気弱だった僕と、まっすぐな彼女の青春ラブコメはまちがっている。 作:レオン・アーノルド・スチュアート
翌日。
部屋割りは僕、八幡くん、戸塚くんの3人だったのだが。
寝息を立てる戸塚くん…………………………………………………………
天使すぎないか?
翌朝起きたら女の子が横で寝てる、なんて光景は日常茶飯事的だが、今までのどの子よりも素晴らしい。
これは、いいのかな?
いや!駄目だ駄目だ!これじゃあ海老名さんが鼻血を出して悶る展開じゃないか!
キスでもしたい衝動を必死に堪え、気を紛らすために早朝の散歩でもすることにした。
[newpage]
この日の予定は、肝試しにキャンプファイヤー。
小学生組は昼間自由時間なので、僕らが準備をすることとなる。
準備が終わり、皆が川で遊ぶ中、水着のない僕と八幡くんは木陰で休んでいた。
「………いいですねえ」
「………そうだな」
水着姿ではしゃぐ少女たち。いつ見ても素晴らしい。芸術性高し。
「寝起きの戸塚くんも素晴らしいですが、これも同じくらいですね………」
「それは分かる」
…………………分かっちゃうんだ。すごい勢いだったぞ今。
いやまあ僕も人のことは言えないが。
なんて馬鹿なやり取りをしていると、意外な来訪者がやって来た。
「………」
「おう」
「おや、留美さん。こんにちは」
留美さんはペコリとこちらに会釈した。やはりどこか元気がない。
留美さんは僕達二人の間にちょこんと座った。
「二人は川で遊ばないの?」
「俺は水着持ってきてない」
「僕もちょっとね。ここで眺めるのが好きなんです」
「………お前はどうしたんだ?」
八幡くんの質問に、留美さんはまた俯いてしまう。
「朝ごはんが終わって、部屋に戻ったら誰もいなかった………」
また彼女は悲しげな表情である。
「こりゃまたえげつないですね……」
やはり、何とかしてやりたい。この子はどこか違う所がある。僕は基本的に子供嫌いだが、何となくこの子は特別感があるような気がする。
「留美ちゃーん!」
すると、雪ノ下さんと結衣さんがやって来た。
「留美ちゃんも川で一緒に遊ばない?」
留美さんは首を横に振る。
「ねえ八幡、ミカ」
「いきなり呼び捨てかよ」
「なんです、留美さん」
「小学校の友達っている?」
「……いない。多分大体そうだから放っといていいぞ。あいつら卒業したら一回も会わないし」
「そ、それはヒッキーだけでしょ!」
「あら、私もいないわ」
「留美ちゃん、この人たちが特殊なだけだからね」
取りなすように結衣さんが宥める。
「特殊で何が悪い。英語で言えばスペシャルだ。何か優れてるっぽいだろ」
「言葉の妙ね…………」
日本語って不思議だよね。僕も日本語はよくわからないから、触れないでおこう。
「そう言えば、ミカっちは?」
「僕ですか………そうですね………」
どうする?どう言えばいいかな?
「居ませんね。今の所」
「あれ?でも川崎さんって幼馴染じゃなかったっけ?」
結衣さん、よく覚えてたな。そんなこと。
「幼馴染と言っても………再会したの転校してきてからですよ。それまでは連絡もしてなかったし」
「へー……。意外だなぁ。ミカっちとか友達多そうなのに」
「ハハハ、僕はこう見えても小さい頃は、人見知りな上に、日本語が満足に話せなくてね。友達は少なかったんですよ」
「お前みたいな奴が人見知りだったのか」
「意外ね。猿のごとく声をかけまくってると思ったのだけれど」
「生物は進化するんですよ。人間だって猿から進化した生き物ですからね」
「そういう結衣さんはどうなんです?」
「え?えーと……1人か2人かなぁ……?」
「じゃあお前の学年は何人いた?」
今度は八幡くんが質問する。
「30人3クラスだよ」
「つまり卒業から5年後も友達やってる確率は3%から6%くらい。由比ヶ浜みたいにかなりコミュ力が高い奴でこの確率だから、常人はもっと低いだろうな。……まぁ1%ってとこか」
全く持って夢のない話だが、現実はそんなもんである。
「でも1%でいいって考えると少しは気が楽かもね。みんなと仲良くってやっぱりしんどい時あるし」
「まあ、そんなのができれば戦争はないですからね」
結衣さんでも分かるくらい、『みんなと仲良く』は難しいのだ。確かに理想的ではあるが、極めて確率は低い。そんなことできれば、留美さんはあんな目に合わずに済むし。
「……それだとお母さんが納得しない。いつも友達と仲良くしてるかって聞かれるし、林間学校もたくさん写真撮って来なさいってデジカメ渡されたし……」
……恐らく、留美さんのお母さんは、何となくだが分かっているのかもしれない。彼女自身が言い出すのを待っているのだろう。親が出しゃばれば彼女に余計な火の粉が降りかかる可能性も排除できない。
「それに、シカトされるってちょっと嫌だな、惨めっぽいし…………でも……もうどうしようもない」
「何故ですか?」
「私も……ハブられてる子見捨てちゃったから、もう仲良くできない……なら、このままでもいいかなって……」
留美さんも彼女なりに、責任を感じているのだろう。確かに留美さんも罪がないわけではない。ただ、小学生が背負うにはあまりに重すぎる。
「留美さん」
ここは一つ、身の上話でもするか。
「僕は小さい頃フィンランドから来てね。みんなとは違うこんなルックスだから、よくからかわれたものですよ」
「変な髪型だの、変な顔だの、変な名前だの、変な喋り方だのってね。『ミカ』って名前はフィンランドでは男性につける名前なんですが、日本では女性につける名前ですから。皆からオカマ野郎呼ばわりされたこともありましたよ。それに僕はその時、日本語は満足に話せなかったからね」
留美さんは黙って話を聞くようになった。気づけば他の3人も真剣な表情になっている。
「そんな時に、一人の女の子が僕を庇ってくれたんです」
「その子は僕にとっての救いの神だったんですね。」
僕は留美さんの頭に手を置く。
「留美さん。僕は神様にはなれない、だけど味方にはなれます。頼ってください。もしも裏切ったら、死ぬまで軽蔑してください」
そうして、僕は頭を撫でてやった。
「うん……ありがとう……」
ふと3人に目をやると、困惑したような表情である。
「すみませんね。湿っぽい話ばかりで」
何とか誤魔化そうと、極めて明るく振る舞う。
「えっ!?、いや、そんなのはいいんだけど……」
なぜだか結衣さんは慌て始めた。
「なあ、お前さ」
「なんです、八幡くん」
「その女の子って今どうしてるんだ?」
八幡くんは察しが付いてるのかどうなのか。同じクラスなのは、言わないでおこう。関係性は昔と比べてそんなに良くはない。
「さあ、どうですかね。まあ、んなことどーでもいいんです」
ポンッと留美さんの肩に手を置く。
「惨めなのは嫌ですか?」
「………うん」
「………楽しいといいですね。肝試し」
「…………………そうだな、楽しいといいな」
「ヒッキー?どうしたのヒッキー?」
八幡くんは留美さんを救う方法が見つかったらしい。
僕はどうするか?
僕はサキに救われた。でも留美さんに『サキ』はいない。
ならば誰かが『サキ』になるしかない。それは両方の立場を経験した、僕にしかできないことだ。
[newpage]
夜になり、肝試しの時間になった。僕達の役割は小学生たちを脅かす役割なのだが………
「安っぽいコスプレだし……」
「宇宙人とかあるべ」
衣装を見る限り、これでは肝試しというよりハロウィンのコスプレに近いような気がする。海老名さんとか巫女だし。
にしても、雪ノ下さんは雪女か…………本当に凍らされそう。
他の人たちは戸塚くんが魔法使い、小町さんが化け猫、結衣さんはなにか鏡の前でポーズを取り、悪魔など様々な衣装を試している。僕は何を着ようか。
「それで、例の件はどうするの?」
雪女(雪ノ下さん)の言う「問題」が何を差すのかは言うまでもない。
「やはり、留美ちゃんが皆と話すしか無いのかな。そういう場を設けてさ」
葉山くんはやはり、和を重んじるか。まあ誰でもそう考えるか。
「でもそれだと留美ちゃんがみんなに責められちゃうよ」
結衣さんの言うとおり、確かにそれでは後々トラブルに巻き込まれかねない。
「じゃあ1人ずつ話し合えば」
「同じだよ。その場ではいい顔しても、裏でまた始まる。女の子って隼人君が思ってるよりずっと怖いんだよ」
確かに海老名さんの言うとおりだ。女子の怒りほど恐ろしいものはない。妊娠したなんて、とんでもない嘘までつく女までいるからな。
「?どうしたの、港くん?」
「ああ、何でもありませんよ」
震えるのを戸塚くんに見られたらしい。何とか大丈夫だと言う。
「なあ、俺に提案があるんだが」
「却下」
「決断早すぎだろ……」
まあ、大抵はロクでもないので、雪ノ下さんの言い分も分からないではない。
「で、提案とはなんですか?」
「折角の肝試しだ。これを利用するに限る」
「なるほど。しかしどうするんですか?」
「……人間関係に悩みを抱えているならそれ自体を壊してしまえば悩みはなくなる。みんながぼっちになれば争いも揉め事も起きない」
確かにそうだが………人間は極限状態になると、本性が出る。その時他人のために動けるかといえば、そうではない。
それなら、もう仲良くはできないはずだ。
しかし。
「しかしそれでは、留美さんは孤立したままでしょう?」
「ミカの言う通りだ。問題の解決にはならない。」
「だが、解消はできる」
決していい案とは言えないが………バレればこちら側もタダでは済まない。正直、全員ドン引き状態だ。
しかし、これを超える案を思いつきそうもない。ならば。
「そうですね。いい案だと思います」
全員の目がこちらを向く。
「どんなときも、信頼できる仲間は必要です。言い換えれば、信頼出来ない者は切り捨てるべきだ」
冷えた雰囲気が更に冷える。僕の口からそういった言葉が出たことに、驚く面子もいるだろう。
「港……お前」
「…………OK。それでいこう」
静まり返った雰囲気の中、葉山くんも賛同する。
葉山くん、随分あっさりと了承したな。
「ただ、俺はみんなが一致団結して対処する可能性にかけてだ」
まあ、これはこれで仕方ない。葉山くんの考えは正しいからだ。人の善性は誰もが信じたくなる。
「あの子たちも、根はいい子たちだと思うんだ」
「……そうですね」
ていうか、そうじゃなきゃこちらの立場が悪化するだけなのだから、そうなってもらいたい。僕たちだって、バラバラにするのは気が引ける。
[newpage]
「さぁ、そして最後に出るのはこの班だ!」
「皆さん、頑張ってくださいね!」
進行役の僕と小町さんが場を盛り上げる中、最後は留美さんのグループになった。あいも変わらず留美さんは集団に入れず、一人になっている。
「留美さん」
僕は留美さんに、パチンとウインクをかました。
留美さんは何のことか分からなさそうだったが、少し表情が緩んだのを感じた。
やがてグループが出発していく。
「……とりあえずお兄ちゃんたちには連絡入れました」
「そうですか……上手く行きますかね?」
「うーん………」
小町さんは考え込む。妹の小町さんですら、成功のビジョンを描けないのだろう
「先回りしてちょっと様子を見てきます。後を頼みますね」
「えっ!?ちょ、ちょっと!?」
−−−−−−−−−−−−−−−
「どうも」
「あれ?どうしたんだお前」
「ちょっと気になりましてね。様子を見に来ました」
怪訝そうにこちらを見る八幡くんと雪ノ下さんを横目に、物陰から様子を探る。
あの小学生グループと、戸部くんに三浦さんだろうか?
小学生グループの様子がおかしい。かなり震えてるのが分かる。あの二人が脅しをかけた感じか。
すると、葉山くんがやって来た。ペコペコと誤り倒す小学生たちにこう言った。
「こうしよう、半分は見逃してやる。後の半分はここに残れ。誰が残るか自分たちで決めていいぞ」
「……すいませんでした」
「謝ってほしいんじゃない。半分残れって言ったんだ。選べよ」
「鶴見、あんた残りなさいよ」
「そ、そうだよ」
ああ、これはひどい。しかしこの問題は、彼女たちが自ら解決するしかないのだ。
「ここからが貴方の狙いなのね」
「あぁ。鶴見留美を取り巻く人間関係をぶっ壊す」
「ホントに大丈夫ですかね……」
案の定、責任のなすりつけ合いに。ここまでは予想通りの展開である。
後は『ドッキリ大成功!』と言いながら笑顔で出る算段だった。
「そろそろだな」
「よし、それでは……」
「待って!」
僕達が出ようとすると、結衣さんが制止した。
「どうしたんですか?」
「あれ見て!あれ!」
結衣さんが指差す方に、留美さんがいた。何かをしようとしているのか?
すると、カメラのフラッシュが焚かれる。
「こっち!」
葉山くんたちがフラッシュで目が眩んだスキに、留美さんがみんなを率いて脱出したようだ。
良かった。なんとか助かったよ。あの子は自分から歩み寄れたんだ。
「………あの子がみんなを助けたってことかしら」
「本当は仲良かった……のかな」
雪ノ下さんと結衣さんがそう言いながら出てきた。
「誰かを貶めないと仲良くしてられないようなのが、本物なわけねえだろ」
「そうですね。それだと上辺だけですからね」
「けど、偽物だって分かってて、それでも手を差し伸べたいって思ったならそいつは本物なんだろう、きっと」
本物の関係か。
元々仲が良かったのかどうかは分からないが、何とか上手く行ってよかった。
しかし正直、今回は上手く行くとはとても思えなかった。結果的に違ったとはいえ、内心で彼の能力を侮っていたのは否めない。もう少し彼への評価を高めるべきだろう。
[newpage]
やがて、キャンブファイヤーが始まった。
すると、また留美さんが話しかけてきた。
「ミカ」
「やあ、留美さん」
留美さんはモジモジと、落ち着かない様子である。
「留美さん、よく頑張りましたね」
そう言って、頭を撫でてやる。
「子供扱いしないで……」
拗ねたように口を尖らせる留美さん。
「ハハハ、すみません。では……」
今度は頭に手を置いたまま、片膝を付きながら。
「これでどうでしょうか?」
「………」
どうも満足してない様子である。顔を赤くしている。
「その……お礼がしたくて」
「お礼は八幡くんにおねがいします。僕は何もしてませんから」
「ううん、八幡もそうだけどミカのおかげでもあるから。感謝してる」
「そうですか……」
僕はメモ書きを留美さんに手渡した。
「これは………」
「僕の携帯の番号です。いつでもかけてくださいね」
留美さんは黙ったままだ
「私がかけても迷惑じゃない……?」
「大歓迎ですよ。僕は留美さんの味方ですから」
力強い笑顔で肯定する。
「そっか………わかった。本当にありがとう!」
留美さんが笑った。こんな笑顔は初めて見た気がする。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
林間学校が終わり、一週間ほど経過したある日。部屋で寝ていた僕に意外な電話があった。
「もしもし?」
『もしもし、ミカ?』
「この声は、留美さん?」
『うん』
「どうしたんです?」
留美さんは一呼吸置いて、こう答えた。
『デート、したい』
「え?」