劇場版第4弾決定おめでとうございます!!
『──いたぞ、テメェら』
『ダツゴクもだ!』
「爆豪くん轟くんから報告! デク発見! 神野区広場! ダツゴクと戦闘中!」
マイクロバスから飛び出していく待機メンバーを見ながら、フェイカーは並走していたオールマイトの車へと近寄った。
窓は開けっぱなしになっており、運転席のオールマイトはA組の背中を見つめるだけだ。
「良いんですか? あなたも追いかけたほうが、説得する材料が増しますよ」
彼の視界に入らぬよう、フェイカーは車へと寄りかかる。
疲れた表情を隠さぬまま、オールマイトは握り締めるハンドルを強く握り締めていた。
彼は緑谷に拒絶されたままだ。通話すら行うことができず、サイドキックの役割をフェイカーに奪われた。
しかも、緑谷が自身を拒絶する理由は、身をもって理解している。
結局──オールマイトは緑谷をA組に託すことになった。自分一人では、緑谷が壊れてしまうと思ったから。
このままでは、フェイカーが緑谷を壊すと思ってしまったから。
「キミは……私たちを、恨んでいるのかい」
「恨み? まさか。要らないでしょう、感情なんて」
「機械になれ、と?」
「システムに徹しているだけですよ」
フェイカーは、腰に下げていたスピーカーを手に取る。
緑谷と戦っていたダツゴクはディクテイター。身体から出る触手の数だけ生物を操れる恐ろしい個性を持っているのだが、実際は数日前から活動には気づいていた。
人数を集め、肥大化したヴィランなど、見つけてくださいと喧伝しているようなものだった。暗殺者としても、刺客としても三流以下ではあるが、それでもフェイカーは放置を選択していた。
身体の支配を奪われ、泣き叫んでいたであろう民衆の数日間を、彼は切り捨てた。
「こちらのバスに乗ってください! 安全地区までお送りします! 武器は要りません! 安全にお送りします!」
薄暗い空の下、青山、葉隠の両名が解放された民衆たちを誘導して現れた。
囚われになっていた人々は、この地域で脱ヒーロー派として略奪を行っていた自警団でもある。武器を捨てさせるのは至難の業かとも思われたが、バスに乗る際には、それぞれが手に持っていたヒーローアイテムは手放していた。
代わりに握るは、フェイカーたち、ヒーローの手。
「ありがとう」
「怖かった」
「助かった」
「嬉しかった」
「ありがとう!」
武器の代わりに感謝を告げて、民衆は乗り込んでいく。
ベストジーニストの車両が、発進するバスの後方に付いて消えて行く。
「青山くん! 策束くん! 私たちも!!」
葉隠が振り返る様子もなく走り出し、彼女に追随しようとした青山は、振り返った。
「策束くん」
「……先に、行っていていただけますか? ほら、帰りの車の手配をしなきゃならなくて」
「僕も、同じだよ」
緑谷を追わずフェイカーと向き合う青山は、笑っていなかった。それどころか、説得するべき相手と視線すら合わせず、雨の雫が跳ねる地面に視線を向けている。
「違うのが、怖いよね」
「──同じなんかじゃねぇだろ」
唸るようなその怒気に青山が顔を上げる。
仮面が剥がれ、歯を食いしばり、獣が威嚇するように顔を引きつらせている策束業がそこにいた。
「どいつも、こいつも、人の考え決めつけやがって──」
フェイカーは、強く息を吸い込んだ。痛みを耐える悲鳴のように喉を鳴らしながら。
顔を大きく下げた彼は、そして、笑顔を張り付けていた。
「……失礼しました」
「やっぱりすごいね、キミは」
友人の変貌ぶりに臆することなく、青山は右手をフェイカーへ差し出した。
迷子の子どもに手を差し伸べるように、優しく笑う。
それでもフェイカーはおどけるように肩を一度揺らし、彼の隣を通り抜ける。
差し出された手は──無視された。
フェイカーと青山が合流すると、広場の中央では氷に覆われたディクテイターを、切島が個性を使って切り出していた。
「あー! もう遅いよ二人とも! 早く運ばなきゃ! 緑谷くん追わなきゃ!」
巨大な卵のようにごろんと固定されているディクテイターには、八百万が《創造》した拘束具が巻かれており、その上から氷が張られている。
「あのねあのね! 緑谷くんが《煙幕》ぶわー! ってして! それを爆豪くんがばーん! ってして! でね! あれ! あの氷のところにいるよね! あ! エンデヴァー!」
「爆豪と、轟と八百万のコンボで捕らえたっス! 俺は、コイツを氷から削り出しただけっス」
エンデヴァーは気絶するヴィランの名前を呟いて、フェイカーに視線を映す。
「コイツは単独か?」
「なぜ私に?」
「お前は、ダツゴクがディクテイターだと知っていたな」
「……まあ、バスはやりすぎでしたかね」
薄ら笑いのフェイカーが言うと、エンデヴァーからA組の面々が距離を置く。近くにいるだけで、ヴィランの身体に残っていた氷が溶けるほどの熱量だったからだ。
その熱でヴィランが目を覚まし、エンデヴァーを見上げてもう一度気を失った。
「貴様とは、一度話さなければならないようだな」
「ええ。誤解は早めに訂正したいですからね」
睨み合う二人の間に、切島が割って入る。その表情はクラスメイトの喧嘩を止めるような動揺はなく、むしろ落ち着いている。
「わかんねーけど! エンデヴァー! ヴィランお願いします! 行くぞみんな!」
「まだ話は──」
「俺が行ったところで! あんな動きされちゃあ俺は出る幕ないかもしんねーけど! 俺は! 言いたいことは山ほどあるんス! 策束にも! 緑谷にも! エンデヴァーにも!」
エンデヴァーは、そこでの会話は選択しなかった。《ヘルフレイム》の火力を下げ、道を譲ることにした。
ただ一言、走り出した切島の背中に言葉を投げかける。
「デクはこのあたりの地理に疎い。視界が開けている場所のほうが【逃げやすい】と思うだろうな。たとえば……駅とか」
「ありがとうっス!!」
感謝の言葉を聞きながら、エンデヴァーは携帯端末でホークスとの連絡を取り始めた。
万が一にも、ほかのヴィランが彼らの間に立ち入らぬように──。
エンデヴァーの指示に従い移動した先では、まるで飛行機雲のように一本の煙が引かれていた。その発生源には、クラスメイトの二人の姿。
飯田と、緑谷が空中で組み合っていた。
「落ちるよ!」
葉隠が切島とともに空を見上げながら走り出していく。フェイカーも追いかけようとしたが、それは追いついてきたA組に阻まれる。
「業さん!」
「ああ、もう、大丈夫ですよ──あぶ、な!」
八百万がフェイカーに促される形で前方を見ると、そこには立つことすらままならず、切島に寄りかかる緑谷の姿。
芦戸は歩調を緩めることなく、立ち止まるフェイカーの腕を握りしめて緑谷へ駆け寄っていく。
「緑谷!」
指が痛くなるほどフェイカーを掴む手に力を籠め、芦戸は涙を拭った。
「もう、だれかがいなくなんの嫌だよ! 一緒にいよう! またみんなで授業受けよう!」
緑谷はよろけながら立ち上がり、背を向けて歩き出そうとする。
「そう、したいよ。けど──怖いんだ。雄英にはたくさんの人がいて、人に迷惑かけたくない。もう! いままで通りじゃいられないんだ」
自分の心を吐露しながら。だがそれは、本心とは言い難い。
それを知っているからこそ、爆豪は緑谷の前に立った。
「死柄木にぶっ刺されたとき……言ったこと覚えてっか?」
「覚えてない」
──空中でぶつかり、かすれた声で叫んだ幼馴染の姿を、忘れることなどできるはずもない。あのとき、彼の傷は本来緑谷が負うべきものだったはずだ。
だからそれは、会話すら拒絶するという意味の言葉。
爆豪もそれがわかっているからこそ、もっと、ちゃんと、言葉にしなければならないと気づいている。
「一人で勝とうとしてんじゃねぇだ。……続きがあんだよ。
「身体が勝手に動いてぶっ刺されて、言わなきゃって思ったんだ。
「てめぇをずっと見下してた。無個性だったから。
「俺より遥か後ろにいるはずなのに、俺より遥か先にいる気がして……。
「嫌だった。見たくなかった。認めたくなかった。
「だから遠ざけて虐めてた。
「否定することで優位に立とうとしてたんだ。
「策束の言う通りだよ。
「俺はずっと敗けてた。
「雄英入って思い通りに行くことなんて一つもなかった。
「てめぇの強さと俺の弱さを理解していく日々だった。
「言ってどうにかなるもんじゃねぇけど、本音だ、出久。
「【いままでごめん】。
「《ワン・フォー・オール》を継いだお前の歩みは、理想そのもので、なにもまちがってねぇよ。けどいま、お前はふらふらだ。
「理想だけじゃ超えられない壁がある。お前が拭うもんは俺たちが拭う。理想を超えるために、お前も、雄英の避難民も街の人も、もれなく助けて勝つんだよ」
ずっと、言いたかった言葉。
取り返しのつかないことをし続けた、当然の報いだ。
頭を下げるなんて、器用なことはできない。きっと不格好だろう、自分でも理解している。
でも、言葉の一つ一つが真剣だ。真摯であろうとした結果だ。適当な謝罪など、爆豪は生まれて死ぬまで、するつもりはない。
それは、緑谷にも十分に伝わっていた。
足を引きずり爆豪へと詰め寄るが、その前に姿勢が崩れ、前のめりに倒れそうになる。
爆豪は駆け寄って、緑谷を受け止めた。
最後に二人は周囲に聞こえぬほどの小さな声で一言交わし、緑谷は気を失ってしまったようだ。
安堵の空気とそして言いようもない不安が、A組を支配する。
「とりあえず第一関門クリア、ですわね」
八百万の呟きに、芦戸が隣に立つフェイカーを見る。
彼女が手に力を入れると、フェイカーはおどけた表情を作って、操作していた携帯端末をしまう。
「ここからより険しいですわ」
その視線は、やはりフェイカーへと向けられていた。
◇ ◇ ◇ ◇
A組を乗せたバスが雄英高校の前に到着すると、上鳴と切島が緑谷を背負う役割を取り合った。
二人がじゃんけんをしている最中、障子の複製腕がそれぞれぐー、ちょき、ぱーを作って無言で緑谷を背負っていく。
「あれあいこじゃないの……? なあ、なあ」
峰田がフェイカーの裾を引いているが、彼も無言を貫き通した。
下車したA組は、まず雄英高校の外壁──雄英バリアを一度見上げた。四十メートルを優に超す壁はあまりにも威圧的であり、全長三十キロメートル以上の外周を覆う形となっている。
並みのヴィランがこの壁を見て、攻め入ろうなどという発想にはならないだろう。
「やあ、お疲れさま」
「ありがとうございました、13号先生」
出迎えてくれた13号を、委員長として八百万が代表してお礼を言う。本来、外に出向いてダツゴク確保を行う位置づけのプロヒーローではあったが、今日は教員として雄英高校へ待機してもらっていた。
無論、オール・フォー・ワンに狙われている緑谷の護衛という任も受け持っている。
「目ェ開いた!」
「13号、起きました!」
障子が緑谷の覚醒を13号に告げると、【彼女】はヘルメットを開放して緑谷の様子を肉眼で確認する。
焦点が徐々に合っていく寝ぼけた生徒に向け、彼女は笑いかけた。
「良かった。聞こえるかい、緑谷くん」
「はい」
緑谷は蚊の鳴くような細い声で答える。
それを聞いて13号は喜ぶような表情で目を細めた。そのまま周囲の土地の現状を緑谷に言い聞かせるが、それには理由がある。緑谷がA組から離れている間の状況を知らない、というわけではない。
むしろ逆だ。彼はこの数日で雄英高校以外の土地がどれほど荒廃してしまったのか、クラスの誰よりも詳しいはずだ。
「みんな、最善を尽くして状況を変えている。外でキミがしてきた人助けは、ほかのヒーローや警察が肩代わりできる範疇になっている」
問題は、雄英高校の内部にある。
そして緑谷は、自分がいまどこにいるのか、咀嚼するように理解していった。
障子の背中で見上げるは、国内最大の避難隔離指定場所、国立雄英高等学校。
「雄英バリア発動中ー! この壁も、機能の極一部に過ぎねぇってー!」
「システム聞いたらマジ腰抜かすよ! 士傑とがっちゃんこするんだってー!」
努めて明るく、瀬呂と葉隠がさきほどの13号の状況説明をかき消すように笑い合う。
だがそれらは、メリットとデメリットを区別できる、冷静な立場からの発言だ。
「──でも戻るのは、ダメなんだ」
緑谷の不安は、的中していた。
その不安は、【外】にいるときからずっと、長く広く、伝播していたものだった。
「緑谷少年……」
扉の前では、エンデヴァーやオールマイトのトップスリー。プレゼントマイクやミッドナイトの教師たちが待機していた。それぞれが沈痛の面持ちでA組を見ている。
そして、ここまで近づいてしまえば嫌でも聞こえてくる。
高さ四十メートルの雄英バリアを、民衆を守る壁をも超えて保身に走る、民衆の慟哭。
13号の先導で雄英バリアを潜った先で見たのは、正義とは相容れぬ、保身のためのデモ運動だった。
「安心なんてできるわけがない!」『できるわけがない!!』
「我々の安全を最優先しろー!」『最優先しろー!!』
「その少年を雄英に入れるなー!」『入れるなー!!』
数千、あるいは数万の避難民が、大声を上げて拒絶の意を示していた。
どこから緑谷の情報が漏れたのか──など、考えるまでもない。
雄英高校の教師陣は、失敗したのだ。
「噂されてる死柄木が狙った少年って、そいつだろ!」
不安を煽る者。
「《ワン・フォー・オール》てのは脳無なんだろう!」
無責任な考察を鵜呑みする者。
「他所へやれ!!」
自身さえ無事ならと保身的な者。
「また隠蔽してやり過ごそうって言うのか!」
だれも信じられなくなった者。
避難民とは仕事や生活を投げ打って雄英に来た者がほとんどだ。だからこそ家族だけは、命だけは守らねばならない。
そこに、死柄木やオール・フォー・ワンといったスーパーヴィランたちと所縁のある人物というのは、邪魔でしかない。
「……説得しきれなかったか」
「我々の考えに理解を示してくれる人もいた……。けれど、憶測が不安を呼び、すべてを拭い去ることはできなかった」
瀬呂の呟きに、13号は諦めを浮かべながら答えた。
プレゼントマイクは個性を使うことなく、必死に声を張り上げている。その声はきっと立ち並ぶ民衆の後方にまで届いていることだろう。
だが、伝わらない。
「聞き入れがたい話だろう、こと教員からでは──。提言したのは私だ」
プレゼントマイクの背後から、ベストジーニストが彼の肩を叩く。
彼の名前を呼ぶプレゼントマイクの声は、弱々しいものだった。これから彼に向く民衆の悪意に、すでに目を逸らしたがっているためだ。
「校長から説明があった通り、ここはいま最も安全な場所であり、あなた方の命を第一に考えている。我々は先手を打つべく、緑谷出久を囮にヴィランの居場所を突き止める作戦を取った。だが十分な捜査網を敷けずに、成果は極僅かしか得られなかった……。緑谷出久はヴィランの狙いであると同時に、こちらの最高戦力の一角。これ以上の摩耗は、致命的な損失になる。たしかに最善ではない。次善にほかならない。不安因子を快く思わないことは承知の上で、この最も安全な場所で、彼を休ませてほしい。いつでも戦えるように、彼には万全でいてもらわなければならないのです」
それは、片肺のないベストジーニストが、必死に呼びかけた【交渉】だった。メリット・デメリットを提示し、状況を説明する。
冷静であれば、安全な立場であれば、民衆とて二択を選べただろう。
だが、いまヒーローたちが立ち向かっているのは感情だ。
「──なに言ってんだよ……」
一人から、不安が噴き出した。
「あんたら失敗したから、そもそもいま、日本は無法になっちまったんだぞ……。んでまた失敗したから、しわ寄せを受け入れろって! あんたそう言ってんだぞ!──ふざけんなぁ!」
不安は伝播する。
「そうだふざけんなー!」「それでヒーローのつもりなのか!」「勘弁してくれー!」「俺は反対だー!」「出て行けー!」「死柄木が来るー!」「入れるなー!」「出て行ってくれー!」
感情は爆発する。
「……ダメだ」
プレゼントマイクはその光景に心が折れた。
言葉では、伝わらない相手なのだ。
『──不理解、不寛容。いずれもあと一歩近寄ることのできなかった人々の歩み、動き、ひしめき合う中、その一歩がいかに困難な道であるか……』
緑谷を連れ戻すことに賛同した根津は、A組にそう語った。
実験動物として迫害された過去をもつ【人】の言葉だ。それはあまりにも重く、そして彼の言葉ですら、民衆全員に届くことはなかった。
怒号で肌がひりつくほどの熱気に、緑谷はゆっくりと後ずさりをする。《ワン・フォー・オール》の覚醒した個性の一つ、《危機感知》が痛いくらいに作動していた。
とうとう背を向けようとした瞬間、【背中】を押されて一歩前に出る。
よろめいた緑谷を支えるように、彼の手はクラスメイトに掴まれていた。
「──大丈夫」
このような状況に遭っても、彼女の笑顔は日常と大差ない。ここが緑谷の居場所であるように。そう思わせる笑みだった。
根津の言葉には、続きがある。
『キミたちは、ただ全力で、ぶつかっていけばいい』
彼女は民衆と向かい合う覚悟を決めていた。
(ヒーローがつらいとき、だれが、ヒーローを守ってあげられるだろう)
麗日は走り出す。
だれかを守れるヒーローに──。
その想いは、彼女の中にも確かにあるのだから。
プレゼントマイクのメガホンスピーカーを奪い取り、彼女は民衆の頭上を高く跳び超えた。
雨の流れと逆らって彼女は昇って行く。
責め立てていたヒーローが突然個性を使用したことで、何人もの避難民が怯えるように、嫌悪するように浮遊していく彼女を見上げている。
校舎連絡通路の外壁に、震える声で、くじけそうな勇気で、麗日は立った。
「……緑谷出久は特別な力を持っています」
「だから、そんなやつが休みたいからって、ここに来るなよって話だろうが──」
「違う!」
反論しようとした偏見を、麗日は強い言葉で遮った。
ゆっくり、丁寧に、誤解がないように、彼女は【対話】をすることを選択した。
「迷惑かけないようここを出て行ったんです! 連れ戻したのは私たちです!
「彼の力は、あの、特別で、オール・フォー・ワンに打ち勝つための力です!
「だから狙われる! だから行かなきゃいけない! そうやって出て行った彼がいま! どんな姿か見えていますか!
「この現状を一番どうにかしたいと願って! いつ襲われるかもわからない道を進む人間の姿を、見てくれませんか!
「特別な力はあっても! 特別な人なんていません!!」
それはきっとヒーローが言うべきことじゃない。
だって、そうだろう、いままでずっとオールマイトが守ってくれたんだ。
次は、お前たちが守る番だろう。
「俺たちにも泥に塗れろってか!」
「泥にまみれるのはヒーローだけです! 泥を払う! 暇をください!!」
麗日が反論に感情をぶつけたのは、計算などではない。
相手を言いくるめたいわけではない。
相手の言い分を聞くだけではない。
麗日が選択したのは、【対話】なのだ。
「いま! この場で安心させることは! ごめんなさい! できません!
「私たちも不安だからです! 私たちも、みなさんと同じ隣人なんです!
「だから! 力を貸してください! ともに明日を笑えるように! みなさんの力で! どうか! 彼が隣で! 休んで! 備えることを許してもらえませんか!!
「緑谷出久は! 力の責任を全うしようとしてるだけの──!
「まだ学ぶことがたくさんある! 普通の高校生なんです!!」
不安が感情というのなら。
感情が伝播するというのなら。
「ここを! 彼の! ヒーローアカデミアでいさせてください!!」
──彼女の熱い魂は、いままさに、民衆へ届いていた。
泣き崩れる緑谷に、避難民が駆け寄っていく。
【最初】は、真っ赤な靴を履いた少年だった。
それはA組とも所縁のある、出水洸太。
罵声を上げていた大人たちをすり抜け、大勢から責められていた緑谷へと飛び出していく。
それは、麗日から伝播した勇気だ。
「緑谷兄ちゃん! ごめんね! 僕! 怖くて動けなかったんだよ! ごめん……! でも、あのお姉ちゃんががんばって話してるの見て、行かなきゃって! 兄ちゃんみたいにならなきゃって! だから僕、来たよ! だからもう、泣かなくて! 大丈夫だよ!」
勇気を受け取ったのは洸太だけではない。
長身の異形個性の女性が、緑谷を抱きかかえるように立ち上がらせた。
緑谷は、彼女に見覚えがあった。単独行動している最中、ヒーローアイテムを持つ民衆に、偏見のみで襲われていた女性である。
「異形は入れられないって、何か所か避難所断られちゃってね。結局雄英が良いってなったの。でも、キミにまた会えたから、ラッキーだ」
彼女が膝を折ると、ズボンにすぐ水が染みてきた。
ボロボロのコスチュームは異臭を放ち、緑谷本人も泥だらけである。
「あのときはありがとう、泣き虫ヒーローさん」
それでも、なにも忌避することなく、彼女は緑谷を強く抱きしめた。
洸太も泣き笑いで縋りつき──勇気は、繋がれていく。
「ヒステリックに糾弾する前に、話ぐれぇ聞いても良いんじゃねぇか!」
中年の男性が、不安に喘いでいた民衆の中心で声を張り上げた。
「あの兄ちゃんは、ここに常駐するってわけでもねぇんだろ! 物資も人材も足りねぇいま! 兄ちゃんがすり減ることなく休めるのは、ここしかねぇってことだろ! そういう説明だったよな、ヒーローさんよ」
「士傑じゃダメなのか! 同等の施設なんだろ!」
「……でも、そしたら士傑で同じことが」
「あ……うん」
感情が落ちついていく。冷静になっていく。
それ以上に、彼らの根っこにも根付いている正義の心というものがある。
「俺はよ、こうなるまで気づかなかったよ。俺は客で、ヒーローたちは舞台の上の演者だった。かつてオールマイトっつー不世出の男がヒーローを示したよ。みんなそいつをなぞった、囃し立てた。そうしていくうちにいつの間にかみんな、そこに込められた魂を忘れちまってたんだ……。だが舞台は取っ払われちまった。失敗を重ねて金も名誉も望めねぇ。ヒーローと呼ばれた大勢の【人間】が投げ出した。そんなかでいま! 残って戦う連中はなんのために戦ってるんだ!? いま戦っている連中まで排斥していって、俺たちになにが残る! どうやってこれまで通り暮らす! つれぇのはわかる! けど冷静になろうや! 俺たちいつまで客でいるつもりだ!!」
答える人はいなかった。
オールマイトがいないということからも、エンデヴァーが悪いということからも、彼らはいまだ逃げ続けていた。立ち向かうことを避けていた。
だってそうじゃないか。
ヒーローが颯爽と現れて、笑顔で言うのだ。
『離れていてくれ!』
そうじゃ──ないのか?
民衆の視線が、もう一度緑谷へと集まっていく。
感情の赴くままに責めていたい。ストレスのはけ口であってほしい。お前が責任をとれば、いまの生活を抜け出せるのではないか。
「……複数の個性を操る、ボロ切れのような男が噂になってる。……ヴィランの先導役とも、真のヒーローとも言われている。……答えろよ。お前がここで休んだら、俺たち、元の暮らしに戻るのかよぉ!」
不安なのだ。
大粒の涙を零し、起こされなければ自分の足で立つことすらままならない、小さな、ただの少年を、信じて良いのか──。
「──取り戻します」
緑谷は拳を握り締めた。
逃げ出していたのは、緑谷も一緒なのだ。
責任は自分にある、という【言い訳】をしたかっただけなのかもしれない。
自分にそんな力がないことは重々承知で、それでも、自分がもっとしっかりできていれば、自分が上手いこと動けていればこの事態は防げていたはずだ。
そんな言い訳をするために、擦り切れるほどに身体を張った──つもりになっていた。
だが今日、麗日が立ち向かう姿を見て、緑谷も覚悟を決めた。
「みんなが、一緒にいてくれるから──全部、取り戻します」
みんなと一緒に、勝利する覚悟を。
傘を持った青年が、涙を流す母親が、一人、また一人とA組たちを労うように駆け寄っていく。
「策束……。どこ行くんだよ」
雄英のゲートの前では、エンデヴァーとともに轟がいた。笑顔のフェイカーに呼びかけるも、彼の歩みは止まらない。
「どうやらディクテイターに捕まっていた人と避難してきた人の数が合わないらしくて、様子を見てきます。トガがいればラッキーですね」
「それは……だけど!」
「気持ちはわかりますよ、A組全員揃っての大団円。おめでとう、これで日本は平和になる。ははは、笑えますね」
「お前!」
「やめろ焦凍」
エンデヴァーが憤る息子をフェイカーに近づけさせぬようにと、右腕を広げることで抑えつけた。
「貴様がなにを企んでいるのかは知らんが、これ以上デクを傷つけるようなことがあれば──容赦はしない」
殺意の籠った言葉を背中に受けても、フェイカーは振り返ることもせず、ひらひらと指を揺らしてゲートを潜った。
雄英バリアを潜った先で、車に乗り込もうとするオールマイトを見かけて、慌てて追いすがる。
「オールマイトも神野に、ですよね。ちょうど良かった、行きましょう」
笑うフェイカーを助手席に乗せ、オールマイトは無言で車を発進させた。
神野区までは真っ当なスピードであれば車で二時間。だが、この車なら一時間とかからず着くだろう。
「初めて乗りましたが、意外と良いですね。オールマイトは、座席をもうすこし広くしても良かったかもしれませんね」
助手席に乗り、車のボタンや配置を確認するたびに、面白そうだと笑っている。
そのフェイカーに、オールマイトは一瞥することもなく、声をかけた。
「……キミのことを、勘違いしていた」
「もしかして、善行極まるお優しいヒーローに見えていましたか?」
フェイカーは堪えきれず噴き出すと、そのまま手を叩いて哄笑してしまう。
「あはははははは!! 最高の勘違いですよ! 残念でしたね。ああ、私は、彼らのようには生きていけない」
オールマイトを挑発するように見上げるフェイカー。
日本の崩壊から二週間。
本物と偽物は、向かい合うときが来た。