「みんなありがとう。そして迷惑かけてごめん」
力無く笑い緑谷は頭を下げた。
緑谷のために用意された食事を摘まみながら、芦戸が不満そうに文句を言う。
「そだよー。《ワン・フォー・オール》ねー。言ってよねー。手紙のおかげでもう驚きとかそういうのはないんだけどさ」
「ホークスに電話に出るよう言ってほしかった」
「それにしても無個性からトップ・オブ・トップの力なんて、大変だったろ」
「いきなりそんな力もらったら、そら骨バッキバキに折れますわ」
「《ワン・フォー・オール》ってどういう感覚なの?」
すこしでも良いから力になりたい、そういう感情からの質問だったのかもしれないが、それに対して轟が待ったをかけた。
「緑谷が一番眠ィだろ。寝かせてやれよ。なんのために連れ戻したんだよ。大丈夫か?」
緑谷の隣に腰かけた轟は、ガラスに張り付くオールマイトの巨体を見つけて思考が飛びそうになった。
「大丈夫。っていうかまだ眠れなくて……」
「なんで?」
「オールマイトにひどいことして、そのままなんだ。謝らなきゃと思っているんだけど、でも連絡がつかなくて──すぐそこにいたぁ!?」
轟が指差す方向を見た緑谷が素っ頓狂な声をあげる。そのあとすぐに、オールマイトが正面入り口から破壊音をまき散らしながら入ってきた。
話を聞いていたらしい彼は、緑谷に向けて大きく頭を下げる。
「こちらこそ! 力になれず済まなかった! 緑谷少年!!」
緑谷は恐縮してしまっているが、ほかの面々からはどうしても非難の声が上がってしまう。
オールマイトは、謝罪に重きを置かなかった。
それは自身の正当性を高めるためではなく、もっと深刻な話をするために、邪魔になると判断したからだ。
「決戦の日はおそらく、もうすぐそこだ。心労をかけて済まなかった。詳しい話は避けるが、情報を得ている。近いうちに答えがわかる。総力をもってあたる。私も、この身にできることなど限られているがそれでも──」
「オールマイト!」
元ナンバーワンの零れそうな弱音を、緑谷は強い口調で遮った。
「トンカツ弁当、とても力になりました! 僕はきっとオールマイトから離れてしまったからあんな風に……だから一緒に!」
「守りましょう!」
飯田もオールマイトへ笑顔を向けた。
オールマイトは、一度は平和の象徴とまで崇められていた。
支えきる力が無くなったあと、崩れていく世界を眺めているだけだと思い込んでいた。だが、借り物の力を失い、無個性になっても、手を差し伸べてくれる人がいる。
まるで、オールマイトがかつて追い求めたヒーローたちの笑顔だった。
自分の代わりではなく、自分も一緒に、世界を支えたいと思った。
追いつきたいと思った。
──ただ、それには一つ問題がある。
それは大人のエゴが生み出してしまった問題だ。
「一緒に、ということなら、一人、欠けているヒーローがいる……」
「策束ですよね! 気づいたらいなくなってて!」
「あたしが手を離しちゃったからかなー! 悔しいー!」
「一緒に行ったのに、別々に戻ってきたんだよな、オールマイト」
後悔を口にする前にA組がオールマイトを囲って質問攻めにしたため、オールマイトと緑谷が、順序立ててフェイカーの行動を説明することにした。
たとえそれで、彼らから責められるとしても、フェイカーを追い詰めてしまったのはオールマイトたちなのだから。
「──じゃ……その……なんつーか……えっと……」
一連の流れを聞いて、切島は口をもごもごと動かして明言を避けていた。
──【理解】できてしまったから。
もし策束に自分の個性を渡せる機会があるのならば、与える選択肢も選べる。
策束業という少年は、その程度にはこの一年で切島の信頼を勝ち取っているのだ。
それは、緑谷やオールマイトたちの言い分だ。理解できる。理解して初めて、策束業の感情も【理解】できる。
『キミは無個性なんだね! 個性を与えてあげよう!』
善意だ。間違いなく善意であるはずだ。
それが【分け与える】ではなく、一つしかないものの【譲渡】であるならば、殊更に。
だが。
遥か高みから、そのように傲慢な物言いをされれば、どのような屈辱に受け取られるのか。
理解──【同情】したのは切島だけではない。芦戸は溢れ出る涙を拭いながら、絞り出すように叫んでいる。
「記者会見でさぁー! あたしさぁー! あの顔無しおばけにさぁー! 策束の個性さぁー! 盗られたって聞いてさぁー!」
「芦戸さん! 落ち着いてください!」
「でも思っちゃったもんー! あたしの個性あげられたら良いのにってー!」
自身を犠牲にしてだれかを助ける。
それはヒーローを目指す者として正しい考え方だろう。
助けたい気持ち。見下される気分。
この二つは、矛盾せずそこにある。
「僕は──」
「問題ねぇ!!」
頭を抱える緑谷に向かって、爆豪が吠えた。
「あのスカシ……策束が【その程度】で心折れるわけがねぇ!」
「だけどさぁー」
「第一! 同情求めるヤツじゃねぇ!!──テメェらから見りゃあれだろ、無個性ってのはカワイソウなんだろ」
爆豪は、緑谷に鋭い視線を向けて告げる。
「俺にとっちゃ、超えるべき壁だ。全員ライバルなのは変わんねーんだよ。ずっと! 昔っからな!」
「爆豪少年……」
「かっちゃん……」
彼の言葉はきっと、神野区で手足を失くしたフェイカーに対して告げた言葉と差異はない。
「個性が有っても無くても! あいつはヒーローに成る! 見てりゃわかんだろ!!」
腕を組み直し、唇を尖らせる爆豪の頭を、両隣に座っていた上鳴と切島が撫でつける。
鬱陶しいと爆豪が暴れたが、彼の前に紅茶が差し出されて大人しくなった。
八百万の手がカップから離れ、代わりに笑っている口元を隠してしまう。
「神野区で、業さんも同じようなことを仰っていたもので」
「同じことだぁ?」
爆豪に睨まれても八百万は怯えることなく、それどころか優しい視線を彼に向けた。
「爆豪さんは悪いやつだ、まるでヴィランだと」
「ああ!?」
「ヤオモモ!?」
瀬呂が驚いて声をかけると、八百万は一層楽し気に笑った
「そしてそのあと、馬鹿馬鹿しいと。……爆豪さんはヒーローに成る。ただのヒーローではなく、強く、頼れるヒーローに成る。保証されていましたわ」
最後まで聞いて爆豪がもう一度座り直すと、隣からの頭撫で攻撃が再開された。
それを見ながら、八百万はテーブルに置いたティートレイから紅茶をテーブルに並べ始めた。
「オールマイト先生、緑谷さん」
八百万に指名された二人が顔を上げた。彼女の表情は真剣で、でもどこか強張り怒っているように見える。
「業さんの個性のことは、私も避けていました……。優しく接しようとするだけで、きっと業さんを傷つけてしまう、そう思っていました。私も同罪です。嫌われたくなくて、触れないことが唯一私にできることだと思い込んでいました」
オールマイトと緑谷は、いままさに罪を問われているのだ。
二人のエゴに振り回されてしまったクラスメイトに対しての贖罪を求められている。
問題は──、
「カルマ、どうやったら受け入れてくれるかな……」
耳郎の寂し気な独り言が、しんと響いていく。
フェイカーが心を殺したというのなら、謝罪はなに一つ意味をもたない。彼の敬語を、笑顔を壊さなければ先に進めない。
フェイカーに振り解かれた耳郎の右手には、鈍く響く痛みがずっと残っていた。
「いつもの策束だったら、どうするかな」
「放っておくんじゃないかな?」
「なにそれ! 冷たい!」
「いや! 結構そういうところあるじゃんアイツ!」
「あー……あるかも」
喧々囂々の話し合いに、轟が毛布を持って割って入る。緑谷に持ってきた毛布を手渡しながら、緑谷、オールマイトの順番に見る。
「策束、そっちではどんな様子だったんだ?」
「ヴィランの顔蹴ったりして、あれが全部演技なのかと思うくらいには苛烈だったよ……」
オールマイトの発言に、尾白が頬を抑えて「演技でした?」と聞き返したが、緑谷の《危機感知》の話を聞いて納得する。
「徹底したサポート。用意周到だった。万が一にも僕が死なないように護衛もつけてくれていたし、僕が助けた人を引き継いでくれてたり……」
「冷静だな。いつものアイツだ……」
「ある意味、策束の理想のヒーロー像ってこと?」
そうであるならば学友たちは手放しで喜んでいただろう。だが、そうではないとだれもが知っている。
「親父にも話を聞きてぇな」
「エンデヴァーたちは雄英に入らないのですか?」
八百万の質問に、轟は紅茶を飲みながら首を振った。
「徒に人前には出れねぇよ。親父を見ると、荼毘の影がちらつくからな……」
毛布に包まった途端にまぶたを閉じた緑谷を見ながら、轟は声を抑えながら自身の現状の確認をする。
緑谷の件が解決し、フェイカーがA組に戻ってきたとしても、エンデヴァーを取り巻く環境に変化があるわけではないのだ。
「【今回】の件で避難している人たち全員が全員、一様に見方が変わったわけでもねぇだろうし。荼毘の兄弟、エンデヴァーの息子、内心ではきっと、俺の存在もいまだ不安だろう」
「家庭事情で……。悔しいよな、轟がなにかしたわけじゃねぇのにな」
「──したよ、血に囚われて原点を見失った。でもいまは違うから。違うってことを証明する。みんなに安心してもらえるように」
轟の笑顔は少年のように晴れやかなものだった。
かつてはその笑顔でヒーローを見上げていたのかと思うと、切島は胸が苦しくなって涙が溢れそうになってしまう。
そんな二人の様子を見ていた耳郎は、心ここに在らずで《イヤホンジャック》を指で遊んでいたが、思い出すのはどうしても【彼】の笑い顔だった。
「避難している人たち全員の見方が変わったわけじゃない……か」
彼女の中でやらなければならないことが、ようやく形になっていくようだった。
『耳郎は、オレのヒーローになった』
あのとき、曲作りの道すがらそう言われたとき、頭にきてしまった。
勝手に高く評価されたことへの怒りだったのかもしれない。頼ってもらえなかった不甲斐なさかもしれない。もっとべつの、甘えだったのかもしれない。
その答えは、きっとまだ彼女にはわからない。
だけど──、
「あれだね、なんかあれ」
《イヤホンジャック》が上鳴の首に巻き付き、無理やり起立させる。反対側ではすぐそばに立っていた常闇と八百万を巻き込んで、引き寄せていた。
「同列に言っちゃうのもおかしな話だけどさ。文化祭のときも、ウチら不安視してた人たちがいてさ、みんなに、安心して欲しくて、笑って欲しくてさ、やれること考えてさ……。あのときみたいに、最大限の力で、やれることやろう」
最後に爆豪を力業で引き寄せれば、耳郎の中心にはAバンドの姿があった。
それはまるで、あのときのような日常で。
みんなが取り戻りたい日常で。
【これから】、彼らが背負う未来の話だ。
「ウチらできたじゃんね! 取り戻すだけじゃなくて、前よりもっと良くなるように!」
最後に彼女は、まるで挑発するように不敵に笑った。
「さあみんな! ヒーローに成ろう!」
──更に向こうへ。
◇ ◇ ◇ ◇
「──以上が、ステインから齎された情報のすべてです」
オールマイトを除いたヒーローと警察を集めた場で、フェイカーはプロジェクターを止めながら、深い息を吐いた。
まともに呼吸をこなしているのはフェイカーくらいで、それ以外の全員が、緊張した面持ちで渡されているデータを繰り返し読み直している。
「オール・フォー・ワンの【完成】があと二十日程度だとは……。ずいぶんと踊らされましたね」
フェイカーの視線の先にはナイトアイの姿があった。
出し渋っている情報を吐き出すようにとの視線だったが、本人はどこ吹く風とばかりに資料に目を落としたままである。
資料には、ステインがタルタロスから持ち出した襲撃時に起こったデータがすべて含まれていた。それをラブラバが自慢のパソコンで解析したものになるのだが、ほとんどが頭を抱えんばかりの内容で、フェイカーとしても疲れ切ってしまっていた。
ついさっきまで、タルタロス襲撃は脳無による物量や死柄木の《崩壊》によって引き起こされたものという認識があった。
だが、データを見る限りでは、そのようなパワープレイとは程遠いものである。
「二つの《電波》による攻撃を外と内から立て続けに受けている」
「死柄木の中に宿ったオール・フォー・ワンの意識と本体がシンクロしているわけですね」
猫の個性の警察官が、ページを捲って小さく息を吐く。
となりに座っていた塚内が、同じページを見ながらフェイカーを見上げた。
「今回、やつらは《電波》でやりとりしていた」
「ニア・ハイエンドの統一性も《電波》による指示出しのようですね。鉛のヘルメットでも作りましょうか?」
ふざけた様子のフェイカーに向け、エンデヴァーが鋭い視線を送って咳払いをした。
注意されたと気づいたフェイカーは笑ってお茶を濁そうとする。
「まあ、正直今回は助かりましたね。やつらの会話が残されているようなものだった。ステインの有能ぶりは我々指揮官側の遥か上を行くようです」
エンデヴァーがもう一度咳払いをしようとしたが、それはフェイカーが言葉で止めた。
「『器の調子はどうだ?』『エンデヴァーに邪魔された』『危うく失敗だ。なかなかやるね。で、器は?』『三十八日で完成させる』。……多少会話に人間味を含ませましたが、こんなものでしょうか」
「いらん演出だ、フェイカー」
「そいつは失敬」
悪戯が見つかったときのように、目を細めて笑うフェイカーにどこか違和感を覚えながら、エンデヴァーは資料を読み返すことに専念するようだ。
「うははは! なんだよ! 二か月待たされると思ってたけど、ずいぶんと気が利くじゃねぇか! なあエッジショット!」
ラビットヒーローのミルコが、生身の右手でエッジショットの背中を叩いているが、彼は迷惑そうに顔をしかめただけだった。
ミルコの左手には黒光りする義手がつけられている。蛇腔病院で負わされた傷の一つだ。多くのヒーローが《崩壊》に巻き込まれて死亡したいま、彼女は自身が運が良かったとすら思っている。
「義手の具合はどうですか?」
「問題ねーな! 戦闘用のもさっさと寄越せよ」
「それは雄英でお渡しいたしますよ。そちらのデータも多く必要になりますから、しばらくは戦闘訓練にお付き合いください」
「あはは! 日本がこうなってる中でも学生の訓練ってか? ずいぶんと信頼してんだねぇ? 学生気分を思い出しちまうよ!」
「なぁ!」と周囲のヒーローにちょっかいをかけるミルコだが、負傷した彼女を軽視する者も戦力として不安に思う者もこの場にはいない。
むしろ、ヒーローが下した決断のほうが、不安定だろう。
「──続いて、決戦の戦力の分散方法を、ナイトアイから」
「最初に断っておくが、いまは【詳細を省く】。理由は後日説明しよう」
目良の発言によって視線を集めたナイトアイは、最初に断りを入れてから決戦の内容を騙り始める。
立ち上がったナイトアイは、周囲に見えるよう指を一本立てた。
「フェーズ・ワン。オール・フォー・ワン及び手下のヴィランたちが一堂に会する場が今後一度だけある。そのとき、ヴィラン連合、黒霧の《ワープ》を、我が事務所のインターン生、ファントムシーフの《コピー》で使用する。そのとき、ヴィランたちを五か所に分断したい」
「他人の個性つこうて、五か所に送るように発動するっちゅーんか? さすがにキツいやろ」
「いや、我々が九州、北海道と刑務所近辺を制圧できたのは、ファントムシーフによる機動力のおかげだ。信頼度は我らラーカーズが保証する」
ファットガムの質問にはシンリンカムイが答えたため、ナイトアイは一つ頷いて二本目の指を立てた。
「フェーズ・ツー。神野区、那歩島、奥渡島、群訝山荘、蛇腔市。そして、雄英高校。これらにヴィランたちを《ワープ》で移動させる」
「蛇腔市はいいとして、群訝山荘? なんでまた。もっと離れた山の中のほうが良いんじゃないか?」
「近いほうが良いこともある。それ以上は言う必要がない」
「あのなぁ、こっちは《予知》なんて見れないんだから、多少は教えてくれても──」
「死者は五十人を超す。この部屋にいる者も何人かが命を落とす《予知》が見えている。詳細を省いたのは、諸君らのためでもあるんだ」
冷たく言い放つナイトアイに、フェイカーは真っ向から反論した。
「五十人? ずいぶんとすくないですね。戦闘員一万人規模の戦争ですが」
「その五十人に、貴様も入っているとは思わないのか?」
「思いますとも。きっと私は前線に立つ。ははは、ずいぶんと早死にしそうですよね」
「……まあ良いさ。先に言っておくが、決戦は我々ヒーローの勝利だ。犠牲も払うが、それでもひと月後には復興作業が行われている。それだけは絶対だ」
「ああでもナイトアイの《予知》って外れることがあるんでしたよね。今回は当たると良いのですが」
「当たるも八卦当たらぬも八卦やな」
からかうファットガムとフェイカーの態度に大きな咳払いを挟んでから、ナイトアイは三本目の指を立てた。
「フェーズ・スリー。死柄木と緑谷の戦闘だ。もっと言えば、七年前の再現。《ワン・フォー・オール》とオール・フォー・ワンとの戦いになる」
「私も戦いてぇなぁ!」
「安心しろ、貴様は敗ける」
「なぁ!? ふっざけんなよ! ぜってぇ勝つ!! その眼鏡割れるくらい驚かせてやるよ!」
いきり立つミルコだったが、会議自体は終了となった。そして、渡した書類はすべて回収されて燃やされることを説明される。
「話には聞いとったが、情報管理はずいぶんと徹底しとるな」
回収する黒服たちを見ながら、ファットガムはフェイカーに話しかけた。
フェイカーは彼の発言を鼻で笑った。
「噂が流れている時点でお察しですよ。情報の流出は止まりません」
「せやな……。まあしゃーないわ。んで、情報漏洩ついでに聞きたいんやが策束くん」
「どうしました?」
「なんで俺が呼ばれたんや? 自分で言うんもあれやけど、俺二桁でも下のほうなんやけど。キミの指名なんやろ? 何人か知らんヒーローも呼ばれとるようやし、どうなっとんや?」
「ちょっとお付き合いいただきたくて。解散したあと、一緒に雄英までよろしいですか?」
「はあ。まあええけど──」
会議室が開かれたあと、フェイカーに呼び出されたヒーローはナイトアイ、ミルコ、ファットガム、マニュアル。海難ヒーローのセルキー、セルキーのサイドキックのシリウスの五名だ。
ランキング圏外であるマニュアルは、ひどく恐縮した様子で周囲のヒーローを窺っている。
「呼ばれた理由を教えてくれるんだろうな坊主!」
「ミルコに関しては悩みましたけどね。新しい義手で即実戦というのは、あまりお勧めできないでしょう」
「こっちの手はずいぶんと馴染んでるぜ」
「AIが優秀なんですよ」
左手の義手を元気良く回してアピールするミルコを尻目に、フェイカーがセルキーへと向き直る。
「海難ヒーローセルキーですね。お噂は聞き及んでおります」
「堅っ苦しいことぁいい。俺は那歩島か、奥渡島か、どっちだ」
腕組みをして偉そうに質問したセルキーを咎めるように、シリウスが彼の脇腹を肘で突いた。なにを反省したのか、「どっちなのだ!」と猫なで声を出し始めた。
「それも含めて、配置するヒーローの意見を聞きたくて。《予知》でもある程度は補完できるでしょうが──」
「言わんぞ」
ナイトアイの素気無い言葉に、フェイカーは周囲に自身の不満を見せつけるような苦笑いを作った。
見た人が釣られて笑うほどに自然な笑顔を見て、ナイトアイがつまらなそうに舌打ちをする。
「やはりこうなったか……」
ナイトアイの独り言は、シリウスの《グッドイヤー》がなくとも、聞き取れるほどの大きな声量だった。
フェイカーはおふざけに興醒めしたのか無表情となり、小さくため息を吐いた。
「策束くん?」
「……いえ、えっと、マニュアルさん、あなたにはいまから二十日間、訓練をしていただきます」
「訓練? いいけど、うん、なんでもやるよ!」
胸を一度大きく叩いてマニュアルは返事をした。
その様子を見て、フェイカーが嬉しそうに笑顔を向ける。
「──ミルコがいなくとも、ファットガムがいなくとも、決戦には勝てるでしょう。だが、あなたは必要だ。どうか、私たちのヒーローになってください」
なぜかその笑顔を見ても、その言葉を受け取っても、ヒロイックに陥ることはなかった。
むしろ、マニュアルの脳裏に浮かんだ言葉は──契約。
「マニュアルさん。あなたの個性で、日本を救いましょう」
悪魔との、契約だった。