気弱だった僕と、まっすぐな彼女の青春ラブコメはまちがっている。 作:レオン・アーノルド・スチュアート
「で?お前はなんでここにいるんだよ。川崎と衣装担当じゃなかったのか?」
文化祭実行委員の集まりに、何故かふらっとやってきた僕を見て、八幡くんと葉山くんは驚いていた。
「はは。僕は別に、どこの担当にもなってないですよ。ふらふら助っ人みたいなことをしてるだけです」
そう言うと、二人は揃って呆れたような顔をした。
まあ実際、特にやる事がないのは事実だ。
「そうなのか?優美子たちが衣装担当って書いたよって言ってるの聞いたけど、俺の勘違いか。」
「…………なんと。書類上では認定されてしまっていたのですか。それは失礼しました」
慌てて置いてあった書類を確認すると、確かに衣装担当の欄には川崎沙希、港ミカと記入されている。三浦さんも変なところで気を回したのか。あの二人は基本的にはキャラ被りからかウマが合わないはずなのに。いや、もしかしたら意外と勘のいい海老名さんかも知れない。にしてもこの名前だけだと、女の子二人と思われるだろうなあ。『ミカ』と言う名前はフィンランドでは珍しくないが、日本人だとまず居ないし、しかも僕の場合は顔が中性的だ。勘違いされるのも無理はない。
「…んで、戻んなくていいのか?」
「ああ、それが…どうも向こうはご多忙のようで、『あとはこっちでやるから(来るな)』とのことらしく…」
「それって、嫌われたんじゃ…」
「そうかもしれませんね。まあ、本番までは時間がありますから、そこまでにはなんとかしますよ。衣装の方は仕上がってるようですし」
「そうみたいだな。俺の分は明日できるって聞いてるし」
「当日までに顔が合わないなんてことはないはずですから。あなた方に言われるまでもなく仲直りしますよ」
そう言って困ったふりをしてみる。実際問題、それほど問題視はしていなかった。まさか当日まで顔合わせなしなんてないだろう。早いところ誤解を解きたい気持ちはやまやまだが、少し直情気質な彼女のこと。時間の経過に従って落ち着いてくることもありうる。
なあに、当日までには時間がある。何にも問題はない。話せるチャンスが来たら平謝りして誤解を解いて、流れが良ければ、もしよかったら文化祭一緒に回りませんか?とでも聞けばいい。
とりあえずは実行委員のお手伝いでもして時間をつぶそう。
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文化祭当日。
結論から言おう。あり得た。
あり得てしまったのである。
恐れていた、最悪の事態が現実のものになってしまったのである。
「んで、結局川崎と仲直りできないから、こんなとこで油を売ってると色男さん」
「慰めはよしてください八幡くん。女性一人と仲直りできない男が、色男なわけないでしょう」
そう言いながらも僕は項垂れるしかない。昨日はずっと衣装を作っていたという川崎さんにやっと会えたかと思いきや彼女は辛らつな目で一瞥して、そのまま去って行ってしまう。
結局、話らしい話の無いまま、当日を迎えてしまったという訳だ。
「という訳で、今日の僕はクラスと文化祭をしっかり支える役割に徹すると決めたので。ええ、特に問題は無いでしょう?ええ、何にも問題なしですよ」
「ああそうかい……」
呆れたような目線の八幡君を横に、僕はふと考えこむ。
別に彼女に拘らなくても、誘いをかけてくれる女の子はごまんといた。しかしその誘いに乗ってしまったら最後、一生誤解を解くことはできない。だから丁重にお断りを入れたのだった。ここまできたら、完璧な文化祭にする必要が出てくる。
「まあ、そう意気込まなくても大丈夫だろ。
劇は海老名さんや三浦が仕切ってるし、全体の運営は雪ノ下さんも来てるみたいだし……。」
「ああ……勘のいいガキは嫌いよ?……って言っていたあの。雪ノ下さんのお姉さんなんですよね。」
「まあな。雪ノ下自体はまあ……あんな態度取ってるけどな。
雪ノ下も雪ノ下さんも、きっと……。」
「面白い人ですよね、あの人。」
「え……?そ……そうか?」
「ええ、実に妹さんとよく似ています。胸のサイズ以外は」そう言うと、八幡くんは苦虫を噛み潰したような顔をした。……冗談だよ。半分くらいは。
確か、雪ノ下陽乃とか言ったかな?
雪ノ下さんのお姉さんで、千葉大学に通う大学生。無関係者のくせに、有志とかOGと言うだけでマウントを取りたがり、呼んでもないのに文化祭の会議に首を突っ込み、散々に振り回す。ただでさえ進まないのに、相模さんの「実行委員も文化祭を楽しまなければ意味がない」からと、余計な一言を口走り、それにお姉さんが同調。おかげで相模さんを始めとした大半がサボってしまい、人出の関係で無関係の僕がヘルプで兼務する羽目に。はっきり言って迷惑でしかない。挙げ句にオーバーワークの雪ノ下さんが体調不良で倒れてしまう。
「だから最初から注意すればよかったんですよ」
雪ノ下さんの体調不良の一件もあって、こちらにしわ寄せが来ることに苛立ちを含んだ声で言うと、生徒会長の城廻さんは肩を落として黙りこくってしまった。まあ、彼女が悪いわけではない。悪いのは相模さんとお姉さんなのだが。
それからも、いつも通り八幡くんがひねくれたことばかり言って会議の雰囲気は悪くなるばかり。まあ八幡くんの態度がよろしくないのは問題だが、周囲が彼のことをコソコソと陰口を叩くのも気に入らないが。
ただ、共通の敵という団結力は恐ろしいもので、彼が嫌われ役を買って出てくれたおかげが、帰って作業効率が増したのは皮肉なものだが。
それにしても、たかが一介の大学生に過ぎないのに、何であんなに皆の評価が高いんだろう。「あの人が凄いって言ってるなら凄い」と実の姿を見もせずに鵜呑みにする日本人の悪い習性なのか。もしかしたらあの人は大学で誰にも相手にされなくて鬱憤ばらしに母校に来てるのだろうか。どちらにしても迷惑なだけなので来なくていいのだが。平塚先生も止めりゃあいいのに。
「俺はあの人より、お前のモノマネのほうが……。」
「おや、一体なんのことでしょうか?そんな出来事、僕は一切記憶にございませんね。」
「昔の汚職政治家かよ……。」
正直なところ忘れられるわけもない、あんなやたらと恥ずかしい思いは。実に馬鹿馬鹿しく、世にも下らないを会議しているときに八幡くんが言った『人〜よく見れば片方楽してる文化祭〜』を聞いた瞬間、テレビで見たキンパチ・サカモトとか言う長髪の熱血教師を思い出して、ウケ狙いと彼の思惑通りになるのが癪だと思いやったのだ。結果はお察しの通り、あんな場の空気が冷え切ったのはフィンランドの真冬時期以上かもしれない。僕のモノマネの完成度の低さもあったのだろうが、流石にあそこでは空気を読むべきだったろう。
いくら気を引く為とはいえ、もう二度と馬鹿なフリはしないぞと心に誓った。
まあ、そんな雪ノ下姉のことなど、今はどうだっていい。あの姉のせいで遅れに遅れた文化祭。まあ僕は直接文実とは無関係なのだが。
早速、実行委員長の彼女はマイクがハウリングをお越し、噛み噛みのガチガチでスピーチを終えた。当然だろう、何もしてないんだから。能力のない奴に重要な仕事を任せれば、こうなる。典型例だ。
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「そういやお前、あの人と知り合いなのか?さっきも名前出してたけど。」
僕の心を読んだかのようなタイミングで、彼はそんなことを言ってきた。
知り合い……ではあるか。パーティでちょこっとだけ話した程度だけど。
「ええ、まあ。父の代理で言ったパーティで偶然見かけましてね。少し話しした程度ですが」
「パーティって…お前の親父は何者なんだよ?」
そういえば、僕が父親について話す機会はあまりなかったっけ。あまり興味がないのかと思っていたが、一応聞いてはいたのか。
「特に何も。ごく普通の会社員ですよ。大手自動車メーカー重役であり、フィンランド有数の実業家でもあり、彼の一声がヨーロッパ経済に影響を及ぼすとか及ぼさないとか」
「ちっともごく普通じゃねえよ!すげーな……」
そう言って呆れ顔で驚く彼を見て、彼女の反応を思い返す。年下だと聞いて、驚いた反応を見せていた彼女。彼女には果たして僕がどう見えていたのか。
勘のいいガキは嫌いか。僕はあんたみたいな世間知らず、嫌いじゃないんだけどね。
けれどまあ、表に出て忙しくしている文化祭も楽しいが、こうして裏方として駄弁っている文化祭というのも悪くはない。
どうせ大した出し物なんかしてないだろうし、ここで受付の椅子にふんぞり返っていれば気を利かせた女の子たちが食事―焼きそばやパンケーキも良いが個人的にはシャカポテなるスパイス粉末をかけて振って食べるフライドポテトと串焼きが気に入った―を持ってきてくれる。
ちなみに八幡くんは結衣さんにハニトーを貰っていた(勿論僕は丁重におことわりした)
八幡くんがいない間は一人で番をしていればいいし気が楽だった。
文化祭は滞りなく進み、いよいよエンディングセレモニーという賑やかしが始まってかなり経っただろうか。
終わり間際くらい歩いてみて見るのも悪くはないか……とボチボチ歩く。
体育館から聞こえてくるバンドの演奏は、プロのような……とはお世辞にも言い難い。僕自身も女の子にモテるからと言う理由で一時期楽器をかじったことがあるから分かるが、女の子が好きなのは楽器から出る音ではなく、楽器を演奏している男の姿なのだ。それが良いか悪いかが問題ではなく、それが女の子にとってのステータスになるから問題なのだ。
けれどこういう日くらい浮かれたことをする人間がいても良いだろう……と外っ面の良い自分は口にする。
中身はともかく、外面の良さは取り柄だから。
なんて柄にも無く感傷的な文面を並べていれば、その体育館から飛び出してくる人影があった。
……いや、あれは見覚えがある。
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「港!!実行委員長しらねぇか!?」
「おや……行方不明者ですか?生憎見ていませんが、お手伝いしますよ。」
「助かる!お前は新館の辺りを……。」
「少々お待ちを、僕に任せてください。」
走りながら向かってくる八幡くんと並走して短く言葉を交わす。
探しているのは実行委員長……相模さんか。話を聞けば、優秀賞、地域賞などの集計結果は彼女しか知らない。つまり彼女が居なければ文化祭は終わらないのだ。
……ふむ。
八幡くんはケータイを取り出してどこかへ電話するつもりらしい。
なら、僕は僕にできる特技を使おうか。
「ちょっとそこの、ええと君は確か……。」
「はい?」
茶髪のセミロングヘアーの1年女子生徒だ。確かサッカー部のマネージャーで、名前は……
ちらりと一瞬気付かれない速度で目を下にやり、上履きを見て名前を確認する。こうした時にレーサー時代に鍛えた視力と反射神経が役に立つのだ。
「一色さん?ちょっと聞きたいんだけど実行委員長を見ませんでしたか?」
「み、ミカ先輩、私の名前知ってたんですか!?
ああ、えっと、実行委員長……知らないです、友達にも聞いてみますね。」
「ありがとう、一色さん!助かるよ、わかったら僕に連絡をくれますか?」
「は……は、はい!」
ぎゅっと手を握って笑顔を振りまく。顔を真っ赤にして立ち尽くす一色さんを残して立ち去った。
向こうでは材木座くんと電話が終わったらしい八幡くんが走っている。
どうやら手がかりを得たらしい。
「これでほぼ全ての女の子たちに連絡が行くと思います。
見つけたら電話するように頼んであります!」
「お前すげぇなやっぱ……!新館のあたりは材木座が探してくれてるみたいだから俺達はこっちを。」
「了解です。が……これは、我がクラスの方向では。」
「それを目指してる!」
そこまで聞けば何か彼なりの策が有るのだろう。
階段を駆け上がれば、教室の前でパイプ椅子に座り込むサキが居る。
なんてタイミングなんだ……!
「川崎……!」
「なにあんたたちはぁはぁ言っちゃってんの……?」
「ちょっと事情がありまして……。それより。」
「お前、前屋上にいたことあったろ。」
「そんなことあったんですか?
じゃない、文実のことで今急いでいるんです。」
「ならいいけど……あの、中央階段の入り口、鍵壊れてるんだよ。女子の間では割と有名。」
「わかった、俺はそっちに向かうから港はこの辺を頼む!」
「了解です。」
矢継ぎ早に応対していく僕達を見て怪訝な顔をするサキが首を傾げる。
走り出す八幡くんの代わりに僕は一度立ち止まってこのフロアを見て回ろう。
「てか……それがなんなわけ?」
「実は……。」
「サンキュー!愛してるぜ川崎!!」
「は、はああああ!?」
固まったサキの代わりに僕が叫んでしまった。
けれど八幡くんは既に角を曲がってみえなくなっている。
「んな……な、何を言ってるんでしょうかね彼はいきなり。」
「……なんであんたがうろたえてんの。」
そう言って目を背けたサキの頬はたしかに赤くなっている。
それが面白くなくて、使命感なんて一瞬で吹き飛んだ。
「誰だってあんなことを聞けばこ、こうなるでしょう。」
「……ど、どうせあんたは言い慣れてんでしょ?」
「え!?まさか、そんなわけない!」
「じゃあ、この前のサツキとかいう女は何なのよ…」
「あれは……前の学校の特に仲が良かった子たちの事ですよ。別に付き合ってたとかじゃ……。」
「付き合わないで何人もと……その、そういうことしたんでしょ、どうせ。」
「はは、なにをいって……。」
「誤魔化さないでよッ!!」
「っ……ぁ……。」
泣いていた。
ボロボロと零れ落ちたりはしない。
けれど、たしかに目元で光る何かがあるのだ。
困った。女の子の泣きやませ方なんていくらでも学んでいたはずなのに……。
思わず言い淀んで、そして言葉が途切れた。
急がなくてはと思うけれど、どれだけ時間がたったのかすらわからない。
肩を震わせて俯いたサキが、それでも逃げ出さずに喋りだす。
「誤魔化さなくて、いい。
……したんでしょ、不特定多数の女の子に声かけて。
知ってるよ……この前知ったよ。この節操無し!変態!」
「へ……変態って、そこまで言うかい。」
「本当の事じゃん。いいよ別に、あんたの交友関係に口出すような立場じゃないから。遊び相手でも、ましてや……彼女でもあるまいし。」
その言葉に、何故かカチンときた。
いや、当然なのだけれど。言ってることは当たり前のことなのに。
だからどうしてかいらない事までいってしまう。
「へ、へえ。だから八幡くんのあの言葉にも驚かないって?自分たちは相思相愛だから?」
「はあ?なんでそうなんの、そうじゃないじゃん……!」
信じられないと言ったように声を荒げたサキの頬は、やっぱり赤い。
本当に面白くないな。
もういい、と逃げようとしたサキの肩をつかんだ。
「話は終わってない」
「あんたと話すことなんてない」
「誤解なんだよ」
「何が誤解なの」
「それは…」
彼女の瞳に気圧され、僕は何も言えなくなる。
「じゃあ、八幡くんとはどういう関係なの?」
「はあ?!それこそあんたに関係ないじゃん!」
「大有りなんですよ!ずーっと好きだったから」
「っ!………」
彼女の瞳から、ツーっと涙が一筋流れ出る。もはや堪えきれないのか。
「……じゃあ何であんた…あんな馬鹿なことしてんの?」
「……」
「そんなに人のこと踏みにじる最低なことしてんの……」
「……」
………だめだ。何も言い返せない。時が止まったように。いや、時が変わったように、最早取り返せないことをしていた。そう、彼女は全く変わっていなかった。変わったのは…
不意に、左頬に鋭い衝撃が走る。それが沙希の平手だと分かったのにしばらくかかった。空手経験者である彼女の平手打ちは、僕の白肌を赤くするだけでなく、心までもを完膚無きまで吹き飛ばし、思考が止まった。
そして顔を抑えた沙希が走り去っていくのを、僕は何も言えずに見送った。
……!そうだ!仕事だ!
痴話喧嘩を見ようとしている野次馬を押しのけ、慌てて屋上へ向かう。こういうとき、あっさり思考回路を切り替えられる僕は何なんだろう。
ガチャリと屋上を開けると、八幡くんと相模さんが居た。
「こんにちは、相模さん」
「……港くん」
「……お前、どこでサボってたんだよ」
「少し野暮用でね」
曖昧に笑う。ビンタされたことは触れないでおこう。
「どうにか戻ってくれませんか?全員が時間を稼いでくれています」
「ふうん…それって誰が?」
やはりこの人は、雪ノ下さんに劣等感を持っていた。自分がやらなくても、誰かがやればいいと思っている。しかし投票結果は彼女の手元にある。。戻るように説得しなければ。八幡くんもそれを指摘するが、「じゃあ投票結果だけ持っていけばいいでしょう!?」。
…面倒くさい。誰なんだ?こんな無責任なやつを委員長にしたのは。
いかんせん彼女が戻らなければ終われない。どうすればいいか。
すると、またもやガチャリと扉が開く。葉山くんと、相模さんの取巻きの二人だ。
「待っているから、一緒に帰ろう」
確かに、それなら平穏に、穏便に事は進む。散々引っ掻き回しておいて、それはないだろうと苛立つ気持ちもあるにはあるが。
すると、八幡くんは案の定。
「はあ〜あぁ、本当に最低だな。相模、お前は結局チヤホヤされたいだけなんだ。構って欲しくてそういうことやってんだろ。今だって、そんな事ないよって言って欲しいだけなんだろうが。そんなやつ、委員長として扱われなくて当たり前だ」
ああ、最高に卑屈で陰湿だ。八幡くんは人の痛いとこ
ろを突くのが本当に上手い。尊敬に値するほど。こうして団結させて、自分を犠牲にすることで解決に導く。確かに合理的ではある。しかし、果たしてそれが本当にいいのか。
僕はNOだ。
見かねた葉山くんが止めに入るのを制した。僕だってど代弁されたところで怒りが収まるわけではない。
僕も口を開く。
「準備期間から思ってましたけど相模さん」
「な、何よ…港くんまで」
「実行委員長になったから、とずいぶん好き勝手にやってくれていましたよね。進行状況の把握もできず、仕事を雪ノ下さんに押し付けて、委員長という肩書きをもらっておきながら遅刻常習犯……。そのせいで苦労した人がいるんですよ。雪ノ下さんは体調まで崩しましたし。何でもできてしまう雪ノ下さんに一方的に嫉妬するのは構いませんが、好き勝手に振る舞っておいて最後の役目すら果たそうとしないなんて、許されるとでも?」
畳み掛ける僕に、相模さんはぐっと口ごもる。しかし、本当の地獄はここからだ。
「誰でもいいんなら、集計結果ください」
「…へ?」
「集計結果だけあればいいんですよね?それを僕に渡してください」
何の感情も見せず要求する僕に、周囲の視線が集まる。そんなに僕って冷たい声でたっけ?
「渡してください、早く」
「で、でも…そうしたら」
「集計結果をここに置き、さっさと失せやがれ!!」
突如響いた僕の怒声。聞いたことがないようなその声に、八幡くんも葉山くんも、相模さんたちもビクッと震わせる。
「テメエみたいな馬鹿がどうなろうと知ったこっちゃ無いが、テメエがガキみたいな妄想をするから迷惑がかかるんだ!!自分の尻拭いも出来ないくせに、甘ったれたことしてんじゃねえ!!!」
顔面蒼白になった相模さんは足をガタガタを震えさせ、目からは涙がボロボロと零していた。震える手で地面に集計結果を置くと、脱兎の如く走り去っていった。それを見た相模さんの取り巻き二人は僕と目を合わそうともせず、逃げるように走り去る。
葉山くんも、呆然と僕を見やる。
「お前…なんでそんな」
そして踵を返すとあとを追いかけていった。
残されたのは、八幡くんと僕。それに地面に落ちている集計結果。
何も言わずに集計結果を確認する。
…OK。飛び入りの僕がやるのは問題が大有りだが……まあきちんと結果さえ出せば文句は言われまい。
「どうせ八幡くんのことだから、自分が犠牲になればいいと思ってたんでしょう?」
僕は元通りの笑顔で振り返る。あんぐりと口を開けた八幡くんが居た。
「愛してるなんて言うから、思い通りになるのが癪だったんですよ」
そう、失恋した僕のささやかな復讐なのだ。