気弱だった僕と、まっすぐな彼女の青春ラブコメはまちがっている。 作:レオン・アーノルド・スチュアート
夏休みが終わり、二学期が始まった。
ところが、奉仕部の雰囲気が良くない。特に八幡くんと雪ノ下さんである。
というのも、八幡くんは入学式前、交通事故に遭ったのだが、その加害者が雪ノ下家の車であったのだ。しかも、事故原因は結衣さんであったという。そしてそれに過去のクラッシュの一件からこの顛末に僕が何故かブチ切れてしまったこともあり、これではギスギスしないほうがおかしい。
しかし、僕の方も今ひとつである。理由は、この前のダブルデート。沙希と留美になんとも恥ずかしい失態を見せてしまい、おかげであれ以降、夏休み中は沙希と連絡が取れず、二学期に入っても何となく話しづらかった。
今、2年F組では文化祭の実行委員決めが行われていた。各クラス2人で選出されるのだが、そのうちの一人に選ばれたのが、相模南という女子生徒だった。いわゆる、ミーハータイプの女子で、僕や葉山くんといったイケメン系男子にめっぽう弱い。確か、転校初日にも話しかけてくれたかな?ルックスはまあかわいい部類だが、正直タイプでないので、ろくに覚える気はなかった。
横を見ると、八幡くんが眠っている。ほっといていると八幡くんが選ばれてしまった。まあ、起きてどんな反応を示すのか楽しみだし、放っておこう。これで変に止めて、僕に実行委員が回ってきたら大変である。
その日も、ひっきりなしに纏わりつく女の子たちとのお喋りを続け、少し遅れて部室に向かうと、中から聞き覚えのある声が聞こえて手を止めた。
この声は間違いない、サキの声だ。
何を話しているかまでははっきりと聞き取れないが、何か依頼があったのだろうか。
結衣さんのはしゃぐ声も聞こえてくるし、もしかしたら仲良しだったのかな。
なんとなく入るのを躊躇って扉の前で佇んていると、急にはっきりと声が聞こえて扉がひらいた。
「別にいつまでかかってもいいよ。ていうかそろそろ帰るから。じゃあね。」
「おや、川崎さん。」
「わぷっ!?」
こっちを全く見ていなかったらしく、胸元に突っ込んできたサキを受け止める。
小さな悲鳴を上げながらぶつかってきたサキは慌てて顔を上げると何やら僕を睨みつけてきた。
気にしてないよ、の意を伝えるためにニッコリとハリウッドスター顔負けの笑みを浮かべたら何事か憤慨した様子で早足に逃げ出してしまったので、仕方なく肩を竦めて我が部室へ足を進めた。
「こんにちは。皆さん今日もお早いですね。また僕が最後になってしまいました。そうだ、川崎さんがいらしていたようですけど、新たなご依頼ですか?」
「み、みみみ、ミカっち!えーっとね、その…!」
「まあそんなところだな。けど、これから文化祭で忙しくなるから当面は部活は休みってことになるだろうって話をしてたんだよ。」
「そうね。ちゃんとした活動らしい活動は文化祭が終わってからということに決まったのよ。」
「ああ…なるほど。たしかに八幡くんは実行委員ですしね。」
「そうそう!ゆきのんも実行委員なんだよ〜。あたしもクラスの方で打ち合わせとかあるからさ、中々ここに来てゆっくり…じゃなくって活動は難しいよねって。」
「雪ノ下さんも。それはたしかに部員が全然居なくなってしまいますからね。」
「そういうこった。んじゃ、まぁ今日はこれで終わりで。」
仕方無しに頷いて、机に置いたばかりのバッグを手に取った途端、コンコン、とドアがノックされた。
雪ノ下さんがどうぞ、と声をかけると扉が開いて葉鳴りのような笑い声が大きく聞こえてくる。
「失礼しまーす」
軽い調子で入ってきたのは、文化祭実行委員の相模さんに、そのお友達2人である。
「って、結衣ちゃんと雪ノ下さんじゃん。えっ、港くんまでいる⁉」
「相模さんですね、ご要件はなんでしょうか?」
僕の顔を見た瞬間、急に目を輝かせる。あんまりいい趣味ではないなあと、鼻で笑っておこうかな。
「えぇ〜港くんも奉仕部なんだ〜」
「要件は何かしら?」
雪ノ下さんの冷えた調子に、相模さんたちの背筋が凍ったのがわかった。
依頼は要約すると、『実行委員の仕事を手伝ってほしい』とのことである。自信がなけりゃ辞退すればいい話なのに、どうもそれを丸投げする気満々にしか見えない。個人的にはあんまりメリットを感じられないし、手伝ってあげるべきとも思えない。とはいえ、部長がそれを引き受けてしまったので、やるしかない。足取り軽く3人が帰っていくのを見て、僕はため息を付いた。
「いいんですか?随分都合の良いというか、こちらのキャパシティもあるのに」
「依頼は依頼よ。仕方ないわ」
「………それって、おかしいと思う」
珍しく結衣さんが怒りをあらわにする。結衣さんでも分かるくらい、この依頼はおかしいのだ。
八幡くんと雪ノ下さんが実行委員の仕事があるため、奉仕部はしばらくお休みとなる。僕と結衣さんはF組の出し物に専念できるわけだ。これはこれでありがたい。
我がF組の出し物は『星の王子さま』である。サン=テグジュペリの名作だ。ただ、台本を見てみると......なんだろう、サン=テグジュペリへの冒涜とも言えるような。いや、日本の学校はこういったノリが受けるのだろうか。
一応最後まで読んではみたが、端的に言うと、良く分からなかった。あの人の頭の中身も。いや、海老名さんにこうした嗜好があるのは分かる。ただ、あまりにも露骨すぎて、色んな場所からクレームが出てくる気しかしない。
まあ、僕にとっての『星の王子さま』は、エディ・マーフィのニューヨークへ行くなんだけどね。この話は、エディ・マーフィ演じるアフリカのとある国の王子様が、花嫁を探しにニューヨークに向かうという内容だが、どこか僕とかぶるような気がしないでもない。いや、違うか。僕はもっと後ろ向きな理由である。
「ちょっとつかぬことをお聞きしますが、この作品に女性は出てきます?」
「えっ?なんで出るの?」
「ああ……すみません。ありがとうございます」
きょとんと可愛らしく小首をかしげる海老名さん。いや、たしかに星の王子さまに女性は出ないけれども。なんかもう面倒くさくなってきた。
クラスの雰囲気が微妙になる中、「俺はいいと思うぜ!」とクラスメートの男子生徒が声を上げてくる。
あれは、戸部くんか。葉山グループのメンバーで、葉山くんと一緒にいる男子だ。
キャラ的にはバカっぽいムードメーカー的な感じがする。彼のことは別に嫌いではないが、特別関わるつもりもない。多分彼は、海老名さんが好きなのだろう。火を見るより明らかである。アピール下手くそですね。
文化祭特有の、このワイワイした感じは決して嫌いではない。どこのクラスも浮足立っているし、適当に出歩いていても特に何も言われることもない。ただ、うちのクラスは熱量が変なところに行きかけてるので、そこは注意しておこう。僕がその餌食になりかねない。
その熱量の最大原因である、総監督の海老名さん。
飛行士が葉山くん、王子様が戸塚くんのキャスティングである。完全に狙ったとしか思えない。
苦情が来なけりゃいいけどね…
視線の先をよく辿ってみれば、女の子が三人群がっている中心に、白くてほっそりとしたお御足が見えている。
身体を縮こまらせてもじもじと所在無さげに膝の上で揃えられた手が愛らしい。
「戸塚くん、肌綺麗だねー」
「うん、メイクしがいがある」
「あ、あの……練習なんだし、あんまりメイクしなくても……。」
「メイクの練習もしないと!」
「そうだよ!」
「う、うん……、そ、そっか。練習は大事、だよね……。」
……どう考えても男子生徒である戸塚くんが一番可愛くしか見えない僕は、やはり異常者なのだろうか。
こうして、作業が始まったが、一つ問題が発生した。
衣装が決まらないのだ。貸衣装は高いし、それにそんな高度なものを作れるのが……
「沙希、出来そうかな?」
「へっ!?あたし!?」
そう言えば、適材そうなのが約1名いた。
「ほら、昔からそういうの好きじゃない、そのシュシュとか自作だし」
「と、得意ってわけじゃ……洋服とかは作ったことないし……」
「そうですか、そうですか……結衣さーん!」
「ーーッ!?こらあんた、ちょっと!!」
やめろ!と言わんばかりに服をつかむ。それがいじらしくて、余計にやってしまいたくなる。
はいはーい!と呼ばれた結衣さんがこっちにやってくると、ギュッと背中の服を抓られる。
「川崎さん、裁縫が得意だそうで、やってみたいと」
「は、はぁ!?あんた、な、何いってんの!?作れないから!そんな立派なの無理!!服とかはまだやったことないから……その、迷惑かけるよ……。」
「でも服以外は経験者ってことですよね?そのシュシュもハンドメイドでしょう?」
「そ、それはそうだけど……でもあのねえ、シュシュと衣装はぜんっぜん違うから!」
「ちょっと見せてもらってもいい?」
沙希が頷く前に、まとめられていた髪が宙を舞った。
あの頃より長く真っ直ぐ伸びたソレは、何処かで歪み、ねじ曲がってしまっていた自分が見てはいけない気がして、思わず目を逸らしてしまう。
総監督海老名さんがふんふんと隅から隅まで検分し尽くす。
ここまでくれば僕が口を出すまでもなく、これでおそらくチェックメイトだろう。
「縫製も綺麗だし、色使いもかわいい……。手縫いもミシンも出来る……。イイね!川崎さん、君に決めた!衣装よろよろ〜!」
「え、ちょ、そんな適当に……!?」
「姫菜は適当に決めてる訳じゃないよ。川崎さん、制服とかちょいちょい改造してるじゃん、ブラウスとかさ。たぶんそういうのわかってて言ってるんだと思うよ。」
「あ、うん、え?」
「そのとおり!限られたリソースを最大限有効活用する思想があって、技術もある。
なら任せられると思うんだ。大丈夫!何かあったら私が責任取るから!」
ほほう。意外とまともな思考をしている。海老名さんを、ただのBLバカだと思っていた僕は驚くと同時に感心していた。
きっと彼女は根は聡明な女性なのだろう。ただ、それを出す必要性を感じていないだけ。
耳まで赤くして俯くサキの肩を掴んで何やら力説まで始めた。
取り敢えず……と台本を握りしめて構想を練り始めたサキの、ほんの少しだけ嬉しそうな顔にこちらも頬を緩める。
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「よく分かりましたね、海老名さん。」
「いやいや、港くんが気付いてくれたおかげだよ」
「僕が?」
「そっ。あそこでああやって話を振ってくれなかったら、私は多分彼女の可能性を見落としていたと思う。
本当にありがとうね。それと……」
「ん?どうかしましたか?」
「いい加減、ちゃんと名前で呼ぼうよ〜」
「へ、あ、いや、なんのことですかね……?」
ニヤリと笑みを浮かべる海老名さんに冷や汗が垂れてくる。
「さっき、川崎さんの名前呼んだでしょ?」
「そ、そんなことないですよ、多分聞き間違いでは?」
「ふぅん……そうかなぁ……?私には確かに聞こえたんだけどなぁ……?」
「と、とにかくですね、とっとと進めましょうよ」
「え〜川崎さんとどういう関係なの?」
「……ノーコメントで。」
「ちぇっ、教えてくれても良くないかなー?」
「いいんですよそんなことは。」
「教えてくれなきゃ、港くんと比企谷くんの絡みを妄想しちゃうぞ?」
「ただの幼馴染です。それ以上でもそれ以下でもありません」
「ほんとかなぁ?それだけじゃないよね?」
海老名さんはメガネをキラリと光らせる。
「ホントですって。それから、僕をBLの題材にするのも止めてくださいね?」
「つれないなぁ……ハーフの転校生なんて設定としては最高なのに……」
一体何をこの人は言ってるんだろうか。というか、もう既に半分くらいはバレている気がする。
まあ、いい。別に困ることは何も無いし、いつかはわかることだ。
ただ、今は……まだ。
「はいはい、さっさと作業を進めますよ、海老名さん」
「ん、おっけー。」
適当に海老名さんをあしらうと、彼女は結衣さんの元へ戻っていった。この人はやはり鋭い。下手に刺激はさせないほうがいい。
「海老名と何話してたの?なんか変なこと言われてなかった?」
「いや、何もないよ。ちょっとした世間話さ」
「……そういえばあんた、やることないの?男なのに劇出ないの?」
「八幡くんも男だけど出てませんよ。」
「はあ……また猫被ってんの?アイツ文実でしょ。あんたは?」
「……はは。僕はほらアレだよ……ワタシ、ガイコクジン、ニホンゴ、ワカラナイデース。」
「嘘つけ…。」
呆れ半分の沙希。ふーむ、日本語が不慣れな外国人の鉄板的ギャグで誤魔化せると思ったのだが、幼馴染である彼女には通用しなかったらしい。
でも、怒っているわけでは無さそうだし……少し昔に返ったような、そんな感じが……。
いや、返るなんてそんな馬鹿なことありえない。人間は進化する生き物だ。
そう……言うなれば返ったのではなくて、手に入れたのだろう。
返ったように思える術を、手に入れたのだ。と、自分に言い聞かせた。
「……まあ何でもいいけどさ。あんた、手先器用でしょ?その……やれば?一緒に。」
「オテツダイデスカ?」
「だからそれキモいって。」
「……必要だっていうなら勿論手伝うよ。僕もクラスの一員だからね。」
「それは結構なことで。」
「…………。」
昔のサキは、こんなに不良っぽかっただろうか。
いや、そう。進化だ、進化。進化の過程で強くなって、そんなところ。
結構なことで、と言いつつスペースを開けてくれたサキの隣に座り直す。
星の王子さまの登場人物に合わせた衣装……奇抜なものは王子一人だったような気がするが……。
「王子さまの衣装……検索すればでるよね。」
「星の王子さまか……僕も持っていたよ。フィンランド語に翻訳されたものだったけれどね。
マントはブルーで内側が赤いやつだった。」
「えっ、マントは緑じゃないの?!」
「……結衣さん?」
いきなり挟まれた声に思わず振り返れば、赤ペンを耳上に挿した、どっかのおっさんみたいなことをしている結衣さんが驚きの表情でこちらを覗いていた。
沙希は覚えがなかったようで、小首をかしげている。
「あたしが見た絵本の王子さまは、緑色の服着てたよ?
最近の小さい子向けのやつはわからないけど……。」
絶対緑色だった!と言い張る結衣さんの言葉に、サキが若干首の角度を深めた。
「別に、そんなの書き手によって違うんじゃないの?統一とかされてるもの?」
「あ……言われてみればたしかに。
でも星の王子さまってあたしが知ってるくらいだし世界中で読まれてるんでしょ?みんなバラバラでいいのかな。」
遂に結衣さんと一緒にうんうんと悩み始めたサキを見られたので、ここらでハンサムな僕がかっこよく助け舟を出すことにしようか。と言っても、さっきスマホで調べた内容だけどね。
クエスチョンマークが浮かんでいる二人に苦笑を浮かべて、もう一度口を開く。
「結衣さんの言うとおり、確かに星の王子さまは有名すぎるイメージが固まっていますから、ある程度統一はされているんですよ」
「ほらやっぱり!」
「というのも、サン=テグジュペリ本人が書き上げた王子さまの肖像画があるからなんです。
むしろこれが一番有名かもしれません」
こくこくと結衣さんが頷く。サキも小さく頷いて続きを促された。
「そして問題の色ですが……2000年までは確かに二種類出回っていたそうです。僕が持っていた本の、外側が青くて中が赤いマントの肖像画と、結衣さんの見た外側がみどりで内側が薄い赤のもの。」
「たしかに内側、薄い赤だったかも…?
マントを着てない王子さまのイラストとか見ても、だいたい緑と赤だよね。」
「ニューヨークで出版された初版は緑だったのですが……サン=テグジュペリの母国であったフランスでの出版はアメリカよりも2年あとで、戦争のどさくさで挿絵原稿がなくなってしまったり、アメリカとフランスの印刷技法の違いから色も変わってしまったそうです。サン=テグジュペリの没後100年となる2000年に、遺族が原画に忠実な色を希望したことで緑に統一する事になり、今では緑が一般的になっている……ということですね。」
ぽけー……とした結衣さんの隣で、沙希が再び頷いた。つまりどっちも正解だけど強いて言うなら緑ってことね。とつぶやきながらデッサンを興しているらしい。ええ、そういうことです。
「ところで……結衣さんは何か御用があったのでは?まさか知ってる話が出たから取り敢えず首を突っ込んでみたなんて言い出しませんよね?」
「ええ!?違う違う、えっと……そうそう、採寸!採寸とか手伝うからねって言いに来たんだよ!」
「ああ…なるほど。たしかに川崎さんじゃ話しかけるのを躊躇いそうですね。」
「あんたこっちをなんだと思ってるわけ?!そのくらいできるし。」
「あはは……まあ、ほら、とりあえず……ね?1人ずつ呼ぶから、一緒に採寸しちゃおうよ!」
そう言われれば断る理由もないな、と頷いた沙希と結衣さんの後を、メジャーを片手で弄くりながらついて回る。主に男子だからという理由で、僕がメジャーをクルクルし、結衣さんがサイズをチェック。沙希はそれをメモにとって、何やら書き込みを加えているようだった。
「……本当に僕が採寸してしまって宜しいのでしょうか?結衣さんに変わりましょうか?」
「え?いや、僕は港くんで構わないけど……普通こういうのって、同性のほうがいいよね?」
「ハッ……!そうでした、なんということだ……僕としたことが忘れていました……あとコンマ2秒ほど遅ければお食事にでも誘っていたところ……」
「え、ごはん?ご飯くらいなら全然いいけど……?」
「ほ、本当ですか!?」
やばいなぁ、普通にテンションが上がってしまう。この人、男なんだぞ? こんなに可愛い男の子が、どうしよう、なんかドキドキしてきた。
「いやいやさいちゃん、それご飯だけじゃないやつだよ………多分」
「ご飯だけじゃない?……あ、ゲームセンターとかもいくのかな?それともカラオケとか?」
「あ、うん、そう……だね、あはは……。」
「結衣さんの言うことは無視してくださいな。僕もゲームやカラオケは大好きなので、今度是非よろしくお願いします。その為に連絡先を交換して……じゃなかった、測りますね。それではお身体に失礼して……。」
「無視って酷くない!?」
「はい、どうぞ。」
結衣さんのツッコミを華麗に無視して、細く滑らかな肢体に指を這わせてじっくり、もといきっちりと採寸をしていく。
くすぐったそうに身を捩る姿に思わず熱が昇りかけたが既のところで免れた。落ち着け、落ち着け、ここはイギリスのテーラーのごとく、冷静に振る舞うんだ……。決して抱き締めたりしてはいけない。海老名さんが大喜びする展開になる。
ふう、やっと終わった。なんか謎の達成感がある。恐るべし、戸塚少年……。
顔には出さずに、明るい声で終わりを伝えればぐーっと伸びをして笑顔を見せてくれる。
「はい、こちらで終わりになります。戸塚くん、お疲れ様でした。」
「んーっ……ちょっとドキドキしちゃったよ。
ありがとう、港くん!」
「いえいえ、どういたしまして。
ミカで構いませんよ。それと、連絡先を……。」
「うん、もちろんいいよ。僕のコトも好きに呼んでね、ミカ。」
「はい!必ずお誘い致しますので、後程。」
「ふふっ、はーい。待ってるね!」
かわいいな〜さいちゃん……との結衣さんの呟きにこくこくと同意しながらスマートフォンを仕舞う。
なんとなしにむすっとした様子の沙希の無言の圧力に知らぬ存ぜぬを決め込んでおこう。
……直後にふんっ、と鼻息荒く咎められたのでここは素直に謝っておこうか。
「あはは……お待たせしました、川崎さん。」
「別に待ってないけど。」
「けど?」
「……待ってないってば。それより衣装必要な人、戸塚で最後?」
「あ、うん!さいちゃんでラストだよ。どうかな、作れそう?」
「あー……予算はどれくらい?見積ってみないとなんとも。」
「ちょっと待ってね……よいしょ、こんなもんでどうかな?」
「それだとちょっと少ないかも。
布だけならなんとか賄えるかもしれないけど、装飾品は着けられないシンプルな出来になると思う……。」
「げげ、自作にしても意外にお金かかるんだね……流石に装飾品なしって言うのは演劇の衣装向きにはならないし……うーん、姫菜ぁ〜!」
はいはーい、と手を振って現れた海老名さんにバトンタッチして男の僕はお役御免となった。
とりあえず、お三方のそばでうんうんと適当に頷いたり、適当に相槌を打ったりして訳知り顔をしておけば、後から何かあってもアイツ全然手伝わなかったくせに〜とかなんとか言われなくて済むだろう。
戸塚くんもメイクをしていた三人に連れ戻されてしまった様だし、文実でもないし、部活動も無い今日はそろそろ帰る準備でも始めるか……。
スクールバッグに中身を詰めて、じじ……とファスナーを滑らせたとき、結衣さんに止められてしまった。
「あ、ミカっち、ちょっと待って!」
「はあ……何か僕にまだ用事でも?」
「いや、あのね、今日はもう下校時刻近いから無理なんだけど、明日のロングホームルームから放課後って空いてるかな?」
何故か言いづらそうにもごつきながらそう言う結衣さんに首を傾げつつ、けれど大した用事もないので引き受けるか。
「ええ、部活動も中止しているし他に予定はありませんよ。」
「良かった!じゃあ申し訳ないんだけど、明日川崎さんと衣装の生地を買い出しに行ってもらってもいい?
ほら、定期の貸し借りは禁止されてるし、あたしも姫菜もクラスを抜けるわけには行かないからさ……。」
ちょっと!?と後ろの方で沙希の声が聞こえた気がするが、かわいい女の子にお願い!なんて両手を合わせられれば、答えなければいけないのが男というもの。
「ああ……なるほど、それで。わかりました。」
二つ返事で返せば、信じられないと言いたげな表情の沙希が唸っている。
……僕、もしかして実は嫌われているのかな??
そう考えると、少し……本当にほんの少しだけ、針で刺したくらいの、ちくりとした痛みを感じた。
「なんでオッケーしたの……あんた、他になんか約束とかあるんじゃないの?」
「いえ、特に大丈夫だよ。それに僕もクラスの一員だし……沙希こそ、塾とか大丈夫なのかい?」
「そりゃ、作る本人が行かないんじゃ意味ないでしょ。
……学校からはちょっと離れてるけど、しっかりした手芸用品店に行きたい。」
「それもそうだね。それなら明日、校門で待ち合わせしよう」
「……わかった。」
小さく頷いてくれたのを確認してからスクールバッグを背負い直す。
そうと決まれば準備のために早速帰らねば。
なんだろう、ちょっとワクワクする。謎に気合を入れて、僕は帰路に着いた。