「下がれ社長!!」
警官と揃って竹下が前に出る。
円柱状のメイデンは内部から衝撃を加えられているらしい。それも、開閉部が歪むほどの力だ。
「撃て! 撃て!!」
警察署の駐車場が瞬く間に戦場となった。
破壊された隙間から、メイデンの中で紫電が散る様子が伺える。そしてすぐに警察がその隙間へと射撃を行い始める。だがそんなに丁寧な発砲ではなく、乱射に近いためほとんどがメイデンの外殻に弾かれてしまう。
その間にも、内部からの衝撃によって隙間は広がり続けている。
耳が痛くなるほどの発砲音。ヴィランの一撃一撃がメイデンを通り越し自身にまで振動が届くようだった。
「逃げるぞ!」
「──なぜ?」
そのような命の危機にありながら、竹下が怯えたのは、味方であるはずのフェイカーにであった。
彼は、フェイカーは、笑ったままでいる。
その視線の先では赤黒い筋繊維が、ぐちゃぐちゃと歪む肉が、メイデンから溢れ出た。
「緑谷ァ……!!」
警官の装備はアサルトライフルだ。弾は一瞬で消費されるが、それでもその破壊力は並みの人間が耐えきれるわけがない。
そして、並みの人間がメイデンを破壊できるわけがない。
「……血狂い!」
竹下は呻くように唾を飲んだ。
緑谷という少年が単独で確保したと聞いていたので、自分でもなんとかなるだろうと安易に予想していた。
だが、鞭のようにしなる前腕が振るわれるだけで、周囲の警官たちが吹き飛ばされていく。
「筋肉が分厚すぎて電気も効かないか、それとも個性を付与されたか……。どちらでしょうね」
怯える竹下の肩を叩いて、フェイカーが前に出た。
「マスキュラー。交渉人です。暴れるのをやめてください」
「なん……だ? テメェ……!」
感電しながらも、マスキュラーの肉体はメイデンから抜け出していた。顔をも覆う筋繊維で、フェイカーとの身長差は三倍に近い。
本体部分を痙攣させながら、疲れた表情でフェイカーを見下ろすマスキュラー。
「緑谷に会いたいのなら、私が準備しますよ」
「うるせぇ殺すぞ」
マスキュラーの拳に筋繊維がさらに重ねられていく。
周囲の警官がフェイカーを助けるために走り出そうとしたものの、それはフェイカー自身が右手で制す。
その様子を確認できたのか、筋繊維の間からマスキュラーが素顔を見せた。
「ヒーローですよ。フェイカー。聞き覚えはありませんか?」
「あー? 知らねぇ、知らねぇなぁ! 緑谷を呼べよ! じゃなきゃァ! テメェもこいつらもまとめて全員殺しちまうぜぇ!!」
逆上したマスキュラーが目標をフェイカーに合わせたため、竹下が庇うように彼の襟首を掴んで引き寄せる。
「俺が相手だデカブツ!」
竹下はフェイカーの軽い身体を後方に投げ飛ばしながら、マスキュラーへと走り出した。メイデンを破壊するほどのパワーだ。とてもではないが、下っ腹を気にする元ヒーローがまともに相手をできるとは思えない。
だが、これほどの巨体であれば愚鈍だろう──そう考えて、裏切られた。
「ノロマぁ!」
「──ッ!?」
並走された。
竹下の狙いは、マスキュラーの周囲を走り回って注意を引くことだった。初速ではこちらが早かったというのに、気絶するほどの攻撃を受けたばかりだというのに!
両腕をクロスさせ胸を守る。そのガードごと駐車場のパトカーへと吹き飛ばされた。
「げ、は……」
パトカーの上で彼は吐血した。両腕は折れているのか、すくなくともしばらく使い物になりそうになかった。
ちかちかと明転する視界では、マスキュラーが悠々と策束へ近寄っていく姿が見える。
「くそ……がっ」
パトカーの天井部分に身体が埋まってしまい、両腕が使えなければ抜け出せない。身体中の筋肉だけで抜け出そうとするも、それは叶わなかった。
一人の男に引き上げられたから。
「こいつァ僥倖。あんな攻撃喰らって、よく生きていやしたねぇ」
「くろ、の……」
「急いで来て良かったでやんす。出番でやんすよ乱──ってもういねぇし」
呆れ顔の玄野の視線を追いかけると、すでに次の戦いが始まっていた。
もう一人の男の哄笑とともに。
笑い声を上げながら拳を振るうは、マスキュラーではなかった。
それどころか、彼は焦燥に駆られる側だった。
待ち望んでいた緑谷との戦闘では、個性の癖を研究されていたのか、彼の成長があまりにも著しいのか……。不完全燃焼で、あの夜の森のような命を賭した戦いとは別物ではあったが、それでも生きていればもう一度戦える。それどころか、目の前の子どもを攫えば緑谷はもう一度姿を見せるだろうと考えていた。
護衛らしきヒーローを吹き飛ばしたあと余裕をもって子どもに近づいた瞬間──あごを打ち抜かれて膝をついた。
油断? もちろんしていた。
ビルすら崩壊させそうな強い【振動】を受け、緑谷にはそのダメージを見抜かれて一撃で気絶させられた。メイデンの中では気絶と覚醒を繰り返すほどの電撃を受け、それでも己が欲望のために耐え抜いた。
そしてそのダメージを受けながらも、彼の個性は銃弾を弾き返すほどの強度を誇っている。
その肉体に、どこのだれが【拳】で対抗しようというのか。
「なんだテメェ!!」
「いいなぁ! お前! 良い肉だ!」
サングラスをかける革ジャン姿の大男。長い髪にとんがりを持つ長い耳。
日本人離れした体型の男だが、なによりも異様なのがその両腕だった。
その男の名前は──乱波肩動。
彼の胴回りすらありそうな巨大な両腕が、弾丸のようにマスキュラーへ襲い掛かっていた。
貫通力という意味では、弾丸などよりよほどお粗末だ。
だがその衝撃は《筋繊維》の鎧を通り越し、マスキュラー本体の内臓を激しく打ち付けている。
「げえぇぇぇ!」
「──あ?」
三メートルにも及ぼうかという筋肉の壁は、人で言えば胃がありそうな場所を抑えて両ひざを突いた。マスキュラーは隠していた顔をむき出しにして嘔吐する。
「殺してやる!」
「そういうのは立ってから言え」
一方的に殴りつけていた乱波だったが、マスキュラーの殺意の籠った怒声を聞いて、極端にやる気を無くしていた。
いまだ膝をつくマスキュラーに追撃することもなく、両腕を組んで、相手の回復を待っている。
「俺は、俺はよ……殴り合いが好きなんだよ。いや、好きとかじゃねぇ。美学だ。生き方だな。いや好きだ、大好きだ」
「語ってんじゃねぇッ!」
「語るとも。語るぞ俺は」
乱波はつまらなそうに鼻を鳴らす。
「一瞬、お前にも感じるものがあったけど……お前はあれだろ? 個性使って弱い者いじめが大好きな輩だろ?」
「それの、なにが悪い!!」
不意打ちのようなアッパーを乱波は殴り落とすような拳で迎撃した。
地に伏せたのは、またしてもマスキュラー。
「悪くねぇよ。弱いやつが悪い。弱いやつが強くならないのが悪い。ああ、だから──お前が悪い!」
「ぎっ!?」
乱波の巨腕がマスキュラーへと降り注ぐ。肉の壁をどれほど厚くしようが、衝撃が本体にまで響いてしまう。
「げはっ!」
マスキュラーは、今度は筋肉の中で吐いた。それも、吐血だ。暗くて見えないが、鼻に抜ける生臭さと、内臓の痛みが重度のダメージだと知らせていた。
緑谷の拳の痛みが蘇る。
苦し紛れに反撃するも、相性の悪さが際立っただけだった。
避けたマスキュラーの拳に向け、乱波は拳を振るう。
マスキュラーの《筋肉増強》は質量だ。ただの肉体強化系の個性ではなく、皮下に収まらないほどの筋肉を増やし、強める個性。筋肉に包まれた彼は、大砲の一撃ですら防ぐこともできる。
そして、その筋肉から繰り出される破壊力も絶大だ。
一方、乱波の一撃は、マスキュラーと比べればお世辞にも高威力であるとは言えない。個性を使わない状態ですら、彼よりもパンチ力のある人間はいるだろう。
だが、彼の拳は止まらない。
一撃を集中して放つ、などとお行儀の良いことはしない。
外れても、避けられても、逸らされても、乱波は己の喧嘩を止めることはない。
「ぎゃ!」
マスキュラーの拳が【千切れた】。本体へのダメージはほぼないが、痛みはある。
「楽しいなぁ! おい! 筋肉! 楽しいなぁ!!」
「があっ!」
腕を生やし振るうが、それも不発だった。
それどころか、根本近くから腕が【削られて】いく。
マスキュラーは足へ筋力を回し走ろうとするも、それは上半身の防御を薄くすることに繋がってしまった。
その胴体へ乱波の拳が突き刺さり、マスキュラーは息絶え絶えになりながら回復のために防御姿勢を取った。
肉を、分厚く、硬く、強固に──突如として乱打が止まる。
そして、鉄の強度を誇る筋繊維を越えて、失望するような響きの声が聞こえてきた。
「やめだ。デカいから期待したが、弱い者いじめになっちまった」
その言葉に、マスキュラーの頭の中でなにかが切れた。
守るための球体のような肉体が、もう一度人の形を象っていく。
「テメェ……死んだぞ!」
「なんだなんだ! 立てるじゃねぇか筋肉!」
「血ィ見せろやぁ!!」
「死ぬまで殺すぞ!!」
笑う乱波の前には、悪夢のような肉の壁が聳え立った。
四メートル、五メートルにも届こうかというその巨体には四肢が生えており、自立し、拳も振るえる。おまけにその密度は、いまだに銃撃すら弾き返すものだった。
それなのに──乱波の連撃が繰り出されると、肉が弾け周囲に飛び散った。
痛みに顔をしかめるが、痛みを味わう余裕などマスキュラーは持つべきではなかった。
闇雲に振るった拳は乱波の顔面に直撃した。僥倖だった、運が良かったはずだった。
だが、それになによりも喜んだのは、乱波自身だった。
「わかる! わかるぞお前の魂が!! 拳が! 語ってくれた!」
顔を打たれても、話していても、彼の拳は止まらない。
「良い個性だ! 道具は不要! 殴るのみ!! 楽しもう!!」
「死ね! さっさと死ね! 早く死ねぇぇぇぇええ!!」
マスキュラーがいくら筋肉を増強させても、それはまるで砂遊びのように簡単に削られていく。周囲にはおびただしい量の肉が散らばり、出血もすでに人体に危険な領域にまで流れていた。
痛みに気を逸らし、ラッキーパンチに喜んだ。
その結果、筋肉の鎧の再生が遅れた。
「見つけたァ!」
「ウゼェ!!」
いつの間にか仰向けになったマスキュラーは、穴の中から空を見上げていた。穴から見下ろし笑う男に向けて生身の拳を振るうも、それは乱波の拳と衝突するに留まる。
「ぎぃぃぃ!?」
右腕から骨の砕ける音を聞く。
手の甲から見える骨を《筋肉増強》で隠しながら、彼は個性をすべて解いて身体を縮める。マスキュラーに乗っていた乱波は、地面へ叩き落されて体勢を崩してしまう。
その隙に足の筋力を増加させて、マスキュラーは大きく空を飛ぼうとした。
「──ぃ」
それは乱波の攻撃に比べれば遥かに弱い、針のような攻撃だった。
「いぃ、てぇ、えぇ」
言いながら、マスキュラーは跳躍すらできずに地面へ顔をこすり付けていた。
「おい玄野!! 俺の獲物だぞ!!」
「もう逃げ出すほどに心折れてやしたよ。これで良かったですかい?」
「ええ、さすがです」
マスキュラーは、隻眼すらまともに動かせぬゆっくりとした時間の中にいた。
その中で彼が最初に見たのは、子どもの笑顔だった。
警察での大捕り物だったが、得たものはすくなかった。
マスキュラーはタルタロスから脱獄した収容者の一人であり、ダツゴクと呼ばれるヴィランの中でも上から数えたほうが早い戦闘能力の高さはあるが、ヒーローたちが求めているのはオール・フォー・ワンの情報だ。
フェイカーが聴取した結果、得られたのは緑谷との会話でもあった、オール・フォー・ワンの「好きにしろ」という尊大な言葉だけだった。
むしろヒーローにとっては、警察署の警備のための電力消費が増え、メイデンの性能が十全に活かせていないという情報のほうが有意義であった。
「おいクミチョー! 俺はいま肩が温まってきた!」
「だれが組長ですか。一応犯罪者なんだから大人しくしていてください」
「お前に従えばレッドと戦えるっていうからここにいるんだ! 喧嘩まで俺から奪うな!」
「ハァ……」
竹下は警察署の医療室で喧々諤々の言い争いを聞きながら、両腕の痛みに耐える。腕はやはり折れていた。それも肋骨まで折れている可能性があり、パトカーがなければ死んでいたかもと言われている。
「乱波……助かったが……うるさい」
「良いってことよ! それよりもお前もクミチョーを説得してくれ! えっと! お前!」
「はぁ……」
竹下とフェイカーは、お互い視線を合わせてため息を吐いた。
乱波は元死穢八斎會鉄砲玉八斎衆が一人であり、違法格闘場チャンピオンの異名を持つ、ヤクザに雇われた用心棒である。
とある事件をきっかけに逮捕・収監されたはずだったが、先の刑務所襲撃時に脱獄を果たす──ことはなかった。
彼は脱獄の際、ただ暴れた。看守も、囚人も、ニア・ハイエンドも、タルタロスのダツゴクたちもなに一つ気にすることなく、ただひたすらに暴れ続けた。
そして疲れて眠りについて、そのまま捕縛されていたというオチである。
フェイカーが再収監された乱波に打診したのは、偶然ではない。
元々ジェントルや窃野たち同様に声をかけようとしていたこともあったが、それ以上に乱波の活躍で数百人の脱獄者を出さずに済んだのだ。
おまけに、乱波はニア・ハイエンドをも撃破している。
エンデヴァーやミルコをして苦戦を強いられるニア・ハイエンドを、単独で、である。
報告を聞いたときのフェイカーの表情を思い出しながら、竹下はぶるりと一度震えた。空気を変えるように、冗談めかして乱波へ文句を言う。
「名前くらい覚えてくれよ」
「拳も交えずどうやって覚えるんだよ。俺はまだあのデブの名前も知らねぇ。なあ、レッドなんとかと戦いてぇ。あの男がどれほど成長したのか見てぇ」
「どいつの名前なら憶えてんだよ……」
「レッドライオットですね。すこし待ってください。代わりに、しばらくは強い相手をご用意できますから。今日みたいに、ね」
乱波はすぼめた唇を呼吸で震わせながら諸手を上げた。
マスキュラーはたしかに強敵だっただろう。だが、それだけだ。強いだけだった。
「わかってねぇ、わかってねぇんだよ、あの筋肉は。殴り合いてぇんだよ、殴られたら痛ぇだろ? それが良いんだよ」
「こっちは痛くて死にそうだっつーの……」
「腕が使えねぇと殴れねぇからな! 早く治せよ!」
「治っても殴らねぇよ……」
ちなみに、乱波と窃野たちの仲は一切よろしくない。喧嘩をしなければ仲良くなれないという乱波と、友人として気が合う三人の反りが合わなかったのだ。それ以前に乱波が玄野と治崎以外の八斎會のメンバーを覚えていないという問題もあったが。
フェイカーはトップスリーにダツゴクの捕縛を連絡しながら、窓の外を見る。
ついさっきまで晴れていたのに、雲が厚くなっている。
雨が、降りそうだった。
◇ ◇ ◇ ◇
エンデヴァー、ホークス、ベストジーニストがトップスリーとしてチームアップしたのは、テレビでも大々的に放送された。
だが、そのじつ、トップスリーに加えてオールマイト、そして緑谷出久の五人がチームアップを組んでいることを知るものは限られる。
オール・フォー・ワンの狙いが緑谷の《ワン・フォー・オール》であるため、ヴィランをおびき出す苦肉の策として緑谷からの提案を受け入れた形なのだが、それは思いのほか上手く行っていた。
もしオール・フォー・ワン、あるいは死柄木が本気であったのなら、この作戦は失敗していたかもしれない。
だが、そうはならなかった。そしてその可能性を緑谷は見出していた。
「──そうですか、わかりました。ええ、了解です。引き続き解放戦線の捜索をお願いします、エッジショットさん」
「進展なし、か」
ベストジーニストは、助手席で連絡を取り合うホークスを横目で見ながら、疲れたようにつぶやいた。
マスキュラー逮捕から一日経っても、状況に変化はなかった。フェイカーの尋問があっても情報はない。タルタロスからのダツゴクの逮捕は百件以上に及んだが、オール・フォー・ワンは彼らを捨て石にしか思っていないのだろうことは予想がついた。ただ暴れるだけの役割しか与えられていない。
「オールマイトたちともう一、二キロ離れて動きますか? 我々との連携がマスコミに知れたら、緑谷くんにまで石が投げられる」
やや掠れた声で、ホークスは後部座席に座るエンデヴァーへと声をかけた。助けたと思った市民たちからゴミや瓦礫を投げられたのは、つい数分前の出来事だった。
「ああ、もうすこし連動をずらして動こう。デクにこれ以上の負担を負わせはしない。やつ自身が望んだ事とはいえ、我々はデクの持つ《ワン・フォー・オール》を餌に、連合をおびき寄せようとしているのだから……」
ホークスは、罪悪感から窓の外を見た。
走行している高速道路には、ビルから降ってきた瓦礫や、放置されている車も確認できた。そして、高速道路の塀の向こうには、数日前からは考えられぬほどの廃墟が広がっている。
謝罪会見から一週間、たった七日だ。
自分たちの選択が間違っていたのではないかという不安が、眼前に結果として現れてしまっていた。
──おびき寄せる。
つまりは、待つことを選択した。
敵の動向を見極め、オール・フォー・ワンが巣穴から出てくる隙を窺う。
その様子見のために、日本の街並みはこうなった。
「しかし潜伏に徹してますね連中。……ダツゴク、とくにタルタロス出のスーパーヴィランたちは連合からなんらかの指示を受けていると考えてました。社会かく乱による潜伏と《ワン・フォー・オール》の確保を、両立し行うのが合理的ですからね」
「まして相手は、解れに解れたヒーロー……。私がオール・フォー・ワンなら攻勢に出る」
ホークスとベストジーニストの予想はどちらも外れてしまった。すくなくとも、この七日間ではなかった。
考え込んでいたエンデヴァーが顔を上げる。
「やはりデクの言っていた、【死柄木の乗っ取り】を最優先しているか……」
それはまだ、マスコミやヒーローはおろか、公安にすら明かされていない情報だった。
というのも、それもまた、緑谷からもたらされた情報であるがゆえに。
エンデヴァーたちすら半信半疑であり、それを作戦に組み込むことは避けたかった。オールマイトとサー・ナイトアイの判断がなければ、いまだに死柄木とオール・フォー・ワンを個別に考えていただろう。
加えて、ここまで予想を外し続けた結果、エンデヴァーたちはオール・フォー・ワンの死柄木の書き換えという説を信じざるを得なくなった。
一度それが真実であると考えれば、証拠は状況からも読み取れた。
「オールマイトに敗れ、管に繋がれていなければもたない身体となった奴が、死柄木を最強にしあげ、【おそらく】身体を乗っ取ろうとしている」
「拘留中の殻木いわく、死柄木の身体は、不完全なまま起動してしまった。オール・フォー・ワンがお引越しする条件は不明ですが、死柄木の完成が条件であることは明白」
殻木の供述に加え、蛇腔病院でわずかに残っていた資料や、死柄木の組織片からセントラル病院の研究で、死柄木の身体の完成までの期間は【二か月】と予見されている。
ナイトアイの《予知》では具体的な日数までわからないため、その推測に反論する者はいなかった。
「そして、それが済めば次の目的──《ワン・フォー・オール》の奪取が可能となる」
「そこ引っ掛かるんスよねぇ」
自らは話に加わらず、《ワン・フォー・オール》のことに思考を割いていたベストジーニストが、ホークスの違和感を問うた。
「緑谷くんとオールマイトが教えてくれた、身体が強くなきゃ受け入れられないって話で、若く強い身体が必要ってのはわかりやすい。でももう一つ。死柄木の憎しみが必要ってのがぁ、よくわからんのです」
「気持ちの強さ【だろう】。なんせ《ワン・フォー・オール》には八人分の精神が入っている。それを上回る気合がいると」
「しかし、オール・フォー・ワンは何世代にもわたって《ワン・フォー・オール》──弟さんを追っているわけです。継承者に対して並々ならぬ憎しみを抱いている【はず】。しかも、オールマイトにあんな状況にさせられてもいる」
「その憎しみが足らんという話では?」
結局のところ、この三人はまだ《ワン・フォー・オール》についても、その精神世界にも懐疑的な立場なのだ。
嘘は言っていない【だろう】し、【おそらく】は本当のことを言っている【はず】だ。九割を信じても、残りの一割が信頼しきれていない。
彼らの会話は、憶測の域を出ることはなかった。
せめて、せめて人に伝えられる程度には情報の精度を上げようと、彼らは議論を続けていた。
「或いは、無いの、かも……? ただの印象の話です」
自らの疑問に、ホークスは取っ掛かりを得た。
彼自身は一度も会ったことのないヴィランだ。写真と、話に聞いていることしかホークスの中に情報はない。
断片的は欠片を組み上げたオール・フォー・ワンの印象──。
「だってあいつ、ずぅっと笑ってません?」
神野区、タルタロスでエンデヴァーとベストジーニストはオール・フォー・ワンが笑う姿を見ていた。
そして先の蛇腔市では、笑って逃げる死柄木の姿。
そのどちらにも、作戦失敗の焦りや、追われる恐怖などは見えなかった。
「……心の欠落」
「なんにせよ、スーパーヴィランも情報を持たない。動きも見られない。向こうが戦いを避けたいのであればそこを突かない手はない。いま治安維持に割いている人員を減らしてでも一気に捜査を拡大するときか」
「悩みどころですね……。治安が悪化すれば、世論の反応はますます厳しくなるでしょうし、協力も仰ぎにくくなる」
「裾上げにも限度があるということか」
ここで言う協力とは、市民はもちろん、警察や策束家も関わってくる。
デトネラット社の流通は策束家が潰したものの、ヒーローアイテムの流出はいまだどこからか止まらなかった。それに加え、いまや多くのサポートアイテム事務所と工場が襲撃を受け、そのほとんどが避難してしまっている。
そのため、ヒーロー側の補給路も絶たれてしまったのだ。
それを支えているのは策束家であり、フェイカーである。
実働部隊としてエンデヴァーが奔走する中、マスコミの対応を公安の目良とともに任せてしまっている。
緑谷同様に、これ以上の負担をかけるべきではないというのが、トップスリー、ラーカーズの見解でもある。
もしこのまま二か月間ヴィランに動きがないようでは、どこかに限界が訪れる。
さて、どうするべきか。
手慰みのように次の疑問を口にしようとしたとき、車のアラートが鳴った。
「これは──!」
ベストジーニスト用に改造されたカーナビには、ヒーローデクのGPS情報消失のデータが映し出されていた。
時系列変更のお知らせがあります。
長々と説明します、ご注意ください。
緑谷離脱編ですが、ステインからオールマイトにもたらされた情報から、死柄木の身体が38日後に完全体になるという情報があるため、本来はひと月分ほどの期間があります。
ヒロアカ二次創作『波動使いのヒーローアカデミア』の作者あじのふらいさんから考察をいただき、そちらを基に原作の時系列を書き出します。
0日目、蛇腔市崩壊及びタルタロス襲撃。
『身体の完成は38日後』
2日目、エンデヴァー・轟・爆豪の覚醒。
『襲撃から2日後』
6日目、エンデヴァーの謝罪会見。
『この1週間弱で──』
〇日目、緑谷覚醒。
〇日目、緑谷の手紙が投函。および緑谷の離脱。
20日目、手紙について退院した爆豪・轟とともに相談。
『数日後』
25日目、エンデヴァーを校長室へ誘導。
『数日後』
30日目、緑谷合流。ステインからの情報を解析開始。
35日目、オールマイトが塚内たちと会話。
37日目、スターが来日。
緑谷覚醒時期のずれは現状拾い切れませんでしたが、すべてに合致させるとこのような日程になるかと思います。
当二次創作では、
4日目、エンデヴァーの記者会見。同日に手紙を発見。
7日目、手紙について退院した爆豪・轟とともに相談。
12日目、マスキュラーとの戦闘。
13日目、夜、レディナガンとの戦闘。
14日目、朝、古屋敷の爆発。
18日目、緑谷と合流。ステインが情報を落とす。
このような日程の話とさせていただきます。
図らずもスターの枠が消えました。彼女は戦闘をせずに済みそうです(ネタバレ)
緑谷の消耗、街の荒廃具合から察するに、創作される方は上記の原作時系列を意識した話のほうが良いかとは思いますが、それらは今後の二次創作者の加減次第ということでよろしくお願いいたします。