会場は一階のロビーだ。自動ドアの前でカメラを構えた記者たちが列をなしているのがよく見える。
オレが合図を出すことで、公安委員会が自動ドアを手動で開けた。記者たちが雪崩れ込むように入ってくると、すぐさまフラッシュが焚かれ視界が真っ白に染まっていく。
昨日以前なら、オレなど撮っても、と思っていたが、いまは荼毘に真向から反論したヒーローフェイカーだ。笑顔を絶やさずに、マスコミをオールマイトのもとへ誘導する。
椅子はない。
オールマイトが立っているだけで、頭二つ分は抜けている。前列の記者にだけ腰を下ろしてもらえれば、どうにか見栄えはつくだろう。
「えー、みなさん、資料をお配りいたしますのでぇ……ヒーローフェイカーより、お受け取りください」
教科書ほどの厚みのある資料一部を、一社ごとに渡していく。その途中でもなんども写真を撮られたが、それも想定内。
安全面を考慮する場合、顔はこれ以上露出させるべきではないという声もあったが、そちらはねじ伏せた。
ヒーローの顔役はオレがいただいた。どうせオレなどおまけでしかないがな。
主役であるオールマイトを、一枚でも多く写真に収めようとシャッター音が鳴り響く。オールマイトもそれに応えるようにポージングをいくつも変化させている。肉体美と良いタイミングと良い、ほぼ芸術品だな。
「えー……カメラマンのみなさん……。すでにテレビやネットと繋がっているのなら挙手を。過半数であれば始めてしまいます」
半数に、届いたかな? もうすこし時間がかかりそうだ。
「始まる前に説明しておきますが、まずオールマイトから現状の事件の内容を口にしていただきます。質疑応答はそのあとに。その進行で理解のほどをよろしくお願いいたします」
まだ慌ただしくカメラの準備をしているスタッフがいるようだが、残念ながら時間切れだ。
目良から進行役としてマイクを引き継ぎ、オールマイトの隣へと立った。
「──始めます」
その言葉を切っ掛けに、オールマイトが事件の概要を語り始めた。
前日の早朝八時から開始された、全国のヒーローの九割を投入した大規模攻勢作戦について。
群訝山荘をはじめとした、超常解放戦線という組織の拠点の破壊。その作戦の成功。
次いで蛇腔病院の襲撃と、その作戦の失敗。
病院医院長である殻木球大が、ヴィラン連合の脳無開発に協力していたこと。破壊のためのエンデヴァー、ミルコ、クラストのトップヒーローによる突入作戦。
脳無製造工場は死柄木の《崩壊》に巻き込まれて消え去ったものの、その個性はあまりにも逸脱し、蛇腔市の三分の二を消滅させた。
戦闘でもオールマイト、エンデヴァー、ベストジーニストの三名が集まっても倒しきれぬ新型脳無の存在も明かしておく。
「脳無の特徴はむき出しの脳みそです。もし見かけた場合はすぐにその場を離れ、ヒーローと警察へ連絡を行うよう呼び掛けています」
インカムをマイク代わりに、メディアへ補足説明を行った。
「なお、脳無は神野区でオールマイトと戦ったオール・フォー・ワンにより、複数の個性を与えられている可能性があります。たとえ負傷していたとしても、同じようにその場をすぐに離れてください」
何人かが質問を投げかけようとするも、それは手で制した。
「質疑時間は余裕をもって組み立てています。いまは、まず市民の安全を第一に考えましょう」
「では、説明を続けるけど──」
オールマイトは作戦の概要から離れ、ミルコの負傷の内容とクラストをはじめとした多くのヒーローが消息を絶っていることを告げた。
そして、話はオールマイトの師匠の話へとすり替わる。
「私の師匠、志村奈々と、オール・フォー・ワンの戦いは、もう四十年近く前に、師匠の死をもって決着がついた……。そしていまから六年前、オール・フォー・ワンとの戦いでは、私はヤツを殺して決着をつけた──と思っていた。それから私は傷を隠し、身体の衰えを隠し、人を殺したことを隠し、ヒーローを続けていた」
……それはテレビで話して良い内容なのか、オレには判断ができなかった。だがオールマイトはここで粗方の情報を開示すると譲ることはなかった。
オレは消耗品として、エンデヴァーとホークスを切り捨てようとしていた。
まだまだ、オールマイトには【ヒーロー】を教えてもらわないといけないよ。ホークスと一緒にな。
「それは、日本に象徴が足りないという、私のオリジンでもあった。平和の象徴としての、傲慢だった……。エンデヴァーには、轟炎司には私の傲慢に付き合わせてしまった。もし荼毘の言う通りだったとして、エンデヴァーに重荷を背負わせたのは私の傲慢──」
ちょっと背伸びをして、オールマイトの口とマイクを遮る。パフォーマンスが過ぎるかもしれないが、エンデヴァーを庇うということは、荼毘の味方を増やしかねない行為にもつながる。荼毘は被害者ではなく加害者でありヴィラン。それは絶対の前提だ。
「一つ訂正を」
フラッシュを浴びながら、オレの持論を展開させていただこう。
「雄英体育祭一年の部準優勝。インターン中も多くのヴィランを確保し、先のテロリスト、ヒューマライズ掃討作戦でも多くの功績を残した。だれだと思います?」
わざと鼻を鳴らして笑いながら、オールマイトを挑発するように見上げる。
「自称エンデヴァーの息子を語る荼毘とは、ずいぶんと落差があるようですね。家庭内の環境は、轟焦凍のほうが悪かったはずなのに」
「悪かったとは──」
「ああ、そうですね。そろそろ質疑応答へと移りましょう」
つい先走った新人記者らしい失言を借りて、全体説明を切り上げる。頼むぜマスコミ、国民の疑問をすべて聞いてくれよ。
「まず、我々は荼毘が轟燈矢である可能性は捨てきれないと考えています」
ざわつく記者たちを尻目に、資料のページ数を告げた。一斉にそのページを捲り出す大人たちを見ながら、オールマイトを背後の椅子へと座らせる。
ここからはオレのヒーロー活動だ。
「正確にはわかりません。顔も、個性も、大きく変化している。顔に関しては年数もありますが、個性についてはオール・フォー・ワンが関わっている可能性があります。個性についてはのちほど説明しますが、まずは轟燈矢くんについて。いまから十年前……享年十三歳。個性の自主訓練中に《ヘルフレイム》が暴走し、下あごを残して燃え尽きたと考えられていました」
「下あごって……」
「正確には、肉も燃え尽き下顎体の一部が残っているのみだったと聞き及んでおります。DNA鑑定で轟燈矢くんについては死亡が宣告されたはず。その後、轟炎司の奥さまは心を壊して今日まで入院生活です。そして、焦凍くんの証言で、荼毘が言うような厳しい訓練は、兄と母親が居なくなってからも続けられていたことは、確認しております」
「エンデヴァーが虐待を行っていた事実を認めるということですか!?」
「虐待、の定義についてここで語るつもりはありませんが、なにもせず、ただヒーローになるという憧れを持つことでナンバーワンに成れるのなら、私も、きっともうヒーローでしょう?」
本来質問を行う場合、会社名を告げるのが通例だとは思うが、いまこのときに、そのようなマナーを問うのは野暮だろう。むしろどんどん質問を求む。
「消息不明のヒーローたちの救助活動は?」
「絶望的である、と考えています。クラストをはじめ、我々は非常に優秀なヒーローを作戦に投じたつもりです。短期決戦、それが最低条件でしたから。ですが、そのヒーローたちから二十時間以上経過しても、連絡がない……」
「ヒーローの逮捕者も多く出ていると聞いています!」
「多く、というと誤解を生みます。訂正を」
「えっと……数名の逮捕者が出ていると」
「それは私どもが用意した資料になります。そして、その資料に書いてあることがすべてになります。ヒーロー逮捕者は四名。元ヒーローを含めるのなら倍の八名ですね。人数が増える可能性もあり、現状は逮捕者からの聞き取り調査中になります」
「は、八名は多いでしょう!」
「ならマスコミ関係者の逮捕者と比率で比較しましょうか? 本質はヒーローの逮捕数ではありません。ほかの方」
「……タルタロスが襲われたというのは事実でしょうか」
「事実です。間違いなく、タルタロスのシステムは崩壊し、数百人規模で凶悪な個性を持つ拘留中のヴィランが脱走しました。その後、さきほどオールマイトの説明にあった通り、ヴィランと脳無、死柄木弔とオール・フォー・ワンが結託し、計七か所の刑務所から多くの脱獄犯を出す結果となりました」
「不安を抱える市民に対して謝罪はないんですか!」
「この場は説明の場であると認識しております。謝罪も、弁解も、納得のいく説明が終わった場合のみ行います」
何人かのマスコミから強い視線が向けられる。感情論者は多いが、想定の範囲内だ。
問題は、質問が想定の二パーセントしか提出されていないということだ。はあ、あと一時間は質問攻めだろう。
唯一の救いは、重工新聞から出向してくれていた特田種男の存在だ。
彼には【とっておき】のネタを提供済なので、もうすこし質問が捌ければ彼の質問を聞けることになるだろう。
「襲われた七か所の刑務所についてですが、オールマイトのサイドキックへ復帰したサー・ナイトアイを主体に、ヒーローを投入していまして。この会見を開いている時点で、九州は、九十五パーセントのヴィランを再逮捕。ただいま北海道を制圧中です」
「資料では、ヒーローはすでに京都と大阪に多く集まっていると書いてありますが」
「ええ。予備戦力で対応している状態となります」
「その予備戦力とは?」
「仮免を発行された学生、元ヒーローなど公安が声をかけられる限界まで手を広げています。もしこの危機に自分の個性を役立てようとする方がいれば、この場を借りてお願いがあります。日本をともに助けてください。お願いします」
頭を下げると、収まりかけていたフラッシュが多く焚かれた。頭を上げても同じようなものだった。
「ただし、民間人だけで守ろうとすれば必ず事故が起こります。救助に向かったはずのヒーローがあなたたちを攻撃してしまう場合もあるかもしれません。武器を捨てるように脅される可能性があります。加えて、いま公安の指示で動いているヒーローには、すべての【デトネラット製品】をもった人間をヴィランであると認識するように指示を出してあります」
「ヒーローアイテムが市場に出回っているというのは事実であると!?」
「ええ。そのすべてがデトネラット社の製品でしょう。今回の作戦で逮捕されたなかに、デトネラット社社長の四ツ橋力也が含まれていました。にもかかわず、公安委員会が関知しないヒーローアイテムが流出しています。デトネラットが市民に武器を配り、さらなる混乱を狙った作戦だとこちらは認識しています。ですから、もし私たちに協力してくださる方がいるのなら、ヒーロー並びに警察、公安委員会にまで名乗りを上げてください」
「市民を、戦闘に加えると?」
「誤解ないようにお伝えしますが、あくまで仮免を持つヒーローや訳あって引退・活動休止しているヒーローへのお願いです。実質引退されていたオールマイトをこの場に連れ出したのも、そのような理由がありますね。それ以上の応援は、要相談でしょうか。自警団を造ろうとする動きもあるでしょうが、その場合はヒーローか警察への申請を行うようにしてください。ヴィランとして処罰される可能性があります」
「市民に協力を仰ぎ、市民を攻撃すると!?」
「申請を行わない民間人に限り、です。資料には超常解放戦線の残りのメンバーが八万人と明記されているでしょう。その八万人がヴィランであるのか、それとも意識なく数字として組み込まれているだけなのか、私には判断できかねます。あなたが、そして私が、その八万人の中の一人だと、どうやって否定されるおつもりですか?」
いかん、すでに水が飲みたい。一応用意はしてあるが、このひっきりなしの質問ではタイミングなどないだろう。
「申請も一つの自衛だと思っていただきたい。疑似的だとしても、いまこの日本に必要なのはヒーローなのです」
「そのヒーローが期待裏切ってるんでしょう!」
「蛇腔市の作戦を謝罪してください!」
「エンデヴァーを出せ! 公安を出せ!」
怒号のようなマスコミの言葉に、オールマイトがオレを庇うように立ち上がろうとした。
頼むから、仕事を奪わないでほしい。
彼よりも先んじて前に一歩踏み出した。
「ヒーローというシステムに不満を持つ人は多いでしょう。
「とくにエンデヴァーは、オールマイトから受け取ったはずのナンバーワンというバトンを落とし、あろうことか泥を塗った。
「それでも、いまもヒーローは必死に戦っています。
「許しを請うているわけではありません。エンデヴァーと顔を合わせたこともないヒーローだっているんです。まだ学生のヒーローも戦っています。
「名誉のためでも、名声のためでも、金のためでもなく、戦っているヒーローがいます。
「自分のためではないでしょう。義理でもない。公安委員会などどうでも良いはずだ。
「ただ──。ただ、己が正義のために戦っています。平和のために戦っています。今日のだれかの安眠のために戦っています。だれかを笑顔にするために戦っています。
「【あなた】のために戦っています。
「彼らに【日本】を背負わせることはやめてください。
「【あなた】のために戦っているヒーローを、もう一度信じていただきたい」
深く、深く頭を下げる。
五秒……十秒……。
ゆっくりと顔を上げ、マイクを握り直す。
紡ぐ言葉を考えて、不意に床が無くなったかのような感覚に襲われた。
──気のせいだ。
恐いだけだ。怯えているだけだ。
震える喉を、力が抜けそうになる足を、ただの笑顔でねじ伏せる。
「日本は、私が背負います。バトンは、私が引き継ぎます」
オレが、策束業という人間を殺すからだ。
「私はフェイカー。どうか私を、見ていてください」
瞬きほどの時間が空き、フラッシュが視界を埋め尽くす。
おいおい、ちゃんとデータ容量は残しているんだろうな。これから今日一番の発言が飛び出すのだから。
重工新聞の腕章をつけた男性記者が挙手をした。
青ざめた表情で震える右手を下ろしたのは、特田さんだった。彼にはすでに質問を投げかけるようにお願いしていた。きっかけは【フェイカー】という単語。
ありがとう。感謝している。
彼はいまからオレを殺すナイフを、日本を背負うバトンを、渡してくれるのだから。
「どうぞ」
「──あなたは……無個性だと聞き及んでいます」
今日一番の光に襲われる。さすがに眩しすぎて片目を閉じた。できる限り見ないように視線を下げていると、特田さんから悲鳴のような質問が届いた。
「雄英ヒーロー科に、裏口入学したというのは本当ですか……!」
「はい、そしていいえ、ですね。私の個性と雄英高校入学の経緯ですが、順を追って説明いたします」
オレの名前は非公式ながらすでに公表されてしまっている。
ヒーローとしては策束という苗字は聞き慣れぬだろうが、マスコミにとってはべつの意味を持つ。
この場で追及【されなければ】、好き勝手に責められることになる。
「まず、私は無個性です。個性因子の欠如ですので間違いないでしょう」
「日本を背負うって言ったじゃないか!」
はは、まったく、いまは特田さんの質問に答えている最中じゃあないか。
「さきほどの、オール・フォー・ワンの個性について戻りましょう。このヴィランの個性ですが……」
手元の資料を数枚抜き取り、カメラにも映るように顔近くまで掲げる。
「オール・フォー・ワンの個性は、個性の移動であると思われます。そして、私の個性は幼少期にオール・フォー・ワンに奪われたと、本人の口から語られました。個性の移動とは、個性を奪うこと、そして与えることです。いままでも被害者は多く、直近であればプッシーキャッツのラグドールが無個性としてヒーロー活動を続けています」
勝手に名前出しちゃったな。あとで詫びておこう。
「ヒーロー科への入学は私としても予想外ではありましたが、そのような経緯もあり、雄英高校への入学を果たしております。ですから、二つ目の質問への回答は、いいえ、ノーです」
「そんな個性が──」
「恐ろしいと私は思いました。その恐ろしい個性を悪意ある人が、人に向ければどうなるか……。それがいまの日本です。やつは六年前にオールマイトに敗れ、そして息を殺し、泥を食み、生き延びていました。そして先の神野区の悪夢で、再びオールマイトと相対しました。──ああ、言い忘れていましたが、ホークスが殺したという分倍河原仁の死亡は未確認です。ヴィラン名トゥワイス。資料にもありますが、個性も説明しておきましょう。自分や他人に関わらず完璧な採寸さえできていれば思考を含めてコピーを二人分まで作れる《二倍》。ホークスがトゥワイスを殺害したか断定できないと思ったのはそこですね」
マイクを持ったまま、両掌をマスコミへと向けた。
「単純な計算です。私の個性が《二倍》だとして、【私】を【二人分】増やして、手の平はいくつでしょうか」
答えは、必要ないだろう。
引きつったマスコミたちの表情が、そのまま国民の表情だ。
「ああ、ホークスが本当に殺人を犯しているのならば、私は罪を問うでしょう。ですがトゥワイスが生きているのなら言わずにいられない。どうか個性を使えない状態になっていてほしいと。千の手の平から、オール・フォー・ワンを生み出さないでほしいと」
手の平を合わせ、笑顔をカメラへと向ける。まったく惜しい、マイクがなければ解脱した聖人に見えたかもしれないのに。
「さあ、次のご質問は?」
それから一時間後、私とオールマイト、公安委員会の数人が揃って頭を下げて、記者会見は終わりを告げた。
◇ ◇ ◇ ◇
「まったくキミは!」
会見が終わり会議室へ戻ると、オールマイトに真っ先に怒られてしまった。
「だから言っただろうオールマイト。そいつは閉じ込めておきたいと……」
「失礼な。完璧な受け答えだったと自負していますよ。それにどうです、子どもだからと舐められもしなかった」
目をすがめ、スーツの襟を両手で正しながら笑うと、ナイトアイが口元を隠す。
その様子を見ていたオールマイトが不機嫌そうにため息を吐いて、こちらを見る。いかん、真剣な目だ。ちょっとふざけすぎたか。
「利のある質問とか言っていた記憶があるけど? あれのどこが利のある質問だったんだい?」
乾いた笑いでお茶を濁す。デメリットよりもメリットが勝っているのだ、開示できる情報はすべて吐き出す。
「私のことより、オールマイトは良いんですか? あんな大見得切っちゃって」
質問はもちろんオールマイトにも寄せられた。
その一つは『オールマイトがいれば大丈夫なのか』というものだった。
そして答えはもちろん一つしかない。
「大丈夫! 私が来た!」
分厚い胸筋を叩きながら吠えるオールマイトに、カメラのフラッシュが向けられた。ナイトアイだった。おっさんいくらなんでもファンすぎるだろう。
「オールマイトの個性が全盛期であれば良かったんですけどね。壊理ちゃんの個性でも戻せないとなると、残念ですが……」
「私は──僕は……象徴だから」
「弱気は我々にも隠してほしいものですけど」
着信があり、二人から顔を背けて通話に出る。
「──ああ、ありがとうございます。ええ、ちょうどいいタイミングですよ。では、いまから向かいますので、すこしお待ちください。……オールマイト、ナイトアイ、車の準備ができました。行先はセントラル病院、国会議事堂、雄英高校の三択がよろしいかと思いますが」
「どうせ全部回ることになるだろう。病院からだな」
「疲れちゃったから、雄英からじゃダメかな?」
「状況を考えろオールマイト……」
言い合いを始めた二人を引き連れ、さきほどマスコミを締めだしたロビーへと向かう。
もちろん大量のマスコミにカメラとマイクを向けられるものの、メディアへの露出という面では最低限こなしている。ネットの記事も記者会見の記事が更新され続けているため、すこしだけヴィランによる恐怖を誤魔化せるだろう。
オールマイトが矢面に立っている間は、ヒーローへの信頼が失墜することはない。
問題は、彼の個性がほぼ使えない筋肉お化けだということだけだ。
ははは、同じ無個性でもだいぶ違うな。どう鍛えればこうなるのかな。
「車は二台用意しています。ナイトアイは私と。オールマイトは、あの後方の車へ」
「え!? あのカッコイイやつ? 良いの? 贅沢だなぁ」
公安委員会がマスコミを押し留めてくれている間に早く乗ってくれ。彼らだって暇ではないのだ。
さきにナイトアイを先頭の黒塗り防弾車へ。続いてオールマイトを乗せるために、後方のスポーツカーに模した車へと誘導した。
記者たちが車の撮影に精を出していることに遅ればせながら気づく。それもナンバープレートに注力しているのだが、それもそのはず、汚い文字で『仮免許練習中』と書かれている。
個性が使えなくなったものの、トップヒーローが乗るに相応しい超高級車なのだが、運転手は難ありだったか。二人乗りだからしかたないと言えばしかたないのだが。
先んじてシザーズドアという縦開きのドアを開けると、降りてきたのは助手席に座っていたベストジーニスト。
告知もしていないし、マスコミにとっては予想外の人物だろう。
大きなどよめきと、収まりかけていた罵声が周囲から上がり始める。
その声に応えることなく、オールマイトと二、三話をしたベストジーニストは、前方の車へと移動を開始した。……残ってマスコミを抑えつけたほうがいいか? いや無理か、正しい感情だ。
カメラがベストジーニストを追いかけたタイミングで、運転席の人物へと話しかける。
姿勢良くハンドルを握り締めているメリッサ・シールド女史だ。運転の技量も含めて本来なら後部座席に乗るべき人物だが、彼女は運転手としてではなく開発者としてここにいる。
……のだが。
「えーと……大丈夫でしたか?」
「ええ! あの! はい!」
頬が赤いのは、ベストジーニストが隣に乗っていたからというわけではないだろう。走ってもいないのに、きょろきょろと顔を動かして車の周囲を確認している。
メリッサ・シールド。日本に来てもらっていまだ二か月程度だが、すでにこの車と合わせて様々なサポートアイテムを提供していもらっている。金食い虫という印象を拭うことはできないが、一台四十億円とか言われたらそりゃあそうなる。
しかもまだ試作段階だぜ? ホテルとくらべりゃあお小遣いだが、利益は一生かかっても生み出せないだろうな。量産など夢のまた夢だし、【性能】はどこの国に見せても立派な【兵器】扱いだ。
「ではオールマイト。どうか教官という気分でお願いいたします」
「ははは、デヴィットの運転は最高だったからね! とっても楽しみだよ!」
ドアを閉め、ナイトアイとベストジーニストと相席させていただく。
「良い会見だったぞフェイカー。そして、すまなかった」
「謝罪は必要ありませんよ。それより彼女の運転はいかがでしたか?」
「ふふ。急加速急減速と思考放棄がなければ、良い乗り心地だったぞ」
さようで……。
スモークガラス越しに後続車を見れば、マスコミに囲まれつつもあまりの運転の荒さに距離を置かれている。
まあ……人を轢かねばなんとかなるか。