気弱だった僕と、まっすぐな彼女の青春ラブコメはまちがっている。   作:レオン・アーノルド・スチュアート

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血が騒いだり、距離が縮まりそうで、離れたり。

 

「お疲れ様です」

休み時間。自販機前で偶然にも文化祭実行委員の八幡くんを見かけた僕は挨拶をした。彼はちらとこちらを見て、おう、と一言だけ返してくれる。

相変わらずだねぇ、この男は。いつもこうだ。

「実行委員会の様子はどうです?」

僕は自販機のコーラのボタンを押しながら訊いた。ガタン、と音を立てて取り出し口に落ちてきた缶を取り出す。

八幡くんは苦い顔をする。

「正直、あんまり進んでないな。……お前、クラスの方はいいのか? 確かそっちは忙しいんだろ」

「あー、うん。でも、クラスの方はまだ余裕があるんですよ」

マックスコーヒーを片手に、八幡くんはふぅんと相槌を打つ。僕はプルタブを開けると、ぐいっと一息に半分まで飲み干す。しゅわっと炭酸が弾けて喉を刺激する。

「まあ、実行委員会が進んでないのは何となく想像ついてましたけどね。相模さん、こっちにばっか顔出してくるし。一応あの人委員長でしょ?」

「そうなんだよなぁ……」

心底嫌そうにため息をつく八幡くん。彼も大変らしい。まあ、実行委員としての仕事もしつつ、クラスの準備も進めないといけないんだから当たり前か。

「でも、どうしてあんな人が委員長に選ばれたんでしょうね? 不思議ですよ」

「俺に聞くなよ。あいつが勝手に立候補しただけだし」

「えぇー? そんな事言って、本当は八幡くんが推薦したんじゃないんですかぁ〜?」

「してねえって」

むっすりとする八幡くんに、冗談だって、と笑いかける。

「八幡!ミカ!」

可愛らしい声がすると、戸塚くんが駆け寄ってきた。

「やあやあ、戸塚くんも休憩ですか?」

「そうだよ。二人共何してたの?」

「別に、大した事は話してないぞ」

「まあ、愚痴と世間話ですよ」

「そんなところだ」

「へえ〜」

僕らの話を聞いて、納得したように微笑みを浮かべる戸塚くん。なんだかいつにも増してニコニコしているような……。

「どうかしたか? やけに機嫌が良いみたいだが」

「え? ううん、なんでもないよ!」

「?」

 

「むぅ!八幡よ!こんな所で何をしているのだ!」

そこに突然割り込んできた声に、僕らは驚いて振り返った。

そこには、ふんすと胸を張るロングコートを着たメガネの巨漢男。

「何だよ、材木座か。驚かせんなよ」

「ぬう……我は別に驚かせようと思って話しかけたわけではないぞ。ただ八幡の姿が見えたのでな」

そう言うと、材木座くんは僕を一睨みしてから八幡くんの隣に立った。

 

 

毎回思うけど、この人は色んな意味で何なんだろう?

「それで、三人は何をしていたのだ?」

「文化祭の話だ。ちょっとうちのクラスで問題が発生してるんだよ」

「ほう、そうであったか。…………ん?」

何かに気付いたのか、材木座くんは八幡くんの手にあるマックスコーヒーを見て首を傾げた。

「ところで八幡よ、先ほどから貴様は何を飲んでいるのだ? 見たところ、それはマックスコーヒーであろう? 何故わざわざそれを飲もうとしている? その甘さが癖になるのか? だとしたら、もはや中毒ではないか!」

「うるさい黙れ。これは甘いんじゃなくて旨いって言うんだよ」

「うまい……だと!? 馬鹿を言うでない! その味覚はどうかしているのではないか?」

やばい、なんだこれ……。会話が全然噛み合ってない。っていうかそもそも、僕まだこの人とちゃんと話したこと無いんだけど。

 

 

「あの、戸塚くん?彼らは一体何の話をしてるのかな?なんでいきなり罵倒し合い始めたの?」

「いや…僕もちょっとよくわからないかな……」

「ふっ、八幡よ。どうやら我が力が必要なようだな。今こそ我の魔剣グラムの力を見せる時が来たようだ!」

「おい、余計なことするんじゃねえよ。あとお前は早く自分のクラス戻れ。邪魔だ」

「何と!貴様は我を邪魔者扱いするか! この薄情者が!」

「いやお前が俺を薄情とか言える立場じゃねえだろ……」

 

何だろう。聞いてられない。ここは僕が。

 

「それって、美味いの?僕はコーヒー苦くて苦手だからさ、ちょっと興味あるんだよね」

「ふふ……良いだろう。ならば教えてしんぜよう」

そう言うと、彼はおもむろに缶を僕に差し出した。

「飲むが良い。そして、これが真なるコーヒーというものなのだ」

 

 

 

……えっと、つまり飲めってことか?

「い、いただきます」

恐る恐る受け取る。見た目より重い。というか、なんか生暖かいような気がするのは気のせいだろうか。……まあいい。とりあえず一口。

「どうだ?」

飲んだ瞬間、顔をしかめた。

「苦っ!こんなの無理ですよ!ていうかまずい!!」

「なんとぉー!!?」

「おい、あんまり騒ぐなよ。周りの迷惑だろ」

八幡くんが注意するけど、材木座くんは気にせず叫ぶ。

「八幡はどう思う!このコーヒーの素晴らしさを理解できない奴がいるとは!」

「まあ、マッ缶で苦いとか言ってるなら、コーヒーはまだまだ早いかもな」

「そうなのか……?我にはよくわからん」

 

二人とも一体何の話をしているんだろう?

「でも、本当に不味いですよ。こんなの好き好んで飲んでるなんて信じられないです」

「あー、うん。でも俺は好きだぞ? むしろお前がおかしいんじゃないのか?」

「はあ!? そんな訳ありませんよ! こんなの絶対間違ってます!」

「いや、普通はそうだろ」

そう言いながら八幡くんは苦笑する。何笑ってんの、こいつ。僕は真剣なのに。

「まあ、僕は永遠にコカ・コーラですけどね。アメリカ人のソウルドリンクだし。あれに勝るものは無いと思いますよ。異論は認めません」

「アメリカ人って、お前フィンランド人だろ……」

「細かいことはいいんですよ。とにかく、マックスコーヒーは却下で」

「ぬぅ……」

材木座くんは不満げに僕を見る。何で君が悔しそうな顔してんの?

 

 

 

 

「むっ!貴様!その画像は!」

ふと、材木座くんは僕のスマホの画像に目を止めていた。そこにはクルマの画像がある。

「それは、R32 GT-Rではないか!」

「…ほほう、中々詳しいですね。えーと……あなたは誰?」

「今更!?我の名前は材木座義輝である! 覚えておくがいい!」

「ああ、はい。それで、どうしてそんなに詳しいんですか?」

僕が聞くと、材木座くんはメガネをくいっと持ち上げた。

「我もクルマは好きなのだ。特にスポーツカーはな」

「へぇ〜、そうだったんだ。意外だなぁ〜」

「むっ、貴様、我のことを馬鹿にしているな? だが許そう。何故なら我は寛大だからな」

そう言って材木座くんはふんぞり返る。なんかムカつくなぁ。

「君はR32派ですか?それともR33派?」

「スカイラインはどれも好きだが、無論、R32だ。しかし貴様、なかなか見る目があるではないか。その通り、いつかの我が愛車はこのR32だ」

ふっ、と得意げに笑う。うわ、なんかイラっときたんだけど。まあ気持ちは分かる。

「いいですよね、R32。GT-Rもいいけど、僕はGTSも好きです」

「おおっ、わかるか同志よ!流石は我の見込んだ男だ」

「はいはい、ありがとうございます」

「なんだその態度は!もっと我を敬わんかい!」

「やはりこの時期の日産は素晴らしいですよね。901運動ってやつですよ。あの頃の日本車って本当に凄かったですからねぇ」

「貴様、目の付け所が違うな!そうだ、90年代こそ至高の時代なのだ!」

「その通りです。電気自動車なんてあんなものはゴミですよ。ガソリンの内燃機関が一番です」

「分かっておるではないか!ミカよ、貴様の好きなクルマはなんだ?」

「ボクサーエンジン車ですかね」

「ほほう!インプレッサか!レガシィか!」

 

やばいなぁ、クルマ談義がこんなに楽しいなんて。前の学校ではこんな話しなかったもんなあ。

「おい、そろそろいいか?もう時間だぞ」

ふと、横を見ると、八幡くんは呆れたようにため息を吐いていた。

「お前ら、俺の存在忘れてただろ」

「いや、そんなことないですよ」

「ふふふ、久々に血が騒いだぞ。ではまた会おう。諸君よ!さらば!」

そう言うと、材木座くんは去っていった。嵐のような人だったなあ……。

「まさか、お前と材木座が意気投合するとは思わなかったぜ」

「僕だって予想外ですよ……」

「まさか二人共クルマ好きだとは思わなかったよ」

八幡くん、戸塚くんと話しながら教室に戻る。

「でもさ、やっぱりクルマは男のロマンだと思うんだよね」

「おおっ、戸塚くんもそう思うでしょう?」

「いや、俺は別に……そこまで好きじゃないけどな」

八幡くんの呟きは無視して、僕らは雑談を続けた。

なんだか僕も、久しぶりに血が騒いできている気がする。

 

 

 

 

「……で、これ何?」

「見れば分かるだろ?ドゥカティのバイクだよ。」

 

校門前にバイクで乗り付けてきた僕を見て、沙希は呆れたように溜息を吐いた。

ちなみに、僕の乗るバイクはドゥカティのモンスターという大型二輪である。

もちろん普通二輪免許は持っているし、日本の普通免許は無いが、国際免許証はちゃんとあるので、ご安心を。

「そうじゃなくて、なんでバイクなわけ?」

「これならサイドバックに物を詰め込めるし、高速移動が可能だからね。ホントはクルマが良かったんだけど、僕、日本の普通自動車免許は無いから……。」

「こっちはバイク無いんだけど?」

「なら後ろに乗っていけば良いんじゃないかな。はいヘルメット」

「は、はあ!?何言ってんの!?」

 

 開口一番にヘルメットを抱えた不機嫌マックスなサキのポニーテールが揺れる。

おかしい。今まで関わった女の子たちは、誘ってもいないのに僕のバイクに乗りたがっていたのだが……

 ふと見ると、校門周りには人が集まり始めていた。まあ無理もない。

こんな目立つ場所に停めておいて、騒がない方がどうかしている。

 けれど本気で嫌がっているわけではないようで、モジモジとヘルメットを被る。これはどちらかというと照れが強いのだろうか。

初心だなぁ…と内心ほくそ笑んで手を差し伸べる。

 

「沙希、とりあえずここじゃ迷惑になるから早く行こう。」

「ちょっ……」

「ほら、後ろに乗ってよ」

渋々といった様子だが、一応素直に後ろに跨ってくれたのでエンジンをかける。

 

車体にデカデカと「27」と描かれた真紅のドゥカティ。

とあるレースで勝利を収めた時の賞金で、自分へのご褒美に買ったものだ。

あの頃の僕は、レーサーなら誰もが憧れる真紅の跳ね馬か、あるいは同じ名前を持つ祖国の英雄のように銀の矢に跨って、世界の頂点へ……

そんなことを考えていたものだ。今となっては、その夢ももう叶わないけれど。

「落とされないように、しっかり僕の身体に捕まっていてね。」

 

「っ…………わ、わかった。」

 

 硬い声と共におずおずと回された腕も、エンジンを吹かせばぎゅっと力が篭もる。クラッチを繋いでアクセルを開けると、ゆっくりと加速して、すぐにスピードに乗った。

 

****

 

「服飾や手芸用品っていうのかい?そういうもののお店は初めて来たよ。」

「ふーん。」

「たくさん並んでいるものなんだね。

僕には正直大した差がわからないんだけど……これを使い分けるなんて凄いなぁ。」

「色や柄だけじゃなくて、素材が違うからね。

同じような見た目でも、素材が違えば仕上がりも着心地も、製法だって変わってくるんだよ。」

「へぇ……興味深いですねぇ」

 

 素早く店員に指示を出して布地を切ってもらう様子を眺めつつ、素直に感嘆の声を上げる。

確かにハンドメイドが得意な女の子たちはいるけども、作ってる様子やこういったお店まで見たことはなかった。僕が見る機会があるのなんて、せいぜい服屋さんくらいだったし……。

確か、前の学校で付き合いのあった、タレ目で濃紺のハーフアップのあの子はレザークラフトが得意だったかな?

と、そうこう考えてるうちにあっという間に資材調達が終わったようだ。

 

「お待たせ」

「おや、もういいのかい?もう少し見て回りたかったんだけど……沙希さえ良ければだけどね。」

「いや、あんまり時間かけるわけにもいかないでしょ。まあ、イメージは固まってるし、それに合うものが揃っていてくれたから。」

「なるほど、それで。女の子のショッピングなんてのは、長丁場が相場だと思っていたけど。」

「女の子の……って、あんた男でしょ。」

「ああ……ほら、フィンランドにいた頃は良く荷物持ちを買って出ていたんでね。つい癖で言っちゃうんだよね」

「ふぅん?」

少し疑わしそうな視線を受けつつも、沙希はそのまま会計に向かっていった。

 

[newpage]

 

 

受け取った荷物をサイドバックに詰め込んで手を差し伸べる。

帰りはすんなりと受け入れてくれたので、ヘルメットを着けて走り出す。

予定より早く終わったところだし……さて。

「沙希、少し寄り道していいかな?」

「寄り道?どこ行くの?」

「ちょっとツーリングじゃないけどね、海沿いを走りたいなと思って。」

「え……あ、うん。いいよ?」

「ありがとう。」

まだ日が高いし、夕暮れまでには戻れるだろう。

海岸線沿いの道路に出て、そのままスロットルを開く。

車通りは少ないが、それでも時折通る車に気をつけて走る。

後ろに沙希を乗せてるので、無理な運転は出来ないが、この風を切る高揚感は風を切るこの感覚はどうにもたまらない。女の子と相対する時と違った、邪の無い高揚感がある。そして後ろに沙希を乗せている今は、風を切るこの感覚はどうにもたまらない。女の子と相対する時と違った、邪の無い高揚感がある。そして後ろにサキを乗せている今は、計り知れない程の感情を抱いてしまっていた。

 

思わず上がりそうになるスピードを抑えて走らせれば、ちょうど良い具合に日も落ちてくる頃合いだった。

 後ろに捕まるサキに、見てご覧、と声をかけようとした時、背中にこてりと小さな重みを感じた。

 

「あたしさ……やっぱり、運転してるあんたが一番楽しそうだと思っちゃったよ。」

 

小さく呟かれた声は、はためく風の中でもはっきりと聞き取れた。

運転中に後ろを向くわけにもいかず、僕の背中に頭を預けるサキの表情は全くわからなかったけれど……如何答えればよいのか迷って、結局聞こえないふりをしてしまおうか。

「聴こえてんでしょ。返事くらいしたらどーなの」

「はは、ごめんね。」

「…………バカ。でもいいよ。顔見られんの恥ずいし」

「…………なんて言えばいいか、わからなくてね。」

「…………ううん、そうだね。そっちのほうがよっぽどあんたらしいよ。……ありがとう、とか言っておけば?」

「……ありがとう。」

「はは、なにそれ。」

「……君が言った癖に……。」

 

[newpage]

 

 

赤信号でゆっくり止まる。

小さく笑ったその後は、お互い無言になってしまったけれど。

なんだか久しぶりに会ったあの日のファミリーレストランよりも、醜態を晒してしまった留美とのダブルデートの日よりも、顔の見えない今この瞬間の方が近づいているような気さえしていた僕は、やっぱり少し浮かれてしまっていた。

 

各所で休憩も取らずに乗り回してしまった。

自宅まで送ると申し出たけれど、大志に勘繰られるからと断られてしまった為、最寄り駅までに留めておく。

部活動や帰宅途中のサラリーマンなど、ぼちぼち人が増えてくる頃合いだろう。

早めにつけたようでよかった。

 

「その……ありがとね、ここまで。」

「いえ、僕の方こそありがとう。久しぶりに楽しかったよ。」

 

 これは偽らざる本心だったので、なんだか少し名残惜しい。

サキも微かに微笑んでから、口を開いた。

 

「あー……なに、その……こんど……さ…。」

「うん?」

 

 聞き取りにくいな、と近付いた瞬間。けれど後ろから声をかけられた。

 

「あれ、ミカくん?」

 

 ハッとしてすぐに離れてから、声の方を見やる。

 

濃紺のハーフアップに、大きなタレ目。

数刻前に思い出しかけた彼女……確か名前は……

「こんなところでどうしたの?ミカくん?」

そう、サツキさん。

沙希とはまた違ったタイプの、どこか庇護欲を誘う、それでいて強かな雰囲気を持った子だったはずだ。

 

[newpage]

 

 

「……呼ばれてるけど。知り合い?」

「ああ、前の学校のね。」

「前の学校……。」

ひらひらと手を振りながらこちらに近づいてくる彼女は制服姿だ。

彼女の所属する被覆部は、こんな時間まで活動していなかったはずだが…

 

沙希の顔が少し険しくなる。僕としては、できたらもう少し後にしてもらいたい。今、非常に良い所だったから。それに沙希は多分知らないはずだ。僕のこんな姿は。

 

「どうも、お久しぶりです……サツキさん。」

「やっぱりミカくんだぁ!奇遇だねぇ〜。新しい学校ってここなの?」

「えぇ、まあ。」

「へぇ、どうせ私のことは忘れてるんだとおもったけど。覚えててくれたんだね!」

「……はは、仲良くしていただいた女性の名前を忘れるわけがありませんよ」

 

見ると、沙希の眉間にはシワが寄っている。まずいなぁ、と内心冷や汗をかく。下手したら、人生で最も気まずいかもしれない。

 

訝しげな沙希の様子に気づいたのか、サツキさんはペコリと頭を下げる。沙希は少し強面だが、それに臆する様子もない。

「こんにちは。もしかして貴女、ミカくんの新しい恋人さん?ひょっとしてお邪魔だったかな?」

「……別に邪魔じゃない。家で大志たちが待ってるから、もう帰るね。じゃあ」

「ま、待って、沙希。これは違うんだよ……!」

「何が違うの。」

彼女はヘルメットを僕に押し付ける。慌てて呼び止めるが、沙希の表情は硬いままだ。

「……少しは信じたあたしがバカだった」

どうやら彼女は何かを察したらしい。早足に人混みの中に紛れていった沙希を追いかけようとして、今更自分はバイクに跨っていることを知った。随分慌てていたようだ。

 

「なんか……ごめんね。私余計なこと言っちゃったかも……」

「いえ、気にしないでください。」

サツキさんの申し訳なさそうな顔が、妙に心に刺さる。仕方ない。ここで悪いのは、全部僕なのだから。

 

「あの子……もしかして、まだ、なの?」

それが何を指しているかは、言わなくともわかる。

「……まだですけど、それが何か?」

「ふぅん……。ごめんね、ちょっと意外すぎて信じられなかったの。ミカくん、あんな片っ端から女の子に手出してたのに。」

「誤解を招く言い方ですね……。」

「だって本当のことでしょ?」

「否定はできないので何も言い返せないんですけどね。」

苦笑いで返すと、サツキさんはくすりと笑う。それ自体に悪意は感じない。

ただ単純に、思ったことを口にしただけなのだろう。

全くもってに彼女の言うとおりだ。

 

日本の高校に来て、自分は人並み、いやそれ以上に女の子にモテることに気がついた。

なぜなら日本人は白人の美男美女、特にフィンランド等の北欧人にはめっぽう弱いことがわかったからだ。

小学校では沙希一筋、中学校ではレース漬けでそんな事に気づかなかったが、それが分かってしまうと次第に歯止めが効かなくなっていった。

 

それに、レースをやめてすっかり腐りきり、日常が本当につまらなくなっていたあの頃の生活では、女の子たちと遊んだり落とす事は僕にとって丁度いいスリルと快楽になり、それが愉しみになってしまったからだ。

 

 

勿論最初はバレないようにしていた。それこそ曜日ごとに、下手すりゃ時間ごとに違子と会いに行ったりもした。

けれどいつしかとっかえひっかえも誤魔化しが効かなくなって、そのうち彼女たち自身が結びついて知り合いになっていた。毎日のように彼女たちのためにあれこれ考える生活に疲れ切っていた愚かな僕は、それを申し訳なく思うどころか「面倒な事を考えなくて済む」と大喜びしてしまったものだ。でも結果はご覧の通り。やはり人間、特に女性の嫉妬はレースでのアクシデントよりも恐ろしい物だ。

 

だから、サツキさんが、僕が沙希を新しい取り巻きにしようとしていると勘違いしたのは、至極当然の事だったのだ。

 

「本当にごめんね。邪魔しようとしたわけじゃないんだ……。」

「いえそんな、謝らないでください。サツキさんのせいではありませんから。」

「でも……あの子、ミカくんの本命さんでしょう?」

「へっ…!?」

思わず変な声が出る。

「やっぱり!そうだと思ったんだぁ!ミカくん、誰もバイクに乗せてくれなかったでしょ?……やっと一人に絞る気にしたんだ?」

「違いますよ。沙希とはそういうのではありません。そもそも今日はデートではなく、文化祭の買い出しでここに来てるだけです。」

「あぁ、なるほどね。文化祭かぁ。じゃあ、私達も行ってもいい?明里ちゃんとか、百合華ちゃんとか、桃子ちゃんとかも誘って」

明里はショートカットでちょこまかした小動物系女子。

百合華はロングヘアで背の高い美人系女子。

桃子はセミショートでボーイッシュな元気っ子女子。

もれなく僕の嘗ての彼女たちである。とんでもない事態になるのは目に見えている。

「…………」

「ほぅら、やなんでしょ」

 

くすくすと楽しそうに笑う彼女。どうにも調子が狂うな……。別に本命以外はバイクに乗せないなんて、ルールを作った覚えはないのだが。

「ミカくんも、可愛いとこあるんだね。…………ちゃんと謝ってね。その沙希ちゃんに。本当に彼女が本命なら、もう二度とこんな馬鹿な真似はしないはずだもん。」

「……そういうことにしておきますよ」

「素直じゃないねえ、君も。それじゃあ、またね」

「……はい、またいつかお会い致しましょう」

軽く会釈すると、彼女はにっこりと微笑んで手を振りながら去って行った。……なんだか、どっと疲れた気がする。

結局、沙希を見失ってしまったため、そのまま一人で帰ることとなった。

背中がやけに冷えた感じがして、気持ち悪い。どこかぽっかりと大事なものが欠けた感じのまま、家のガレージにバイクを収める。

 

……全部自分が悪いんだ。

 

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