともどこか馬が合うようで、オレや雄英がいなくとも商談はまとまったようだ。秘書役の弟が困惑しながら、相澤先生の到着を父たちに告げる。

手持無沙汰な弟を指でこちらへ来るように指示を出す。

 

「終わった?」

「終わったけど、二人ともヒーロー事務所の資金繰りしか話してないぜ。はいこれ」

 

ナイトアイのもってきた書類には復興財源確保のための同意書や、金額が記されている。ほとんど募金だなこりゃあ。

どんな会話が行われたかは知らないが、父はそれに対して文句もなく雑談を優先した? 本来はありえないが……。

 

「それより、授業内容教えてくれって」

「言っただろ、まずは個性を伸ばすの。雄英入ったとしても変わらねぇよ」

「だけどもう飽きたっつーの」

「なんだよ、まだまだ。いまや【手の平】に包んでできるんだろう? ずいぶん成長したじゃん」

「そうだけど……まあ、うん……」

 

なにか言おうとしていたが、現在進行形で雄英ヒーロー科として活動している兄の助言だ。もうしばらくは聞いてくれるだろう。

実際一年生の期間の半分は個性を伸ばすことに注力しているため、間違ったアドバイスはしていない。たとえその訓練に、オレへの【メリット】があったとしてもだ。

 

一瞬、ナイトアイに見られた気がしたが、彼の視線は父と相澤先生へ向いたままだ。

……気のせいか?

ちょろっと授業内容を教えるだけで目を輝かせる弟に良い兄貴になった気分にさせてもらって、次は壊理ちゃんのご機嫌でも取りに行こうかと思ったが、どうやら母親と出かけているらしい。相澤先生いるから、早めに帰ってくると彼女の笑顔も見られるのだが……まあ母親とじゃあ無理かな。

 

案の定一時間程度で話を切り上げ、学校へと戻ることとなった。

 

 

その日の夜、決戦に向け夏までにはと【作戦】を練っていると、芦戸がこちらへ訴えかけるような目で見ていることに気が付いた。

というか帰ってきてたのか。インターンで抜けているヒーロー科は多い。心操もその一人ではあったりするのだが、いまやインターンというより、事務所への出向なのではないかと思うくらいシフトを入れられているらしい。

日帰りの場合も多いが、多くは泊まりだ。にもかかわらず帰って来たということは、芦戸たちの今年度のインターンは終了かな?

 

「どうした?」

「んーふーふー。今日何日でしょうかー!」

 

今日? は……あー、そういうことか。

 

「まさかそれでわざわざ帰って来たの?」

 

寝室から化粧品の入った紙袋を二つ回収し、それを手渡す。

 

「やったー!」

「葉隠は?」

「青山と一緒にインターンについて聞かれてるー」

 

遠慮なく紙袋からポーチを取り出すと、その外見を褒められしかも入っている中身にも満足であると告げられた。ホワイトデーのお返しだ。もらったのは義理チョコだが、礼儀だな。八百万からももらったし。

 

「ねえ、最近どうしたの?」

「んー?」

「怖い顔してるし」

「仏頂面で悪かったな」

 

──良くない。緊張がバレている。

万が一にもオール・フォー・ワンと対面した場合に心を読まれぬように対応策を練っているが、たぶん無理なんだよなぁ。オールマイトを切り札としてオール・フォー・ワンの前に置いても同じことだろう。オールマイトはいまや全盛期の二分の一程度の力を一日一時間使えるかどうか、その程度の健康体でしかない。

もちろんオールマイトの全盛期のシルエットは、切り札としては十分な威光がある。だが、切り札でしかなく、オールマイティに切れるカードではなくなってしまっている。

それをオール・フォー・ワンに知られれば逆手に取られる可能性も考えられた。

 

そのためオールマイトは生徒たちに無理してマッスルフォームをしているという話を作ってはいるが、おそらくそのうちバレる。このクラスでもその変化を気にしていないのは瀬呂くらいなもんだ。B組からも違和感に声が上がっていると聞く。

教員と生徒とオレの家族をオール・フォー・ワンに接触させるわけにはいかないな。

 

「ヤオモモからもなんか言ってあげてよー」

 

ん? 八百万?

顔を上げると、八百万に麗日、葉隠や梅雨ちゃんまでいる。

 

「あ、起きた」

 

耳郎もいたのか。手にはオレが用意していた紙袋が握られていた。いつの間にか寝室にも侵入されてしまっていたらしい。

 

「お疲れですか?」

「ええ、まあ、すこし」

「声かけたんだけどねー。ずっと黙ってるから怖くなっちゃったよー」

 

芦戸が葉隠たちと化粧道具を見ながら笑っていた。

 

「それより、みんなどうしたの? インターンは?」

「ちょっと休みだって。日程の調整でさ」

「あ、ウチもウチもー。ねぇ梅雨ちゃん」

 

……ギャングオルカにリューキュウも? どちらもビルボードチャート二桁の上位ヒーローだ。偶然か? 待て、決戦はいつだ? もう準備が始まっている? だとしたらなぜオレには話さない?

オレを心配そうに囲むクラスメイトから距離を取る。椅子が倒れて大きな音が鳴った。

合宿で傷を負った緑谷が、麗日が、梅雨ちゃんが記憶を巡る。USJで怯え切っていた葉隠は、オレのせい?

 

「策束?」

 

芦戸の声かけを無視し、携帯端末片手に走り出す。階段まで行く余裕すらなく、一階でのんびりしていたクラスメイトに声をかける。

 

「障子!!」

 

部屋を出て手すりを乗り越えて一階へと飛び降りた。障子の複製腕に飛び乗って、その勢いのまま寮を後にする。

相澤先生へと通話を繋ぐも、それは無駄だった。

 

駐車場にまで辿り着くと、二人の男性がオレの行く手を阻んでいる。

 

「さすがキミの個性だ。正確だね」

「雑だと笑ったくせに」

「……オールマイト、ナイトアイ。事情の説明を求めます」

 

──オレは、内通者なのか?

周囲をヒーローが警戒している? なぜオレをここまで泳がせた?

相澤先生が通話に出たらしく、耳元にまで運ぶ。

だが、それはナイトアイに奪われた。

 

「失礼。間違い電話だ」

 

一方的に通話を切られ、ナイトアイに携帯端末を奪われる。学友からも何件か電子メールやらの着信が届いていたが、いまは捨て置こう。

 

「先に言っておく。裏切者はキミではない」

「……それは、どうも」

 

──裏切者がいることは確定か……。まあいるだろう、でなければ説明できない事象が多すぎた。

どうせいるなら、オレだったら良かったのに。

そうすれば、オレがいなくなれば済む話だったのに。

 

「そいつの名前はわかりますか」

「わかるが、教えない。いまは意味がない。そのうちわかることだ」

「緑谷少年ではないからね! 念押ししておくよ!」

「……なら、なんであのとき教えてくれなかったんですか」

 

靴下で小石を踏んだのかじくじくと痛む足を庇いつつ、顔を歪ませてナイトアイに吐き捨てるように言った。

 

「さあ。なんでだろうな」

「公安といい、情報は正しく扱うべきです。もったいぶってなにを隠しているんですか」

「……あのね策束少年」

 

答えたのはオールマイト。ナイトアイは彼の言動を止めるように一歩踏み出したが、それをオールマイトが片手で制す。

そしてゆっくりとオレの前で膝をついた。肩に手を置いて、顔を突き合わせるオールマイトの告げた言葉は、正直理解できなかった。

 

「私、次の戦いで死ぬかもしれないんだ」

「……え」

「もう六年以上前、私はオール・フォー・ワンとの戦いで重傷を負った。ナイトアイは私が死ぬことを恐れて《予知》を行った。その傷では死なないと分かったのは良かったけど、彼は私の死ぬ瞬間を視てしまってね」

「オールマイト……」

「いいじゃないか。もしかしたら、こんな話できるのは彼が最後かもしれないんだよ」

「重すぎるだろう」

「乗り越えられるさ。A組の子なら、だれだってね」

 

訥々と語り始めたオールマイトの言葉は、耳鳴りに遮られていく。

いや、だって、傷も治って、個性も、無いんだ。

オールマイトとしていられる時間も、一日に一時間。それも出力なんて全盛期からすれば無いに等しい。

だから、あなたは、もう、戦わなくていい。

──ああ、耳鳴りが、痛いくらいに響いている。

 

「戦わなきゃ。ほら、ヒーローだから」

 

いるだけで、生きているだけで価値がある。

 

「生き残っていただけさ。キミたちがいるだろう?」

 

後進育成も立派な仕事だ。

 

「そうだね。でも私は──ヒーローに成りたいんだ」

 

教師、向いてないよ……。

 

「あはは、良く言われるなぁ」

 

ナイトアイ。

 

「無理だぞ。私たちの言葉を聞くのなら、もっと昔にどうにかなっている」

「さすがサイドキック」

「元サイドキックだ」

「つれないなぁ。おっと……」

 

い、いやだ。

 

「意外と泣き虫だなキミは。大丈夫、もしかしたら《予知》が外れる可能性もあるんだぜ? 彼の《予知》、わりと大雑把なんだ」

「年単位は難しいんだ。話が脱線した、決戦の話に……また今度にするか?」

「だって。どうする? もうすこし時間はあるんだけど」

 

オールマイトが力強く頭を撫でてくれている。

日本の平和を半世紀も背負ってきた英雄の手だ。この一年、この手に守られてきた。

 

「──いえ」

 

鼻を大きく啜って、目をぎゅぅうと瞑る。

大丈夫、しっかり、しっかりしろ。《予知》は変えられる。だれも死なない、だれも、死なせない。

 

「お願いします」

「うん、さすがヒーロー」

 

オールマイトにもう一度頭を撫でられる。

それを見ていたナイトアイが決戦の詳細を告げてきた──。

 

何度かの質疑に答えながら【呆然】としていると、オレを心配して探しに来てくれたクラスメイトが大声を上げた。

ぎこちない笑顔で謝罪しながら、でも心の中では覚悟が決まった。

 

戦争をする。

戦争に勝つ。そういう覚悟が、オレの中で形になった。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 

これから戦争が本当に起こるのかと思うほどに、静かな一週間だった。

その会話が行われるまでは、本当に平和な一週間だった。

 

「今度のインターン遠征だって」

「あら、本当ね」

「梅雨ちゃんたちも? マジで? 俺らも俺らも」

 

早朝、一階の談話室で補講授業の待機をしていたとき、そんな会話が聞こえてきた。

リューキュウ事務所インターン生、麗日・梅雨ちゃんと、マウントレディのインターン生、上鳴との会話である。

それに追随して、ほかのインターン生も遠征予定が組まれていることを話し始める。

 

遠征は三日後。集合場所は違えど大きくは二か所。京都と大阪である。

 

「策束くんも?」

 

ナイトアイのインターン事情が気になるのだろう、緑谷が首を傾げて質問を投げかけた。

答えはもちろんイエスである。

おまけに集合場所からの移動ルートも、チーム分けもわかっているつもりだ。

 

ナイトアイ事務所が配置されるのは、大阪府の山並みにある群訝山荘。

──超常解放戦線の本拠地であり、隠し施設だ。そこまでわかれば、その戦線とやらのスポンサーもわかっている。デトネラット社である。

四ツ橋社長がまさかテロ組織を支援しているとは思わなかった。道理でナイトアイが父に出資を要求し、策束家がそれに快く確約するわけだ。全貌はオレにまでは伝えられていないが、ある程度の予想はできる。

 

数か月前の泥花市の暴動、あれが転機だ。ヴィラン連合と事を構えた四ツ橋は破れ、両足を失うこととなる。取引をしたのか、それとも屈しただけか、ヴィラン連合を主軸とした超常解放戦線を作った。利益があるとするなら、やはり命乞いの代わりだったのかもしれないが、それは捕まえれば良い話だ。

引きずり出すのなら、オレの父や八百万会長が矢面に立てば簡単に釣り出せるだろう。

だが今回は実力行使。エッジショット、ヨロイムシャ、シンリンカムイ、ギャングオルカなど、盤石の布陣である。

 

問題はもう一方の、京都府蛇腔病院。

ナイトアイから聞いた話では、この地点で死柄木が強化されている途中であり、その口ぶりから察するに決戦とやらの本命はこちらなんだよなぁ。オールマイトが蛇腔病院側への参加と聞かされては、より説得力が増してしまった。

表面上の戦力は群訝山荘側へ割り振っているようなイメージが強いが、陽動なのだろう。あるいは、死柄木のことを伏せたのか。

 

病院で強化ねぇ。そちらも秘密施設だろう。

病院理事長──殻木球大。施設といい肩書といい、オール・フォー・ワンの実質的な後援であり、脳無を造ったマッドサイエンティスト。

死柄木を脳無に改造して、個性百個くらいある最強のモンスターでも生み出そうとしているのだろうか。

 

「え? カルマも大阪なの?」

「ああ。耳郎もってことは、ギャングオルカもか。上鳴は?」

「俺らもそうだぜー。小森もそうだってさ」

「おい上鳴ぃ! お前いつの間に小森と連絡先交換したんだよぉ! 同志じゃねぇのかよぉ! 教えてくれよぉ!!」

「お前にだけは教えるなってさー」

 

寮から出て行くクラスメイトにくっつき、雑談しながら全員の位置を把握する。

群訝山荘ではエッジショットがリーダーだ。彼とチームアップを組んでいるシンリンカムイ・マウントレディも群訝山荘である可能性が高く、その証拠に上鳴や峰田などのインターン生の多くは大阪集合だろう。

大阪と言えばファットガムか。あとで天喰先輩に話を聞きたいが、さすがに無理か。通形先輩はオレと一緒にいてくれるのだろうか。ナイトアイにくっ付いていくのなら京都側だな……。

 

クラスメイトを大阪と京都で分類しつつ、もう一つの問題が気になってしまう。

距離の近さだ。

群訝山荘がどこにあるか不明だが、聞いた話では砂色市という街の外れにあるらしい。そしてその地点から蛇腔病院までの直線距離はせいぜい三十キロ。

 

「わりぃ、ちょっと電話」

「おお、先待ってるぜー」

 

学友たちと十分な距離を取って、通話に出る。

 

『遅いわよ坊や』

「そっちが早いんですよ。文面でもいいんじゃあないですか?」

『そうだけど、いま仕込み中だから両手塞がってるのよ』

 

さようで。

ラブラバはどうにもこちらに雇われているという感覚が希薄で良くない。ベロスも彼女のように自由奔放になってしまったらどうしてくれようか。

 

『HNに動きはなし。本当に戦争なんて起こるの?』

「間違いないでしょうね」

 

ヒーローネットワークを見ている限りではこの事態を読み取れない? 遠征のことまで隠されているのか。

……内通者は、教師でも生徒でもなく、プロヒーロー? まさかプッシーキャッツなどと抜かさないよな。

 

『それで、今回は三馬鹿に仕事は無し、で良いのよね?』

「私兵ですからね、あなた方は。ラブラバにはいろいろとお願いしてますが」

『もちろん、ちょうど性能チェックもしたかったし』

「結局あのパーツってなんなんですか?……切った? おい!」

 

忠義無き部下に縦社会というものを教えておきたいが、まあいいさ。

オレだってクラスメイトにはなに一つ教えていないのだ。

 

オレは運良く覚悟を決められた。

だが、これから彼らはなんの知識もなく戦争の前線に送られていく兵士だ。

 

オレのように贅沢な時間など与えられず、目の前の対処で精一杯になるだろう。遠征を終えたあと、だれかが死んでいるかもしれない。オレのように手足を失っているかもしれない。

無能な上層部はそれが戦争だとでも思っていそうだな。

 

それこそ、【正義】のための犠牲などとでも宣うだろう。

 

「くく」

 

笑わせる。

彼らはヒーローなのだ。

 

公安委員会は、もしかして自分たちが【正義】だとでも思いこんでいるのだろうか。

 

「ははは」

 

ああ──笑わせる。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 

「前線に向かったA組生徒は、上鳴と常闇だけか……」

 

切島が陰気な顔をしながら、森の中で柔軟し続けている。落ち着きがなくて困るなぁ。

 

「師匠の貧乏揺すりは激しすぎますな。はっ! これもなにかの訓練でありますか!?」

 

違います、ビビってるだけです。宍田の期待には一生かかっても応えられないだろうなぁ……というか破門しただろお前!

指先が痛いくらいに冷え切っている。周囲を見渡すと、みんなオレと同じようなものだろう。

 

群訝山荘手前三キロで、オレたちは雄英高校の待機所と指示された場所で緊張に震えていた。護衛にプロヒーローが付いてくれているが、この地点からたった三キロ進んだだけで戦争が始まるとは、インターン参加者として呼ばれただれもが、思ってもいなかっただろう。

 

「B組から、骨抜さんと小森さんも参加してますわ。

「上鳴さんの《帯電》。常闇さんの《ダークシャドウ》。骨抜さんの《柔化》。小森さんの《キノコ》……。

「四人とも、広範囲攻撃を得意とする個性を持っています。

「超常解放戦線の構成員は膨大。奇襲のとき、一気に相手の数を減らすために、上鳴さんたちを前線に送ったんだと思いますわ」

 

さすが八百万は、受け入れが早い。

峰田など、戦争や超常解放戦線のことをいまだ受け止め切れておらず、上鳴たちの心配ばかりが先立っている。

 

「ダイジョブダイジョブ!」

「上鳴も常闇も! 立派なヒーローだもん!」

 

葉隠と芦戸で峰田を元気づけているが、いまごろ上鳴はオレと同じように怯え切っているだろう。あー、時間を贅沢に使えるのはありがたいねぇ。

 

なお、緑谷をはじめA組の半分くらいは県境を越えて蛇腔市の避難誘導係らしい。支給されたインカムでも通話できず、なにをやっているかは不明ではある。

ナイトアイも《予知》の全貌はオレどころかオールマイトにも話していない。オールマイトが聞き出さなかったというのもあるだろうが、明らかに嫌がっていたな。

 

「カルマのインカムは?」

「さすがにこんな高性能なの見せられたらなー。バスに放置してるよ」

 

普段インカムを入れているアタッシュケースも持たず、いまは身軽な状態だ。

で、公安委員会が支給してくれたインカムが非常に高性能。まず耳の中に張り付けるタイプの超小型であり、範囲も十キロ近くと広範囲だ。これなら全員分のインカムとして持ち歩いても身軽で良い。

決戦前に装備の新調もしたかったが、準備でそれどころではなかった。まあここでオレがアサルトライフルやバズーカ砲を持っていたとしても大して役には立たないだろうし。

 

「あのマスクも壊れちゃったし、眼鏡かゴーグルくらい作っておこうかな」

「ああそうか。拡声器とかいる?」

「この状況で叫ぶことになったら、周囲に押し付けて隠れてるさ」

「だと良いけど」

 

やや不機嫌そうに耳郎がそっぽを向いてしまった。あまり戦闘を意識させるべきではなかったかな。彼女も──彼女たちも、現状を受け入れているとは言い難い。

 

「結局作らなかったね、マスク」

「ああ、顔隠れちゃうからなー」

「……え? それ気にしてたの? あんなヘルメット被っといて」

「オレも成長した、ということで」

 

耳郎からもらったマスクは贈り物なので気に入っていたのだが、那歩島で気づいたら失っていた。設計図はデータとして残っているので、発目に渡せばすぐに代わりを用意してくれただろう。

だが、同時に那歩島で思ったんだよ。

 

笑顔は、人を勇気づけると。

 

「耳郎、耳郎」

「なに──ふ……ちょっと、やめて、緊張感」

 

変顔をしたつもりはなかったんですが……。

顔から両手を離し、すこしでも笑ってくれた耳郎に勇気づけられながら、群訝山荘を見据えた。

 





詳しくは次話掲載のあとがきに載せますが、演出の都合上群訝山荘の位置を大きく変更しています。

原作では、
京都府蛇腔病院-和歌山県群訝山荘の直線距離は80㎞
この作品では
京都府蛇腔病院-大阪府群訝山荘として直線距離は20-30㎞
としています。ご了承ください。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。