気弱だった僕と、まっすぐな彼女の青春ラブコメはまちがっている。 作:レオン・アーノルド・スチュアート
「ええっ?ミカ先輩、サイゼ知らないんですか?」
目の前の栗色の髪の少女は、呆れたようにパンケーキにハチミツとあんこを乗せたようなスイートボイスで口を尖らせる。
「いやあ、うまいイタリアンがあるって友人から聞きましてね……価格も安いし、まさかチェーン店だったとは……」
「ミカ先輩って、見た目以外はダメダメですよね……」
「ハッハッハ。よく言われるよ」
八幡くんからオススメのレストランを紹介され、目の前の1年生・一色いろはさんを誘ってやってきたは良いが、いろはさんの最初の一言は「ここ、サイゼリヤですよね?」だった。だってヘルシンキにはこんな店ないもん。
見た目以外はダメダメか。僕も飛んだ世間知らずだな。
「まあまあ、奢りだから。どんどん食べてください」
「じゃあ、遠慮なくいただきま~す」
そう言いながら、パフェを口に運び始める。やれやれ、都合の良さとあざとさに関しては僕並みかもしれないな、この娘は。
さてと。
僕の関心はいろはさんだけではない。コーラのぐらすを傾ける僕の視線の先、左の窓際に、雪ノ下さん、結衣さん、そして戸塚くんがいるからだ。
ああして見ると、3人の美少女が和気藹々と勉強会をしてるようにしか見えない。まあそのうち一人は男なのだが。
「風が吹けば」
「埼京線が止まる?」
ダイヤがとんでもないね。
大いに疑問なのが、この程度の学力の結衣さんが、何故か進学校の総武高校に入れたのか。甚だ疑問ではある。
そこへ、また見慣れた男が一人。アホ毛に猫背。八幡君だ。どうやら彼はお呼びでないらしい。
するとまた男女の二人組がやって来た。小柄でアホ毛の女の子の方は、八幡をお兄ちゃんと呼んでいる。妹さんか。男の方は………見覚えがある。確か川崎さんの弟の大志くんだ。何やら相談事らしい。
要約すると、大志くんの姉。つまり沙希のことだ。彼女の帰りが遅いらしい。何しろ朝の5時に帰ってくる。そりゃあ遅刻も多くはなるな。川崎家は共働きの上に、川崎さんと大志くんの他に小さい子供が二人もいて、川崎さんまでには目がいかないらしい。
「つまり、比企谷くんと同じクラスになってから変わったということね」
「ねぇ、なんで俺が原因であるかのような言い方してるの? 俺は病原菌なの?」
「そんなこと言ってないわ。被害妄想が過ぎるんじゃないの? 比企谷菌」
相変わらず雪ノ下さんのしょうもない毒舌を交えている。いちいち罵倒しないと話一つできないのか彼女は。
「ミカ先輩?」
おっと、彼女を忘れてた。
「ああ、何です?いろはさん」
「雪ノ下先輩ですよね?」
彼女はお見通しらしい。まあ学年主席の彼女を知らない者はいないだろう。
「綺麗な人ですよねー」
明らかに不機嫌な顔だ。こうなると面倒くさい。
「ホントそうですよね」
「そこは、君のほうが綺麗だと言うんじゃないんですか?」
彼女でも無いのに、そんな事は言わんよ。
「いろはさんも可愛いですよ」
「ふーん……」
しばしの沈黙。そして。
「帰ります。ごちそうさまでした」
「えっ?ちょっと」
すくっと立ち上がると、そのまま帰ってしまう。
「だって私の話は上の空なんですもん。ミカ先輩。しかも女の子ばかり見て」
「そんなことは」
「先輩って、ホントに女たらしですよね」
あんたに言われたくない。
「じゃあ、帰ります。それじゃまた」
プイッとそっぽを向くと、店を出て行ってしまった。やれやれ、最近は調子が狂う。この僕が振られるとはね。何故か総武高校に来てから、いつもの調子が出ない。いや、奉仕部、いや、川崎さんと再会してから。
にしても、恐らくあれは依頼だろう。しかも川崎さん関連か。だとすると。
皆がレストランを出たのを見計らって、僕はスマホの連絡先のページを開く。無数の女の子の名前の中に、『川崎沙希』『川崎大志』とある。その中から川崎大志を選択した。
「もしもし、大志くん」
『ミカさん!?』
電話をするのは久しぶりだ。大志くんは驚いたような声を上げた。
「いやあ、しばらくぶりだね。いつ以来かな?」
『お久しぶりです!どうしたんですか突然!?』
興奮しきってるのか、大志くんは声が大きい。耳が痛くなりそうだ。
「まあまあ、落ち着いてよ。今日本に居るんだ」
『ええ!?マジですか!?日本のどこ!?』
「結構近くなんだよ」
少なくとも、さっきまでのサイゼリヤには居たかな。
「今から会えないかな?」
こうして呼び出した喫茶店。扉を開くと、大志くんが待っていた。
「ミカさん!お久しぶりです!」
「大志くん。元気そうで良かったよ」
僕の顔を見るなり、大志くんは満面の笑みになった。よほど嬉しいのか。
「あれ?それって総武高校の制服ですよね?」
「ああ、沙希とはクラスも一緒なんだよ」
「マジっすか!?姉ちゃん何も言わないんだよなぁ…………ミカさんとまた会えたなら、飛び上がって喜んだのに」
「おいおい、それは言いすぎだろう」
「本当ですよ!ミカさんの記事とか、載ってる雑誌とか、スクラップにしてるぐらいですよ!」
「………………そうか」
「ところで、レースの調子ってどうなんですか?」
「あぁ…………今はちょっとね。そんな事より、お姉さんは元気かい?」
「あぁ…………まあ」
やはり、姉の話題では元気が無くなる。
「何か、あったのかい。何でも話してくれないか」
「ミカさん、実は………」
「なるほど………………」
「それで、姉ちゃんは何も言わないんです………」
川崎家の台所事情は知らないが、子供を四人も抱えて、しかも両親が共働き。これから色々金がかかる。
恐らくアルバイトだろう。それも、結構危ない橋を渡る系統だ。
そういった仕事は給料がいい。考えたくもないが、所謂水系、若しくは………そんな事はしないとは思うが。
「分かった。僕も力になるよ」
「ありがとうございます!正直ミカさんが一番信用できるんです……!」
「おいおい、買い被るなよ」
「いえ、本当です!一応何人かに相談したんですけど、やっぱりミカさんが一番姉ちゃんのこと知ってるし………何よりミカさんなら、姉ちゃんを説得できると思うし」
「…………まあ、期待しないでくれ」
彼は僕を心から信じているのだろう。正直、こんな目には弱い。取り敢えず、できる限りのことをしよう。
後日、奉仕部では川崎さんを更生させようと、雪ノ下さんが中心になって話し合いが進められていた。
まずは雪ノ下さん。
どうやらアニマルセラピーで心を癒やさせるそうだ。そこで比企谷家の飼い猫の、カマクラが連れてこられた。やけに自信満々だが、実に的外れでかえって苦笑いしてしまうが、かと言ってどうやって彼女に融資を持ちかけるか、見当が付かない。雪ノ下さんに至っては、自分がカマクラに夢中になってしまい、アニマルセラピーの真っ最中だ。貴女こそ心を癒やすべきでは?
あ、そういや、川崎さんは猫アレルギーだった。はいこれは失敗。
今度は戸塚くんの案。
平塚先生に説教してもらうが、
「てゆうか先生だって親の気持ちになったことないでしょ。独身だし」
の一言に、あっさり「ぐはぁ!」と撃沈。何か知れば知るほど駄目化が進んできてる気がする、あの人。
「先生もあたしの将来より自分の将来を心配したほうがいいよ。結婚とか」
すっかり心を折られorzの平塚先生に、彼女はトドメの一言を刺して去っていった。
最初の自信満々な態度とは裏腹に、グスングスンと泣きじゃくりながら去っていく背中は、もはやぐずる幼稚園児にしか見えない。
………仮にも教師がたかが一生徒の言葉に折られるなよ…………
「じゃあ、次はあたしの案だね!」
結衣さんの案とは珍しい。
「変わって悪くなるなら、もう一回変えちゃったら、今度は良くなるはずじゃん!」
うーむ、そんなにうまくいくかなぁ。
「で、どうしたら変えられるのかしら」
「恋、とか」
「恋ってなぁ………誰にそんなことやらせんだよ」
「うーん……隼人くんとか」
「僕にまかせてください!」
結衣さんの発言を遮って、バシッと名乗りを上げる。
「ミ、ミカっちが?」
「はい!僕なら大丈夫です!」
困惑そうに見る八幡くん、雪ノ下さん、結衣さん、戸塚くん。そりゃあそうだろう。
「なんでそんなに自信満々なのかしら?」
「なんでって、そりゃあ……」
「僕と彼女は幼なじみだからですよ」
駐輪場で、大あくびをする川崎さん。やはり睡眠時間もろくに取れてないのだろう。
なんで僕がやるなんて宣言したんだろう。柄にもなく血圧が上がるのを感じる。万が一葉山くんに持ってかれるのが嫌だったからだろうか、身体がとっさに反応したのだ。
「お疲れ様です。川崎さん」
極めて明るく、優しく、紳士的に、魅力的に振る舞うのは僕の真骨頂。ついでに得意技のスマイルを付ける。
川崎さんはちらりと、眠たげな顔を向ける。
「大志くんから聞きましたよ。帰りが遅いそうですね」
それを聞いた瞬間、川崎さんは険しい表情をする。
「大志の奴、余計な事を……………」
「ご家族が心配してますよ。何か悩んでるんなら、遠慮なく」
「あんたは自分の心配をしたら?」
自分の心配………
だめだ、いつもの笑顔が引きつる。これでは最初の僕じゃないか。
「それは……どう言う」
「言葉通りだよ。それじゃ」
「待ってください。話はまだ」
「あんたに話すことなんてない」
「皆心配なんですよ。僕だって」
「……………」
沈黙が流れる。こういう時どうするかは熟知してるはずなのに、出て来ない。
「………………ホント気持ち悪いよ。今のあんた」
吐き捨てるように言うと、川崎さんは自転車を押して去っていった。
「川崎さん」
「無理はしないで」
その言葉に川崎さんは一瞬だけ立ち止まったが、再び歩き出す。
やはり、どこかで置いていかれるように。
「すみませんね、結局ダメでした」
ヘラヘラと笑いつつ、金色の髪の毛を掻く。
4人は驚いたと同時に、なにか神妙そうな顔をしていた。恐らく、どうしたらいいのか分からないのだろう。まあ無理もない。突然こんな昼ドラチックなものを見せられては、誰だろうとこんなリアクションなのは仕方ない。
「あの……何か」
「幼なじみだって言ってたわね?どう言う関係かしら」
「幼なじみって言ったって、小学校が同じなだけですよ。別に大したことは」
「にしては随分と意味ありげな関係じゃない?」
「あたしも気になる!何かミカっち変だったし!」
「へ、変ですか?」
「何かキョドってたし、笑顔もぎこちないし!」
雪ノ下さんと結衣さんからの質問攻めに遭ってしまった。まずいなあ、どうも調子が狂う。
「お前ら、今はそんな事どうだっていいんじゃねーか?」
全く持って八幡くんの言う通りである。今はそんなことしてる暇はない。
やがて、八幡くんの携帯に連絡が入った。どうやら妹の小町さんかららしい。
同時期に、僕の携帯にも連絡が入る。どうやら割れたようだ。
『エンジェルラダー 天使の膝端』
ここか。金を使って調べたかいがあったな。
「すみません、ちょっと急用です」
「あ、ちょ!ミカっち!」
そう言って、僕は足早に校門を出た。
「川崎さん、ちょっといいかな?」
次の日の放課後、早速川崎さんを呼び出す。
「またあんたか……何?」
「その……ちょっとここだけの話があるんだ。時間あるかな?」
僕の真剣な表情を感じ取ってくれたのか、一瞬だけ彼女の雰囲気が和らいだ。
「ちょっとならいいけど」
「助かるよ。ありがとう
ここは大志くんと話した喫茶店。そういや、席も同じだった。
「取り敢えず、今すぐならキャッシュで50万程カンパできるかな」
「えっ……………?」
突然金の話をされて困惑する川崎さん。無理もない。あまりにも唐突で突拍子もない発言に、頭がついてこないのだろう。
「足りない分なら、その都度言ってくれればいいから」
「ち、ちょ、ちょっと待ってよ。いきなり50万って、何の話?あたし何にも知らないんだけど」
「家、苦しいんだろう」
その言葉に川崎さんは黙り込んでしまう。
「帰りが遅いのは、多分夜通し働いてるんだね?未成年は労働基準法の問題もある。いくら何でも危険すぎるよ。このままでは本末転倒だよ?すべてを失うかもしれないんだ」
ほぼ当たってたのか、川崎さんは俯いてしまった。大丈夫だ、問題なくいける。
「でも……あんたは」
「僕の事は何にも心配しないで。実はね、僕の父の会社が、優秀な学生に奨学金を出してるんだけど………」
これは嘘である。確かに僕の資金源は両親からだが、言ったことは友人が金に困ってるから助けてやりたい、だけ。本当の事を言えば、両親は「そんな事をやればサキちゃんが傷付く」と言って、いい顔をしないと思ったからだ。沙希のことは両親も理解している。でも、何よりも金を引き出さなければ意味がない。何とか嘘を突き通して承諾を得たのだ。
「どうかな?これなら返済期限も利息も無いし、かなりいい話だと思うけど」
「…………………」
彼女は腕組みをし、深く考え込む仕草。かなりグラついてるのだろう。これで大丈夫だ。そう思った矢先。
「ゴメン、せっかくだけど断る」
「えっ?………………」
バッサリと切り捨てられた。
断る?どうして?これほどまでにいい話は他にないと思うが?
「な、何で?こんな危険な事までして、金を稼ごうなんて」
「そんな事で大金を借りるなんて、あたしにはできない」
「僕の心配はしなくて大丈夫だよ!ああもしかして、大志くんたちの分の心配かな?それも大丈夫。父に言えば何とかなるよ!」
その言葉の瞬間、遂に彼女の堪忍袋の緒が切れる。
「そういう問題じゃない!!!!」
バァン!!とテーブルを思いっ切り叩く。僕はビクッと身体を震わせる。周りのお客からの視線も集まる。
「そんなお金なんか、あたしはいらない……!あんたからそんなお金なんて、貰いたくない………!」
「サ………落ち着いてよ。現実的な問題を考えなよ。今の状況を考えると、」
「あたしが言いたいのはそんな事じゃない……!あんたは金持ちだけど、分かったふりをして、本当は何も分かってない……!あたしには、あたしの考えがある。少なくとも、あんたの金なんて受け取りたくない……!あんたと金のやり取りなんて、あたしはしたくない…………!」
そう言って、足早に彼女は喫茶店を出て行ってしまった。心無しか、彼女の瞳はどこか潤んでいたようにも見えた。
何かまずい事でも言って怒らせたのだろうか?
そもそも、断ると言う選択肢自体頭に無かった。何故そこまで自分で働くことに拘るのだろうか?
精神的にダメージを受けた僕は、お代を置くと帰路へと消えた。