あけましておめでとうございます。
ここで、六角和樹という人物の過去について少し語ろう。
彼が産まれたのは一九九二年の五月六日。京都府の病院だった。
非常に健康な状態だった和樹を産んだのは、六角
そんな晴海が二十五の頃、仕事で神奈川に赴いた際、とある男性と一夜の過ちを犯し、そこで和樹を授かった。
その男性とは偶然バーで出会い、酒が進む中でちょっといい雰囲気になったからそういうことになっただけであり、彼の連絡先すら晴海は知らない。
しばらくして身篭っていることに気付いた晴海は、和樹を一人で育てることを決意した。
結婚相手がいなかった、コブ付きが嫌悪された。そんな理由ではない。和樹がいることを承知の上でなお求婚してくる男もいたが、そのどれもが“彼”の魅力に勝ることはなく、晴海を満たす存在にはなり得なかった。ただそれだけだ。
幸いというべきか、晴海には子供を育てられるだけの貯えがあったため、特に夫を作る必要性を感じていなかったことも理由の一つだろう。
和樹は、それはそれは健康な男の子だった。
幼い頃から病気の一つもなく、同年代の子らと比べて成長も早かった。
物分りが良く、一度言われたことはある程度守った。優しい一面も持っている。晴海自慢の息子だ。
ただ、少しばかり喧嘩っ早いところがあった。
和樹が京都の小学校に在籍していたのはたったの四ヶ月。その短期間で、和樹は十件以上の喧嘩騒ぎを起こし、小学一年生ながらに六年生二人、五年生五人を滅多打ちにしたという。
その理由は、友達をバカにされたから。
これを聞いた晴海は、友達のためにそこまでやれることへの感心が一割、五歳も上の子らを喧嘩で負かしたことへの驚きが一割、やり過ぎだ少しは加減しろバカという呆れや怒りが八割くらいの気持ちだったという。
そんな和樹は、夏休み、友達と一緒にセミ取りをしていた。
友達はセミ、というか虫がそこまで得意ではなかったが、自分のために上級生にまで噛み付いて守ろうとしてくれた和樹の願いに応えようと、健気に我慢していたらしい。
優しい母に愛され、親友と呼べる友人を持ち、毎日を謳歌していた和樹の日常は、その日、前触れもなく崩れ落ちる。
「......む?」
一人の老人が、はしゃぎながらセミを取る和樹を見て、綺麗に整えられた金色の髭を右手で撫でた。
老人とは言うが、その風体は偉丈夫のそれだ。歳による衰えを感じさせない肉体と、凡夫にはない存在感を持っている。
「ん? どうかしたか」
団子屋で団子と茶を啜っていた男が、老人に問う。
もっちゃもっちゃと音を立てて咀嚼する男へ、老人は敬意を払いながら返答した。
「いえ。特に耳にお入れするほどのことでは」
「いいから言え」
主従という関係なのだろう。
男が主人で、老人が従者。
主たる人物に言えと言われれば、従者たる老人も言うしかない。
「...少しばかり、気になる赤子がいたもので」
「ほう? お前がか」
意外そうに、そして面白そうに。
男は茶飲みを置き、老人の話に集中する。
「あちらの男児なのですが」
老人が指差すのは、今まさにセミを捕獲して大喜びしている、どこにでもいそうな子供だった。
「...? まぁ、ガキにしてはそこそこ強い気を......あ?」
男が和樹を注視する。
確かに強い気の持ち主だ。十にも満たないであろう少年だが、健康な成人男性と遜色ない程度の気を内包している。
だが、注目すべきではそこではないと男は思った。
少年の気はどこか、目の前の老人と似ているように感じられる。
「...おい」
男がそう言うと、老人とはまた別の、燕尾服を身に纏った青年が、音もなく男の背後に現れた。
「あのガキを洗え。出来るだけ急いでな」
「かしこまりました」
そう言い、青年はまたもや無音で姿を消した。
そちらには気も留めず、男は残った団子をいっぺんに頬張り、和樹をもう一度一瞥してから席を立つ。
数日後、和樹の父を名乗る老人が六角家に現れ、なんやかんやあり、母諸共に神奈川は川神へ(晴海がとても乗り気だったため)引越すことになる。
自身の安寧にヒビが入り始めているなど露知らず、捕獲したセミの放った小便が目に入ったらしい和樹は、ジタバタと地面をのたうち回っていた。