こもれび林の彼女
「…はぁ」
「るぅ~?」
「大丈夫だよ。ごめんなウールー」
その日、僕は相棒のウールーと一緒に夜のワイルドエリアを歩いていた。駆け出しのトレーナーが夜のワイルドエリアに入るのは危険なことだと分かっていたけど、少しでもポケモン達を鍛えておきたかったんだ。
僕は今、ジムチャレンジに挑戦している。ガラル地方のあちこちを巡りながらそれぞれの町でジムバッジを8個集めて、シュートシティのファイナルトーナメントに進むための旅だ。
ガラルが誇る無敵のチャンピオン、ダンデさんに挑戦してみたくてトレーナースクールの先生から推薦状をもらって参加してるんだけど……3人目のジムリーダー、カブさんとのバトルで行き詰まっていた。
ほのおタイプのポケモン達の威力の高い攻撃や凄い熱気を放つ技の数々に翻弄されて、何度挑戦しても突破できずにいる。
カブさんのジムは最初の関門と呼ばれていて、毎年多くのチャレンジャーがここで脱落していく。
回数的にも期限的にも僕がカブさんと戦えるのは次の挑戦がラスト。
もしかしたら僕もここで脱落してしまうのかもしれない…。
そんな焦りと不安から、危険だと分かっていてもワイルドエリアで鍛え直そうと思ったんだ。
やって来たのはこもれび林。ワイルドエリアは強いポケモンが至るところに生息しているけど、この辺りなら僕たちでも何とかなりそうなポケモンが多いし、駅にも近いのでいざという時にも逃げやすい。鍛えるにはうってつけの場所だ。
「…頑張ろう! ウールー! カブさんに勝つんだ!」
「メェッ!」
僕たちに必要なのはカブさんに負けない技の冴えだ。レベルの高いここのポケモン達と戦ってそれを身につけなくてはならない。僕とウールーは気合いを入れて声をかけ合った。
__その時だった。
__コポコポ……
こもれび林の湖の水面が揺らぎだした。僕とウールーは警戒を強める。ギャラドスやミロカロスといった強力なポケモンが飛び出してくるかもしれないからだ。他の仲間達もすぐに出せるようにモンスターボールを構える。
__ザパァ……
「……ふぅ」
湖から出てきたのは女の子だった。それも一糸まとわぬ姿の。
水に濡れた茶色の長い髪が雫を振り撒き、真っ白な肌に付着した水滴が月の光を反射してキラキラ輝く。そのあまりに幻想的な光景に、僕はポカンとその女の子を見つめてしまった。
「……あん?」
湖から上がった女の子が僕に気づいた。ハッと意識が戻った僕は慌てて背を向ける。
「ご、ごめんなさいっ! あのっ、僕は決してそんなつもりじゃなくてっ! そのっ………!」
「…トレーナーか」
女の子は僕の足元のウールーをちらりと見て、それきり興味を失ったかのように視線をそらした。
「ルリっ! マリルリ~っ!」
「おおルリ、ありがとな」
木の影からマリルリが元気よく飛び出してきて、女の子に白いタオルを渡した。女の子は優しげな表情でマリルリの頭を撫でて受け取り、身体を拭く。そして石に腰かけて服を着始めた。
見ちゃダメだと思って目を背けているけどついつい見てしまう。すごく綺麗な人だ。
きめ細やかな肌はもちろんのこと、髪の一本一本に艶がある。歳は多分同じくらいだろうけど、膨らむところは膨らんでいてちゃんとくびれもあって、身体のラインがすごく美麗だ。顔の方も、目つきが少し悪くて目の下に濃い隈があるけどそれも一つの要素として受け入れられるくらい整っている。
まるで芸術品のような、"人形"のように綺麗な人だ。
思わずちらちら見ていると、それがバレていたらしい。女の子とマリルリがじとっとこちらを見ていた。
「ごっ、ごめんなさいっ! あのそのっ……!」
「……いや別にいくら見てたって構わねぇよ」
そう言って女の子は白くて長いソックスを履いた。
「ただ悪趣味だとは思うぜ。こんな身体に欲情するのはな」
「よっ!? 欲情だなんてそんなっ!」
着替えが済んだ彼女はそう吐き捨てて立ち上がった。赤いリボンが付いた大きくてふわふわしたキャスケット帽、赤いトップスにホットパンツ型の青のサロペット、白いニーソックスに赤いシューズと男勝りな口調の彼女にしては可愛らしい服装だ。
「トレーナー、お前何でこんなとこにいるんだ?」
「えっと、僕今ジムチャレンジしてて、それでカブさんに勝てなくて、だから、特訓に……」
僕が質問に答えると、女の子はウールーをじっと見た。光のない、ドロッとした真っ黒の瞳に見つめられてウールーが居心地悪そうにしている。
「……特訓、ねぇ」
「あの…、何か?」
「必要ない」
「え?」
「そいつに特訓は必要ないと思うぜ」
それだけだ、じゃあな。と言って女の子はマリルリと一緒に去っていった。
……今の言葉はどういう意味なんだろう。
ウールーに特訓は必要ない? 弱いからいくら鍛えても無駄だと言いたいのだろうか。でも彼女からそういう侮蔑の色は感じなかった。ならもしかしたら別の理由が……?
去っていく彼女の背中をじっと見る。ポケットに手を突っ込んで林の中に消えていく彼女の後ろ姿はとても堂々としていて、その足元をマリルリが楽しそうに跳ね回っている。他の草むらとは段違いに強いポケモンが生息するワイルドエリアで、何の恐怖も不安も感じていないかのような背中だ。
__もしかしたらすごいトレーナーなのかもしれない。
僕はなんとなくそう思った。それはウールーも同じだったんだろう。彼も彼女達から目が離せない様子だった。だとしたら、さっきの言葉は、彼女が僕達には分からない何かを感じ取ったから出たヒントだったのかもしれない。
そう思うと彼女が気になって仕方なくなった。
「……ついて行ってみようか、ウールー」
「るっ!」
僕は相棒と頷きあって、彼女の後を追いかけていった。
彼女の後ろをついて行ってたどり着いたのはこもれび林の奥。普段トレーナーだってあまり訪れないだろう林の最深部だ。そこには数多くのポケモン達が待っていて、彼女が帰ってくると皆嬉しそうにしていた。
「待たせたなお前ら、飯にするか」
「ロォ~!」
「ス~!」
「フリィ~!」
スボミー、チェリンボ、アマカジ、バタフリー、コノハナ、ヒメンカ……と、くさタイプやむしタイプを中心にこの辺りで見られるポケモンが勢揃いしている。
他にも真っ白なロコンやトロピウス、グライオンにハブネークといったガラルじゃ滅多に見ないポケモンもいる。
「すごい…!」
「メェー…!」
僕達は思わず感嘆の声を出した。
慣れた手つきで鍋を用意して料理をしている彼女の周りを元気に飛び回るたくさんのポケモン達…。美術館に飾ってある一枚の絵のような光景だった。
「できたぞー。小さい奴から並べー」
しばらくじっと見ていたらいつの間にか料理が終わっていた。お腹を空かせたポケモン達が彼女の周りに集まる。トロピウスが上空から鍋を狙って長い首を伸ばした。
「こら待てヨッシー。言ったろ、まずは小さい奴からだ」
「ロォ! ロォ!」
「慌てなくてもちゃんと全員分あるから大人しく待ってろ」
トロピウスをたしなめながら彼女がポケモン達によそっているのは、キャンプの定番料理であるカレーだ。美味しそうな香りに受け取ったポケモン達は皆顔をほころばせている。その匂いを嗅ぎとったウールーもごくりと喉を鳴らして口元からヨダレを垂らした。
「おいトレーナー。そいつ連れてさっさとこっち来い」
急に彼女から呼ばれてびくっと跳び上がった。とっさに木の影に隠れて恐る恐る顔を出す。
「バレバレなんだよ。そのウールー腹減ってんだろ?
さっさと連れてこい」
すごく気まずいし申し訳ない気持ちでいっぱいだがバレてしまっては仕方ない。ウールーも彼女のカレーをキラキラした目で見てるし、ここはご相伴に預かろう。
ウールーを抱いてとぼとぼと彼女の元へ近寄る。
「あの……ほんと、重ね重ねごめんなさい」
「そういうのいいから、他のポケモンも全員出せ。そいつだけ飯食わすわけにもいかねぇだろ」
「は、はいっ! 皆出てきて!」
彼女に言われてモンスターボールから他の仲間達も呼び出す。ガーディ、カジリガメ、クワガノンだ。出てくるや否やカレーの匂いを感じ取ると嬉しそうに彼女から皿を受け取った。
「よーし、全員受け__」
__グ~ッ!
彼女がポケモン達に皿が行き渡ったか確認している時、僕のお腹が盛大に鳴った。先ほどから彼女の肌を見てしまったりこっそり後をつけたりした罪悪感から言い出せなかったが、僕もお腹が空いていた。
案の定その音を聞いた彼女の顔がひどく嫌そうに歪んだ。
「…………」
「…ほんと、ごめんなさい」
彼女は無言で僕の分のカレーもよそってくれた。
「…よし、全員受け取ったな。じゃ、いただきます」
気を取り直した彼女が号令をかけると、ポケモン達が鳴き声を上げながら各々ペコリと頭を下げて食べ始める。僕のポケモン達も周りの様子を見て真似て、ペコリと頭を下げて食べ始めた。余程美味しいようで、がつがつむぐむぐと皆夢中で食べている。
「っ! 何これ、すごっ……!」
一口食べてみてその美味しさを直に感じた。カレーとしての味をしっかり主張しておきながら口当たりはサッパリしていて後味もスッキリ。次から次へとスプーンが進む。具材も食感を出しながら決して邪魔にならない絶妙なサイズにカットされていてすごく食べやすい。
あっという間に僕の皿は空になってしまった。
「はっ、美味かったか?」
その様子を彼女が不適に笑いながら見ていた。
「はい…、ものすごく…」
がっついてしまったことが恥ずかしくてもごもごと返答する。
「当たり前だ。これで不味いなんて抜かしやがった日には林の肥料になってもらうとこだ」
なぁスボミー、と彼女は近くでカレーを食べていたスボミーの頬をむにっと摘まむ。スボミーはきゃーと声を上げてカレーまみれの口で楽しそうに笑う。
「あの、お姉さん」
「んー?」
「名前、教えてもらえませんか。僕はショータ。ブラッシータウン出身のトレーナーです」
まだ彼女がどれほどのトレーナーかは分からないけど、少なくとも悪い人じゃないことは分かった。ポケモンが大好きで、ポケモンに優しくできて、ポケモンからも好かれる…。そんな素晴らしい人とは、トレーナーとしての腕とか関係なく友達になりたいと思った。
ところが、僕が名前を尋ねると彼女から表情がすんと抜け落ちた。それまで楽しそうに食事をしていたポケモン達も心配そうに彼女を見つめる。
何かいけないことを聞いてしまったようで、僕はオロオロとしてしまう。
「あの……、お姉さん?」
「…聞いてどうすんだ。いらねぇだろ、俺の名前なんて」
「い、いえっ、そんなことないですよ? 僕、お姉さんと友達になりたいですし、お姉さんのこと、もっともっと知りたいです!」
「……どうせ聞いたって呼ばなくなるくせにな」
「……お姉さん?」
最後に彼女がぼそっと言った言葉は声が小さくて聞こえなかった。僕が聞き返すとお姉さんは、はぁ、とため息をついて渋々教えてくれた。
「コトネだ」
「コトネ……コトネさんっていうんですか?」
「……ああ。まぁせいぜい忘れるまで覚えとくんだな」
「忘れませんよ! ありがとうございます!」
「……ふん」
彼女は不機嫌そうに息を吐いて、食べ終わったポケモン達から皿を受け取る。ご馳走になった手前、後片付けは手伝おうと僕も同じことをする。ポケモン達も手伝ってくれたので、あっという間に皿と鍋を洗い終わって片付けは終わった。
「あの……コトネさん」
「…何だ」
片付けが終わると、僕とコトネさんは会話もなく過ごしていた。今日出会ったばかりで親しいわけでもないので当然なのだがお互い無言の空気が居づらい。
なのでちょっと勇気を出して僕から話しかけることにした。コトネさんは膝の上でグライオンを撫でながら返答してくれる。
「さっきのってどういう意味なんですか?」
「何のことだ?」
「ほら、僕のウールーに特訓は必要ないって……」
「言葉通りの意味だが?」
僕が彼女を気になる原因になった事について聞いてみた。
「ウールーだけじゃねぇ。ガーディ、カジリガメ、クワガノン。そいつらもそれ以上鍛える必要はねぇよ」
「……それは皆が弱いからって意味ですか?」
「アホ、んなわけあるか。その逆だ」
「え?」
「こいつらはもう充分過ぎるほど育ってる。少なくとも3つ目のジム程度余裕で突破できるほどな。だからむしろ弱いのはお前だ」
「僕……ですか?」
弱いのはウールー達じゃなくて、僕……? そんなことをはっきり言われたのは初めてだった。
「こんなにいい仲間を揃えてて何であの親父に負けるのか、不思議なくらいだ」
面と向かって自分のトレーナーとしての腕を否定されて、ずんと沈んだ気持ちになる。僕が落ち込んだのを感じたのか、ウールー達がコトネさんに吠え始める。
「メェッ、メェッ!」
「よっ」
「メッ!?」
一番近くで彼女に吠えていたウールーに、コトネさんは軽くデコピンをして止める。
「悪いがな、これは事実なんだ。ポケモンバトルってのは勝ったらポケモンのおかげ、負けるのはトレーナーの責任だ」
「!」
確かに…!
ポケモンバトルは当たり前だけどポケモン達無しには成り立たない。そして彼らを導き、指示を出すのは僕達トレーナーだ。
彼女が今言ったことは僕が当たり前過ぎて意識できていなかったトレーナーとしての基本のように感じた。
彼女はグライオンを膝から下ろし、ウールーの毛皮をもにっと摘まむ。
「るっ!?」
「……お前、最後に洗ってもらったのはいつだ?」
「…るぅ~?」
「毛が全体的にゴワゴワだ。それに少し長い。換毛の時期だろう」
ウールーから目を離した彼女は他の皆のことも見る。
「他の連中もそうだ。よく育ってはいるが動きがどこかぎこちないし、無意識の内にこわばってる。本人達は感じにくい疲れが溜まってる証拠だ」
突然ジョーイさんのように皆を診察し始めたコトネさん。僕が何のことか分からずにオロオロしだすと彼女はビシッと僕の額にチョップを落とした。
「いたっ」
「何ぼけっとしてる。お前のことだよお前の」
「皆に、疲れが溜まってる……?」
「そーだよトレーナー。全部お前のケア不足だ。日々の冒険、特訓、バトル…、それらを積み重ねた疲れが知らず知らずの内に蓄積してる。こんな状態じゃベストのパフォーマンスなんて発揮できるわけねぇ。負けて当然だ」
彼女がずいっと顔を近づけてきた。彼女の真っ黒な瞳に僕の姿が映り込む。
「いいかよく聞けボウズ。ポケモンは"生き物"だ。鍛えたら鍛えた分だけ応えてくれる"機械"や"データ"じゃねぇ。こいつらだって疲れは溜め込むし調子を崩す時だってある。健康状態をしっかり見極めてやって、コンディションを調整し、ポケモン達が常にベストなパフォーマンスを伸び伸びと発揮できるようサポートしてやる。それができて初めて"ポケモントレーナー"を名乗れるんだ。ただ戦わせるだけならガキにもできんだよ」
彼女の言葉は、まるで雷鳴のように僕の中に響いてきた。
いつからか僕は、ポケモンのことを考えるのを忘れていたのかもしれない。エンジンジムを突破できない焦りから勝ち負けのことばかり目がいって、皆がどんな状態で戦ってくれてるか、全然気づけてなかった。
トレーナーとしての僕が弱い……、彼女が言ったことに間違いはなかった。
俯く僕を心配して皆が集まってくれた。僕は謝罪の意味を込めて皆をぎゅっと抱きしめる。
「ごめん…、ごめんよっ……!」
「るぅ~」
「ガーッ!」
「ガメッ!」
「ビビビッ!」
しばらくそうした後、僕は改めてコトネさんと向き合った。彼女はバッグの中から色とりどりのクッキーのようなお菓子を出してポケモン達に与えていた。
「コトネさんっ!」
「何だようるせぇな」
お腹いっぱいになって寝てしまった真っ白なロコンを抱きかかえながら彼女が振り返る。
「僕に、ポケモンのケアを教えてくださいっ! 僕はこれからも皆のトレーナーでありたい。そのための方法を貴女から学びたいんです!」
そう言って僕は頭を下げた。
やっぱり最初に感じた通り、コトネさんはすごいトレーナーだった。言い訳するわけじゃないけど、スクールでもトレーナー雑誌でも、教えてくれることは戦術や育成に偏っていた。皆憧れのチャンピオンをどう倒すか、どうやって育成するかばかりに気をとられて、ポケモンのコンディションをそこまで重要視する風潮がなかったように思う。
そんな中で彼女は違った。改めてよく見てみると、彼女の周りのポケモン達は皆キラキラしてる。毛並みも綺麗に整ってるし肌ももちもちすべすべ、元気いっぱいだ。
勝ち負けに拘る前に、ポケモン達が力を存分発揮できるようにサポートできてこそ真のトレーナー。
彼女の言葉にはトレーナーとしての真理がつまっているように感じた。そんな彼女だからこそ、僕はコトネさんに教わりたい。
頭を下げる僕を見て、ウールー達も同じように頭を下げてくれた。そんな僕達をコトネさんはじっと見る。
「……教えんのは基本的なことだけだ。やり方はポケモンによって違う。後は自分で調べるなり、実際に接していく中で覚えるんだな」
「っ! はいっ! ありがとうございます!」
「勘違いするじゃねぇぞ。あくまでお前の手持ちになるポケモンのためだ」
その日から次のジム戦までの数日間、僕はコトネさんから授業を受けてウールー達はしっかりと休みをとった。ポケモン達のメディカルチェックの方法から簡単なマッサージのやり方、ポケモンの肌つやや毛を艶やかにするお菓子の作り方など、コトネさんはぶっきらぼうながらも一つ一つ丁寧に教えてくれた。
たった数日でたくさんのことを教わったけど、彼女に言わせればまだまだ序の口、初歩の初歩なんだそうだ。やっぱりコトネさんはすごい。
ワイルドエリアでのんびりと過ごしたウールー達は見違えて元気いっぱいになった。試しにコトネさんのポケモン何匹かとバトルしてみたけど、動きが段違いに軽やかだった。スイスイと動ける自分の身体に皆嬉しそうにしていた。
ウールーもガーディもカジリガメもクワガノンも、皆楽しそうに笑っている。ポケモンバトルってこんなに楽しいものだったんだな、と晴れやかな気持ちになった。
そして迎えた今日、僕はエンジンスタジアムでカブさんに挑んでいた。
『決まったぁ! ショータ選手、先日とは別人のような強さでジムリーダーカブを圧倒! カジリガメ一体でエンジンジムを制しましたっ!』
「勝った……?」
実況の人の声が遠くに聞こえる。
あんなに苦戦してたカブさんとのバトル、カジリガメが技を出しているだけであっさりと勝ててしまった。これまではカジリガメだけでは最初のキュウコンしか突破できず、そのままなし崩し的に他の皆もやられていたというのに。当のカジリガメも実感が湧かないようでポカンとしている。
そこへカブさんが拍手をしながら歩いてきた。
「やぁショータ選手、驚いたよ。短い間にここまで腕を上げるとはね」
「……カブさん」
「その様子だと、もう心配はいらないようだね。この先のジムも頑張ってくれよ」
「っ! はいっ! ありがとうございますっ!」
カブさんの声を聞いたら一気に嬉しさがこみ上げてきて、思いっきり手を握って握手をした。その後ほのおのジムバッジをもらってリングにはめる。
「…ところでショータ選手。もしかしてワイルドエリアで女の子に会わなかったかい?」
その時にカブさんからこんな質問があった。誰のことかはすぐに分かったので元気よく返事をする。
「はいっ! コトネさんという人に会いました。その人に色々教えてもらったんですっ!」
するとカブさんは、悲しみと嬉しさが混じりあったような複雑な笑みを浮かべた。
「……やはりそうか。彼女は優れたトレーナーだったろう?」
「はいっ! あんなすごい人、初めて会いました!
尊敬してますっ!」
「フッ、そうだね。少々無愛想だけどポケモンに対する愛は誰よりもある子だ。良ければこれからも仲良くしてあげてほしい」
どうしてカブさんがそんな顔をするのかは分からなかったけど、コトネさんを尊敬しているのは本当だ。僕の方こそ彼女とはこれからも仲良くしたいし、まだまだたくさんのことを教えてもらいたい。
ジム戦を終えた僕は真っ先にワイルドエリアに向かって駆け出した。こもれび林に向かうとトロピウスの身体を洗ってあげているコトネさんがいる。
「コトネさーんっ!」
「…ん?」
コトネさんに駆け寄って、無事に3つ目のジムバッジを手に入れたことを報告する。今回勝つことができたのは間違いなくコトネさんのおかげだ。だから誰よりも早く彼女に勝利を伝えたかった。
「ありがとうございましたっ! コトネさんのおかげで僕、トレーナーとして一歩進むことができましたっ!」
「……ほー、そりゃよかったな。これからもしっかり見てやれ。そいつらの"おや"はお前なんだからな」
「はいっ! あの、今回のことは絶対に忘れませんっ! 本当にありがとうございましたっ!」
僕がそう言うと、トロピウスの身体を洗うコトネさんの手が止まった。むすっとした顔でこちらに来ると僕の鼻をむぎゅっと摘まみ上げる。
「むぐっ!?」
「無責任なこと言うんじゃねぇよ。どうせお前も俺から離れていくくせに」
そう言って、再びトロピウスの元へ戻るコトネさん。その背中はなんだかとても寂しそうに見えた。
・コトネさん(ガラルに来て数年後)
身体のスタイルは綾波レイ、目の隈はトラファルガー・ローみたいなイメージ。
人間に対しては冷たく素っ気ない。これでも色々あって改善した方。
ワイルドエリアに住み着き、手持ち及び野生のポケモン達と暮らしてる。
捕まえたポケモンにはニックネームを付ける派。
・ルリ(マリルリ♂)
名前の由来は瑠璃色。家で飼っていたマリルで、コトネの手持ちの中では最古参。
・ヨッシー(トロピウス♂)
名前の由来はマリオのヨッシー。顔とか身体が緑のところとかが似てた。名前の通り食いしん坊。
※ポケモンのニックネームは作者が実際に付けている名前です。