今年のジムチャレンジも佳境に入った。
開会式の時に何十人といたチャレンジャーはもう数えられる程になり、7人目のジムリーダーネズさんや8人目のジムリーダーキバナさんと戦っている。
かく言う私もここまで勝ち残ったチャレンジャーの一人。集めたバッジは7個、後はナックルシティのキバナさんを残すのみだ。
仲間になってくれたポケモン達とがむしゃらに頑張ってたらいつの間にかここまで来れた。観客や街の人達が、私の名前を呼んで応援してくれるのは嬉しいし、勝ち残っている強豪トレーナーとして取材を受けたり雑誌に載ったりするのはすごく気分がいい。ナックルシティの新聞記者の人に撮ってもらった、私と仲間達皆が写った写真は大事な宝物だ。
……だけど私は、少しばかり調子に乗っていたのかもしれない。
「返してっ! お願い、返してくださいっ!」
ワイルドエリア、砂塵の窪地にて私は大柄な男に大切な相棒の入ったモンスターボールを取り上げられていた。
黒い布で口元を覆って顔を隠し、鋼鉄のように硬い網を射出する銃を持った男が三人。密漁者だ。
今日、私は最後のジム戦に向けた最終調整のために朝早くからワイルドエリアに入った。すると偶然銃を持った怪しげな風貌の男を見つけた。ちょっとした好奇心と正義感からその男の後をつけて砂塵の窪地へ行き、そこで男が銃から網を発射してポケモンを乱獲しているところを目撃。義憤にかられて相棒を出してこらしめようとしたところを、隠れていた二人の仲間に捕まってボールを取り上げられてしまった。
完全に私の油断だった。
ここ数年のワイルドエリアは密漁をするような犯罪者がほとんどいなくなり、ポケモンにとってもトレーナーにとっても安心できる場所になった。
だからこその油断。初めてみる密漁者、それも一人、そしてジムチャレンジを順調に勝ち進んできて膨れ上がった自信……。それらが積み重なって、"私なら密漁者を捕まえられる"という間違った判断をしてしまった。
「うるせぇガキっ!!」
「っ!」
相棒を取り戻そうと必死に手を伸ばす私を男が突き飛ばす。小さな私の身体はいとも容易く吹き飛ばされ、地面に倒れ込む。砂漠の砂が思いきり口の中に入った。
「バッジ集めたからって粋がりやがって! てめぇなんざポケモン取り上げりゃあただのガキなんだよっ!」
……悔しいけど言い返せない。その通りだった。
私が慢心したからこんなことになって、私一人の力ではこれまでいっぱい助けてくれた相棒を取り戻すこともできない。さっきまであった自信はもう欠片も湧いてこなかった。
「へへっ、だがまぁ仮にもここまで勝ち残ったヤツのポケモンだ。感謝するぜ、売り飛ばせば高く値がつくだろうよ」
「っ! や、やめてっ! お願い返して!!」
「うるせぇっ!」
__ドゴッ!!
男にお腹を強く蹴られ、私はその場に蹲った。
「まだポケモン持ってんだろ? そいつらも貰ってやる。よこせ」
「………」
「さっさと出せっ!!」
「ひっ……!」
男に怒鳴られて目から涙が溢れる。身体もプルプルと震えてうまく声を出せない。
恐い……。
私の心中にあるのはそれだけだった。
私のポケモンはまだ5匹いる。どれも強くて頼もしい子ばかりだ。この状況を打破するのはとても簡単で、この子達を呼んで助けを求めればいい。不意をついて皆を出すことさえできれば、ボールを取り戻して男達をやっつけて、めでたく私はワイルドエリアを救ったヒーローになれる。
頭ではそう分かっていた。だけど恐怖ですくんで身体が言うことを聞かない。私の意思とは裏腹に、男の言う通りに勝手に動く。震える手を腰のベルトに伸ばし、仲間達の入ったボールを一つずつ外す。
そしてそのボールを、一緒に旅をしてきた大切な仲間達を、下卑た笑みを浮かべる男達へ差し出し__
__バッ!!
「っ!? な、なんだ!?」
__その瞬間、黒い影が私達の間を通過して、男の手から私のモンスターボールが消えていた。
「…てめぇら、朝っぱらから胸糞悪ぃことしてんじゃねぇよ」
何が起こったのか、状況を飲み込めないでいると不意に女の子の声がした。
声のした方へ振り向くと、いつの間にか岩に腰掛ける見たことのない女の子がいた。
目付きが少し悪くて濃い隈があり、怖い感じがするけど綺麗な女の子だ。その印象とは裏腹に、白くて大きなキャスケット帽をはじめとする服装が可愛らしい。
彼女はむすっとした不機嫌そうな顔でこちらを睨んでいた。右足のくるぶしを左足の膝に乗せ、その上頬杖までついて態度からも機嫌の悪さが伝わってくる。
「ムウ! ムウ!」
「よくやった。えらいぞ、ムウ」
「ム~♪」
そんな彼女の周りをムウマが、にししっ、といたずらっ子のように笑いながら飛び回っている。そのムウマから彼女が私のモンスターボールを受け取り、頭を撫でる。どうやらさっきの黒い影の正体はこの子で、"どろぼう"を使って奪い取ったようだ。
彼女はモンスターボールと私を見比べて、ぽいっと投げた。
「ワォンッ!」
「っ! パルスワンっ!」
ボールから私の相棒、パルスワンが勢いよく飛び出し私に飛び付いてくる。私の一番最初のポケモンで、一番長い時間を共にしたパートナー。その姿を目にして安心した私は、涙を浮かべてその黄色い身体をぎゅっと抱きしめた。
「誰だてめぇ! 邪魔すんじゃねぇ!!」
横やりを入れられて苛立った男が怒声を飛ばす。私はびくりと震えてしまうけど、女の子は意に介さずゆっくり立ち上がると男達の背後へ視線を向けた。
そこには網に捕らえられたポケモン達がいる。ナックラー、ヨーギラス、ヒトモシ……、たくさんのポケモンが身動きできないままに、不安げに瞳を揺らしている。
「おいっ! 聞いてん__!」
「"シャドーボール"」
その女の子の反応に、額に青筋を浮かべた男がもう一度怒鳴ろうとした時、彼女の口から鋭い指示が飛んだ。
「ムウッ!」
__ボンッ! ボボンッ!
彼女の傍らに浮かんでいたムウマが、闇を凝縮した球体を3つ生み出して素早く発射した。放たれたシャドーボールは正確に男達の手元へ飛んでいき、持っていた銃を弾き飛ばした。3つの内2つの銃は岩や木に勢いよくぶつかって銃口が曲がり、使い物にならなくなる。
「なっ!? てめぇ……っ!!」
「そいつらを離せ。今なら豚箱にぶちこむだけで済ましてやる」
女の子は、その何の光も内包していない真っ暗闇の瞳でそう吐き捨てて凄む。その威圧感に男達も少なからず怯んだようだった。
「ちっ! おらっ! いけバルジーナっ!!」
そのことにプライドが傷ついたらしい男の一人がモンスターボールを投げ、バルジーナを繰り出した。左の頬に傷があって、身体も大きい如何にも強そうなバルジーナだ。大きく羽ばたいて女の子とムウマを威嚇する。
「……三下め。頼むな、ワカバ」
対して女の子は然程動揺した様子も見せず、冷静にボールを投げる。ポンッと軽快な音と共にポケモンが飛び出した。
「めがぁ!」
バルジーナに勝るとも劣らない大型のポケモンだ。四本足の緑色の体躯をしていて、首元に花びらがある優しい目をした子。ガラルでは見ることのできない珍しいポケモン、メガニウムだ。
女の子がメガニウムを出したのを見て男達が嘲笑う。
「何だてめぇ、相性ってもんを知らねぇのか?」
「がはは、所詮はガキだな!」
バルジーナはあく、ひこうタイプ。くさタイプのメガニウムで応戦するには相性が悪い。もちろんバトルは相性だけで決まるものではないけど、いい選択とは言えない。
「御託はいい。さっさとかかってこい」
だけど女の子の表情は変わらない。ただ無表情でじっと男達を、そして救うべきポケモン達を見据えている。また、メガニウムも不利な勝負に対する不安は一切感じていない。むしろ侮られたことに怒ったのか、ほっぺたをぷくっと膨らませて頭の触覚をぶんぶん振っている。
「やれっ! "つばめがえし"!」
「バールッ!」
「ワカバ、受け止めろ」
「めが!」
大きく飛び上がったバルジーナが急降下し、その翼をメガニウムへ叩きつける。一方女の子の指示を受けたメガニウムはその攻撃を冷静に見極め、がっちりと受け止めた。
効果は抜群の攻撃。でも防御に成功したおかげで大したダメージにはなってない。
「バルジーナ! もう一発いけ!」
「ワカバ」
バルジーナはもう一度"つばめがえし"で突っ込む。メガニウムも同じように受け止めて防御した。
「はっ! 少しはやるな! だがいつまで持つかな!」
男は余裕そうに笑う。メガニウムは確かに上手く防御してダメージを減らしているけど効果抜群なことに変わりはない。このままではじり貧だ。
「続けろバルジーナ! 奴が力尽きるまで叩き込んでやれ!」
「バルッ! バルッ!」
「…バカの一つ覚えだな」
「めぇがぁ」
バルジーナが辺りを飛び回って連続で"つばめがえし"を繰り出す。戦術も何もない、ただ力任せの雑なバトル。だけどメガニウムに対しては確かに効果的なやり方だった。
空中を飛び回るバルジーナに対してメガニウムができることは攻撃を受け止めることだけ。防戦一方だった。打ちのめされるメガニウムを見て男達が愉快そうに笑う。
だけど、だんだんその笑みが曇り始めた。何度も効果抜群の攻撃を打ち込んでいるにも関わらず、メガニウムが一向に倒れないからだ。ダメージはおろか消耗もほとんどしておらず元気そうで、むしろ攻撃し続けたバルジーナの方が疲れている様子だった。
「何だあのメガニウム! 何故倒れねぇ!?」
「バルッ……! バルッ……!」
「…どうした? もうおしまいか」
「めが! めが!」
メガニウムが得意そうな顔をして胸を張り、その後ろで彼女は何も変わらず立っている。
「バ…バルゥ…」
「何やってんだバルジーナ! 相性はお前が有利なんだ! しっかりしろっ!!」
苦しそうに肩で息をするバルジーナを男が怒鳴りつける。バルジーナのあの様子はただ疲れてるだけじゃなさそう。徐々に徐々にダメージを負っている感じがする…。
「…もしかしてどく状態?」
状態異常のどくは、ポケモンの体力をじわりじわりと奪っていく。今のバルジーナの様子からそう当たりをつけた。
だけど一体いつ? バトルが始まってからバルジーナはずっと攻撃を続けていた。どくをもらうようなタイミングは一度もなかったはず……。
「……! まさかっ」
答えに行き着いた私はバッと女の子の方を見る。女の子からは何もなかったけど、その視線に気づいたメガニウムがパチンッとウインクを返してくれた。
__攻撃を受けたあの一瞬で"どくのこな"を使ったっていうのっ!?
"どくのこな"は主にくさタイプのポケモンが使う技。どくを帯びた粉をふりかけて相手をどく状態にし、じわじわと体力を奪う。
メガニウムはバルジーナが"つばめがえし"を仕掛けてくるあの一瞬で"どくのこな"を命中させたんだ。
言葉にするのは簡単だけど、攻撃を受け止めつつ、それも相手に気づかれないような精度でそれをやってのけるなんて…。とてつもなく高度な技術……。
何でもないような顔をしてやってみせたメガニウムもすごいけど、それができるように育て上げ、言葉もなしに指示できるほど信頼関係を築いたあの女の子もすごい。
育成、戦術、判断力…。トレーナーとしてのレベルが桁違いだ。
「ちっ! どくがなんだ! あっちだってダメージは負ってるはず! 攻撃し続ければ勝てる! いけっ!」
「……バルッ!」
「どくだけじゃねぇよ」
「にう!」
男の怒声混じりの命令を受けてバルジーナはなんとか自分を奮い立たせた。そして再び"つばめがえし"の体勢に入る。
それを見て女の子はぼそりと呟き、メガニウムが得意気に笑った。
__シュルシュル……
「バルッ!? ジーナッ!」
「なに!?」
バルジーナの左翼から細い植物のつるが伸び、身体全体を縛り上げた。あれは…"やどりぎのタネ"?
__そうか! メガニウムは"どくのこな"だけじゃなく、"やどりぎのタネ"もバルジーナに植え付けていたんだ。
あの技はタネを植え付けた相手から少しずつ体力をすいとる。
どんなに防御に徹していたとしても、効果抜群である以上ダメージを負う。それでもあのメガニウムが元気だったのはやどりぎのタネでバルジーナから体力を吸収していたからなんだ……!
「ジ、ジー……ナ」
どくで体力を失い、やどりぎのタネのつるに縛られたバルジーナはやがて墜落して地面に落ちた。ぐるぐると目を回して戦闘不能、メガニウムの勝ちだ。
「すごい……っ!」
「ワォ…!」
私とパルスワンは思わず感嘆の声を漏らし、ぼーっと女の子を見つめた。相性不利だったバトルを見事にひっくり返して勝利した。それも自分からは一切攻撃を仕掛けることなく、ほとんど消耗もさせないで。
バッジを7個取ったからと浮かれていた私なんかとは比べ物にならない。本物のトレーナーの強さというものをあの女の子に見た気がした。
キラキラとした視線を向ける私達の先で、バトルに勝利したメガニウムが女の子にじゃれていた。ほめてほめて、と言うように頭を彼女の胸にすりすりしてる。女の子は目元を緩め、優しい手つきでその頭を撫でてあげてる。
__ドスッ!
そんな光景を見ていると、不意に似つかわしくない嫌な音が響いた。その方向へ私とパルスワンは振り向く。
「このっ、役立たずがっ! あんなやつに負けやがって!」
「じぃっ……! ごふっ……!」
目の前で起きてることが信じられなかった。
バトルに負けて苛立った男が、地面に倒れるバルジーナを足で何度も蹴りつけていたのだ。バルジーナはボロボロの身体を丸めて必死に堪えている。
トレーナーが自分のポケモンを痛めつけるなんて絶対にあってはならないことなのにっ……! 私は男が許せなかった。
「やめなさいよっ! その子はあんたのために戦ってくれたんじゃないっ!!」
「グルル…! ワォンッ!」
「あぁっ!? うるせぇっ! ガキはすっこんでろ!」
私が啖呵を切って、パルスワンも一緒に吠える。それに男が怒鳴り返してくるが、もうさっきみたいに怯えることはなかった。こんなことするような奴にビクビクするなんて私のトレーナーとしての誇りが許さない。
「…おい何だその目は? てめぇにも教育が必要かぁ!?」
男が凄みながらこっちに近づいてくる。私はそれでも一歩も下がることなく男を睨み続けた。
「そんなに殴られたきゃそうしてやるよ__!!」
男が拳を振りかぶり、振るう。それが私の顔に当たる__
ビタッ__!!
「……あ?」
__直前、男の動きが完全に停止した。男も何が起こったのかわからないようで困惑している。
一体何が……、そう思った時。
「…………オイ」
__ゾクッッッ!!!
全身から底冷えするような声がした。
声の主は分かっている。ゆっくり、ゆっくりと女の子の方へ顔を向けた。
「キサマ……ナニヲシテル……!」
さっきまでメガニウムを優しく撫でていた女の子は、全身から凄まじい怒気を放つ鬼と化していた。真っ暗闇の瞳からドス黒い殺気を乗せた視線が放たれ、男達を射抜いている。
誰がどう見てもブチギレている。ド怒りだ。その傍らを飛ぶムウマの目が赤い怪しい光を持っている。"サイコキネシス"で私を殴ろうとした男の動きを封じているらしい。
ザッ…、ザッ…、と音をたて、一歩一歩こちらへ歩いてくる。怒りの矛先は私ではないのに息が詰まりそう。これに比べたら、男達の脅しや暴力なんてすごくちっぽけだった。その男達は今、大量の汗を流してガタガタ震えている。私の目の前の男はもちろん、その他の二人も恐怖のあまり何とか逃げようとしているが、ムウマがしっかり動きを止めているのでそれもできない。
「あっ……いや、その……これは……」
「…………………シネ」
__ズガァッ!!!
みっともなく言い訳しようとした男を女の子は容赦なく殴り飛ばした。男は回転しながらボールのように吹き飛び、ドガンッと岩に頭から激突した。ドクドクと血を流しながらその場に倒れる。
コロコロと彼女の足元にモンスターボールが転がる。バルジーナが入っていたものだ。彼女はそれをバキッと踏みつぶしてこう吐き捨てる。
「……ぺっ、どこまでも見下げ果てたクズめ」
今度は女の子がギロリと他二人へ目線を向けた。
「「ひ、ひぃぃぃっ!!!」」
それだけでさっきまで散々威張ったり嘲笑ったりしてた男達は腰を抜かした。涙と鼻水を垂れ流し、情けなく失禁までしてる。
女の子は足元に落ちていた銃を拾う。ムウマが弾き飛ばして無事だったやつだ。
銃口を二人へ向けてバシュッと発射した。発射された網で男達は今までポケモン達にしてきたように、あっさりと捕まった。
「くらぁ!」
「もしぃ~! もしぃ~!」
「よしよし、怖かったな。もう大丈夫だぞー」
ハッと意識を戻す。鬼はいなくなり、女の子は元に戻っていた。ポケモン達を捕らえていた網を外してやり、泣いてひしっとすがりつくナックラーやヒトモシを優しく抱いて慰めてあげている。
一匹一匹抱っこしてあやし、バッグからお菓子を取り出して与えていた。大泣きしていたヨーギラスが、彼女にぽんぽんと背中を撫でられる度に涙を引っ込め、お菓子をもらうときゃっきゃっと嬉しそうに笑って食べる。
その間に女の子はポケモン達に怪我がないかチェックしていた。足に擦り傷を作っていたナックラーにはキズぐすりを吹きかけ、ガーゼを貼ってあげていた。
そうして丁寧にポケモン達のケアを終えると、ナックラー達はそれぞれの住みかに帰っていく。女の子は最後の一匹までしっかり見送ってあげた。
「……さて」
野生のポケモンを帰し終えた彼女はくるりと振り返る。その先にはあの男に痛め付けられていたバルジーナ、メガニウムやムウマが心配そうに側に寄り添っている。
女の子がバルジーナの前にバッグを下ろし、しゃがんだ。それだけでバルジーナはびくっと怯えた様子を見せる。きっとあいつらに日常的にひどい目に合わされてきたんだろう。
「…難しいとは思うがな、どうか恐がらないでくれ。お前を治療したいんだ」
そう優しく声をかけた女の子はまずどく状態を治すためにモモンのみを差し出した。食べさせようとしてもバルジーナはいやいやと首を振るばかり。それでも彼女はめげず、何とか食べてもらおうとお願いを続けた。
「__っ! バルッ!!」
「っ……」
すると、バルジーナは女の子の手にガブリッと噛みついて抵抗した。狩りの名人とも呼ばれるバルジーナの嘴は鋭く、顎の力だって強い。噛まれればものすごく痛いはずだし、指が食い千切られてしまうかもしれない。
だけど彼女はピクリと眉を動かした程度で、叫び声を上げることも手を振りほどこうともしなかった。 真剣な眼差しでじっとバルジーナと目を合わせている。
「……大丈夫。恐くないよ」
彼女が反対の手でそっと頬を撫でた。すると、怯えていたバルジーナがその表情を緩め、ゆっくり口を放すと彼女の手にすりすりと頬を擦り寄せた。
「…ありがとう」
それを見て女の子がふっと笑った。モモンのみを食べさせて、身体のあちこちの傷を治療して回る。治療しているのは彼女の方なのに、しきりにありがとう、と繰り返して言った。
「とりあえず応急処置は終わった。大丈夫だとは思うが一応ポケモンセンターに連れていきたい。このボールに入ってくれるか?」
そう言って彼女はバルジーナにヒールボールを差し出した。さっきまでの怯えていたバルジーナだったらきっと入るのを躊躇っただろう。けどすっかり彼女に気を許したバルジーナは素直におでこをボールに付けた。
「…いい子だ。ゆっくり休んでくれ」
バルジーナが入ったヒールボールを、女の子は大事そうにポケットへ仕舞った。
「おい」
「ひゃっ!?」
そんな彼女をただぼーっと眺めていた私。不意に声をかけられてびくっと反応した。
「ほら」
気づいたら彼女が目の前にいて、私にモンスターボールを差し出していた。私があいつらに取られていたパルスワンのボールだ。
「あ、ありがとう…」
そのボールを受け取ろうと手を伸ばした。だけど女の子がボールを持つ手を引っ込めて、すいっと私の手は空を切った。代わりに女の子がずいっと迫ってきてガッと私の胸ぐらを掴み上げた。
「えっ……?」
「二度と放すな」
困惑する私にそう強く言い放った。
「お前が何をしようと、何に首を突っ込もうと勝手だがな。トレーナーなら、そいつらの"おや"なら、例え死んだって放すんじゃねぇ」
真っ暗だけど真摯な瞳が私の心を押し開き、その口から紡がれる言葉が刻まれていく。
……そうだ、私はパルスワンを、この子達を手放そうとしたんだ。
決して本意ではなかったけど、あんな奴らに恐怖で屈して、一緒に苦難を乗り越えてきた大切な仲間を失ってしまうところだった。
そう思うと途端に怖くなってきた。この子達と離ればなれになるなんて、想像しただけで寂しさと喪失感でどうにかなってしまいそうだ。
「…クゥン?」
顔色を悪くして手も震え出す私。そんな私の顔をパルスワンが心配そうに覗き込む。それは他の子達も同じようで、ベルトに付けたモンスターボールがカタカタと揺れる。
私はそこにいるという事実をしっかり確かめるように、パルスワンをぎゅっと抱きしめる。
「ごめんね…、こんな情けない主人で…。約束する、もう絶対離さないよっ……」
「ワォンッ!」
パルスワンは力強く吠えて私に元気を分けてくれた。
「……」
「ムウ! ムウ!」
「めがぁ」
そんな私達に何も言わず、女の子はコトリとモンスターボールを地面に置いた。それをムウマとメガニウムが笑って見つめていた。
あの後、私が通報したことで、ワイルドエリアを見回るポケモンレンジャーの人が駆けつけて密漁者達は無事捕まった。
私もナックルジムに挑戦してキバナさんに勝利し、無事8個のバッジを手に入れることができた。恐い思いはしたけど、あの事件があってから私とパルスワン達の絆はより一層強くなった気がする。
そしてあの事件から変わったことがもう一つ。
「あっいた! コトネさーんっ!」
「はぁ、またお前か」
ハシノマ原っぱでメガニウムと一緒に日向ぼっこをしていた女の子__コトネさんに声をかける。コトネさんは私の顔を見て気怠げな顔で立ち上がった。
あの事件から私は、度々ワイルドエリアを訪れて彼女に会いに行くようになった。
「コトネさん! 今日もバトルしましょう! ほら、パルスワンも待ちきれないみたいですよ!」
「ワォンッ!」
「…よく飽きないもんだなぁ、メスガキ」
「メスガキじゃないです! 私の名前はレイコだって教えたじゃないですか!」
「お前はメスガキで十分だ」
目的はコトネさんとバトルをするため。あの時見たコトネさんのトレーナーとしての腕、知識、判断力、ポケモンへの愛、そして何よりも堅い覚悟…。それにすっかり憧れてしまったのだ。
彼女のようなトレーナーになりたい。そう思うようになった私は定期的にコトネさんに会いに行ってはバトルを挑んでいる。何回も繰り返す内に名前も教えてもらった。彼女の方は中々私の名前を覚えてくれないけど…。
「さあっ! いくよパルスワン!」
「ワオォンッ!」
「…ワカバ、相手してやれ」
「にうっ!」
今日の相手はあの時バルジーナと戦ったメガニウムだ。コトネさんは色々なポケモンを持っていて、バトルする度に様々な技を見せてくれる。面倒くさそうではあるけど、ちゃんと私に付き合ってくれるのだ。
もちろんまだ勝ったことはないけど、バトルする度に新しい知識が増えていくのが楽しくて仕方ない。
「パルスワン! "かみなりのキバ"!」
「ワカバ、"タネばくだん"で弾き飛ばしてやれ」
だから今日も私は、私達は戦うのだ。いつか彼女のようなトレーナーになりたい、その夢を叶えるために。
ある夜、私とコトネさんはうららか草原の木陰で肩を並べて座っていた。その日の空は快晴で、満天の星がよく見える。
「わぁ、綺麗ですね~」
「……」
私がそう感嘆を溢しても、コトネさんは興味がないようだ。特に返事をすることなく、お腹の上に乗ったアチャモを愛おしげに撫でている。
「くすっ」
あまりにいつも通りの様子に思わず笑ってしまった。
今年のジムチャレンジは先日終わりを迎えた。今年も例年と同じように、チャンピオンのダンデさんが防衛成功した形だ。私はというと、セミファイナルトーナメントの決勝まではいけたものの、その相手だったショータ選手に惜しくも敗れてしまい、準優勝となった。
すごく悔しかったけど、コトネさんとのバトルは相変わらず続けていたから、いつの間にか楽しさに飲まれて暗い気持ちはどこかへいってしまった。
「……コトネさん。私の話を聞いてもらえますか?」
私の両親はマクロコスモスグループに属する会社の社長だ。私は将来その会社を継ぐ者として厳しく育てられてきた。所謂社長令嬢という身分だ。シュートシティの大きな家で、恵まれた生活を送ってきたと思う。
だけど、部屋の中で毎日勉強ばかりする日々は私にとって退屈だった。両親の会社を継ぐことは立派なことだと思う。けどそれは私がやりたいことなのか、やっていけるのか、イマイチ自信が持てなかった。机に向かって数字を眺めるより、庭でパルスワンと遊んでる時間の方がよっぽど充実しているように感じていたから。
だから両親に相談した。自分のやりたいことを見つけたい、だから今年のジムチャレンジに挑戦させてほしいと。両親は快く許可を出してくれて、私は旅に出た。
改めて自分の足で歩くガラル地方は新しいことでいっぱいだった。ポケモン達と特訓を重ねてジムを突破した喜び、少しずつ名が売れてきて、色んな人に強豪トレーナーとして認めてもらえた嬉しさ。どれも大切な思い出だ。
だけどこの旅の一番大きい出来事はコトネさんに出会えたことだ。
あの日見た彼女の姿は、私はきっと一生忘れない。こんなにも強く何かに憧れて、なりたいと思ったことなんて生まれて初めてだった。
「……私、ポケモンレンジャーになろうと思うんです」
コトネさんと一緒に過ごして分かったことがある。
彼女はいつだって、ポケモン達と一緒に生きているのだ。ポケモンのためにできることは最大限やって、ポケモン達はそれに応えようと精一杯力を発揮する。
当たり前のようで、実は誰もできていない。少なくとも私は彼女程ポケモン達と堅い絆で結ばれたトレーナーを見たことがない。
だから私もポケモンと一緒に生きようと思った。ワイルドエリアの安全を守るポケモンレンジャーなら四六時中ポケモンと過ごすことができる。確かなバトルの腕とポケモンについての深い知識が必要な仕事だ。そしてそれらはこの旅と、コトネさんが教えてくれた。
「…私は貴女に出会えたから自分の道を決めることができたんです。だから、ありがとうございます」
どうしていきなりこんな話をしだしたのか分からない。けど、どうしても彼女にお礼を言いたかった。私は噛みしめるようにありがとうと言って、彼女の方を向く。
「……あれ?」
さっきまで隣にいたはずのコトネさんは忽然と姿を消していた。キョロキョロと辺りを見渡して探す。
「ピー! トゲピー!」
「むっちゃ! むちゃーり!」
「よしよし、美味しいか?」
「チャモ! チャモチャモ!」
「ダメだホノカ。お前はさっき食べたろ」
……いた。少し離れたところで野生のトゲピーとホシガリスにポフィンというクッキーのようなお菓子をあげていた。自分も欲しいとアチャモが彼女の足をつついて要求するが、むぎゅっとほっぺを摘ままれて止められている。
どうやら私の話なんて聞いてなかったみたいだ。
「……ふふっ」
でも、別にいい。それでこそ私が憧れたコトネさんなんだから。
あの日、砂塵の窪地で出会ったコトネさん。彼女は間違いなく最高のトレーナーだ。
・コトネさん(ガラルに来て数年後)
何よりもポケモンが最優先。人にはあまり興味無し。
ポケモンを害するような奴は虫酸が走る。死んだ方がいいと本気で思ってる。
数百年ポケモンと過ごしたので身体能力はマサラ人を越えている。
・ムウ(ムウマ♀)
由来は特になく、可愛くなるよう名前からもじった。
・ワカバ(メガニウム♂)
成長途中の若い葉っぱという意味と、ジョウトの最初の町のワカバタウンから。
・ホノカ(アチャモ♂)
生まれたばかりの小さな炎、みたいな意味で付けた。
たった2話でたくさんの人に読んでいただけて驚いております。やっぱり皆ポケモン好きなんですね。