【完結】無個性ヒーロー   作:南畑うり

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決戦後・三日目

 

我々の必死の努力も空回るように、日本の犯罪発生率は悪化の一途を辿っていた。

その一端を握っているのは、なんとヒーローだった。

 

『此度の被害、腹を切るよりほかあるまい……』

「私が介錯してやろうか……」

 

具足ヒーローヨロイムシャは、オレたちの次の日に会見を開いた。

普段のコスチュームではなく、死に装束を纏って会見に臨む本人から語られたのは、なんと今回の被害に責任を感じて切腹するということだった。

まあ、つまり被害大きいからヒーローを辞めますよ、ということで。

兜をマイクの隣に置いて大きく頭を下げる老人へは、昨日のオレたちの記者会見の期待もあっただろう。その落差にその場でマスコミからゴミやら機材やらが投げつけられていた。

 

釈明会見、謝罪会見ですらなく、まさかの引退会見。

あまりの出来事にめまいがしそうだった。

 

引退するなら勝手に引きこもっていてくれよ……。それが礼儀だとでも思っていそうだ、ふざけんな平和ボケしやがって。

 

「策束少年、口が悪いよ」

「なんとも思わないのですかオールマイト。下手すれば離脱者はもっと出ますよ。ただでさえ被害は拡大しています」

 

昨日の記者会見から二十四時間、タルタロス襲撃事件から三十五時間が経過し、被害の全貌がようやく見えてきた。

各刑務所から円状に被害地域は広がっている。その件数、確認できる範囲で二万から三万件。窃盗ならまだしも、ヒーローや警察が機能停止していると思い込んでいるのだろう犯罪は、その多くが強盗だった。

おまけに、市民がアイテムを使って暴走してしまう事案が多く発生している。ネットでのデトネラットのサポートアイテムの流出は止まったが、それでも流通口はどこにでもある。

闇米と一緒だな、生活に必要なら政府が止めても意味はない。

 

ああくそ、引退会見に気を取られてラーメンがのびてしまった……。ぼそぼそになった麺をすすると、それは隣に座るマウントレディも同じだったようで、お互い不機嫌な視線が合ってしまう。

 

国会議事堂の一室に集まったのは、ラーカーズにオールマイト、ナイトアイ、そしてオレの六人だ。公安委員会は無し。会社で言えば専務より上が全員いなくなっている状態だからな。だからといって目良さんをトップに据えるわけにはいかないし。

 

「かつ丼にすれば良かったですね」

「本当。教えてくれればいいのに」

 

ラーメンはマウントレディとオレの二人だけ。

それ以外は全員丼ものだ。

 

「非常時の食事など片手間で済ませられるものにしろ」

「古き良きアンパンと牛乳ですか?」

「それも良いがな」

 

ニヒルに笑いながら丼ものを豪快に掻っ込んだエッジショットは、「すこし寝る」と言ってソファを独り占めした。

オレたちも似たようなものだが、ラーカーズは物間の──黒霧の《ワープ》で日本全国を駆け回っており、群訝山荘の時間も含めれば四十八時間ほど活動し続けている。

 

「シンリンカムイもお休みください。ここならば一日籠っても国民に責められることはありませんから」

「笑えないな。フェイカーは休まなくて良いのか?」

「そちらと違って起きてるだけですからね。ほら、個性を使って疲れるってこともありませんし。……マウントレディ、汚いですよ」

 

むせ始めたマウントレディの口から麺が吐き出された。ただでさえ食欲低下しているのだから、すこしは気を遣ってほしい。

 

「あれ? 策束少年もう食べないの? もらっていい?」

「ええ……? 良いですけど」

 

逆にオールマイトにオレの食い残しを食べさせて良いのか? ほら、ナイトアイがめちゃくちゃ睨みつけてきているし。

それはそうと、あと三十分後には総理や大臣相手に状況の説明だ。オセアン国同様に、外国のヒーローへの救難要請を行う予定があるからな。それらは国家間の【貸し】になるため慎重にならざるを得ない。

 

そんな状況で、ホークスとベストジーニストは用事があると車でどこかへ向かってしまった。

 

ある程度の事情は聞かせてもらった。

なんでもホークスは公安からの依頼で、超常解放戦線にスパイとして潜入していたこと。

ヒーローを裏切った証明として、ナンバースリーのベストジーニストを殺害し、ヴィラン連合へと彼の死体を手渡した。

どんなトリックか個性かと思って聞いてみれば、なんと脳無はエネルギーを使い果たすことで仮死状態になるという特性を真似た手術を、ベストジーニストへと施したらしい。豪快な力業だった。

その後ただの死体として捨て置かれたベストジーニストは、セントラル病院の医療技術によって蘇生。そして即リハビリの日々に戻っていたというわけだ。まあ彼は片方の肺を神野区で失っているからな。

そういう事情があるのなら、壊理ちゃんの個性実験にベストジーニストも招待したというのに。

 

問題は、ホークスがなぜ公安のそんな汚れのような危険な仕事を引き受けたのか、ということだ。ベストジーニストの場合は肉体的な危険はあったわけだが、ホークスはヒーローとしての生命線を賭けた潜入だったはずだ。

実際、彼はトゥワイスの殺害を国民に晒されてしまった。ヴィラン連合からの反感は、ほかのヒーローの追随を許さないだろう。

 

その答えが、ホークス──鷹見啓悟の生い立ちにある。

荼毘も薄っすらとは語っていたが、彼の生い立ちは不明だった。いや、正確に言えば歯抜けになっている情報が存在していた。その一つが本名だ。だが、本名も顔も隠しているヒーローなどざらにいる。オールマイトの本名だってオレは知らないし。

当たり前だがヒーロー活動をする以上、恨まれることは想定内だからだ。

そのホークスは当然として、エンデヴァー、オールマイトなど過去のトップヒーローの恨まれ方が尋常じゃあないな。心操には顔を覆うマスクを用意させよう。

 

その黒塗りの個人情報を作成したのが、当時のホークスをスカウトした公安だったという。そのときの彼の年齢は、四、五歳だったという。

家庭環境が劣悪であったために、保護という言い訳を語れなくもないが──。

 

いややめよう、飯が不味くなる。

ともあれ、鷹見啓悟少年の過去を知る人物はこの世に二人。

一人は行方も知れぬ父親。

もう一人は公安の証人保護プログラムによって囲われている母親。

 

ベストジーニストと会いに行ったのは、ホークスの母親のほうだ。

個人的には公安に内通者がいるほうが【都合が良い】けどな。現状、公安はちょっと邪魔すぎる。

 

「大丈夫かい、策束くん」

「いえ……行けます」

 

あー……寝ていたらしい。

いつの間にか入室していた【根津校長】に促され、険しい表情を作る大臣たちの前に立つ。あくびを噛み殺しながら、八時間ほど審問されることとなった。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 

さすがに身体が限界だったようで、帰寮し、教師陣に説明をしている最中に眠ってしまったようだ。

途中からの記憶はなくなっており、起きたら自室のベッドで眠っていた。

六時……か。朝だよな? 吐きそうなほど頭が痛い。

 

リビングに移動すると、A組の面子がテレビを点けながら眠っていた。いや、何人か起きている。画面にはオレが映っていたが、おそらくはニュースの再放送だろう

オレに気づいた梅雨ちゃんが、テレビの前でせわしなく両手を動かしている。青山と障子も一緒だった。

 

「おはようカルマちゃん」

「チーズ食べるかい?」

 

床で寝たりソファーで寝たりと、やりたい放題なクラスメイトを踏まぬように、二人の近くに座り込む。

 

「おはよう、いただくよ」

「もうすこし寝ていたらどうだ?」

「寝すぎたくらいだ」

 

携帯端末には、ヒーローたちの功績が逐次送られてきていた。ラーカーズはあれから数時間で百件分以上の仕事をしている。限界を超えているのは、だれの目から見てもわかりきっている。

どうにかしなければならない──考えろ。

 

「事情は?」

「昨日13号先生から聞いたわ。運んでくれたのも先生だったのよ」

「背負われてたというか、積載物だったけどね」

 

宇宙服の背面に括り付けられていたそうだ。

雑談がてら、負傷している轟たちの話を聞くことになる。あるていどはオールマイトから聞いていたが、緑谷は外傷としてはほとんど最悪に近いほどの骨折。爆豪は内臓への損傷が目立ち、轟は身体の外と内どちらも重度の火傷だ。リカバリーガールが《治癒》を強くかけてどうにか持ちこたえたが、その反動でいまだ目覚めていないらしい。

 

「でも、爆豪くんと轟くんはそろそろ目覚めるんじゃないかって。脳波がどうとか言ってたよ」

「今日も行くの。カルマちゃんも行けるかしら?」

「タイミングはべつにするけどね」

 

だが、そうだな、久々に雄英の制服に袖を通すのも悪くない。

その理由がクラスメイトのお見舞いというのが、いささかよろしくないけどな。

そんなことを考えていると、腹が大きく鳴った。

 

三人の視線を浴びながら、頬を上げておく。

 

「さ、飯だ飯」

 

さぼってしまった料理当番を、すこしは取り返そうじゃあないか。

 

 

クラスメイトを見送って一時間後、オレもセントラル病院へ着いた。

二度目だが、歓迎はされていないよな……。

 

病院前に詰めかけているのはマスコミだけではなく、プラカードを抱えた民衆も散見する。その多くは荼毘の言葉を鵜呑みにした者だろう。

その荼毘の目的がエンデヴァーなのだから、この病院が安全だとは言い切れないわけだが……まあ、勇猛果敢な人たちということで。

 

「フェイカーだ! カメラ回せ!!」

 

車を降りてすぐに叫ばれた。タクシーに雄英の制服だ、目立たないわけがない。顔が売れてきて嬉しいよ。

とは言っても、いまはマスコミ関係者には用がない。説明もほぼ済ませてあるし、犯罪発生はリアルタイムで各テレビ局には送られている。オレよりもパソコンに張り付いている人のほうが犯罪傾向には詳しくなるだろう。

 

「今日はエンデヴァーの面会に!?」「スーパーヴィランはどこにいるんですか!」「エンデヴァーの容態はどうなっているんですか!」「荼毘とエンデヴァーの関係を!」「ワン・フォー・オールについて説明してください!」「エンデヴァーは日本の惨状を把握しているんですか!」

 

おいおいなんだよ、嫉妬するくらいエンデヴァーが人気じゃあないか。

困るなぁ、足りないなぁ。

もっとオレを見ていてくれよ。こっちは承認欲求が満たされずに飢えているんだから。

 

「前回もお話しましたが、エンデヴァーは彼の個性の熱で、内臓のいくつかにダメージを負いました。そのための入院であり、麻酔は今朝方打ち止めと病院側から連絡をいただいております。私が来た理由も、その説明ですね。明日、ヴィランたちがこのまま大人しくしていれば謝罪会見を──」

 

いったぁ!?

得意気に語っているとなにか投げられたようで、頭になにか硬い物が当たった。

血が垂れてきたのかと拭えば、黄色と透明な液体が指にくっついてきた。……卵か? 頭を傾けると卵の殻が地面へ落ちる。

目に入りそうになったので頭を下げると、今度は胸に卵がぶつけられた。胸に当たった卵は割れずに地面へと落ちて、囲んでいたマスコミとオレの靴を汚す。

 

これだけマスコミに囲まれているのに当ててくるのは、まあ個性だろうな。これで母さんだったら泣いてしまうぞ。

もっとも、警備員が追いかけ始めたのは、背を向けて逃げる一人の男性。追わなくても良いよと言いたいが、彼らも仕事だからな。

 

じんじんと痛む頭を軽く押さえて、マスコミへ最後の説明を行った。

 

「とにかく、説明はいまから行います。日本のことも、国民の不安も正確にお伝えするので、ご安心ください」

 

病院側の警備員がオレを守るように前に出てくれて、マスコミはそれを見送るばかりとなった。映像はめちゃくちゃ撮られたけどな。今日の夕刊の一面は飾れるだろう。

警備員に礼を言って病院内に入ると、エントランスに張り付いていたオールマイトが心配そうに声をかけてきた。

 

「策束少年、一報くれれば迎えに行ったのに」

「問題ありません。それよりエンデヴァーは?」

 

エレベーターを待っている最中、コンシェルジュが用意してくていたタオルで頭の汚れを拭う。結構派手にぶつけられていたらしい、細かい殻が床に落ちていく。申し訳ないが、話題が話題であるため、二人でそちらを優先する。

エレベーターへと乗り込んでも話は続いた。

 

「まだ麻酔がね。あと、話はもうすこしあとにしたくて」

「なにかありましたか?」

「その、彼の奥さんが……」

 

エンデヴァーの奥さん? 轟の母親、だよな? 心を壊して十年ほど入院生活だったと聞いていたが。

 

「いらしたんですか?」

「うん」

 

なら、まずは轟に会いに行こうかな。さきに頭を洗いたいところではあるが、轟は昨晩から麻酔を抜いているため、すでに動ける程度には回復しているだろう。

エンデヴァーの今後の身の振り方ということもある。家族くらいには話しておいたほうが──

 

「だぁ! 動くな死ぬって!」

「やだもぉ! こいつ動くぅ!」

「動かすなって言われてんだよ!」

 

エレベーターの扉が開くと、その前を入院着姿の爆豪が、峰田と瀬呂を引きずりながら通り過ぎて行った。

 

「うっせーな引っ張ると余計力んでなおさら死ぬぞゴルァ!」

「どういう感情で言ってんだそれぇ!」

「瀬呂が余計なこと言うからだぞ!」

「それはごめん!!」

 

牛歩のように進んでいく三人が視界から消えたタイミングで、オールマイトはこちらと視線を合わせながらつぶやいた。

 

「降りる階間違えたかな……」

「気持ちはわかります……。爆豪ー、元気そうだな」

 

リカバリーガールの個性で傷の多くは塞がれたというが、いくつかの内臓に穴が開いていたのだ。治癒力などいくらあっても足りはしない。

二日目で百キロ近い重さ抱えて歩けるのだ、立派なものだろう。

 

「クソワイリー……オールマイト……」

 

舌打ちしながら、ようやく立ち止まる爆豪。

 

「説明しに行くから寝てろよ」

「……デクは!? なぁオールマイト! あいつは!?」

「緑谷少年は……まだ目覚めていない」

 

病院でデカい声出すんじゃあないよ。

それはともかく、蛇腔病院でどんなことがあったのか、必要がなかったためにオレは聞かなかった。そんな贅沢が許される状況ではないと勝手に思っていたが、爆豪のこの様子はなんだ?

死柄木が狙いでも話していたのならわかるが、そのような話はオールマイトやナイトアイからは聞かされていない。……なにか、隠している? まさか、この期に及んで?

 

「──ハァ」

 

肩から力を無理やりに抜く。

爆豪のようにストレスを爆破させながら生きるのはさぞ気持ちが良いだろう。

 

「轟も今朝目覚めたはずだ。緑谷ももうすぐ目を覚ます。説明はそれからだ。さっさと治して戦線復帰しろ。お願いだ」

「……ケッ」

 

喉を大きく鳴らす爆豪は、瀬呂に支えられるように弱々しい足取りで病室へと戻っていった。

そのあとをくっ付いて轟の病室に向かったのだが、その病室には八百万や芦戸などがいるばかりで、部屋主の轟はいなかった。

トイレかとも思ったが、エンデヴァーの病室に向かったと説明を受ける。介添えも必要だろうにと思ったが──轟の母親と兄姉がお見舞いに来たらしい。その足でエンデヴァーの病室に、か。

 

轟の火傷は、範囲ということでは爆豪よりも重傷だ。とくに内臓の火傷はセントラル病院の技術でもどうしようもできないほどで、リカバリーガールの《治癒》がなければ病院に担ぎ込まれる前に死んでいたという。

 

「なんでそんな元気なんでしょうかね、みんな」

「ははは、良いことだよ。……それに、キミと一緒だ、策束少年」

「私と? まあベロは痛かったですけど──」

「みんな、必死なんだよ」

「ああ……」

 

不覚にも納得してしまった。

雑談しながらエンデヴァーの病室まで行くと、そこにはホークスとベストジーニストがいた。オレたちの姿を見ると、小走りに駆け寄ってきた。

ホークスは携帯端末を操作していたのだが、そこから自動音声が流れてくる。

 

『フェイカー、オールマイトさん。どうもどうも』

「すまないがすこしだけ待ってくれ。いまは家族の時間を──」

 

甘すぎるとは言わずにおいた。オールマイトは納得するようにうなずいているし、三対一は分が悪い。目良でも連れてくれば良かったかな。

ドアに近づくと室内からは話し声。冷たい口調に、鈴が鳴るような凛とした声だ。

 

『──焦凍はうちの、ヒーローになってくれたのよ』

 

……オレも一歩引いて、みんなに見習って壁へと寄りかかる。ああもう、目良でも連れてくれば雑談もできたのに。

それから間もなく、野太い雄叫び、というかエンデヴァーの泣き声が聞こえてきた。

みんなを見上げると話が一段落したと仮定していたようだ。ホークスが携帯端末を操作してから、ドアノブに手をかける。

 

「ショートぉぉぉぉおお!!」

『すみませーん、話立ち聞きしちゃいましたー。その家族旅行、俺らもご一緒してよろしいですかね』

 

ホークスを先頭に四人で室内へと入る。全身包帯まみれの轟が、オレを見て驚いていた。まあそうだよな、轟家に加えてトップヒーローだ。一人だけ場違い感が物凄い。

母親らしき女性が、オレたちを認識した途端に土下座しはじめたことで、ホークスとベストジーニスト、オールマイトたちが慌てて起き上がらせる。

 

『あなたの映像とかよく見てましたけど、若いころの執念が、まさかこんな形で肥大していたとは、ショックですよね』

 

轟のお母さまの土下座を辞めさせたその電子音声で、めちゃくちゃ踏み込む発言をするホークス。

あまりの無遠慮にこっちはドン引きだ。ホークスとエンデヴァーの確執は直近のビルボードチャートのライブ映像で見たことあるが、演技とかじゃあなくて本当にそうなの?

ホークスは轟家の視線を一身に受けながら、轟──焦凍と無遠慮に肩を組む。

 

『燈矢くんの話ってことで、出てきませんでしたけど、焦凍くんの火傷って、これもエンデヴァーさん?』

「私です」

 

焦凍は罪を認めるような発言を否定するように声を上げたが、母親のあまりの強い視線に、自分から視線を逸らしていた。

心を壊したと聞いていたからもっと不安定なのではとも思ったが、ありゃあオレやオレの母親よりよほど根っこが強い。心は子どもに捧げていたということか。しばらく母さんへの説明は父親に任せきりだったが、親不孝な息子で申し訳ないなぁ。

 

『そうか。焦凍くん、キミはカッコイイな』

 

ホークスは……見当違いな褒め方な気がする。なんだろう、踏み込みすぎた謝罪なのか、自身でなにか思うところがあるのか、オレにはわからない。

ホークスはそのまま携帯端末の自動音声で、日本の現状をエンデヴァーへ説明し始めた。

 

蛇腔市の被害、ヴィラン連合と脳無の逃亡、タルタロス含めた収容所施設襲撃。

これだけなら、まだ地獄というには易しかった。

 

ヨロイムシャの引退表明に端を発し、ヒーローの辞職は次々と連絡が届いている。それを受け、ヒーローを信用しきれない市民が武器を持って自警団となっていた。

だが、訓練をしていない人間が銃を持って、目標に当てられるだろうか? 答えはノーだ。ヴィランが与えた被害とは桁が異なる被害額が警察に寄せられている。

黒霧の《ワープ》も座標がわかっていなければならない個性だ。通報を受け、はいそうですかとラーカーズを派遣するような戦い方はできない。

オレからすれば、市民によるヴィジランテ化は望ましいことだ。だが、それを阻んでいるのがデトネラット製の火力過多の武器である。

 

続けて、各国の反応へと移った。

ヒューマライズでそうであったように、各友好国は非常事態宣言時に各国へヒーローの要請を行うことができる。軍隊ではないため、応えるかどうかはヒーロー次第。もちろん報酬は日本が払う。それ自体は、まあ良い。

だが、いまは公安委員会が機能停止しているという【言い訳】で据え置かれている状況だ。

まあ公安抑えつけて学生ヒーローが記者会見をやっている時点で、どれほどの窮地かはわかりきっている。

しかも厄介なことにヴィランは一般市民──つまりゲリラ戦だ。

 

大きな声では言えないが、タルタロス以外の脱獄者はまだマシなのだ。木っ端であるし、個性頼り仲間頼りの楽な人生を歩もうとしたヴィランや犯罪者が多い。

だが、デトネラットのヒーローアイテムが致命的だ。市民にサブマシンガンが配られているようなもの。

 

日本はまさに戦争中なのだ。

おまけにヒーローはあくまで対人戦・救助のプロ。小隊規模ならまだしも、大隊規模の戦闘など歴史的に見ても前例は極わずか……。

そのような環境にどの国が自国のヒーローを送ろうと思うか。

答えは、こうだ。

 

『公安委員会が機能していないから、総理大臣の要請であっても応えることはできない』

 

笑わせる。

素直に言えば良いのだ。命の危機がある危険地帯へ送り出して、自国民に責められるのが恐ろしいと。

 

まあ、各国が二の足を踏む理由の一端はオレにもある。

すでにオールマイトにはヒーローの要請に関して口を出さぬようお願いしてあったのだ。

素直に言えば、もし日本で要請したヒーローが死亡した場合のデメリットのほうが大きすぎるのだ。しかもヴィランではなく市民に殺されてみろ、下手すれば国交に関わってきてしまう。

だからオレも言い訳をするのならば、【こう】だ。

 

ホークスの説明は続く。

 

『現在政府は、各国から救助隊、ヒーローの要請をしていますが、【公安の停止によりヒーローの派遣手続きが、滞っています】。これが、わずか二日で起きています。奥さんが仰ったとおり、あなたは、戦う以外道はありません。それは俺たちもです。此度の責任はナンバーワンだけのものじゃない。ご家庭だけで占有しないでいただきたいってなわけでこっからはトップスリーのチームアップです』

「私は元よりホークスに命をベットした身。地獄の花道ランウェイなら歩き慣れている」

『ほら、俺らとご家族。すこしは肩も軽くなって、立って歩ける気ぃしません?』

 

轟家としてはそれで良いのかと盗み見ていると、轟の兄が「燈矢兄ぃ止めるまでだから」と締めくくった。

小さな歩幅だろうが、一歩は一歩。前進だ。

嬉しさを堪えきれぬ様子で、エンデヴァーは咽ぶように泣いていた。

 

『早速ですが、まずは皆々さまへの説明責任。荼毘の告発を受けた以上避けて通れません。だよねフェイカー』

「ええ」

 

人を空気の入れ替えに使わないで欲しいが……。

 

『ざっくりと答弁内容を考えたんスけど、一つ不明瞭な要素が。【ワン・フォー・オール】ってなんなんスかね』

 

一瞬どきりとした。いまでこそフェイカーだが、その前はワン・フォー・オールというヒーローネームを頂戴しようとしていたからな。

まあ、今回はそれとは一切関係がないらしい。ちらりと壁の花と化すオールマイトを盗み見るが、彼はこちらの視線にいち早く気づき視線を逸らした。この人の秘密主義はいささかオレの手に余る。

 

『ワン・フォー・オール……我々はその正体を知らなきゃあいけません』

「……デク?」

 

エンデヴァーの反応を見る限り、彼も知らないだろうと当たりをつけていたのだが、まさかの単語が独り言のように零れてきた。

 

オレが一歩踏み出したのだが、オールマイトの片手で制される。

 

「そのことについては、私の口からすべてを話そう」

 

彼はオレを見下ろした。そして、ゆっくりと目を瞑る。

 

「だがすまないが、策束少年には後日改めて説明する機会が欲しい」

「個人的に?」

 

あまりの悠長な発言に、オレどころかホークスたちも眉をひそめている。

理由が緑谷出久であることは間違いがなく、加えて以前からオールマイトが秘密にしていた事柄が《ワン・フォー・オール》なのだ。

 

轟と示し合わせるように目を合わせたが、答えは得られず。

彼はオールマイトを睨みつけ、焼け爛れた喉を鳴らす。

 

「俺は聞いてもいいのにか」

「ああ。……緑谷少年が目覚めたとき、ちゃんと説明する機会を得たい。そのときに、緑谷少年も同席させたい。きっと、彼もそれを望むだろう」

 

──緑谷の秘密は、個性だ。なら《ワン・フォー・オール》とは、きっと個性の話だ。

聞きたい。

個性が欲しい。

頼りにされたい。

見下されたくない。

仲間外れはもう嫌だ。

肥大する欲望が、過去の切望が、心から溢れ出るように襲い掛かってくる。

 

「ええ、では後日にお願いします。記者会見は明日、朝から行います。エンデヴァーとのすり合わせをお願いいたします」

 

まるで決められたセリフであるように、自分の口から溢れた業務命令に笑みが零れた。

止められる間もなく病室からトイレへと向かう。

鏡を見て良かった。さきほどの卵の中身が、髪で乾いて粉のようになってしまっている。

 

手洗い場に溜めた水面に顔を【押し付ける】。

水道から流れる水が、耳朶へと響く。耳の奥にまで入ってくるようだ。

 

顔を上げると、卵の殻も、中身も、水へと溶けだしたようだった。

水が滴り、床をポタポタと濡らしていく。

 

ああ、策束業を殺しておいて良かった。

 

鏡の中の少年が笑う。

 

ああ、【ボク】が、フェイカーで良かった。

 

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