《タルタロス》。
ギリシャ神話になぞらえたその施設は、その名の通り【深い】。奈落とまでは言わないし、全貌も一学生には明かされることはないだろうが、施設の地下へ向かえば向かうほど、身の毛もよだつような個性をもったヴィランが収監されていると噂されている。
冥府の奥どころか、南海トラフを目指してわずか五キロ程度にある海上施設。
日本が世界に誇る監視システムを用いて、自身のために裁判することもできない、国家にとって危険な個性と判断された人たちが収監されている監獄島だ。
午後九時前。目良から、死柄木の襲撃の話を受け、オール・フォー・ワンを奪われたと聞かされるまでは、その警備システムに穴があるなど想定もしていなかった。
襲撃は唐突だったという。
午後八時。どこかの阿呆な学生が、色恋沙汰に頬を染めていた時間だ。
死柄木弔および脳無が集団となって襲撃。だが、それは地上の警備システムへの動揺を誘っただけだ。やつらがタルタロスの奈落部分に踏み込んだわけではない。
襲撃と同時に、内部からの攻撃を受け凶悪犯たちが外へと逃げ出した。
──クラスメイトを叩き起こし、一階に全員を集めてそのように説明した。B組にも連絡して、いまは寮で待機してもらっている。
「内部から……。裏切者がいるということか」
「詳しくはわからない。タルタロスからの連絡はそこで途絶えた。逃げ出したっていうのも、タルタロスから逃げ延びたのかすらわかんねぇ」
「裏切者……」
「なんで、なんでこんな……」
青山が白い顔でつぶやいた。峰田も真っ青な表情であり、学友の不安はありありと見て取れる。
この不安が、明日には日本中に伝播するのだ。
「エンデヴァーが起きてからなんて悠長なことはできない。最悪、記者会見はオレ一人で行く。朝にはできるよう手配する」
「そんな無茶な!」
「無茶でもなんでも! やるしかないだろ!」
いかん、瀬呂に八つ当たりしても意味はない。
「……悪い。だけど、直近ならオレが一番顔を売った。ベストジーニストは軽傷だって話だから、彼と一緒に出れるか交渉してみるさ」
「どのような会見になさるおつもりですか?」
オレの右手に包帯を巻いてくれていた八百万が、顔を上げてそのように問うてきた。難しい話だ。正確な情報もない。
おまけに、目良の予想が正しければ、【被害は拡大】する。
日本で個性犯罪者を中心に収監する施設は、オレが知る限りあと三か所ある。近いとは思わないが、もし新たな手下を死柄木が求めているのなら、絶好な勧誘ポイントだろう。できるならタルタロス内部で射殺されていることを願っているが、そうなっていれば、もう混乱も収まっていていいはずだ。
「狙いは……オール・フォー・ワンだ」
ヴィラン連合が力を増してなにを望むか、想定はしていた。
だがそれは交渉によって引き渡すという構図を想像していた。温い、温いわ。オール・フォー・ワン、あるいは死柄木弔とは、オレが予想しているよりもさらにタルタロスへの造詣が深い。単純に金で釣られた職員がいるかもしれないが、その伝手をオレが作れるかと言えば、数年は無理だろう。
そして、タルタロスから流れた囚人は多い。
助けられたことを理由に、いったいどれほどの規模がヴィラン連合へと合流するだろうか。一人ひとりが脅威であると認識される者たちだ。
おまけに、蛇腔市からタルタロスへの軍行速度を考えると、ほかの個性犯罪に関する収容所──それどころか、日本各地の刑務所が襲われてもおかしくはない。
考えすぎ? いいや、足りない。なにもかも、オレたちには足りていない。
「贅沢が過ぎた……」
ゆっくりと目を瞑り、記者会見の内容を考える。
まずタルタロスからの脱獄囚は何人だ? 十人二十人では済まないだろう。日本の囚人の全体数が五万人と想定する。
いや、今回の決戦で四捨五入して二万人近い超常解放戦線の連中も加わっている。まだどこにも収監はされていないだろうが、どこかの警察署や留置場、体育館などで身体の動きを封じるメイデンという機材に簀巻きにされているはずだ。狙いはそちらの可能性もある。
全員が全員個性犯罪者ではないし、戦闘力の有無もある。ああ、これが日本でまだ良かった。オールマイトが平和を守り続けてくれていた証明だ。
「時間が足りない……。非常事態宣言出してもらわねぇとどうしようもないな」
「非常事態宣言って……」
尾白の瞳が揺れている。そんなに驚くことか? タルタロスから大量の囚人が流出しただけでも相当なことだとは思うが、それに追加して、いまの日本にはオールマイトがいない。
エンデヴァー? あれはもうダメだ、世論が認めないだろう。スポンサーはそのほとんどが引き上げている。戦闘力は買うが、ヒーローとしては足を引っ張るような存在だ。
ホークスも、なんだったらベストジーニストも同様だ。信用が足りない。
「今後はチームラーカーズに日本を牽引させる。三本の矢だな、記者会見にはエッジショットを連れ出す。ベストジーニストは謝罪会見を行わせる」
「そ、そんなこと俺たちに決められねぇだろ!」
上鳴が周囲に同意を求めるように叫ぶが、もうどうしようもない。
さきほど言った通りだ。やるしかないんだよ、オレたちは。
携帯端末を取り出し、それを学友に見せる。
目良から一通のメールが届いていた。
「公安委員会の会長が死んだ。天下りの副会長はすでに逃げ出した。結果阿呆たちが派閥争いで頭の押し付け合いしてやがる。いまやだれも決定権をもっていない。烏合の衆だな」
悪し様に公安委員会を指差すものの、その余波は非常に大きい。
それこそオレのようなガキが、非常事態宣言の必要を求めるほどに。
ヒーロー公安委員会は、第三者視点から見ても頭の悪い組織だ。ヒーローという価値に依存し、蛇腔市を崩壊させた。そう、蛇腔市を【崩壊】させたのは死柄木の個性などではない。公安委員会なのだ。
エンデヴァーがいるから、ベストジーニストがいるから、オールマイトがいるから。
ははは、目に余る怠惰だ。
だがそれでも、この状況でヒーロー公安委員会が使い物にならないというのは、日本の危機につながる。
なぜなら、ヒーローは世界の平和を守っているわけではない。慈愛の精神をもって無償の愛を垂れ流しているわけではないのだ。
富と名声と名誉。
それがヒーローをヒーロー足らしめている。
ああ、荼毘に反論した言葉がブーメランのように返ってくる。
ヒーローは、正義の味方なんかじゃあ、ない。
ああ、くそ。
思い当たる正義の味方が【一人】いる。そのために壊理ちゃんの個性で《巻き戻し》したわけじゃあないのに、頼ってしまう。
この日本でただ一人の、正義の味方だ。
「本物……。因果だよなー……業なのかもしれない」
「業さん?」
八百万の心配そうな表情が目に入る。いかんね、また独り言だ。
不安な気持ちはオレや八百万だけではない。この場にいる全員だ。
さあ、笑え。
気持ちを押し殺し、笑顔を張り付けた。
「案を思いつきました。記者会見では、象徴を復活させます。見せかけだけでいい。立て直せる時間があればいい。大丈夫、作戦はありますよ」
◇ ◇ ◇ ◇
──などとクラスメイトの前で大見得を切ったものの、死柄木の反撃はさらに続いた。
タルタロス襲撃から六時間後、まず紫安刑務所が。次いで婆柩刑務所、九陰刑務所など、計七か所が脱獄囚人と脳無によって襲撃される結果となった。
クラスメイトと別れ、オールマイトやラーカーズと合流したのがだいたい二十三時。記者会見をオレが主導することで納得してもらったが、その説得に一時間。
そこから、たった三時間後の出来事だった。
七か所の刑務所が、ほぼ同時──たった二時間程度の素早い強行であったという。
そのような件もあり、早朝ラーカーズは都心部へと向かってもらった。
この部屋に残った面子は、オレ、オールマイト、ナイトアイ、そして目良を筆頭に公安委員会が複数人。それぞれが一睡もできずに情報戦略の案を出し合っている。それに政府関係者からの電話は鳴りっぱなしだ。
「ナイトアイは、ご存じだったのでしょう?」
「もちろんだ」
憮然と言い放つ彼を責め立てるのは簡単だが、まあ無理だな。彼は《予知》から外れる行動はしない。被害は、どれほどなのか聞いたら教えてくれるのかな。
プロジェクターの光を身体半分で遮りながら、ネットの画像を映し出す。
中身は昨晩の刑務所襲撃。蛇腔市の壊滅とタルタロスに関しては各種新聞の一面を飾っているのだが、それ以外にもほかの刑務所襲撃がネットの記事として出されている。現地に取材が入ったのか、おそらく公安員会よりも詳しい内容が書かれている。
しかも、蛇腔市に関しては荼毘がDNA鑑定の紙きれの映像が切り抜かれ、エンデヴァーとの血縁関係を裏付けるものとして扱われている。
「ここまで露見してしまえばヒューマライズでの功績など忘れて、エンデヴァーを責め立てるには申し分ないですね。念のために聞いておきますが、本当に?」
「キミそれ三回目だよ」
「答えが変わるのであれば百回聞いても良いですよ」
公安委員会も、そしてオールマイトも把握していたことだった。正確には、轟家の亡くなった長男に関してだけど。
轟燈矢、享年十三歳。理由は個性《ヘルフレイム》の暴走──だとされていた。
荼毘の個性は炎だが、蒼い炎だ。《ヘルフレイム》と同一に扱って良いものかどうかオレには判断つかない。炎の個性持ちが同じ炎個性のエンデヴァーを逆恨みし、誤情報で支持率を崩そうとしている、など、言い訳はいくらでもできる状況だと思う。
「荼毘は、轟燈矢くんだ。私にはわからないけど、エンデヴァーは確信してしまっていた」
オールマイトがそう言った。
荼毘は負傷したエンデヴァーの前で高らかに素性を宣言したらしい。そして、それにエンデヴァーは──轟炎司は激しく動揺。
あとはエンデヴァーが覚醒してから聞くしかないが、聞いたところで動き出した世論は止められない。やはりオレたちが今日行う会見とはべつに、エンデヴァーは会見を開かせなければいけない。
タルタロスおよび各地刑務所の警備が手薄になったことで、ヒーロー公安員会の作戦の荒さが露呈したこともあり、いまやヒーローは逆風に晒されている。
加えて、この数時間で起こった犯罪行為だ。
二十四時間営業のコンビニなどの小売店や飲食店は、刑務所から近いところから襲われている。その件数、千件にも届くだろう。
ヒーロー? 蛇腔市の復興作業中のヒーローをどうやって北海道や九州に戻せと言うのだ。東京都心部へラーカーズを向かわせたように、関東関西の重要都市が限界だった。蛇腔病院と群訝をはじめとした超常解放戦線の支部を襲った総力戦が、裏目に出ている。
オールマイトが悔しそうに拳を握っているが、彼は昨日の蛇腔市で個性を限界まで使用したため、いまやただの筋骨隆々の一般男性に過ぎない。オレが産まれる前は日本の端から端にまで一時間程度で移動していたヒーローだ。この情勢への口惜しさはオレとは比べものにはならないだろうよ。
そんなオールマイトの元サイドキックは、操作していた携帯端末から顔を上げてこちらを見た。
「フェイカー、朗報だ。九州の脱獄囚は九割確保した。次は北海道へ向かわせる」
……ん?
日本の地理で混乱したのは初めてだ。あるいはナイトアイがバグったのかもしれない。
「九州から北海道? 予備戦力ですか? ちょっと待ってもらっていいですか?」
「時間など一秒も無駄にできるものか。冗談を言っていいタイミングがあるだろう」
オレいま怒られた? え? なに?
ナイトアイはオレをねめつけてから通話を始める。
彼の発言に置いて行かれたのはオレだけではない。室内にいる公安員会の面々も不思議そうにナイトアイを見ていた。
「【ファントムシーフ】。ラーカーズを回収し、北海道への【《ワープ》】を開け。座標はメモ通りだ。北海道へ向かうヒーローはもう外に集まっているはずだ」
……物間? 物間に……《ワープ》?
「──まさか!?」
「さきほど貴様が問うた通りだ。タルタロス襲撃、ほか刑務所の襲撃……。すべて《予知》通りの状況だ。手を打たないわけがない」
「だって! 《予知》は変えられないって!」
「そうだ。【襲撃】は変えられない。すくなくとも私はな。だから、手を打った。黒霧の《ワープ》はずいぶんと優秀で使い勝手の良い個性だ。そして、ファントムシーフの個性もだ」
「まさか、自分の個性を、《予知》を、だました!?」
嬉しさに頬が緩むと、不機嫌そうなナイトアイにぎゅぅうと頬を抓られる。
オールマイトはこちらの表情を見ながら大声で笑った。
「むかしは良く使っていた手だ。だましたわけではない」
「懐かしいね。一緒に戦えないのが、悔しいけど」
「いやそうじゃあなくて!! なんで言ってくれないんですか!? これでどうにか──」
「──なにも変わらない。この状況も《予知》通りだ……。お前が思うほど状況は良くならない」
ああ……。なるほど、記者会見は必須か……。
ナイトアイの計略は、被害拡大を防ぐための一手だ。蛇腔市、エンデヴァー、タルタロス、各刑務所……。もう被害は出てしまっている。
「ならせめて、タルタロス襲撃だけでも教えてくれてたら……」
「刑務所ならまだしも、あそこはヒーローや警察とは管轄が違うからな。オールマイトの発言すら受け入れられなかった……。所詮は神話の住人だ。そして各刑務所の襲撃はタルタロスの脱獄犯とハイエンド脳無によって引き起こされる。止められはしない」
違くて、オレに、教えてほしかったという話をだね!……と言ったところで、ナイトアイには口論で勝てる気がしないので黙っておこう。
黒霧の《ワープ》を物間の《コピー》で使うなど、どんな天才が思い至るというのだ。……ナイトアイか。
まあ彼の発案とはいえ、物間は値千金の活躍だな。いつの間に《ワープ》を使いこなせるようになっていたのか。
「あ、そういえば全国各地でなにかしていると物間が言ってましたが……」
「現地の地形を把握し、予測することで作戦の成功率を上げることに徹した。我々はオールマイトではないからな」
「ではもう一つ。決戦とは、今回の群訝と蛇腔のことじゃあないんですよね」
「正確に言えば、今回の戦いを切っ掛けに開戦したんだ。長い戦争になる」
教えておいてくれ……。
おかげでこっちは舌を噛み切ることになったのだ。思い出しても痛い。幻肢痛ならぬ幻ベロ痛だ。
ナイトアイは《予知》の内容を深く語ろうとしない。それがマイナスになっているかといえば、そういうわけではないから困るところだよな。まあオレの二倍三倍は自分の個性と向き合ってきたヒーローだ。信じるべきか、いやあとで文句は言っておこう。
「まあそちらはあとで。では、記者会見の内容をもうすこし詰めましょう。重工新聞には個人的な付き合いがあります、利のある質問をさせます」
「助かるね。アドリブはむかしからあまりウケが良くなくて」
「知ってますよ。センセー」
からかうように言うと、オールマイトはすこしだけ首を傾げてから笑顔になった。
「良いものだな! 先生!」
「え? ああ、はい……」
こう、自分と歯車が嚙み合わない人っているよな。
ナイトアイがオレたちの下手な漫才のような会話に笑い声をあげていると、目良が力なく近寄ってきた。
「あなた方、いまは日本の危機なのですが……」
「おや目良さんはヒーローを目指したことがありませんか?」
人差し指で自身の両頬を押し上げた。
「ヒーローなら笑顔ですよ、笑顔」
「胡散臭すぎやしませんかねぇ……。それより、本当に本部のロビーでいいんですか?」
「ええ、メディアも集まっていることですし、予定通り八時からですね。記者会見の前に、メディアは上層階の傷跡を勝手に拡散してくれるでしょう。公安委員会が襲われたから、ヴィランが動き出したという印象で貫きます。再編の間にヴィランの確保が終われば……そうなれば、会長もすこしは報われるでしょう」
「……感謝します」
残念ながら感謝は必要ない。
公安委員会のため、亡き会長のためにここにいるわけではない。
流通を止めぬために、金融恐慌に陥らぬために、オレはここにいる。
「それよりもあなた方も仮眠を。三十分寝ていてください」
「……ええ、そうしましょう」
オレやナイトアイも会見後には休憩をもらうか。オールマイトは、なんというか、二十四時間でも動き回れるのって個性の力かなんかなのか。彼の伝説を目の当たりにした気分だな。
交代で休憩をとりはじめた公安員会の人たちだが、目良は最後か。おそらくは記者会見後だろう。記者会見の段取りで話し合っていると、オレの携帯端末が震えた。……父さん?
「どうしました」
『四ツ橋社長とすこし話がしたくなりました。都合はつけられますか?』
まるで日本の情勢など知らないかのように、柔和な声が聞こえてきた。ナイトアイに目配せし、通話をスピーカーで流すことにする。あの父親がこの状況で、その程度のことで息子の伝手を使うわけがない。
「アイツはもう、四ツ橋、元、社長ですよ」
目良が睨みつけるように、机に置いた携帯端末を見つめている。死亡した会長は、《二倍》でコピーされた四ツ橋──リ・デストロに殺されたのだ。思うところはあるのだろう。
父に変なことを言うのはやめてほしいと願うが、それが叶えられることはなかった。
『いやいや、彼は四ツ橋社長ですよ。我々より一枚上手でしたね』
「……事情を」
父から携帯端末に、ウェブサイトが送られてきた。
──デトネラット社のものだった。
「至急確認を!!」
目良が指示を出し、休憩に入ろうとしていたメンバーも叩き起こしてパソコンを弄り始める。オレも頭を抱えてしまった。
一枚上手……なるほど、なるほど確かに。オレたちは甘かった。
デトネラットの公式ホームページにはこう書かれていた。
『ヒーローはもう信用できない! 《あなた》が大切な人を守らなくては! 日本の危機の大特価! 送料無料!』
ああ、なんと安っぽい煽り文句なのだろう。
だが、凶悪だ。
子どものお小遣いでも買えそうなヒーローアイテムの数々が、画面を下まで埋めていた。
四ツ橋の逮捕が切っ掛けだったか? それとも公安委員会にコピーが破壊されたとき? なんにせよ、もう手遅れだ。わざわざ見やすいところにページの閲覧数が付けられていて、一万などとっくに超えている。
ヒーローのサポートアイテム事業に、デトネラット社が参入した場合のデメリットを計算していた。だがそれは、経済面と流通面、そして全国一万人のヒーローの顧客をどう分け合うか、という面から見ていた計算式だ。
デトネラットは、四ツ橋は、それよりもさらに先を見据えていた。
「会見を一時間早めましょう。非常事態宣言は会見後に発令予定でしたが、どう思います、父さん」
『販売意欲は刺激するべきではないでしょうが、それより問題は海外からでも購入できるということ。発送元を止めなければ、日本での流通は止められません』
だよなぁ。
結局日本からの発送なのだから、海外サーバーを経由した日本人が購入して手に入れられてしまう。そして、海外サーバーは日本人には止めることができない。
非常事態宣言さえあれば流通も止められるが、ほぼ接収という形になるだろう。おまけに市民はより不安の恐怖に駆り立てられることになる。
くそ、ジレンマだな。
「いっそ購入は許し、使い方の講義でも開きましょうか」
「市民にアイテムを使わせる気か」
ナイトアイに責めるような目で見られるが、すでに購入者はこうしている間にも続々と増している。一般人のだれがだれに【銃口】を向けるかわからないというのなら、暴発を含め使い方を細かく説明するほうが良い気はする。
「非常事態宣言が発令され次第、警察とヒーローですべてのアイテムを押収しましょう。ページはいますぐにでも潰します。無論違法ですが、えっと、いま逮捕権のある人間はいませんよね?」
ああ良かった、ヒーローと公安員会しかいない。
ナイトアイとオールマイトが苦笑いか、なによりだ。
『はあ……。では四ツ橋社長との面会をよろしくお願いします』
「ええ、お任せください」
父との会話を終わらせ、手拍子で注意を集めた。
「どれほど流通したのかわかりません。それにネットだけではないでしょう。元々の超常解放戦線が、ホークスの予想では十万以上でしたかね。反して今回の戦争での逮捕者は二万にも届きません。戦闘での役割ではなく、開発と流通を担っているメンバーだとすれば、デトネラット社の連結子会社の全員が、知らぬ間に超常解放戦線と勘定されていても違和感はない。その場合、残りのメンバーは全員、【家族を守るため】に武器を手に取っている状況かもしれませんね」
となると、下手に刺激するのは良くない。自分が知らぬ間にテロリストの一員だったなど、考えただけで反吐が出る。
ラブラバに連絡をとると「五分」と返信が届いた。頼もしいのか、恐ろしいのか……。
「ページは消えます。購入者の履歴も追えるでしょうが、反感を買うだけで意味はあまりない。父から連絡があった以上、フィール・グッド・インクの流通網は策束グループが全力を持って潰すと約束したようなものです。ですが、個人間レベルの物理的な流通はもう手遅れでしょう」
さあ、前提だ。
超常解放戦線残り八万人以上。
ヒーローアイテムで武装したヒーローを信用できなくなった市民。
脱獄犯。とくにタルタロスから逃れたヤツらはオール・フォー・ワンをはじめとした、ぶっちぎりでヤバい個性の連中。
荼毘を含めた、ヴィラン連合の生き残り。
ニア・ハイエンド脳無が数体。
そして、オール・フォー・ワン。
笑いながら指折り数えるたびに、公安員会の表情が引きつっていく。どうしたのかな? 諦めてしまいそうかい?
「あなた方は、どうして、笑えるのですか?」
やはり目良は、ヒーローたちの笑顔が信じられないらしい。
まあ、オレもむかしは理解していなかった。
「マスクってあるでしょう? 被っているヒーローもいればつけていないヒーローもいる。でも本質的にはどちらも一緒です」
まあオールマイトは例外かもしれないけど、最近ちょっとだけわかるようになってきたんだ。
「張り付けなさい」
親指で両の頬を押し上げ、笑った。
「怖くても、泣きそうでも、つらくても、苦しくても、叫び出したくても、逃げ出したくても、張り付けなさい」
これがオレの──フェイカーの、コスチュームだ。
オールマイトをエスコートするように、彼の隣に立つ。視線を合わせ、手の平を部屋の出口へと向けた。
「さあ、ヴィランには恐怖を──」
「市民には安寧を、だね」
笑顔を張り付けるオールマイトは、現役を彷彿とさせる最高の笑顔だった。