【完結】無個性ヒーロー   作:南畑うり

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群訝山荘・ギガントマキア戦

 

「そろそろだ、立とうぜグレープジュース」

「──なぜ!? 後衛の仕事は前衛の、捕り漏らしたやつを捕まえること! つまりオイラたちが張り切ること自体、前衛にいるプロへの冒涜だ!」

「立ぁつの」

 

プロへの信頼……か。まあ良いことを言うなとは思ったが、オレたちはヒーロー側だからな。ゆっくりと息を吐いていると、同じように緊張していたらしい切島と目が合い、お互い気まずくて笑ってしまった。

雄英生としては教師が何人も投入されている状況であるため、心持ち余裕がある。

 

「始まった……」

「──え」

「そんなぬるりと!?」

 

護衛役を兼ねているヒーローが、戦争の始まりを宣言した。オレたちにも同じようなインカムが支給されたということは、個別の通話ラインがあるのか。混戦は予想の範疇か、《予知》によって確定しているのか。

 

「今回、かつてない規模でヒーローが集まった。だからと言って、決して気を抜くな。裏を返せば、これだけ集めなければならぬほど、敵は強大ということだ」

 

情報が解禁されたのか、虎の個性のヒーローが捕捉で状況の説明をしてくれた。

どうやら初撃として、セメントス先生が群訝山荘のコンクリート部分を《セメント》で操作することが盛り込まれているらしい。圧殺も可能だろうに、加減が難しい個性だ。

 

「常闇はともかく、上鳴、大丈夫かな……」

 

蚊が鳴くようなか細い声。《イヤホンジャック》ですこしでも情報を集めていた耳郎のものだった。その不安を慮って、八百万が膝をついて言葉をかける。

 

「きっと、大丈夫ですわ」

「──がんばれ、チャージズマ」

 

耳郎が祈るように上鳴の名前をつぶやいた。

まあ、上鳴、小森、骨抜の三名は十分後くらいに戻ってきたのだが。

 

「常闇は?」

「単独行動でファットの【中】から出て行っちまった。ホークスって聞こえたから、助けに行ったんだと思う」

「単独行動って……」

 

ああ、もう嫌だ。信頼? しているわけがない、乱戦だぞ、エンデヴァーだとしても心配してしまう。セメントス先生も無事であってほしいが、もし誰かのサポートで森の中に入った場合、彼には身を守る個性がない。

指先がまた冷たくなった気がした。

 

「──やば……え、なに、これ……」

「なに聞こえちゃったの耳郎ってば!」

 

耳郎の怯えた声に釣られ、現場から離れたはずの上鳴も一緒になって怯えてしまっている。ここが安全とは言えないよな。

 

「めっちゃデカいのがこっち向かってくる!」

「だからそのデカいのってなに!?」

「わかんないけど……」

「だとしても耳郎に間違いはない。数じゃあなくて個体だと推定して動こう」

 

障子に目をやると、すでに複製腕を木々より高く伸ばして群訝山荘に視線を向けていた。

だが、まだ見えぬようでヤキモキしてしまう。

 

「なに!? 包囲が突破された!? 前に詰めるぞ! ラインを下げるな! インターン生はこの場に待機ー!」

 

ヒーローの言葉に肌が粟立つ。

学生残して護衛のヒーローが予備戦力として投入されてしまった。

 

「ヒーロー……集結してんだろ……? なんで状況が悪くなるんだよ。大丈夫だよなぁ、策束ぁ……」

「待機命令出た以上、ここ離れられないねぇ」

 

涙目の峰田の肩を叩いておく。間違ってもケツまくるんじゃあないぞ。

これが戦争なのだとすれば、割ってはならない線がある。それがここなのか、それとも群訝山荘ですでに割れているのかも知らないけどな。

 

「なんだ……あれは……!」

 

障子が言葉に詰まっている。それでもどうにか彼は口を開いた。

 

「マウントレディが押されて、奥には、もっと巨大な、男……」

「は? 怪獣大戦争? は?」

 

峰田の疑問も良くわかる。マウントレディよりも巨大な男?

 

──うわ……。

 

「耳郎! この振動は!」

「デカい声出すな! わかんないけどデカいの二つ! たぶんマウントレディ! で、一つは置いて行かれて、もう一つがこっちくる!!」

「それは……マウントレディだ。彼女が投げ飛ばされた!」

「マウントレディが投げ飛ばされた!?」

「ああ、青い炎が見えた」

 

青い炎!? 荼毘かよ! 地面の揺れは、もう相手の一歩を感じさせるほどに近くなっている。

障子が必死に状況を説明しようとしている最中、インカムから聞き慣れた声が届いた。

 

『──聞こえるかしら、【フェイカー】……』

 

負傷しているのか、力のないミッドナイトの声だった。

 

「指示を」

『力押しでは、だれも止められない。……眠らせたい』

「把握しました。そちらは?」

『こっちは良いから、それを、止めて……! 無理なら、退避を! あなたの判断に、委ねます!』

 

通信が切れた。

 

「──了解です」

 

心臓がまるで目覚まし時計のようにけたたましく鳴っている。慌てふためくクラスメイトも似たようなものか。

 

「なんだよ、この通信……」

「策束に、委ねる?」

 

考えろ。

前線の包囲を突破したのは、マウントレディをも投げ飛ばす化け物だ。眠らせる? マウントレディをどうやって眠らせるってんだ。

象と蟻──いや、それは悲観すぎる。蟻と小鳥くらいの体格差だ。

 

「眠らせるって、なんで先生が自分でやらねぇんだよ……」

「ミッナイが、なんで……?」

 

考えろ。

ミッドナイトは負傷している。前線が突破された影響だろう。無事か? いや、信じよう。背後には街があり、ここで化け物を取り逃せばどうなるか。小鳥じゃあなくて助かった。飛ばれなければ、ははは、なんとでもなる。

 

「なんでこんな状況で笑えんだよお前ー!」

 

おっと、そいつは重畳。

動揺が広まる中、オレは通信を入れた。ミッドナイトの通信は個別のものでもないオープンなものだった。

 

この場にはオレたち雄英生だけだが、周囲には背後の街を守るようにインターン生が参加している。そして、この場をヒーローが離れたように、ほかの待機場所でも似たようなものだと判断。

それら全員の協力を得るため、オレもオープンチャンネルで声を張り上げた。

さあ、笑え。

 

「もう大丈夫!! オレがいる!!」

 

ミッドナイトが動けない状況。

前線は巨大な男の介入によって崩壊していると考えて良い。オレに託したこともそうだが、それだけ前線は手一杯ということだ。

 

はは、いいねぇ。調子出てきた。

ああ、口だけ勝負なら得意分野だ。

 

「大型ヴィランは推定三十メートル!! イヤホン=ジャック! 進行方向をマッドマンに指示! 《柔化》で生き埋めにする!」

 

走り出す耳郎と骨抜と一緒に、八百万の手を引いて追随する。ほかの学友たちもついてきてくれたが、優先順位というものがある。

 

「山荘側でアクシデント! インターン生を予備戦力として投入する! デカいのは雄英に任せろ! 街の避難誘導とヒーローの救助! 戦闘個性は前! それ以外は後ろ! 戦闘参加者はプロヒーローの救助を優先だ!! 避難経路と退避場所の確保を忘れるな! 学生だからって甘えてんじゃねぇ! オレたちはヒーローだ!! 動け!」

 

発声と同時に、全員が大型ヴィランへと走り出す。向こうも近づいているため、相対的に接敵は三十秒ていどかもしれないな。

 

だが、耳郎が示したポイントへはヴィランより先に到着できた。

 

一歩踏み出すごとに足の震えが地面の振動にすり替わる。ああもう、ビビってるなぁオレは。

八百万の手をぎゅぅうと握ると、同じ強さで返された。

 

インカムの通話を一度切って、八百万に創造物の指示出しをする。

 

「【そんなもの】で止められんの!?」

「無茶だって! マウントレディのパワーより上なんだぞ!?」

 

周囲と同じように一瞬驚いた表情を見せた八百万だが、骨抜が地面を《柔化》させている隣で、《創造》を開始。

 

彼女の身体から出た【白い糸】は、オレの指より太い糸だ。ああ、確信を持った。あのヴィランはここで止められる。

柳が《ポルターガイスト》で広範囲に広げていく。

取蔭は、《トカゲの尻尾切り》で分割した身体に白い糸を【張り付け】ながら、森の中へ散っていった。頭の口の部分は、オレの手元に残されているけど。

 

「やばいやばい!! デカい!! デカすぎる!! 骨抜! 最大で! 遠慮しちゃだめ!!」

 

取蔭や障子の真似をしなくとも、すでに大型ヴィランの全貌は見えていた。

推定全長二十五メートル。体積は適当に五十トンと推定。

視界に映る限りは、もっと威圧的だ。

 

腰にぶら下げているマウントレディのおかげで、どうにか時間を稼げたな。

ここまでお膳立てされりゃあ、やるしかない。

 

インカムでのオープン通話だ。頼むからだれ一人として死んでいてくれるなよ。

 

「雄英生、覚悟を決めろ」

 

ここが死地だと覚悟を決めろ。

 

「目標──『0』ポイント、大型ヴィランの足止めだ」

 

こちらを振り返った耳郎の笑顔ときたら、ああもう、勇気が出るな!

 

「ヒーローに成ろうぜ!! プルスウルトラぁああああ!!」

 

インカムから反響するように聞こえる叫び声に呼応するかのように、大型ヴィランはぬかるんだ地面に足を取られ、四つん這いに転がった。

 

その瞬間にまるで嵐のように風が舞い、土砂が突風に乗って吹き付けてきた。当然のように大音量で、耳郎が轟音による痛みで地面に伏せる。

 

「マウントレディ! 巻き込まれる! 離れろ!! マッドマン! イヤホン連れて下がれ!! チャージ! ポインター準備!! 残りは立ち上がらせるな!!」

「おう!」

 

地面が窪んだとき、地面に垂らしておいた【白い糸】が舞い上がり、風に揺られて格子状になるように大型ヴィランへと降り注いだ。

まるで蜘蛛の巣に絡まった芋虫のような見た目の大型ヴィランを見ながら、有効であったことに安堵する。

さあ、《柔化》が解けてからが本番だ。

 

首回りには《テープ》と《ツル》がまとわりつき、切島たちが命懸けの綱引きを行ってくれている。

 

「八百万! 続けろ!!」

「はい!」

 

彼女の表情はすでに限界を告げている。量だけならもうすこし余裕があるだろうが、いまは【二つ同時】に《創造》しているし、短時間での質量の《創造》には限界近くなってしかるべきだ。

 

だが、それでいい。時間稼ぎで良い。

 

オレが彼女に要求した【白い糸】の正体は、蜘蛛の巣だ。

蜘蛛の巣を張ることはできないが、《柔化》した地面の上に蜘蛛の糸を垂らしてもらい、ヴィランの体重を利用した。上から降り注ぐ蜘蛛の糸は、みるみるうちにヴィランを覆い隠していく。

 

地面の中でも糸が手足にからまったのか、大型ヴィランは《柔化》した地面に顔を埋めてしまったが、どうせなら溺死してくれと願うばかりだ。

 

「策束! 背中に荼毘たちだ!!」

 

オレにも見えた。円を描くように青い炎が躍り始めている。

いまごろ大型ヴィランの背中が露出していっていることだろう。蜘蛛の糸が燃えないという程度の知識は持っていたか。

ああ──ああ、間抜けめ。

 

「──エチノール合金って知ってるか?」

 

意志を持つかのように【白い糸】が追加で降り注ぐ。大型ヴィランの背中に当たると、金属質の不快な音がこちらにも聞こえてきた。

かつて八百万が《創造》した捕縛布のパチモン。【加熱】によって瞬時に元の形状に復元する形状記憶合金だ。

鉄板が上空三十メートルから降ってくるのだ、痛みもあれば恐怖も膨らむだろう。

 

問題は、伸縮性が皆無であるということだ。大型ヴィランが身を捩るだけで、合金のほうが破裂しながら砕けていく。

 

「エミリー!!」

「まかせて!!」

 

柳が【蜘蛛の糸】のほうを背中にまで持っていき、覆っていく。

……青い炎は──出ない! わかんねぇんだろうよ。蜘蛛の糸か、捕縛鉄か。

 

突発的な作戦で問題は多いが、すでに三十秒の足止めに成功している。マウントレディも背後で息を整えながらタイミングを窺っている。いいねぇ、冷静だ。

 

「マウントレディ! 百から二百メートル後方、【拾え】! 見つけられなかったらオレたちの負けだ! チャージズマ、合図待て」

「おうよ……」

「マッドマン! いま!」

 

弛んでいた地面が急に固まっていくのがわかる。硬くなった地面に足場を得た大型ヴィランが立ち上がろうとする。地面から手を引き抜くころには、首と学友たちを繋いでいた個性まで千切れていた。

 

ヴィランが、身体に付いた蜘蛛の糸を取ろうとする、その瞬間。一瞬、一瞬で良いんだ──!

 

「いま!!」

「百三十万ボルトぉぉぉぉおお!!」

 

地面に膝まで足を埋めたまま起き上がったヴィラン。高さは上鳴のポインター範囲ぎりぎり十メートルだ。その脳天に向け、敵幹部の攻撃を蓄電した上鳴の電撃が昇っていく。

 

蜘蛛の糸と《もぎもぎ》が触れ合った瞬間、動きが止まる。電撃に耐性のある生き物など早々……そう、そう……!?

 

「エミリー! リザーディ!! 急げ!!」

「やってるよ!!」

 

電撃に撃たれながら動き出す化け物だ。ああもう早くしてくれ!

蜘蛛の糸が、右腕を前に組むように胴体ともども巻き上げていく。左手は、薄い、二の腕だけか。

 

「業……さん……すみま、せん……」

 

八百万のつらそうな声。見なくともわかる、彼女は限界だ。いくら蜘蛛の糸の密度がないからと言って、いまの《創造》量は固定砲台十基とさほど大差はないだろう。

 

「限界近い! ミッドナイト!! 返答を!! マウント探せ!!」

『探してるわよ!!』

「雄英生後方へ!! マッドマン! 後方百メートルでもう一度だ! 指揮は任せる! グレープ! セロファン! 次はお前らだ! 絶対逃がすな!」

「お前は!?」

「残るに決まってるだろ!! リザーディは個性だけ残して移動を開始だ!! 動け!!」

 

慌てて動き出すクラスメイトを見ながら、地面に寝転がるばかりになった八百万を肩に担ぐように持ち上げる。

 

「答えなくていい。いまから右側へと移動する。目の前をヴィランが通過、それでも糸は出し続け──」

「判断を誤った」

 

地鳴りのような音が、オレたちに降り注ぐ。

ああくそ、オレもそう思うよ!

 

「二度とたからぬよう、払うが最短」

 

やばい。

やばい!

巨大なヴィランが大きく息を吸う。喋りもするし、状況把握もできるのかよ、こいつ。

 

「糸切れ!! 百!!」

 

八百万を地面に押し倒し、その上に覆いかぶさる。

もしこの糸が繋がったまま風圧を受ければ、きっと八百万の肉が裂けるだろう。

 

窄められたヴィランの口から、突風が吹き荒れた。

 

だが、思ったほどの風圧はない。運よく直撃しなかったのかと顔を上げると、木の幹に掴まって吹き飛ばされないようにする学友の姿が見えた。

しかも、間抜けなことに、直撃しなかったのは運でもなんでもない。

 

「きり、しま!」

 

切島が、拳藤が、障子が、両手を広げて守ってくれていた。オレたちが後ろに飛ばされぬようにと、鉄哲と宍田が支えに入ってくれている。

それでもそれぞれの体重はたかが知れている。耐え切れず一人、また一人と森へ飛ばされていく。

最後まで残ってくれたのは、爪を地面に突き立てる切島だった。

 

「任せろ策束!! 俺の後ろにぃ! 血は!! 流れねぇ!!」

 

ああ本当、頼もしいぜ烈怒頼雄斗。

一転この幼馴染と来たら!

寝かせた八百万の上半身を支えるも、彼女は気絶してしまっていた。

 

「百! 起きろ! 起きてくれ!」

 

目を開けることもできない様子の八百万は、あごを震わせながら呼吸をしていた。脱水症状に栄養失調か、この短時間で……。

頑張った、頑張ってくれた──。

 

息を吐き終えた大型ヴィランは左手の爪を鋭く状態変化させ、蜘蛛の糸をすこしずつ切断していっている。

蜘蛛の糸は引張力こそ自然界最強クラスだが、所詮はタンパク質の塊であり、破断強度に特出すべき点はない。

この図体でまともな思考できるとか、オール・フォー・ワン並に厄介だろ……。

超常解放戦線の隠し玉に笑いすらこぼれるわ。なんでこんなの相手してんだオレは。

 

「レッドライオット!! 第二陣耐えろ!」

「応ォ!」

「エミリー! リザーディ! もう一度蜘蛛の巣だ!! 個性貸せ!!」

『取蔭はもうバラバラ! 私が行く! すぐ後ろ!』

 

ああ、みんな頑張っている。

役立たずはオレくらいだ。だが、身体はオレも張れるんだぜ。

 

歯に舌を挟み、あごを八百万の額へと叩きつけた。

 

「ひぐっ!?」

「あああああああ!! もおおおおおお!! いでええええええ!!」

「なに!? どうした!?」

 

痛みで涙が溢れて止まらない。

だが、頑張りましたで拍手もらえるほど、オレたちが立つ場所は優しくない。オレたちは、頑張るために、頑張ったことを褒めてもらうためにここにいるわけではない。

 

力なく目元を緩める彼女には悪いが、時間のための生贄になってもらう。

 

「悪いな、百」

 

付き合わせて悪い、ではない。

状況を改善できなくて悪い、でもない。

 

八百万の鼻を摘まみ上げてから、八百万と唇を合わせた。

 

口の中に溜まった大量の血を彼女の口に移す。急に口の中に液体を入れられた八百万が手足をばたつかせているが、ゆっくりと嚥下してそのうちに大人しくなる。

 

血で溺れそうなまま唇を離すと、多少の唾液では血液の凝固作用は止められず、すぐに唇同士がくっついて皮膚ごと剥がれそうになる。

 

コップ一杯分の血では八百万の脂質を回復するには至らないらしい、どのみち消化まで時間がかかるはずだ。

 

「業さ、ん、あの──んぐ」

「ごめん策束遅れ──ええ!?」

 

柳が到着したらしい。もう一度唇を離して顔を上げると、マジェスティックの個性に乗った柳を先頭に、プロヒーローが並んでいた。ははは、もう死ぬ気の馬鹿しかいねぇな。

 

「また虫が湧いたか……」

 

地鳴りではなく、大型ヴィランの唸り声だ。すでに下半身は蜘蛛の糸を取っ払い、足を使って上半身の糸を器用に取り除こうとしているときだった。

断続的に青い炎が背中から吹き出し、周囲のニチノール合金に襲われているが、その程度の金属、この大型ヴィランの足止めには程遠い。

蜘蛛の糸で抵抗できないくらいがんじがらめになっていて、ようやく有効な強度となる。

 

大型ヴィランが息を吸い込むような前動作として、息を細く、小さく吐いている。

切島がオレたちの前でアンブレイカブルを使用して、最大硬化を保とうとするも、さきほどの風圧の前にはあまり役に立たないだろう。彼は生き残るだろうが、さきほどより風圧が強ければオレたちは死ぬだろう。

 

さあ、第二ラウンドだ。

ゴング代わりに、もう一度八百万に謝罪した。

 

「悪いな、百」

 

付き合わせて悪い、ではない。

状況を改善できなくて悪い、でもない。

 

「今日ここで、オレと死ね」

「──はい!」

 

柳が慌てるほどの蜘蛛の糸を八百万が《創造》する。

左腕が自由になる瞬間、その糸が《ポルターガイスト》で大型ヴィランへと巻き付いていく。

これで数秒でも時間は稼げた。

 

マジェスティックたちプロヒーローは大丈夫だろう。切島も、アンブレイカブル状態を維持したままなら生き残れると思う。

 

ああ、ナイトアイの枕元に化けて出てやる。

 

大型ヴィランの息を吸う動作を見ながら、背面でひと際大きな炎が舞った。

──その炎の壁を突き破る巨大な手が、ヴィランの顔を背後から掴んだ。

 

「六根清浄ぉぉぉぉおおお!!」

『離れなさいみんな!!』

 

叫び声が二重に聞こえたと思ったら、足元にマジェスティックの個性が出現し、ヴィランから急速に距離を取らされる。

 

『最高よフェイカー! あとはこっちに任せなさい!』

『ミッナイ先生!?』

『生きてたー!』

『不吉なこと言わないで! 倒れるわよ! 岳山!』

「本名はやめてくださいってばあああああ!!」

 

倒れるどころか、体積に負けたマウントレディが背負い投げのように尻をこちらに向けて飛んできた。空中にいるのに風圧で身体が揺られた。地上にいれば、オレたちのいた地点は切島ごと潰されてたな。

 

『こちらミッドナイト! 『0』ポイント……じゃなくて大型ヴィラン! 無力化成功!! 民間人の避難誘導はそのまま続けなさい!』

 

マジェスティックに大型ヴィランが見える程度の位置に連れてこられ、負傷者扱いとして歓迎される。

気を失ったのか、元のサイズに戻ってしまったマウントレディも運ばれてきた。ってコスチュームの上半身が燃やされてものすごいことになってるな……。峰田が見たらさぞ喜ぶだろう。

 

「さすが百ちゃん! 俺の選んだ女だよぉ!」

 

舌の痛みに涙が溢れて、身体の震えも止まらない。よく指示出しできた……。あごに力を入れることもできずに、開けっ放しの口から血が地面に滴っていく様を見る。

 

「いぎっ!?」

 

マジェスティックに八百万を預けたと思ったんだが、彼女の蜘蛛の巣がオレの胴体にくっ付いて……いや違う、手を離してくれ。オレまで引きずられそうになっただろ。

 

「なに、この、ロープ?」

「ふほのふ、でふ」

 

ああ、むり、話せない。舌が動かせない。

 

「フィブロインとグラフェンの合成繊維……。簡単に言えば、強化蜘蛛の糸です」

 

ああ良かった、八百万が代わりに説明してくれている。

話を聞いていたプロヒーローたちは、蜘蛛の巣なんかでこの巨大なヴィランを短時間であれ無力化できていたことに懐疑的だったが、そこには高度な化学式が関わってくる。

 

オレにわかることなど、蜘蛛の糸は自然界最強の糸、ということだけだ。具体的に言えばもし蜘蛛が人間サイズであれば、平均速度のジャンボジェット機の質量程度なら受け止めきれる引張力を実現できるということ。

おまけに蜘蛛の糸はタンパク質だけなので、《創造》にもそこそこ優しい素材だということだろうか。

 

「良く燃えなかったなぁ」

「融点が引火点より低いからですわ」

「……さすが俺の女ぁ!」

 

八百万の背中を叩くマジェスティックではあるが、もうその辺で勘弁してくれ。その振動がオレにも伝わっている。

 

『ヴィラン連合に逃げられたわ! 周囲警戒! 目的地は蛇腔病院と推定! 街に降りるはず! 単独での交戦は絶対に避けて情報戦であぶり出すわ! あと、こいつは絶対眠らせたままにする! ミッドナイトは戦闘を離脱します!』

 

ミッドナイトの報告に舌打ちもできない。

巨大ヴィランの顔の前で、あられもない格好のミッドナイトがオープンチャンネルでの通話から個別チャンネルへと切り替えてきた。

 

『よくやったわ。本当に、ありがとう。頼り切っちゃって、情けない大人でごめんなさい』

「ほんはひはひはへん」

『え?』

「問題ありません、ですって」

 

クスクスと笑う八百万の顔色は真っ白だ。肩に触れれば体温の低下もみられたので、その場で座らせる。

オレも限界だ。死んじゃう、出血死しちゃう。リカバリーガールはどこだ。

 

「縫いますか?」

「こわひ!!」

 

口を押えて八百万から距離を置こうとして、力強く握られた手を振りほどけずにまた笑われた。

その彼女は舌先を前歯で噛みながら、からかうように笑っている。お前、お前いまオレ本当に痛いんだからな!

 

『ねーもー、アオハルしてないでよー……。コイツ息臭いし! 鼻血止まんないし! 最悪ッ!』

 

待機命令が下された後は、巨大ヴィランがなぜか小さくなっていく様と、ガスマスクをつけた警察が拘束具をつけていく様を見せられる。麻酔でも嗅がせているのか、マウスピースのようなものが口元に当てられていた。

 

「策束ー! ヤオモモー!」

 

お、切島は元気だったか……。

護衛役なのか、見覚えのないヒーローたちと雄英組が混合で森の中から現れた。ミッドナイトの姿を確認した峰田が駆け寄って、揃って地面に倒れ込むように眠ってしまった。しばらくそのままでいてくれ。

 

オレのベロには保護シートのようなものが巻かれ、ほかにもただの呼吸で吹き飛ばされた学友たちが、それぞれお互いの負傷を応急処置し合っている。

 

「大丈夫なのカルマ……?」

「ひはい……へーん……」

「あはは、こんな弱ってるカルマ見るの初めてかも」

 

痛みにどうにか順応していると、耳郎が話しかけに来てくれた。八百万がようやく手の力を抜いて離れることができた。お互い、右手が真っ赤になってしまっている。

 

「なあ、あんた……」

 

見慣れぬヒーローが声をかけてきた。見覚えがあるような、ないような。どうやら他校のインターン生らしく、声をかけてきた学生ヒーローの学校以外にも何校か合同で待機させられているらしい。

雄英高校の先輩方の姿も見つけたので挨拶しておこうかと向かおうとしたときのことだった。

 

「あんた、えっと、雄英の、フェイカーだろ? あ、しゃべんなくていいから。怪我してんだろ」

 

うなずくだけで痛みが走るが、どうにか耐えておく。

 

「士傑の、同じ一年だ」

 

士傑? しかも夜嵐と一緒に一年の仮免保持者。俺が言うのもなんだが、かなり優秀な個性なのだろう。

 

「知らないだろうけど、あんたと雄英の入試で一緒だったんだ。……名前も顔も知らなかったけど、仮免の話を夜嵐から話聞いてさ、きっとあんたのことだと思ってた。案の定ってところだな」

 

右手を差し出されたので、地べたに座ったまま握手をする。黄色い全身タイツの、いかにもヒーローって感じのコスチュームだ。オレのスーツが笑われずに済んで良かったよ。

満足そうに笑った彼は、同校の集まりに戻っていくようだ。

 

「あ! 俺は【シュガーマン】! すぐに追いつくから待ってろよ! フェイカー!」

 

一瞬だけ振り返りそして前を向く少年に、オレが無個性であることを告げたらどんな顔をされるだろうか。にしてもガタイ良かったな、障子と同格だ。追いかれるどころかすでに追い抜かされている。はぁ……。

 

そんなことをしている間にも、ヴィラン捕縛の交信は次々に届いた。

そして、不意に個別の通話がインカムから流れてきた。

 

『坊や、無事?』

「らふらは……?」

『……あごでも砕かれたの?』

 

ああもう。話すたびに痛みを受け入れる覚悟が必要なんだぞこっちはよぉ。

 

「どうした。っていうかなんでこのインカムに?」

『そんなことは良いから、テレビ見れる? ネットでも良いの。送ったわ』

 

携帯端末に動画サイトのアドレスが送られてきた。

ああ──そうだ、戦争中だったよな。

民衆を味方にすることは大切だ。情報戦の大切さを教えられたよ。

感情のままに携帯端末を投げそうになった。

 

『突然すみません……。僕は、轟燈矢。ナンバーワンヒーロー……エンデヴァーの息子です』

 

その放送はそのような爆弾発言から始まったという。

荼毘──轟燈矢が、そこに映っていた。

 





土地変更の言い訳となります。

まず本来の距離80㎞となりますが、ヴィラン連合を背に乗せた状態のマキアが時速100㎞。その場合、群訝山荘で麻酔を受けてから蛇腔市に到着が約50分後になります。
なら50分間、エンデヴァーや緑谷が死柄木と戦闘をしていたのかというと、死柄木の起床時間から考えてさすがに無理があると考えたため、

・マキアの速度を時速400㎞にする。
・時速100㎞のまま距離を20‐30㎞にして到着時間を短くする。

この二択で、距離を選択しました。
こうすることで、マキアが捕縛された無個性ヒーローでも、ヴィラン連合は車での移動ができるだろうと想定しています。

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