気弱だった僕と、まっすぐな彼女の青春ラブコメはまちがっている。 作:レオン・アーノルド・スチュアート
僕が転校してきて早くも数ヶ月が経過した。
クラスでは割と打ち解けている様には思うものの、川崎さんとは何処かしら微妙な距離ができてしまっており、お互いに話すことも無い。
と言うことで……って訳ではないが、違う女の子に声をかけてみる。
「いやあ、しかし八幡くんにこんな素敵なガールフレンドがいたなんて思いませんでしたよ」
ガールフレンドと言うのは、八幡くんの隣りにいる可愛らしい子。名前は戸塚彩加。背が低く、睫毛が長くて、抜けるように白い肌。なんとも可憐な子だ。僕は人のガールフレンドを奪うような質ではないが、八幡くんのガールフレンドじゃなければ、遠慮なく僕が貰っていたことだろう。
「あ、あの……僕、男なんだけどな………」
えっ?男?この子が?
「う、嘘でしょう……何という事だ……」
こんな事があっていいのだろうか。こんな不条理があっていいのだろうか。
「………お前でもショックなんて受けるんだな」
「当たり前ですよ!こんな事があっていいのか……」
呆れるように僕を見つめる八幡くんと、困惑した表情の戸塚くんを尻目に、僕は現実の厳しさに直面していた。人生早々うまくは行かないが、かと言ってこんなことが許されていいはずがない。おお、神よ……貴方は実に罪深い………
僕の放課後はここの部室で過ごす事が定番となっていた。八幡くんも雪ノ下さんも由比ヶ浜さんも、面白い反応を返してくれる。
「あら、貴方が読書とは珍しい」
「ああ、これですか?」
案の定雪ノ下さんは、僕が読む本に口を挟んできた。これはちなみに、全編が英語で綴ってある本だ。無論雪ノ下さんをからかうために用意したものである。
「これ、僕が小さい頃から大好きな本でね、雪ノ下さんも読みますか?全編英語ですが」
「…………………………」
「ああ、すみません!英語が2位の雪ノ下さんには無理な相談でしたね!」
「あなたね………!」
こうして、特にこの人をからかうのが僕のマイブームである。明らかに雪ノ下さんは嫌悪感を示し、それに僕は大喜び。
八幡くんは呆れたように視線を向け、由比ヶ浜さんはどうしたものかとオロオロしている。
「ミ、ミカっち……あんまりゆきのんをからかわないほうがいいよ………」
「いやあ、非常に面白い反応をするもんですから。じゃあ由比ヶ浜さんが変わりにどうです?」
「えっ!?い、イヤだよ!!何いってんの!!」
「ハハハ、ほんのジョークですよ」
「おいおい港。ジョークもほどほどにしとけよ?」
「八幡くんだってジョークみたいなもんじゃないですか」
「俺がいつジョークなんだよ?」
「その存在がジョークなんですよ」
「はっ倒すぞお前」
こんなアホらしいやり取りを続けると、否が応でも時間がすぎる。めったに依頼はこないから、こうして時間をつぶすのが日課になっていった。
現在、ポジション2位。トップのクルマとの差が一秒を切ってきた。
『ミカ、クールを心がけろ。ラスト4ラップ、ノーポイントじゃあ地獄だぞ』
「言われなくても分かるよ」
インカムからの声が飛ぶ。かなりペースを上げないと、前のマシンからは離されていく。向こうのほうがエンジンパワーがある分、ストレートでは離されるが、僕のクルマはコーナーで踏ん張りの利くセットアップだ。その分ボトムを目一杯上げられる。
さあ、ここのサーキット名物のハイスピードコーナー。
ここをアクセル全開で抜けられるのは、僕とあの前方を走る男ただ2人。
マクシミリアン・"マッド・マックス"・バーンスタイン。
年齢は僕と同じのイギリス人。しかし僕とは違って、平凡な家庭に生まれ育ち、並々ならぬ努力の末にあの恐るべきスピードを身に付けた。
集中力が極限に達した時、あの男のまさしく狂ったようなスピードでコーナーに飛び込むドライビングを、人々は「マッド・マックス」と呼ぶ。
普段なら、あのスピードで追いつける者はいない。
しかし、今日の僕は違う。マシンのセットアップは仕上げた。僕のここ数戦の課題だった、高速コーナーへのアプローチも克服しつつある。
いよいよコーナーが来る。ほぼアクセルを踏みっぱなしで、サッとインコースにマシンを滑り込ませる。
決まった。これ以上ないコーナーラインへのアプローチ。シュミレーションした通り。あのマックスとほぼラインを変えないまま、コーナー出口を立ち上がる。
行ける。絶対に行ける。エンジンパワーは向こうが数段上たが、立ち上がりですうっとマックスのマシンのテールにノーズが張り付く。よし、ここのロングストレートで稼いで、次のコーナーでイン側だ。
その瞬間。
突如として、リアタイヤのグリップを失う。マシンのノーズがインに巻き込む。とっさにカウンターで制御を試みるが、高速コーナーで体制を乱してしまうと、ハコレースならまだしも、乱気流に弱いフォーミュラカーならひとたまりもない。
マシンは300キロの速度で何回転もスピンしながら、後ろ手にコンクリートウォールに衝突する。
これ以上ない凄まじい衝撃の後、僕の意識は暗転した。
「…………………!」
目を覚ますと、いつもの無駄に広い部屋ではない。
やけに香水の匂いがする。そうか、また女と寝てたのか。悪夢の衝撃に、昨日の出来事を忘れてしまっていた。
「ミカくん……どうしたの?うなされてたけど……」
女の子が酷く心配そうな目で見つめる。僕よりも年上の大学生だ。お姉さんらしく、優しく垂れた目をこちらに向けてくる。
「いいや……大したことではありません。ちょっと疲れてるんですね」
相変わらずの微笑みで、気丈に振る舞う。どうにか心を立て直そう。
いつもの、母性本能に甘えるような顔で女の子の肩に頭を乗せようとする。
「そろそろ起きなきゃ。もう8時だね」
すっと女の子は立ち上がり、僕は計らずも女の子がさっきまで使っていた布団に顔を埋めるようになってしまった。やれやれ、悪夢を見たせいか、まだ頭が半分ボケた感じがする。まだあの時のクラッシュの後遺症が、色濃く残ってるのか。にしても大学生は気楽だなぁ。
……………ん?8時?全員集合?(すっとぼけ)
「まっ、マズイ!!!」
いつもの僕は電車通学だが、今日は女の子の家から学校に向かう。我ながら自堕落極まりない日常だ。こんな調子じゃ、総武高校もクビになるかもしれない。
まあどうせ遅刻は確定的なんだ。変に焦らないようにしよう。
信号待ちの途中、適当にスマホをいじる。
何気なく見るニュースサイト。
『17歳マックス・バーンスタイン、いよいよF1へ!』
見た瞬間にブラウザを消し、音楽アプリを起動させ、イヤホンを耳に突っ込む。あまり日本の音楽は知らないので、適当に洋楽でも流そう。耳の中ではデヴィッド・ボウイの硬質な歌声が響き渡る。何となくリズムを刻みつつ、テクテクと道をゆく。
レースを辞めて、日本に来て、初めて自分は女の子に人並み以上にモテることに気がついた。どこでも、どんな場面でも、女の子たちは自分を見てキャーキャー言ってくる。日本人は白人、特にフィンランド等の北欧系の美男美女に滅法弱いのだ。
小さい頃はハーフ故の容姿、男なのに「ミカ」なんて女の子らしい名前、片言の日本語しか話せなかったことが原因でいじめられた。それがどうだろう。今では街行く女の子が皆揃って振り返る。
最初はぎこちなかったし、怖かった。でも慣れてしまうと怖い物。告白してくる女の子とは、余程のことが無い限り片っ端から付き合ったし、目を付けた女の子は必ずと言っていいほど手を出した。そのせいか、一時期XLコンドームの消費量が半端なかったが。
何より快感だったし、何より楽しかった。レースを辞めてすっかり腐り切り、毎日が退屈で退屈で仕方なかったから、ようやく訪れた刺激的な毎日に、僕は麻薬のようにのめり込んでいった。
ところがそんなフラフラと蓮っ葉のごとく彷徨う日々が長く続くはずもない。ある日、2番目に付き合っていた女の子に呼び出されると、そこには4番目に付き合っていた女の子と、9番目に付き合っていた女の子がいた。3人の険しい表情を見て、僕はすぐに察した。
そこからは雪崩のように進行する。
誰からともなく罵倒合戦になり、誰からともなく掴み合いの女子プロレスが始まった。僕はどうしていいか全く分からず、ひたすらレフェリーの如く立ち尽くすしかなかった。
やがて騒ぎを聞いた生徒の通報で3人が先生に連行され、僕も案の定事情を聞かれることに。そして事情聴取で僕の3股があっけなくバレ、さらに僕と関係を持ったと言い出し始める女子生徒が続々と現れた。
僕も正確な数は覚えていないが、明確に付き合っていたと言えるのは9人。関係を持ったのがそれを含めた16人。それに加えてふたりきりでデートなど、ある程度親密だったのがざっと25人ぐらい。その他、付き合うと言う定義は女の子によって様々だが、中には2、3回話しただけで付き合っていると思いこんでいるような者も居たし、会ったことすらないのに「ミカくんと結婚する夢を見た」等ととんでもないことを口走る者も居た。挙げ句には指一本触れてないのに想像妊娠した者までいる始末だ。それを含めるとエライ数になるので言わないが。
さて、僕に下された判決は「転校」だった。実際に転校を命じられた訳では無かったが、嘘も何個かはあったとは言え、大多数は本当のことだったし、流石にここまで騒動になるともう学校には居られなくなる。最低限避妊はしたし、子供が出来た、責任を取れ等と言った面倒な事態は避けられたのが不幸中の幸いだ。
そして僕は懲りもせずに女生徒の顔面偏差値でここの総武高校に転校し、それから川崎沙希と再会し、奉仕部に入り、今に至る。
学校前の道路を歩く。二日酔いでもないのに、頭がガンガンと来る痛みだ。悪夢の影響かな。フラフラと足元がおぼつかない調子で玄関前に到着すると、見慣れたポニーテールの少女と鉢合わせる。
「あっ……」
「………………」
相変わらず川崎沙希は、僕を見るときはいつもの無愛想な目とは、違った様子である。
「おはよう。川崎さんも遅刻?」
「………あんたよりはマシな理由だよ」
「へっ?」
思わず聞き返す。
「………あんた、いつも電車でしょ。そっちは駅とは反対だし」
いけない、幼なじみだと言うことをすっかり忘れていた。彼女は僕の無駄に大きな豪邸も知っているのだ。
「………………それから、何か女モノの変な匂いするよ?洗濯もしてないの?」
慌てて服の匂いを嗅ぐ。間違いなくあの子の香水の匂いだ。やはり焦るとろくなことがない。少なくとも女と夜を過ごしたことはバレてしまったようだ。
「な、何だよ……やましいことないって」
引きつった笑みで、そう返すのが精一杯だった。確かに一夜を過ごしたが、ただ添い寝しただけ。寝てるうちに夜這いでもされてない限り、そんな事はありえないし、そもそもあの子はそう言ったことに関してはウブな所がある。そこは胸を張ってホントと言える。
なのに。口から出るのは。
「川崎沙希、港ミカ。君たちも重役出勤かね?」
声の主は、平塚先生だった。振り向くと、平塚先生の傍らでは八幡くんがひっくり返っていた。大方、何か先生に失言でもしたのだろう。ご苦労なことだ。
「いやまあ……すみません……」
適当に言い訳を並べることに頭を回転させる僕とは対照的に、川崎さんは言い訳もせず堂々と歩いていく。
「同じ時間に来るなんて、君たちは夫婦なのか?」
ニタニタと笑いながら言った平塚先生のその言葉に、僕はドキリと跳ねてしまう。一方の川崎さんもピタリと足を止めた。
「……………今のコイツと?勘弁してよ……………」
今のコイツ。
『今の』コイツ。
「…………なあ、お前と川崎って」
「幼なじみですよ。ただのね」
八幡くんの言葉を遮るかのように言って、さっきとは裏腹のチャーミングな笑みを浮かべ、僕も教室への歩いて行った。