気弱だった僕と、まっすぐな彼女の青春ラブコメはまちがっている。 作:レオン・アーノルド・スチュアート
「ミカ……本当に大丈夫なの?」
右隣を歩く留美が心配そうな顔で僕の顔を覗き込む。
左隣を歩く沙希も同じ顔だ。
期せずして両手に花の体勢だが、今の僕には正直な話煩わしい。
無論有り難いし、こんな情けない姿を見せてしまって、申し訳ない気持ちでいっぱいである。
「大丈夫ですよ……すみません」
「……また敬語になってる」
「ああ……ごめん」
心配そうな顔の中に不満げな沙希の顔を、今は見ることができない。
デート中に、こんなフラッシュバックが起きるなんて。僕としたことが大失態である。
何故こんなことになったの?と二人は聞いてこない。恐らく、聞くと僕を余計に傷つけると思っているのだろう。鋭い上に優しい二人が、今は有り難い。それだけに、僕みたいなどうしようもない男のことは放っておいて欲しいとも思う。
「今日は…………本当ゴメン」
「私も、今日はごめんね」
「おいおい。君たちが謝らないでくれ」
何故彼女たちが謝るのか。謝るべきは他でもないこの僕だ。
「悪いのはデートを台無しにしたこの僕だ。僕の方こそ、本当にごめんなさい」
すっと頭を下げる僕。その僕の頭に、ぽんぽんと手が置かれる。
留美の小さい手だった。少し背伸びしてるのがなんともいじらしい。
「いいよ……大丈夫」
「……子供扱いは止めてくれるかな?」
「そんなんじゃないもん」
冗談めかした笑顔だったが、今度は留美が頬を膨らませる。
「じゃあ僕はこれで。沙希、学校でね!留美、またいつでも誘ってね!」
本当はこのルートだと大回りになってしまうのだが、何とかこの二人から逃れたかった。この二人にだけは心配をかけさせたくなかったのだ。
引き留めようとする沙希と留美を振り切るように、僕は踵を返して歩き出した。
家の近くまで歩いたところで、ポケットのスマホに着信が入る。ディスプレイに表示された名前を見て、僕は少し目を丸くした。
『もしもし?ミカくん?』
「かおりさん。どうも、お久しぶりです」
「本当に来てくれるとは思わなかったよ」
「僕も、まさかかおりさんから連絡があるなんて思いませんでしたよ」
「正直、あたしのことなんて忘れてたでしょ?どうせあたしなんて、側室くらいにしか思ってなかったくせに」
「まさか。親しくして頂いた女性を忘れるなんて」
僕は女性を覚えるのには絶対の自信がある。それだけに、少し彼女は変わったような気がする。
久しぶりに会う折本かおりは、どこか嘗ての元気が失われているようにも感じる。
それにしても今更。なぜ僕に連絡を。それも部屋に来いだなんて。まあ来てしまう僕も相当おかしいが。
「昔の男なんて部屋に上げて、何するつもりです?」
「ちょっと聞きたいことがあってね」
「聞きたいこと?」
「さっき、そこの通りを歩いてたでしょ。女二人連れで。背の高いポニーテールの娘と、小さい黒髪ロングの」
見られていたか。
「……それが何か?」
「随分仲が良さそうだったよね〜。懲りてないの?」
「……そういう関係ではありません」
「敬語も使ってなかったよ?遂に本命?」
「……ただの幼馴染みです」
「……ほほぅ。どっちが?」
「背の高いポニーテールです」
「ふーん。ああ言うのが好みなんだ」
かおりさんの思惑は分からない。単純に昔の男とデートしていた女が気になるのか。それとも僕にささやかな仕返しでもしようとしてるのか。
「一体どういうつもりなんです?僕に仕返しでもするつもりですか?」
「ううん、そんなんじゃない。あれはあたしも悪かったし」
意外な発言である。この人は底抜けに明るいが、少し思考が足りないというか、デリカシーがないところがあり、正直な話タイプではない。
ただ、「ルックスが並以上ならOK」「来る者拒まず去る者は追わず」を持論としていた性的欲求丸出しのハイパーウルトラスーパーデラックス馬鹿な当時の僕に、他校の女友達から紹介されたのがかおりさんであった。
そういやこの子は海浜総合高校だった。つくづく海浜総合高校は選ばなくてよかったと思う。
「……友達から言われたんだ。『アイツは有名な女たらしだから止めといたほうがいい』って」
「……」
「知ってて信じてた、あたしも悪いし」
「………迷惑かけて、すみません」
「別に……もういいよ。それは」
バレて大騒動になって以来、彼女とは会ってなかったが、正直なところここまで変わるとは思っても見なかった。
「あたしさ。中学の時告白されたんだ」
「でも、断ったんだ。好きでもなんでも無かったし」
「それで、それを軽い気持ちで友達に喋ったら次の日にはクラス中に広まっててさ」
「その男子、みんなからバカにされてたんだ。『キモい』とか『ナルシスト』とか」
「正直……あたしは全く何とも思ってなかった」
急に遠い目になり、昔の話をしだしたかおりさん。バレて大騒動になって以来、会うことは無かったが、ここまで変わっているとは思わなかった。
「今のあたしは……それと同じかもしれない。もちろん心配はされたよ。だけど、変な噂も流れたし。『折本は港のお下がり』とか。」
「………」
「もしもあの娘がミカくんの本命だったら……もうあんなバカなことしないようにね」
「………そういうことにしておきますよ」
沙希の何がわかる、と言いかけて止めておいた。ここで何かを言うのは筋違いだ。彼女は決して悪くない。すべて僕の責任なのだから。
翌日。結局朝帰り(もう時刻は一時を過ぎているが)をしてしまった僕は、眠たい目をこすりながら道を歩く。
朝帰りと言っても、憂さ晴らしに友人たちと夜通し遊んでいただけだ。性的なことは何もなしで。
にしても随分眠い。帰ったら二人にお詫びの連絡でも入れて、少し寝るか。
と、思っていた時、またあの娘と再会する。
「ミカ…」
「…沙希」
沙希は買い物帰りだろうか。両手に大きなビニール袋を掲げている。
「買い物帰りかな?手伝うよ」
「…うん」
袋を片方持ち、彼女の家まで行く。
「……ミカ、あのさ」
沙希が聞きたいことはわかる。昨日のあれだろう。
「すみません。あの件はできたらもう」
それを遮る。正直な話、あまりこの件は触れられたくなかったからだ。
「あ……ごめん!少し言い方が悪かったね…」
「いや……大丈夫」
彼女はホントに僕を心配してるのだろう。それだけに冷たい態度を取ってしまった。
僕はなんてダメなやつなんだろうか。また雰囲気がギクシャクと拗れてしまう。
ーーーーー
「ただいま」
「おかえり、姉ちゃん」
「お久しぶりです、大志くん」
沙希の家に行くと、沙希の弟の大志くんが出てきた。
「ミカさん!こんなとこでどうしたんですか?」
「さっきそこでお姉さんに会ってね。荷物持ちを買って出たんですよ」
「おかえりー!」
「ただいま、けーちゃん」
妹の京華さんまでやって来た。沙希は家族の前だと、優しい顔を見せる。
京華さんは僕の姿を見ると、不思議そうな目をする。まあ、それはそうか。
「お久しぶりです、京華さん。と言っても、覚えてないでしょうが」
最後に会ったのは、まだ赤ん坊の頃。首も据わっていなかった。
「ミーちゃん!」
えっ!?
「ミ、ミーちゃんって、僕のこと?」
「そうっすよ!いつも俺が教えてましたから!ねーけーちゃん?」
「うん!ミーちゃんは、さーちゃんのだんなさまでしょ?」
「!?」
「バ、バカっ!何を!」
顔を真っ赤にする沙希はたしかに可愛いが、今の状況では楽しめない。
「も、もう帰るよ。それじゃあ、またね3人とも
!」
「ちょ、ミカさん!上がってっても」
「悪いけど、これから用事なんだ!それじゃあ沙希、学校でね!」
ポカーンと首を傾げる京華さんに、顔を真っ赤にして立ち尽くす沙希に、引き留めようとする大志くんを振り切って、川崎家を出た。
この僕が沙希の旦那様?おいおいまてよ。
本当は気の小さいスケコマシであることを必死に隠して、ハンサムで魅力的な好青年を演じてるだけの男だぞ?
子供の言うことだぞ?心に捉えても。
とは言え。
とりあえず今は家に帰ろう。
ーーーーーー
ふぅ。とりあえず家には帰れた。
さっきの沙希以上に顔が真っ赤になってた気がする。
ひとまずコーラをガブ飲みすると、留美の番号を呼び出す。
「もしもし?」
『ミカ?』
「昨日はホントにごめん」
『別に……私は大丈夫』
留美の声はあの時とこれと言って変わらない。
『それより……ミカは大丈夫?』
「ああ、僕はもう大丈夫」
『……そう』
その声色は、やはり心配げであることが隠せていない。僕が無理をしているのが分かるのだろう。
「また誘ってね!それじゃあ!」
『……うん、またね』
何とか通話を打ち切る。乱暴で、少し心残りはあったが、ひとまず目標は達せた。
チェアーに揺られつつ、ふと林間学校を思い出した。
あの時の、八幡くんの取った行動である。
『誰かを貶めないと仲良くしてられないようなのが、本物なわけねえだろ』
『けど、偽物だって分かってて、それでも手を差し伸べたいって思ったならそいつは本物なんだろう、きっと』
対して、僕の言い分はこうだ。
『どんなときも、信頼できる仲間は必要です。言い換えれば、信頼出来ない者は切り捨てるべきだ』
……それを判断した僕は、『仕事は信頼できる仲間』だったのだろうか。僕がそれを判断することは、間違いだったのかもしれない。
留美のほうが、余程『大人』の対応だと思える。
部屋に飾られる、トロフィーに写真立て。
写真立てには、仲間たちに肩車されて満面の笑みを浮かべる、金髪の男。
この肩車されるミカ・トイヴォネンが『切り捨てた』者たちである。
『信頼できない仲間は切り捨てていい』。そう考えて、僕は八幡くんの意見に賛同した。
それに対して、留美の反応はどうだったか。少しわだかまりはありつつ、少なくとも僕よりは『大人』の対応だったと言える。
なら僕はどうだろうか。この仲間たちは、僕にとって『信頼できない仲間』だったのか?
いや違う。僕がクラッシュした後も彼らは僕を責め立てただろうか?
否、そんな記憶はない。そりゃあ心内はどうだかわからないが、病院の見舞いにはほぼ毎日来てくれたし、真剣に復帰へ向けて応援してくれてた。
だが僕は、怖くなった。そして日本へ逃げ帰ってしまったのだ。彼らは今の僕をどう思うのだろうか。
もう一枚写真がある。ポディウムにて、僕が真ん中でトロフィーを受け取り、二番目の男はそれを拍手しつつも悔しそうに見ている。
『絶対にお前に負けない』
その相手を失った彼は今、絶好調のシーズンを送る。僕が消えた今、何を思うか。
彼らにとっての『信頼できない仲間』は、他ならぬ僕自身なのではないだろうか。
平塚先生。
ふと、今度はあの鉄拳女教師の姿を思い浮かべる。
僕はどこまで彼女の思惑に沿ったのだろうか。彼女は一体どういう考えで僕を奉仕部に入れたのか。彼女と腹を割って話してみたくなる。
人は誰でも変わる。進化する。それが本来の生き物である。
僕はどうか。簡単に女の子をナンパし、言い寄る自分。それって進化と言えるのだろうか。僕は彼女たちを、都合のいいアクセサリー程度にしか思ってないのか。女は洋服、車、職業、学歴と同じ、ショボい自分を際立たせるための小道具でしかないのか。
断じて違う!と言いたいが、今の僕を客観視すると、それはあっけなく崩れ去る。
こんな僕は『沙希の旦那様』に相応しいのか。
頭をフル回転させながらも、眠気が襲ってくる。
僕はベッドに飛び込み、数秒もしないうちに暗黒の世界へ入り込んだ。