【完結】無個性ヒーロー   作:南畑うり

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緑谷離脱編は①~⑤話となります。



緑谷離脱編①

 

麗日お茶子を起こしてくれたのは、握り締めていた携帯端末の目覚ましだった。

 

「はあ! やば! ねぼ……う……や、なかった」

 

口元のよだれをパジャマの袖で拭ぐい、重いまぶたをこすりながらカーテンを開ける。

雄英寮の外には、見慣れぬ建造物が映っていた。見えるのは一棟だけだが、五階建てのアパートメントは雄英の通学路近くどころか、グラウンドの多くを使用して何百、何千棟と建てられていた。

 

「父ちゃん母ちゃん、ちゃんと寝れたかなぁ」

 

彼女の両親はいま、雄英が用意したアパートメントの一室に転居している。

日本の非常事態宣言を受け、雄英などの広い敷地のある学校が協力して、市民の受け入れを行っているからだ。

 

まだ再会を喜んではいない。

そのような余裕があるか、それを避難してきた人たちに晒して良いのか、という感情的な面もある。コスチュームを着てしまえば、民衆はヒーローとしての活躍を期待してしまう。そしてそのヒーローから【人間らしさ】を感じ取れば、エンデヴァーのように裏切られたと感じる人もいるだろう。

 

そしてもう一つは、避難民の中にヴィランがいるという可能性だ。多くの市民を受け入れた。その精査はほとんど為されていない。もちろん身分確認は行うが、だからといってその人物が超常解放戦線の残党でないという否定にはならない。

だからこそ、【弱点】は晒してはいけないというのが、三年生から一年生までのヒーロー科の統一意見となった。

 

その決定に、教員は関わっていない。

雄英教職員のほとんどはプロヒーローであり、そして日本の未曾有の危機に立ち上がらないヒーローは誰一人としていなかった。

そのため現状の護衛は、ヒーロー科が率先して編隊とスケジュールを組んで行っている。

 

そのため、麗日をはじめ多くのヒーロー科生徒は家族と合流することなく、ヒーロー活動に従事している。

A組も昨晩は夜中までパトロールを行っていて、昼は炊き出しを行う予定だ。それ以外にも持ち帰れる無料食品の補充や衣服、ゴミの処分など、生活面でのサポートの多くもヒーロー科が行うこととなっている。

 

このような生活がいつまで続くのか、市民のみならずヒーロー科からも不安の声が上がっていた。

 

「ん……なんやろこれ」

 

私服へと着替えて一階へと向かう際、自室の扉に一枚の紙が挟まっていたのを見つけた。

紙を引き抜き、それが手紙であることに気づく。

 

「──え」

 

小さい声が零れた。

 

麗日が手紙を握りしめ、慌てて一階へと向かったときには、すでに数人が同じようにノートの切れ端を持って雑談していた。

 

「お茶子ちゃん!」

「みんなも!?」

 

蛙吹が血相を変えた麗日を抑えるように抱き留める。

 

「麗日もか……」

「ってことは策束の部屋にもあるよな」

「これは……キツいかもな……」

「いや俺たちだってキチィよ。なんだよ出て行くって……」

 

切島の手のなかで緑谷からの手紙が握りしめられ、しわが深く刻まれていく。

緑谷からの手紙はいくつかのことが書かれていた。緑谷自身の個性《ワン・フォー・オール》のこと。そしてその個性が死柄木とオール・フォー・ワンに狙われていること。そして、そのために雄英を出て行くということだ。

 

それには様々な意味があるだろう。

危険が迫っているから逃げ出す。それ自体は良いことだ。だが、ここはその危険から【みんな】を守るための砦であり、そして門番である自分たちがいる。

彼の行動は、それらを否定する行動ともとれてしまう。

 

だが、いまいるクラスメイトで死柄木と対面したのは彼だけであり、その経験がその判断をしたのだろうと理解もできる。

 

理解は、できるのだ──。

 

「みんな大変だ! ドアから緑谷からの手紙が!」

「お前も!?」

「なんだよこれ……」

 

心のどこかで、間違いであれば良いと、緑谷の文字じゃなければ良いと思っている。

麗日は一人、弱い足取りで寮から出た。

 

朝日の眩しさに目を細めたと思われた彼女は、しかしその鋭い目つきのまま、ベンチに座って手紙を読み返す。

なんど読んだとしても、内容は変わらない。

 

「馬鹿野郎……」

 

緑谷へ向けた言葉なのか、彼の信頼を勝ち取れなかった自身への無力さからか。苛立つ心を隠すように、手紙で顔を隠しながら彼女はつぶやいた。

 

『本当にどうしようもなくなったら言ってね。友だちだろ?』

 

その言葉を聞いてから、まだ一年と経っていない。

友だちなら、相談してくれると思っていた。友だちなら、なんとかできることがあると思っていた。

三月下旬の麗らかな陽気とは裏腹に、彼女の心には暗雲が立ち込めるようだった。

 

しばらくして、彼女は手紙を丁寧に折りたたむと、緩慢な動作で立ち上がった。まずはクラスメイトと相談して、緑谷の行方をつかまなければならない。その思考に取りつかれていた。

 

「──策束くん……?」

 

玄関口から、クラスメイトに囲まれる策束が見えた。

中学生サイズに戻ったはずの彼は、いつの間にか自身や耳郎の身長を抜いて、緑谷に届こうかという成長具合。どうしても、数日前まで一緒に行動していた彼らを思い出してしまう。

 

「策束くん!」

 

声量のコントロールに失敗して、悲鳴のようになってしまった。学友たちがびくりと肩を揺らす中、策束だけはにっこりと笑って麗日を見ていた。

 

「どうかしました?」

「──あー、えっと……」

 

敬語?

そのような疑問が一瞬だけ脳裏に過ったが、それよりも注目を集めてしまった恥ずかしさで、彼女は誤魔化すように会話を続けた。

 

「緑谷くんが! 読んだ!?」

「ああ、もちろん。いまちょうどその話をしていたんですよ。ねぇ、百お嬢さん」

「……ええ」

 

どこか暗い表情で策束を見下ろす八百万。

策束は、そんな彼女の表情を一瞥し、頭を下げた。

 

「それで、すみません。おそらく私のせいなんです。昨晩、【オールマイトと帰宅したのですが】、私は早く寝てしまって……。でも、朝起きたらテーブルの上に手紙が残されていました……」

「俺らもいま聞いてたんだけどよ、オールマイトに電話してみようぜって話になってた」

「私は焦凍に電話してきます。朝一で緑谷の母親を病院に呼ぶという話をしていたので、もしかしたらまだいるかもしれません」

 

策束は携帯端末を周囲に見せて、自室へと戻っていった。その背中に、八百万が声をかける。

 

「業さん」

「どうかいたしましたか?」

 

振り返った彼の表情は、柔和な笑みが張り付いていた。

その笑顔を見て、八百万が言葉を失う。

 

「──いえ、なんでも、ありません……」

「そうですか」

 

笑いながら、それでも不思議そうに首を傾げて、彼は自室へと戻っていった。一階から二階の手すりで見え隠れする策束を、クラスメイト全員で見送ってしまう。

 

「……なにあれ」

 

不機嫌さを隠そうともせず、耳郎が策束の部屋を睨みつけている。

 

「まあ! おいといて!!」

 

空気を入れ替えるように、切島が柏手を打つ。

 

「いまは緑谷だ! 手紙のことが本当ならオールマイトなら居場所知ってるだろうし」

「ホークスにも聞いてみる。と言っても、会見のあとになるだろうが……」

 

常闇がちらりとテレビを睨みつけた。

朝のニュースは、どのチャンネルに変更しても空席の長椅子を映していた。あと十分とかからず始まる予定の、謝罪会見の席だった。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 

記者会見から三日後の夕方。

退院した爆豪と轟が手紙のことで話があると、クラスメイトを一階の談話室へと呼び出した。

──そこに、策束の姿はない。彼はトップスリーのチームアップが行われたことを皮切りに、まるでマネージャーであるかのように学校を離れることが多い。

その隙を突いた。

 

「わりぃ……策束に口止めされてた」

 

いの一番に、轟が頭を下げた。

 

エンデヴァーたち謝罪会見前日。

深夜遅くまで話し合いに参加していた轟は、《治癒》の影響もあり見事に寝坊。その寝ぼけた頭のまま策束から読むようにモーニングコールを受ける。そして彼はこう言った。

 

『その手紙、私が配ったことを秘密にしてください。作戦があるんですよ』

 

作戦がなにを指すかはわからないが、数日間緑谷からの音沙汰がなければ轟とて察しがつく。舌先三寸の誤魔化しであったと。

 

「それを言い出したら、俺たちもだ……。あいつの様子がおかしいのはわかっていたはずなのに……」

 

隣に立つ常闇が、頭を下げる轟の肩を叩く。

そして常闇の言葉は、爆豪たち三人に注目するクラスメイトにも響いていた。

 

「手紙のこと……だよな」

「個性だもんなぁ。なんて声かけるべき?」

「緑谷くんのこと、恨んでるかなぁ」

「んなこたぁ! どうだって良い!!」

 

目じりを吊り上げ、爆豪は手紙を強く握りしめる。紙の擦れる音がすこし遅れてクラスメイトの耳にも届く。舌打ちでもするかのような表情で、吐き捨てるように続けた。

 

「問題は、デクの行方だ……!」

「策束なら知ってるだろうけど……」

「スカシ野郎が言うわけがねぇだろ! アイツは賛成側だ!」

「賛成?」

「デクの一人行動だよ! 決まってんだろ!!」

 

学友の間抜けな質問にも、爆豪は律儀に答えていた。

普段の彼なら黙るか罵倒するかの二択であり、その様子の変化はクラスメイトからすれば余裕の無さにも見えてしまう。

 

「クソワイリーが言わねぇならエンデヴァーに聞く。オールマイトとトップスリーが一緒にいるはずだ」

「い、いや、だが! ここは策束くんを信じて待っても──」

「それ、本当に?」

 

飯田の発言を麗日は遮った。

彼女の強い視線は、三人へ向けられたまま。

答えたのは、轟だった。

 

「ああ、推測でしかねぇけど……」

「十中八九エンデヴァーたちといる! あのクソナード!」

 

唸るように叫びながら、爆豪は握り締めていた手紙を細かく破り捨てた。

その様子を見て、飯田は慎重に行動することを提案する。

そもそも、数日前、緑谷と連絡が取れなくなった時点でエンデヴァーたちとは連絡を取ったのだ。それも皮肉なことに、策束の発案によって。

 

返答は「知らない」という寂しいものだった。

だが、記者会見でエンデヴァーは《ワン・フォー・オール》を「知らない」とマスコミへと伝えた。

ならば、A組が握りしめる手紙はエンデヴァーですら知らなかった重要項目ということになる。

そんなこと、あり得るのだろうか。

 

『《ワン・フォー・オール》について、エンデヴァーには私から伝えておきます』

 

数日前に笑いながら告げたクラスメイトの顔が浮かぶ。

エンデヴァーが策束から緑谷の個性の存在を聞いたとは、いまはもう思えない。A組は彼の笑顔にまんまと騙されていたのだ。

 

「手紙さ……策束くんが入れたのかな……」

 

小さく、青山がつぶやいたが、応えられる人はいなかった。

その青山が、代わりにとばかりに話題を変える。

 

「緑谷くんだけど、大人といるならむしろ安心していいんじゃなウィ?」

「だからだよ……! 俺はエンデヴァーたちより、デクのことも、オールマイトのことも知ってる! たぶん考え得る最悪のパターンだ」

 

拳を握り締め覚悟を決めた爆豪の説得力に、切島も思考を更新して、トップスリーと緑谷が合流していることで想定を開始。クラスメイトも何人かうなずいた。

相談を始めたクラスメイトたちをよそ眼に、覚悟を決めた麗日は立ち上がる。

 

「エンデヴァーって雄英卒だよね……」

「麗日……」

「──強引に行こう」

 

 

A組十八名と根津が向き合い、代表して麗日が緑谷からの手紙を校長へと渡す。

手紙を読む根津を、校長室の入口を塞ぐ生徒たちが固唾を飲んで見守っている。

 

「デクくんは、オールマイトと一緒にいますよね」

「手紙を読む限りそうだろうね。でも僕は知らないよ。《ワン・フォー・オール》のことも初耳さ」

 

嘘には、見えなかった。でももっと嘘をつく人を、クラスメイトを知っているから、麗日はその言葉を無視した。

 

「……デクくんは、ウチらを守るために出て行ったんです」

「それは、だけどキミたちが信用できないとかじゃないはずさ。彼はオール・フォー・ワンと戦った。そして恐怖した。その力が、キミたちに向かうことを」

「それが信用してねぇっつーことだろが!!」

 

切島に抱きしめられる爆豪は、その場で動くこともできず、ただ暴言を吐き出すだけだった。だが、その言葉はその場の全員に突き刺さっている。

 

「僕も、キミたちも信用されていないというのに、エンデヴァーなら信用できるのかな? それにエンデヴァーは《ワン・フォー・オール》のことは知らないと言っていただろう? どうして彼らと一緒にいると?」

「それは、策束くんがエンデヴァーと一緒にいるからです」

 

根津は鼻から息を吐いてわかりやすく話題を逸らした。

 

「いまの日本は混乱の只中さ。ヴィランと戦うのはトップスリーとラーカーズ、オール・フォー・ワンの狙いを逸らすのはデクくん。そうやって一つずつ方向性を正すのは、良いことだと思うけど」

「良いことかもしれない……。でも、それはメリットとかデメリットとか、損得勘定でしかないでしょう!」

 

麗日は、涙で歪む視界を袖で拭った。

 

「メリットでヴィランに寝返った人もいるし! デメリットでヒーローを辞めた人もいる! ウチらは損得で悩んでいる人たちを説得するためにヒーローを目指しているんじゃありません!」

 

それは、思い上がりかもしれない。

でも、麗日はここで心情を語らずにはいられなかった。

 

「ウチらは、だれかを助けるヒーローに成るためにここにいます! そのだれかには、きっとデクくんも入ってる! 頑張って、頑張って、どうしようもなくなっている人を! ヒーローは助けなきゃいけないんです!!」

 

彼女が頭を下げるとクラスメイトが続いた。何人かは頭を下げることなく根津を睨みつけている。

 

「損得で考える人、か……」

 

根津はオールマイトから緑谷の離脱を聞かされたとき、その行動にメリットを感じた。

避難時、とくに市民の受け入れの際には慎重にならざるを得ず、時間がかかる見通しだった。実際まだ避難民の受け入れは済んでいない。

もしそのもたつきを脳無に襲われれば、被害は小さいものではなかっただろう。だからこそ、緑谷が離脱することでオール・フォー・ワンの狙いがすこしでも雄英から離れれば──そう、考えていた。

だが半面、デメリットもある。敵の狙いがわざわざ単独行動をするのだ。狙ってくださいと言っているようなもの。

実際エンデヴァーたちの狙いは、オール・フォー・ワンから緑谷の捕縛を依頼されたヴィランだったが、いまは敵の本拠地を知ることへ移行している。

 

その選択肢を確認している最中、一度でもA組の子どもたちのことを考えたヒーローがいただろうか。

 

だが、大人たちはすでに選択してしまった。

決断とは、だれかが行わなければならぬことだ。

 

「僕たちが損得で緑谷くんを利用している──そうだとして、それを覆すことがキミたちにできるのかな?」

「ウチらは! まだデクくんと話もしていないんです!」

「話?」

「そうです! そんな手紙で、そうするのが正しいからって言われて! 押し付けられて! 自己犠牲ばっかで! 耐えられるわけがない! お願いします校長!! ウチらは! デクくんと話さなきゃならないんです!」

 

そこで初めて、根津は自分自身の、あまりにも大きな勘違いを恥じた。

緑谷の突出を認めたのは、メリットがあったからだ。オールマイトの【交渉】でそれを認めたからこそ、容認した。

だから勝手に、A組も【交渉】するものだと思っていた。

それは立場を利用したものだと思っていた。

学生だからと、甘えを利用するつもりかもと。あるいは、緑谷が学校にいることでより高いメリットを提示するのではないかと。

 

「これは、参ったな……」

 

恥ずかしさのあまりに目を閉じ、己を顧みる。

──檻は嫌いだった。

個性の発現が、根津の生き方をすべて狂わせた。

結果、彼はいま市民を檻に入れている。

 

守ってあげるからと。

メリットがあるからと。

 

いつの間にか、あのときのニンゲンのようになっていた。

 

目の前の子どもたちを見渡す。

交渉に来たわけでも、我がままを言いに来たのでもない生徒たち。

 

彼らは、話し合いに来たのだ。

 

なら、話そう。

向かい合って、同じ立場で、相手の話を、ちゃんと、聞こう。

 

「……緑谷くんの居場所は、僕も知らないのさ」

「じゃあやっぱり!」

「僕の知っていることを、すべて話そう、だから、聞かせておくれ。キミたちが、緑谷くんを連れ戻してどうしたいのかを──」

 

まさかこんな簡単に口を割らせることができるとは思わず、麗日は勢いを失ってしまった。代わりに、爆豪が引き継ぐ。

 

現状の緑谷の思考が、どれほどの自己犠牲を伴うものなのか。

そして、策束業の異変を話し始めた。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 

壊れたビルの前に、一台の中継車が停められていた。

略奪が起こったというのにその車には傷一つなく、略奪後に停められたと想像が簡単についた。ならそれはテレビ局の中継車かというと、そうではない。

カメラマンもリポーターも降りてくる様子はなく、ドローンが数機、中継車の周囲を飛び回るだけだった。

 

その車内でフェイカーは組んでいた足を下ろして、机に置いてあった携帯端末を手に取った。着信はラブラバからである。

 

『坊や。ちょっといい?』

「どうしました?」

 

軽く目元を解しながら、彼女からの報告を聞く。なんてことはない、自室のパソコンにだれかが触れたという話だった。

 

「緑谷の件がバレたかな。轟からでしょうか……ハァ」

 

彼はため息一つ吐いて通話を終わらせた。そしてさきほどと同じように足を組み、煙草のように食んでいたシナモンスティックを咥えなおす。壁に付けられたテレビの映像を見る。

そして、一つ舌打ちを挟んだ。

運転席側で、竹下がその様子を居心地悪そうに眺めている。

 

「デク、煙幕で見えませんよ。こちらはいまから負傷者の回収を行います。ビルには近づけさせないようお願いしますね」

『ごめん。お願い』

 

ヘッドホンから流れてきた声は、ずいぶんと強張っている。半面、策束の口調は非常に優しいものだった。

 

「宝生は二人を連れて負傷者をお願いします。ビル近くだと思われますが、こちらからは確認できません。ヒーローがいますので、口論などなさいませんように」

『良い加減信用してくれよ』

「では、よろしくお願いします……ハァ」

 

呼吸のようにため息を吐きながら、音を立ててシナモンスティックを噛み砕いた。

それを食べ終わる前に、緑谷から【ダツゴク】を捕縛したと通信が入る。

 

「南西に四キロ、警察署があります。いまデータを送りました」

『ありがとう。ヴィランは口頭で良い?』

「ええ」

『今筋強斗。ヴィラン名マスキュラー』

「それって」

『うん。林間合宿で捕縛した、あのマスキュラーだった。負傷者は無事?』

「ええ。こちらの手の物が回収しています。すでに病院に向かっていますよ」

 

フェイカーは、携帯端末を操作して緑谷へデータを転送した。そのまま近くの警察署に、いまからヴィランとヒーローが向かうことを告げる。

 

「あと、オールマイトが追加のアイテムを持って待機中です。消耗したアイテムは回収します。合流してください」

『うん、ありがとう』

 

緑谷とマスキュラーとの対話内容の説明を聞き終え、フェイカーは通信を切った。

 

「……竹下さん、事情聴取を行います。大奈警察署へ向かってください。ベストジーニストを呼び戻しましょう」

「あいよ」

 

フェイカーは車が発進した振動を感じながら、ゆっくりと息を吐いた。

 

警察署に着いて、まず目に入ったのは施設の防護壁だった。防護壁には電線が付けられ、触れれば感電する構造となっている。

それでも不安なのか、警察署の門を守るように完全武装の警察官が数人並んでいた。

竹下が運転席から身分証を呈示し、そこで初めて門が開けられる。

 

「最近はこんなんばっかだな……。到着したよ社長」

「ありがとうございます」

 

タルタロス襲撃から早一週間。

ダツゴクと呼ばれるようになった脱獄犯は、初日、二日目と、襲う場所は消極的だった。近場の小売店や飲食店、風俗店の襲撃。長い受刑者生活により、絶たれていた欲望を埋めるための犯罪が目立った。

 

だが数日もすると、警察署やヒーロー事務所を襲う集団が目立ってきた。それはおそらくダツゴクだけではなく、不満の溜まった市民も含まれていた。市民と一括りにすると語弊が生まれるかもしれない。

要は、たとえこのような大事件がなくとも、ヴィラン予備軍はどこにでもいる、ということだ。

 

「お、あいつじゃないか? なんだっけ、マスキュラー? でけー……」

 

竹下は車の後方へと声をかけた。

運転席側へフェイカーが顔を出すと、駐車場には十人ほどの完全武装した警察官が並んでいて、大男をメイデンへと詰め込む作業を行っていた。

 

「左目の欠損を確認。間違いなさそうですね」

「あー……だけど、ベストジーニストの到着は遅いかも。ヴィランと戦闘開始。早いほう呼び出せば良かったですかねぇ」

「ホークスの羽根はまだ生え揃っていませんよ」

 

フェイカーが耳に携帯端末を当てながら、竹下の軽口に付き合った。

一方の竹下は挑発的な目でマスキュラーを見つめ、ふてぶてしく笑った。なにせ彼も元プロヒーロー。探偵時代は逆上したストーカーや不倫相手に躾をしたこともある。車の運転手は本職ではないのだ。

 

加えて、ジェントルはラブラバの護衛。三馬鹿は病院についたと連絡が入った。ベロスはフェイカーの依頼で別行動中。

 

なら、いまこの場では俺しかいない。

そう笑いながら上着を助手席に放り投げ、さらに腕まくりを行う。

 

「玄野、近くにいますよね。【四人目の馬鹿】を連れていますぐ来てください」

 

下車する雇い主を見送って、竹下はそっと袖を元に戻した。

 

不貞腐れ携帯端末に流れてくるトップヒーローたちの活躍を眺めようとしたが、その前に運転席側の窓がノックされる。

 

「なにしてるんですか、行きますよ」

「お、おう!」

 

竹下は慌てて車を降りて、フェイカーに連れ添って歩き出した。

 

──メイデンから破裂音が聞こえてきたのは、その直後のことだった。

 

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