violet zero Ⅰ
xxxx年xx月xx日
都市・裏路地・23区
酷い雨が降りしきる日だった
一切星なんて見えないだろうと落胆していた
今日が数十年に一度の流星群の日だなんて話を聞いたのはいつだったか
星を見る、ただそんななんてことない楽しみの為に一週間やりたくもない仕事をしてきた
彼女はいつもこうだった
不運という呪いと共に生きてきた
ただ普通の幸福を享受することさえ困難なこの都市の中で、ささいな楽しみを日常の頼りにすることが生きる活力だったのだ
しかし、今夜は雨なのだ
到底星なんて見えやしない
彼女は傘も差さず、黒いコートのフードの隙間から曇天の空を見上げた
もうすぐ夜が来る
雨は強くなるばかり
体温は奪われるが、体の汚れは落ちていく
深い水底のような瞳に映る灰色が、突如として変色する
視界に広がる灰色に、青が現れた
しかしそれは、空の鮮やかな青ではなく、エナメル式の傘の青
その青が現れてから、冷たい雨の雫は体に打たれない
「どうしたんだい」
彼女は隣を見た
美しいヒトがそこには存在していた
灰色の空と街に映える、穏やかな草原のような髪
男とも女ともわからない整った顔立ち
声もまた、性別の区別がつかない透き通った音だった
「こんな雨の中、傘も差さずに女の子一人…
ここは裏路地だ、危ないよ」
人間とは思えない美しさに目を奪われた彼女は、重い唇を開いた
「貴方の方が危ないよ
私はフィクサーだからいいけど、見たところ貴方はいいところで働いてるようだし
すりやリンチならまだいいけど、行方不明になってレストランのメニューになりたくないなら早く裏路地から出て行った方がいい
ここは裏路地でも一番危ない区域だから…」
「優しいんだね」
忠告をした彼女の言葉を聞いて、美しいヒトは微笑んだ
微笑むだけで、その場から動こうとしない
「…私が言った意味、わかってる…?」
「ここが危険なのは理解しているよ
現に、ここに来てから17回襲われた
けどうち6回は追い返したし、11回は相手の方を気絶させたよ
別に彼らの生死に興味はないから、命を奪う必要もないしね」
彼女はその言葉に耳を疑った
見るからに穏やかそうな美人が、その艶やかな唇からあまりにも物騒な発言をしていることに驚いているし、なにより17回もの危険を撥ね退けているという主張が、にわかに信じられないのだ
「…何のために、私に傘を?」
「君が雨に濡れていたから…という理由だけなら、君にこの想いをわかってもらえたかもしれないのにね」
美しいヒトは一通の手紙を差し出した
「君指名での依頼だ、来てくれないかい」
「…どこに?あなたは誰…?」
彼女に傘を差しだした美しいヒトは、彼女の手を取る
冷え切ったその手を、自分のぬくもりで溶かすように
「僕の名は______…君を、ずっと探していた」
理不尽な世界に切に生きる彼女と、突然現れた謎の美しいヒト
星の見えないある雨の日に、私達の母と父は出会ったのだ