『僕、轟燈矢は、エンデヴァーの……轟家の長男として生まれました。
『いままで三十人以上の罪無き人々を殺しました。
『僕がなぜ、このような醜穢な所業に至ったか、みんなに知ってもらいたい。
『──エンデヴァーはかつて、力に焦がれていました。
『そしてオールマイト越えられない絶望から、より強い個性を持った子を作るため、無理やり妻を娶りました。
『僕は父の利己的な夢のために作られた。しかしどうやら僕は失敗作だったようで、ほどなくして見限られ、捨てられ、忘れられました。
早く。
『でも僕は忘れなかった。言われなくてもずうっとエンデヴァーを見ていた。
『みんながみんな清廉潔白であれとは言わない。
『エンデヴァーだけだ。
『……いけない……。なんだか、苦しくなってきた。
『どうやったら僕が幸せになれるか、人生を見つめ直せるか。
『あの日以来ずうっと考えた。
『自分がなぜ存在するのかわからなくて、毎日僕が弟にすがって泣いていたことをエンデヴァーは知らないでしょう。
『最初は、僕の代わりにエンデヴァーが育てた弟を倒そうと思ってた。
『でも期せずしてエンデヴァーがナンバーワンに繰り上がって、僕は……!!
『エンデヴァーの幸せが許せなくなった。
『九州では、エンデヴァーの血をどうしても手に入れたかった。
早く。
『……DNA鑑定の結果です。九州の戦いで残されたエンデヴァーの血と、99.9パーセント一致してます。
『それでも捏造を疑われるでしょう。それでも僕は信じてもらえるよう話すしかありません。
『エンデヴァーはその後も母に子を産ませ、四人目にしてみなさんご存じの方もいるでしょう。成功作の焦凍が産まれました。
『そして待望の傑作にさえ手を上げています。僕は何度も見てきました。
『エンデヴァーは他者を思いやる心なんて持ち合わせてない……。自己顕示に溺れた矮小で独りよがりの精神……。
『そんな人間がヒーローを名乗って良いと思いますか?
『エンデヴァーに連なる者も同様です。
早く!
『ナンバーツーヒーロー、ホークスは、泣いて逃げるヴィランを躊躇なくその刃で貫いた。僕が守ろうとした目の前で……。
なんだこのテロップは。現在進行で弄っている? くそ、早く!
『ホークスは僕らに取り入るために、あろうことかヒーローを殺しています。
『休養中だったナンバースリー、ベストジーニストを。
『暴力が生活の一部になっているから、平然と実行できてしまう。
『それもそのはず、彼の父親は連続強盗殺人犯──ヴィランだった。
『彼が経歴も本名も隠していたのはそのためでした。彼の父はエンデヴァーに捕まっています。なんの因果か、そういう性を持った人間ばかりが寄って集まる……。
『僕は許せなかった! 後ろ暗い人間性に正義という蓋をして! あまつさえヒーロー名乗り、人々を欺き続けている!
『よく考えてほしい! 彼らが守ってい──分自身だ! みなさ──! 醜い人間──の保身と自己肯定の──てい──』
画面にノイズが入り、荒野のようになった山道に映り始めたと連絡が入った。
引きつるほど笑いながら、障子の構える携帯端末のレンズを見据える。
そして【視聴者を安心させるため】に、右手を高く掲げた。
『──いまよ!』
「もう大丈夫! オレがいる!!」
『大丈夫、乗ってるわ。向こうの音声は、本当に消さなくて良いのね』
オーケー。問題ない。疑念を植え付けることが目的だ。ここで荼毘の音声を消せば、オレの介入で荼毘を黙らせたと受け取られかねない。
オレの話す言葉と一緒に、荼毘によるエンデヴァー攻撃が続いているはずだ。荼毘は情報は出しきってしまった。あとはクソみたいなヒーロー批判の文章を垂れ流すだけだろう。さほど長くないはずだ。
「荼毘くん。轟燈矢くん。大変御ありがたい啓発をありがとう。
「しかし本当なら大変なことだ。ホークスが人殺し? おいおいひでぇな! 許せねぇ! んで? 荼毘くんは、なんて言ってたっけ? あ、そうだ、僕が守ろうとした目の前? 二対一でホークスに負けたんだよな? なんでこれだけテロップなんだ? ああ、都合の良い箇所だけ切り抜いているのか。あれー!? このヴィランは自分のコピーを作れる個性のトゥワイスじゃあないかー!? 本当に二対一で、本当に彼は死んだのかなぁ?
「──なんて、疑うことは良くないね。ヴィランと言えど、そうだよ、キミは立派な思想でもって人を殺し、奪い、啓発しようとしている。
「その思想はエンデヴァーのせい? いいや違うだろう?
「エンデヴァーの息子? へぇ、まあ良い、良いんだ、ああ、【どうでもいい】。
「エンデヴァーが矮小な精神? どうでもいい。
「エンデヴァーが自己顕示の塊? どうでもいい。
「ナンバーワンの個性婚? ははは、【歓迎】だよ。
「オールマイトに子どもがいれば、オレはその子どもへ無責任にも期待していたはずだ。優秀な個性であれば、なおのこと。
「キミも期待されただろう? 強くあれと、ヒーローであれと厳しく育てられただろう?
「可哀想に。そして同時に、オレはキミが妬ましい。
「優秀な個性。上等な環境。キミは、ヒーローに成るべきだった。
「荼毘くんが本当に息子かなんてどうでもいい。だが、真実であるのなら、エンデヴァーは育て方を間違えたことを後悔しているだろう。
「だが、キミが殺人を犯したことではない。キミが【間抜け】であるためさ。
「ははは、まさか、ヒーローを正義の使者だとでも教わったのかな? いいや、違うはずだ。
「オレたちヒーローは、正義など名乗らない。
「正義という蓋をするのは、ヒーローに憧れを持つ者だ。キミは……ヒーローに成るべきだった。
「ヴィランが悪だからヒーローは正義。なるほどわかりやすい──だけじゃん? なんでヒーローへの批判が起こる? みんな知っているのさ、ヒーローもただの人だ。こいつは信頼して良いのか、信頼を裏切らないか探るのさ。
「良いか荼毘くん。オレたちヒーローは、法律を守る者なんだよ。ほら、良く言うだろう、法の番人というやつさ。あと数年エンデヴァーの元で鍛えられていたのなら、教わったかもね。
「だが、それについてキミの知識に間抜けがあるのはエンデヴァーのせいじゃあない。
「キミだ、キミのせいだ。三十人もの殺人も、ヴィラン連合も、キミがヴィランになったことすらも、キミの選択だろう?」
──知らんけど。
荼毘のバックボーンなんぞ一ミリも興味がない。トップランカーの自覚の無かった若かりし間抜けのエンデヴァーにしか注意を向けられない。
「もし本当にてめぇがエンデヴァーの息子で、オレが目を覆いたくなるくらいの虐待を受けて育ったというのなら、解決方法を教えてやろう。
「家庭裁判所に行け。
「テメェの思想にだれか巻き込んで、エンデヴァー批判の仲間増やすんじゃあねぇ。
「三十人を殺したように、自分自身の覚悟で手を汚せ。
「いまからテメェを殺人の容疑で逮捕しに行く。
「ああ、最後に一つだけ。いっぱいしゃべって喉が渇いたから、手短に済ましましょうか。
「荼毘、オレは雄英高校ヒーロー科、仮免ヒーローフェイカーだ。
「さあどうか、オレを見ていてくれ──」
カメラのレンズを見据えながら、ゆっくりと右腕を下ろした。
『──映像切ったわ。まだしゃべってるけど、良いの?』
「もーはらへはい」
『なんて?』
ラブラバからの連絡に、地面に崩れ落ちながら答える。
映像が荼毘に返却されたと聞いて、気を抜いて地面にへたり込む。障子をはじめ、クラスメイトが起こしに来てくれたが、もうダメ、貧血と痛みの頭痛で動ける気がしなかった。ヴィランが来たらオレを置いて逃げてくれ。
障子に携帯端末を返してもらって、ラブラバに「もう話せない。荼毘の映像をデータで送ってくれ」と連絡しておく。
「泣くほどつらいなら、だれかに任せれば良かったのに」
口角を上げるだけで激痛が走り、舌に張ってもらった保護シートを貫通して、血が口から溢れている。
利点としては、喉の潤いだけは保たれそうだ。……でもあれだな、涙でプラマイゼロくらいだな。
耳郎がオレを支えるように隣で膝をつく。クラスメイトも彼女に倣い近寄ってきたが、それはヒーローが押し留めた。
「なにはともあれ、移動開始だ。百ちゃんとフェイカーを病院に連れて行く」
マジェスティックの個性に乗せられ、移動を開始した。《創造》のしすぎで動けなくなった八百万、鼻を骨折していると思われるミッドナイト、気絶したままのマウントレディなど、数名とともに病院へと向かう。ミッドナイトだけ隔離されるように遠方で浮遊している。彼女の場合コスチュームが破けていると近寄れないからな。
クラスメイトはその場で待機命令を出された。おそらく指揮系統が再編成されるのだろう。なら、ホークスの一件はおそらく本当だ。あーやだやだ、考えたくもない。荼毘の逮捕? プロにお任せだ。
まだ森も抜けきっていないのだが、マジェスティックから携帯端末を見るように指示を出された。
「プロヒーローは全員チャンネル合わせて。百ちゃんとフェイカーくんも。それじゃあ聞かせてもらおうか公安! 指揮はどうなった! 作戦はどうなったんだよ!」
マジェスティックの怒号で、べつの音声が入ってくる。
おいおい、公安の指揮系統が機能していなかった? 現場だけで戦争してたのかよ、戦国時代でももうすこしマシな戦闘をしているぞ……。
『会長および数人が重傷……。しかも四ツ橋……いえ、ヴィラン名リ・デストロは個性の複製による偽物でした……』
あれ、この声……目良か。ヒーロー公安委員会と、四ツ橋? オレも聞かされていなかった作戦がまだあるらしい。四ツ橋の個性は知らないが、彼が暴れて負傷者が出た……。それだけで指揮系統が混乱するのか?
『それに加え、蛇腔市は《崩壊》に巻き込まれて壊滅状態。住民の避難は完了しているとはいえ、どれほどの死傷者が出たかはまだわかりません』
思わず血霧を空中に噴き出した。
呼吸したタイミングだったせいか器官へ血が入り込み、大きく咳き込む。痛いし苦しいし頭が痛い。
蛇腔市は大きい。日本で何番目などとは言わないが、それでも神野や保須と比べて見劣りするような街ではない。
しかも、口ぶりからすると死柄木の個性が影響している。オレの記憶では、人間一人を《崩壊》させるのに十秒程度はかかるはずだったよな……。まさか数時間壊れていく街を放置していたわけではあるまいし、個性がオール・フォー・ワンらによって強化されたと見て良いか。
『病院突入班の半数は死亡したと思われます……。ミルコは負傷したため回収済みですが、左腕が捩じ切られて戦線復帰は絶望的。そしてクラストは……消息不明』
「覚悟はしておこう……。オールマイトさんとエンデヴァーさんは?」
『まだ戦闘中です』
「あの二人と戦闘して生き残ってるヴィランがいるっていうのかよ……」
『そして加えるのなら、そこにベストジーニストも加えています』
「──はあ!? だって! だってお前ら! 行方不明って! くそ! いい加減にしてくれよ!」
マジェスティックのイラついた声がインカムからも流れてきた。
『伝えていなかったことに関しては謝罪します。どうしても必要だったんです』
「……続けてくれ」
『エッジショット、ブラドキングからの報告で、超常解放戦線の幹部の多くは逮捕したと。グループ一人ひとりは、把握しきれないほど多いとのことです……。逃がしたメンバーも多いと思われます』
ブラドキングは、群訝山荘以外の拠点に向かったヒーローの一人だ。そこでもこのような大捕り物が行われていたのだと思うと寒気がするね。
「こっちもヴィラン連合は逃がしちまった……。放送のほうはどうにかなりそうなのか?」
『策束くん、いえ、ヒーローフェイカーの活躍で、公安委員会に掛かってくる苦情の件数は急激に減少したと。その場にいるのなら、お礼を申し上げます。ありがとうございます』
どういたしまして……。素直には一切喜べないがな。
その後も目良の状況説明は続いたものの、肝心の蛇腔市がどうなったかは彼自身確認が取れていないようである。まあ公安本部で負傷者を出せばそうなるのもやむなしか。
なら、オレはオレの情報源に頼ろう。
『ラブラバ、状況よろしく』
『まだ話せないの? ベストジーニストがヴィラン全員捕縛してるわ。ヒーローも全員生きてるっぽいけど、街はもうダメかもね』
さすがラブラバ。すぐにそれを八百万と共有し、彼女のインカムからプロヒーローたちに情報が伝えられる。
しかし、それはすぐに書き換えられた。
『脱出されたわ。あれがニア・ハイエンドと……死柄木弔ね』
……なにその単語。ニア? 近く? 側近のハイエンド?
いや、人に近いという意味かもしれない。あるいは、オール・フォー・ワンを模しているとか? ナインの再来かよ、勘弁してくれ。
『空を飛んで逃げられたわね。もう無理みたい』
エンデヴァーとホークスが一緒にいれば、追いかけることができたかもしれない。オールマイトが全盛期であれば、ここで脳無を含めた全員を捕縛することも夢ではなかったかもしれない。
問題は、ナイトアイがその場面を《予知》できていたのではないか、ということだ。
オールマイトの負傷も気になる。もし蛇腔市の崩壊と合わせて、オールマイトの死亡、エンデヴァーの息子の件が広まれば、もうどうなるかなどオレの手には余ってしまう。
それに、ホークスだ。
分倍河原仁を、トゥワイスを、殺したのだろうか。
オレがさきほど言い連ねたことは、証拠も信憑性もない法螺話と捉えられてもおかしくはない。DNAの鑑定書を見せびらかしていたという荼毘のほうが、よほど信頼性が高いとされるかもな。
八百万を通して、ヴィラン連合が飛び去った方向を伝えてもらうと、指名で目良に声をかけられた。
『フェイカー、あらためて感謝します』
指揮系統が死んでいるなんてレベルじゃあないようだな……。聞きたいことが大量にあるが、もう器用に話すことはできそうにない。
八百万にジェスチャーで思考力の低下を訴え、マジェスティックの個性の上で蹲る。とてもではないが限界だった。
八百万から遠くから叫ばれるも、反応する気力も湧かない。
ゆっくりと目を閉じ、耳を塞ぐ。
痛みに耐えるために。
◇ ◇ ◇ ◇
病院の個室でリカバリーガールの治療を受けたあと、オレは一人会議室へと通されていた。
数人の公安委員会とヒーローがホワイトボードを使って急場の対策本部にしているらしく、あまりのチープさにため息が零れる。
「フェイカー、こちらです」
オレの入室に気づいた目良が、端のほうへとオレを呼び出した。頭には包帯が巻かれて、沈んだ表情で資料を手渡してきた。
「会長が危篤と聞きましたが」
「ええ……。派閥争いで指揮系統が混乱ですよ……。平和ボケしているでしょう?」
自嘲する目良を責める気にはなれない。
そんな贅沢な時間があるとも思っていない。
死柄木が脳無を連れて逃げ、ヒーローには甚大なダメージ。憂鬱だと嘆くことすら贅沢だとは……。
資料には顛末がおおまかに記載されていた。
病院側──殻木球大の逮捕。ミスターコンプレス逮捕。ハイエンド脳無数十体の捕縛。それに病院跡地に残された機材の回収。
山荘および複数の施設側──四ツ橋社長こと、リ・デストロと、超常解放戦線の幹部。そして超常解放戦線に加わった【一万六千九百二十九人】の【市民】の逮捕。
驚いたのは、病院側の逮捕者に花畑孔腔という国会議員がいた。心求党の党首である。勝手にデトネラット側が心求党に媚びているのかと思い込んでいたのだが、逆だったとは予想もしていなかった。想定は崩れたが、四ツ橋社長が親玉に近いと聞かされれば、彼から伸びる枝葉を調べることでどうとでもなりそうだな。
そして最後のページには、消息不明・死亡とされているヒーローの名前が載せられていた。……見知った名前がいくつもあり、目を逸らそうとしてしまう。だが、受け入れなければ進めない、か。
「どうしてこれをオレに?」
「……キミには、助けられましたので」
「助けた、というには、被害が途方もないですけどね」
「いえ、もしマキアが街に放たれていた場合、被害は蛇腔市だけではすみませんでしたから。それに──エンデヴァーとホークスの件についても」
マキア──あの大型ヴィランの名前である。別名、ギガントマキア。名前に恥じぬデカい男だったなあ……。
「まあ、あれは口から出まかせなので。不都合は適当に握りつぶしてください」
「いえ、それもできなそうでして……」
訝しんでいると、轟燈矢の血縁関係のこと、そしてホークスの殺人に関して肯定しやがった。
聞かせるんじゃあないよそんな話を……。
「エンデヴァーとホークス、そして秘密裏に作戦に参加してくれていたベストジーニスト。この三名が目覚め次第、記者会見を開きます。そこに、参加していただきたい」
「冗談……ではなさそうですね。理由を」
思わず白目を向いて気絶したくなった。幸い病院だ、いまからでも遅くはない。
「マキアの捕縛、そして荼毘への受け答え。次代のヒーローとしては十分な活躍だったかと」
「お忘れのようですが、無個性ですよ」
「存じて、おります」
「……まあそこは置いておきましょう。安易に受け入れる話ではありませんから」
言いながら、死亡者リスト──いや、行方不明者リストを眺める。
オールマイトやナイトアイ、クラスメイトの死者こそ出なかったが、名も知らぬヒーローの名前は多数見受けられた。いや、オレが知らないだけで、懸命に戦ったヒーローたちなのだが……。
「追加の資料も用意でき次第、目を、通しておいてください……」
言いながら、彼は自身の目頭を押さえて力なく立ち上がる。この被害規模では、目良の安眠はまだ遠いことだろう。
HNにもログイン可能な携帯端末を支給され、オレは一度解放されることとなった。
◇ ◇ ◇ ◇
「策束が帰ってきた!!」
「策束! 壊理ちゃん! 壊理ちゃんはどこ!?」
「ヤオモモ大丈夫?」
「一遍にしゃべるな! 情報すり合わせようぜ」
病院から高校へと戻ると、A組寮にはA・B組が待機していた。
街一つが日本地図から消える緊急事態だとしても、そこに掛かり切りになるわけにはいかない。インターン生として、各地のヒーロー事務所からの連絡を座して待つというところか。
それに、彼ら一人ひとりから事情を聞いてもあまり有益とは言えないからな。
八百万を連れ添って、談話室で話し合いをすることになった。
「麗日たちは?」
負傷を心配されたものの、それは捨ておいた。代わりに群訝山荘組は八百万以外揃っていたため、蛇腔市に向かった緑谷たちの行方を尋ねる。まあ緑谷・爆豪・轟の三名の入院はすでに聞いているのだが。
蛇腔市組の多くはいまだ避難誘導中だという。数万人に及ぶ住民が、その日済む家も、仕事も失ったのだ。オレたちがここでのんびりしていいのかという罪悪感もあるだろう。
だが、それだけではない。
何人かは全員の行方が分かった状態でも、つらそうに目を伏せている。
答えたのは、暗い表情を湛えた飯田だった。
「……相澤先生が──」
──なるほど。
群訝山荘ではヒーロー側は勝利した。だが、勝利の余韻も浮ついた空気も無かったのは、オレたちが【負けた】からか……。
「死んだのか?」
「死んでない!! 変なこと言わないで!」
目に涙を溜めた芦戸に怒られてしまった。
となると、セントラル病院かな。オールマイトやエンデヴァー、緑谷はそちらだというし、相澤先生も一緒にだろう。
「相澤先生はブラキン先生いわく、右目右足の欠損だって……」
「壊理ちゃんの個性があるじゃん!」
第一声が壊理ちゃんに向かうわけだ。だが、彼女の個性のエネルギーはオールマイトとの訓練により枯渇している。いますぐ、というわけにはいかないだろう。
そのことを説明すると、芦戸は耳郎に抱き着いて泣き出してしまった。
無力さは、あまりにも受け入れ難いものだから。
「緑谷たちのことは聞いたのか?」
「ああ。三人とも重傷だろ……。それで相談なんだけど、エンデヴァーたちが目を覚ましたら、オレも記者会見に参加することになった」
「ええ!? なんで!?」
「必要があるからだ。顔売っちまったからな」
「動画も見たぜ。あの舌で頑張ったな」
「よく回るだろう?」
あの動画がネットに上がったままというのは、それなりに問題はあるけどね……。
荼毘の言葉に流されている人もいれば、オレの言葉で疑心を抱いた人もいる。
その真偽を確かめるために、オレの情報が晒され続けている。たとえばこんな文言だ。
『雄英高校フェイカーは一年生?』
すでにネットでは体育祭で選手宣誓を読み上げたときの動画が、至るところに転載されている。そこではしっかりと自分の名前を口にした記憶があるんだよなぁ……。二年三年分程度の若返りがあるが、もはや別人に見えるほどの変化はない。
ため息をからかわれ、クラスメイトと楽しく雑談したいことがあるのだが、今日は諦めよう。
それよりオレのもらった資料もこいつらに……なんだ、柳が、挙手を……?
どこか挙動不審にオレと八百万を見る彼女は、周囲の視線を集めていることに気づいて慌てて手を下ろした。
「な、なんでもない!」
「え、なに、気になるんだけど」
「いまは、そんなときじゃないし、えっと、我慢する」
「はあ……」
「それじゃあ、つぎは──」
「ああ、策束とヤオモモがキスしてたことか」
ぴしりと、空気が軋んだ気がした。
芦戸すら泣き止み、切島を呆気にとられた表情で見上げている。
「でもあれって血を飲ませてたやつだろ? なあヤオモモ」
動揺したままフォローすることもできずにいると、八百万は真っ赤な表情で俯いてしまった。なんかオレも気恥ずかしくなりそっぽを向くと、涙目を見開いた芦戸と耳郎が目に入る。
言い訳するために立ち上がったのだが、背後から両肩を抑えつけられたのかバランスを崩し、椅子へと座らされてしまう。
後頭部と耳から伝わる柔らかな感触を確かめながら、背後を振り返る。
……なに、布? 視界が真っ暗に覆われた。
「あら大胆!」
「先生たちー!」
「もう怪我良いんですかー!?」
ミッドナイト?
八百万に手を引かれ、抱きしめていたと思われるミッドナイト先生から距離を置く。コスチュームではなく、眼鏡にパーカーと、私服の出で立ちだ。その後ろには、セメントス先生。
「相澤くんが復帰するまで、私が担任になったわ! 来期からよろしくね!」
「イレイザーヘッドはさっき目を覚ましたって連絡が来ましたから、我々の出番はないかもしれませんけどね」
「なんであんなヒョロヒョロなのにあんなタフなのかしらねあの子。というわけで、みんな安心なさいね」
右目と右足の欠損──同僚の負傷を知っても、二人は笑顔を絶やすことなくオレたちを励ましに来たのか……。ありがたいよ、本当に。
その二人で相澤先生のお見舞いに行くらしい。お見舞いというより、オレたちが行ったような情報共有が主題になるのだろうけど。
ミッドナイトの話を聞いて、何人かが瞳を潤ませながら周囲と盛り上がっている。
「みんな、本当にお疲れさま。そろそろランチラッシュがデリバリーしてくれるから今日くらいゆっくりしてなさい」
「しばらくインターンはお休みですね。蛇腔市復興は雄英高校が引き受ける形をとりましたから、明日から大変ですよ」
笑うセメントス先生。たしかに彼の個性があれば瓦礫の再利用も建築も素早く済ませられる。もしエンデヴァーが目を覚ます前に復興が終われば、世論を味方にできる可能性はあるな。
「ところで、いつまで手を握っているのかしらー?」
ミッドナイトが口角の上がっている口元を抑え、こちらに声をかけてきた。視線の先は、オレではなく……八百万。
その視線に気づいた彼女はオレの手を離し、そのまま距離を取られた。
「それではみなさん! 先生方をお見送りしましょう!」
玄関へと歩き出した八百万の挙動は、飯田顔負けのロボットダンスではあったが、周囲は微笑ましいと付いて行く。
「痛い、痛いやめて」
オレは峰田に蹴られ、回原に突かれながらの移動である。
二人を見送ったあとに耳郎へ言い訳しようとしたのだが、まるで猫のように近づけば逃げられてしまい、話すことはできなかった。
──情けない。
舌鼓を打つようなご馳走を食し、食後にはオレの映像で鑑賞会を始めてしまう。
情けない。
二十時前には解散となり、明日の遠征のための準備を始めた。その隙に、耳郎の部屋へと向かい、扉越しに言い訳紛いの雑談を交わす。
なんて……情けない。
最後にはどうにか天岩戸の解放に成功し、耳郎の呆れ顔を拝むことができた。
誤解が解けたために、にやけ面で自室へと戻ろうとした。
目良から受け取った携帯端末から連絡が入ったのは、階段を下りている最中だった。
「ああ……あああああああ!!」
塞がらぬ口に両の拳を押し込んで、それでも声が溢れ出る。
なぜ、休めると思った。
なぜ、勝てたと思った。
なぜ、明日が来ると思った。
海上建設施設──対個性最高警備特殊拘置所。
通称《タルタロス》。
死柄木と脳無によって襲撃を受けたと知らされた。
真っ赤な血と悔し涙が止めどなく流れていく。
それは、情けなさや失望を超えた、惨めさを感じる怠惰の味だ。