気弱だった僕と、まっすぐな彼女の青春ラブコメはまちがっている。 作:レオン・アーノルド・スチュアート
『約束する。夢を叶えたら、必ず迎えに行くよ』
とっくの大昔に、記憶の彼方になりかけていた言葉。何時だったか。
ヘルシンキに向かう空港で、彼女に言った一言。
彼女の青みがかった髪が揺れる。まだ桜の木がピンクに彩られ、寒さが少しずつ和らいでいる3月の出来事だった。
『うん……あたし、待ってる。ずっと待ってる』
彼女は真っ直ぐな瞳でそう答えた。それを最後に会っていない。
待ってる、ずっと待ってる。
それがいつまでも心に焼き付いたまま、飛行機に乗った。
地上では、飛び立っていく飛行機を彼女がずっと見つめているような気がした。
あれから6年。今の僕はどうなったか。
ふっと目が覚めた。心臓は強く胸うち、頭の先から足の指先までびっしょりと寝汗をかいていた。
もう大昔に忘れかけていた記憶だった。
ふと、棚に飾ってあるトロフィーが目につく。
こんな闇の中でも、何故かまばゆく光り輝くように見えた。
寝てるのに、何故かどっと疲れてしまった。
ベッドから下りると、トロフィーを押入れの奥にしまった。押入れには数多くのトロフィー、優勝カップ、グローブにレーシングスーツが所狭しと収まっている。まるで主の帰りを待つかのように、あるいは眠りから覚めようとしているように。
それを無視してピシャリとドアを閉める。
ふと、窓に映る夜空を見上げる。あの娘はどうしているか。あの約束を、まだ覚えているのか。いや、そんな筈はない。僕ですら忘れかけていた記憶だ。小学生の頃の、小さく淡い話である。
迷わずベッドに飛び込んだ。明日は転校初日だ。まさか遅刻するわけにもいかない。汗をかいたので着替えたかったが、もうそんな気力が沸かない。目を閉じて、再び眠りに落ちていった。
「と、言うわけで説明は以上だ。改めて、F組の担任の平塚だ。よろしく頼むよ」
白衣を着た華奢な女教師が、右手を差し出してくる。
「こちらこそ、よろしくお願いします。平塚先生」
ニコリと微笑んで右手を重ね合わせると、平塚先生は意外と強く握り返してきた。女性にしては中々握力が強い。これがこの人なりのやり方、所謂体育会系と言うやつだろうか。
「早速教室まで案内しよう。ついてきたまえ」
先導する平塚先生をペースカーについていくマシンのように後を追う。ざっくりと校内の説明をする先生の言葉に適当に相槌を打ちつつ、周囲を見回す。
思ってた通り。
廊下を歩く女子生徒とすれ違う。にこやかに微笑み、会釈をすると、その娘は分かりやすく顔を真っ赤にして逃げるように去っていった。
「……偏差値は高そうですね…」
「そうだな。一応この総武高校は県内でもそこそこの進学校だ。まあ、大馬鹿者はいない事はいないが………みんなそれなりに常識は弁えてるぞ」
「………そうみたいですね」
丁度良く説明の相槌でも打ったと思ったのか、平塚先生が答えてくれた。
特に聞くべきことでも無いので聞き流していたのだが、ここは一応笑顔で答えておく。
「……ふふっ、お前の言う『偏差値』が何なのか大体想像はつくがな」
「…………はい?先生、一体何のことでしょうか?」
「大したことじゃないさ。ほら、ここが君の新しい学園生活が始まる教室だ。私が呼んだら入ってくるように。自己紹介、考えておけよ?」
「分かりました」
ニヤリと不敵な笑みを見せた平塚先生。さっきの意味深な言葉といい、非常に気になったが、まあここで問いただしても意味はあるまい。綺麗な笑みで誤魔化した。
「皆も知ってる人はいると思うが……今年度から転校生が来る事になった。慣れないとは思うが、仲良くしてやって欲しい」
ざわついていた教室も、転校生が来ると聞くと、少し落ち着いた。
「じゃあ、入ってきてくれ」
平塚先生の声に従って、ガラリと扉を開ける。
僕の姿を見た瞬間、クラス中の視線が注がれる。それはそうだろう。アッシュ気味の金髪に、淡いスカイブルーの瞳。キリッと淡麗に通る目鼻立ち。スラリとした長い手足は雪のように真っ白。日本人憧れの北欧の血を色濃く受け継ぐ自分の容姿は、この狭いアジアの島国ではあまりにも浮いてしまうのだ。周囲の生徒は、すっかり呆気に取られてしまう。まるで一端のハリウッドスターを生身で見てしまったような雰囲気だ。
「じゃあ港、自己紹介を頼む」
平塚先生に促され、一歩前へ出る。勿論爽やかな笑顔を掲げることも忘れない。
「始めまして、今日からこのクラスに加わることになった、港ミカと申します。こんな見た目ですが、日本語は問題なく話せるので仲良くしてくれると嬉しいです。皆さんよろしくお願いします!」
爽やかな笑みを浮かべて言うと、クラス中から拍手が鳴り響く。「よろしく〜」という声も聞こえる。言うまでもないが、第一印象はバッチリだろう。
拍手が続く中、クラスを見回す。ほうほう、なるほどね。
茶髪をお団子みたいに結んだ女子生徒は、きっと見た目通り明るく元気そうな娘だろう。黒髪セミロングの髪型に赤いフレームの眼鏡をかけた女子生徒は図書室で読書する姿が絵になりそうだ。金髪を縦ロールにした釣り目の女子生徒はクラスのリーダー格って所か。気は強そうだが、そんな性格も悪くない。
やはりこのクラスの女子も美人揃いだ、これは楽しくなるなぁ。そう浮かれ気分だったが、ある一人の女子生徒を見た瞬間。その気分が一気に吹き飛んだ。
クラス内で拍手をせず、信じられないと言う表情を浮かべる女子生徒。青みがかった髪を、硬派な彼女とはイメージが違う可愛らしいシュシュでポニーテールに纏めた姿。随分と時間は経過していたが、一瞬で誰か分かった。
「はいはい、親睦を深めるのは休み時間にしてくれ。それじゃあ港は比企谷の隣の席に座ってくれ」
「…あ、はい」
一瞬固まってしまったが、平塚先生に促されて席に座る。隣の席は男子か、ちょっと残念。
隣の席に座る比企谷くんに「よろしくお願いしますね」と一声かけると「……ああ、よろしく」と気のない返事を返される。無愛想だな。
休み時間に入ると、案の定女の子たちに囲まれた。やはり転校生、それもハーフは物珍しいのだ。
「ねえねえ、港くんはさ」
「ミカでいいですよ」
「じゃあ、ミカくんってさ、どこの国の人なの?あんまり日本人って感じしないよね?」
「父がフィンランド人で、母が日系アメリカ人なんです。だから日本人じゃ無いってのも間違いでは無いですね。僕の国籍はフィンランドですから」
「へえ〜!フィンランドって、確か北の方にある寒い国だよね!?」
「そうですよ。冬なんかはこことは比べ物にならないくらい寒いですね」
「じゃあさ!英語とか喋れるの?」
「もちろん話せますよ。僕は日本語と英語とフィンランド語が話せますから。何だったらフィンランド語で自己紹介しましょうか?」
「え〜!聞きたい聞きたい!やってみて!」
「Hauska tavata. Nimeni on Mika Minato ja olen siirtynyt tähän kouluun tästä päivästä lähtien. Hauska tavata kaikki.」
「すご〜い!なんて言ったの?」
「始めまして、今日からこの学校に転校してきた港ミカと申します。皆さんよろしくお願いします」
「すご〜い!他には何が話せるの?」
やはり九分九厘どこのハーフかどうか聞かれる。これはよくある事だ。役場に行っても大体通訳を通されるし、レストランやショップ等で話しかけると、店員からは大体困った顔をされ、最後には「日本語お上手ですね〜」と言われる。それにこんな名前なので、病院で名前を呼ばれると、大抵看護婦さんにええっ!?と驚かれる。「ミカ」という名前は、フィンランドではポピュラーな男性名なのだが、日本ではミカという名前は主に女性に付けられることが多いからだ。
このように困ったことはあるにはあるが、こうして興味を持たれるのは純粋に嬉しい。趣味は、好きな食べ物は等々、次々と投げかけられる質問に嫌な顔一つせず笑顔で答える。
後ろから、戸惑うように背中を見つめるあの女子生徒の視線に気づかないふりをして。
「おいおい、みんな落ち着いてよ」
そう爽やかな声色で周囲を制止したのは、これまた僕ほどではないが中々の二枚目男子。ただし、僕とは違って根っからのお人好しなオーラが漂っている。彼はいい人なのだろう。色んな意味で。
すると女の子たちは、「あ……そうだよね、ゴメン」と申し訳無さそうな顔になる。何とか質問攻めからは解放されたようだ。
「悪かったね。みんないい子たちなんだけど……」
「いえいえ、こちらこそすみません」
困ったような笑顔で言ってくる。彼の一声ですぐに声が止む辺り、彼はクラスのリーダー格と言ったところだろう。
異性の友人は大いに越したことは無いが、なんだかんだで友人もいた方がいい。彼とは仲良くしたほうがいいかも知れない。内面はともかく、外面の良さだけは僕の取り柄だ。
「改めて、葉山隼人だ。よろしく、俺の事は隼人と呼んでくれ」
「港ミカといいます。よろしくお願いします。僕の事もミカでいいですよ」
さっきの平塚先生と同じように、彼の差し出した右手に右手を重ねる。平塚先生とは違い、力は穏やかだ。
その光景を見て、先程のセミロングの眼鏡女子が「はやミカも悪くないかも……」とつぶやき始め、金髪縦ロールの女子に「擬態しろ!」とどつかれてるシーンには一瞬寒気を覚えたが。
あっという間に時間は放課後になり、いろんな女の子からの質問攻めと、学校案内で連れ回され、すっかりくたくたになってしまった。女の子たちから遊びに誘われたが、疲れていたので丁重にお断りした。初日から深い仲になってもつまらないからね。
そろそろ家に帰ろうと、新しい教科書をカバンに詰め、紐を肩にかけると、一人の女子生徒が目に映った。
「………………」
その女子生徒はじっと僕を見つめると、ゆっくりと近づいてきた。
「……」
「…………どうも、お久しぶりです。サ……川崎さん……」
その言葉に、彼女・川崎沙希は一瞬目を見開き、そしてまっすぐにこちらの目を見据える。心なしか鋭さが少し増している気がした。
「何その口調、気持ち悪い。タメでいいよ」
「ああ、そう……」
幼馴染みの僕に他人行儀な振る舞いをされたのが相当嫌だったのだろう。彼女はあからさまに顔を曇らせていた。
「……帰ってたんだ、日本」
「うん……去年かな」
「……あんたさ、辞めたの?」
ストレートな質問に、思わず身体がこわばる。やめたのが何なのかは聞かなくても分かる。あまり話す気はないが、話さなくても変だ。何とか笑顔を作る。
「まあ、ちょっと……色々あってね………」
「ふーん………」
また気まずい雰囲気になった。何とかしなくては。こういう時は……
「そ、そうだ!色々と積もる話もあるし、時間さえあるなら、これから近くのファミレスでもどうですか?僕が奢りますから!」
咄嗟の提案だが、完全に焦ってしまっている。まずいなあ、余計に嫌な気分にさせたかもしれない。昔の僕とは違い、今の僕は女性を食事に誘うなんて造作もない事なのに。
「……だからその口調止めてよ。気持ち悪いから。後奢らなくていい。自分の分くらい自分で出せるから」
「そ、そう」
心臓がいつになく高鳴る。まさかこんなことになるなんて夢にも思わなかった。喜ぶべきか、あるいは違うのか。なんとも言い難いこんがらがった感情である。
「ほら、とっとと行くよ」
この日本における唯一の幼馴染みの声に促され、僕は出口に向かってぎくしゃくと足を動かした。