デューマンさん、神天宮さん、ありがとうございす。
このお話の主人公──
「...京都から来ました。六角です」
二学期が始まってから一ヶ月も経たない頃。
川神の小学校に転校してきた彼は、教室の前で自己紹介を促され、とても暗い声で苗字だけを述べた。
小学校生活も数ヶ月を過ぎ、前の学校に少し慣れてきたかなと思い始めた矢先の転校だ。転校は家の都合だということだったが、性格に難アリな子が来たなぁと、当時の担任は少しばかり気を重くしたという。
物静か、というレベルではないほどの陰湿な空気を纏った和樹を、クラスメイトたちは遠巻きに見ることしかできない。
陽キャだの陰キャだのの知識も経験もないクラスメイトたちは、暗い和樹を怖がっていたのだ。
和樹という異物がクラスに入ってきた日の放課後。
おしゃべりや軽いテーブルゲーム、ボールを使った遊びなど、皆が思い思いに過ごす中、一人静かに帰る用意をしていた和樹に、一人のクラスメイトが話しかける。
「お前、京都から来たのか! なんだか暗いやつだなー。西のやつはみんなそうなのか?」
和樹とは違い、明るく若干喧しい声をした彼は、風間翔一という。
彼はクラスメイトからも慕われている、このクラスのリーダー的な存在だ。そんな彼がクラスの異物に話しかけたことで、クラスの注目は一気にそちらに注がれる。
川神に来ることになった経緯、そして地元の親しい友人と遠く離れてしまったことから不機嫌の絶頂とでもいうべき心情だった和樹は、無意識に翔一を睨みつけた。
「...別に。明るいやつもいれば暗いやつもいる。そこに西も東もないよ」
小学一年生ながらに、和樹には威圧感と呼ぶべきものが備わっていた。
並の大人でさえ怯みそうな眼光を前に、翔一はそれでも笑う。
「それもそうだな! 悪かった!」
屈託の無い笑顔に、和樹の眉間に寄っていた皺が僅かに緩くなった。毒気を抜かれるとはこういうことかと、小学生としてはませた考えを持つ程だ。
翔一はなおもニパッと笑いながら、和樹へ手を差し伸べる。
「おれは風間翔一! 好きなものはコーラ! 将来の夢は冒険家だ! 翔一って呼んでくれ!」
お前は?
そう促された気がして、和樹はゆっくりと口を開く。
「...おれは六角。六角和樹。呼び方はなんでもいいよ。好きなものは納豆。将来の夢は──」
翔一の手を取りながら、暗く澱んでいた瞳に炎を灯す。
威圧感では生温い。明らかな怒気と妄執をチラつかせる和樹の手に、自然と力が籠る。
「将来の夢は、クソ親父をぶん殴って泣かすこと」
◇◇◇◇◇
和樹が川神に来てから、早三年が経とうとしていた。
最初こそ暗かった和樹だが、翔一との出会いもあり、今ではすっかり明るくなっている。
元々は明るい性格の持ち主だったのだろう。クラスメイトともすぐに打ち解けた。
翔一に加え、直江大和などの気を許せる友達も出来た。
地元京都の最も親しかった友人とも、文通という形で連絡を取っている。
そんな、日常となってきた平和を謳歌する七月。
煩わしいセミの声が耳に染み入る季節。夏休みという年内最大級のイベントを控えて少しそわそわしていた和樹に、今年からクラスメイトになった直江大和が声を掛ける。
「いじめ?」
「うん。そうなんだ」
大和が言うことには、椎名京という女子が、男子に虐められているらしい。
それをどうにかしたいから力を貸してほしいと、大和は和樹に持ち掛けたのだ。
この頃の和樹は、同世代では敵無しと噂されるほどに強かった。
なんでも、父親にしこたま鍛えられているとかで、つい先日には高校生相手に喧嘩で勝ったという噂まで流れたほど。
大和の知る中で、武力に関して最も頼りになるのは一つ年上の川神百代という女子だったが、和樹もそれに引けを取らない。
むしろ、同い年の同じ組、そして同性ということで、頼り易さという意味では和樹の方が何倍も良い。
しかしながら、和樹の答えはノーだった。
「別に助けて欲しいって言われたわけじゃないんでしょ? なら、俺は助けない」
救いを求めているのだとしても、それを口にも出さないのは弱さだと。そんな弱いやつを助けるほど暇じゃあないのだと。
そう言って、和樹は一人で帰路に着く。今日も今日とて、父親との鍛錬が待っているらしい。
これに、大和は憤慨した。
頼れるやつだと、心の中に正義を持っているやつだと思っていたのに、それは裏切られたと感じたからだ。
あんなやつはもう友達でもない。そう切り捨て、大和は百代らと共に、椎名京のいじめを辞めさせるために行動した。
後日、大和たちは無事に京へのいじめを辞めさせることに成功した。
京を仲間に入れ、翔一を中心とした「風間ファミリー」というグループもここで作られる。
「和樹もファミリーに入れる!」
翔一がそう言い出した時、大和は反対した。
「あいつは嫌だ。京を助ける時も協力しなかったじゃないか」
きっぱりと、和樹の参加は認めないと拒否する。
それに、翔一はいつものように笑って答えた。
「和樹が断ったってのは最初は俺も驚いたさ。でも、俺は聞いたんだ。あいつ、一人でいろいろやってたみたいだぜ?」
曰く、大和たちが成敗したのは、表立っていじめを働いていた者たちだけ。裏から陰湿にいじめを行っていたやつらは、ほかにも数多く存在していたという。
そういう輩を、和樹はあぶり出して口頭、または肉体的に鎮圧したらしい。
「あいつはなんでか父ちゃんのことが嫌いらしいけど、そんな嫌いな父ちゃんのけんりょく? まで使って、いじめてたやつらの親にも話をつけたらしいぞ」
和樹の家は、とある世界的な財閥に関係する仕事をしていると聞いたことがある。
和樹はあまり自分のことを話す人間ではないが、それが本当なら、十分すぎる抑止力となったことだろう。
翔一の話を聞き、半信半疑だった大和は、自分で調べることにした。
そうすると、出てくる出てくる、和樹の尽力の数々。
大和たちの気が回らなかったところにまで手を広げ、再犯防止にも注力していた。
これに、大和は心底驚き、そして思った。
和樹は自分たちよりも広く物事を見ているし、正義感も持っている。そんな彼を「嫌なやつだ」と決めつけ、嫌悪するのは断じて間違いだ、と。
数日かけてじっくりと調べた結果、大和は和樹の風間ファミリーへの加入に是を唱えた。
大和の調べてきた事実を聞き、ほかのファミリーも異論はないと和樹の加入に賛成する。
「それにしても、なんで和樹のやつは俺たちにも黙って行動したんだろうな?」
翔一のふとした疑問に、大和は数瞬黙り込み、よく分からないと結論を出した。
結果、これまたよく分からないことを口走る。
「わかんないけど、京のことが好きなんじゃないか? 好きでもない人のためにここまで頑張らないよ。きっと」
これが和樹の災難の始まりだった。
この件に関してだけは絶対に大和を許さないと、和樹は酷く怒ったという。